※ 作中の魔獣は作者オリジナルの魔獣ですので、原作にはありません。
(ゼルテネス・ティーアはドイツ語で、珍獣とか希少種を意味します)
アレリカ公国、商店街や露店が並ぶ街の中は閑散としており、快晴の午後前だと言うのに人の姿は皆無だった。
そんな中、公爵の居城にあるテラスに一人の女性の姿があった。
クカカカ。
油断ならぬのうモモカの奴め……カヤと同じく力を付けておったか。
実験的影獣を自爆させてみたが、中々の威力じゃったの。
しかし、フェイリュアワールドで我が取り込んであった魔素が、思わぬ変化を遂げたのは僥倖じゃった。
どうやら、この世界の魔素とは、一部異なる性質を持つみたいじゃのう……。
じゃが、フェイリュアワールドの魔素がこの様な結果を残すとは、思わぬであったな。
クカカカ、失敗した世界とは、よく言ったもんじゃ。
様々な時空間と混じり合い、ねじ曲がった世界で発生した、魔素か。
こればかりは、ヴェルダナーヴァに、感謝じゃのうー、クカカッ。
副産物として、
そして、影獣に殺された者は我の隷属者として影獣化する……上出来じゃ。
〝
なんとも、人間共の持つ、妬み嫉み、憎悪は心地よいのう~ 影獣のよい餌じゃ。
後は我の半身がこの身に帰り――我が完全体のネコマタになれば、この世界の〝竜種〟も〝魔王〟も恐れるに足りんわ!!
もう、あの忌まわしきヴェルダナーヴァもおらぬでなぁ。
懸念が残るとすれば、カヤとモモカの奴等じゃな……特にモモカの呪符は厄介じゃ。
しかし、あ奴らにフェイリュアワールドの魔素があったとしても、とうに使いきっておるじゃろうて。
ならば。
我の内にあるフェイリュアワールドで取り込み溜め込まれた膨大な魔素――
それに、この二種類の魔素を溜めこみ、分けて使える者など我だけじゃ、この世界では。
クカカカカカカ。
アレリカ公国、公爵の居城自室にあるテラスに出て空を見上げ一人言葉を発し、天を掴む様に両手を上に向けて広げ、狂気に顔を歪め高らかに笑っていた。
ほどなくしてオトワに精神支配された人間の男が、テンペスト近くへと着いた。
その者の目を通してテンペストを見て、指示を与えていく。
『ふむ、二度目の訪問か。やはり、この結界の突破は難しいのう。よいか、エテラル。我の与えた指示通りにな、決して気取られるではないぞ』
『畏まりました。オトワ様』
『では、いけ。カヤの近しい物を探すのじゃ。見つけた後は、手筈通りにやるのじゃぞ。よいな』
『仰せのままに』
オトワはここで、一旦『思念伝達』と『精神支配』のリンクを切る。
ブルムンド方面門から八百メートル程離れた道端にいる四十代位の男が、大きいバックパックを背負い額の汗を拭いながらブツブツと何かを呟き、テンペストに向けて歩を進めて行く。
見た目は行商人が着る一般の服装で、髪は少し短く刈った位のブロンドで体格も中肉中背と、どこにでもいる普通の男である。
門に着き入国審査を終えた男は、テンペストの中央都市リムルを目指し歩いて行く。
お昼を食べ終えたラコルが、いつものようにカヤとモモカの家に行き、家の庭にある転移魔法陣に乗り一人鍛錬をする為に、ジュラの大森林奥地へと転移して行った。
奥地に付いたラコルは、モモカに貰ったいくつかの呪符を発動させる。
その呪符はモモカとカヤの〝
これでラコルは、奥地一帯の魔物には襲われないのである。
〝転移呪符〟、これは不測の事態が起きた時に、即テンペストに転移帰還できるように防護術式と転移術式が組み込まれている呪符であった。
それから〝連絡用呪符〟、『思念伝達』が出来ないラコルが二人に連絡を取る為の呪符なのだ。
『モモカお姉ちゃん、聞こえますか?』
耳に呪符を当て、頭の中で呼び掛けるラコル。
『ええ、聞こえるわよ』
『今から、鍛錬始めるね』
『気を付けてね。無理は駄目よ。もし、危険と判断したら、迷わず転移呪符で逃げるのよ』
『うん、わかってる。ねえ、カヤお姉ちゃんはいる?』
『今、ちょっと野暮用中だわね。フフ』
『そうなんだ。クスクス』
『いつも言ってる事だけど、気を付けるのよ。ラコル』
『はーい』
ラコルの恰好はイリア達と同じ小袖を着ていたが色はカヤと同じ朱色で、ハーフスパッツに脚絆、草鞋を模した魔獣の皮で作ったワラジで、底の方は柔軟な皮と強靭な皮を張り合わせて作ってあった。
それは鉄の釘を踏もうとも釘の方が曲がる位頑丈でいて、多少の衝撃などは吸収してしまう優れものであり、イリア達のワラジも一緒である。
このワラジはガルムの特注品であり、
呪符は、ラコルやイリア達が一人で鍛錬する時の為に、モモカが作成した〝鍛錬用呪符セット〟なのだ。
つい四日前、ブルムンド王国国境に現れた影獣の事も気に掛かるモモカだが、人の来ない大森林奥地なら逆に安全だろうと考え、不測の事態に備えて特製の転移呪符も作り、自動で発動する『多重結界』呪符も渡していた。
そして、完全に気配を消し周囲と気配を同化させたたカヤが、木の上からラコルを見守っていた。
いつも通りを装い、裏で動くカヤとモモカ。
『モモカ。ここら一帯に、不審な気配はないよ。あたしはこのまま、ドワルゴン国境付近を調べて来るね』
『わかったわ。じゃあ、わたしはファルメナス王国の国境付近を調べに行くわ』
『それじゃ、いくね』
『ええ、わたしも行くわ』
『思念伝達』を終えたカヤは、(ラコル、頑張れ)囁くように呟き、ドワルゴンへと転移して行った。
ふわっと風がラコルの頬を撫で、樹々がほんの少し騒めいた。
右後ろ上に目を向け、クスリと軽く笑みを浮かべると、ラコルは右手の人差し指と親指で輪っかを作り、おもむろに口に咥え、ピイィィーーッと口笛を鳴らす。
甲高い口笛の音色が大森林に
樹々を足場に飛び跳ね、眼下にラコルを捉える。
ズシャッと重く響き渡る音と共に、それはラコルの前に降り立つ。
その姿は、口に長く生える二本の牙がサーベルタイガーに似ていて、体毛は薄茶色の短毛で体長二メートル程で、主に草食系の魔獣や獣を狩る、ゼルテネス・ティーアと呼ばれる魔獣である。
ぐるるるるるっ。
「元気にしてた? 今日も、いつものとこまで競争だよ」
ラコルが低い唸り声をあげるゼルテネス・ティーアに話し掛けながら近づき、ポンポンと背中を撫でると、甘える様にぐるぐると喉を鳴らしながら頭を、ラコルの体に擦り付ける。
「もう、押しちゃだめったら。くすぐったいよ。ウクククッ」
何度も何度も、頭を擦り付けて甘えるゼルテネス・ティーアにラコルは、笑いながらしばしのスキンシップを楽しむ。
じゃれ合いも終わり、「それじゃあ、いこう」とラコルが言うと、一人と一匹はダンッと大地を蹴り一気に駆けだした。
目的地の、小さな渓流がある場所へと。
ザザザッ、獣道を全力で駆けるラコル。
猫種獣人が持つ瞬発力と機動力を生かした瞬動法も併用して、ゼルテネス・ティーアのスピードに付いて行く。
ラコルは、朧流・瞬動法、闇夜影千流・瞬歩、どちらも習得しつつあった。
段々と生い茂る草木で視界が見え辛くなると、両手だけ獣人化させて素早く木に登り、太い枝を足掛かりにジャンプしながら、ゼルテネス・ティーアを追いかけていく。
獣道が凹状になった所でラコルは下に降り立ち、ゼルテネス・ティーアの後ろに付き、追い抜く隙を伺う。
左右一人分は通り抜ける隙間があるが、ゼルテネス・ティーアは長い尻尾を鞭のように振り、ラコルを牽制する。
その牽制もラコルが疾駆しながら体を左右に振りフェイントを掛け、「ここ!」と声を発し、凹状の道、右側面を横に駆け抜けていく。
一気に追い越し、ゼルテネス・ティーアの前に出ると、瞬動法で、グン、グンと差を広げていき、背の高い草を掻き分ける様に二メートルの高さの丘から、「い・ち・ばーーん」と声高らかに飛び出し、ゴール地点の小さな渓流へ降り立った。
その後にゼルテネス・ティーアがラコルの横に飛び込んできて、グアウッと少し不満そうな声をあげる。
「えへへー。この間は負けたから、そのお返しだよ。ククク」
ゼルテネス・ティーアの首に抱きつきながら小さく笑い、喉元を擦るとゼルテネス・ティーアは目を細め、ぐるる、ぐるるると喉を鳴らし、ラコルに甘えていく。
元々、獰猛で危険な魔獣であるゼルテネス・ティーアは、カヤが奥地の魔獣達を〝
小さな渓流に柔らかく吹く風が、鍛錬で火照ったラコルの体を包み冷やしていく。
心地よい風に目を閉じ、小さく幾度か深呼吸をしてその場に腰を下ろす。
腰に付けた水筒に入れてある水を飲み、横に寝そべったゼルテネス・ティーアに体を預け、しばらく休憩がてら空に流れる雲をぼんやりと眺める。
(イリアとメイム、トリアスって、カヤお姉ちゃんとどういう関係なんだろう……)
知り合った頃はさん、君付けで呼んでいたのだが、一緒に鍛錬するようになってから、ある日イリアがもう敬称なしで呼んでと提案して、それにメイムとトリアスも自分達も同じように呼んでと言い、それから名前だけの呼び合いになり、鍛錬を通して仲良くなっていった。
しかし、ラコルは三人のどこか普通と違う雰囲気に何だろうと思い、それがカヤとモモカの持つ雰囲気に酷似している事に、何となく気付いてしまう。
一度カヤに「三人に、闇夜影千流を教えてるの?」と尋ねると、「いや、教えてないよ。知り合いに、体術の基本だけ見てやってくれと頼まれたから、ラコルに見せたりしてる事と同じだよ」そう言われ、その言葉を信じて来たが、時折沸き上がる不安と猜疑心に、小さな胸を痛める事がまた最近多くなっていた。
(三人とも、凄く強いんだもの。絶対に、普通の子供とは違う気がするんだけども……だめだめ、カヤお姉ちゃんが教えてないと言ったんだもん。信じなきゃ……)
ぱんぱんと両頬を軽く両手で叩き、スクッと立つと「いこう!」と声を出し、また出発地点へと同じように駆け出して行った。
元来た場所へ帰って来て、ゼルテネス・ティーアと別れ、〝転移陣〟に乗り、カヤとモモカの家へ戻り、そこから鍛錬がてら走ってテンペストへ戻って行く。
テンペストに付き家路に向かう途中、友達の獣人とゴブリナの子達と会い、しばし立ち話を始める。
「ラコルちゃん、またお稽古なの?」
「うん。ちょっと一人で鍛錬してたの。えへへ」
「練習熱心だよね~ ラコルは」
「えー。でも、毎日しないとすぐ忘れちゃうよ?」
「私、パパがハクロウ先生の所で教わりなさいって言うけど、剣術はにがてー」
「そうそう。むずかしいよね~」
「「「ねーー」」」
「そうかなあー。アタしは楽しいよ」
「ねえねえ、ラコルちゃんは、まだカヤ様から闇夜影千流を教えてもらえないの?」
「うん。でもね、最近は基本の体術だけは、教えてもらってるんだよ」
「へーー、そうなんだあー。よかったね、ラコルちゃん」
「うん、えへへ~」
にこやかに談笑するラコル達を見る目が一つ。
近くのベンチに腰掛け休憩をしている、行商人の男がいた。
友達との談笑を終え、再び家路に向かい歩き出したラコルに男が声を掛けてくる。
「こんにちは、お嬢ちゃん。キミはカヤ殿の知り合いなのかい?」
いきなり声を掛けられラコルは訝し気に男の顔を見る。
「……おじちゃん、誰ですか?」
あからさまに不信感丸出しのラコルに、男はニコニコと語りだす。
「ああ、これは失礼したね。私は、以前カヤ殿にお世話になった者でね。そのお礼をしたくて、ここテンペストに来たのだが、どこにいるかわからなくてねー 困ってたんだよ」
「どの、カヤお姉ちゃんなの?」
それでもラコルは、警戒しながら答えていく。
「ん? 闇夜影千流の達人のカヤ殿だが、違うのかね?」
闇夜影千流の達人と聞いてラコルは、あっさりと警戒心を解いてしまう。
「闇夜影千流のカヤお姉ちゃんなら、知ってるよ。お家に案内してあげてもいいよ」
にこりと返し、男もにこやかにラコルを見る。
「おお、そうかそうか。なら、案内頼めるかな? お嬢ちゃん」
「うん、いいよー。アタしはラコル」
「私はエテラル。よろしくな、ラコルちゃん」
お互いに名乗り、カヤとモモカの家へ歩を向けて行く。
歩きながらラコルを見るエテラルの目が、一瞬妖しく嗤う。
テンペストを出て、しばらく歩くとエテラルが、「ちょ、ちょっと待ってくれないか? 荷物が多くてどうもな」とバックパックを降ろして、近くの小さな岩に腰を掛ける。
「エテラルさん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。優しいなラコルをちゃんは。はっはっは」
エテラルは豪快に笑いながら額の汗を拭う。
『エテラルよ。もうテンペストの結果から離れた故、例の物を。クカカ』
オトワの『思念伝達』が来て、エテラルは静かに頷く。
エテラルは、そっと上着の左ポケットに手を入れる。
ポケットの中で厳重に封印された小箱の蓋を開け、中に入ってる〝憑依核〟を人差し指の先に付け、バックパックを再び担ぎ、ラコルに「待たせたね。さあ、いこうか」と声を掛けながらラコルの右肩に左手を当て、人差し指の先に付けた〝憑依核〟を体内へと送り込んだ。
ラコルはそれに全く気付かずに、「もうすぐだよー」無邪気に笑いながら歩を進めて行った。
カヤとモモカの家へ着くも、二人はまだ帰っておらず、エテラルは後日また来ると言い二人してテンペストへ戻って行った。
ラコルはエテラルと別れ、家に帰り晩御飯を食べ、夜が深まる前に眠りに付く。
深い眠りについたラコルの中に、囁くように聞こえてくる、黒い声。
ねえ、なんで、カヤお姉ちゃんは、闇夜影千流をおしえてくれないの?
なんで、イリア、メイム、トリアスにも、おしえてるの?
なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?
イリアがにくい、メイムがにくい、トリアスがにくい
アタしがカヤお姉ちゃんの一番なのに……
ころしちゃえ みんな
夢の中で囁く声。
ちがう!
急な意識の覚醒にベッドから、飛び起きた。
起きたラコルは、自分の額から大粒の汗が流れ落ちているのに気付き、寝間着の袖で額の汗を拭い、ホッと軽く溜息を付いた。
(夢? なんであんな夢みたの…… にくいなんて、思ってないのに……アタし、みんな大好きなのに、どうしてあんな、夢を、みたのかな)
自分の中に沸き上がる黒い思いに、ちがうちがうと言う様に頭を振り、ベッドから降り部屋の窓を開ける。
窓を開けると、ひんやり少し湿った風がラコルの体を撫でていく。
外はシトシトと降る雨がリズミカルな音を立て、地面を叩いていた。
汗ばんだ体が窓から入る風で冷やされ、ラコルは体をブルっと震わせる。
窓を閉め、もそもそとベッドに入り、目を閉じるとそのまま眠りに落ちて行った。
朝になり目覚めると、まだ雨は降っていて朝食を済ませ部屋でぼんやりしていたラコルは、ラナに「カヤお姉ちゃんところに、行って来るね」と告げ、蛇の目傘を広げカヤの家へ行くも二人共家には居なくて、ラコルはテンペストへと戻って行く。
その足で〝焼き鳥ねこまんま〟まで来て、蛇の目傘をたたみ左手に持ち入り口の戸を開けようとすると、中からイリア達の声とカヤの声が聞こえて来て……戸に掛けた手を離す。
そして、聞こえて来た話し声に、唇をギュッと噛み、右手を握りしめた。
降りしきる雨がラコルの髪を濡らし、雫がぽつり、ぽつりと滴り落ちていく。
石畳の道を叩く雨音が、いつまでもラコルの耳に突き刺ささり、遠くで雷鳴の音が響いていた。
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