雨の降りしきる中、カヤは〝焼き鳥ねこまんま〟に来ていた。
いつもの様にカウンター席に座り、遅めの朝食のベーコンエッグをパクつき、ディーナ達と雑談をしていた。
「カヤ姉さん、最近昼夜問わず動いているけど、どうしたの?」
「ん~ 野暮用みたいな?」
「いや、それ答えになってないですよ?」
「ディーナ~ これはあたしの案件だから、詮索は無しよ」
「あ、はい。でも、私達に手伝える事があったら、遠慮なく言って下さいね」
「うん、ありがと」
ディーナが
そこへ、イリアとメイムが真剣な眼差しでカヤのところに来て、おもむろに口を開いた。
「カヤ姉さん、お願いがあるの」
「ある、の」
「私をカヤ姉さんの、眷属にして下さい」
「ワたしも、お願いします、の」
いきなりのお願いに、カヤは湯飲みから飲んでたお茶を盛大に吹き出し、ディーナが「カヤ姉さん、やめてー!」と仕込み中の焼き鳥を、吹き出したお茶の飛沫から〝重力操作〟の魔法で肉に掛からないよう反らした。
「えーと、どしたの? 二人とも。眷属って、それ人間やめる事になるんだよ?」
「うん、わかってる。よく考えて出した――私の考えなの!」
「そう、なの。メイムも、いっぱい考えたの。カヤ姉さんの眷属になりたいの!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて深呼吸して、ね、ね」
二人の真剣な態度にカヤは、少し戸惑い「いきなり、眷属ってぇ」とザーバを見ると。
「この子達、枷外しが終わった時から、考えてたみたいじゃよ。カヤ姉さん」
「うん。僕もあの後二人から、聞いてた。僕は聖人を目指すから、イリア達とは考えが違うけども」
「ああ、そうなの?」
ザーバの言葉に続きトリアスも口を挟んできて、どうしようか、これモモカに相談するか? とか考えてると。
入り口の外に見知った気配を感じ、カヤは席を立ち入り口の戸を開ける。
そこには、降りしきる雨に打たれ、ずぶ濡れになったラコルが立っていた……。
大粒の涙を流しながら。
「カヤお姉ちゃん……眷属って、なに? 枷外しってなに? どうしてイリアとメイムが眷属になりたいって、おねがいするの?」
「え、えーと。ラコル、これはね、あれだ、冗談なんだよ、二人の冗談よ?」
「うそ! カヤお姉ちゃん、何か隠してるでしょ!?」
「あー、うん。これはね……」
カヤが口籠ってると、イリアがラコルの所まで来て店の中に入れて、タオルを手渡し、入り口の戸を閉める。
「ごめん、ラコル。私は――暗殺組織に売られた子供なの。メイムもトリアスも同じような境遇なのよ。騙すつもりはなかったの……。ほんとうに、ごめんなさい」
「ごめんなの、ラコル。メイムも暗殺組織の子供なの」
「そう、なんだ。なんで、なんで、カヤお姉ちゃんがイリア達の暗殺組織と関係してる、の?」
「ラコル……黙っててごめん。あたしとモモカは、イリア達のボスなんだ」
「ボス? いつからなの? どうして黙ってたの? なんで、なんで、なんで、なんで!?」
「ラコル……。これは、色々あって、極秘の事だったんだ。だから、言えなくて――」
「もういいよ、カヤお姉ちゃん。アタしは、弟子にはなれないんだね。だって……暗殺者じゃないもん!!」
「まって! ラコル!」
涙で顔をくしゃくしゃにして言葉をぶつけ、カヤが「まって」とラコルの左肩を掴むと、その手をパシリと払いそのまま雨の中を走り去っていった。
表に出てラコルの後を追いかけようとするも、何故か追いかけることが出来ず、雨の中に佇んだままでいた。
呆然と佇むカヤの体を、容赦なく降り注ぐ雨が濡らしていく。
ザーバが表に出て、「カヤ姉さん、とりあえず中にお入り。いくら魔物でも、ずぶ濡れは体によくないよ」そう言い、カヤの手を引いて店に戻る。
「カヤ姉さん、ごめんなさい。ラコルに聞かれちゃった……」
「ご、めんなさい、なの……」
涙目で謝るイリアとメイムにカヤは、二人の頭を撫でながら優しく返す。
「いや、二人はちっとも悪くないよ。悪いのはあたしだ。いつまでも中途半端にしてた、あたしの責任なんだ。ラコルはね、真剣にあたしの弟子になりたがってたんだよ。それを、駄目だと言いながら、基本だけ教えるなんて、中途半端な事したから……。ラコルが、怒っちゃった」
濡れた体の不必要な水分だけを飛ばし乾かすと、二人を立ったまま抱きしめて言葉を続ける。
「ラコルを、あたしの弟子にする。そうなると、年下だけどあんたらの姉弟子になるね」
「うん。ラコルは私より強いもの。それに、私はラコルのこと認めてるから」
「メイムも、ラコルのこと好きなの、もう大切なお友達なの」
「そう。でも、眷属の事は少し待ってね。モモカにも聞かないとだし、ね」
「はい。すぐにではなくても、構いません。待ちます」
「ワたしも、いつでも、いいの。まつの」
「ありがと。必ずこの事は返事を返すから、ちょっと待っててね」
カヤは言い終え二人をギュウッと抱きしめていると、入り口の戸をコンコンと叩く音がしてディーナが戸を開ける。
そこには、イリア、メイム、トリアス三人に読み書き、算術を教えるドワーフの男性の家庭教師が来ていて、三人に先生が来たから上に上がって勉強を始めなさいと言い、三人は先生と一緒に二階へと上がって行った。
家庭教師はミョルマイルに頼んで、ベスターの伝手で家庭教師を手配してもらっていたのだ。
二階に上がったのを確認してカヤは再びカウンター席に座り、軽く溜息を付く。
「はぁ。なんか、やっちまった感があるわ……」
「カヤ姉さん。あの子をネコマンマ商会に、入れるのかい?」
「私は反対だよ、カヤ姉さん。ラコルちゃんは、住む世界が違い過ぎる。まだ六歳だし、って、歳は関係ないけども……。あの子に、暗殺は無理だよ」
「ディーナ。そう、ポンポン言うんじゃないわ。カヤ姉さんとて、そこら辺は考えてるだろうて」
ザーバの言葉にディーナが意見して押し問答になり、カヤが「入れる事は考えてない。あくまでも、あたしの一番弟子にするということ」そう答える。
それからカヤは、ラコルを弟子にしてもネコマンマ商会には関わらせないと言う。
ただし、爆発的な殺意を糧に威力を出す闇夜影千流の在り方は変えられないので、弟子にしてどうするか、やめるか、続けるかは、ラコルの意思に任せると言い、イリアとメイムの眷属の件も一旦保留とすると告げた。
「そうかい。カヤ姉さんがそこまで考えてるなら、あたしゃ口を挟まないよ。でも、あの子は獣人でも良い子じゃから……。なるべくなら、こちら側に来ない様にしてあげたいものだねぇ」
「そうだね。イリア達も可愛がってるみたいだし。表から進んで、こちらに来ることはないさ」
「ありがとう、ザーバ、ディーナ。これは、あたしがはっきりしなかったせいだから……。余計な気遣いさせたね、ごめん」
「よしておくれ。姉さん達には大きな恩があるんじゃから、このくらい安いもんじゃよ。フェッフェッフェッ」
「そうそう。遠慮しないでいいんだよ、カヤ姉さん。ふふふ」
カヤはこの時思った。
こういう人間もいるんだな、と。
悪党なのに、なんかおかしいな……そう思うとクスリと口端に笑みが
そこへ、モモカが転移して来た。
「あら。三人揃って、何笑ってるのかしら?」
首を傾げながら尋ね、カヤが先程起こった事を話し説明する。
「そう、眷属か。名付けをして欲しいと、ねぇ。それは、少し難しいわね……眷属になったと言っても、わたし達が
「モモカ姉さん。それは、魔物になっても厳しいとこなのかい?」
「そう、ね。とても、厳しいところだわね」
ディーナの問いにモモカは、なんとも言えない表情を見せて、ディーナとザーバは何となくそれを察し、これ以上この事を口にするのをやめた。
すると、カヤが口を挟んでくる。
「とりあずさ、ラコルの弟子の件も眷属になりたい件も、ちゃんと答えを出すよ。もう、中途半端にはしない」
「覚悟を決めたの? カヤ」
「うん。モモカ、あたしはラコルを弟子にする。眷属の件はもう少し待ってもらう、ちゃんと答えたいから」
「わかったわ。あんたの好きにしなさいな。わたしも、覚悟を決めないとだわね」
そんなやりとりを黙ってザーバとディーナは見ていて、「姉さんらが、こんな話をする時が来るなんて、人生わからんもんじゃわい」とぽそり呟き、それにディーナが全くと言う様に頷いていた。
とりあえずこの件の話を終え、カヤとモモカは店を出て帰路に着く。
次の日カヤはラコルの家を尋ねるが、ラコルは具合が悪いから会いたくないと言ってるとラナが伝え、その日は帰る。
次の日も、また次の日も、ラコルは鍛錬にも来ず、家に行ってもカヤに会おうとしなかった。
数日が経ち……。
それは現れた。
ドワルゴンへ向かう街道沿いに、影獣が出現したのだ。
「ベニマル、被害は出たか?」
「いえ、被害は出ていません。しかしリムル様、影獣の目撃情報だとこちらを見ていて、何故か襲う気配がなかったと――」
「なに? ゴブタからの報告では、かなり好戦的だと聞いたんだが……」
「それが……これは、警備隊の者からの報告なんですが、こちらを見ながら、一声鳴いたそうですが、それがとても哀しそうな声だったと聞いてます」
「ふーむ。おかしいな、それ本当に影獣だったのか?」
「ええ。間違いなく、報告通りの姿でしたと報告が上がってますし、街道を行く旅人の目撃情報も、それと一致しています」
「そうか……わかった。すぐカヤ達に、この情報を伝えてくれ」
「了解しました。リムル様」
ゴブタとモモカからの報告との食い違いにリムルは、妙な胸騒ぎを覚えつつ執務机にある報告書に目を通していく。
ベニマルから報告を受けたカヤとモモカは、ドワルゴンへ向かう街道沿いを徹底的に探索したが……影獣の姿はどこにもなかった。
影獣出現からラコルは最近やたら眠くて、時折いきなり意識を失うみたいに眠りに落ちていた。
「どうしたんだろう……。異様にねむいし、眠ると変な夢ばかりみるし……。この間なんか、街道沿いに人や魔物が沢山いてアタしを、みていたし。ころしちゃえば、よかったかな」
自分で言った最後の言葉に疑問も持たずに、ベッドに寝転がりながら天井をポャーッと見詰めていた。
ラコルは、あれから家を一歩も出ずにベッドで寝てばかりだったのだが。
ダコラやラナが心配するも、「大丈夫だよ」と言い体もやつれてる様子も無い事から、多分疲れから来ているんだろうと思い、しばらくゆっくり休むといいとラコルに優しく告げていた。
静かにゆっくりと〝
(なんで……なんで……弟子にしてくれないの……イリア達が暗殺者だったなんて……なんで、黙ってたの! カヤお姉ちゃん!!)
黒い霧に包まれた夢の中で叫んだ声に驚き、ラコルは飛び起きた。
「え……なに、今の……こわいよ。カヤお姉ちゃん……は、ころす、んだ。ちがう!!」
いきなり張り上げた声に耳を塞ぎ頭を振り、ラコルはベッドから降り窓際に行くと窓を開けた。
まだ深夜を過ぎた辺りの夜空を見上げ、心細そうに呟くと、それに呼応するかの如く、もう一人の自分の声が囁きかける。
「なんでこんなに憎いんだろう、なんにもしてないのに、カヤお姉ちゃん」
(なにもしていない? したよね、騙してたよね? アタしに隠して騙して、うくくく)
「ちがう。あれは、仕方なかったんだと思う」
(ちがわないよ。弟子にする気なんか、これぽっちもなかったよね! )
「でも、基本体術とかは教えてくれてたんだ」
(そんなもの、誤魔化しにすぎないよ。ラコルに闇夜影千流を、教えない為のね)
「ちがうちがうちがうちがう。カヤお姉ちゃんは……そん、な、こ、と……」
(駄目だよ、ラコル。騙されては駄目。しょせんカヤは悪党なんだ。だから、悪党は殺してあげようよ)
「ちがう!! カヤお姉ちゃんは、優しいんだ。パパとママを助けてくれたし、アタしにいつも、優しくしてくれたもん」
(ほんとに? ほんとーーに? ほんと?)
「うん。アタしは、カヤお姉ちゃんが、大好き。モモカお姉ちゃんも大好き。大好きな二人と、いつまでも一緒にいたいもん!」
(じゃあ、尚更殺してあげなくちゃ。そうしないと、大好きな人は、ラコルをほっといて、遠くに行ってしまうよ?)
「いかないもん! どこにもいかないもん!! アタしは、ずっと、ずーーーーっとカヤお姉ちゃんといたいもん!」
(ラコル~ ほんとぅーーにどこにも行かないと思ってる? 思ってる? 思ってる?)
「それ、は……」
(ほんとうは、思ってないんでしょ? 駄目だよラコル。自分の気持ちに嘘をついては駄目)
「おもっ、てない。嘘じゃ、ない……」
(いいんだよ、ラコル。正直になろうよ。ほんとうは、殺してでも行かせたくないんでしょ? ずっと、一緒にいたいよね?)
「殺したくないよ……なんで殺さないと、駄目なの? 嫌だよ」
(大丈夫だよ、ラコル。キミは強くなったんだよ。アタしと一つになってね)
「アタし?」
(そう。アタしはキミだ。そして、キミはアタしだ)
ドクンと胸の鼓動が響き、ラコルが両手で胸を押さえ窓から夜空を見上げたまま、足元から黒い霧がゆらゆら立ち昇って来る。
(さあ、ラコル。勇気を出して。カヤを殺してずーーっと、一緒にいよう)
ラコルに囁き掛けるもう一人の自分の声に抗えなくなり、静かに頷き、口端に小さく笑みを浮かべる。
「ず、っと? ずっとカヤお姉ちゃんと、いられる、の?」
(そうだよ、ラコル。殺してしまえば、永遠にカヤの魂はラコルの物だよ。ね、殺そうよ)
「永遠に……そうだね、カヤお姉ちゃんは誰にも渡さない。殺して――魂は永遠にアタしと一緒に……」
(そう、永遠に一緒だよ、ラコル。うくくくく)
ラコルの目が黒く染まり、紫色に光る瞳が現れる。
魂が赤黒く輝き、ラコルの体を黒い霧が包み……ラコルの体から影獣が現れる。
それは、何処へと飛び去って行く。
夜が明けて、またもや影獣の姿が目撃され、カヤとモモカは目撃場所へと急ぐ。
そこは、カヤとモモカの家からそう遠くない、ジュラの大森林に影獣は現れた。
六十五話を読んで頂き、ありがとうございます!
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