モモカとカヤがテンペストに来て数日が経っていた。
夜も明け始めた頃、宿屋で
それに気づいてモモカも通常状態になり起き上がると、出ていった窓を見ながらいつもの鍛錬かと呟き、窓の側にある椅子に腰かけ背もたれに体を預ける。
中央都市リムルから少し離れた小高い丘のある所にカヤは来ると、その場に百八十度開脚座りをして柔軟体操を始めた。
一通り身体を
ザザッ、ザザッとリズミカルな足さばきの音を響かせ、トンと足を軽く踏み鳴らすと近くの大きな樹々が揺れ、葉を大量に散らす。
大量に振ってくる葉の中にカヤは静かに立つ。
千鳥を鞘に納め、鯉口を切ったまま柄に右手を添えたまま右足を少し前に出し折り、左足を後ろに引き腰を落とし、ふ~っと息を吐きピタリと止めた瞬間幾重もの剣閃が光り落ちてくる無数の葉が真ん中から断ち切られ、鍔鳴りの音と共に舞い落ちる。
「んゃ~ 三枚程斜めになったかなぁ」
ワサワサと落ちてくる真っ二つになった落ち葉を見ながら呟き、そのまま首を後ろに向け自分を見る微かな気配に静かでいてビリビリと空気が震えるような殺気を放つ。
「だれ?」
柄に右手を掛けたまま、少し低い声で普段のカヤとは違う、まるでもう一人のカヤがいるみたいな声だった。
後ろにある大木の影からベニマルが頭をカシカシと搔きながら姿を現し、カヤに言葉をかける。
「いやぁ、スマン、スマン。あまりに見事な太刀筋につい見とれてな。ここは
いつも俺が朝の鍛錬をする場所なんだ――」
「ベニマル!? なんだ、そうなんだ。誰かと思ったよ~」
「驚かせたな、カヤ」
「いや~ いいよいいよ、あたしこそ鍛錬場所勝手に使って、悪かったね」
先程の身を斬るような殺気が消え、いつものポヨポヨしたカヤが右手を振りながら答えた。
「しかし、抜刀して納刀までの刹那に幾重もの斬撃とは、俺の〝朧・百花繚乱〟に似てる技だな」
「ん? あぁ、あたしの技にもそう言う技あるんだよ。精霊獣になってからあたしが編み出したんだけどね。フヒヒッ」
「ほう、お前も日々技を磨いてるんだな。それより、一つ聞いていいか?」
「いいよ~ なに?」
「さっきの、殺気を放ったお前は、それが本当のお前なのか?」
「ん? う~ん、それもあたし、今のあたしもあたしだよ。ニャフッ」
ベニマルの問いに、おどけた様に両手を猫手のように握りクイクイッと動かしながら尻尾をピンと立て、猫耳をピコピコさせてニコニコと答える。
「ふっ。ほんとお前は、喰えない奴だな。ハハッ」
「ふふっふ~ん。喰ったら腹壊すぞ! フヒヒ」
「そうだ、カヤ。俺の朝練も見ていくか?」
「ん~~。やめとくよ~。こんな朝早くから二人きりとか、奥方二人に知れたら、えらいことになるからね~ これで失礼するよ。じゃあね~」
「ああ。またな」
カヤはそう言うとテフテフと歩きその場を後にし、ベニマルはそれを見送り自身も剣の素振りを始めた。
(あのおどけた風体から想像できない先程の殺気は、ラプラスの雰囲気に少し似てるか? いや違うな、全く違う。あれは俺が今まで感じてきた殺気とは違う異質な物だ……リムル様のいた日本と言う世界の、更に昔の時代からの転生者……暗殺者、か。何を極めたら、あんな殺気を
カヤの先程放たれてた殺気の事を考えながらピュン、ピュンと小気味よい風切り音を立て剣を振るい、横に薙いだ形で動きを止め、ヒュヒュッと刀を回し鞘に納め、フーッと息を軽く吐き、昇ってきた朝日に手を
宿に帰ってきたカヤはモモカと朝食を取り、部屋に戻って窓にもたれ掛かったまま下を行き交う魔物と人の流れをカヤはボーッと眺めていた。
時折、道すがらに挨拶を交わす人と魔物、立ち止まって話す人と魔物それを不思議そうに見つめポソリと呟く。
「人と魔物の共存か……ほんとにやってるんだねぇ。リムル」
呟き、出す言葉に対して人に向ける目は冷ややかな目をしていて、人にだけ好意のある目ではなかった。
反対側にもたれ掛かったモモカは、そこまで人間を嫌いとは思わず今の自分なら一つの人間の国位滅ぼすのは簡単だろうから、逆に人間に対して冷めた感情の方が強かった。
「人間なんて滅ぼしてもいいと思うんだけど、リムルは人間も魔物も好きなんだね」
「それはあたりまえでしょ。元人間だし、極力敵対はしないって、言ってたでしょ」
「あたしらも元人間だけど……人間は、きらいだ、な……」
「……魔物にも人間みたいな奴もいるし、どっちも感情があれば変わらないでしょ。そんなに邪険にしなさんな、気持ちはわかるけども」
「うん、わかってる……わかってるよ」
「そう、ならいいけど」
窓から入るほんのり冷たい風に、カヤの肩上までの髪がふわり、ふわりと無表情な目を覆い隠すように揺れていた。
「ヴェルドラ。お前何でカヤを友達にしたんだ?」
リムルの執務室に漫画の新刊を取りに来たヴェルドラに、リムルはヴェルドラの真意を聞きたくて、応接室に誘い問うてみる。
「うーん、我とガチでやり合える者などそうそういないのでな。友達になれば、手合わせがいつでも出来ると思ってな。技を磨くことにもなるからな……」
「そうか、で、どうなんだ手合わせした感じは?」
腕を組んだまま、真剣な眼差しで更に問うとヴェルドラも一度目を伏せ リムルを真剣な顔で見て口を開く。
「カヤは一件無邪気に見えて、本質はあ奴の言う通り、暗殺者だろうな。全ての技が確実に相手を殺す技だ。そこに手加減も慈悲もありはせぬ、我だからカヤの技を凌げたし……それにカヤの本当の恐さは、これだろうよ」
ソファーに座ったままヴェルドラは、自分の左腰をポンポンと叩きリムルはすぐにそれに気づいて頷く。
「そうだな。ベニマルに自分の打刀を預けてたから、もし刃を抜けば命のやり取りになるのが分かってたんだろうなぁ……ヴェルドラに刃を抜けば、あれでは済まなかっただろうしなぁ」
「――うむ。あれは賢明な判断で、あったな」
二人はお互いに頷き合い、テーブルに置かれたコーヒーを飲み、長い溜息をつき話しを続けた。
「リムルよ。今はミカエルも姿を眩ませておるし、もし二人がミカエルの陣営と接触して、向こうに取り込まれたら、こちらにとってかなり厄介な事になると思ったのだ。……それに、何故か、うーん、よくわからないのだが、野放しは危険な気がしてなぁ。だが、友達になれと言ったのも我の本心だぞ」
「そうだなー、モモカは兎も角カヤは危険すぎるな。それにミカエル達より先にこちらが接触できたから、今の状況も伝えれたし本当に僥倖だった。あぁ、わかってるさ、ヴェルドラ。クククッ」
最後に言ったヴェルドラの言葉に、最初にヴェルドラと出会った封印の洞窟での事を思い出しリムルはクスリと笑う。
「それとな、リムル。モモカはカヤの手綱を握ってるが、枷でもあるかもしれんな」
「あぁ…… それな。あの二人は姉妹と言ってたが、それ以上の、何か、う~ん強い絆みたいな、いや、お互いがとても大事な、そう言う感じの気がする」
「ふむ、ラミリスが見る恋愛漫画にあった、同性の女同士で好きとか言う奴か?」
「いや、違う。なんて言うか……多分転生前の人間だった頃に、関係あるんじゃないかと思う」
「そうか。我にはそう言った感情はよくわからんが、きっと壮絶な生き様だったんであろう」
まぁ、あれこれ詮索してもあれだしな、引き留めて悪かったなとリムルが言い、ヴェルドラも、いや構わぬよと言い応接室から地下迷宮の自分の部屋に戻っていった。
窓にもたれ掛かったまま、大きな欠伸を一つしたカヤは小さな木刀を持って走るラコルを見つけ、どこ行くんだろうと見ていると闘技場の方へ駆けていき、そのまま人ごみに紛れていく。
「そういや、ラミリスの地下迷宮に、訓練場があると言ってたなぁ」
ポツリと呟きそのままヒョイと窓から飛び降り、闘技場に向かって歩き出しモモカもそれに付いて行った。
地下迷宮の100階層の一角にある訓練場に来たカヤとモモカは、気合の入った集団の声を耳にした。
「やぁっ! たぁっ!」
一糸乱れぬ剣の素振りに二人はしばし見入って、そこに立ち尽くす。
「へぇ~ 中々に練度が高いんじゃない」
「――そうね。よく訓練を積んでるわね、師匠がいいのかしらね」
「ん?……ラコルは同じ年頃の子達と訓練かぁ。ハクロウさんの門下生なのにあたしに剣術教えてとかダメじゃん。フヒヒ」
「まぁ、ラコルなりに何か思う事あったんじゃないの。ん~ 少しあんたの小さい頃に似てるかもよ。フフッ」
「えーー そうかな~ あたし、あんなだった?」
「さぁ、ね。どうかしら」
訓練を見ながらあれこれと話してると、二人に気づいたハクロウが近寄って来て声を掛けてきた。
「お二人共ようこそですじゃ。見に来てくれたのですな」
「あ、うん。ラコルがここに来るのが見えてね」
「こんにちは、ハクロウさん。お邪魔してますわ」
「それで、どうですじゃ、お二人から見た感じは?」
「中々にいいと思うよ、よく訓練されてるねぇ」
「朧流剣術。ほんと久しぶりに他流の剣術を見たけど、見事な物だわね」
「ホッホッホッ。ありがとうですじゃ。お二人にそう言ってもらえると、鍛えたかいがあるというものですな」
和やかな会話の中ハクロウが急に真剣な顔付で、カヤに手合わせを願ってくる。
「カヤ殿。一手、手合わせを願いますかな」
「……。んー、先日ヴェルドラと手合わせをしたら、やりすぎてラミリスにしこたま怒られたからな~ ん~ どうしようかなぁ」
「それでは、剣のみでの手合わせでは、いかがかな」
「!? 剣のみかー それおもしろそう、人だった頃以来だね。いいよ、やろう」
カヤとハクロウは少し
カヤは左親指で鍔をグッと押し鯉口を切り、右足を少し前に出し柄に軽く右手を添えた。
ハクロウは、仕込み刀の柄を右斜め上にして自分の前に構え、柄を握る右手を少しグッと上に引き同じく鯉口を切った。
お互いの間合いに入るべく、じりじりと二人は間合いを詰めていく。
二人から発せられる凄まじい
「カヤお姉ちゃん! 来てたんだ!」
カヤの
カヤとハクロウの間合いが重なった瞬間、ハクロウが仕掛けた。
抜き様に右斜め上に斬り上げ、返す刃を左斜め下に斬り下げ更に横に薙いだ。
それに合わせカヤは同じ太刀筋をなぞる様に返し、弾く。
刹那の合間の三連撃は、モモカ以外誰も知覚できずに何が起こったのかもわからず、甲高い金属音が響いたのだけを耳にした。
次に仕掛けたのはカヤだった。
角帯に差した打刀を鞘ごとくるりと回し刃を下に向け、低い姿勢からの瞬歩でハクロウの懐に飛び込む。
飛び込み様に柄を逆手で握り、上に切り上げる様に抜き、抜いた刃の峰に左腕を当て押し出すように刃を加速させた。
ギイインッ! 激しい火花が散る。
カヤの斬撃を〝瞬動法〟で後ろに引きつつ、眼前に構えた鞘から半分程刃を抜き受けて刃を鞘に納め次の斬撃に備える。
カヤは、振り抜いた刀を手の中でくるりと回し順手に持ち替え、刃を上にして右肩に乗せ左半身の構えを取る。
「ホッホッホッ。げに凄まじき斬撃ですな、カヤ殿」
「いや~ ハクロウさんこそ、凄まじい斬撃だよ」
二人とも、口端を二っと上げ軽く笑みを浮かべ言葉を交わしながら剣を振るう。
激しい剣閃が飛び交い、カヤがスッと間合いを外そうと引いたそれに合わしハクロウが間合いを詰め、朧流最高奥義を放つ。
「八重桜――八華閃――」
刹那に光る八つの剣閃。
それに合わせて同じく八つの剣閃が光った。
「
お互いに放たれた八つの斬撃があたかも一つの斬撃みたいに見え、重なり合った太刀筋で交わった刃の甲高い金属音が、一つに聞こえた。
斬られたハクロウの前髪が三本ふわりと眼前に舞い、カヤの左肩の着物が斬られパクっと口を開けた。
「闇夜影千流、お見事な剣術でしたな。手合わせありがとうですじゃ」
「朧流剣術。流石この国を守る剣、見事でした」
二人とも既に納刀しており、互いに礼をする。
周りに集まってた訓練をしていた者たちは口々に、ハクロウ師匠の太刀筋が全くみえねぇーとか、カヤ様のあの切り上げた斬撃はどうやったんだとかワイワイと騒ぎ立てていると、ハクロウから早く訓練に戻らんかと叱責され皆慌てて訓練に戻っていく。
手合わせを終えたカヤのもとへラコルがテテテーッと駆け寄り、称賛の声を上げる。
「カヤお姉ちゃん、すごい! ハクロウお師匠も凄かったけども、カヤお姉ちゃんの剣術すごい!」
「あ~、うん。ありがと」
少し照れ臭そうに頬をポリポリ搔きながら答えてると、ラコルはキッとカヤを見上げると次の言葉を投げかけた。
「ねぇねぇ、やっぱり、カヤお姉ちゃんの剣術を習いたい!」
「……だめ。ごめんねラコル。この剣術は危険だからだめだよ」
「えーーーー! なんで! 剣術はみんな危ないよね!? なんでカヤお姉ちゃんの剣術はダメなの!?」
カヤの着物の裾を両手で掴み、地団駄を踏みながら懇願するラコルを何とも言えない表情で見るカヤに、ハクロウは言葉をかける。
「カヤ殿。わしはこの者達に剣術を教えてますが、色々な物を見て取り込めとも教えてますじゃ。気にせずとも教えて頂いても構わぬですぞ」
ハクロウの言葉にカヤは静かに首を横に振り、ラコルの頭に手を置き優しく撫でながら口を開く。
「そうなんだ……でもねハクロウさん、この国の者達に教える気はないんだよ。この国を守り、リムルを守る者達に、あたし達の殺人術は教えては、ダメなの。朧流剣術はリムルを守る武術だからね……手合わせしてよくわかったんだ。闇夜影千流は殺意を糧に、ただひたすら相手を斬り殺す為だけの、剣術……そこに武術の矜持も何もない、あるのは純粋な、殺意だけなんだよ」
そう言ったカヤの表情は、一件普通に見えて目は鈍く金色に染まり、瞳は細く縦長になり黒く禍々しい
あまりに禍々しい
「ラコル。あんたは、触れるもの全て殺し尽くす魔物に、なりたい?」
静かにカヤはラコルに、問うてみた。
「わ……わた……なん……な」
声が震えて声にならず、こわい、こわい、でも。なんで、なんで、カヤお姉ちゃんはなんで、そんなに怖い顔して、泣いてるの! と心の中で叫んでいた。
怖さに震えながらもラコルは、カヤの表情に隠された本質を子供ながらの感の鋭さで読み取っていた。
ふッと一瞬微笑んだ後、少しだけ洩らした
小さく自分にしか聞こえないくらい声で「ラコルは剣の素質あるから、こっちきちゃダメだよ」と囁くように呟き。
スッと背を向け右手をじゃあねと言うように、ヒラヒラと振りながらその場を立ち去っていく。
何も言わず佇んでみていたモモカも、その場を後にしようとしたらハクロウが言葉を掛けてきた。
「モモカ殿、無理にとは言わぬが。人だった頃の闇夜影千流は、いかなものだったのであろうか?」
モモカはハクロウの方へ向き直ると少し目を伏せた後、重々しく口を開いた。
「人だった頃は、主の
そこまで聞くとハクロウは、左手に仕込み刀を持ったまま後ろ手を組み迷宮にある空を仰ぎ見て、目を伏せた。
ラコルに怖い思いさせてごめんねとラコルの頬に手を当て、一回優しく撫で ハクロウにも、ではこれでと一礼し、モモカの立ち去り際にハクロウがポツリと呟いた。
「ワシらも、リムル様と出会って変わった故、お二人も何か感じ取って少しでも心が癒されれば、いいのであるのだが……」
迷宮の空を仰ぎ見たまま呟いた後、立ち去るモモカの方に向き、深々と一礼をする。
立ち去りながらハクロウの呟きは聞こえており、モモカの猫耳が、ピクッ、ピクッと二度程動いていた。
カヤとモモカの姿が見えなくなるまでラコルは、胸の前に両手をギュッと握ったまま二人の後姿を見つめ佇み、微かな声で「カヤお姉ちゃん。モモカお姉ちゃん」と言い訓練に戻っていく。
ブルムンド街道門近くで、道脇に立ちじっとテンペストを見ている女性がいた。
その女性は、人間の姿をしており顔は整った顔立ちで、目は細めで髪はショートカットの黒色でまるで美女人形みたく見えて、道行く者男達が振り返って見る程であった。
「ここですか……あの強大なる魔力を持つ、魔物が統べる街は」
全く感情のこもってない言葉を吐き、目を細める。
その美女は、数匹ほど殺して持って帰りますかと呟いた所へ『思念伝達』が入り「よい、今は捨て置け。まだあれが育ってない故、戻れ」そう言われると踵を返しブルムンド方面へと歩き去っていく。
道行く人がまばらになった所で、美女は空間転移で消え去った。
沈む夕日が真っ赤に染まる様にテンペストを、映し揺れていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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