新たな歯車を加え、歪んだ運命は回り出す。その先にあるのは虚ろか安寧か。
「申し遅れました、私はバゼット・フラガ・マクレミッツと申します。以後お見知り置きを」
上着の無い男装の麗人の言葉。
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「えっと…どうも?」
「うん、よろしゅうな~」
その言葉にネギは英国人の本能で返事をし、アスナは未だショックから抜けきれず、木乃香はいつも通りに挨拶をする。そして警戒を解かないのがタカミチ。ポケットに手を入れた、ぱっと見でいうのならば無礼な格好のままにバゼットに重ねて問いかけた。
「それで君の目的は?」
バゼットのみに分かる威圧感を醸し出して、反応を見る。それにバゼットも緊張と体制を崩さずにタカミチにだけ分かる程度に威圧感を出しながら問いに返した。
「特に何をする為に来たのではありません。私の名前を調べられる、ここの責任者にお願いがあって来たのです。もちろん手土産くらいはあります」
バゼットの、それら全て動作を吟味して頭を回転させる。
(ボクにだけ威圧を向けられると言う事は相当の使い手か。それに少なくとも一般人のいる前では事を起こさない、一応常識はあると見ていいな)
しかし、それは言い換えれば一般人が居なくなったらいきなり暴れ出す可能性も十分にあるという事。
(名前を調べられる責任者って事は、裏の責任者。更に手土産の代わりにお願いがあるとなると、取引か。
……いや待て、なら何で正規の手続きを踏まない? 何か裏があると見ていいな。特に何をする訳でもない、ただ取引がしたいと言うのはブラフか)
常識は無くもないが何か企んでいる魔法使い。と、そうタカミチは結論付けた。
対処法としては、今ここで行動を起こすのは愚の骨頂。ネギはともかく、アスナと木乃香の居る前で魔法を使うわけにもいかないし、ネギを含めて戦いに巻き込む訳にはいかない。
(なら、乗ったふりをして学園長室に誘い込むか)
ここまでの思考時間はごく僅か。バゼットはともかくとして他の傍観者達にはほんの少し考え込んだだけでタカミチの次のセリフが出たと思っただろう短い時間。
「了解した、さっそく学園長に連絡を取りたいのだが、携帯を失礼してよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
バゼットは間髪入れずに答える。タカミチはそれに軽く頷くと、右手をポケットに突っ込んだまま左手だけで携帯を取り出し、コールする。そしてすぐに向こう側で受話器が取り上げられた。
『ほ、タカミチ君か。どうかしたかの?』
よく耳をすませばバゼットにも届く学園長の声。それを承知した上でタカミチは言葉を選んでいく。
「ええ、今は予定通りネギ君と一緒にいます。ですが学園長にお客さんが来ていまして、お手数ですが時間をとって欲しいそうです」
『……あい分かった。しかし先にネギ君と話がしたいのから、20分ちょい待って欲しい。そう、お客さんに伝えてくれんかの?』
「分かりました」
その学園長のいつもと口調が変わらない言葉に、タカミチは自分の意図が正しく伝わったと確信する。チラリとバゼットの姿を確認しても、違和感は見つからない。
『余計な仕事を増やしてしまってスマンのう。して、お客さんの名前はなんじゃ?』
「バゼット・フラガ・マクレミッツという方だそうです」
『バゼット・フラガ・マクレミッツじゃな? 了解した。ではネギ君とアスナ君、木乃香をまずは学園長室に通しとくれ。その間は申し訳ないが、タカミチ君はバゼット君と部屋の外で待っててくれんかの?』
「了解しました、では失礼します」
そう言ってあっさりと電話を切るタカミチ。そしてまず間違いなく今の会話を聞いていたであろうバゼットに、形式的に伝える。
「バゼットさん、学園長が会うそうです」
「それはよかったです」
分かっていただろうに。あからさまにほっとした表情に、タカミチの脳裏にはキツネとタヌキの化かし合いという言葉が浮かんだが、ひとまずおいておいて話に参加していない3人の顔を順にみながら、ネギに話し始める。
「ネギ君はまず学園長からの注意を受けなきゃいけないから、一緒に学園長室まで来てくれないかな? そしてアスナ君とこのか君は――…」
次にタカミチは2人の元教え子に目を向けて――下着にスーツの上だけを羽織ったアスナと目が合う。慌てて前を閉じ合わせるアスナに苦笑しつつ、ほわほわと笑っている木乃香を見ることでアスナから視線を外すと、2人に言うべき言葉を言う。
「ボクとネギ君、そしてバゼットさんは先に学園長室に向かうから君達はアスナ君が服を着たら学園長室に来てくれないか? 学園長が話したい事があるそうなんだ」
「分かりましたえ~」
「は、はい。分かりました」
いつも変わらない木乃香と、高畑先生の前ではしおらしいアスナは二つ返事で了承する。
「さて、と」
警戒心は外さずに時計を見て、僅かに渋面作り、
「大分時間が経ってしまったようだ。早く学園長室に行こう」
ネギとバゼットを促した。タカミチが歩き始めるとその後ろにネギがちょこんとつき、最後にバゼットが続く。が、怪しい人間に自分はともかくとしてネギの背後を取らせ続けるタカミチではない。アスナと木乃香が見ているうちに、バゼットが手を出せないうちに先手を打つ。
「そうだ、学園長と話す前に色々と話を聞きたいんだが構わないかい?」
「ええ、もちろんです」
バゼットは快諾するがもちろんいやと言える選択肢もない。そして歩きながら話をする時に隣を歩かないのは失礼にあたる。間に人を挟むなんてもっての他だ。
必然的にバゼットはネギを追い越してタカミチの隣に並ぶ事になる。後は警戒を怠らずに取り留めのない会話をしていればOKだ。
「それで、頼みごとと言うのは何かな?」
「はい、2つ程お願いしたい事があるのです。今、しなければならない事があるのですがどちらも私の手には余ってしまって――」
ほとほと困り果てたように言うバゼット。
「それで、具体的な内容は? それに麻帆良に依頼に来た理由は?」
「……………………」
押し黙るバゼット。訝しくその顔を見るタカミチだったが、次の一言で納得をする。
「後ろの少年、大丈夫なのですか?」
主語を省いた言葉だったが、その意図はタカミチにはすぐに分かる。ネギに多少とはいえ裏の本義にあたる会話を聞かせていいのかと言う躊躇を挟んでから、許可の言葉を口にする。
「ええ、彼も魔法使いですから」
「良かった。彼女らもコチラ側だと思っていましたがどうもそうでは無かったので、彼も一般人かと思ってしまいました」
驚愕。驚きのレベルでは済まないそれがタカミチの内側から湧き上がる。
(これは……まずったかな?)
魔力と言うのは多少の実力があれば感じ取れる。例をあげれば直接戦闘能力はほとんど無いオコジョ精霊がそうであるし、少し広い目で見た『戦闘』や『戦い』と言ったものにとってはもはや必須と言っていいものだ。が、木乃香とネギの魔力量はそんなレベルではない。
その異常な魔力量は日常を凌駕し、日常を喰らい尽くしているのだ。つまり、彼ら自身の魔力がこの日常を作り出していると言っても過言ではない。まるで古代の人が空気の存在は知って感謝をしていても、その組成や無ければ死ぬ理由を知らないように。
だがバゼットはその存在に気がついて、あっけらかんと手札を晒した。それは古代において空気の組成に気づいたと言えるほど実力が飛び抜けているという事でもあり、それを隠す気が無いほどの自信が備わっているという事でもある。
更にはアスナの異常性にも気がついている。つまりはトップクラス、少なく見積もってもタカミチ前後の実力があるという事になる。とてもネギを守りながら戦える相手では無い。
背中に冷たい汗が流れるタカミチだが。
「バゼットさんって魔法使いの方だったんですかっ!」
「ええ、あなたも魔法使いだそうですね。よろしくお願いします」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いします。あっ、申し遅れました。僕はネギ・スプリングフィールドと申します」
「ネギですか、では改めまして。
私はバゼット・フラガ・マクレミッツと申します。以後お見知り置きをお願いします」
「もちろんこちらこそです! あの…つかぬ事をお聞きしますが、バゼットさんはマギステル・マギなのですか?」
「いえ、残念ながら。私は魔法協会には所属していないのです」
新しい魔法使いに会えた喜びからか、ネギがすごい勢いでバゼットになついていく。そしてそれに笑って対応するバゼット。
(擬態、か?)
タカミチは心の中で軽くそんな考えがよぎるが、すぐ頭をふってそれを振り払う。
(余計な事を考えるな、今は全力で警戒するんだ)
自分に言い聞かせたタカミチは、バゼットの一挙一動一足にさえ集中して質問するのを完全に諦めた。今や話に参加し始めたネギがバゼットの横にならんだ為に、バゼットを中心として横一列に並んでいる事になる。
そんなピリピリとしているタカミチを差し置いて、ネギとバゼットと話は続いていく。
「ところでバゼットさん、サウザンドマスターと言う人を知りませんか?」
「サウザンドマスターですか? 先の大戦で活躍した英雄と云うあの?」
「はいそうです。実はサウザンドマスターが今どこに居るのか知りたくて」
バゼットは少し思案してから、痛ましげにネギの問いに答える。
「残念ですが。サウザンドマスターは何年も前に亡くなったと聞いています。それ以上詳しい話は…」
「そう、ですか」
明らかに気落ちしたネギを元気つける様にバゼットは急いで他の話題を探す。
「そう言えばサウザンドマスターと言えばその強さが伝説に残っていますよね。やはりネギ少年も彼の強さに憧れて?」
「確かにそういう面が無いわけではないんですけど…なんて言うか、あの人自体が憧れと言うべきなのかも知れません」
「その人自体が憧れ…なんとなく分かる気がします」
遠くを見るようなバゼットにネギは思い切って話しかけた。
「あの、バゼットさんも憧れの人が?」
「ええ、居ました。本当に、彼は私の憧れでした……。
強く、勇敢で魔術にも精通して。しかし何より素晴らしいのは彼の信念。万を越える大軍を一人で相手取り、大切な人全てを自らの手で殺さざるを得なくて。それでも信念を折ることなく戦い続けた」
「すごい、方だったんですね。本当に憧れていたんだ……」
「ええ、実際に会うまでは!」
遠い異国の王子を見る目とでも言うのだろうか、それとも恋する少女の瞳か。どこか遠くを見る目で幻想に酔っていたバゼットはネギの言葉で目に危険な光が宿る。
「ええ、ええ! 彼に会える機会があると知って、私はその仕事を引き受けました! 実に危険な仕事でしたが、旧友に頼まれたのと彼に会えるからと言うので引き受けましたとも!! ですが、なんなのですかアレはっ!?
彼は女に甘い、敵に狙われているというのに糸の切れた凧みたいにフラつく、あげく私の事を余裕がないなどと! 旧友は私を裏切るし散々な仕事でした!」
バゼットに入ってはいけないスイッチが入ってしまった。豹変したバゼットにネギは呆然としてしまった為、タカミチが警戒を忘れてなだめにかかる。
「まあまあバゼット女史、落ち着いて。ところでバゼットさんはそんな危険な仕事を任されるとは腕に自信があるのですか?」
はぁはぁと息を切らしていたバゼットだったが、すぐに呼吸を整えてタカミチの質問に答える。
「ええ。未だに彼には遠く及びませんが、それなりの自負があります」
「なるほど……おっとここだ」
タカミチが急に立ち止まる。最後にはバゼットに会話の主導権は握られてしまって、危うく学園長室を素通りするところだった。
「ネギ君は先に学園長室に入っていて下さい。ボクはバゼット女史と一緒に学園長室の外で待っていて下さい」
「はい、分かりました」
「了解です」
2人はそう言い、指示に従う。そしてネギが学園長室に入った後の廊下には気まずい雰囲気の2人が取り残された。
「…………」
「…………」
そしてしばらくはそのままで。やがてコツコツと2つの足音が聞こえてくる。そして見えてきた人物に微笑みかけるタカミチ。
「やあ、わざわざ済まないね」
「い、いえ別に…」
ネギと態度が、正確に言うならタカミチ以外とは態度が全く違うアスナがしおらしく答え、木乃香は無言でペコリと頭を下げて。それから学園長室に入る2人。そして廊下に残された2人はまた気まずい雰囲気に。
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
タカミチの腕時計だけが虚しく音をたてる。
「ぁ……」
「…………?」
「…………いえ、なんでも」
「…………はぁ」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………ふぁぁ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふぁ」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ……………………あはははははも~そんなに笑う事ないじゃないだって佳代ったらお腹すごいんだもん言・う・な~!……………………チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッガチャ
「あれ?」
ようやく、と言うか。気まずいと言うよりも重苦しい雰囲気になりつつあった2人の沈黙に終わりが訪れた。
「なんや? ずっと前で待っててくださったんか。ほんますいません」
「えっ? き、気づかずに長話しててごめんなさいっ!」
まず出てきた木乃香がほんわかした声で謝ると、後ろについてきていたアスナも勢いよく頭を下げる。それに苦笑して応えるタカミチと無表情で返事をするバゼット。
「いや、こっちも仕事だからね。君たちは気にしなくていいよ」
「急に押し掛けた私に時間を割いていただけるだけでありがたい事です。たかがこの程度では謝るにも及びません」
もうこれ以上何も言えない2人に木乃香とアスナは黙って先を歩く。次に出てきたのはしずなとネギ。ネギは普通に頭を下げただけだったが。
「あら?」
しずなはタカミチに微笑みかけた後、バゼットを見て不思議そうな顔をした。
「あの……どちらさまですか?」
「ああ、これは失礼しました。私はバゼット・フラガ・マクレミッツと申します。以後お見知り置きを」
その言葉に、なんとも言えない顔をするしずな。
「あなたがバゼットさんですか。
私は源しずなと申します。よろしくお願い致します」
歯切れの悪いしずなに、バゼットはきょとんと目を丸くする。
「あの、私とどこかで会ったことがありましたか?」
「いえ。ただ、想像していたよりもずっと綺麗な方だと……。仕事がありますので、失礼させて頂きます」
「ちょ、待って下さいよしずな先生~。僕教室の場所知らないんですから~」
バゼットから逃げるように歩きだすしずなとその後を慌てて追うネギ。そして不思議そうな顔をするバゼットとタカミチ。
「あれは……なんなのでしょう?」
「さぁ……?」
不可解なしずなの行動も気にならないではないがそれは置いておいおかれ、学園長室の扉がタカミチによってノックされる。
「学園長、高畑です」
「おお、高畑君か。待っておったぞ。さっそく入っとくれ」
中から好々爺然とした声が聞こえ、タカミチは慣れた手つきで扉を開ける。
そしてまずバゼットの目に飛び込んできたのは光だった。入り口からの向かいに大きく窓を取り、その真ん前に大きな机がひとつ。光を背負いながらそこに座る変わった頭をした年寄りは、これだけ離れたバゼットに強く優しい威圧感を与える。
次に部屋の真ん中に高級そうな応接セット、そしてバゼットから見て右側に本棚と階段。これが入り口から見えるこの全てだった。
「ようこそ、麻帆良へ。ワシが麻帆良学園の学園長を務める近衛近右衛門じゃ」
そしてまず学園長が声をかける。
「お初にお目にかかります、ミスター近衛。私はバゼット・フラガ・マクレミッツと申します。どうかよろしくお願い致します」
名乗られて名乗り返さないのは礼儀にかける。バゼットはにこやかに名乗り返し、学園長はフォフォフォと変わった笑い方をしながらタカミチに黒いボードにとめられた数枚の書類を渡す。
「なかなか礼儀正しい方じゃの。スマンが時間がおしてるのでな、先にこの書類をタカミチ君に見て貰わなくてはならん。失礼させて頂くよ」
タカミチが無言で受け取ったそれはA4の紙3枚だけ。ただ、最初の一文を読んだだけでタカミチの気が引き締められる。
『バゼット・フラガ・マクレミッツについて』
なにくわぬ顔でバゼットと雑談に興じる学園長。タカミチは学園長の時間稼ぎを尻目に、多少急いで書類に目を通す。
『
半年程前に突然現れ、それ以前の所在は完全に不明。
各地で騒ぎを起こし、その目的は2人の人間を捜すことに終始している。
その名前は『衛宮士郎』と『ランサー』であり、衛宮士郎とは『あの』事件の衛宮士郎である模様。
2人を見つけて何を目的をするのか不明。
接近戦を得意とするようで実力は高く、正確には未知数。要・警戒。』
そこまでで1枚目は終わり。多すぎる余白はバゼットの情報が少なすぎる事を表している。顔をしかめつつ、タカミチは次の書類へ。
『
就職履歴
とあるバーで給仕のバイトをする。雇われてから1時間12分でお尻を撫でてきた客をタコ殴り。
止めようとした店員を含めて3人を病気送りにしてクビ。
とある宅配業者に雇われる。最初の仕事で砂糖と塩を間違えてクビ。
間違って使った飲食店に悪い噂がたち、潰れる。
コンビニのバイトに雇われる。48分後、商品1個を盗もうとした男を相手取り店内を大立ち回り。
店内がグチャグチャになった為クビ。
………………………………
……………………
…………
……
…』
(…………)
タカミチは半年でA4の紙をいっぱいにするダメ武勇伝をうちたてたバゼットに頭痛を感じつつ、3枚目の紙に目を通す。
『
収入記録
とある裏アームレスリング大会で優勝。
賞金50万円。
とある裏ボクシング大会で優勝。
賞金300万円。
とある裏総合格闘技大会で優勝。
賞金200万円。
とある裏の組織に雇われる。対抗勢力をほぼ一人で潰す。
口止め金、契約金もろもろを含めて約3000万円。
尚、最近バゼット氏を雇った裏組織が壊滅した事によりこの情報がでた模様。
………………………………
……………………
…………
……
…』
(…………なんというか)
ますます頭痛が強くなった気がするタカミチ。そして最後にしずなの署名がしてあるのを見て、ようやく彼女の奇妙な行動に得心した。
「さて、そろそろ本題に入ろうかの」
タカミチが読み終わったのを確認してから、学園長は雑談を打ち切って鋭い目でバゼットを見据える。バゼットも格好と表情をただして学園長を見返した。
「ええ、ではお話を始めさせて頂きます」
まずそう言って、バゼットは右手のジュラミンのトランクを地面に下ろし、開ける。
「ほっ!」
「これは……?」
その中には札束がギッシリと詰まっていて、学園長は感嘆の声をあげ、タカミチは表情を曇らせる。
「これは……どういうつもりかな、バゼット女史?」
気分を害した様子の問いに、バゼットはキョトンとしながら答えを返す。
「何、と言われましても依頼料です。私のお願いする依頼は色々とバレては困る事も含まれますので、口止め料も兼ねておりますが足らなかったでしょうか?」
バゼットの言葉にますますタカミチの機嫌が斜めになっていく。
「見くびらないで頂きたい、私たちは困っている人の足下を見て金銭など要求したりはしない」
怒りを隠そうともしないタカミチに、今度はバゼットの機嫌も傾いていく。
「失礼な、確かに困ってはいますが施される覚えはありません。正当な報酬を払えない人ならばともかくとして、私はそのような事はありません。
だいたい私が魔法使いに仕事を依頼した時には莫大な報酬を要求されました。それなのにそこまで言われるとは納得出来ませんね」
睨み合う2人に、パンパンと軽く手を叩いて場を鎮める学園長。
「コレコレ、タカミチ君もバゼット君も落ち着きなさい。
双方言いたい事はもっともじゃが、ここは麻帆良じゃ。ワシの顔をたててひきなさい」
こう学園長に言われると弱い。タカミチは学園長の部下だし、バゼットは無理を通して依頼に来た立場だ。
仕方なく2人共矛を納め、学園長は満足気に頷く。
「それでよい。
バゼット君や。先に説明させて貰うが、ワシ達は依頼者から直接報酬は受け取らん。魔法協会からの一定の割合で報酬が与えられるのじゃ。
よって依頼者から直接報酬を受け取るのは賄賂にあたるし、ワシ達のプライドが許さん。勘弁しておくれ」
「し、しかし私は以前に何度も報酬を要求されましたが……」
穏やかに諭されたバゼットは苦し紛れに抗議の声をあげるも、ホッホッホッと笑う学園長に軽くあしらわれてしまう。
「確かにそういう連中もおる。今は資本主義じゃから何が悲しくて公務員の様な生活をしなければならないのかと言ってワシ達から離反する連中じゃ。
じゃが、魔法を個人の金儲けに使うことは原則協会が禁じておる。それ以外はいわば犯罪者になる訳じゃから、その様な連中と一緒にされるのはタカミチ君とて我慢ならなかったのじゃ、理解してくれんかの?」
「……ですが、ここは報酬を受け取る魔法協会の窓口でもあるでしょう。なぜ受け取って下さらないのですか?」
そこでようやく、学園長とタカミチはバゼットの勘違いを発見した。
「そこに勘違いがあったのじゃな。
バゼット君は正規の手続きを踏んでおらんじゃろうに。だからここで報酬を受け取ったらワシは賄賂を受け取ったカドでオコジョじゃ。
報酬は公式の手続きをとった時に、のう?」
茶目っ気たっぷりのウィンクにバゼットは自分の過ちを悟り、タカミチに向かって頭を下げた。
「あなたの怒りはもっともです。正規の手続きを踏んだと勘違いしてあなた方の誇りを踏みにじってしまいました。
非礼をお詫び致しましょう、ミスター……」
「自己紹介が遅れましたね、ボクはタカミチ・T・高畑。
謝罪は受け入れます。ボクの方こそ説明不足で申し訳ない」
「ありがとうございます、ミスタータカミチ。
私も改めて自己紹介させて頂きます。私の名前はバゼット・フラガ・マクレミッツと申します。今後ともよろしくお願い致します」
とりあえず誤解は解け、今度こそ学園長は本題に入る。
「してバゼット君。そろそろ君の依頼内容が聞きたいのじゃが、よろしいかな?」
「ええ、まずは一つ。2人の人物を探して頂きたい」
その言葉に学園長とタカミチの緊張感が高まる。元々怪しい事この上ないバゼットだ、本気の依頼か何かの罠かをはっきりとしなくてはならない。
「その人物とは誰じゃな?」
報告書には探している人物の予測も書いてあったが、とりあえずここは無知を装った問い返し。そして返ってきた言葉は報告書通りだった。
「片方は本名を明かすことは出来ませんが、『ランサー』と名乗っているハズです。
もう一人は衛宮士郎と言って、こちらは本名です」
「ふむ……」
士郎には魔法協会に敵対する組織関係者、もしくは元関係者だといった疑惑がかけられている。その士郎を探しているとなると、もしかしたらバゼットは魔法協会に敵対するどこかの組織の人間だという疑惑が浮上するのは当然で。
なんと答えるか学園長は一瞬の思考をはさんだ。
「なるほど。ランサーとやらは聞いた覚えは全くないが、衛宮士郎ならば聞き覚えがある」
「本当ですかっ!」
身を乗り出してくるバゼット。そんな彼女をまあまあとなだめつつ、学園長は次なる問いを返した。
「落ち着きなさい。
とりあえず聞いておかなくてはならないのじゃが、なぜ彼を探しているのかな? 別れた恋人と言うわけでもなかろう」
それは、学園長なりの軽い冗談だったのだろうが。
「なっ……なななななっ!」
その言葉にバゼットの顔は一気に赤く染まった。
「そっ、そんな訳ないでしょう!
確かにランサーとはそんな関係になりたいと思わないでも……いやいや何をいっているのだ落ち着け私!
彼とけっ…結婚でもしてみなさい! 浮気は男の甲斐性だとか言って浮気しまくるに違いないですし、だいたい彼ほどの男が他の女に放っとかれる訳がないのです!
で、でもランサーが私を選んでくれたら……子供は男の子2人に女の子1人かな……?
きっとランサーに似て勇敢な男の子で、子供をつくると言うことは……はわわわわ!」
カマかけ以下の言葉に容易に釣られるバゼット。自覚をしていないであろうノロケを口走り、妄想モードに入る。そして最後は顔から湯気を出しながらナニカを想像し始める始末だ。
だいたい学園長は士郎との関係を揶揄したつもりであるのに、話がいきなりランサーに飛んでしまった。しかも明らかに素でトリップしている。流石にこれではスパイやらなんやらの線は薄い。薄すぎる。もちろん、0ではないが。
「あ~、オホン」
学園長のわざとらしい咳払い。それでようやくバゼットは正気に返ってきた。真っ赤な顔のまま学園長に目の焦点を合わせる。
「こ、これはお見苦しいところをお見せしました」
「いやいや、別に気にせんでおくれ。
まあ士郎君とランサーの話はいったん横においとくとして、もう一つの依頼をお聞きしようかの」
学園長がとりなしたとは言え、恥を思いっきり晒してしまった事には変わりない。バゼットとはまだ少し赤くなりながらも次の依頼を口にした。
「あの、ですね……」
ますます顔が赤くなっていくバゼット。やや怪訝に思う学園長とタカミチだったが―――
「実は私、無職なのです」
あまりに緊張感を無駄にする一言で完全に脱力した。
「仕事が無いのです、ありあまる労働意欲の発散場所がないのです!」
「しょ、職安に行ったらどうだい?」
呆れているというのか。そんなタカミチの苦笑いにますますバゼットの顔が赤く染まる。
「お恥ずかしい、そして裏の世界に関わる話なのですが。
私にはパスポートも戸籍も無いのです。まともな職にはつけませんし、なんとか裏の世界の職についたとしても何が悪いのかすぐにクビになってしまいまして……」
(そりゃ、あんな事をすればのぅ)
(なぜも何も無いだろうに……)
学園長とタカミチの同時の呆れ。それに気がつかないで、バゼットは知らない人が見れば涙を誘うような顔と声で続く言葉をブチあげる。
「それでも今までは体を売るような仕事で食いつないできましたが……あんな安定感のない仕事はまっぴらなのです!」
そりゃ、ある意味体を売るような仕事だけど。
事情を知る者から見れば当然過ぎるそんなツッコミは流石に出来ない。ボルテージアップする男装の麗人に冷や汗を禁じ得ない学園の実力者2人。
「ふむぅ、そこまでは分かった。それで依頼というのは?」
「私に職を紹介して頂きたい。出来なければせめて、戸籍とパスポートが欲しいのです」
余りに予想から外れないその言葉に、学園長は思わず頭を抱えたくなった。
そりゃあ学園長とて、麻帆良学園長・関東魔法協会理事と伊達や酔狂で名乗っている訳ではない。その気になれば表はもちろん、裏の職の10や20を即座に紹介出来ない訳ではない。
だが、それは学園長自身の面子をかけるという意味でもある。もし紹介した先でバゼットが問題を起こせば、学園長の面子は丸つぶれだ。そして調べてみた経歴を見る限り、バゼットがまず間違いなく問題を起こすだろう。だからと言って無碍に断るのも気がひける。困っている人を見捨てるのは魔法使いの本義に反するし。
それにスパイだとはもはや思ってはいないもののこれ程の実力者を野放しにして本当に敵対勢力に取り込まれたらやっかいな事この上ない。
(取り扱いが難しいのは難じゃが……、これほどの逸材が懐に飛び込んできたんじゃ。吉と思おうかのぅ)
半ば諦めたような思考を織り交ぜて、尚且つそれを表に出さない様に。学園長はバゼットへと意識を戻す。
「すまんが、国際的な側面も考えて戸籍を用意することは少し難しいのぅ」
「そう、ですか」
落胆の色を隠せないバゼット。たが、学園長の言葉はあながち嘘という訳でもない。日本という国は存外に機関がしっかりしている。首脳陣に関わり、首脳陣に気付かれない様な裏工作はほぼ不可能と言っていい。まあ、言い換えれば首脳陣を丸め込んでの裏工作はほぼ間違えなく成功するのだが。だがそれを更に言い換えれば。首脳陣が変われば危険度は飛躍的に増すし、そこまでの労力と金を、言葉は悪いが初対面の人にかける訳にはいかない。
「じゃがのう、ウチで雇う分にはやぶさかじゃないわい。どうじゃ、麻帆良で働く気はないかの?」
だが、私文書偽造位はばれずに出来ない範囲では無い。トップである学園長が関わるから表にでる可能性も殆ど無い。後はバゼットの暴走を抑えるだけだ。まあ、それもとてつもなく厳しい事には違いないだろうけど。
学園長の思惑はともかく、その申し出はバゼットの暗い表情を輝かせた。
「本当ですかっ!? ありがとうございます!」
ガバッと思いっきり頭を下げるバゼットに、ホッホッホッと好々爺な笑い声をあげる学園長。
「よいよい、これもワシ等の役目じゃて。人探しの途中経過もワシ等のところで働くなら連絡もとりやすいしの。
ところでどんな役目がいいか、希望はあるのかの?」
その声で頭をあげたバゼットは学園長の目を見据えて言い切った。
「戦いのあるところがいいです。ならべく腕を鈍らせたくありませんから」
「ふむ、ならば警備員がいいかの。女性で近接戦闘が出来るものも限られるし、最近人手不足だったしのう」
その学園長の言葉に、バゼットが僅かに緊張を纏う。
「失礼ですが、私が近接戦闘が得意というのはなぜ?」
当然と言えば当然なその問いに、学園長は自らの失敗を悟る。だが、この程度で揺らぐほどモロいつもりは学園長に無い。
「なぁに、君の名前を聞いてから少々情報を集めての。
そして決め手は直感かのぅ、君のような気迫の持ち主はだいたい前に出ることを好んでおった」
「つまりはカマかけ、という事ですか。まんまと引っかかってしまいました」
やや表情を曇らせるバゼットだが、自業自得と割り切ったのだろう。かなり恥ずかしい情報まで割り出してしまった学園長の配慮には気がつかなかったようだ。
そして話が一段落ついたと見るや、タカミチが予定通りに口を開く。
「しかし学園長。彼女の実力が分からないのに、そうやすやすと迎え入れていいのですか?」
「固いことを言うなや、タカミチ君や。
困っているのは間違いないようじゃし、先に雇うことを決めても問題なかろうに」
そう諭すように言ってから、学園長は白々しく考え込む。
「が、確かにタカミチ君の言う事も道理じゃな。ある程度の実力を知っとかなければワシとしてもやりにくい。
腕試しをしたいのじゃが……バゼット君。何か不都合はあるかの?」
誰であっても、まさかここまで話が進んでイヤとも言えない。
もし万が一バゼットがスパイだとして、戦闘というものは少なからず虚構が剥がれるものであるから内実を見るのに役に立つ。それを自分の有利な条件下で出来ることに越した事もない。
そういう判断での学園長の猿芝居であったのだが、バゼットに元々裏がある訳でもなく彼女はその申し出を快諾する。
「ええ、もちろん。あなた方が当然請求出来る権利ですから喜んでお相手させて頂きます」
「おお、受けてくれるか。差し支えなければすぐにでもしたいのじゃが、どうかの?」
「大丈夫です」
きりりと顔を引き締めたバゼットに、まとまった話をすぐに実行に移そうと椅子から立ち上がる学園長。そしてタカミチ、バゼットの側を通り過ぎながら声をかける。
「ここは暴れるには狭すぎるからのぅ。手数じゃが、もっと広い場所に移動させて貰うぞい」
一人先行する学園長を追うように続くバゼットが問い返す。
「それは構いませんが……相手は誰です?」
「相手か? 相手は――――」
そして学園長はバゼットの後ろ、静かに最後尾に付随する彼の右腕をあごでしゃくる。
「――――タカミチ君じゃ。何か問題はあるかの?」
反射的にバゼットがタカミチを見ると、彼はにっこりと笑いながら言葉を紡ぐ。
「ボクは大して強くないけど……力一杯相手をさせて頂くよ」
「ほぅ、ミスタータカミチですか。相手に不足はありません」
不敵な笑みのバゼットは一度タカミチを見て。そして試合場につくまで、タカミチはバゼットの顔を見ることは二度となかった。