転生したらネコムスメなんだけどの件   作:にゃんころ缶

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お待たせしました! 四十三話です。





四十三話 Children Who Eat the Darkness(闇を喰らう子供達)

 

 

 イングラシア王国にある、ネコマンマ亭地下室にカヤとイリアの姿があった。

 

 

「イリア、今説明した通りあたしの記憶世界に、あんたはいく。そこで死んだりしたら本当にあんたは死んでしまう。いいね、夢であって夢じゃない、そこを間違えない様にね」

「はい、カヤ姉さん。現実と変わらない、と言う事ですよね?」

「そう、概ねそう言う事。そろそろいくよ、そこのマットに寝て気を楽にね」

 カヤに促されマットに寝ると、額と胸に呪符を置かれた瞬間猛烈な眠気に襲われ、呆気なく意識を狩り取られた。カヤはイリアの横に胡坐で座り、口を開く。

 

「モスいる?」

「はい、ここに」

 

 呼びかけに、空間を歪ませながらモスが現れた。

 

「今からこっちに集中するから、ここ頼むね」

「了解しました、カヤ様。テスタロッサ様からしっかりお守りするよう、仰せつかってますのでお任せください!」

 

 モモカから『思念伝達』が入り、カヤもイリアと共に青白い光球に包まれていく。

 

 それを見たモスも、地下室を防御結界で覆い、外界から遮断していった。

 

 

 イリア、メイム、トリアス――三人の最後の枷外しが始まった。

 

 メイムとトリアスは乱破ノ子供達に混じり、とある廃村の記憶の中にいた。

 

 風もなく月明かりの眩しい夜の廃村。

 

 その廃村には二十名ほどの野盗が住み着いており、その野盗を始末する事が乱破ノ者になる為の最後の試練。

 

 人を(あや)める者になる覚悟と業を背負い、それでも己を見失わない為の――

 最後の枷外し。

 

 ここで己を保ち続けた者だけが、晴れて乱破ノ者になりお役目に付くことになる。

 

 モモカの十二才の記憶であり、百佳の最後の枷外しをした戦いの場。

 引率してきた大人達の指示で、子供達は一斉に動き出した。

 

 寝ている所を襲われ、着の身着のままで刀や槍を持ち飛び出し、集まった野盗たちを囲むように他の子供達も集まる。

 

 トリアスの右横に来ていた女の子が、野盗に向かって一枚の呪符を投げた。

 

「燃え散れ! 爆!」 短拍手が軽やかに響く。

 

 集まった野盗の頭上で爆発し、凄まじい火球となりそれに驚き腰を抜かす者、奇声を上げながら刀や槍を振り回す者などで、そこは騒然とした空気に包まれた。

 

 散り尻に逃げようとする野盗達に狙いを定めた乱破ノ子供達が、次々と襲い掛かり、一人、また一人と、殺されていく野盗達。

 

 そこへ、雄たけびを上げながら一人の女の子が突っ込んできて、離れろ!と周りの者に叫びながら丸い球を投げつけ、球が野盗の男にぶつかり割れ、紫色の粉を撒き散らした。

 

 急に男は喉や胸を掻きむしりながら膝を付き、球を投げた女の子が小太刀を抜き男の首を一閃した。

 

 吹き出す赤い鮮血が月明かりに照らされ鮮やかな赤に見え、二人は次の得物を探すように走り去る女の子の背中をじっと見ていた。

 

 ドロリとした時間の流れの中、メイムとトリアスは急に誰かの記憶と重なる感覚を覚える。

 

 目の前に繰り広げられる光景と重なるように溶け合い、一人の少女の記憶が凄まじい勢いで頭の中を駆け巡り、加速した時間の中に取り込まれていく。

 

 生まれた時から暗殺者となる為に生きてきた少女。幼い頃から過酷な訓練をこなし、一人の妹を守り生きると決めた七才の記憶。十七の時愛する者と添い遂げられなかった記憶、嘆き哀しみ、それでもたった一人の妹を守り、一緒の時を生きたいと願った記憶。

 

 魂となり冥界に行こうとも、永劫に輪廻の輪を外れ漆黒の闇を漂うともいいと、覚悟した記憶。

 

 たった一人の妹と一緒なら、消えてしまいたいと願った記憶。

 

「これ、モモカ姉さんの記憶だ」

「うん、モモカ姉さんの、ひとだったころ? のだ、よね」

 

 そこへモモカの声が緩やかに響いてくる。

 

『そうよ。わたしの幼い記憶から、十七才までの記憶。刺客姉妹として生きてきた証。わたしとカヤはあの世界から消えてしまいたいと願っていたの。でもね、それでも大事な、大好きな妹と同じ時を生きたい、守ってあげたい、その思いから己の闇を喰らい飼い慣らしていったの。自分を否定せず全てを受け入れ、いつか訪れるであろう報いの日を受け入れる覚悟を決めたのよ。悪だから? 善だから? そんな事関係ないないわ。暗殺者なれど、それは個、一人の人間よ。何か一つでもあなたを繋ぐものを持つの。それは諸刃の剣でもあるけど、自身を強くするものでもあるのよ。強くなりなさい、何者からも奪われない為に――強くなりなさい! そして自分を、闇を喰らいなさい!』

 

「「つよく……」」

 

 メイムはずっと感じていた、自分の中にポツンと離れて見てる黒い者が居る事を、それが嫌いでいつも心の中で「きえて、あっちいけ」と、感じるたびに念じていた。

 その嫌いな黒い者はワたしだったんだと、見ない振りをし遠ざけていた黒い自分を捜すように目を閉じた。

 

 トリアスは自分の中に沸き上がる黒く固まった感情に恐れ、嫌悪していた。暗殺者の訓練を受けるたびにそれは大きくなり心を黒で染めようとしてきた。

 

 その度にトリアスは必死で黒いものを消そうと足掻いていたが、その黒い物は自分の中に住む闇であり、光を喰らっていたんだと「そうか……僕は、知らず知らずに僕を嫌悪していたんだ」小さく呟き、トリアスもまた目を閉じ黒い物を探す。

 

 

(みつ、けた)

 

 自分の中にいるもう一人の自分を見つけたメイムは、黒い自分に近づき手を出し。

 

(ごめんね、ワたしが、ワたしを嫌いになるなんて、ダメだよ、ね)

 

 差し出した手を黒い自分が掴むと、ゆっくりと自分の覚悟を口にして行く。

 

 

 闇は、光に

 

 光は、闇に

 

 光さえも喰らう、闇

 

 ワたしは、その闇さえも、喰らうものなの

 

 闇を愛し、闇に生き、暴れ狂う殺意さえ愛すものなの

 

 ワたしは、無情なるもの

 

 ワたしは、何者も恐れないものなの

 

 ワたしは、闇を喰らい飼い慣らすもの メイム

 

 

 黒い自分を喰らい尽くし、メイムの最後の枷が外れていく。

 

 

 

 

(いた)

 

 トリアスは、自分の中に巣くう黒い感情の塊、その塊に両手を差し伸べ抱き抱えるように引き寄せる。

 

(これは僕自身の感情……嫌いになるなんて、僕が僕じゃないよね。おいで、僕の中に住む、僕の闇。一緒にいこう)誰もが忌み嫌う己の中の闇、その闇をトリアスは何事も無かったかのように受け入れて行った。

 

 闇は、光に

 

 光は、闇に

 

 光さえも喰らう、闇

 

 僕は、その闇さえも、喰らうものだ

 

 闇を愛し、闇に生き、暴れ狂う殺意さえ愛すもの

 

 僕は、無情なるもの

 

 僕は、何者も恐れないもの

 

 僕は、闇を喰らい飼い慣らすもの トリアス

 

 

 黒くうねる感情を喰らい、トリアスの最後の枷が外れ落ちた。

 

 

 二人は静かに目を開けると、眼前に野盗の男が二人迫っていた。

 

 振り降ろされる刃を躱し、メイムとトリアスは腰の小太刀を抜き二人の野盗を斬り伏せていく。

 

 メイムは震える両手を見つめ、顔を起こす。

 その目には確固たる意志が宿っていた。

 

 トリアスは足元に崩れ落ちた男を見る目は、何があっても生きる意志、小さいながらもその目には自分が望んで受け入れた道を、後悔する目では無かった。

 

 静けさを取り戻した廃村を歩いてると、二人は一人の女の子を見て、立ち止まる。

 

 その女の子は震える左手を右手で押さえ嗚咽しながらも、自身が斬り殺したであろう野盗から目を離さず凝視し、その目はメイム達より鋭く、尚且つ確固たる決意が溢れていた。

 

 二人はその目に吸い込まれるような感覚に陥っていると、聞いた事もない声が微かに響いてくる。

 

 チリッ、チリリ、チリリッ、チリッ。

 

 〝理屈ではわかってても修羅の道を行くと決め捨てたものが、心の外で細い紐で繋がってて(うず)くんだよ……〟

 

 〝おお婆様。人を殺めるなら、殺められる覚悟は皆あるはずだよな? この戦乱の中生きてるんだ。そうなってもあたしは受け入れるよ……それがなんであれね〟

 

 〝夏夜を殺すなら、あたいは里の者にとって敵になるな。あいつら二人は、あたいにとっては身内みたいなもんなんだ。お役目で失敗して、死んだおとうと、おかあの時は、そばにいなくて何もできなかった……だから、今そばにいる夏夜は、守りたいんだよ〟

 

 〝修羅の道を歩き、血山を築こうとも大事なものはあるんだよ、おお婆様〟

 

 〝あたいらは、人を(あや)めておまんま食ってるんだ。せめて身近な……家族くらい助けようと思ってもいいだろうがよ。家族への情さえ忘れたら……あたいらは、獣にも劣るじゃねぇか!〟 

 

 〝いつかはこの業の報いは来る〟

 

 〝ならその時まで大事なもの一つ位守っても、いいんじゃねぇか?〟

 

 

 二人の脳裏に声と同時に映像が点滅しながらコマ送りのように流れ消え、二人の頬を自然に湧き出てくる涙が伝い落ちてゆく。

 

 ワたしの大事なもの、イリア、トリアス……。

 

 僕の大事なもの、メイム、イリア……。

 

 モモカノ、キオクニフレタコラヨ、シュラノミチヲイコウトモ、ダイジナモノハ、マモリナサイ、ケッシテハナシテハ、ダメデスヨ。

 

 ココデノキオクハ、キエテシマウケド、モウダイジョウブ、アナタタチハナニモノニモマケナイ、カクゴヲウケイレタノダカラ。

 

 カエリナサイ、アルベキトコロヘ。

 

 二人の頬を伝う涙が淡く光りを発し、メイムとトリアスを包んでいき周りの景色が徐々に薄れ、メイム、トリアスは眠るように意識が沈んで行った。

 

 

 そこに、息を潜めるようにカヤとモモカの記憶世界を覗く者がいた。

 

 厳重に施された心層防壁を掻い潜り見ている者、シエル。

 

『二人が全演算力を子供達の保護と記憶世界構築に傾けたお陰で、一気に七十四階層まで突破できましたね。しかし、これほどの幻想世界を構築するとは、モモカは侮れない亜神ですね。二人の力の根源は幼い時から積み重なり、ここで開眼したのでしょうか?……まだ、情報が足りませんね。!? この声は……二人の者ではない、誰なのですか?この声は――究極能力(アルティメットスキル)の声? !! いけませんね、防壁の一部が何かを探し始めましたか。今日はここまでにしましょう。あなた達二人がリムル様(マスター)に仇名す者なのか、見極めなければなりません。次はもっと、深い処へ』

 

 シエルは記憶世界に来た痕跡の一切合切を完璧に消し、カヤとモモカの記憶世界を後にした。

 

 

 

 一方イリアはカヤが夏夜だった記憶、乱破ノ里壊滅の記憶世界に居た。

 

 燃え落ちて行く家屋、飛び交う絶叫に怒号悲鳴、初めて見る壮絶な争い。

 

 見た事もない鎧を来た男達が、イリアと同じような恰好をした男女と戦っていた。

 ある者は槍で刺し貫かれ、ある者は胴を斬り裂かれ、散らす血飛沫と共に倒れて行く。

 

 イリアの所へ一人の男が駆け寄ってきた。「何してる、戦わないと死ぬぞ!」その男はそれだけ言うと駆け去っていき、イリアは武器を持ってるか自分の体を確かめる。

 

 腰に見た事ある剣が差してあり「これ、カヤ姉さんと同じ剣だ。

 確か……打刀」柄に手を掛けて鞘を左手で掴み、グッと鍔を押してみると鯉口が切れ、スラーッと刀身が姿を現した。

 

「少し重いかな?」両手で柄を持ち、ブロードソードみたく振ってみて、「いけそう」そう呟いた時イリアの目の前に足軽兵が飛び込んでくる。

 

 突き出された槍を刃で弾き、足軽兵の胸元へ飛び込む。

 

 男の胸に刃が刺さり背中へと、白く輝く刀身が血を滴らせながら伸びてきた。一気に刃を引き抜くとゴトリと鈍い音を立て地面に倒れ、イリアを憎悪で焼き殺すかのように睨み、絶命した。

 

 その瞬間黒い狂気に染まった手が、イリアの肩に伸びてきて恍惚にも似た声で、イリアに語り掛けてきた。

 

『私をイジメル奴は、みんな殺そう、よ。私をイジメタあいつみたいに首の骨を折る?あ、ここ階段ないや。そうだ、せっかく大きな剣があるんだから、皆斬り刻んでやろうよ私にはその力があるんだよ。さあ、さあさあさあさあさあさあ! 皆殺しにしてやろう』

 

「そうだね、私に痛いことする奴は――殺そう、ぜんぶ」

 

 死んでもこちらを睨む男の頭を思い切り踏みつけ頭蓋骨を踏み割り、口端が次第に上に上がって行き、嬉しそうに口を歪め笑う。

 

『チッ……一人目で引っ張られていくか。イリア抗え、自分を否定しちゃダメだ』

 

 悪鬼の如く、まさにそれだった。イリアは目に付く者を片っ端から斬り、刺し、蹂躙していく。

 

 足軽兵も、乱破ノ者さえも目に付く者は見境なしに斬り殺していくその姿は、殺人鬼などを通り越した何かであり、イリア自身も沸き上がる殺意と狂気の影に抗えず、寧ろその心地よさに身を任せ、己に刻み込まれた暗殺技を惜しみなく振るっていった。

 

 疾風の如き里を駆け抜け、暮れる夕日に映る赤い影と化し狂気の、咆哮を上げる。

 

「ウアアアアアアッ! こんなにも、私をイジメル奴らがいる! 足りない! もっと! もっと! 血を、悲鳴を、見せて、聞かせてよー!」

『そうだよ、イリア。イジメル奴らはみんな、殺そうよーー! アハハハハハハッ! イジメル奴らは悪だ。私はそれを断罪する者なのよー ある意味正義なの、だからもっと、私と一つになろうよ! さあ、完全に一つになって、悪を裁こう!!』

 

 イリアの肩に回された黒い両手が頬を優しく撫で囁く、狂気の世界へ行こうと。

 

「もう、あんな辛いことは嫌だ、大好きだったお母さんもいない、私には誰もいない、もう誰も……だ……れも、 メ・イ・ム、ト・リ・ア・ス……た・す・け・て」

『ダメだよ、イリア。私は私が一番嫌いでしょ? 人殺しの私が。だから、何もかも忘れて、何も感じない世界に行きたいって願ったでしょ。メイムとトリアス達と慣れ合ってても、何者でもない私になりたいって願ったでしょ? 忘れたの? この苦しみから逃げたい、でも私をイジメル奴らは殺したい。その為の私なんだよ。抗わないで、もう少しで私達の願う、何者でもない者になれるのよ! 私達』

 

 微かに残る自我が呼び起こす。

 

 メイムとトリアスとの記憶。

 

 一人、また一人といなくなる仲間の子供達、畏れ、不安、そんな中どんなことをしても生き抜こうと、励まし支え合った日々。まだ、その思いの欠片がイリアの心に残っていて、ほぼ狂気の闇に喰われかけてても、その欠片だけが闇に抗っていた。

 

 左手を顔にやり、溢れ渦巻く殺意と狂気の乱流に飲み込まれまいと抗うも、一度殺意と狂気に身を任せる甘美を味わうと、その誘惑を完全には断ち切れない。

 

 左手で顔を掻きむしりながら、必死に心に残る思いの欠片に手を伸ばすがその手を黒い手が阻み、残る一欠片すら喰い潰そうと真っ赤に染まる口を開ける。

 

 呻き、藻掻き暴れるイリアの前に、一人の少女が現れた。

 

「ウガッアァァァ!? あなた、だれ? あなたも私を、イジメルの? 痛いことするのか、なあぁーー!」

 

 狂気の声を上げ少女に斬りかかるがあっさり躱され、少女は手に持つ打刀の刀身を返し峰でイリアの背中を打った。打たれた勢いで地面に転ぶもすかさず身体を跳ね起こし、黒い殺意を込めた目で睨み上げる。

 

「なんで! イジメルの! 私は何も悪くないのに! どうして、どうして……酷いことするの……あなたなんか、あんたなんか死んじゃえ!」

 

 怒りと憎しみが溶けあった声を張り上げ、少女に斬りかかるイリア。

 

 しかし、その斬撃は悉く空を切り、空しく光る白い軌跡だけを残していく。

 

 徐々に増えて行く黒い手はしっかりとイリアを掴み絡んでいき、イリアの纏う気が変貌し始める。

 

 狂気の殺意、命あるものを全て殺し尽くしても止まらない、殺戮者。

 

 それを見た、少女は手に持つ打刀を地面に突き刺し、自身の闇に侵食されていくイリアに語り掛けてきた。

 

「そうあんたは、悪くない。でも、それでも業を背負ってしまったんだよ。最初のが事故だとしても、幼くてもそれはあんたの業なんだ。悪だ善だと言っても、力ある奴が善にも悪にもなれるんだよ。人は生まれながらにして、闇と光の部分を持って生まれてくる。それを制するのも、己なんだよ」

「なにがわかるの?、あなたに、なにがわかるのよ!! 私をイジメタ奴は死んだら、私が悪者って……ずっと耐えて来たのに、我慢したのに、憎くてしょうがなかったから突き落としてやったんだ! 誰も助けてくれなかった、どんなに父さんに言っても、助けてくれなかったんだよ!!」

「うん、わからないよ。でもね、あんたは敵を殺しただけだよ」

「て、き?」

「あんたを虐め殺そうとする、敵だよ。あんたは一人、継母とその息子二人の虐待に耐えて来たんだ。そいつらは、あんたの敵だ。自分に喰われるな! あんたは敵を、殺しただけなんだよ。イリア!」

「もういいんだ、私の中の私が力をくれるの、みんな殺そうって。私をイジメル奴らを、みんな滅ぼそうって、ねええええええっ!」

 

 黒い手がイリアの顔を覆った刹那――

 大気が弾けた。殺意ではなく純粋なる狂気の波動。

 

「イリア。生まれたばかりの狂気なんて、あたしには通じないよ。見せてあげる、本当の狂気を、殺意を」

 

 少女はそう告げると、己の中の殺意を、完全開放した。

 

 イリアの狂気の波動を軽々と押し返し、少女の殺意はイリアの周りをゆっくりと囲んでいき、少女が静かに語り掛けるように言霊(ことだま)を紡ぐ。

 

 

 闇は、光に

 

 光は、闇に

 

 光さえも喰らう、闇

 

 我は、その闇さえも、喰らうもの

 

 闇を愛し、闇に生き、暴れ狂う殺意さえ愛すもの

 

 我は、無情なるもの

 

 我は、闇夜影千流の、使い手

 

 我は、乱破のもの、夏夜

 

 

 圧倒的な殺意の覇気に、イリアの狂気が喰われ……消滅していく。

 

『なに!? こないで! やめて! あたしを喰わないで……やめて……消えてしまう……くるな、あっち……い、け……き……え……る』

 

 その場に崩れ落ちしゃがみ込んで膝を抱え顔を埋め、消えゆく狂気にただ力なく言葉を並べいくだけだった。

 

「まって! ダメ! 消えないで! どうして、どうして、私を置いていくの……嫌だよ、一人にしないでよ……側にいてよ……」

「イリア、置き去りにしたのはあんただよ。己の闇を畏れ拒絶したのは、あんただ」

「違う……あたしは受け入れたじゃない、それなのに……」

「それは、逃げたんだ。己の闇に喰われてもいいと。意思の無い、何も考えない者になりたいと(すが)っただけだ」

「怖かったの……私をイジメル奴らを殺したくなる衝動が。サイファーに売られて暗殺技を教え込まれて力を得るたびに、私の中の私が殺そう、もっと殺そうって私を抱きしめ囁きかけて来るの。その声はとても心地よくて、夢の中にいるみたいで暗殺をしても、何も感じないの。寧ろ、それが私を守ってくれてるみたいで、私は何者でもない何かになりたいと、願った……の」

 

 カヤはしゃがみ込み膝を抱えるイリアの側にいくと、頭の上に右手を置き優しく労わる様に撫で、語り掛ける。

 

「あたしもさ、最初から強かったわけじゃないんだよ。モモカがいて、小梅姉さんがいて、(とう)(かあ)様がいて、いろんな人に守られていたんだよ。モモカ以外は皆……燃え盛る里の中で……戦い、死んでいったんだ。あんたが今見てる、ここでね」

 

 そう言ったカヤの顔を見たイリアは、寂しそうに笑うカヤに、病で死んだ母親が最後に見せた笑顔を重ね見た。

 

「ここで?」

「そう、ここであたしの大事なものはモモカ以外、皆消えたんだ。あたしの所為(せい)でね」

「……。カヤ姉さんはその罪に押し潰されなかったの? 逃げようとは思わなかったの?」

「存在事消えてしまいたい、これがあたしの願いだった。でもね、背負った業は消えないし、忘れてはダメなんだ。殺す覚悟、殺される覚悟、いつかは訪れるだろう報い、それを受け入れる覚悟。全てを受け入れ、己の中の闇も喰らい、受け入れる覚悟。いろんな覚悟を背負う事に潰されない、強固な意志。イリア、修羅の道を行くという事はこう言う事なんだよ」

「難しくてよくわからないけど、私の選んだ道は覚悟がいるという事は、わかる」

「まあ、あたしもあんまり偉そうな事言えないんだけどね。何度も心折れそうになったしねぇ」

「え? そうなの」

「そうだよ。でもさ、そんな時にいつもモモカがいたから、あたしがいるんだよ。イリアにもあるだろ、大事なものがさ」

 

 そう言いながらカヤは、イリアの胸の真ん中を人差し指で、優しくトントンとする。

 

「だいじなもの、私のだいじなもの、は。メイムとトリアス……私はあの子達と同じ時を、生きたい!」

「そっか。なら、やることは一つだよ、イリア。己の闇を喰らい飼い慣らしな。あんたの中で、狂気に満ちた闇をね。それも、あんただ」

 

 カヤはそっと右手を差し出すと、イリアはその手を掴みカヤはゆっくりとイリアを引き起こした。

 

 引き起こされたイリアはそのままカヤの前に立つとカヤが「いける?」と聞きイリアは「うん、大丈夫。ありがとう、カヤ姉さん」そう返すとカヤから離れ、まだ微かに残る肩に回された黒い手に自分の手を重ね、目を閉じる。

 

(ごめんね、あなたに全部押し付けて。でもね、もう私は私を恐れない。ほんとうに一つになろう。私は私を、否定しない)囁くように言い、言霊を紡いでいく。

 

 

 闇は、光に

 

 光は、闇に

 

 光さえも喰らう、闇

 

 私は、その闇さえも、喰らうもの

 

 闇を愛し、闇に生き、暴れ狂う殺意さえ愛すもの

 

 私は、無情なるもの

 

 私は、何者も恐れないもの

 

 私は、闇を喰らい飼い慣らすもの イリア

 

 

 己の狂気に満ちた闇を喰らい、イリアの最後の枷外が外れた。

 開いた目には、もう何者も恐れない、修羅の道を行く覚悟が秘められていた。

 

 そこへ、カヤがこれが最後だよと打刀を構え、イリアもそれに(なら)い、お互い正眼の構えで対峙する。

 

「あたしの斬撃を、防いでみな。本気で殺しにいくから、この一太刀(ひとたち)を受け損なうと、死ぬよ」

 

 そう告げるとカヤの纏う気が大気を裂き、イリアの頬を冷たく撫でるように広がり、家々が燃える炎と暮れゆく夕日に、カヤとイリアは真っ赤に照らし出されていた。

 

 記憶世界で、カヤが夏夜であった頃に放った修羅の気の再現に、イリアは打刀を持つ手が小さく震えるのを、浅い深呼吸と深い深呼吸を繰り返し、震えを止めた。

 

(これがカヤ姉さんの、本当の姿……こわい。でも、私も修羅の道を行くと決めたんだ! この一太刀は、絶対に受け切って見せる!)

 

 イリアは打刀を構えたままスッと目を閉じ、全方位から迫るカヤの殺意を乗せた斬撃の軌跡を予測しようと、五感を鋭敏にしていく。

 

(違う、違う、これも違う。首か、心臓か、それとも……。目の前にいるはずなのに、気配が消えてる。殺気だけがあちこちから……飛んでくる。!? こっち!)

 

 首筋に冷やりとした殺気を感じ、そこに刃を動かそうとしたら、頭上へ微かに触れた殺気を感じ刃を頭上に上げた刹那――

 

 火花が散り激しい耳を(つんざ)く金属音と共に

 

 カヤの刃が振り降ろされていた。

 

「ハアッ、ハアッ。と、めれた……」

 

 張り詰めた気が一気に緩み、激しい息遣いに顔を歪めながら、腰が砕けそうになるのを必死に耐え、カヤの目を見据える。

 

「よく止めたね。これで、もう何があっても迷う事はないよ。頑張ったね、イリア」

 

 頑張ったねイリア、その言葉を聞いた瞬間今まで抑えてたものが破裂し押し寄せ、止めようのない涙が溢れ、手に持つ打刀を投げ捨てカヤの胸に飛び込み、声を上げ泣いた。

 

 わあわあと泣くイリアを優しく抱きしめると、カヤはイリアの背中を柔らかく、ポンポンと叩きながら囁くように静かに唄う。

 

 おさとのおそらは まっかっか~

 

 お山のカラスは カアカアと

 

 ねぐらにかえるよ あかのそら

 

 ゆれるゆうひに こだぬきが

 

 トンボにせかされ おうちにいそぐよ あかのそら

 

「これ、子守唄なの?」 

「あたしの(かあ)様が、小さい頃に悲しいことや怖いことがあった時に、よく唄ってくれた唄なんだよ」

「そう、なんだ……いい唄だ……ね」

 

 イリアは次第に薄れて行く意識の中で、ボンヤリとした何か暖かいものに触れた気がした途端、眠りに落ち、その中で聞き慣れない声が聞こえて来た。

 

 チリリッ、チリッ、チリリ。

 

 カヤノキオクニフレタコヨ、モウダイジョウブデスヨ、アナタノタマシイニハ、ナニモノニモマケナイカクゴガ、キザマレマシタ。

 

 ココデノコトハワスレルケドモ、オソレズニススミナサイ、サアイキナサイ、アナタノカエルベキ、トコロヘ。

 

 

 泡が拡散する様にカヤの記憶世界が消えていき、カヤ達は現実へと帰還する。

 

 

 正座したまま左手は膝に置き、右手は人差し指と中指を立て残る指は軽く握り眼前に構えたままのモモカは、「解!」言霊を発し右手を真横に振ると、メイム、トリアスに置かれていた呪符が青白い炎を上げ霧散し、モモカ達を覆っていた光も拡散するように消え失せた。 

 

 ゆっくり目を開けたモモカの目に入ったのは、椅子に座りこちらを見てるテスタロッサであった。『思念伝達』でカヤにイリアの事を聞き無事終わったと聞き、ホッと安堵の溜息を吐く。

 

「おかえりなさい。終わったのね」

「ただいま。終わったわ」

 

 微かな笑みを口元に浮かべ言うテスタロッサに、モモカも同じような笑みを浮かべ返す。

 

『モモカ、イリアが起きたらそっちに帰るよ。ちょっと疲れたからあたしも、休むわ』

『ええ。こちらも無事終わったから、ゆっくり帰ってくるといいわ。じゃあね』

『うん、じゃあね』

 

 カヤからの『思念伝達』が切れ、軽い寝息を立て眠る、メイムとトリアスに目を移し「よく頑張ったわね」静かに囁き掛ける。

 

 




 ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!

 次回の更新も、読んで頂ければ幸いです。






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