きっかけなんて、単純なもの。
きっかけなんて、単純なもの。例えば偶然で、例えば必然に。そして例えば、
「あれ~?」
感じる事に特化した神様の好奇心。こんな間抜けな声がこの世界からの始まりの一歩だった。
「どうしたのですか、ヒャクメ」
いつもの事で特に慌てた様子の無い彼女の親友、小竜姫。彼女等がいま居るのは妙神山の居間。客に横島を迎えたほのぼのとした雰囲気の居間。
そこでヒャクメの好奇心溢れる声が響いたのだ、ただごとではあるだろうがただごとでは済まないだろう。慣れた覚悟を決めて小竜姫は問い返す。
「横島さんの記憶にブロックがかかってるのね~。それもかなり強力な」
やっぱりただごとではあった。それはさておきヒャクメはまじまじと横島を見る。それにつられてその場にいた小竜姫とパピリオのまじまじと横島を見つめる。美女、美少女3人に見つめられてやや体をくねらせる横島。正直、キモイ。
「私に簡単に突破されないなんてなかなか強力なブロックなのね~」
「というかヒャクメ、暇潰しに人の記憶を見るのはやめなさい」
今の会話から見つけ出した親友の悪癖をたしなめるも、他の三人は既にブロックされた記憶の方に意識が向いてしまっていた。
「俺に記憶のブロックが? と言う事は美女との甘い一夜が忘れ去られてたりっ!? くぅ、誰だ記憶を忘れさせたのは! 思い出せ、思い出すんだ俺の煩悩!」
「おー、ヨコシマの霊力が一気に上がっていくでしゅ。これでブロックとけないでしゅか?」
「ん~、ちょっと無理っぽいのね。私でも本気にはならなくても、本腰入れなくちゃいけないくらいにはキツイブロックなのね」
「まだ足りないか! ならば必殺、美神さんの着替え写真で……煩・悩・全・開!」
「美神さんへの口止め料には何貰おうかしら~」
「新作ゲームが欲しいでしゅ」
「のおぅ! 他人が居るの忘れてた!」
というか、なぜこんな短時間でほのぼのからドタバタコメディーに移行しなければならないのか。軽い頭痛を覚えながらも小竜姫は話し掛ける。
「あのですね」
「ならば小竜姫様の入浴写真で!」
「何取ってるんですかあなたはっ!」
「ふぎゃ!」
神速の速さで神剣を抜き写真を切る。そして返す剣の腹で横島の頭を叩きつけた。コミカルなたんこぶを尻目に小竜姫はせつせつと語りだす。
「今問題にしてるのは横島さんの記憶です。なんで、ぼ…煩悩とかそういう話になるんですか」
煩悩という小竜姫の赤らめた顔に再度霊力があがりつつある横島が答える。
「いえ、俺の煩悩を高めて無理やりブロックを破ろうかと……」
「そんなもので解ける訳無いでしょう! 仮にも神の霊視を防ぐほどのブロックですよ!?」
「でも横島さんの煩悩は今までにも奇跡を起こしてきたのね~、試す価値はあると思うわ~」
「あなたはどっちの味方ですか!」
「面白い方」
全く友達がいのない一言。怒るを通り越して呆れてしまった小竜姫はため息をつきながらも言葉をつなげる。
「それはさておき、横島さんの記憶はブロックしたままの方が、最低横島さんに伝えないほうがいいのではないですか?
ヒャクメの霊視を防ぐ位となると、よほど高位の神魔や文珠くらいです。それをむやみに……」
聞いちゃいなかった。ヒャクメは機械のスタンバイを始めるし、パピリオはそれを手伝うし、横島は全く抵抗してないし。
「私の好奇心はだれにも止められないのね~」
「ブロックのかかった記憶を見るくらいいいじゃないでしゅか。そんな細かい事気にしてるから胸が大きくならないんでしゅよ」
「本人がいいって言ってるんだからいいじゃないですか」
「ちょっと待ちなさい、特にパピリオ」
小竜姫の味方はいないようだ。のらりくらりと小竜姫の説教をかわしながら三人は記憶のブロックを解いていく。そして……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………だから、言ったじゃないですか」
パンドラの箱を開けてしまった。ブロックされた記憶とは正に文珠で忘れさせられていた記憶だった。
平行世界の未来の横島が、妻・美神令子の特効薬を求めて過去に転移して来た時の記憶。
アシュタロスが死ぬ事をあきらめない以上、アシュタロスの乱は起きたはず。あれは今は時間転移を禁止されている神魔の合意を得たか、裏技を使ったか。どちらにしろルシオラを生き返らす『希望』が見えてしまった。
時空転移をしてルシオラの霊子構造を少しだけ拝借。その少しの霊子構造で、今あるルシオラの魂の欠片は自己増殖を始めて生き返る。
そのリスク。つまりは神魔の説得か裏道をも考えればまさしくそれは『パンドラの箱』に相違ないだろう。
シリアスに考え込む三人。
「……そうか、いつか俺は美神さんと結婚できるかもしれないのか。うらやましいぞ、未来の俺! あの体にあんなことやこんなことをっ! いかん、それは俺のじゃっっっ!」
そしてついでにバカ一人。ルシオラを生き返らす可能性にすら気付いていない。
「やっぱり、あきらめきれないでしゅ。もしルシオラちゃんと早く会えるなら早い方がずっといいでしゅ」
「でもね~、どうしたらいいのか分からないのね~。裏道があるとも思えないし、かといって神魔の最高指導者を説得なんてもっと……」
「いえ、思えば美智恵さんが最後に時間転移が許されたのはあの戦いの功労者だったからです。その理論でいけば、横島さんが自力で時間移動をすればもしかしたら……」
「はぁ、はぁ……新婚初夜。美神さんとの新婚初夜。いや、この時代なら婚前交渉ってことで新婚前夜には……」
「「「黙ってなさい!!!」」」
女性陣、怒りの一撃が横島に落ちて、断末魔も無く横島沈黙。その傍らでボソボソと無意味にに声を落としての相談をする美女、美少女3人。
なかなかにシュールな光景だった。
その翌日、横島は最強の敵と戦っていた。
「と、という訳でして。この丁稚としてはその~休みが頂きたいわけでして……」
「で?」
「つ、つきましてはこの事務所の共有財産となっている文珠を十数個使用したいわけでして」
「……で?」
「………………………」
「…………で、続きはどうしたのかしら。横島君?」
その敵とは青筋が三つほど浮かんでいる上に、微笑が絶えない美神令子。前日、妙神山に行く有給休暇を取るためにもさんざんごねたのに(結局は無給休暇になった)さらにレベルの高い要求を立て続けにしているのだ。勝算はほぼない。
とはいえ、問題にしてるのはルシオラの命。冷や汗が止まらない横島と言えども、ここだけは譲れない。もっとも、あの話がルシオラの命に結びつくのに、小竜姫達はさんざん説明を重ねたのだが。バカに物事を教える苦労を味わった三人は、説明後ヘトヘトになっていたのは言うまでも無い。
置いておいて、美神の方としても横島がルシオラの事をどれだけ大事にしていかは分かっている。分かっているからこそ譲れない乙女心がある。本人は否定しているが。
まあ根は優しい美神の事。結果的には横島の要求は通るであろうが、過程はものすごく心臓に悪い。
そんな胃に穴があきそうな沈黙の中、次に口を開いたのは意外にもおキヌだった。
「み、美神さん。私からもお願いします。だって、このままじゃいくらなんでも横島さんが可哀想です」
ぷるぷると生まれたての子鹿みたいに震えながら、健気にお願いをする。
「…………」
美神がジロッと擬音のつきそうな目で睨めば、びくりと(美神主観で)過剰な反応を示すも前言を撤回する様子はない。
(……なによ、これじゃまるで私が駄々こねてるのをおキヌちゃんがあやしてるみたいじゃない)
まるでも何も正にその通りなのだが、そんな自分を自覚できないからこその美神令子。
「分からないでござるよ、何で美神殿は先生に許可を出さないんでござるか?」
「私も詳しく話を聞いてるわけじゃないけどね。ホラ、乙女心は複雑ってやつよ」
だからこそ、本人でさえ気づいていない図星をつくこの言葉は美神の神経を逆撫でるのに十分で。
ギロリ!
擬音がつきそうな。ではなく擬音のついた視線はシロとタマモを部屋の隅に追い込み、ついでに2人の尻尾をも股の間に追い込む。
「……分かったわ」
いったんシロとタマモから目を外し、直立不動のままの横島に目を向けて言葉を続ける。
「休暇1日につき100万円、文珠1個につき1億円。それで手をうちましょう」
「美神さん!」
まなじりを吊り上げて怒りを露わにするおキヌだが、美神も横島もお互いの視線を外そうとしない。
「休暇1日につき100万円、文珠1個につき1億円。それでいいんですね?」
「二言はないわよ」
淡々と表情無く繰り返す横島と苛立ちを隠そうともしない美神。そして横島は深々と頭を下げた。
「本当に――ありがとうございます」
その動作に、今度は美神の表情が消える。
「……おキヌちゃん」
「ひゃ、ひゃい!?」
あんなにふっかけられたのに深々と頭を下げる横島と、いつも感情を表に出すはずの美神が表情を消す。普段と違いすぎる空間に混乱の極みに達していたおキヌはものすごい変な返事を返してしまう。
「もし横島君がいいと言うならだけど、おキヌちゃんにも付いていって貰いたいの。どうかしら?」
「は、え? わ、私はもちろんいいですけど」
おキヌには横島と一緒に居られるのに、それを捨て去る理由はない。そしてその言葉を聞いた美神は、やはり表情の無いままに横島を見据える。
「こういう事になったけど、どうかしら?」
一瞬、時計の音すらもこの部屋から消えた錯覚に陥る。なぜこんなに重苦しい雰囲気になっているか、おキヌが考えるまでもなく横島が口を開いた。
「おキヌちゃんがいいなら、ついてくるかい?」
その言葉で又も部屋の空気が一変した。美神は破顔一笑し、大きな声で激励を贈る。
「美神除霊事務所の名前に泥塗ったら許さないからね、ちゃんと成功させてくる事!」
「了解。横島忠夫、全力で頑張ります! では、しばらく会えなくなりますから今のうちに熱いスキンシップをっ!」
「己は結局それかい!」
いつも通りに美神に飛びかかる横島、いつも通りに横島をシバき倒す美神。あまりに急激にいつも通りになってしまったので、他の3人は展開についていけない。
そして間もなく。シロが突然我に返って騒ぎ立てた。
「お、おキヌ殿だけズルいでござる! 拙者も先生と一緒に行きたいでござる!」
「あ、あたしも。アシュタロスってやつの顔、見てみたいし」
そう自己主張するちびっ子動物二人に、美神はにっこりと青筋をたてながら言葉を返した。
「それはダメよ。2人にはさっき変な事を言った分のお仕置きを受けて貰わなくちゃならないんだから」
「「ヒィィィィ!」」
揃って恐ろしげな悲鳴をあげた後、
「い、言ったのはタマモでござるよ! 拙者は関係ないでござる!」
「ひどっ! ちょっとアンタ、あたしを売る気!? だいたいアンタが変な事を言うからじゃないの! あたしこそ関係ないわよ!」
ぎゃーぎゃーと罪の擦り付けあいを始める。それがしばらく続いた後、
「黙りなさい?」
うるささで顔をしかめた美神の、穏やかな声で静かになる。
「判決、両者同罪」
そして断罪。またもやうるさくなる部屋だが、それを尻目におキヌは支度をするために部屋を後にしていた。ちなみに横島はまだ赤いオブジェのままである。
「ふぅ……」
部屋を出て扉を閉めて、静かな廊下を一人で歩いていたときに思わずため息が漏れてしまった。
『どうかしましたか、おキヌさん?』
だからいきなりそんな声をかけられたおキヌはドキリとして、思わず周りを見渡してしまう。すぐにその声は家から響いてくるものだと気がついたが、少し間抜けな姿を晒してしまった。
「じ、人工幽霊一号さんですか。驚かさないで下さいよ」
『申し訳ありません。しかしおキヌさんがため息なんて珍しいですね、どうかしたのですか?』
人工幽霊一号の言葉に少しだけ言うか言うまいか考えたおキヌだが、せっかく話を聞いてくれるというのだから話を聞いてもらう事にした。
「えっと……、さっきの話は聞いてましたよね」
『申し訳ありません。なにぶんこの屋敷全体が私の体なもので、意識しなくとも聞こえてしまうのですよ。盗み聞きするつもりは無いのですが』
「いえ、別に聞いてた事を責める訳ではなくてですね、その方が話が早いかと思いましてですね!」
急に落ち込んだ声色を出す人工幽霊一号にアワアワとパニクるおキヌだが、こほんと咳払いを一つして落ち着きを取り戻す。
「あのですね。あんなにお金をふっかけた美神さんも変ならそれでお礼を言う横島さんも変ですし、ちゃんとお金を払うって横島さんが言ったのに美神さんはおかしくなっちゃうし、私を横島さんが連れていくっていったら急にいつも通りになっちゃうし……」
支離滅裂と言うか箇条書き的な内容だが、意味だけは通じるだろう。一生懸命に少しでも話をまとめようとしたおキヌに、人工幽霊一号はくすりと心の中で軽く笑ってから言葉を吟味し、返事を探る。
『そうですね、私見になりますが』
そう前置きしてからだが人工幽霊一号が言葉を紡ぐ。
『まず最初の金額提示はオーナーのお願いと許可だったんですよ』
「お願いと許可、ですか?」
意外と言えば意外な言葉におキヌの目が丸くなる。
『ええ、金額提示とは言い換えればそれをクリアすればオーナーが話を認めたという事になりますから』
「えっ? ――ああ、そういうことですか。じゃあ、お願いと言うのはどういう意味なんですか?」
とりあえず、許可というのは納得が出来なくもない。では、お願いとはどのような意味なのか。
『過去に逆行するのには文殊が10個以上必要なのでしょう? だから横島さんに10億以上の借金が出来てしまう事になります』
「いや、それはまあそうですけど」
『だからオーナーは、莫大な借金を理由にルシオラさんを諦めて欲しかったのではないでしょうか』
「あっ、それなら分かる気がします」
あっさりとおキヌも同意した。そもそも許可を出しておきながらお願いも同時にして、更に横島がルシオラの事に関していくらお金がかかろうとも諦めない事は美神も知っているはずの事だ。器用というか、不器用というか。そしてそんな美神に対して全く違和感を覚えない人工幽霊一号とおキヌもなかなかに美神の事を理解してると言えるだろう。誉め言葉かどうかは微妙だが。
「それで、なんで横島さんがお礼を言ったら美神さんは……その、あんなんなっちゃったのですか?」
不機嫌と言うには表情が無く、無感情と言うには怒りすぎていて。怒っていると言うにはまだ足りないような、なんとも形容しがたいあの感覚。おキヌが疑問に思ったそれを、人工幽霊一号はいとも簡単そうに音に変える。
『ああ、あの寂しそうなオーナーの状況ですね?』
寂しそう。おキヌはその言葉に、胸につかえていた何かがストンと腑に落ちた。だって、捨てられた子犬が寂しさの余りに誰彼かまわず噛みつく情景が容易に頭に浮かんだから。
「……でも、なんで美神さんが寂しがるんでしょうか?」
しかし、おキヌにはその理由が分からない。だから、人工幽霊一号の次の言葉が心に突き刺さってしまう。
『それは、横島さんがここを辞めてしまうと思ったからと類推されますが』
「えっ……?」
(横島さんが、美神除霊事務所を、辞める?)
その余りの衝撃に、おキヌの思考と動作が止まってしまう。その間にも人工幽霊一号の解説はせつせつと続いていく。
『横島さんのお給料じゃあ10億円を越える借金なんて一生かかっても払えませんからね。しかし、独立して事務所を構えれば数年で借金を返し終えられますから』
道理ではある、道理ではあるが……。
「横島さんが……辞める?」
呆然としたおキヌの頭には横島が事務所を辞める事なんて想像出来ない、したくない。
『―――それで横島さんがここを辞めないと分かったから、オーナーは機嫌が直ったのだと思いますよ』
呆然としたおキヌの耳に。そう結んだ人工幽霊一号の言葉が飛び込んできた。
「横島さんはここを辞めないんですかっ!」
つい大声で怒鳴ってしまったおキヌに、人工幽霊一号は冷静に応答する。
『おや、お聞きになってなかったんですか?』
「あっ、いえ……はい」
羞恥に頬を染めたおキヌに、やはり笑いをたたえながら人工幽霊一号は言葉を繰り返す。
『つまり、もしおキヌさんを横島さんが連れていかなかったら本当にこの事務所と縁を切るつもりだったのでしょう。お金なんて直接会わなくても支払えますからね。
だけれどもおキヌさんを連れていくなら話は別です。横島さんはこの事務所におキヌさんを無事に送り届けなければなりませんし、おキヌさんが側にいれば横島さんを説得する事も出来るでしょう? それを受け入れたという事は、少なくとも今はこの事務所に帰って来る気がある。それで横島さんがここを辞めないと分かったから、オーナーは機嫌が直ったのだと思いますよ』
最後は完全におキヌが聞いて言葉を繋げて人工幽霊一号は言葉を打ち切った。
「それじゃあ、私の役目は……」
想像以上に、美神に重い仕事を任されていたおキヌは、目に輝きが増す。
「横島さんをこの事務所に帰ってこさせる事ですね! がんばります!」
『私はそう思いますよ、がんばって下さい』
元気が出たおキヌとどこまでも素直になれない美神を思って、人工幽霊一号はもう一度微笑みを漏らした。
さて、美神除霊事務所で横島が最強の敵と相対していた頃。ジークも最高の敵と相対していた。
側にいるだけで格の違いを思い知らされ、本人達に自覚はないであろうが、ほとんどあらゆるモノを精神的にも霊的にも削りとっていく存在。
「あ~、だから時間移動でルシオラの魂だけとってくるかぁ。せやけど、一応ワイらは時間移動禁止令を出してしもうたかなぁ。心情的には諸手をあげて賛成したいんやが。キーやん、どないしょ?」
「ふぅ。真、難しい問題ですね。横島さんは前大戦での立役者ですし、その際のお礼もまだしていません。しかし私たちがつい前日決めたことを、彼のは言とはいどもそうですかと頷く訳にもいきません。かといって、他に代用出来るような案もありませんし……」
そんな、最高と言える2柱はいつも通りの気さくな口調で頭を抱えていた。議題は言うまでもなく横島の時間逆行を認めるか、否か。そして2時間以上も論議する神魔の最高指導者の前で神経をすり減らしきったジークがかろうじて立っていた。
そもそも何でここにジークがいるかというと、まずはパピリオがルシオラが生き返れるかもという話をベスパに通し、ベスパは詳しい話を聞くために魔界の軍に長期休暇を申し入れた。それを受理したのがワルキューレで、関係浅からぬ仲という訳でベスパと一緒に妙神山までついて来た。そこで最高指導者に相談するか否かという話になり、相談した方がいいという事で話がまとまる。で、誰が相談しに行くかといった話になり、ワルキューレによってジークが呼び出されたという訳である。要するに、何も関係ないはずなのに以前やった事があるからという事で最もキツい役割を押しつけられた訳だ。
ジーク、哀れな。
「……ダメですね、私には裏道が思いつきません。サッちゃんは何か思いつきますか?」
「思いつかない事もないんやけどなぁ。まず過去では一応時間逆行が認められてる訳やし、ワイらが曲げれば済む訳や。現に美智恵はんはワイらが許可したから時間逆行が許された訳やろ?」
「ふむ、確かにそうでしたね。それで?」
「美智恵はんが時間逆行を許された理由は2つ。前大戦の功労者だったからと、あそこで時間逆行しないと歴史がまたおかしくなる可能性があったからや。
死んだフリをして未来に来た以上、人間の法的に死亡宣告を受けた今よりも昔に戻って裏工作をしといた方がいいという理由もあったしな。要は美智恵はんとワイらの利害が一致した訳やけど、横島はんにはワイらの方がルシオラの代わりに世界を救って貰った負い目がある。
前例に照らし合わせれば、ワイらと横島はんの取引は十分可能な範囲やろ?」
「確かにそうですね。しかし私たちはそう考えても、歴史を守るという大義名分がなければどうにもなりませんよ?」
キーやんの言葉に、サッちゃんがニヤリとお奉行笑いをする。
「そこはホラ、大義名分なんて後からも出来るやないか。例えば、今調べていったらあの大戦中に未来からの時間逆行の痕跡があったとか」
サッちゃんの言葉を聞いた時。キーやんも合点がいったのか、ニヤリと越後屋笑いを返す。
「ナルホドナルホド。実はあの大戦中、未来からの援助があったからこそ勝てた、と」
「そうそう。なんならガソリンスタンドに火をつけて貰うくらいアリかもしれへんやろ」
「幸いにしてあの時に深く関わっていたのは横島さん派の神魔ばかりでしたし、私たちはアシュタロスの妨害念波で人間界の様子が知れませんでした。私たちがアシュタロスにバレないように最高の迷彩をかけて送ったという事にすれば、他の方々は疑っても証拠を掴めないでしょうし」
「いや、この件は完全に極秘扱いにしてバレてからの言い訳でそれを使った方がいいかも知れへん。極秘扱いにしとけばまず漏れへんし、何か問題が起きた時用の言い訳を早々言う必要も無いやろ?」
「サッちゃん、あなたも悪ですねぇ」
「いやいやキーやん、あんさん程やあらへんよ」
こんな奴らに神魔の未来を任せていいのだろうか?
もしこの笑みを見ていたものが居たならば、そんな感想を持たせる程に邪悪な微笑みをかわし。キーやんとサッちゃんは次の議題へと移る。
「しかし横島はんだけで行かせるのも問題あるやろ。ワイらからも誰か監視役をつけた方がよくないやろか?」
「もちろんですよ。神族の監視役として適任なのは、横島さん派の小竜姫かヒャクメでしょうか?」
「魔族はなぁ……。魔の衝動を押さえるための規則がガチガチやから上層部の誰もに知られへんようにするのはちょいと無理があるんや。軍に所属してない連中は論外やし、強いていうならパピリオくらいやろか?」
「流石にパピリオはまずいでしょう」
「せやなぁ。お子さまやし、任務に忠実とは思えへん。ルシオラを見たときに暴走する可能性も低くないわ」
「そういう意味ではヒャクメも素行やら戦闘能力やらに不安が残りますね」
「――っつう事は?」
「ええ、小竜姫で決まりですね」
そこでようやく2柱はジークに向き直り、
「おや?」
「どうも静かだと思ったら……情けない」
気に当てられて、立ったまま気絶していたジークを見つけた。
本当にジーク、哀れな。
数日後の妙神山。準備万端の横島・おキヌ・小竜姫を始めとして、ワルキューレ・ジーク・パピリオ・ベスパ・ヒャクメが集まっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「どうかしました?」
「どうかしたんですか?」
そしてそのうち2人の顔に全員の視線が注がれていた。その2人とは小竜姫とジーク。なんかこう、ものすごいげっそりとした顔をしているのだ。
「えっと、あの。ジークさんに小竜姫さま、あの、その、……大丈夫、なんですか?」
代表しておキヌがヤバげな2人に問いかけると。ジークはワルキューレを、小竜姫はヒャクメを恨みがましい目で見る。
「姉さんがあんな変な事を僕に押しつけなければよかったんだけどねぇ」
「ヒャクメがもう少ししっかりしていれば、私だけ何時間も最高指導者から過去逆行に関する注意事項を聞かなくて済んだんですけどねぇ」
それに対し件の2人は、
「ベスパ、パピリオ。横島の心配は必要ない、必ずルシオラは帰って来るさ」
「あはははは、たまには私の好奇心も役に立つのね~」
シカトと開き直り。被害者にとっては限りなく腹の立つ対応をとっていた。まあ、長い付き合いだしこの位で怒っては家族愛や今までの友情は築けない。
被害者2人は加害者2人を意識の内から外してこれからの任務に目を向けた。
「さて、今回のあなた達の仕事はアシュタロスに一斗缶を落としたガソリンスタンドに放火、そしてルシオラさんの魂片を僅かに回収する事。以上の2点になります」
「これに準じない行為は基本的に禁止させて頂きます。その際の監視役として私、小竜姫が同行します」
そして細かい注意事項が小竜姫の口から語られていく。
「はい、これで注意事項は終わりです。質問はありませんか? ありませんね。じゃあとっとと行ってとっとと帰ってきましょう。私は早く帰って休みたいです」
まあ、幾分か投げやりな説明だったが。
「じゃあ、行きましょう。横島さん、お願いします」
「分かった、任せておけ!」
ルシオラを救える。その強い想いに支えられながら横島は15個の文殊を取り出す。書かれた文字はそれぞれ、『時』『間』『逆』『行』『西』『暦』『1』『9』『○』『×』『年』『△』『月』『□』『日』。
それを直列につなぎ、精神を集中していく。そして――――
「ごめん! 普通に無理!!」
だぁぁ! と全員がこけた。
「ちょ……ヨコシマっ! この期に及んでそれは無いだろ!」
真っ先に立ち直ったベスパが横島に当然の抗議を入れながら胸倉を掴み、横島は泣きながら詫びを入れる。
「か、堪忍や~、許してや~! だって、だってワイはまだ5個の文殊しか同時に扱えんのや~!」
「今回の量は3倍ですもんねぇ」
「いや、5個でもすごいと思いますよ?」
「文殊の同時使用は加速度的に難しくなるというからな。10個増やしはどう考えても無理がある、か」
上からおキヌ、ジーク、ワルキューレの言葉。そして少し離れたところでプルプルと震えている小竜姫はブツブツとやば気な独り言を呟いていた。
「……あそこまで苦労したのに、成果無しですか? それはないですよね、それはひどいですよね……」
そのまま少しの間、横島はベスパに掴みかかられ、小竜姫はぶつぶつと独り言をいい、他の5人は達観していた。そして、
「横島さん!」
「ひゃい!?」
いきなりの小竜姫の怒声。それに全員が小竜姫の方を見て、同じ感想を持つ。
(まずい、目が据わってる……)
真面目な人ほどきれると恐いと言うし、何をするのか分からない。そして特にジークには小竜姫のきれる訳がよく分かる。
固唾を呑んで小竜姫と横島を見守る一同。ベスパに至っては横島の胸倉を放すのも忘れている。
みんなが冷静に固まる程度の時間が経った後、小竜姫がにっっっこりと笑いながら口を開く。
「……今回、私もこの任務の為に大変な苦痛を強いられました。ですので、多少の事は覚悟して私につきあってもらえますか?」
そう言いながら、いきなり小竜姫はしゅるりと淫靡な音を立てながらブレスレットを外す。その行為におキヌが真っ先に、顔を真っ赤にしながら大声で反応した。
「ダダダダダダダダダダダ、ダメですっ! 小竜姫さまがやるくらいなら私がやります!」
多分、自分でも何を言っているのか分からないくらいテンパっているのだろう。そのパニックぶりを見てヒャクメも正気に返り、慌てて小竜姫に声をかけた。
「ダ、ダメ! それだけはダメなのね、小竜姫! もっと別の案があるのね、服を脱ぐのをやめるのね!」
そしてまるで連鎖のように。ワルキューレ、ジーク、ベスパ、パピリオが正気に返っていく。
「ま、まさか自分の体を捧げて横島の煩悩を上げる気かっ!」
「落ち着いてください、小竜姫さん! まだ、まだ手はあるはずです! 最高指導者のプレッシャーがきつかったのは分かりますが、もっと自分を大切にしてください!」
「ダメだ、ダメだ! まずは姉さんが先なのが筋だろ!」
「や、やめるでしゅ! それはダメでしゅ、非常手段過ぎるでしゅ!」
みんなが喚き立てるも、小竜姫の動作は止まらない。そしてブレスレットと具足とカーチェシュを取り、地面に置いたところで。唯一我に返っていない横島に言葉を投げかける。
「横島さん……来て?」
それは。横島の脆い理性の糸を切るには十分で。
「しょ~~りゅき、さま~~~~~~~~~~~~~!」
伝説のルパンダイブをベスパに胸倉を掴まれた状態でやってのけた。ベスパが気付いた時には彼女の手に横島の服しか残っていなくて、そして視線を向ければにっっっっっこりと笑った小竜姫にパンツ一丁で飛び掛る横島。そして次の瞬間に。
ズビシッ!!!
小竜姫の神剣の腹によって、地面と熱いキスをかわす横島。
「えっ。なになに、何事?」
それでも煩悩が極限まで高まっていた横島は瞬時にガバっと顔を上げる。その先にいたのは変わらぬ、いや更に深まった笑みをにっっっっっっっこりと浮かべ続ける小竜姫。その顔に一気に自分の煩悩がしぼんでいくのを感じる横島、思わずパンツ一丁で正座をしてしまう。
そして小竜姫は自分の脱いだ衣服を指差しながらこう問いかけた。
「横島さん、これはなんだか分かります?」
「えっ? 小竜姫さまの脱いだ服、ですか?」
当たり障りのない答えにやっぱりにっっっっっっっっっこりと笑いながら首を振り、答えを返す小竜姫。
「いいえ、竜神の武具です」
「……へ?」
「さて、横島さん。さっそくこれを着てください」
「……いや、これ着ると後「着てください」」
「……だいたい、霊力の制御にはあま「着てください」」
「……いえ、だから小りゅ「着てください」」
取り付く島も無い小竜姫に横島は周りを見渡して助けを求める。が、しかし一名を除いて呆然としているし、例外の人の心を見通す神様は腹を抱えて声を殺しながら爆笑している。
そもそも彼女は小竜姫の心を読めるのだからこうなる事は分かっていたはずだ。つまりあの爆笑は今の状況もさる事ながら、この面白状況に上手く誘導できた勝利の美酒的な側面もある爆笑という事になる。
面白い方の味方と言い切る彼女に横島を助ける気などあるはずもなく。横島はもう一度にっっっっっっっっっっっこりと笑う竜神を相手取る覚悟を決める。
「……あ「着てください」……ハイ」
そして完敗。のろのろとまずは自分の衣服を身につけて、小竜姫の脱ぎたての武具を身につける事に軽い興奮を覚えつつ竜神の武具を身につける。
「さて、準備は整いました。おキヌさん、こちらに来てください」
未だに目が据わっている小竜姫の声。それに操られるようにおキヌが小竜姫の側による。そして唯一正気であるヒャクメの、笑いを含んだ言葉が投げかけられた。
「じゃ、小竜姫、横島さん、おキヌちゃん。いってらっしゃいなのね~」
「ええ、行って来ます。横島さん、文珠の発動をお願いしますよ?」
やっぱり目が据わっている小竜姫に操られるように横島は文珠を発動する。そして竜神の具足の効果か、はたまた茫然自失で深い事を何も考えなかったからか。あっけなく文珠は発動し、3人の姿が掻き消えた。
「いったい、なんだったんだ……」
ワルキューレのそんな呟きが、後に残った大部分の心情を代弁していたという。
「おおおおおお!!!?」
「きゃああああ!!!!」
「気をしっかり持ってください、大丈夫ですから!」
一方の転移した組は茫然自失としている場合では無かった。いきなり時空の狭間というべき世界に放り出され、荒くれるエネルギーの塊に翻弄される。
「ちょ、小竜姫さま! これ、大丈夫なんですか!?」
「問題ありません。本来時空間を移動すると言ったらこの位の衝撃は覚悟するものなんです。未来の横島さんが過去に飛んだという実績がある以上、理論上大丈夫なはずです」
「で、でもなんかこの時空間がたわんでる気がするんですけどっ!」
奇妙な空間を見つめながらおキヌの引きつった声に、小竜姫は軽く考えてから答えを出す。
「確かに妙な過負荷を感じます。もしかしたら私の竜神の具足が悪かったのかもしれません」
「「ちょっと、小竜姫さま?」」
完全にシンクロした横島とおキヌに、小竜姫は軽く冷や汗を流しながら答える。
「だ、大丈夫ですよ。時間の修正力しかり、世界の強度はそう脆くありません。どこかの平行世界からの干渉が同時にない限り大丈夫ですよ!」
ピシィッ
「へぇ、そうなんですか。で、どこかの平行世界の干渉が同時に起きる確率ってどの位なんでしょうね?」
「心配しないで下さい、天文学的な確率ですから」
ピシュ……ピキィィィ
「ちょっとお聞きしたいんですけど、万が一そんな事態が起きたらどんな事が起きるのでしょうか?」
「そうですねぇ、なんせ世界がひび割れる現象です。この世のものとは思えない程綺麗で珍妙で、破滅的な音なんじゃないでしょうか?」
キュルキピ、パラキュリホ~ン
「……」
「……」
「……」
ギギギギギギギギギ、ギ、ギギィ
「……綺麗な、音ですね」
「……珍妙な音でもあるんじゃないすか?」
「……こういうのを破滅的な音っていうのでしょうか?」
ズ、ギリュギショリオリリキィン
「…………」
「…………」
「…………」
パキィィィィィィィィィィィィィィン
「きゃああああああ!」
「心配する事が起こるのはもう常識だよな!」
「横島さん、おキヌさん! しっかり掴まって離れないように!」
横島の言う通り、噂をすれば影という。3人は新しく出来た時空間の裂け目に一気に吸い込まれていった。
「俺たちはいったいどうなるんでしょうかね、小竜姫さま!」
立て続けな衝撃に舌を噛みそうになりながら、横島は大声で尋ねる。
「申し訳ありません、最悪の事態になりました! 私たちは完全に平行世界の垣根を越えてしまったようです!」
小竜姫は2人を守りつつ、横島に負けない大声で問いに返す。更におキヌが大声でそれに被せた。
「えっと、それはつまり完全な異世界に来ちゃったって事ですかっ!?」
「そうです、この状態で私たちが離れるのは大変危険ですから……」
小竜姫の言葉は最後まで言い終わらない。人型のナニカがこちらに向かってきているのだから。
「危ないっ!」
「うわっ!」
「きゃあ!」
「痛っ!」
人型のナニカは小竜姫達にぶつかり、更に2人に分かれる。一方の小竜姫達もぶつかった衝撃でバラバラになってしまった。特に2人を庇った小竜姫は一気にはね飛ばされてしまう。
「不覚っ!」
ギリリと歯噛みしても時間は元に戻らない。横島とおキヌ、そしてぶつかった2人の何者かはほぼ同じ時間軸に落ちたようだが。小竜姫は更に飛ばされていく。何百年というレベルではなく何千年というレベルで過去に飛んでいくのを神であるその身はしっかりと感じていた。
「まさか平行世界に飛ばされただけじゃなくて、時空間中で異物とぶつかるなんて……」
有り得ない程の偶然が二度も重なる不運。それに悔しがる間もなく、小竜姫も通常空間に放り出された。
「きゃあ!」
空から1メートルも無いところからの落下。その距離ですら小竜姫はうまく受身もとれずに落ちてしまう。
「いつつつつ、なんなの?」
ぼやきつつ立ち上がろうとするも、立てない。足に力が入らない。
「え? あ、あれ?」
もう一度。渾身の力を込めて立ち上がろうとするも、立てない。そして自分の体を調べた小竜姫は愕然とした。
「……神気の供給が、無いの?」
本来、神族や魔族は冥界のチャンネルを人界の拠点を通して神気や魔力が供給される。それが無ければまともに動く事は出来ないどころか、1日も持たずに消滅するのが運命だ。
「これはまずいですね……」
そして完全な異世界であるここでは冥界のチャンネルどころか妙神山もないようだ。更に言うなら、一時的に神気を溜め込んでいる竜神の武具も神剣を除いて横島に貸し与えてしまっている。このままでは1日どころか1時間も持たない。
真に命の危機に陥った竜神は自分が驚く程冷静になっていくのを感じた。
(まずは、寄り代を見つける事)
辺りを見渡せばそこは温かい光に満ちた森の奥深く。平行世界に来る時にはそんなに時間のズレは感じなかった。だとすれば、元の世界から数えて数千年前。もちろん完全な異世界かも知れないから、人間が居るかどうかも分からないし断言も出来ないが恐らく文化も何も無い神代の、自然の時代。
「むしろ……ラッキーかもしれませんね」
こういう時代には霊的ポテンシャルの高い存在がとても多い。その中の1つに寄り代として住まわせてもらえば、永い時間がかかるとは言えども神気は回復する。しかし横島とおキヌを待たなくてはならないから、何千年という休養期間はなんの問題も無い。
そして感覚を研ぎ澄ませて、近場にある霊的ポテンシャルの高い存在を探す。
「…………見つけた!」
そしてそれはすぐに見つかった、それも桁違いに霊的ポテンシャルの高い存在が。
「本当に、運がいいのか悪いのか分かりませんね」
両手両足で這いながら小竜姫はその存在の元へ近付く。かなり情けない姿だが、それを見るものは誰も無い。
そして程なく。小竜姫は件の存在の元まで辿り着いた。這った速度を考えればよほど近くなければ辿りつけない位置にそれはあった。
「立派な若木……」
その存在とは木、まだ30センチに満たない大きさの幼木。そして小竜姫は自らの身長より遥かに小さいその木に視線を合わせながら、静かに語りかける。
「我が名は小竜姫、誇り高き神龍の末裔なり。
今、我は大いに疲れ、休息を欲している。
されど、汝をおいて我が身を休める所は無く。
願わくば汝が体、永きに渡って貸して欲しい」
もし断られれば死ぬしかない状況で。小竜姫は必死になってその幼木に願をかける。そして果たしてその幼木は、ボウッ。と温かみのある光を発して答えた。それにほっと息をつき、微笑みかける小竜姫。
「礼を言おう、名も無き神木よ。
我が名にかけてこの恩義は決して忘れぬと誓おう。
我が名は小竜姫、誇り高き神龍の末裔なり……」
そう言い残して小竜姫は静かに幼木と同化する。
後には静謐な風と暖かな陽の光。そして、神を宿した神木がただただ毅然と大地に根を張っていた。