転生したらネコムスメなんだけどの件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました! 五十一話です。








五十一話 Farewell will come someday(別れはいつか来る)

 

 イングラシア王国にあるネコマンマ亭。

 

 

 お昼時の忙しさも引けた頃、昼休憩の為に店を閉めてる店内で、カヤが遅めのお昼ご飯を取っていた。

 

「やっぱ、美味いなアユモドキは~」

 

 カヤはスマーティシュを食材にした、カヤ命名アユモドキ定食を美味そうに食べ、その姿を店員(配下)達はにこやかに眺めていた。

 

 カヤは器用に骨を抜くと、箸で真ん中を掴み口に持っていき丸齧りする。

 焦げ目のついた皮がパリッと小気味よい音を立て、振りかけた塩の味が焼けた内臓の苦みと混ざり、それに脂の乗った身が加わり、絶妙な味へと変貌していく。

 

「かあーーっ! ビールも美味いし、アユモドキも絶品だね!」

「そのアユモドキ定食も、中々評判いいですよ! カヤ姉さん」

 

 給仕をしていたアネーロが、微笑み掛ける。

 

「そっかー しっかり本業共々稼げよー。 あたしのお酒と、ご飯の為に!」 

 

 皆「はい!」と返事しながらも、お酒とご飯の為にの言葉に大笑いしながらそれぞれが皆、遅めの昼食を取っていた。

 

 

 そこへ、一人の若い男がゆらりと店に入ってきた。

 

 一瞬で場の空気が緊張した空間に包まれるが、カヤは気にもせずアユモドキをパクついていた。

 

「なんだー、どんな奴が新しいボスかと思えば、ただの魔物のガキじゃないですかぁー。初めまして、ボス。アルコ・フリューゲルです、お見知りおきを」

 

 髪をオールバックにした背が高めで目が少し吊り上がった若い男が、開口一番に軽口を叩く。

 

「おい! カヤ姉さんに失礼は、許さんぞ! アルコ!」

「ベゼットさん~。あんた程の男がこんなガキにやられたなんて、なんの冗談だ?

グラブゲのボスが嘆いてたぞ、ちっとも依頼を受けなくなったってな~。あげく、俺がこんなちんけな組織に来る羽目に、なったっんだよ! 弱小組織の癖に、〝三賢酔(リエガ)〟の上層部に楯突いたらしいが、どうにも、眉唾もんでねえ。そもそもが、上層部からのお達しが、絶対にサイファーのボスには手を出すなってことだ。見て見れば、目の前にいる可愛らしい~ 亜人のボスときてる。もしかして見てくれは若くても、長生きしてる、ババアァとかですか?――」

「――口が過ぎるぞ、アルコ! 受け入れたからには、うちの流儀には従ってもらう。最初に言ったはずだ!」

 

 カヤの真向かいの席に斜め越しに座り、テーブルに左肘を付き眼光鋭く睨むように薄笑いを浮かべ、舐める様にカヤを見る。

 

「アルコといったか。うちの流儀は聞いたんだよね?」

「ええ、聞きましたよ。ベゼットからしっかりと、ねぇ」

「ふーん。なら、いいよ」

 

 それだけ言うとカヤは、残るアユモドキを食べようと箸を伸ばすと、目にも止まらぬ早さでアルコが皿からアユモドキをかっさらい、頭から半分程齧り顔を歪めベッと床に吐き出し、残りも床に投げ捨てた。

 

 すぐさまアローネが、(ほうき)と塵取りで投げ捨てられたアユモドキを片付けながらチラリとカヤを見るが。

 

 カヤは、普段と変わらない表情で食べていて、アネーロが尻尾へ目をやると全く動かずタラリと垂れ下げたままでいた。

 

 ネコマンマ商会の配下達はカヤが怒ってる時は、必ず尻尾に注視していたのだ。

 

 尻尾が忙しなく左右に振られている時は、最大限にイラついてるか、警戒しているか、激怒しているか、何かを誤魔化しているかなので、判断を間違えると盛大なとばっちりが自分達に振りかかる危険があるのだ。

 

 今までとばっちりを受けた事はないがカヤの本性を垣間見たベゼット達は、こんな時は最大限の注意を払う様になっていた。

 

 カヤのご機嫌を取るのではなく、いかにカヤの怒りを納め周りの被害を最小限に抑えるか、敬愛するカヤをただの殺戮者にしない為に自分達が盾に成る。

 

 それが、自分達配下の務めだと、ベゼットは皆に言い聞かせていた。

 

 なぜなら、カヤが激怒したら一国など簡単に亡ぶ事を知ったからなので、いくらベゼットでも一国を滅ぼす事などは望まないのである。

 

 なので、表情より尻尾に注視するようになっていたのだ。

 

 とりあえず尻尾が微動だにしてないのでアネーロは、ホッと一息付き安堵する

 

 カヤは右目の『一隻眼』でアルコの能力を解析して、口端を僅かに上げ薄い笑みを一瞬浮かべ、アルコはそれに気付かないでいた。

 

(へえ~ 早さ特化の身体操作かぁ。ユニークスキルは『加速スル者(ハヤキモノ)』ねぇ。う~ん。なるほど、〝召喚者〟か。でも――ダメだこりゃ。スキルに溺れて、全然技量磨いてないじゃん。クスッ)

 

「なんすか、これ。よくこんな貧乏くさい物、食べますねぇ、ボス。もっと、良い物食べましょうぜ! それに、何で暗殺組織が飯屋やってるんですかね!? 俺は暗殺者なんで、こんなくだらないことは、勘弁してもらえますか――ボ・ス」

「いいよ、やらなくても。営業の邪魔しなければ、ね」

「それじゃ、一度戻りますんで、また明日来ます。ボ・ス――そうそう、グラブゲでは、俺が一番の使い手なんで。ククク」

 

 小さく嗤い、悠然と歩きながらアルコはその場を後にした。

 

 アルコの態度にベゼット達は完全にキレてたが、カヤが平然とお昼を食べていたので顔に出すことも出来ず、いつカヤがキレるか皆内心ヒヤヒヤしていた。 

 

「すみません。カヤ姉さん。先代からの付き合いで色々ありまして……。そのー、なんて言うか、ですね」

「――いいよ、ベゼット。古い付き合いから来る、しがらみもあるしね。それに、目的が嫌がらせなのか、あたしらを潰しに来たのか、わからないからねぇ。まあ、両方なのかもな。ニャフフフ」

 

 それからカヤはベゼット達にしばらく好きにさせる様に言い、絶対に先に手は出すなと厳命し、手を出された後なら好きにしろと言い、皆がそれに頷く。

 

「アネーロ」

「はい。カヤ姉さん」

「下で、ちょっと話そうか」

「わかりました」

 

 アネーロは丸ぶちメガネをクイッと軽く指で上げ、カヤの後に続く。

 

 地下の会議室に来るとカヤは談笑用のテーブルの方に行き、座るとアネーロに近況報告をさせる。

 

 元々サイファーの先代は、グラブゲのボス、ダート・グラブゲの父親に恩があったらしい。

 

 無茶な暗殺依頼も度々受けてたいたらしく、三年前にグラブゲから受けた暗殺依頼で、暗殺は成功したものの、手練れの追って二人と戦い、命を落としたと、アローネは話す。

 

「ほ~ で、その恩ってなんなの?」

「そこまでは。私達はおろか、ベゼットも知らないんです。グラブゲの組織も暗殺を生業にしていたんですけど、他に人身売買、娼館、ご禁制品の密輸など手広くやっていて、今はそちらのほうがメインの生業になっています。面倒な暗殺などは、全部こちらに回していたものですから、私達が受けなくなって、かなり激怒してるみたいですよ」

 

 一通り説明をして、最後の方などは若干他人事の様に言い連ねていた。

 

「まるほどね~ でさ、グラブゲってあたしとモモカが〝三賢酔(リエガ)〟のアジトに乗り込んだこと聞いてて、こんなバカしてるのかな?」

「はあ、多分聞いてるとは思いますけど、中堅どころの組織ですから、上層部の使いの者が伝えただけかと。最近は配下も増やして、俺はもっと上にいくんだーとか、ほざいてますしねえ。正直カヤ姉さんが怒らないかが、一番心配なんですけども」

「え? あたしが、怒る? なんで?」

「えっ!? だって、完全に馬鹿にされてますよ!」

 

 怒る? なんで?の言葉にアネーロは驚き、語尾の声が大きくなる。

 

 自分だけなら我慢のしようがあるも、自分達のボスが馬鹿にされたのだけは、許し難いとアネーロは憤慨していた。

 

「アネーロ。バカの相手になんで自分がバカになるの? あたしが常々言ってるじゃん。あいての挑発に乗るな、とね。まあ~ あたしがマジに怒ったら、イングラシアごと無くなるよ? でもねぇ、それやったらさあ、あたしより怖ーい御人に怒られるからやらないし。そもそも、あんなもの挑発にすらなってないしねぇ」

「えーと、その御人は~ って……あの御仁ですよねぇ。大姉様」

「なんだよね~(実態を知ったら、腰抜かすんだろうな~ 言わないけど。ククッ)」

 

 一度だけテンペストにある焼き鳥屋ネコマンマの地下会議室に、エル姉さんは来た事があり、モモカの呪符で『認識阻害』を掛けられていたので、ぼんやりとしか見えず声も女性の声なのにくぐもった声に聞こえていて、カヤとモモカが自分達の組織の大元締めの〝大姉様〟と、皆に紹介していたのだ。

 

 エル姉さんはネコマンマの資金提供者でもあり、情報収集に関しては裏でエル姉さんからの依頼も、多いのであった。

 

「そうだねぇ。あんまり図に乗るならさ、あっちのボスへお話し(・・・)にいこうか」

「えーと、お一人で行くのですか?」

 

 その問いにカヤはアネーロをピッと指差し、「ですよね~」アネーロは仕方なさそうに返事をする。

 

(あぁー あの楽しそうな顔……悪い顔だ。終わったかなぁ、グラブゲ。ほんと、カヤ姉さんの言葉で言ったらあほんだらだわねぇ。ダート・グラブゲ)

 

 そこへ転送陣がポワッと光り、黒い膝丈迄の小袖にハーフスパッツを穿き、黒の脚絆を付け、カヤ達が魔素で作ってる草鞋を模して、魔獣の皮で作ったものを履いていて、足首をホールドする細い皮紐で結んでどんなに激しい動きをしても脱げない様になっており、色違いだがカヤと同じような恰好をした、一人の少女が現れた。

 

「おろ? メイム、今日はこっちで訓練の日か?」

「そ、そうなの。カヤ姉さん、おしごと、なの?」

「ちょいとねぇ。で、誰が相手すんの?」

「私です。カヤ姉さん」

「ほー。じゃあ、あたしも見ようかな」

 

 二つの三つ編みにしたお下げを揺らしながら、メイムは少しモジモジするように身体を動かし、いきなりアネーロに襲い掛かる。

 

 メイム達の訓練に、向き合い構えてのからの組手はない。

 

 実戦は、いついかなる場所、状況での戦いになるか判らない。

 

 だから、訓練場所に来た瞬間から、戦いは始まっているのである。

 

 完全実戦形式の組手なのだ。

 

 アネーロは間合いに入られる前に瞬時に立つと、椅子をメイムに向かって蹴り飛ばす。 

 メイムは自分に向かって蹴られた椅子を小さく左回転しながら躱し、その回転は軸が全くブレずしっかりとアネーロを捉えており、間合いギリギリの所で止まった。

 

 ほわりとした顔から笑みが消え、一気に暗殺者の顔を表し短剣を構えるアネーロ。

 

 片やメイムは顔をガードするように、両手を軽く開いたまま交差気味に眼前に上げ構える。

 

(ほんと。あの日以来この子達、あからさまに動きが、変わってきたのよねぇ。カヤ姉さん達、一体何をあの子達に何をしたのやら)

 

 アネーロは切っ先をメイムに向け小さく揺らし、左手は開いたまま胸前に構え、あの日からメキメキ強くなるメイム達に、不可思議な感情を抱いていた。

 

 悪い意味ではなく、それは別のカヤとモモカを見てるみたいにも、思えていたのだ。

 

(ふーん、胴はがら空きなのね。 でも、ワザと空けてるとベゼットが言ってたんだけど、ね――)

 

 ピュピュンッ。

 

 一気に間合いを詰め、突きからの素早い左右の横薙ぎ斬り。

 

 メイムは半歩後ろに身を引き突きを躱し、左右に振られた短剣もスッスッと身体を引き、躱していく。

 

 そこからアネーロは、敢えてがら空きの胴を狙い短剣を突き刺すように、突き出す。

 

「えっ!?」――アネーロは、一瞬で短剣をメイムに奪われていた。

 

 突き出された短剣に、メイムは軽くお腹を引込めるようにし、右手でアネーロの短剣を持つ右手首を掴み、グリッと外に捻り横になった短剣の刃に左腕を乗せ、下に押すように巻き込みながら左肘の内側に短剣の刃を挟み、一瞬で奪ったのである。  

 

 カヤとモモカが使う、相手の短刀などを奪う技、〝武装解除(ディザーム)〟である。

 

 カヤ達はたまに、自分達の鍛錬を見せていて、その様子をメイム達は見て覚えたのであり、一切の手解きはしていなかったにも関わらず。ラコルと同じように、見て覚えたのだが、ラコルみたいなユニークスキルは持たないので、それこそ、何度も何度も繰り返し、鍛錬した賜物だったのだ。

 

(ほお~ あれを覚えたのかぁ。ラコル程じゃないけど、中々センスがあるね~ 十才と二十二才の格闘戦かぁ、どこまでいけるかなメイム) 

 

椅子に座ったまま足を組みテーブルに左肘を付き、酒蔵君の酒をクピリ飲み、ケモグラの干し肉を齧りながら心の内で呟く。

 

 闇夜影千流は教えないが、ラコルとメイム達、アネーロ以下皆に体は常に柔らかく、ガチガチの筋肉は付けるな、強靭でいて柔軟な筋肉を作れ、肩甲骨の稼働領域を意識しながら下半身は股関節を中心に動かし、それを起点に自分の動きを組み立てろ。

 

 闇夜影千流での、基本中の基本である身体操作のコツだけを教えていた。

 

 奪った短剣を投げ捨て、二人は素手の攻防に転じていた。

 小さな身体が素早く動き、アネーロを翻弄していく。 

 アローネの暗殺対象は自分より大きい相手が多かったので、小さいメイムはやりにくく、少し姿勢を落とし低めの蹴りやパンチを繰り出していた。

 

「やぁああああ!」

 

 メイムがポンとジャンプして、胴回し右蹴りを見舞った。

 

 ガシッ!

 

「くっ(小さくとも、回転すれば中々に重い蹴りだわね)」

 

 身長百三十九センチ、体重三十二キロの遠心力を乗せた蹴りをガードしたアネーロの左腕の骨が軋み、僅かに顔をしかめる。

 

 メイムの着地した瞬間を狙い――

 アネーロが打ち下ろし気味の右フックを放つ。

 

 メイムは両腕を小さく折り畳み、右肘で打ち下ろされた拳を狙う様に迎撃する。

 それを見たアネーロは当たる寸前に手を開き、メイムの右肘を受け止めた。

 

(あぶな! 拳を砕かれるとこだったわ。ヤバイヤバイ。フハッ)

 

 経験したことの無い防御に見せかけた迎撃技に、半分驚きながらも楽しそうな笑みが、アネーロの口元に零れ、二人の攻防は激しさを増し始める――

 

 だが。

 

「そこまで!!」

 

 アネーロが本気を出す気配を察知し、カヤが組手の終わりを告げる。

 

「アネーロ。なーに本気だそうとしてんの? あんたの本気にメイムが付いて行けるわけないじゃん。まあ、メイムの技量はあんたを本気にさせるくらいはあったってことだろうから、今度からは必ず立会人を入れること。わかった? 後、イリア達の時もね」

「はい。すみません。まさか、ここまで強くなってるなんて……。ベゼット達が驚くぞと言っていたことがよくわかりました。ほんと、面目ないです」

 

 アネーロは少しバツの悪そうな顔で言う。

 

 そして、額の汗をタオルで拭くメイムに。

 

「よく、訓練してるわね。えらいわよ、メイム」

 

 アネーロが気を許した相手にしか見せない笑顔でメイムに言葉を送ると、メイムはタオルで顔半分隠したまま恥ずかしさを隠すように頷く。

 

 そう、ベゼット達はイリア達の組手相手をしていて、日々上達していく技に驚き、初めて組手をする者には、わざと最小限の情報しか伝えてなかったのだ。

 

 情報なしでいかなる相手とも()りあえるよう、ベゼット達があえて伝えなかったのもそれは訓練の一環ではあるが、流石にメイムの上達速度を見たカヤは、不慮の事故が起きるのを防ぐため、これからは必ず立会人を入れる事をベゼット達に命じた。

 

「でも、メイムはよく鍛錬したね~。このまま鍛錬すると、まだまだ強くなるぞ~」

「え、えへへ~」

 

 カヤはメイムの頭を優しく撫で、ホワリとした笑みで褒める。

 それに、はにかむ様にメイムは嬉しそうに、笑顔を浮かべていた。

 

「カヤ姉さん。メイム達って、どのような体作りしてるんですか?」

「ほえ? あー ジュラの大森林で魔獣と駆けっこに、鬼ごっこ、木登り、あと山登りとか、それだけだよ」

「魔獣って……。それ、ヤバくないですか?」

「ふっふーん。ちゃんとモモカかあたしが付いてるから、だいじょぶよん。それに子供の内から筋肉付け過ぎは、怪我の要因にもなるからね。野山駆けまわる位でも、充分必要な筋肉は付くんだよ。ある程度大きくなるまでは、遊びを兼ねた動きで筋肉をつけて、大きくなったらその筋肉を更に強靭でしなやかな筋肉に、していく感じかなぁ。ようするに、よく食べて、よく遊んで、よく寝る、これ大事なんよ!」

「そうなんですね(うわー 魔獣と駆けっこなんて、絶対嫌だわ。ってか最後の方よく食べて、よく遊んでとか、まるでカヤ姉さんじゃないの? クスッ)」

 

 カヤの最後に言った言葉に、思わず吹き出しそうになったアネーロはクッと唇を噛みしめて下を向くが、それを見たカヤは次の言葉を吐く。 

 

「こっちの組もや――」

「いえ! 大丈夫です! こちらはこちらでやってますので!」

「そう。まあ、動き悪い奴いたら、これやらそうかね。ウヒヒ」

 

 引きつった笑いでアネーロは遠回しに拒否していても、それを察したカヤがニヤリ笑いながら。

 

「やっぱり、こっちもこれ取り入れようかね」

 

 など言いだし、それをアネーロが。

 

「いやいや、こっちも色々大変なんですよ。だから、それはモモカ姉さんと相談しないと駄目ですよ!」

 

 と、必死に抵抗を試みる姿を見て、メイムは口に手を当て我慢しきれずにクスクス笑いだしてしまい、カヤとアネーロのとんちんかんな攻防がしばらく続いていた。

 

 

 それからアネーロはカヤと軽い打ち合わせを済ませ、カヤはメイムと一緒にテンペストへ帰って行った。

 

 

 夜も更け、営業の終わったネコマンマ亭は静寂に包まれしんと静まり返っていたが、奥の丸テーブルだけ魔法ランプの明かりが淡くその一角を照らしていた――そこへ。

 

 薄手の白いシャツにラフな茶色のハーフパンツ、サンダル姿のアネーロが二階から降りてきて、ランプに淡く照らされたテーブルに近づく。

 

「ベゼット? まだ起きてたの?」

「ん? アネーロか。そっちこそ、まだ起きてたのか?」

「帳簿と、依頼の整理をね」

 

 ベゼットの真向かいの椅子に腰を下ろすと、丸メガネを外しテーブルに置き、両手を組み頭の上に上げ、うーんと伸びをしてサッと両腕を下ろす動作に合わせ、程よく豊かな胸がポヨンと揺れ、大きく息を吐く。

 

 そんなアネーロを見てベゼットはもう一つグラスを取って来て、アネーロに差し出すと、大きめの酒瓶から透明の液体を注いでいく。

 

 注ぎ終わると黙ってグラスを軽くカチンと合わせ、ベゼットは一気に酒を呷る。

 

 アネーロもグラスを両手で持ち、グラスの酒に映る魔法ランプの明かりを何気に見つめる。

 

 その光は、ゆらゆら踊り揺らめき、アネーロの瞳に反射していた。

 

 ゆっくり口に持っていきコクリと飲むと口の中に仄かな甘みが広がり、するり喉を通り過ぎて行き、しつこ過ぎずあっさりとした喉越しにアネーロはそっと目を閉じ、ホッと柔らかな甘い香りの息を一つ吐く。

 

「魔国産の醸造酒か……美味しいわねぇ」  

「カヤ姉さん一押しの酒の一つだからな、これは。林檎のブランデーは高くて、この店では出せんがな。ハハッ」

「フフッ、たしかにね」

 

 顔を見合わせお互い軽く笑い合うと、グラスの酒を一気に飲み干しベゼットが二つの空になったグラスに、酒を注いでいった。

 

「ねえ、ベゼット。ほんと、あなた変わったわね」

「そうか?」

「だって、あなたがボスの時は、いつも周りに殺気を漂わせてたじゃない。それが今は、依頼の時だけよね、切れるような殺気を出すのは」

「そうだったか? いや、かもな……。カヤ姉さんにあっけなく負けた時、ああ、こんなにも恐ろしい殺気を持つ者がいるんだとそう感じたら……。俺なんか、まだまだ未熟なんだなと、己を知ったからな」

「でも、あなた程の暗殺者もいなかったのも事実よ。カヤ姉さんとモモカ姉さんは別格なのよ。元人間の暗殺者で、今は永き時を生きる亜神だもの。フフ」

「そうだな。だが、〝炎爪(えんそう)の麗人〟と恐れられたお前も、よく笑う様になったものだ。前はその伊達メガネの奥底で一切笑わない目が、誰も寄せ付けなかったのにな」

「そうかしら……。そうね、私は暗殺の時に見せる自分の目が、嫌いだったもの。ふふっ」

「だから、その伊達メガネで、表情を隠してたのか?」

「そう……」 

 

 ベゼットから返された言葉に静かに「そう」と返し、もの思いに耽るような顔付きで丸メガネの縁を右人差し指でなぞり、ほんの少し魔力を注ぐ。

 

 すると透明のレンズが黒く染まりサングラスのように変わり、さっきとは逆に魔力を抜くとまた透明のレンズに変わって行った。

 

 メガネを触るその姿はどこにでもいる気のいいお姉さんにしか見えず、ほんのり赤くなった顔が余計にそう見せていた。

 

「なあ、アネーロ。俺達はいつかは報いを、受けるだろう。人を殺し、日々の糧を得てるからな。()る覚悟、()られる覚悟がないと、この稼業はやれない」

「ええ……いつかは()られるときは来る、その覚悟はいつも持ってるわ。まあ、碌な死に方じゃないでしょうけど、ね」

 

 アネーロは淡々と発した言葉に微かに苦笑いを浮かべ、グラスの酒をクックッと飲みグラスをコトリと置くと、ベゼットが静かに言葉を繋ぐ。 

 

「そうだな。そんな俺達に表の世界でも、生きる術を教えてくれた。そのうえ暗殺だけではなく、情報収集や要人警護など、様々な依頼も出来るようになった。姉さん達は俺達の壊れていた、心の恩人だ」

「恩人、ね。フフッ。見た目は十六、七の、少女の亜神なんだけどねぇ」

「少女か……。カヤ姉さんは時折、ほんと見た目まんまの子供みたいな感じが、してなぁ。俺達がしっかりしないと、そう思ったりするんだよなあ。カヤ姉さんからしたら、ガキが五百年早いわ! と怒られそうなんだがな。ハハッ」

「たしかに、言いそう。クククッ」

 

 声が二階に響かないよう声を殺して笑う二人の肩が、プルプル小刻みに震えていた。

 

「カヤ姉さんとモモカ姉さん……いずれ、居なくなると思う。そう遠くない内にな。だから俺は、姉さん達が安心して行けるよう、組織をもっと強くしたいと思う」

「ベゼット、それは、みんな思ってるわよ。姉さん達、別の、本当の目的がありそうだもの」

「そうか……。皆、気付いていたのか。俺はもし、姉さん達の力になれるならば、この命、惜しくはないよ」

「ばーか、軽々しく命惜しくないとか言うと、このあほんだら! ってどやされるわよ」

「そうだったな、最後まで足掻け(・・・・・・・)! だったか。どんな人生だったんだろうな人間の頃は」

「女の人生を覗こうとすると、死ぬぞ? ベゼット。ニャフフ」

「少し似てるなその言い方、カヤ姉さんに。ククッ」

 

 先程より大きめの笑い声が、深夜のネコマンマ亭に響いていく。

 

 カヤ姉さんとモモカ姉さんとの、別れはいつか来る。

 

 ベゼットもアネーロもそう確信していた――

 

 それは、イリア達も同様に感じていたが、口に出してはいない……他の配下達も同様でいた。

 

 その別れが来た時に自分達がどうするか、皆それぞれが秘めた覚悟の思いを胸に、少しでも長い時をカヤとモモカと過ごせればと願わずにいられなかった。

 

 アネーロはふと、以前知り合った〝召喚者〟から教えてもらった言葉を口にする。

 

 Farewell will come someday but I want to be with you for as long as possible

 別れはいつか来るけど すこしでも長くあなたといたい

 

 That is my wish

 それが私の願い

 

 聞いた事も無い言葉にベゼットは驚いた顔をしたが、アネーロはクスッと軽く笑い、グラスの酒をゆっくりと飲み干していった。

 

 




 五十一話、読んで頂きありがとうございます!

 次回の更新も、読んで頂ければ幸いです!






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