転生したらネコムスメなんだけどの件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました! 四十七話です。


四十七話 あほんだら

 

 

 いつものように低位活動状態中(スリープモード)のカヤは、不思議な夢を見ていた。

 

 それは、古い街並みの風景であり、見覚えが無いのに何故か懐かしく感じる風景であった。

 

 

 

 西暦八百三十年頃の平安京。

 

 そこの都では稀代の呪符術士、闇夜沙羅(さら)とその夫、闇夜影千流の創始者、闇夜那破刀(なはと)が都を襲う人の姿をした化け猫、大妖怪猫又と死闘を繰り広げていた。

 

 

 その、突如として現れた(あやかし)は、人の血肉と魂を喰らい。時の天皇から恐れられ、腕の立つ術士、武士などに討伐を命じたが、その事如くを返り討ちにし、猫又は「我はこの都の全ての人の魂を喰ろうてやろう! 次の満月には、都全ての人間を滅ぼしてくれようぞ!」 貴族の着物を着て、妖艶なる美女の姿をした猫又はそう言い残し、姿を消した。

 

 そして、次の満月に十二の眷属を引き連れ、都に現れる。

 

「沙羅! 奴の眷属、三匹は倒した。しかし、こちらに来ていた術士は、俺以外、皆やられた……」

「無事でしたか、那破刀。私の方も、四匹の眷属を倒しましたが……こちらも、私だけになりました」 

「残るは五匹か」

「一族の者総出で討伐に出たのです。程なく眷属は、始末できましょう。しかし、眷属でこの力とは、他の上級術士や、手練れの武士が()られるわけです」

 

 顔立ちは、キリッとした顔立ちで髪は灰色の若い男、那破刀が右手に妖槍・鈴蘭を持ち、左腰に妖刀・千鳥を差していて、黒く腰下まである髪を首後ろで束ねた、少しあどけなさを残し綺麗な顔立ちをした、沙羅という女性の前に立つ。

 

 沙羅は地面に横たわる幾人もの亡骸に目を落とし、力なく答えていた。

 

 男は、白色の着物に上から藍色の狩衣(かりぎぬ)と言う上着を着て、下は黒い小袴を穿いており、狩猟などをする時の恰好であった。一方沙羅と呼ばれた女性は、朱色の小袖と緋袴に、水干(すいかん)と言う白い上着を着ていて、長い黒髪を首後ろで纏め、その上から白い和紙で作った丈長(たけなが)で覆い、巫女装束にも似た恰好であった。

 

「よく生き残ったな、沙羅。残るは、猫又だけだな」

「いえ。あなたも、こちらの世界に来て弱体化したとはいえ、常世(とこよ)影千流を極め、新たな闇夜影千流を編み出したのです。私など、あなたに比べれば……」

「ところで、彌恵(やえ)桃華(ももか)香弥(かや)は無事に都を出たか?」

「ええ、私の弟子と、あなたの一番弟子に託して、もう都を出ています」

「そうか……。ならば、後は猫又を討つのみ!」

「はい。気落ちしてる場合では、ないですね。必ず、猫又を討ち果たしましょう!」

 

 那破刀は、沙羅をゆっくりと抱きしめると、この世界に偶然召喚されて、召喚者の沙羅と出会った頃を思い出していた。

 

 那破刀は戦場(いくさば)の死体を依り代に、この世界に具現化した悪魔族の一人。

 

 何故、世界も時間軸も違うこの世界の術者の召喚術式が、魔界に届いたのか?

 それは今でもわからずにいたが、魔界に帰れずとも沙羅と夫婦になり、三人の子を授かっていた。

 

 そして得も言われぬ想いから、己と重なる魔界の男。

 

(フッ。黒の眷属であり、その黒に事ある毎に勝負を挑んでいた俺が、眷属ならぬ人間の子を成した。そう、俺は眷属ではなく、本当の子孫が欲しかったんだ……。今更思い出すとはな……ノワールの事を)

 

『クククク。あなたも、懲りないですねぇ、グリ』

『ノワール。その名で俺を呼ぶな! 俺はナハトだ!』

 

 ノワールと呼ばれる悪魔族の男の前に、髪だけが灰色の男が、ボロボロの姿で片膝を付き、震える体を支えていた。

 

『おやおや、いつぞや召喚された時に、召喚主から気まぐれにナハトと呼ばれたのを気に入ってたのですか? これは失敬。私の眷属であるのに髪が灰色ですから、グリと呼ばれるのは、嫌でしたか。ナハトと呼ばれたかったら、私に勝つしかありませんよ? もっとも、私は負ける気は、サラサラありませんが。ククク』

『ぬかせ! ノワール! 今は無理でも、力を蓄え必ずお前を、倒す!』

『いいですねぇ、その殺意。だから、私も本気で相手にしてるのです。グリ、あなたは、強くなって何を望むのですか?』

『俺か? 俺は、俺だけの眷属が欲しい。いや、人間で言う子孫が欲しい』

『子孫? あなたがですか? これは、面白い。いや、悪魔族たる者が子孫が欲しいとは、中々の壊れっぷりですねぇ。クククク。できるならば見てみたいものですね、悪魔族の子孫とやらを。あなたは、イレギュラーなのですよ。眷属としては、ね。ククッ』

 

(そうだな、何時からかは忘れたが、俺は一介の眷属であることが、我慢できなかったんだ。そんな時に、不思議な見た事も無い、召喚術式が魔界に届いた。それを見た俺は、何故だか引き寄せられるように、その召喚に応じてしまった。そして、日ノ本と言う世界に俺は召喚され、沙羅と出会ったんだ……)

 

 抱きしめられたまま沙羅は、もの思いに耽る那破刀に問い掛ける。

 

「どうしました? 那破刀」

「いや、少し、昔の事を思い出していてな」

「そうですか……使役する鬼を呼ぶつもりが、まさか悪魔族のあなたが来るなんて、びっくりしましたよ。クスッ」

「フフッ。俺も、まさか別世界へと召喚されるとは思わなかったな。おまけに、魔界へは二度と帰れなくなったが」

「後悔、してますか?」

「してはいない……が、俺の古い、元主に、俺達の子供達を見せられないのだけが、心残りではある。しかし、あいつは中々の、クソッたれ野郎だからな。いつか俺達の子孫が魔界の門を開けれることに、期待しよう」

「子孫ですか。彌恵と桃華は凄まじく高い、霊力を有しています。そして香弥は、あなたの闇夜影千流を、真に受け継ぐべき者となるでしょう」

「……いつぞや、言っていた夢見の話か?」

「はい、千鳥を携えた香弥の横に、彌恵か桃華の子孫が並び立ち、笑い合ってる風景を夢に見ました。私の夢見は、断片的な事しかわからないのですけども。フフフ」

「何故香弥なのかはわからぬが、俺の魂の影響を受け、長命なのかも知れんな」

「フフッ。よいでは、ありませんか。確かに私達の子孫は、未来に受け継がれているのです。それに、私の夢見は外れたことは、ありませんよ。でも、完全に未来が決まるわけでもないのです。幾つもの道から、あの子達がどれを選ぶかまでは、判りません。あの子達が笑い合ってる姿は、どの道を選んだのか……でも、私は信じております。だって、あなたと私の、子供達だから!」

 

 沙羅は、優しく、それでいてはっきりとした言葉を那破刀に送り、そっと那破刀の唇に、自分の唇を重ねていく。

 

 沙羅は十三才の時、戦場(いくさば)で使役するために呼び出した那破刀に、幼い頃に見た夢見の男だと、一目見てわかった。自分の夫になり、三人の子を授かる夢見であったのだ。

 

 それから、沙羅はナハトから聞いた名前に、日ノ本の文字で、那破刀と与え、常世影千流を教え込んだ。

 

 那破刀は、砂が水を吸収するように次々と技を覚え、三年で常世影千流を極め、新しく自らの流派を立ち上げ、闇夜影千流の創始者となったのであった。

 

 沙羅十六才の時、闇夜家の当主として、那破刀を夫に向かえる事を一族に告げる。

 召喚した(あやかし)を夫になどと、普通ならば反対する者がいるのだが、誰一人として、意を唱える者などいない。

 

 何故なら、古来より闇に深く関わり、負の感情を媒介に呪符を操りし一族であり、開祖は半妖半人であるとも、言い伝えられていたからだ。

 

 十七の時に最初の子、彌恵が生まれる。

 

 その中沙羅は、夫の那破刀が弱体化した事に気づき、那破刀から理由を聞き、それは那破刀の世界での(ことわり)

 

 子をなすと魔物はその力を子に持っていかれると聞かされ、その理もこちらでは幾分か弱まり、後二人は子を成せると言うも、沙羅は反対し「もう、これ以上、あなたの寿命を、削るわけにはいかない」と拒むも、悪魔族たる自分が、子を成すのは自分の確固たる願いだと説き伏せ、沙羅も間を置くことで渋々納得をした。

 

 それから、二十才の時に桃華が生まれ、二十五で、残る全ての力を香弥が受け継ぎ生まれてきた。

 

 最初に生まれた彌恵、八才の時である。

 

 その三年後に、猫又が都に現れ人間を滅ぼす宣言をし、大勢の術士、武士などが立ち向かうも敵わず、裏で厄災から都を守る沙羅達、闇夜一族に天皇から討伐の命が下りる。

 

 沙羅達は強大な猫又に一族が滅ぼされることを予見し、一族の子供達を都から逃がし、猫又と十二の眷属に立ち向かう。

 

 眷属との死闘で都に居る闇夜一族は沙羅と那破刀だけになり、猫又もまた十二の眷属を失っていたのであった。

 

「那破刀。禁呪、〝異界転葬〟を使います。術が完成するまで、足止めをお願いしますね」

「沙羅! 己の魂を贄に発動する、禁呪を使うのか!?」

「はい。恐らく、猫又を滅するのは敵わぬでしょう。奴が、何故あのような怨念と憎しみの塊になったのかはわかりません。世にある全ての悪意の集合体とでも、呼べばいいでしょうか。今の私には、奴を異界に封じ込める事しか、できません……」

「……そうか。ならば、俺は残る命全てを燃やし尽くし、奴に立ち向かおう。俺の命は常にお前と共にある。これからも……お前が死しても、ともに在りたいと願う!これが、俺のお前に対する、思いだ!」

「ありがとう、那破刀。魔界の悪魔族の男。この地に召喚され生身の体を得ても、あなたに、愛してると言う感情は最後まで芽生えなかったけども……共に在りたい、その言葉だけで、私は充分です。あなたを愛し、三人の子を授かり、本当によかった」

 

 抱き合ったまま、沙羅は微笑み告げると、ツーっと一筋の涙が頬を伝い、雫となって落ちていく。

 

 その涙を那破刀は指で掬い、耳元で「すまぬ」と言うも「何を謝るのです。ニ度と帰れぬ世界に縛り付けたのは、私なのですよ」と、更にきつく那破刀を抱きしめて泣き笑いのような顔で言い、那破刀の胸に顏を埋める。

 

 ふうっと、柔らかな風が舞い、道に落ちてる落ち葉がカサカサと音を立て揺れ、二人の重なった体の間をゆるりと通り抜け、沙羅の髪がふわりと舞う。

 

 意を決したように二人は体を離すと、最後の戦いの場へと駆けてゆく。

 

 猫又との戦いは熾烈を極め、那破刀は闇夜影千流の奥義全てを尽くし戦い、乱れ飛ぶ呪符の中、沙羅は言霊を紡ぎ上げ、〝異界転葬〟の術式を構築していく。

 

 ふるべ ゆらゆらと ふるべ 我が(たま)つかい よぶは 乱るる 荒御魂(あらみたま) 

 

 ゆうに はえるは あからひく 我が血をすいたる あかき〝かど〟()

 

 ぬばたまの やみに いづるは かみよの ほこら

 

 みるもかなわぬ うつせみに やみにかくるは 流転のしるべ    

 

 ふるべ ゆらゆらと ふるべ よるのころもを まといし わがみ   

 

 〝かど〟()にはいるに ささげしは あからあめを ふらしたまへ  

 

 虚空にはえる(映える) 幻世(げんせ)の鍵よ あけよ つなげよ かみよの〝かど〟()よ  

 まわしたまへ ささげたまへ 贄にささげし 魂血(こんけつ)つかい ひらく〝かど〟()

 

 ふるべ ゆらゆらと ふるべ あけよ おくれよ あかき〝かど〟()      

 

 人差し指の先を切り、流れ出る血で宙に呪文を梵字(ぼんじ)で書き綴り、書き終えた端から指先で四方に飛ばす。

 

 同時に〝禹歩(うほ)〟を使い右足で地面に呪文と五芒星を書き込んでいき、宙に飛ばされた梵字と地面に書かれた呪文と五芒星は呪符が如く、青白く光り輝いていく。

  

 後少しで術の完成を前に、那破刀が力尽き倒れる姿が、沙羅の目に飛び込んで来た。

 

 くるりくるり、まるで舞う様に回りながら呪文を綴る沙羅の頬に、幾すじかの涙が伝い、宙に振り散っていく。

 

 それでも沙羅は術を構築する手を止める事は無く、次々と呪文を書き綴る。

 

「ははははは! 中々に手古摺らせてくれたが、そこまでかのう、人間!」

 

 猫又の爪でズタズタにされてもなお、立ち上がろうとする那破刀に、底冷えのする声で言い放ち、落ちてる妖槍・鈴蘭を掴むと、一気に那破刀の胸を刺し貫く。

 

「まだ、だ。さ……ら……冥界で、も、おま、え、の、魂と、ともに…………」

 

 那破刀は刺し貫かれながらも、そのままズリズリと前進し柄を掴む猫又の右腕を抱え込む様に掴み、左手に掴んでいた千鳥がカシャリと音を立て落ち、そのまま絶命した。

 

「那破刀……私の魂は、永遠に輪廻の輪から外れるのです……ごめんなさい――」

 

 その瞬間、見えざる手が猫又を掴み、後ろの空間が歪、猫又を包もうとする。

 

「なんじゃ、これは! 離さぬか! くそっ! こ奴既に死んでおるのに、石みたいに硬く動かぬではないか! それに我を掴む見えざる手は、なんだと言うのだ!」

「猫又。それは、お前を異界に送る門。この世とは違う異界へと誘う、禁呪!!」

「なんじゃとおおおおおおおおおおおお!!」

「いきなさい、異界の地へ! 〝異界転葬〟!」

 

 短拍手を鳴らし、術の完成であった。

 

 

 が。

 

 短拍手は鳴らず、斬り飛ばされた自分の左腕が眼前に飛び込み、ハッと後ろを振り向こうとするより早く、背中から胸までを貫く手刀が目に入り、その場に崩れ落ちていく。

 

 カハッ!

 

 口から溢れる血を吐き首を上げ、己を刺し貫いた者を見ると、人の姿を模した女の(あやかし)が、鈍く光る金色の目を沙羅に向けていた。

 

 貴族の従者の着物を着た女の顔は、人形の顔を張り付けた様に一切の表情が無く、猫耳が頭の上でピクピクと動き、整った顔立ちが余計に不気味さを漂わせ、爪を伸ばした両手からは血が滴り落ちていた。

 

「遅れて申し訳ありません、猫又様」

「おおおぉ! 爾螺(じら)よ、肝を冷やしたぞ」

「都にいる闇夜一族の者共を始末するのに手間取りまして、申し訳ありません」

「よいよい。して、皆始末したか? こ奴らの血は絶やさねば、他の術士と違い厄介極まりないからのう」

「はい。しかし、こ奴らの子供達は都の外へ逃げたと、思われます」

「そうか。では、残りを始末し、喰ろうてやろうかのう。クカカカカ」

 

 嬉しそうに舌なめずりをして、千鳥を掴むと猫又と爾螺はその場から姿を消す。

 

 な、は……と

 

 胸を貫かれた沙羅は、這いずりながら那破刀の元にいき、残る右手で那破刀の頬を優しく撫でる。

 

「ゆ……油断、しまし……た。後一匹、伏兵がいたとは……」

 

 力なく言葉を言うと、那破刀の体が淡い光が霧散するように消えていき、そこには着ていた着物だけが、取り残されていた。

 

「あなたの魂は、輪廻の輪に入れたでしょうか……。できれば、冥界でもあなたと共にいたかった。この禁呪は、魂が輪廻の輪から外れるのです。永劫に闇の中を漂う一つの淡い光と、化してしまうのですよ……。彌恵、桃華、香弥、ごめんなさいね。母はここで、力尽きますけど、術は完成しています。彌恵……後は言霊を紡ぐだけ、鈴蘭をあなたの元へ飛ばします。……私の愛する娘達、母の最期の役目を押し付けて……ごめんなさい。彌恵……桃華と香弥を守って、ね。さあ鈴蘭、お行きなさい、彌恵の、もと…へ…………」

 

 最後の言葉を鈴蘭に告げ、短い息を一つ吐くと、沙羅の命の火が、静かに消えていった。

 

 イィーーンと振動音を立てて震える鈴蘭は宙に浮き、白み始めた空へと向かい飛翔して行く。

 

 うっすらと明るくなり始めた空に、薄く照らされた道を走る、四つの人影があった。

 

 香弥を背負った那破刀の弟子は、近づきつつある妖気に気付き立ち止まり、香弥を降ろすと、彌恵に向かって四人で逃げるように告げる。

 

「彌恵様。妖気が近付いておりまする。四人でお逃げください、私が足止めをします!」

「いえ、それには及びません。既に奴らは来てます」

 

 弟子の言葉に、彌恵は静かに答え、袂から呪符を取り出すと周りに飛ばし、結界を張った。

 

「幻魔障壁符・金剛招来」

 

 パンと短拍手が鳴り響くと同時に、何者かの攻撃が弾かれ凄まじい音が耳を突く。 

 

 前後を挟む様に、猫又と爾螺が姿を現した。

 

「ちっ! なるほど。小さくとも奴の娘か、ここで確実に殺さねばのう!」

 

 結界に阻まれ、近づけない猫又は忌々し気に吐き捨てる。

 

「あなた達は桃華を連れて、逃げてください。少しの間、猫又達の目を晦まします」

「彌恵様、それはなりませぬ! ここは私にお任せを!」

 

 しかし、幼いながらも彌恵は首を横に振り、しっかりとした口調で二人に告げる

 

「このままでは、本当に皆殺されてしまいます。猫又は、多分、香弥の微かに発する妖気を追って来たのでしょう。この子は(とう)様の魂を、色濃く継いでます。お願いします。桃華を連れて逃げてください」

 

 深々と腰を折り頭を下げる彌恵に、二人はそれ以上何も言えず、了承した。

 

「彌恵おねえちゃん、一緒に来ないの?」

 

 涙目で不安げに見る桃華に、彌恵は優しく答える。

 

「大丈夫よ。すぐに追いつくから、二人の言う事をよく聞いてね。桃華」

 

 「うん」と、返事をした桃華を二人に託し、彌恵は目晦ましの呪符を手にし、短拍手を鳴らし、呪符を発動させた。

 

 けたたましい音と共に、破裂したかのような光が辺りを覆い、空間を揺らし、猫又と爾螺は目が眩み、方向感覚を失う。 

 

 その隙に、彌恵は香弥の手を掴み走り出す。

 

 走りながら〝幻隠〟を掛けていき、桃華達から少しでも遠くに向けて走って行く。

 一方桃華達は、沙羅の弟子が同じく〝幻隠〟を掛け、反対方向に駆けて行っていた。

 

 目晦ましから回復した猫又は、辺りの気配を探るがどこにも、感じられなかったが、一つの遠ざかる微かな妖気に気付き、首を傾げるも、爾螺に逃げたもう一方の行方を追えと命じ、自分は妖気の感じる方へ進んでいった。 

 

 猫又に命じられた爾螺は、感覚を研ぎ澄ませて辺りを探るも、何処にも気配は感じられず、しばらくすると、猫又の元へ戻って行った。

 

 沙羅の弟子の女性は、攻撃呪符は苦手だった。しかし、気配を立ち隠れる〝幻隠〟には殊の外長けており、〝幻隠〟を使って隠れると、沙羅でさえ見つけるのに苦労した程であった。

 

 それ故、少し離れた所で〝幻隠〟を使い、ススキの生い茂る場所に息を潜め隠れていた桃華達を、見つける事が出来なかったのだ。

 

 香弥は、息が切れそうになるのを必死に耐えながら、彌恵に手を引かれ走っていた。

 

 昇ってきた朝日が目に飛び込み目を細めると、急に視界が真っ暗になり、地面に影が覆い被さるように押し倒されていた。

 

 覆い被さったのは彌恵で、彌恵の腕の隙間から、貴族の着物を着た化け猫がこちらを見下ろしていて、右手に握った千鳥の刀身(・・・・・)が朝日を受け、鈍い光を放ってるのを香弥は、凝視していたのであった。

 

 頬に流れ落ちる生暖かい物に鼻をスンスンと鳴らし嗅ぐと、鉄錆に似た匂いにそれが血だと分かり、恐怖に歯がカチカチと鳴り、覆い被さる彌恵の袖をギュッと握りしめた。

 

 急に目の前に猫又が現れ、刃を振り降ろした瞬間、香弥を庇い地面に倒れ伏した彌恵は背中を斬られ致命傷を追うも、その時頭の中に不可思議な声が響いていた。

 

《確認しました。『痛覚無効』を獲得……成功しました》

 

(なんなの、この声は……えっ? 背中の痛みが消えた? でも、この出血じゃもたないよね。香弥は守りたい……お願い、何者も近寄れない壁が欲しいの、お願い!)

 

《確認しました。『多重結界』を獲得……成功しました》

 

 

「何故に、そこの(わらし)から微かに妖気が漂うかは知らぬが、死ぬがよい!」

 

 二人毎刺し貫こうと、切っ先を彌恵の背中に付き立てようとするも、その切っ先は不可視の壁に阻まれ弾かれて、猫又は驚愕の声を上げる。

 

「なんじゃ!? 結界か? 死にかけの癖にまだ、霊力があると言うのか!?」

 

 ゆらりと立ち上がる彌恵は、寝たままの香弥に少しの間だけ目を閉じてねと言い、猫又にキッとした目を向ける。そこへ、戻ってきた爾螺が彌恵に襲い掛かるも『多重結界』に阻まれ近づけなくて、猫又がそんな爾螺に荒々しく声を掛けた。

 

「爾螺よ! 逃げた奴は始末したか!?」

「申し訳ございません。完全に気配を絶たれ、逃げられました」

「チッ! 雑魚と思うたが、とんだ使い手がいたものよのう。忌々しい!」

 

 言葉を吐き捨て後、猫又は急に空から降って来て地面に突き刺さった鈴蘭を見て、更に驚きの声を上げる。 

 

「次から次と、なんじゃ! 何処から来た、この槍は!」

 

 地面に突き刺さり、ビーンと音を立てて揺れる鈴蘭を彌恵は掴むと、凄まじい勢いで今まで鈴蘭を使って来た者の記憶が流れ込んできた。その中で鮮明な記憶が彌恵の頭の中を、満たしていく。

 

 父、那破刀の記憶であった。悪魔族であった頃の膨大な記憶、余りの多さに幼い彌恵の脳は悲鳴を上げるが、彌恵は心の中でこれに耐える力が欲しいと願う。

 

《確認しました。『思考加速』を獲得……成功しました》

 

 『思考加速』を手に入れた彌恵は、一気に千倍の『思考加速』を掛け、一つの魔法を探し当てた。

 

 ゆっくりと爾螺に左手を開き向けると、爾螺を拘束するように魔法陣が足元から出現した

 

 いきなり現れた積層型魔法陣に、爾螺は驚き藻掻くも、そこまで完成された積層型魔法陣からは、逃げる術も持たなかったのである。

 

「なんですか。これは!? 神々の術とでも言うのですか!」

「お前は何者じゃ、(わらし)よ!」

「わたしは、母、闇夜沙羅と、父、那破刀の娘、彌恵。そして、父は魔界の悪魔族で在り、この世界に召喚された魔物でもあるのです」

「魔界? 魔物じゃと……」

「そう。わたし達姉妹は、半魔半人なのです」

「半魔半人じゃと……そんな事があるものか! 不可能じゃ!」

「フフ。猫又、あなたが追って来た妖気は、妹の香弥の妖気ですよ。時間があまりないので、まず、爾螺、あなたから消えてもらいます」

 

 『思考加速』を使い、膨大な記憶を読み取った彌恵は、大人びた口調で告げ、詠唱を始めていく。

 

八百万(やおよろず)の神々に捧げ給う。我が祈りに答え、神通力を与えたまえ。隠世(かくりょ)御霊(みたま)を解放せしめせ。――滅せよ! 〝霊子崩壊〟(ディスインテグレ―ション)

 

「ねこ、また……さ、ま」

 

 荒れ狂う光の奔流が爾螺を包み、一瞬にして消し去った。

 それを見た猫又は、体をワナワナと震わせながら、言葉を吐き捨てた。

 

「我の右腕から作りし眷属を束ねる者を、いとも簡単に消し去るとは、童! 貴様は八つ裂きにしてくれようぞ!」

 

 激昂した猫又をものとせず、彌恵は鈴蘭に語り掛ける。

 

「ありがとう、鈴蘭。あなたが蓄えた魔素のおかげで、爾螺を滅する事ができました。後は猫又を異界に、送るだけです!」

 

 鈴蘭が彌恵に伝えた記憶の一つ、母、沙羅が掛けた〝異界転葬〟を、発動させることを託した、母の記憶。

 

 そして、最後の言霊を紡ぎ、〝異界転葬〟を発動させた。

 

「猫又、この世界から消えなさい! 〝異界転葬〟!」

 

 パンと短拍手が鳴り響き、見えざる手が猫又を掴み、異界に引きずり込んでいく。

 

「ぬわああああああああああああ!! 許さんぞ! 人間ども! お前の妹も異界に連れて行くとしよう!」

 

 憎しみの叫びを上げ、猫又は二本の尻尾を伸ばすと、香弥を掴み己と一緒に歪んだ空間に飲み込まれていった。

 

「おねええぇちゃああああああぁんんん!!!」

「かやぁああああああああ!!」

 

 尻尾に掴まれた香弥に手を伸ばすも届かず、歪んだ空間に猫又と共に飲み込まれていった。

 

 その時、彌恵に新たなスキルが与えられる。

 

 《確認しました。ユニークスキル『世幻者(ミエルモノ)』を獲得……成功しました》

 

 限定的な未来を見通す力を手に入れた彌恵は、これから香弥に起こる出来事を見た。

 

 完全ではないが、自分達の未来を見た彌恵は一つの決断をし、閉じかけた異界への空間へ、鈴蘭と千鳥を携え飛び込んだ。

 

 異界へ続く空間に飛び込んだ彌恵は、自分の体が分解され再構築されるのを感じると、世界の言葉に抗った、

 

「却下です! わたしを香弥の元に連れて行きなさい! 転生は却下です!」

 

 《確認しました。転生の却下……履行不能。再度実行……。――却下 再度実行……。――却下》

 

 止めどなく繰り返される世界の言葉に彌恵は抗い、魂だけの姿になり異界に飲み込まれた、香弥を探す。

 

 無数の流れる光の中で異界へと送られる猫又を見つけ、鈴蘭と千鳥に命令した。

 

『いい、鈴蘭、千鳥。今からあなた達の主は猫又です。あるべき者があなた達を手にするまでの仮の主です。今までの記憶を完全封印し、来たるべき時まで待ちなさい。そして、真の主が手にした時、全ての記憶を解放しなさい。さあ、お行きなさい、猫又の所へ!』

 

 彌恵の命令を聞いた鈴蘭と千鳥は、猫又に寄り添う様に異界へと送られて行った。 

 

 

 ヴェルダナーヴァのいる世界に送られた猫又は、そこでも猛威を振るうが……。

 

 それを許さないヴェルダナーヴァにより、フェイリュアワールドに送られ隔離されるが、送られる前に、己が半身とも言える一つのスキル狂乱者(クルイミダレルモノ)を、激しい殺意と憎しみの思念体と共に切り離した。

 

 その時、闇夜一族に関する記憶だけ猫又から失われ、呪いの言葉を吐きながら、フェイリュアワールドに隔離された。 

 

 一つの疑似生命体と化した思念体は、己に屈辱を与えた者を憎み、乱れた時空間を彷徨い、彌恵と同じく魂だけになった香弥を見つけだし、融合しようと香弥の魂に取り付いた。

 

『いいですか、転生は却下です! わたしは、香弥の力となるべく者になります! いいですか! 転生は却下です!!』

 

 《確認しました。今よりスキルへと再構成します…… ――失敗しました。……再度実行――失敗しました。……再度実行》

 

 無限に繰り返されるともとれる試行を繰り返し、それは獲得された。

 

 《確認しました。神智核(マナス)へと再構成……成功しました》

 

 彌恵は神智核となり、香弥の魂の一部となり、香弥の魂に取り付いた思念体を神智核に取り込み融合し支配下に置いたが、激しい憎しみの波動を抑える為全能力を使い抑え込み、残る力で時空間を渡り戦国時代へと流れ着き、とある廃村へと降り立つ。

 

 ふわりふわり漂う小さい光の球が激しく明滅し、人の形を(かたど)っていき香弥の魂を生身の体に再構成して神智核となった彌恵は、しばしの眠りに落ちていく。

 

『香弥、わたしハ、いつデモ、アナタとトモニ、あリマス。キタルトキマデ、ツヨクナリナサイ。ワタシハ、アナタノ、チカラナノデスカラ。シバシノ、オワカレデス、カヤ。ワタシノチカラガ、ヒツヨウニナッタトキ、マタ……』

 

 そして、生き延びた桃華は彌恵と同じく夢見で自分達の未来の断片を知り、生涯を掛けて転生の術を編み出し、五十三で生涯を終え、同時に自分に掛けた転生の術が発動し輪廻の輪で長き時を待ち、戦国時代の乱破ノ里にいる一人の女性の赤子として、生を受ける。

 

 その女性、夜葉(よるは)も桃華の子孫であり闇夜家の血を受け継ぐ女性であった。

 

 だが、この転生術は不完全であり、転生できたとしても生前の記憶は全て失われてしまうのである。

 

 それでも桃華は未来へと飛ばされた妹を守る為、転生術を使った。

 

 生まれる時に残された僅かな力で母の精神に語り掛け、ももかと名付ける事に成功し全ての記憶を失ったのだ。

 

 百佳が四歳の時、遠く離れた廃村に一つの時空間が開き、一人の子供が現れる。

 

 廃村に降り立った香弥もまた、時空間で魂だけになった後遺症で、三才までの記憶をほぼ失っていた。

 

 覚えていたのは、やえ(・・)、この名前と自分に覆い被さる影。

 

 そして、目に焼き付いた刃の光。

 

 廃村で乱破ノ者に見つけられ乱破ノ里に来た香弥三才の、夏の夜。

 

 時を超え、再び三姉妹は戦国時代で巡り合っていたのだ。

 

 

 

 チリリリリ チリリッ チリ チリリリ

 

 あ~~~ あ!

 

 夢が突然終わり、カヤは跳ね起きた……。

 

 乱れた浴衣の胸元もそのままに、上半身を起こしたまま首を天井に向け、ぼーーっと眺めていた。

 

 しばらく眺めていると、横でこちらを見る気配に気付き首を横に向けると、モモカが同じように呆けた顔でカヤを見ていた。

 

「あぁーー、見た?」

「うん、見た……」

「モモカ、本当のおねえちゃんだったんだ……」

「そう、みたいね……」

「そして、影の子も……おねえちゃんだったんだ」

「そう、ね」

「……あぁー、ちと、水被ってくるわ」

 

 カヤは浴衣を脱ぎ、素っ裸になると庭の井戸に行き、釣瓶(つるべ)を落とし、カラカラ音を立てながら引き上げ、頭から勢いよく水を被った。

 

 ぽたぽた落ちる雫も構わずに、井戸の縁に両手を付き、井戸の底に映った自分の顔を見て、言葉を吐き捨てていく。

 

 

 本当の生まれた時代は平安時代で

 

 モモカもそこで生まれて、あたしのおねえちゃんで

 

 あたしの中にいる影の子も、元おねえちゃんだったなんて……

 

 しかもよ、本当の父親が悪魔族で、ディアブロの眷属だったなんて

 

 なんの冗談なんだよ

 

 くそっ 意味、わかっんねーよ

 

 モモカなんて、転生の転生じゃん

 

 でも……この世界があたし達三姉妹の父親が住んでた世界、だったんだ

 

 始まりは猫又か……チッ 

 

 本当の両親の仇なんて、今更知って……どうすりゃいいんだよ

 

 それに、奴の思念体があたしの中にいるし、『狂乱之王(フレンジー)』もあいつのスキルなんて

 

 クソッたれ あたしも猫又じゃない、か……  

 

 

 つら……

 

 

 あほんだら が

 

 

 

 

 

 




 ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!

 次回の更新も、読んで頂けたら幸いです。


 ※釣瓶(つるべ) 井戸の水を汲み上げる縄等の付いた桶です。

 ※禹歩 足で大地を清め踏みしめて歩く呪法だったり、まじないを唱えながら舞踏したり
     する歩行術などで、足で呪文図形?を書いたり色々あるみたいです。
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