転生したらネコムスメなんだけどの件   作:にゃんころ缶

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ガチの姉妹喧嘩編です。




四話 お姉ちゃんとガチ喧嘩・前半

 

 

 里を出て三日目の昼。

 

 

 お館様(やかた)成友(なりとも)が住む城の城下町に夏夜(カヤ)が着いた。

 

「う~ん。夜迄待つかなぁ」

 

 夏夜は夜迄待つ間に久しぶりに来た城下町をぶらぶらすることにし、侵入口の下見を兼ね城の近くまで来ていた。

 

「認識阻害の符が二枚かぁ。百佳の袂から拝借してきたけど、鍵言霊(かぎことだま)が違ってたらどうしよう……そもそも上手く発動してくれるかなんだけども、駄目な時はその時考えよう。うん、それでいいや」

 

 どうにも行き当たりばったりの感じの、夏夜である。

 

 きゅぅぅぅ、夏夜のお腹が空き腹で鳴り、腰の道具袋に手をやりごそごそして溜息一つ。

 

「はぁぁぁ。兵糧丸(ひょうろうがん)なし、味噌玉一つ。やばい、もう少し持ってくればよかった……ここに、野ウサギとか猪いないよねぇ。はぁ~」

 

 と、また溜息を一つ。 

 

 どこかに、適当な獲物がいないかなぁと、ぶつぶつ言いながら空腹で鳴るお腹に、腹へった~ と声に出し、道行く人々が何だこの娘? と怪訝(けげん)な顔で見ていく。

 

「お金もなし……ちっ。適当なのコツンするかな」と物騒なこといいだして目つきの悪い男を物色しだした。

 

「お! カモみっけ!」 

 

 歩きながら周りに睨みを利かし、歩いてる若い男がやってきた。

 

 しゃがみ込みじーっとその男を上目遣いで見る……するとこっちに気が付き近づいてきた。

 

(きたー!)

 

「うん? 何か用か? ガキ」

 

(一瞬手が出そうになったけど、我慢……我慢だぞ!)

 

「あ、あ、あたしと遊ばない?」

「はぁ? お前とか?」

「うん」

「お前とねぇ……顔は、かわいいが、うーん……」

 

 舐め回すように、あたしの体を見る男。

 

(な、な、な、殴りたいいいいいいいいいい! でも我慢)

 

「いいぜ」

「じゃあ、こっちに来て」

 

 夏夜はそう言い、男の手を掴んで人気のない裏路地に連れていく。

 

 どうやるんだったかなぁと、色香の術を教えてくれてたお姉様方の教えを、必死に思い出す。

 

 抱きつこうとする男をくるっと回し、家の壁に押し付けて着物の胸元をゆっくりと開いていく。

 

「あっ。あせったら、だ、だ、だめよ?」

 

 慣れないもの言いに舌を噛みつつ、囁くように言う。

 

 男の右脚を自分の両足の間に挟み、更に胸元を開け広げ胸に巻いてるさらしが露わになっていく。

 

(駄目だ……もう無理……殴っていいよね!? 殴るよ!?)

 

「小ぶりだが、かわいい胸だな」

「あ゛ぁ?」(しね!!)

「え? ぐげっ! …………」

 

 いきなり掌底を顎の真下から真上に突き上げ、脳を揺らされた男はくた~と、その場に崩れ落ちた。

 

 ドゲッ! 小ぶりの一言にブチ切れて一発殴って気絶させればいいやと思っていた夏夜だが、倒れたところに顔面粉砕蹴り追加。

 

 そして、男の両脇を抱えると、重そうに引き摺り起こし壁を背に座ってるように見せかける。

 

 ささっと胸元を直し、懐をごそごそ……。

 

「おおぉ! 以外に持ってた。う~む、お団子代だけで勘弁してやるか。あたしは優しい女の子なんだよ!」 

 

 だがそこへ、小ぶりと言う言葉がスッと頭を過る。

 

 ドゴッ! 追加の蹴り一発。

 

 そして、ホクホク顔でお団子屋にいく夏夜。

 

 団子を三皿頼むと、夏夜は空き腹のせいか、あっという間に食べ尽くした。

 

「ふぃ~ 食べた、食べた。さてと夜が更けるまで、どこかで一眠りしようかな」

 

 腹がふくれたので寝る場所を探してうろうろしてると、城の近くに流れてる川の所に大きな木を見つけ、ひょいひょいと登っていき大きな枝に座り体を預けると、すぐ寝息をたて寝てしまった。

 

 夜も更け虫の声が響く中、むくっと目を覚ました「ん~~ん。ふぁ~」軽く伸びをしてするすると木を降りて辺りを窺う。

 

 一度だけ(おさ)とお館様にお目通りする為来ただけで詳細には覚えてないが、一度見た景色、屋敷などの場所等、覚える訓練はしていたのでその記憶を探る。

 

「表門から走って、うーん、数え三百位かなぁ」

 

 表門から離れたところで身を潜め呟いた。

 

 呪符を取り出し、パンと短拍手一回し「幻隠(げんいん)」鍵言霊を囁く。

 

 呪符に書き(つづ)られてる梵字(ぼんじ)のような文字が、ぽぅっと青白く光ると呪符が発動したのを知らせた。

 

「よし、できた。(一、二、三、四――)」

 

 頭の中で数えながら、体を引き絞るように地面を蹴り駆ける。

 

 タタタタタッ。

 

 風を切り裂くような速さで表門の警護二人の間を、駆け抜けていく夏夜。

 

(二十七、二十八、二十九――)

 

 広い中庭辺りに来た「あっち本丸だから……二の丸の方かな」と呟きながら駆ける。

 

 呪符の認識阻害効果で警護の者たちは目の前を駆け抜けていく夏夜に、誰も気づきはしなかった。

 

 この術は人にぶつかったり、攻撃を仕掛けると解除されるので、人にぶつからないように注意しなければならなかった。

 

 ひたすら駆け、飛び、疾駆する。

 

「百四十六」と口に出し呟くと、新しい呪符を袂から出して発動させた。

 

 最初に発動させてた呪符を捨てると、ぽうっと一瞬青白い炎を放ち掻き消える。

 奥御殿前にきて、二枚目、数え百三十二。

 

 奥御殿の成友の寝所に繋がる廊下に来ると、駆ける勢いを利用し地面を蹴り腹這いの状態で手足を少し浮かし、しゅーっと滑るように、寝所の障子付近まで滑っていく。

 

 滑りながら手を開き、指を廊下の板に立て静かに制動を掛けた。

 

 障子の前で道具袋から油入りの小壺を取り出し敷居に沿って、たらーっと油を引き、音もなくすぅーっと開け腹這いのまま横にコロコロと転がり寝所に侵入していき、同時に二枚目の呪符も燃えるように、掻き消えていく。

 

 成友の寝ている布団に近づき枕もとの行灯(あんどん)に火を灯し、ぽわ~と照らされる成友の寝顔に、そっと声をかける。

 

「お(やかた)様。お館様。お館様。お館様」

「……」

「お館様。お館様」

「……ん……ん……んん?」

 

 いきなり起こされ、寝ぼけ眼で声のするほうに首を向ける。

 

「誰じゃ……そちは誰じゃ?」

 

 まだ寝ぼけてて、いきなり夜半過ぎ位に起こされ、目の前にひれ伏して起こす少女を見ても、まだ状況が理解できないでいた。

 

「今日はお館様に、お願いの儀があって巴ノ里より馳せ参じました。夏夜と申します」

「……? ……乱破(らっぱ)ノ者か?」

「はい。そうでございます」

「んん……」

「……なっ!!!」

 

 だんだんと頭がハッキリしてきた成友は、ガバッと跳ね起きた。

 

「な、な、な、な、なんじゃそちは! 乱破ノ者が何用じゃ!!」

「それより、そちはどうやって余の寝所に参ったんじゃ!?」

「こんな夜更けに無礼であるぞ! 誰か!誰かおらぬかーー!」

 

 いきなり現れてお願いがあるとひれ伏してる夏夜を、いつの間にかどこからか取り出した扇子で指しながら、喚き立て始めた。

 

「お館様! お頼み申します。里の百佳にお出したお側付き護衛の(めい)をお取下げ下さい! どうか、どうか! お頼み申します!」

 

 夏夜は、足元にひれ伏したまま嘆願した。

 

「誰か! 誰かー! 出合えー! 出合わぬかーーーー!」

 

 もう聞く耳持たない成友は、ひたすら警護の者達を張り裂けんばかりの声で呼んだ。

 夏夜はそれでも必死に(すが)り付く様に成友に嘆願し続けた。

 

「お頼み申します! どうか! どうか! 百佳に御出しした、命をお取り下げ下さい。お頼み申します! どうか! 百佳のお側付き護衛の命を御取り下げ下さい! あたしが、代わりにお側付きをします! 夜伽をやれと、言われるなら喜んでやります!お館(やかた)様が怖いと思う輩がいるなら! あたしが全部斬り伏せてきます!だから! だから! あたしがお側付きになります! お館様のお側付きを、あたしにしてください!」

 

 何度も、何度も、何度も、頭を畳に擦り付けひたすら叫んだ。

 

 成友がいきなり寝所に現れひれ伏して、嘆願する娘に怒鳴る。

 

 廊下の板を踏み抜くような音を立てて、警護の者が成友の寝室での騒ぎを聞き付け集まってきた。

 

「はよう! はよう! この無礼者を取り押さえよ!!」

 

 成友の命令にひれ伏してる夏夜に、警護の者一人が近づき取り押さえようと右側から左手で首を、右手で右腕を掴もうと腰を下げた瞬間、夏夜の右手が警護の左足を払った。

 

 足を払われ前のめりになった所を、左衿を掴み顔面を畳に叩きつけ、ぐえっと声を上げ取り押さえようとした男は、そのまま失神する。

 

「なんじゃ……なんじゃそちは……」

 

 目の前であっという間にのされた警護の者を見て腰をぬかし、布団の上にぺたんと座ってしまった。

 

 後ろに十人いる内の二人が夏夜に向かって来る。

 

「あたしは、お館様にお願いしに来ただけなの。頼むからあたしに触らないで」

 

 ゆら~っと立ち上がり向かって来る二人に右半身で構えた。

 

 二人の警護の者が取り押さえようと飛び掛かかる。

 

 木の板を合わせ叩いたような乾いた音が響くと、二人の男は首をカクカクさせながらうつ伏せにドウッと音立て倒れた。初めに右の男に右横蹴り足刀で顎を刈り、そのまま膝を返して廻し蹴りにして左の男の顔を蹴り抜いたのだった。

 

 〝闇夜影千流(やみよえいせんりゅう)・柔術、蹴技・扇弧双〟(せんこそう)

 

 一瞬のことで訳が分からず残りの八人は、なんだこの小娘はと畏怖の念を抱き動けなくなってしまった。

 

 しかし、一人が意を決して取り押さえようと果敢に挑む。

 

 男は右腕で夏夜の袂を掴もうとしたが、その右腕を夏夜の右腕が下から巻き込むように外上に(さば)いた瞬間、懐に飛び込んだ。

 

 肉を太いこん棒で叩くような凄まじく重い音が響き畳が浮き、男が十六尺五寸<五メートル>程ざざざっーと体を九の字にして滑っていきそのまま体をぴくぴく震わせていた。

 

 夏夜は右拳を小指は鍵状に曲げ残りは握るという、独特の握りで拳を上に右腕を畳み肘を突き出した近接の体当たりをしたのであった。

 

 そして、技を出した時同時に足を下に踏み鳴らしていて、それは技の威力を上げる独特の震脚という歩法だった。

 

 以前ある暗殺以来の時、標的を暗殺し帰ろうとしたら客人として来てた初老の男と無手同士で戦う事になり死闘を繰り広げ、引き分けだったが妙に気が合い夏夜が、その変わった技を教えてくれと頼んだ。

 

 真剣に頼む夏夜に、お前にだけならという条件で教えてくれることになり、しばらく里に滞在してもらい、いくつか技と歩法を教えて貰ったのだ。

 

 そう、これは大陸から来た無手使いの初老の男に、教えて貰った技の一つである。

 

 里は部外者は厳禁だが、大陸の人物であり夏夜に教えたら大陸に帰ると言うので特別に許可した。主に夏夜が(おさ)に頼み込んだのだ(長の根負けである)

 

「おい、なんだあの技は?」

「知らぬ、わしはあんな技見たこともないぞ!」

「なんだ、なんなんだ、あんな小娘がなんで男を、あそこまで吹き飛ばせるんだ……」

「「「……」」」

「臆したか! あんな小娘」などとまた一人が己に気合を入れつつ夏夜に挑んだ。

 

 ブン! 組んだ瞬間左腕を取られ一本背負いの変形、ぶら下がるように全体重を乗せて巻き込む形で投げられ畳に叩きつけられた。

 

 すかさず立ち上がった夏夜が、間髪入れずに水月を踏み抜いた。

 

 〝闇夜影千流(やみよえいせんりゅう)・柔術、投げ技・巻き独楽〟(こま)

 

「ねぇ……お願いだから、邪魔しないで、あたしは、ころしたくないの」

 

 ゆっくりと普通に普通の表情で残り六人の男達に語り掛ける。

 

「お、お、お、お、お、お前らなにをしておるか、はよう、取り押さえぬかー!」

 

 完全に腰が抜け動けず、叫ぶ成友の手に持った扇子の先が震えでぺぺぺぺぺと、高速で動いていた。

 

 男達は夏夜の普通に喋り睨みもしない、かといって怒りもない普通の表情が逆に恐ろしく、今まで体験したことのない気配に体が前に出ることを、拒否していた。

 

 遠くから人の声がし、この騒ぎに気づきあちこちの警護の者が、寝所に集まりつつあった。

 

「おい」

「「「「「なんだ?」」」」」

「一斉に飛び掛からぬか?」

「いや、こちらから行かねば来ないのだから、今しばらく待てば更に他の警護の者が来る」

 

 一人が答えてると……。

 

「ねぇ、聞いて、殺したくないの、おねがい。敵意を向けないで」

「「「「「「なっ!!」」」」」」

 

 いつの間にか近づいてた夏夜に、飛び掛かる算段をしてた男が奇声を上げた。

 

「あひゃ! な、なぜそこにいる!? お前は今さっきまで、主君の所にいたではないか! 瞬き一つしたらなぜそこにいるのだ!!」

 

 確かに目は離さなかった……しかし瞬き一つしたらいきなり正面にいたから、完全に気が動転して、あああああぁぁと叫びながら左腕で殴り掛かった。

 

 空気を裂く破裂音が三つ響いた。

 

 殴り掛かってきた左腕の手首を左手で掴み、自分の方に引き寄せながら胸に右肘打ち、そのまま拳で金的を打ち、前のめりになった所を更に右肘打ちで顎を打ち抜いたのだ。

 

 その三連撃を、一瞬でやってのけたのである。

 

 失神して自分の方に倒れ掛かる男を、右手で軽く額をポンと押すとそのまま仰向けにドスッと倒れ伏す。

 

 〝闇夜影千流(やみよえいせんりゅう)・柔術、打ち技・三天連破〟(さんてんれんぱ)

 

 

「おねがい。お館様に、おねがいをしにきただけだから、邪魔しないで」

 

 明確な敵意を向けられると、自然に体が反応し相手を殺そうとする自分を必死に抑え込んでいる、夏夜。

 

 そう一般の民と違う敵意、もしくは殺意を察知すると、防衛本能が暗殺者の夏夜を呼び起こすのだった。

 

 残る五人はもう一方的に倒されていく同僚をみて、大雨に打たれた様な汗をダラダラと吹き出し指一本動かせなかった。

 

「もう、うごかないで。もう、とまらなくなるから、おねがい」

 

 そう残る者に言葉を告げ、成友の方にゆら~と近寄り、正座しひれ伏する。

 

「おやかたさま。 百佳の、お側付き護衛は、 おやめいただきたくひらに、おねがいたしますどうか、どうか、お取下げをおねがいいたします」

 

 無理とわかってても、動く思い……駄目だとわかってても、動く願い。

 

 百佳の願いを守りたい。どうにもできなくても、なんとかしてあげたい。

 

 暗殺者の自分が、こんなことを思うのは多分間違ってると、いや思ってはいけないことだと……わかっている。 

 

 でも、でも、自分はこのままでもいい、この一件で死罪でもいい百佳の、お姉ちゃんの小さな願いが叶うなら、あたしの命はそれと引き換えでもいい。

 

 こんなことをしても百佳は絶対喜ばないと思うし、絶対怒ると思う。

 

 わかってる。こんなことはなんの解決にもならない……あたしにはこんなことしかできないし、あの時泣き叫ぶお姉ちゃんを見てたら、どうしようもなく胸が痛かったんだ。

 

 だから、あたしはここに来た、何とかしたいそれだけを考えて。

 

 お姉ちゃんを守る為に欲した力は、人を殺めることしかできない……守りたい、なんでこんなに強く思うんだろう……影が怖い? わからない。

 

 あたしの思いとはうらはらに現実は、あたしの手から無情にこぼれていく。

 

 なんだ、あたしは……あの頃と一緒だ……あたしは……弱いままだ。

 

 

「おあああああああ、ななななな、くくくく、くるな――――――!!!」

 

 へたり込んだ布団の股間辺りから、モワワワ~と湯気が上がっっている。

 

「成友さまあぁぁあ!!」

 

 声を荒げバタバタと、成友に駆け寄る影が飛び込んできた

 

 城の近くに住む坂上 新左衛門(サカウエシンザエモン)を、警護の一人が呼びに行き駆け付けて来たのである、警護の者三十人を引き連れて。

 

「おおおおぉ、新左衛門この無礼者を斬れ! 斬るのじゃーー!」

 

 御意と言うと夏夜に近づき柄に手を掛ける。坂上はあまり剣を得意としてないが慎重に間合いを計る。

 

 夏夜はすっと立ち上がると坂上を一瞥した。

 

「お・ね・が・い……刃を、むけ、ないで」

 

 夏夜は静かにゆっくりと、何かを押さえるように坂上に言った。 

 

 間合いを詰めてきた坂上に、夏夜は構えもしなかった。

 

 それを見た坂上は刀を抜いた、と思ったらバキャッと音がして柄が割り砕かれ、刀身は鞘に押し戻されていた。

 

 坂上は抜いたはずの刀が鞘にあり、柄は割り砕かれ(なかご)が剥き出しになってるのを見て、嫌な汗がたらーっと流れるのを感じた。

 

「なにが……おこった、のだ」

 

 呆然と柄があった部分を凝視する。ただ単に刀を抜こうとした坂上を見て柄ごと前蹴りで蹴り、鞘に押し戻しただけで(ついで)に柄を蹴り割っただけである。

 坂上はそのあまりの速さに、目がついていかなかったのである。

 

「おねがい、ぬいたら、殺すことになるから、や・め・て」

 

――刹那空気が裂け、今までそこを支配してた空気が消えた……。

 その場にいた全員が、一瞬にしてその場の空気を、空間ごと斬られた感覚に襲われる。

 

 成友は口から泡を吹き失神し、警護の者三十五人は心臓を鷲掴みにされ握り潰されたかの如く、一応に胸を押さえ皆顔に脂汗を浮かべている。

 

 坂上は脇差の鞘に左手を掛けたまま、何故か右手で首筋を撫で触っていた。

 

 小首を傾げ、研ぎ澄ました刃のような視線で新左衛門達を、ぐるりと見渡し浅く広げた両手の指を、わきわきとゆっくりと動かし、静寂した空間に、パキッ、パキッ、乾いた小枝を踏みしめるような、指の関節音だけが響き渡る。

 

 

 乱破の暗殺者、夏夜。

 

 

 触れる者、全てを殺し尽くす少女がそこにいた。

 

 

 

 

 




 ここまで、読んで頂き、ありがとうございます!

 次回も読んで頂けたら幸いです。
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