好きだったあいつ、後編です。
※〝打刀〟
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※鯉口を切るとは、鞘を掴んだ左手の親指で鍔をグッと押して刃をほんの少し鞘から押し出し、即抜けるようにした状態です。
どんよりと低く垂れこめた雲が、今にも初雪を吐き出しそうでいた。
ゆっくりと歩いて中庭へと来た次郎丸の姿を見て、百佳がどうしたと声を掛けた。
「次郎丸、表門で見張っておいてと頼んだしょ。どうしたの?」
百佳の問いにも口を開かず、目だけが後ろに誰かいることを指していた。
訝し気に次郎丸を見る百佳達の目に、胸の真ん中から白刃の刃がスーッと伸びてきて、口から血の泡を吐き、身体をガクガクと震わせ次郎丸は崩れ落ちていく。
百佳と小梅の目が一気に鋭利な刃のように細くなり、いきなり己の殺気を全開にして放ち、次郎丸が倒れて何もない空間を睨みつける。
そこへ、一人の男の気配と実態が露わになっていく。
「「「時政!?」」」
「なんで……」
夏夜から貰った呪符の効果がきれて、時政が姿を現し夏夜が怒りとも、悲しみとも言えない言葉を振り絞った。
時政はゆっくり夏夜の元に歩み寄り、それを遮るように百佳と小梅が動くが、時政の発した殺気に当てられ、動きを止めた。
「わたしが……」
「あたいが……」
「「
百佳と小梅は自分達が気圧された事に驚愕の表情を浮かべるも、すぐに己の中の殺気を爆発させ当てられた気を相殺し、二人は腰の小太刀に手をやる
「ふっ、流石は乱破ノ者だな。しかしお前達二人に用はない、邪魔をするな」
静かに語る時政の言葉には、凄まじい威圧があり二人の本能が今動くとやられる、と警鐘を響かせ、二人は事の成り行きを見定める事しか出来なかった。
夏夜の前まで来ると時政は口を開く。
「夏夜。私と死合え」
「なんできたの?……時政」
「私は、伊吹家当主が嫡男、
柄に手を掛け、己の間合いに夏夜を捉え、抜き打ち横薙ぎ一閃。
即反応した夏夜の刃と、時政の刃がぶつかり、激しい金属音と火花を散らす。
「逃げるって言ったじゃん……なんで、来るんだよ!!」
やりきれない怒りの言葉を時政にぶつけるが、時政の顔は一見穏やかに見えてそこには、激情が渦巻いてるようにも見えた。
「私は……武士だ。武士の息子に生まれたからには、己の責を全うせねばならぬのだ」
「はぁっ!? 意味わかんないよ! 一緒に居れればいいじゃない!」
夏夜が言葉をぶつけながら、〝紅斬り牙〟を放つ、時政はするりと右側に半歩避け上段振り降ろし斬りを見舞う。
瞬歩で即座に飛び退くが左腕を浅く斬られ、鮮血が切られた袖からパァッと
飛び散った。
「闇夜影千流の瞬歩を使った飛び込み技か、見事だな」
「なんで、逃げなかったの!! もう斬るしかなくなるじゃない……好きだと言ったの嘘なの!?」
「嘘ではない。今でも、夏夜の事が好きだ……いや愛している!」
「じゃあ、なんでよ!」
怒りの混じった声を上げながらの四連斬撃を、時政も同じ四連撃で凌ぐ。
僅かに押されてる夏夜に、小梅が「まじかよ」と呟くも百佳は到って冷静で、夏夜がまだあれを使ってない事を見てわかっており、夏夜があれを出した時に勝負が決まるであろうと、二人の死合いに目を見据える。
二人の剣閃が交わるたびに、夏夜の両腕の何方かから血が飛び散るが、致命傷には到らずにいた。
「何してんの? 腕ばかり狙って」
「夏夜の腕を一本もらう、それでお前の剣士としての命を絶つ。私に寄り添って欲しいのだ。お前が私を守るのではなく、私がお前を守る。いや、守りたいのだ!」
「ねえ、百佳はどうするの?」
その問いには答えず、八相右構えのままずりずりと間合いを詰めていく。
「そう、わかった。ここで、あたしは……あんたを、斬る」
最後の方は小さく、囁くように言葉を吐くと。
耳元の空気が破裂し激しい耳鳴りに襲われたかのような感覚に、時政は襲われた。
「今まで感じたことの無い異様な殺気だな。これだけで、身が斬れそうだ」
言うやいなや、一瞬で間合いを詰め上段からの、振り降ろし斬り。
凄まじい程の剣速に煽られ地面に土煙が舞う。
そこから更に早い剣速で刃を切り返し、上に斬り上げた。
『一颯一刀流 奥義 孤双・飛び燕』
確実に夏夜の右腕を斬り落としたと、そう思った時には夏夜の姿はそこには無かった。
不意にぞくりとした殺気を感じた瞬間、首筋目掛け殺気だけが飛んできた。
咄嗟に刃で首を防御し、刃と刃が合わさり甲高い音を響かせた。
いつの間にか夏夜が右横にいて刃を振るったのだ。
(あの刹那の間に気配だけをそこに残し、己は殺気に紛れたのか……。げに恐ろしき
技だな)
時政は夏夜が、ここま出来るとは完全に誤算でいた。ほぼ互角だが自分が一つ上であると、先程迄剣を交えて確信していた。剣を使えなくすれば、自分に寄り添ってくれるであろうと、そう思っていた。
しかし、夏夜は奥の手を隠していた……。
まだ十四の娘がここまでの技を使えるなど、想像すらしては無かったのだ。
(闇夜影千流。実態はわからぬが、同じ剣術なら勝てるだろうと思ったのは、思い上がりか。武術とは明らかに違う。人を斬る事だけを追及した剣術、か。馬鹿だな、私は)
ギリッと唇を噛み締め、目を伏せて何かを覚悟したように目を開け、夏夜に問う。
「夏夜。お前の剣術は何なのだ?」
「ただの、人斬りの技だよ」
時政は、夏夜の太刀筋を予測しようと頭の中に思い浮かべるもの、その全ての太刀筋が途中で掻き消えてしまい、まるでそこに居るのにそこに居ない錯覚に陥っていた。
「見えぬ。夏夜の影が揺らいでるような、殺気が四方から感じられる。どのような鍛錬をしたら、このような技を身に付けられるのだ?」
「人であることを捨てるんだよ。あたしは、強くなるために修羅そのものになることを選んだの」
「乱破の里は、年若きお前にそのような事を
「強いる? 違うよ。あたしが望んだんだよ。大事なたった一人の人を守る為に」
「姉か……」
「そう、百佳はあたしを守ると言ってくれた。だから、あたしも百佳を守ると決めて、人であることを捨てたんだ。あたしが立ってる場所は、人ならざる者の場所なんだ。時政が好きになった女は、こういう娘なんだよ。嫌いになった?」
「いや。私のお前への気持ちは、変わらぬ! そのような、哀しき剣を使うのは……私には理解出来ぬ……。だから、お前の剣士としての命を断ち、私がお前を守る!」
「それはさせない。あたしがあたしである為に、剣は奪わせない!」
無表情で淡々と語る夏夜の心の奥底では……。
(何で寄り添わないと駄目なの? 共に並び歩んでいくのでは何で駄目なの? 何で剣を捨てないと駄目なの? 何で! 何で! 何で!)
もう一人の夏夜が、声なき声で叫び続けていた。
そして、揺らりと夏夜が動き、鍔鳴りの音が響くたび、時政の腕や脚から血飛沫が飛び、防戦一方へと追いやられていった。
時政が剣を振るうが、目の前に夏夜が居るはずなのに刃が空を切り、そこに居るのにそこに居ない、奇妙な感覚にこれは幻術の類かと見るが、そのような術が発動した気配すらも感じられなかった。
「そうか。夏夜、お前は覚悟を決めたのだな。ならば、私も覚悟を決めよう。お前を、斬る!」
時政の動きがあからさまに変わり、夏夜の太刀筋に追いついてくる。
夏夜の到りつつある境地に、時政もまた別の形で近づきつつあった。
稀代の天才剣士時政、異才な剣士夏夜の熾烈を極めた斬撃の攻防が始まり、お互いに予備動作すら感じさせない抜刀からの――
――斬撃、交わる剣閃。
舞い飛び散る火花に、揺れる二つの影みたいに思わさせる動きの、時政と夏夜。
ザリッ、ザザザッ、激しい摺り足の音に瞬歩で二人の動きが加速されていく。
時政は八相右構えから、夏夜は八相左肩置きの構えから二人は同時に技を放つ。
『一颯一刀流
『闇夜影千流
時政の右袈裟斬りからの右片手横薙ぎ。
夏夜の左袈裟斬りからの左片手斬り上げ。
耳を裂く金属音が響き、弾き合った刃が唸る。
凄まじい斬り合いの記憶映像に、見ている皆が言葉を失い〝闘霊鬼〟へと進化したシオンには遅く見えるはずの斬撃が、重く、鋭く、そして何故か綺麗に見えていて、知らずに「なんて、綺麗な太刀筋なんだろう」そう言葉が小さく漏れ出ていた。
記憶映像に映る二人の吐く息が白くなってきており、辺りの空気が冷えてきたのを窺わせていた。
「夏夜。次の一刀で終いにしよう」
「いいよ」
夏夜と時政は、お互いの間合いに入ったまま、二人とも両腕はだらりと垂らし、鯉口は切ったままで対峙する。
ただ時政は腰に差した打刀の刃を、下にして差していた。
重く広がる雲から、ふわりと雪が舞い落ち始めてくる。
振り落ちる雪で薄く白化粧した地面に、二人の腕から滴り落ちる血が赤く丸い模様を彩っていった。
落ちてきた粉雪が夏夜の鼻頭に当たり、フウッと溶けていき、浅く呼吸していたのを止めた瞬間――
それは来た。
――時政が右逆手で抜刀して、刀の峰に左腕を押し当てながら刃を加速させての斬り上げ。
『一颯一刀流 奥義 逆さ不意打ち斬り 轟龍』
刹那の斬撃に夏夜は、鞘を一瞬でひっくり返し刃を下にして左逆手で抜刀する。
刃の峰に右掌を押し当てながら刃を加速させつつ、瞬歩で更に加速し浅い斜め横薙ぎに時政の横を通り抜ける。
左逆手に持った柄を左上気味に上げ前に出して、切っ先九寸九分<三十cm>の辺りに掌を当てたまま右足を折るように前に出し、左足は後ろに伸ばした形で止まっていた。
『闇夜影千流 口伝奥義 逆さ不意打ち斬り 黒椿』
時政は刃を斬り上げた形で止まっていたが、その刃の半分が無く、鈍く光る斬り折られたもう半分の刃がくるくると宙を回りながら地面に突き刺さる。
時政の口端から血がツーっと流れ落ち、斜め横に斬られた右脇腹から鮮血が空気の抜けるような音を立て吹き出し、灰色の袴を真っ赤に染め上げていく。
時政はそのまま両膝をつき、前のめりにゆっくりと、仰向けに倒れていった。
ガシャりと、夏夜の手から打刀が零れ落ちる。
夏夜は、ゆらり、ゆらり、揺れながら時政の横にペタンと座り、優しく時政の頭を自分の膝に乗せ静かに問いかける。
「なんで……なんで、逃げなかったの?」
「……なんでか、な。私は、夏夜が、好きだ。でも……カハッ」
血を吐いた時政の口元を指でそっと拭い、次の言葉を静かに待った。
「わ、私は、怖かったのだ。物心ついた時から、剣一筋に、い、生きて、来た。夏夜が、守ると言ってくれた時嬉しかった……。だが、その半面、怖くなったのだ。隠れ生きるには、剣を振るえなくなる。いや……剣を捨てねば、いけないのでは、と」
「別に捨てなくても、隣に立って一緒に生きるでは、駄目だったの?」
ときおり喉奥から上がってくる血に
次第に雪が強く振り始めてゆき、辺り一面を白く変え始めていく。
いつしか、夏夜の涙がポツリ、ポツリ、時政の顔に落ちていき頬に付いた血を、薄く引き伸ばしていた。
「私は、武士だ。一颯一刀流皆伝、伊吹時政なのだ。だから、夏夜には寄り添って欲しかった……。私が、お前を守りたかったのだ、よ」
「あたしも、時政を守りたかったんだよ。お姉ちゃんと同様に」
「あの時はそれで、いいと思った……。しかし、心の奥底で武士の矜持が、それを許さなかったんだ。たとえ、追っ手に追い詰められ、お前と共に死のうとも……最後まで武士でありたい……でなければ、私が私で、無くなってし、まう」
「そん……な……」
続く言葉が出なかった、いや出せなかった。また、夏夜も最後まで百佳を守る者でいたい、そう思っている。あまりにも似通った二人の思い、好きなのに愛してるのにすれ違ってしまった想い、武士と乱破ノ者、決して交わらぬ道であった。
「すまぬな、夏夜。お前は、乱破を抜ける覚悟を示したのに……」
震える左手が夏夜の頬に触れ、その手に自分の手を重ね優しく包み込む。
堰を切ったように夏夜の涙が溢れ、零れ落ちていく。
灰色の空から降り注ぐ雪が地面に落ちては、ホォアッと溶けていき、百佳は雪を吐き出す雲の群れを見上げ「初雪か、
「全てを捨て去る、事が、出来なかった、わ、た」
「もういい……もういいよ……わかったから、わかったから、時政」
「どのみち、私達は、敵方へ通じた罪により……死罪だ。ならば、惚れた女の膝上で死ねるのなら、本望……だ。最後に斬り結べたのが、夏夜で、よか、っ…………」
最後の言葉を言いながら、時政の命が静かに消えていった。
膝に乗せていた時政の頭をきつく抱きしめ、苦痛にも似た言葉を吐き出していく。
「なんで、逃げなかったんだよ! 武士とかそんな面倒なの捨てればいいのに……死んだらおわりなんだよ! なんで、一緒に戦うでは駄目なんだよ!! わからないよ。隣に立って寄り添うことならできるのに、ただ寄り添うなんて、できないよ」
押し止めていた感情の激流。
ころしちゃった
だいすきなのに
ころしちゃったよ
いっしょに、しねばよかったの?
わからないよ
ねぇ ねぇ ねぇ ねぇ
だれかおしえてよ だれか、おしえてよ
どうすれば、よかったの? ねぇ……
荒れ狂う様々な感情が溢れ――破裂した。
そこには乱破の刺客ではなく、泣き叫ぶ一人の少女がいただけである。
いつまでも降り注ぐ雪に彩られた夏夜と時政を、記憶映像は映し出していた。
少しずつ記憶映像にノイズが走り出し、しばらくそれが続くと「これでおしまい」そうカヤは言い『思念伝達』のリンクを解除した。
『思念伝達』が切れ、ゴブリナ達はグシグシ鼻を啜る者や、カヤに抱きついて泣くゴブリナもいて話をした本人が少し戸惑いを見せていた。
「武人としての矜持ですか……相容れない想いとは、こんなにも儚く辛いものなのですね。守られる存在ではなく、守る存在でありたいと……」
シオンは時政の最後まで武士として在りたい、その言葉に一人の武人としての自分を重ね合わせてみたけど緩く首を横に振り、俯き加減で呟くように言った。
シオンの発した言葉に、夏夜はいつになく穏やかな笑みで返した。
「人と魔物、感情の在り方が似てるようで似てはいない。人間の感情の在り方を垣間見れて、また少し人間の事がわかったような気がします。魔物は愛情は力で勝ち取れ、そのような側面がありますけど、人はそれだけでは駄目なのですね……」
シュナはしみじみとカヤに語りかけ、人の愛情の在り方が魔物とは違う事に改めて私達は、もっと人間を知らなければなりませんねと思う。
そしてもう一つカヤに対して感じた事、無邪気でありボーッとしてる半面、凄まじい殺気の塊と化す面を持つアンバランスな精神面は、この一件と年若き暗殺者であった事が絡んでいたのではと感じていた。
それと『
(私がカヤの力になれることは……)ふとそんな考えが頭を過るが、これは差し出口になりますねとその考えを胸の中に仕舞い、代わりに「いつでも頼ってくださいね」そうカヤに優しく言葉をかけカヤは、え? なにをと不思議そうな顔をして、それにシュナは着物の両袂に手を入れ口元に持って行き、柔らかな笑みを浮かべた。
カヤに抱きつき泣いていたゴブリナが、鼻声混じりの言葉を言う。
「カヤ様のいた時代の世界も、弱肉強食だったんですね」
「そうだね~ どこ行っても、
抱きついたゴブリナの頭を撫でながら、自分のいた日ノ本の事を思い答える。
「リムル様と出会うまでは私達も強い魔物に虐げられるか、駆逐されるかで
大変でした……」
ゴブリナの一人があの頃を思い出すように呟いた。
一瞬、ゴブリナ達はシュンとなるも、別のゴブリナが「でも、リムル様と出会って、私達は変わったんだよ! そして今が、あるんだよ!」いきなり立ち上がって、拳を握り力説するのをシュナ、シオン、ゴブリナ達が笑顔でうんうんと頷く。
それを見ながらカヤは、『思念伝達』でモモカにポソリと言った。
『なんか、みんな、いい笑顔してるね。少し、うらやましいかも』
『そうね。私達がどんなに欲しても、手に入れらなかった、笑顔だわね……』
この時、カヤとモモカは気づいてはいなかった。
今まで、二人で生きていければ 他は何もいらない。それ以外は何も望まなかった。それが、今みんなの笑顔を見て、こういうのもいいなと思うことすら無かった二人が、いいなと思う。
ヴェルドラ、リムル達と出会い接するようになってから、カヤとモモカの中に少しづつ、静かに心の変化が起きつつあった。
モモカは窓の外を見て、まだ振り続ける雨に誰にも聞こえない声で囁く。
「空が、泣いてるわね」
チリッ チリリ チリッ チリリッ
ココロノ クビキガ……ハズレ……マシタネ
カヤ
アナタハ
ドチラヲ
エラブノ……デス?
ここまで読んで頂き、本当に感謝です!
次回更新も読んで頂ければ幸いです!