二組六人の異世界人   作:117

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3章 15話

 そして語られぬ物語は幕を閉じる。

 

 

 

 横島と梢の正面からの一撃。それは横島に軍配があがった。横島の栄光の手は梢の野太刀を大きく跳ね上げ、両手を大きくあげさせられた無防備な格好をさせられる。

 ただしそれは普通に見たら、という枕言葉がつくが。

 神鳴流は魔を相手取り、敗北を許されない状況で戦い続けた一派である。いくら一撃の攻撃力を上昇させたとしても上位の魔物に有効であるとは限らない。力負けをした程度で死を覚悟するような、そんな中途半端な武芸であるのならば遠の昔に神鳴流という流派は滅びている。

 神鳴流は武器を選ばない。例え両腕をもがれようが敗北は許されないのだ。その背に人々の命を背負っている限りにおいて。

 一見無防備な梢の姿を見て好機とみたのか、横島は肩から体当たりを繰り出す。

 だが甘い。梢は足に気を充満させ、カウンター気味に横島の腹に一撃を加えようとタイミングを計る。

(なっ!?)

 が、それは更に甘いと言わざるを得ない。

 予想された速度から更に加速。梢の一撃が届く前に確実に懐に入られる。打撃ポイントがかみ合わない一撃は横島を止められるとは思えないし、ならばと足に溜めた気を急遽腹部へと移動させる。とりあえず一撃を防ぐ、梢はそれだけに集中する。

 そして神速と呼ぶに相応しい速度で梢に接近した横島は。

「その胸で眠らせて下さいお姉さまー!!」

「ひゃああああああぁぁぁぁーーー!?」

 なんの躊躇いもなく梢の豊満といえる胸に飛び込んだ。梢の方もオープニングヒットが精神にダメージを与えるものだとは露にも思わず、思わず女性らしい大声をあげてしまったのは本人にとって大きな不覚であるのだが、その話はいったんおいておく。

 ともかくとしてそのまま横島が梢の胸を堪能すること約3秒。夢中な横島はともかく、百戦錬磨の梢は沸々と心の奥底から怒気が湧いてきた。決闘にも関わらず、最初の一手に選んだ攻撃が精神系へのセクハラ。しかもそれに夢中になって完全に無防備な姿を梢に見せてしまっている。ここで好機を逃す程梢は甘い性格をしていない。

 打ち上げられた野太刀は言いかえればうち降ろすのには絶好の機会を持っているという事を持っているという事。しかも今度はただ気で強化しただけの一撃を見舞うつもりはない。

 梢は神鳴流であり、横島は魔性を持っている。ならば梢にとって横島の相性は最高だ。その一撃をためらいなくお見舞い出来る。

「神鳴流――斬魔剣!!」

「! う、あ!?」

 神速の一撃を、横島は見ないままに直感にて回避する。

 ここは横島を褒めるべきだろう。ほぼ0距離から打ちおろされた神鳴流の一撃を、神業といえる反射神経で頬に浅い裂傷を受けただけで回避しきったのだから。

 ただし横島が梢の服を思いっきり掴んでいたせいで梢の服は破れ、胸の部分をさらしで巻いているだけの、健康的な色気を醸し出すおねーさんへと変貌している。もちろんそれに意識を払うほど梢に余裕があるのようには見えないのだが。

 横島は確かに魔性を持っている。それならば魔性に有効な神鳴流の梢に分があるような気がしないでもないが、横島はこれでも幾多の修羅場を潜りぬけてきた上に格上の戦いに慣れきっているというのもある。今更人間レベルで自分よりもやや格上の人間に負ける気がしない。

 その中で不安材料があるとそれば男をさそっているとしか思えない梢の格好であろう。自他共に認めるスケベである横島がある意味上半身下着姿である梢を見てどういう反応をするのか。

「きたきたきたきた、煩・悩・全・開!!」

 …………どうやら梢の格好は霊力を上げる事に一役かっているようである。今の横島にはダメな意味で死角はない。

 一方の梢といえば背中に嫌な悪寒がはしりながらも対抗策を考える。

 初撃の力負け、ほぼ零距離からの回避。力をとっても速さをとっても梢の方が分が悪い。対して彼女が勝っている点としては技量と相性か。対魔との相性は言わずもがな、神鳴流剣士として長く修錬を積んだ梢にとって横島の剣技は素人に毛が生えたものと違わない。

 だが大きな問題が二つ。梢にとっては面妖な、横島の得物。栄光の手は霊力を元に作られており、気とも魔力とも違う構成を持つソレは警戒に値する。

 そしてもう一つ。

(どうしたもんやろか)

 横島の魂に憑いた魔を、梢には祓えない。魂レベルの結合を斬り裂こうしたところで斬魔剣では体ごと真っ二つにしてしまう。そのレベルにはどうしても斬魔剣・弐の太刀が必要だ。

 だがしかし本来は宗家にのみに伝わる奥義をまさか梢が習得している訳もなく。心当たりとしては青山宗家ゆかりの人間という事になってしまう。敵対してしまっている西の長はもちろんとして梢は自らの正義の為に神鳴流を捨てて、何の因果か今は裏の世界に関わっている身だ。横島の魔を斬る為の渉りが彼女にはない。

 かといって梢にとって横島は強敵だ。横島の魂に憑いた魂を祓う事を念頭に置けば万が一にも彼女に勝機はないだろう。

 故に彼女は横島に宿る魔について、いったん思考を放棄した。殺すつもりで、とは言わない。ただ全力を持って横島を打倒する。ただそれだけを考えて剣を握り直す。

「いよっしゃー! テンションがあがってきた!!」

 横島の右手に備わった霊波刀の密度があがる。見た事のない輝き、想像を絶するであろう硬度と切れ味を持つだろうそれを目にした梢は警戒と集中力を最大限にまで高め、

「先手、失礼する」

「って、うわっ!?」

 瞬動にて横島に肉薄。瞬動という技術に慣れていない横島は瞬間移動したかのような梢の移動速度に舌をまくが、そもそもが本能だけで生きているような男である。頭の中の軽いパニックとは裏腹に、真正面に現れた敵へ霊波刀による打ち下ろし。梢も瞬動した勢いを殺さず、むしろそのエネルギーを脚から腰、肩から腕へと廻して突進力を加えた一撃を横島の霊波刀に目掛けて放つ。

 再び交叉する剣。一瞬だけの拮抗、砕ける剣。

「嘘、だろ……?」

 砕かれたのは横島の霊波刀、栄光の手だった。梢の野太刀は横島の防御を抜き、彼の左腕にその白刃を突き刺して鮮血を滴らせる。

 その過程を横島はその目で見て、有り得ないと忘我してしまった。

 瞬動による奇襲とそのエネルギー全てを使った一撃、よほど自らの体に詳しくなければ突進力をそのまま攻撃力に転化するような事は出来ない。だがそれだけではなく、梢が行った攻撃は斬撃ではなく刺突。

 斬撃では競り負ける。それは最初の一撃で梢が理解した事。ならば線による攻撃ではなく点による一点突破。理屈では分かるが、それを実行に移せるとなれば話は違う。突進力を攻撃力に変える攻撃のみに特化した技術、それを十全に発揮させる為の距離の把握、自分に向かってくるであろう迎撃の一撃を予想して失った防御力を補う為に相手の攻撃力を奪う箇所を破壊する判断力。少なくとも思い付いたからやってみようといったレベルの技術ではない、もしもそれをぶっつけ本番で試して成功出来るとしたら本物の天才だ。恐らく、伝説の傭兵ジャック・ラカンに比肩する才能があると言っていいだろう。

 もちろん梢にはそんな才能なんてありはしない。ならば答えは一つ、慣れているのだ、この攻撃方法に。この攻撃法を幾度も幾十も幾百も同じ型を繰り返し、無茶な肉体行使の痛みに耐え、自らの血肉とするまで文字通り体中の血が滲むような修行。その成果は確かに実り、彼女は通常では破壊出来ないだろう硬度の霊波刀の破壊に成功した。

「この技の名前は衝刺。

 本来、神鳴流にない型ですが、裏に関わりながら格式ばったものばかりに縛られていると命を落としかねませんので」

 

 ちなみに神鳴流が梢や月詠のような離脱者に寛容な理由がここにある。

 重ねて言うが、神鳴流は人々を護る剣の為に敗北は許されない。その為に貪欲までに力を求め、最前線で生き残るその時代に最も似合った技術の習得を推奨するからだ。古きのみを良しとしてしまえば柔軟さが失われて時代に合わせる事が出来なくなってしまうし、もしかしたら今の神鳴流に特化した武芸に打ち破られてしまうかも知れない。それを防ぐ為にわざわざ裏の仕事に就きたいと願う者や、人を倒す為の戦争に参加する事を黙認するのだ。その人間が生きて戻ってきた時、神鳴流という流派に新たな一ページが加わる事を期待して。

 更なる余談になるが以上が前回の戦争に詠春が参加した理由であり、また実は梢も本人が知らないだけで神鳴流には彼女を迎える用意があったりする。退路があると思う人間には甘えが出るし、甘えがついた剣術に意味はない。それが力を求める神鳴流の判断だ。

 

「……痛ってぇぇぇ!!」

 ようやく痛みが脳に届いたのか横島が悲鳴をあげながら右手を振りまわす。

 霊力を形にしただけの霊波刀は折られようとも、霊力を流せば即座に刀身を取り戻す。だがそれは芯に霊媒物質を使っていないという脆さにも繋がり、それが二回目の威力ではなく硬度で勝負した梢に軍配をあげた一因になっている事に、横島は気が付いていない。

 一方で梢は横島が理解していないその弱点を正しく理解し、ついた。そしてその幾度でも復元可能だという利点も理解している。故に自分がたった今、全力を持って打ち砕いた奇妙な力で構成された剣が再構成されて襲ってこようとも慌てる事は無い。ただの斬撃の打ち合いでは勝てないと理解しているので梢が選ぶのは回避である。

 冷静に横島の左肩から剣を抜き、痛みに暴れる横島の攻撃範囲から離脱。その際に髪が数本、霊波刀にかすって切れてしまうがもちろん戦闘に支障のあるダメージではない。速いとはいえ、今の横島には痛みから遠ざかろうと暴れるだけだ。それならば動きを先読みして回避しきる事は十分に可能。

 そして逃げ切った距離は先程の一撃をまた見舞える距離である事も示している。最至近距離からの離脱も成功した梢にとって横島の斬撃は集中すれば回避出来るものでしかない。威力も速度も上回る相手に対して技術と策にて制する。それはまさしく神鳴流の戦いだった。

 もしもこれがただの力自慢の妖怪ならば、もしくは激昂して横島から梢に攻撃を仕掛ければ、ここで勝負は決まっていただろう。

「シリチチフトモモキレイナネーチャン。契約に従い我に寄り添え蛍の化身! 我の力を糧にして、原初の雫よここにあれ。『生命の水』!!」

 魔力を高純度に濃縮して生命に活力を与える魔法。だがしかしそこまで魔力を高純度に結集するなぞ、常識で考えられるものではない。普通なら魔力を癒しの力に変えて再生を促進させるのに、万物に力を与える物質を生成するなんてはっきり言って無駄である。普通に魔法を使って癒す方が効果が高い。

 余りの無茶を押し通し、更に押し通された無茶が限りなく無駄なものである事に梢の思考回路は鈍り、魔法の完成を許してしまう。だが文珠を使う横島にとってはこの程度の魔力純化は朝飯前、文珠の生成の方がよっぽどデリケートだ。

 更に梢自ら距離を取ってくれた事も幸いした。横島はルシオラの魂の部分を魔法媒介として使っている以上、ルシオラの意識が沈静化している今では無詠唱で魔法が使えない。剣士として十分な力や速度もあり、魔法使いとしても常識外れの魔法構築を行える横島であるが、何故かそれを両立出来ないチグハグな不器用さが横島にはあった。

「シリチチフトモモキレイナネーチャン、契約に従い我に寄り添え蛍の化身! 大気よ闇よ、夜霧となれ。この者に一時の拘束を! 『戒めの霧』!!」

 そして中距離である今は魔法の距離。横島は躊躇いなく魔法を選択し、術式を構成させる。

 横島が使った『戒めの霧』は『眠りの霧』の同種の魔法であり、闇の精が霧の中の者に抱きついて重量感を与える魔法であり、耐魔力が低いのならば闇の精が与える安らぎのままに眠りに落としてしまう魔法である。もちろん梢にそこまでは期待していないが、横島としては近接戦闘で少しでも有利になればいいな、といったレベルの魔法だ。

 その『戒めの霧』は意志を持ち真っすぐに梢に迫り、

「……斬魔剣」

 気の無い一刀の元に霧散させられた。当たり前だ。退魔に定評のある神鳴流にこの程度、足どめにもなる訳がない。

「かかった!」

「っ!? しまっ……!!」

 が、目晦ましにはなる。魔法を放った直後から横島は魔法を防がれる事を見こして梢との間合いを詰めていた。『戒めの霧』の影に隠れる形となっていた為に梢の反応が一瞬遅れた上に、技後硬直。いくら高い技量を持っているといってもそれを十全に発揮できる状況になければ意味は無い。

 結果論の正解を言えば、梢は『戒めの霧』を無視して横島との間合いを詰めるべきだった。直前の横島の出鱈目な魔法行使に心が乱されていなければ恐らくその選択肢を選んだのであろうが、皮肉にも自分が与えた傷が原因で横島の魔法に対しての警戒が一段階上がり、彼女は受けに回ってしまった。梢の編みだしたあの突きが有効であり、その対抗策が編み出されるまでそれに縋ってよかった筈なのに、わざわざ自分から相手の土俵にあがってしまった梢のミスである。

 蹴りでは速度で上回る横島に対して有効な打撃ポイントで捉えきれない。かといって剣を振るうにはまだ時間がいる。迫りくる横島にそんな時間的猶予はない。

「ちぃ!」

 そこで梢が選んだのは瞬動による後退だった。いくら横島が速いとはいえ、瞬動に比肩する程のレベルではない。瞬間的な加速は瞬動に大きく及ばない。足に気を込めて大きく後ろに下がろうとする、その瞬間、強烈な違和感を梢は覚えた。

 おかしい、何かがおかしい。何がおかしい? 自分はおかしくない。確かに体勢は悪いが、一回仕切り直せば元に戻る。ならばおかしいのは横島か?

 そこで気が付く。横島の右手に剣がない。今まで見た事のない力で構成された剣がなく、しかも梢の目に映る魂の色に違いがなければ横島の体にみなぎっている力は気のそれ。そしてその気の力の大半は足に流れている。それの意味する事は。

(――まさか、そんな、まさか)

 軽い絶望感を覚えながら梢は後方に瞬動で後退する。そしてそれ以上の速度で迫りくる横島に、梢の絶望感は重さを一気に増した。

 ただの瞬動にあそこまで狼狽しておきながら、何故自分も瞬動が使える? さっきの狼狽はフェイクか? いや、あの動揺の嘘ではなかった。

 そういえば横島には今更ながらにおかしい事が多すぎる。見た事もない力で構成されたあの剣はなんだ? 妙に戦い慣れているくせに何故瞬動程度の事に驚く? 当たり前の事が出来ない癖に、血の滲む修行の果てに会得した一流剣士の身体能力を何故そうもやすやす上回る?

 余りに多くの疑問は肉薄した横島の一撃を腹に受けた瞬間、強制的に考える事を放棄させられた。

 

「しゃあ!」

 瞬動によって後方に逃げた梢の腹に気をたっぷり込めた手ごたえ抜群の拳を叩きこんだ横島は思わず歓声を上げた。

 実はクウネルに師事していた間に瞬動程度は習得していたのである。だが今までこの世界の人間と戦いらしい戦いをしてこなかった横島は、この世界の戦闘技術に対しての経験を圧倒的に欠いていた。

 それを徐々に修正しながらの戦い。目の前で使われた技術を自分が使った場合、どのようにフィードバックするべきか。横島は頭ではなく、肌で感じ取っていた。身体能力は高い横島だったが、ある意味レベルの低い横島。裏を返せば成長の余地がまだまだ残されているという意味でもある。梢という一流の剣士の経験値を、剣を合わせる事によって盗み取っていたのだ。

 重い一撃を喰らった梢は目の焦点がぶれて、けれどもその定まらない視線のまま横島を見て、

「ッッッ――!?」

「――斬魔剣」

 一切合財容赦のない一撃が振り降ろされた。もしも直前にその不気味な目を見ていなければ横島はかわす事も出来なく、大ダメージを負っただろう一撃に横島の全身から冷や汗が溢れだす。

 だが一撃をかわされた梢に焦りはない。ただ淡々と作業をこなすように体を動かす一方、暗く淀んだ顔の瞳だけは不気味な程の白さで輝いている。

「二連・斬岩脚」

「ちょ、」

「斬鉄閃、斬岩剣、斬魔剣」

「ちょっと、」

「斬魔脚。一、二、三、四」

「待、」

「五、六、七、八、九、十」

「待て……」

「神鳴流奥義――百烈桜華斬魔剣」

 無慈悲。それが梢を表すのに最も適した言葉だろう。体勢を立て直そうとする横島の様子を見て、梢自身の異常さに気がついて心配からか動きが鈍った横島に対して、梢がとった手段はそれを好機と取った強襲だった。

 動きの鈍った横島の脚に対してかわしにくい最短距離をかける斬脚、下半身に注意がいった所を遠・近・中と巧みに距離と技を変えながらの連撃。横島の弱点となる斬魔の攻撃を脚による二刀流で動きを封じ、斬魔の気が込められた無数の閃による包囲網を作る時間を稼ぐ。

 

 滅。

 

 今の梢からはその一文字しか感じ取れない。先程の横島の一撃は決して押してはいけない梢の――というよりも神鳴流のスイッチを押してしまった。

 幾度も繰り返すが神鳴流は護りの剣である。だが護る対象が常に自分の背中にいるとは限らない。魔に侵され正気を失って自分に剣を向けてくる場合も少なくない。横島の場合は正気を失ってないが、それでも梢は横島の魔を見て助けるべき相手だと認識して戦いに臨んでいた。

 だが魔に本格的に取りつかれた人間を助けるには斬魔剣・弐の太刀が必要であるが、それはひょいひょいと習得出来るものでもない。魔法を使えばなんとかなる場合があるかも知れないが、それの場合も自分を殺しに向かってくる人間を取り押さて魔法使いに引き渡さなくてはならない。魔によって強化された人間をそう簡単に捕らえられるはずもなく、その作業は至難を極める。

 そして最後の最後、もしも目の前の人間が自分に捕える事の出来ないレベルの人間ならばどうするか? 逃げる事は出来ない、放っておけば魔に侵された人間は虐殺を始める可能性が非常に高い。多くの人間を、そして目の前の人間を救うには――殺すしかない。

 無慈悲をもって最後の慈悲となす。そも神鳴流が万物を護る事を目的としているならば剣は要らない。完全防御魔法でも極めようと杖を取るのが普通である。それでも神鳴流が剣を持っているという事は、対象がなんであれ殺す事を、例えその先に護りがあったとしても滅する事を大前提に戦っているのだ。

「神鳴我流――」

 剣閃の牢獄に捕えた横島は全身から血を流し、しかしそれでもその天才的な危機察知能力と身体能力を併用して一切深い傷は負っていない。

 だが斬魔の剣牢は後数秒は横島の動きを封じる。

 十分だ。それだけの時間があれば、梢ならば3度は横島の心臓を貫ける。瞬動を行う為の気を脚に込める。狙いは心臓、外しはしない。

「――斬魔衝刺!!」

 魔に有効な意味を込めた剣先を、回避の体勢をとれない横島の心臓に向けて、防御不可の威力を持って貫き通す。文字通りの必殺の技を繰り出しながらも梢の頭はどこまでも冷静だった。

 まだ瞬動を始めたばかりで剣は横島の心臓を抉った訳でもない。この数瞬が終わるまでは気は抜けない。いや、魔に侵されている人間ならば人としての命を消した瞬間から本番が始まる事だってありうる。

 瞬く間に瞳に映る横島の姿が大きくなってくる。先程の百烈桜華斬魔剣の剣閃が横島の自由を奪っている。その横島がこちらに気が付き、向く。そして梢の剣が自分の心臓に向けられた事を確認していた。

 ――逃げろ。

 それを感じたのは梢だった。原因は横島の目、全身を血で染めているのにそれを無視し、自分の心臓に迫る剣先を見て、彼はただ単純に怒っていた。憎むでも絶望するでも狼狽するでもなく、ただただ軽く怒っていたのだ。

 死しかない状況で感情の揺れが僅かしかない? この直情的な男が? それは絶対にあり得ない。ならば前提条件が間違っているのか? 実は直情的な人間だというのはフェイクか? 冷静を主として戦うタイプだったのか? それとも――

「ルシオラに何を向けてやがるんだ」

 ――まさか、この状況で死ぬビジョンが全く見えないのか? 梢にとっては最高の状況であっても、横島には必殺足り得ないのか?

 しかしそれでも梢は行くしかない。これ以上に梢に有利な状況はあり得ないのだ。キレた一瞬の隙を狙って流れを握り、そのまま殺す。その最後の好機は今しかない。

 突進力全てを攻撃力に変え、剣を突き出す梢に対して横島がした事は余りに単純な事だった。どこからともなく取り出したビー玉のようなそれを2つ、自分の胸ポケットに入れただけ。そしてそのビー玉の中には梢の目が間違っていないのならば、漢字が一文字ずつ『射』『反』と書かれていた。

 次の瞬間、ビー玉の入った胸ポケットに剣先が届き、理解の出来ない衝撃が剣から伝わってくる。それに耐えきれずに頑強であるはずの野太刀は折れ、それを握っていた腕の筋は痛み、そして突撃した勢いそのままに梢を後ろに跳ね飛ばす。 

 ゴロゴロとなんとか受け身を取りながら転がる梢。横島の自由を奪っていた剣牢の閃はもうほとんど残っていない。そして横島は全身を赤く染めながらも戦闘に影響が出そうなダメージは全くない。その胸ポケット、僅かに開いた穴から見えたのはガラスの小瓶。その中には採集された昆虫のように小さな蛍が収められていた。

「あたたたた」

 先程の怒気はどこへやら。横島は情けない顔をしながら文珠を2つ作りだすと『直』と『治』の文字を込めて全身の傷と、ついでに服の損傷も直していく。一秒に満たない時間で横島は戦う前の健常な姿を取り戻していた。

 対して梢の姿は悲惨の一言。魔を切る為の野太刀は折れ、それ以前に筋を痛めた腕は当分の間使い物にならないだろう。瞬動に近い速度で地面を転がった為か足にも鈍く激痛が走っていて捻挫以上の怪我は確実、更に全身が擦り傷だらけで服もところどころが破れている。そもそも最初のやりとりで彼女の上半身はさらしだけだが、それも何かの拍子に破けてしまいそうだ。そして何より自分で編み出した技があんなにあっさり破られてしまったという精神的ダメージは大きい。

「――負けましたか」

 ため息を一つ。そして顔を上げると横島の顔を睨みつけながら、震えそうな声を抑えて話しかける。

「この体、好きにしなさい。犯そうが五体に裂こうが抵抗出来ないし、する気もない」

 目を閉じる。そして聞こえてくる足音。震える体を鎮めるのは出来たが、それでも恐怖がなくなる訳でもない。

 梢のすぐ傍で止まった足音。腕が上げられる衣擦れの音に思わず梢は固く目をつぶり、

「あたっ!?」

 ぽかりと頭を軽く叩かれた。何事かと思わず目を開らけば、ちょっと据わった目で梢の事を見ている横島がいた。その様子に思わずひるんでしまった梢を誰も責められないだろう。

「好きにしろって? じゃあ好きに言わさせて貰うけどな、俺の魂の魔性はルシオラっていう魔族の物なんだよ。昔、魂が損傷した時に俺の彼女だったルシオラが自分が消滅するのも関わらずに魂を分け与えてくれたもんだ」

「は、は?」

「だからルシオラを切ったらルシオラはもちろん、魂の足りなくなった俺も死んじまう。そこらへんをきっちり理解してくれなくちゃ困るんだよ、こっちとしても」

「は、はい?」

「理解したか? そんで好きにしていいっていうなら最後にもう一つ。

 メアド交換しよう。いやさ、今修学旅行中だけど、時間とか出来たらデートとか誘っていいよね?」

「――はぁっ!?」

 凌辱されるか、殺されるか。それを覚悟していた梢はいきなり先輩が後輩を叱るような口調になり、しまいにはごそごそと携帯を取り出す横島に目を丸くする事しか出来ない。けれどもそれが勝者の望みだというのならば敗者の梢には逆らう事は出来なくて。

 赤外線通信の間を妙に長く感じたメアド交換だった。

 

 

 

 バランスがいい。それが機械の虎と狼に乗る高山宗に対するバゼットの感想だ。宗が乗る狼を模した機械には防御重視のギミック、攻撃力よりも防御力と速度を重視したカスタマイズ。対して虎を模した機械は攻撃力に特化し、機銃や魔弾、そして鋭い爪を装備している。しかもお互いに防御シールドを干渉させ、相乗効果で強力な防御フィールドを構築しているみたいだ。更に厄介なのは宗の操作技術。彼は自分の手足の延長のように魔械狼虎を操り、異常な速度でバゼットの僅かな隙を執拗に攻撃してくる。

 もしもこれが接近戦に優れたバゼットで無ければ既に身体中が傷だらけになり、戦闘不能になっていても不思議ではない。

 だが今ここにいるのは接近戦のエキスパートであるバゼットである。確かにほんの僅かとはいえバゼット相手に隙を見つけられるのは見事という他ない。だがそこを攻める一瞬の間に宗の攻め気を見取り、狙われた隙を把握し、態勢を整えて迎撃する。

 対してバゼットの方に余裕がある訳でもない。確かにダメージは受けていないが、しかし攻め手が見つからない。疾さもそうだが2対1という数の不利がやっかいだし、その上に敵対しているのは実質宗一人。コンビネーションの隙を狙うという事も出来ず、完全な連携で片方を狙おうとバゼットが攻撃に移ろうとするとその隙をもう片方がつく。

 バゼットはその攻撃力に手を焼き、宗はその防御力に手を焼く。千日手。勝負の均衡は未だにどちらにも傾いていない。

「……こりゃ、時間の無駄やろか?」

 動きを止めたのは宗。とはいえ、バゼットが攻撃に移れば即座に迎撃出来る位置に魔械狼虎を配置している以上、隙はない。

「俺としてはそれでもいいんやけども。どうせ依頼されたのはねーちゃんの足どめだけやし。

 けど、ねーちゃんはそれでいいのかい? 俺がねーちゃんの足どめだけでいいって事は、依頼主はね―ちゃんが俺相手に時間を潰してくれれば他はなんとか出来る自信があるって事やしな」

 そして精神的に揺さぶる。焦って下手をうってくれれば良し、そうでなくても足どめを基本とした時間稼ぎだけでも問題は全くない。仕留める事は出来なくても千日手のままバゼットを釘付けにする事なら出来る。

 出来るはず。そう思っていた宗はしかし、少しだけ考えたバゼットに対してこの一手が悪手だった事を理解した。

「そうですね、あなたの言う通りです」

 そう言ったバゼットは無警戒に宗に背を向けるとすたすたと歩き去ろうとしてしまう。

「ちょ、ねーちゃん、どこ行くつもりや!?」

「いえ、あなたには礼を言わなくてはなりませんね。

 確かに私がしなくてならないのはあなたを倒す事ではなく生徒たちを守る事。別にあなたを倒す必要もない、それを思い出させてくれました」

「って、アホか! 俺がそれをみすみす見逃すと思うんかい!!」

 虎の機械からバゼットの背中に向けて放たれる魔力弾。それをバゼット振り返る事無く裏拳で叩き落とす。

 一切宗に目を向ける事無く、ゆったりとした歩調で足を進めるバゼット。

「止められるものならば止めてみなさい。それが貴方の依頼なのでしょう?」

 ちっと舌うちをする宗。思わず襲いかかりたくなる衝動を抑える。

 これは罠だ。本気で戦線から離脱するつもりならば走ったり瞬動したりと手段はいくらでもある。焦って攻めた時、カウンターで沈むのはこちら。バゼットとしても生徒に攻撃を仕掛けた宗を出来るならばこの場で仕留めたいのだろうと。それを理解したからこそ宗は即座に攻める愚を犯さない。

 しかしこのままでは足どめの依頼が達成できなくなってしまう。だがここで下手をうてば逆に追い詰められる。一瞬の躊躇の後、宗が選んだ答えは薄く笑う事だった。

「まあええ。それじゃあ今まで通り、影からこそこそ子供たちを狙わせて貰おうかぁ? 今までと同じじゃなく、今度はこの魔械狼虎を使ってな?」

 その言葉にバゼットの足が止まる。

「神秘の秘匿はいいのですか?」

「なに、仕方はいくらでもあるわい。例えば実弾を使ってスケープゴートを用意するとかな。

 ねーちゃん、俺が何年この世界でメシを食っていると思ってるんや」

 そして改めて宗へ向き直るバゼット。

「なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようですね」

「そりゃこっちのセリフや。まさか精神攻撃にカウンターを合わせてくるとは思わなかったで?」

 そう。どちらにしてもこのまま相手をここで打倒するしか選択肢はないのだ。全ての事情を合わせれば結局そこに行きつく。

 いや、今の言葉には一つの間違いがある、打倒するなんて中途半端な言葉ではない。

 殺す。それがバゼットと宗を支配している感情だった。今のやり取りは仕事にプライドを持つ宗の、あるいは生真面目なバゼットの、逆鱗に触れた。

 そこまで言うのならば死ぬ覚悟が出来ていないとは言わせない。そう二人に明確な殺意を抱かせた。

「そうですか。……ならば死になさい」

「そうかい。なら……死んで後悔しいやぁ!」

 機械の虎とバゼットの拳が同時にために入り、そしてお互いにとって最高のタイミングでぶつけられる。

(チィ!)

 表情には出さず、心の中だけで舌うちをするバゼット。バゼットの攻撃は機械とは思えない程しなやかで繊細な動きで絶妙に威力を殺され、機械の虎を破壊するには至らない。ただでさえ動く結界のような防御フィールドが張られているのに、機械操作でここまで微細な反応をされると有効打を入れるのにも一苦労だ。

 しかもこのレベルの相手が一体じゃなく、二体。

 空から降ってくるように宗を乗せた機械の狼が飛びかかってくる。

(なら!)

 機械の破壊を放棄して受けた一撃を弾いたその体勢のままに足を曲げて力をためる。狙うは操縦者である宗!

「甘いわぁ!」

 だが宗も長い戦いの中で魔械狼虎を無視して自分を狙ってくる敵との対戦経験が無い訳がない。地面にいる虎と空を飛んだ狼の口が開き、機銃と魔力弾による十字砲火。左右にはよけやすいが上下にかわそうとすれば間違いなく被弾するそれは、上空にいる宗へバゼットの到達を不可能にする。

 …………その思考に宗は辿りついてしまった。

 バゼットは迫る攻撃を完全に無視して足に込めた力をバネのようにため、上空にいる宗へ飛びかかる。地上の虎の機銃は空を切り、しかし狼の魔力弾には自分から飛び込み、加速したダメージを自ら負う。

「その狼の機械は防御重視でしたね」

 それがバゼットが躊躇いなく跳躍した理由。宗の乗る防御重視の狼の攻撃ならば耐えきれぬ事はないだろうと。だがそれでも宗は余裕の笑みを崩さない。

「ああそうや。で、ねーちゃんはその防御重視の魔械狼を崩せるんか? 飛んだ勢いは魔力弾に消されてここに届くのがやっとってとこやろ?」

 宗の理想で言えば自身に届く事なく魔力弾に叩き落とされたバゼットに、地上の魔械虎による機銃の援護と上空から降る魔械狼の圧殺が出来れば最高だったが、ある程度の勢いが殺がれたとはいえバゼットは魔械狼に届く速度を未だに残している。

 しかしそれでも問題はない。空中戦ならばより上空にいる自分の方が有利。彼はそう判断した。

 そして次の瞬間にはその判断を後悔する羽目になる。

 上空に跳んだバゼットには勢いがない。かろうじて魔械狼に届くかといったところ。対する宗は落下エネルギーを利用して勢いに乗っている。気をつけなくてはカウンターくらいだが、防御に特化した魔械狼ならば一撃や二撃、耐えきってみせる自信はある。後は低い攻撃力でどこまでダメージを与えられるか。

「やれ、魔械狼」

 本来ならば声に出す必要はない。手の指ならず、足の指までも使って繊細な行動を指示する事が出来る宗である。これは単に気分の問題。

 宗の指示と共に魔械狼の左右の前足がバゼットを切り裂くように伸ばされる。もちろん左右対称に攻めて攻撃を読まれやすいような事はしない。お互いにお互いが邪魔をしあわないように、そして逃げ道をふさぐように、そんな軌跡を描いてバゼットに迫る。

 空中に居るバゼットに素早い動きが出来る筈もなく、左の爪はバゼットの右腕部分のスーツを破き、そして右の爪は――

 ――バゼットの両の腕で、がっちりとホールドされていた。

 その事実に宗は絶望的な諦観が頭によぎる。対称にバゼットにはようやくといった安堵が胸に去来する。

「ねーちゃん。まさか……」

「チェック、といった所でしょうか。チェックメイトまで後一手のチェックですが」

 そして組んだままの前脚を支点に、ぐるんと回って魔械狼の下へと潜り込む。そこは魔械狼に乗る宗にとっての絶対の死角。視線が届かないという意味でも、攻撃が届かないという意味でも。

「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 続く気合いのこもった声と衝撃音。魔械狼の下に入り込んだバゼットは自分の体を魔械狼で固定し、攻撃をくらう心配のない位置からただ攻撃にのみ専念出来る。

 いくら防御重視とはいえここまで一方的に攻められてはたまらない。それだけでなく、魔械狼虎のモデルは四足獣だ。特に腹からの攻撃に対しての攻撃なぞ、想定していないに等しい。魔械狼で跳んでしまった事、それこそが宗の失策。

 ことここに至って、魔械狼が詰んでしまった事を悟った宗。

「やれ、魔械虎」

 ゆえに諦めた。自身の半身というべき魔械狼を。宗は地面に未だ残していた魔械虎の標準を魔械狼に合わせて、撃つ。

「――――っ!!??」

 予想外だったのはバゼット。まさか自身の盾というべき魔械狼を瞬間的に破棄する選択をするとは考えておらず、攻撃のみに専念していたその背中に攻撃力重視の魔械虎による魔弾実弾が降り注ぎ、浅くはないダメージを与えていく。

 だが宗からは死角である故にか命中率はそう高くはなかった。むしろ表面積の大きい魔械狼に命中する攻撃も多く、前脚が一本吹き飛んでその他の部位にも重大な損傷を刻んでいった。

 そしてその隙に宗自身は魔械狼の背中を蹴って離脱。自分で操作しているが為に弾道の軌跡は全て頭に入っている彼に自滅という間抜けな事は起きえない。宙を飛びながら地面から対空砲を撃ち続けている魔械虎の背中に跳び移った。

 残った結果は無傷のまま魔械虎の背中に乗った宗と同じく無傷の魔械虎。そして右腕に軽い裂傷と痛々しいダメージを負った背中のバゼットと、その傍らに墜落した半壊の魔械狼。

「チッ」

「フッ」

 宗は舌打ちをしてバゼットは薄く笑う。確かにバゼットは少なくないダメージを負った。だがまだ十分に戦闘可能。対して宗は魔械狼を失ってしまった。これでお互いがお互いをカバーするという戦法が使えなくなり、戦力は半減どころの騒ぎではない。

 両者とも分かっているのだ。今の攻防で大きく戦力を削られたのは傷を負ったバゼットではなく、無傷の宗である事を。

 そしてバゼットは分かっていない。宗の舌打ちに隠されたもう一つの意味を。

 

 轟音。

 

 次の瞬間に起こった事はそれ。

 バゼットは舐めていた、魔械狼を諦めるという宗の覚悟を。バゼットは知らなかった、宗にとって魔械狼虎は手段に過ぎずに任務達成の為にすら捨て石するという事を。魔術師であるバゼットには、思い至らなかったのだ。

「自爆はロマンやろ? な、ねーちゃん?」

 熱風に全身をなでられながら、魔械狼に自爆命令を送った宗は薄く笑う。破壊した魔械狼から意識を逸らし、宗と魔械虎に意識を向けたその一瞬の隙を作ったバゼット。それを宗は見逃さなかった。

 結果。バゼットは全く警戒しなかった背後からの奇襲を再び許してしまった。しかも今度は先程と威力が大きく違う。魔力炉を暴走させた必殺の攻撃。

「あーあ。こりゃ大赤字やな」

 魔械狼虎にかけているお金、それはこの度の報酬で補える程安いものではない。

 あとかたもなくなったバゼットに気にかける事もなく、戦闘が終わった余韻と共にこれからの事を考えて宗は頭が痛くなった。

 ハァとため息をつく宗。

「今から死ぬあなたにお金の心配は無用ですよ」

 激痛。今度は比喩ではなく宗の頭にそれが走った。

 頭上から降ってきた拳、もしも十全に発揮されたのなら潰れたトマトの出来上がりだったが、そこまで宗の運は悪くなかったらしい。

 痛みで朦朧としながら上を見上げて見れば、そこには満身創痍といった様子のバゼットが宗の目に映っていた。恐らく最も怪我が酷いであろう背中の様子は見えないが、正面から見える範囲でも服や肌は焼け焦げている。

 バゼットは死んでいなかった。不意に受けた爆風に反射的に跳びあがったのが幸いし、それに乗って油断していた宗の頭上を取る事に成功していた。

 宗も魔械狼を自爆させるという初めての事態に、人を粉々に出来る威力がなかったという事を知らなかった事も一因。大切な魔械狼を使い捨てにしたという事から勝負が終わっていて欲しいと心のどこかで思ってしまった事も、また一因。

 そして腕のみの攻撃で半端に宗を攻撃してしまった事も、次の一手を確実にしてしまったのだろう。

 宗は朦朧とした意識の中でもう一撃加えようとするバゼットを見上げる。

 アレはまずい。元々、宗は前衛型の戦士ではない。むしろ機械仕掛けの式神じみた魔械狼虎を操っている辺り、完全に後衛タイプだ。一撃で沈まなかったのが僥倖。二撃目を耐えられるはずもない。

 だが手段がない。魔械虎は四足獣であり、上下からの攻撃に滅法弱い。それを補う為にある対になる魔械狼はたった今自分の手で自爆させてしまったばかりだ。完全に相手の距離にされてしまった今、打つ手は――――

 ――――自爆?

「地獄に、行けや」

 俺と一緒に。

 朦朧とした意識はそれを選択した。そしてバゼットの攻撃よりも早く、それは為った。

 

 二度目の轟音が路地裏に響く。

 

 

 

「ぐっ……」

 意識が戻る。どの位気絶していたのかは分からないが、バゼットは戻ったと同時に全身に鋭さと鈍さが入り混じった痛みを感じた。

 何せ前面と後面と、両方から爆風で炙られたのだ。しかも自爆したのは機械仕掛けの魔法機具。破損した金属部分が手榴弾のように全身を傷つけていた。生きていたのは一重にバゼットの戦士としてのレベルが高かったおかげだろう。服に仕込んだ防御や補佐のルーンはほとんど擦り切れてしまっているが、命がある分幸運である。

「よお、生きてたか、ねーちゃん」

「高山宗!?」

 気安くかけられた声に疑問を感じながら振り返るバゼット。今までバゼットは気を失っていたのだ。その寝首を掻く事は容易だったに違いない。それなのにそうせず、何故そうも気安く声をかけてくるのか。

 声をかけられた方を見た時、その疑問は氷解した。

 酷い。

 端的に表せばそれで済む。魔械虎にまたがっていたせいか、宗の両脚はズタズタだった。じくじくと血が滲み、ズボンの裂け目から見える素肌は歪な形をした赤。上半身ももちろん無事ではなく、至近距離の爆発を受けて焼け爛れ、両腕にはバゼットよりも多い数の金属破片が突き刺さっていた。

 寝首を掻かなかったのではなく、掻けなかった。それが正しい。四肢は動かず、死んでない方が不思議といった有り様である。

「その傷でよく生きていますね」

「ん? まあ俺も魔法使いやからな。単純な回復魔法くらいなら使えるんや。

 こんだけ大怪我負って、逆に意識がはっきりした分、致命傷になる部分の回復が間に合ったんよ」

 それが幸いか災いかは分からんけどな。そういって悲愴なくからからと笑う宗。

 確かに致命傷は避けられただろう。だが致命的な状況が避けられた訳ではない。自分の命を繋ぐのが精いっぱいである彼は自分の命を狙うバゼットの止めをさせる訳でもなく、彼女から逃げられる訳でもなく。ほんの僅かに寿命を延ばしたに過ぎない。

 むしろはっきりした意識の中で自分の命が手折られるのを待つしかないとなると、逆にこの状況は災いと呼べるかも知れなかった。

 無論、バゼットも死にかけの敵を見逃す程お人よしではない。敵は削れる時に削っておくのが定石だ。立ち上がり、自分の状態を確認するバゼット。ダメージは随所にあるが、十分に戦闘可能。少なくとも目の前で死にかけている男を殺すくらいは楽に出来る。

「一応聞いておくけど、命乞いは聞いてくれんよな?」

「愚問ですね」

「せやなぁ。まあこの世界に入った時から覚悟はある。せめて苦しまないようにくらいはお願いしてええか?」

「加虐嗜好はありませんので」

 最後の会話が終わる。そしてバゼットが一歩を踏み出した、その瞬間。

 城が輝いた。

「「!!??」」

 その超常現象に思わず止まるバゼット。

 そして見た。城からゆっくりと降りていくこのかと刹那を。そして城の上にいる、魔物と女と白い少年の姿を。

(――マズイッ!)

 白い少年。特にアレがマズイ。この距離からでも分かる、圧倒的な存在感。城の高さ程度の距離などあの少年にとっては無いに等しいだろう事は想像に難くない。

 かすかに宗を視界の端で捉える。ダメージは大きく、少なくともこの数日で治るような怪我だとは思えないその傷。

 それらを天秤にかけ、そしてバゼットは止めをさす数秒の時間を惜しんだ。

「ハハハ……。九死に一生を得る、ってやつかいな?」

 後ろから、そんな宗の言葉が追いかけてきた。

 

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