わたしとカヤの人だった頃の記憶に、こんなに皆で心の底から笑いあった記憶は無かった……あるとすればごく一部の気の許せる身内か本当に親しい友人くらいでしょうね。
精霊獣に転生してからも、眷属の者達はいたがそれだけである……。
唯一、交友関係があったのはトク爺くらいだったわね、何百年もそこにいて本当に気の許せるのはカヤだけだった。
テンペスト……ここの民達は今まで見てきた者達とはどこか違う。
そう、わたし達が経験したことがない感覚……今は、まだわからないこのいいようのない気持ち、わかる日が来るのかな。
今日は、少しだけこの感覚に身をまかせてもいいよね……。
真ん中では、リムルが出した大きな魚をハクロウさんが捌き始めている。
「ねぇ、リムル。あの大きなまな板の前にあるのは何かしら?」
「あぁ。 あれはなカウンターと言って本当はあそこに座って、寿司を頼んで食べるんだよ。今日は、頼んでここに持って来てもらうけどな」
「へぇー。寿司って魚料理なのかしら?」
「まぁ、捌き終わるまで楽しみに待ってな!」
わたしの問い掛けにリムルはニコニコしながら答え、カヤの方に目を向けると何やらヴェルドラと飲み比べを始めていた。
二人の前には大きな酒樽が一つ置かれて、カヤがヴェルドラに耐性ギリまで下げて飲み比べだからねと言っている。
リムルに聞くとあの酒樽は、テンペスト名産、林檎のブランデーなのだそうだ。
「ヴェルドラ~ インチキはなしだぞ~ 毒耐性ギリまで下げてるよね?ニャハハハハ」
「わかっておるわ! カヤも毒耐性下げておるのだな? クァハッハハハ」
飲み干すたびに大きなグラスに酒を注ぎ、また飲み干していく、二人して それを交互に行っていた。
次第にエスカレートして、とうとう酒樽から直に飲み始めるカヤとヴェルドラ。
「リムル、このお酒、林檎のブランデーはとてもいい香りがして、味わい深くて喉を通り過ぎるこの感じ……ほんといいお酒ね! 絶品だわ」
「おう! そうか、この酒も最近は前より量が作れるようにはなったからな! 気に入ってくれてなによりだ!」
とても嬉しそうに、林檎のブランデーを自慢をする姿は、気さくで優しい魔王にしか見えないが自分の身内、ここで言えばテンペストの民に危害が及んだ時はその強大な魔王の力の片鱗を見ることになるらしい……これはシュナが少し話して聞かせてくれた。
元は普通の生活をしてた日ノ本の男だったが、ある時暴漢に刺されて死んでこちらに転生したと話してくれた。
わたし達がいた時代より何百年も先の日本と呼ばれている科学と言う物が発展している時代だそうだ。
ん、少し耐性下げすぎたかな少し酔いがまわってきたかも、でもいい感じの酔いだわねぇ。
「ぶっは~ ヴェルドラ~ 三樽目空けたぞ~ ニャハハハハ」
「クアァハハハー 我も同じく三樽目だぞ、カヤ!」
「おいおい、モモカ。カヤ大丈夫なのか?」
リムルが毒耐性を下げて飲みまくってるカヤを心配して聞いてきたが、わたし達が人だった頃、カヤは里で一二を争う酒豪だったから問題ないと返すと。
それにリムルは、「あぁ、お前達の時代は成人が早かったな」と言ったの。
それにわたしが聞き返すと、リムル達の時代は二十歳が成人だと言い、わたしのグラスに林檎のブランデーを注ぎながらリムルは笑っていた。
でもあの子、えらく酔ってるけど、あ~あ胸元が少しはだけてるし胡坐をかいて座って……!?
「ちょっと、カヤ!!」
胡坐をかいて座るカヤにモモカは、慌てて前に行き「正座!!」っと言うとカヤは、うにゃ? なんで? と言うもモモカの低めの声でいいから正座しろと静かに言われ即座に正座をするカヤ。
「あんたね、下何も付けてないのに胡坐かいたら、丸見えよね。いいかげん、そういうガサツなところ、直しなさい」
「ん~ 別にいいじゃん、減るものでもないし。ニャハハ」
「直しなさい。二度は言わないわよ。フフフ」
「あ、はい。努力はしてみます」
モモカの低い笑いに、カヤは素直に返事をしたが逆らうとどうなるか身をもって知ってるだけにピシっと綺麗な正座を取るのをラミリスが見て、カヤをからかい笑ってる所をガッと掴まれ捕獲されるも、モモカに「やめんか!」とゲンコツを落とされ頭を抱え唸ってると。
とにかく下を穿けと怒るが「穿く? 六尺ふんどし?」など言い、更にゲンコツを落とされ「じゃあ、何穿けばいいんだよ!?」と逆切れしてギャアギャア喚いてるとこへシュナが来てカヤに何か耳打ちをして、宴会場を二人して出ていきしばらくして、上機嫌のカヤが戻ってきた。
「モモカ、モモカ! これこれ、
カヤが嬉しそうに裾を捲り上げ、黒いショートレギンスみたいな物をモモカに見せた瞬間、その場が一瞬氷り付き、シュナが笑顔でカヤの前に行き「女の子が男性がいる所で見せるものではありませんよ」そう言いながらカヤの浴衣の裾を直し、スッと男性陣を見渡すとベニマル達は見てないと言いたげに目の前の料理に手を出したり、酒を飲んでいたりと、そしらぬ顔を貫く。
リムルに至っては事故であると言いたげにベニマルを見るも、無理ですそちらはそちらで切り抜けてくださいと目が切実に訴えていた。
シュナがリムルの前にススッと前に来て座り、リムル様、カヤもこちらの世界の事はまだ疎いので、一度しっかり教えてさしあげないといけませんねと、にこやかに言いリムルもそうだなシュナ頼めるかと言いシュナは快く承諾して、後日カヤはみっちりこちらの世界の常識を、教えられることになる。
そうこうしてる内に、スピアトロの解体が終わりハクロウがトロ、中トロ、大トロ、赤身と切り分けていた。
カヤは、酒蔵君の酒をヴェルドラとリムルに飲んでいいよと差し出し、リムルが先に飲むと、テンペストで作ってる醸造酒とはまた違って中々の味わいに思わず美味いなこの酒と感嘆の声を上げる。
ヴェルドラもシオンと同じくドブロクが気に入り、ゴクゴク飲み干す勢いで飲んでるとカヤが美味いだろう、と嬉しそうに言いながら自分も酒蔵君を受け取りクピクピ飲んでいく。
ラミリスが甘い匂いに誘われて「アタシにも、飲ませなさいよ」と言うが、そこはリムルに止められ悔しがるも、カヤが小さな声でリムルいない時にあげるからと言いラミリスは「カヤ、絶対よ!」と念を押し数日後あげたのがバレて、二人してリムルに説教をもらう事になるのであったが、それはまた別のお話である。
「よし そろそろいい頃だな、ハクロウまずトロから貰おうか」
ハクロウの準備が終わるのを見計らってリムルはトロの寿司を頼んだ。
え!? 生で食べるの? ちょっとー って、美味しそうに食べてるわね……あ! カヤの顔が少し引きつって、尻尾の毛も見事に逆立ってるじゃない。
「リムル。テンペストでは生で魚を食べる習慣でもあるの?」
「これはな、にぎり寿司と言って俺が生きてた頃の日本を代表する食べ物なんだよ。お前らの頃は流石に無かったな。まぁ、騙されたと思って食ってみろ! めちゃ美味いぞ!」
「え~~ リムル、生で食べるとお腹こわすんだよ? 危ないんだよ?」
流石のカヤも生で食べるのは躊躇していたけど、ヴェルドラやラミリスも美味しそうに食べてるのを見てて、手をだそうかどうしようか迷ってるのを見て、わたしが先に食べてみた……ほんのり紅色の身に白い脂身? みたいな線が走ってる。醤油と言う物に付けて食べると言われ小皿の醤油にチョンチョンと付けて、一噛み口にする。
身が甘い? それにお米に酢が使ってるのね。!? 身が溶けるように柔らかいのは、これ本当に魚なのかしら? ん、この鼻にツーンとくる感じは、あぁ辛さと見の甘さと、お酢で味付けしたお米が絶妙に合うわね……うん、おいしい! それにお酒ともよく合うわね。
「どうだ? モモカ美味いだろう」
「えぇ。初めて口にする不思議な味でとても美味しいわ! それに鼻にツーンとくるこの感じ、これは何かしら?」
「あぁ、それはなワサビだ。中々に乙な味だろ」
「ワサビかぁ。うん、お酒にも合うし本当に乙な味ね!」
わたしがおいしいと食べてるのを見て、カヤも恐る恐る食べてあまりの美味しさに
声を上げる。
「なぁー なんだこれ、口の中で身が溶けていくような感じ、うまい! ん? 鼻にツーンときた……けど、これいいな。うまいよリムル!」
握り寿司がいたく気に入ったカヤは、トロ、中トロ、大トロと次々に頼み平らげていく。
「美味いか? そうか、よかった! 二人共気に入ってくれて本当によかったよ」
満面の笑みでリムルが言い、わたしもカヤもそれに同じ満面の笑みで答えた。
二人でこんなに気軽に大勢の前で心底笑い合えたのは、初めてかも知れない。
カヤもヴェルドラとラミリス相手に何か話してるみたいだし、こういう時間も今日くらいは許してくれるよね……フフフ、こういうのも悪くはないわね。
あら、いつの間にかラコルがカヤの膝の上に座ってるというか、またあの子胡坐座りして、全くしょうがない子ね何百年経っても。
ダコラとラナはというと、あらら、やっぱり緊張が解けてないわねぇ、フフ。
流石にこの場じゃ羽目は外せないか、ラコルは割と度胸があるというか物怖じしない子みたいかな? どちらにせよたいした子ね。
あの時も瀕死のダコラ、ラナを必死に守ってたし流石は獣人の子供かしら、しかしえらくカヤに懐いたわね。
カヤは、変に小さい子に懐かれるよのねぇ、人間だった頃から……。
猫亜神になっても変わらずか、フフフ。
「ねぇねぇ、カヤお姉ちゃん」
「ん? なんだラコル」
「カヤお姉ちゃんも剣術するんだよね? あたしにその剣術教えてくれない?」
「ん~ だめ。この剣術は危ないからラコルはテンペストの剣術を習いな」
「えーー! なんで? どうして? わたしお姉ちゃんから習いたいよ!」
「だめー そんなに長くはここに居ないし、この剣術は誰にも教える気はないんだよ」
カヤは教えて教えてと粘るラコルを、教えることはできないけどたまに遊んであげるからそれで我慢してねと、膝の上でプクーッと頬を膨らませるラコルの頬を両手でムニムニしながら笑ってはいるが、どこか寂しそうなそれでいて少し哀しそうな、何ともいえない顔を一瞬覗かせる。
それに気づいたのかハクロウが危険か、危険ではない剣術はござらんが、はてさてカヤ殿の言う危険とはなんであろうなと、ポソリと呟き、できた寿司を取りに来たハルナさんが、ん? というような顔をしたのをみて微笑みながら、何でもないという顔をしてその場を流した。
流石にラコルに教える訳にはいかないわね、こればっかりはわたしも同意だわねぇ。
それから、シュナ達と色々話してこの細やかで楽しいひと時の時間も終わりを向かえる。
リムルが最後に場を締め宴会は終わり、今日は迎賓館の客室に泊っていけと言われそれにお礼を言いハルナさんに客室まで案内してもらい、ベッドやドレッサーなる物の使い方など説明をひとしきりして、それではと宴会の後片付けに戻っていった。
カヤがベッドに寝そべり、うあ、ポヨンポヨンしてるよこの布団と言い体をベッドで軽く跳ねさせ楽しそうに笑っている。
わたしは、窓際にある椅子に腰かけ、カヤに今日ラミリスが話したネコマタについてわたし達の知ってる事と、照らし合わせて纏めてみることにした。
「カヤ。ネコマタってもういなかったわよね? どういう事だと思う?」
「ん~
「どうかしらね。ただ名前が同じネコマタということには引っ掛かるものがあるけども。わたし達が転生した時には居なかったのは確かね」
二人してあーでもない、こーでもないと意見を出し合ってると、どうにも腑に落ちない点があることに行きつく。
「ねぇ、ラミリスが言ってた話しだけど。こっちの世界でかなり猛威を振るったんだよね。でも精霊獣界でそんな脅威はなかったし、オトワが進化してもこっちの世界で脅威になるとは思えないんだけどさ、モモカ」
「そうね。確かにこちらにはヴェルドラやリムル達といった強大な力を持つ者がいるし。ん~……あるとしたら……いやこれは流石に、ありえないし」
そこまで言うとわたしは、色々な憶測を巡らせたが今一つ決め手に欠けると言うか、判断材料が意外に少なすぎたのだ。
精霊獣界で何百年も生きてきて、ネコマタと言う魔物は居なかった、鈴音、オトワ、ジラ……確かに十二眷属なるものはいた。
しかし、わたし達が知る精霊獣は十三神族だった……名を偽り隔離された世界で眷属と共に生きることを良しとした? いや、ラミリスが言う事には凄まじく狡猾で残忍だったと聞いたし……。
(うーん 精霊獣、妖獣、アパラスィオン、妖獣と呼ばれるのを嫌い神格化した呼び名にしたとでも言うのかしら、まさかね。何か、ラミリスの話と精霊獣界での事が何か噛み合わないのよねぇ)
わたしが一人思考を巡らせぶつぶつ言っていると、カヤがしきりにわたしを呼んでいた。
「モモカ! ねぇ、モモカってば! 聞いてる!?」
「え!? あぁ、ごめん、気が付かなかったわ」
「もう! 考え込むと周りの声聞こえなくなるんだから」
ごめん、ごめんと謝りながら、カヤに何言ってたのと聞き返す。
「夜空。精霊獣界の夜空の星って、冥界を流れる魂の奔流に似てない? 魂の状態の時に見た魂の流れに似てると思うんだけど。精霊獣界に居る時は、気にもしなかったんだけどね」
「そう……ね。似てると言えば似てるかも」
「あれじゃない。物質世界と精神世界の狭間じゃなく、冥界とどこかの狭間で~だから、輪廻の輪から外れた魂を精霊獣界に取り込めたとか、だったりして?」
「確かに、わたし達は輪廻の輪から外れてたものね。本来なら心核毎消え失せて本当の眷属に成るはずが何故か転生者としてそこに生まれたもの、ね。それならわたし達は、本当に想定外の精霊獣だったのかもね」
そこまで言うとカヤが自分の胸を指でトントンと叩き、多分これとニヤリと笑う。
「人間だった頃にかけた
わたしは、そっと胸に手を当てあの頃を懐かしむように言葉を紡ぎ、ふと窓の外を見ると綺麗な月夜で星が瞬いていた。
「モモカ、精霊獣だろうと妖獣だろうとどっちでもいいじゃん! やることは一つだよ。オトワとジラを殺す! これだけだよ」
「そうよね、フフフ。わたし達が何者であれ、あんたの言う通りね」
そう言い、わたしは窓を開け自身を猫化して窓の淵に座り、夜の散歩にカヤを誘った。
「え? いきなりどうしたの、ニャヒヒヒ」
「夜の散歩。ちょっと、付き合いなさいな。フフフ」
いいよーとカヤも自身を猫化して、モモカの隣に立つ。
カヤは真っ黒の猫で、わたしは鼻と口周り、胸の辺りと前足後ろ足の先が白で後は黒だったのを、カヤが見て前足後ろ足の先が白足袋履いてるねぇとクスリと笑い、わたしはほっときないさいよとやはりクスリと笑う。
重力支配で壁をトコトコ昇り、ここでは一番高そうな執務館の屋根上へと向かい、建物の天辺に来るとカヤと並んでそこに座った。
「あ~あっ。猫化でも喋れたよ!」
「自分で、身体制御できるんだもの。できて当たり前、フフ」
「綺麗な街だね、テンペスト」
「そうね、本当に綺麗な街だわよね。今が戦時中とは思えないわよ」
「敵の親玉が雲隠れしてて、休戦中みたいだしねぇ」
「そうね。はぁ、綺麗なお月さま……また月夜が見れるなんて思わなかったわ」
「だね~ お月さまもだけど、星空も綺麗……」
二人、いや今は二匹の猫が執務館の屋根上で夜空を見上げ尻尾を揺らし、少し冷たくて、でも心地よい柔らかな夜風が二匹を包んでいく。
「あたし達の命、どのくらい持つかな、あいつら殺して死ぬのはいいけども、その前に尽きるのは勘弁だよ……フヒヒ」
「多分大丈夫よ。わたしが見た夢見は、リムルとの出会いではなかった……おそらく、あれは最後の場面かも知れない……地べたに座ったままあんたと抱き合っててリムルに二人手を差し出す情景だったから、最初の出会いの夢見ではなかったのよ」
「へぇ~ そうなんだ。でも、抱き合ったままって、あたしそっちの趣味はないぞ。ニャハハハハ」
「わたしもよ! ほんとバカなんだから、フフフ」
カヤがからかう様に言い、わたしは少し怒ったふりをして軽く流した。
「もう……三度目の負けは、嫌だよ。今度こそきっちりあいつらを、この世界から消し去ってやる」
淡々と話す口調はカヤの覚悟を決めた証、この子は己と道連れにしてでも今度こそ殺すつもりだろう。
一度目は巴ノ里、二度目は猫神ノ里、そしてここテンペストが三度目のわたし達の戦場……いやこの街は戦場にはしない。
どんな手を使ってでも、街の外で決着をつける。
人ならざる者になった、わたしとカヤの最後の戦い。
カヤと一緒の時を生きたい、そう望んだ時にわたしとカヤの運命の歯車が狂い壊れたのかも知れない。
お互いの魂を縛り繋げる外法、フフ、ほんとまさに呪いだわね。でも、後悔はしないしきっちり片を付けるまでだわ。
残された短い時間の中で更に技を磨かないと、ね。
二匹の猫髭が夜風にふよんふよんと揺れ、それに合わせて二匹の尻尾がお互いを労わる様に重なり、優しく踊るように絡み合っていた。
風舞う夜更けの月明かりに、淡く照らされている、姉妹猫。
テンペストの夜も深まり、商工業地区の明かりだけが、儚げに二匹の瞳に映っていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
引き続き読んで頂ければ幸いです!