転生したらネコムスメなんだけどの件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました七十三話です。







七十三話 傭兵猫(後編

 

 

 這々の体(ほうほうのてい) で本隊に辿りついたダゴンは、ハルモア王国騎士団団長の前に居た。

 

 

「ノベスキー団長。魔物の小娘共が申したことは、これで全てです」

 

 副団長のダゴンが本隊指揮所を兼ねたテントの中にある指揮所のテーブルに座り、真向かいにいるハルモア王国騎士団の団長であるノベスキーに第三砦で起きた出来事を説明していた。

 

「そうか……。無残にも散った兵士達は、さぞ無念であったろうな」

 

 膝に置いた両拳を固く握りしめノベスキーは、短く息を吐きしばし目を伏せる。

 

「ノベスキー団長。こちらも、今こそ大規模殲滅軍団魔法を使う時ですぞ。卑怯にも不意打ちで大規模殲滅軍団魔法を使ったヴァサルティス国に、遠慮はいらぬかと」

「まさか、ヴァサルティス国が大規模殲滅軍団魔法を使うとはな。あの国にそんな大規模殲滅軍団魔法があると言う情報は、無かったのだが。本当にその魔物二人が殲滅魔法を使ったわけでは、無いのだな?」

「はい、ノベスキー団長。みたところまだ十代の小娘の魔物。私も不意を突かれ一度はあの者共の言葉を信じましたが――後になり冷静に考えてみれば、暴風竜でも魔王ですら無い魔物の言葉など、信じるに値しないどころか、巧妙に騙されたと思いました次第です。恐らく、秘密裏に準備した敵方の大規模殲滅軍団魔法が発動したのでしょう。そこへ、あたかも自分達がやったと言わんばかりに現れて、私をペテンに掛けたと思われます」

 

 ノベスキー団長は黙ってダゴンの言葉を聞いて、時折相槌を打ち見事に蓄えた顎髭を擦りながら自分も様々な視点から思案をし、一つの結論に至る。

 

「確かに。お主の言葉には一理ある。暴風竜でも魔王ですら無い魔物に、十万もの兵士を殲滅出来るなど、無理があるな。志半ばで散った十万の兵士達の為にも、何としてもヴァサルティス国を制圧せねばな」

「はっ、その通りでございます。ノベスキー団長」

「すぐに第一砦に向けて、大規模殲滅軍団魔法・〝破滅の炎(ニュークリアフレイム)〟の準備にはいれ!」

「はっ! 直ちに」

 

 ダゴンはノベスキー団長の命令を受け取ると、側近に軍団魔法の準備の為至急エリート魔導師の部隊を集めるよう指示を飛ばす。

 

 ダゴンはカヤとモモカが野営地に来て本隊に行けと言われ馬車を飛ばしている時に、何故暴風竜でも魔王でもない一介の魔物に十万もの兵士を殲滅出来るなどありえるのか? と考え、もしかして自分はペテンに掛けられたのではないのかと思い至り、たかだか亜人の魔物にそんな大それたことは出来るはずも無し、そう結論付けたのである。

 

 見た目で判断し、またこの世界の暴風竜や魔王の凄まじい伝説は数あれど、一介の魔物が恐れられた話などは無かったのだ。

 

 ある意味そう思うのは当然であり、それを本当だとは見抜けなかったダゴン。

 

 ただのネコムスメにしか見えない二人の発した妖気(オーラ)が〝天災級(カタストロフ)〟に匹敵する者だとは気付けなかったのも仕方のない事でもあった。

 

 何故なら、ダゴンは暴風竜や魔王などの伝説は知っていても、本物は見た事無いのだ。

 

 そして、ダゴンを含めハルモア王国は、〝天災級(カタストロフ)〟の恐ろしさを知る事となる。

 

 

 ハルモア王国軍は第二砦を攻める十万の兵の半分を、第三砦からのヴァサルティス国軍の挟撃に備える為、第三砦に向けて進軍させる。

 

 その様子を『万能感知』で把握してるカヤとモモカはその事をファバルム団長に伝え、決してこちらから攻めず防衛に徹するようにと要請し、ファバルムはそれを了承して全軍に「防衛に徹せよ!」と指示を飛ばす。 

 

 

 第一砦から二キロ離れた所に布陣し、ハルモア王国選りすぐり百名のエリート魔導師による大規模殲滅軍団魔法の詠唱が開始された。

 

 直径百メートルに及ぶ巨大な魔法陣が現れ、その中心にピンポン玉位の黒炎核(アビスコア)が具現化される。

 

 

「やるきだね。しかし、小さいなあの黒炎核(アビスコア)。まあ、人間共にはあれが精一杯の制御かな」

「フフッ、そうね。百人がかりの核撃魔法とは、不便なものね人間も。だけど、意外に馬鹿だったわね、ハルモア王国の騎士団団長は」

「どうする? 〝荒暴砲口(フィアス・ブラスター)〟で吹き飛ばす?」

「ダメよ。あれは被害が大きすぎて、地形が変わるわ」

「だよねー、ヴァサルティス国の地形が変わるのは、不味いよねぇ。いっそのことポイと〝重力崩壊(グラビティーコラプス)〟を放り込んだら?」

「うーん。あんたが使った〝死の言霊(デススピリットワード)〟はどう?」

「いいけども。もっと絶望と恐怖を与えた方がよくない? 仮にもあたしら天災級(カタストロフ)なんだし」

「そうねぇ……」

「もう、十発程核撃魔法ぶち込む?」

「いや、いいわ。わたしがやるわ」

「ほい、まかした」

 

 第一砦上空千メートルに浮かんだまま二人はあれやこれやと話しながら徐々に高度を落とし、ゆっくりと第一砦前の大門に降り立つ。

 

 

 ハルモア王国軍の〝大規模殲滅軍団魔法〟の準備が整い、凄まじい魔力の流れと共に〝黒炎核〟が今にも破裂しそうな低い唸りを上げる。

 

 その膨大な魔力をヴァサルティス国軍側も感知し、二人の所に騎士団員が状況確認に来るも、カヤが「大丈夫だから砦から出ない様に。いいね」と伝え騎士団員に早く砦に戻れと右手をピッピッと振る。

 

 

 

「ダゴン副団長。〝大規模殲滅軍団魔法〟、いつでも撃てます」

「うむ。〝破滅の炎(ニュークリアフレイム)〟、放てえ!!」

 

 ダゴンの号令と共に〝黒炎核〟が第一砦の大門の真上に放たれ、一気に起爆するかと思われたが、それはいきなり門の前にいるモモカの前に飛翔する。

 

 モモカの右手の平の上でブーンと羽虫の様な唸りを上るピンポン玉大の〝黒炎核〟が、スーッと小さくなり始め、パチンコ玉位になり、更に小さくなり、それをグッと握り潰すように〝黒炎核〟を消滅させた。

 

 放たれた〝黒炎核〟の制御を奪い、消滅させただけで、モモカに取っては造作もない事である。 

 

 いつまでたっても起爆しない〝黒炎核〟にダゴンは業を煮やし「この馬鹿どもが! 魔力操作も満足に出来んのか! ハルモア王国選りすぐりの魔導師とは飾りか!」そう声を荒げ、すぐに次の〝大規模殲滅軍団魔法〟の詠唱を始めるよう、部下に指示を飛ばす。

 

 百名の魔導師達が再度〝大規模殲滅軍団魔法〟の詠唱を開始すると、いきなり魔導師達がいる上空の空間が歪、桜の花弁(はなびら)に似た呪符の花がまるで花吹雪の様に舞い踊り、見る者を魅了していく。

 

 その花吹雪に見とれ、詠唱を止めた魔導師達にダゴンが「何をしておる! 詠唱を止めるな! この無能共が!」とありったけの罵詈雑言を吐きながら部下達に「早くあの妙な花弁を燃やしてしまえ!」と言った瞬間、パンと手を叩く乾いた音が一つ、周辺に鳴り響いた。

 

 〝徒桜(あだざくら)

 

 ダゴンの耳にモモカの言霊が届き、「ひっ!」と声を上げると同時に呪符の花弁が魔導師達に襲い掛かり、無慈悲に斬り刻んでいった。

 

 魔導師の一人が腰の道具入れから連絡用水晶球を取り出し、本隊へ救援を求める。

 

『こちら、大規模殲滅軍団魔法部隊、得体の知れない魔法? に味方が次々とやられ、ひいいいいいっ! 至急援軍を!』

『こちら本隊指揮所。状況を正確に報告せよ。大規模殲滅軍団魔法部隊、応答されたし』

『いいから早く援軍を! はやくはやくはやくはやく、援軍を! ひぎぃいいいいーーーー ……』

『大規模殲滅軍団魔法部隊、どうした!? 応答されたし! どうした!? 応答されたし!』

 

 魔導師の悲鳴を最後に連絡が途絶え、指揮所に不穏な空気が流れ始める。

 ノベスキーは、不用意に本隊を動かすわけにはいかぬと言及し、斥候を出せと命令を下した。

 

 

 阿鼻叫喚の、大規模殲滅軍団魔法部隊の兵士達。

 

 荒れ狂う刃の花弁と化した無数の呪符花弁が、魔導師達を恐怖の血の池へと叩き込む。

 

 赤く染められた大地に百名の魔導師達の血で出来た池が、うっすらと明るくなった空に照らされ、赤黒く光り鉄さびにも似た臭いをまき散らす。

 

 見た事も無い魔法か、術か判らない物に魔導師達があっという間に殺された光景に、その場にいた兵士達は完全にパニックに陥り、後方の本隊目掛けて全速力で駆けだしていった。

 

 ダゴンもモモカの声を聞きあの時の恐怖が甦り、真っ先に本隊目掛け逃げていたのだ。

 

 魔導師を護衛する兵士二万もの一斉逃亡。

 その様を二百メートル上空にいるカヤとモモカは、冷たく見下ろしていた。

 

 途中斥候部隊と鉢合わせしたダゴンはすぐに本隊に戻るよう命令し、後方の本隊を目指す。

 

 後方の本隊に辿りつたダゴンは団長のいる指揮所を兼ねるテントに飛び込み、すぐに襲い来る魔物の討伐を進言する。

 

「ノベスキー団長! 奴らが来ます! すぐに迎撃の準備をするよう全軍に通達を!」

「!! 何があったのだダゴン副団長! 話しが見えぬぞ。軍団魔法はどうしたのだ!?」

 

 息を整えながらダゴンは、事の顛末を早口で話す。

 

「そのようなことが……。なんなのだ、その魔物は?」

「お急ぎをノベスキー団長。二十万の兵ならたった二匹の魔物など、赤子の手を捻るにも等しいでしょう」

「そう、そうだな。ダゴン副団長、全軍に通達。即時戦闘態勢に入るようにと。急げ!」

「はっ! ふあぁあっ!!」

 

 ダゴンは踵を返し指揮所から出ようとしたところへ、入り口からカヤとモモカが入って来て変な声を上げる。

 

 そして空間に変な違和感を感じたノベスキー団長が腰の剣に手を掛けたとこへ、モモカが口を開く。

 

「ちょっとこのテントに結界を張ったから、もう誰も出られないし、入れないわよ」

 

 事無げに言い放ち、にんまりと嗤いを浮かべる。

 

 中にいた騎士団員の一人がテントの外に出ようと入り口に向かうが、見えない何かに弾かれたように後ろへと弾き飛ばされた。

 

 テントの中にいる騎士団員二十名余りが抜刀し剣を構え、カヤとモモカを睨み上げる。

 

 だが、誰一人として二人に斬り掛かれなかった。

 

 カヤは千鳥の柄に左腕を掛けているだけで一見隙だらけに見えるが、訓練を積んだ騎士団員には斬り掛かった瞬間に斬り殺される映像しか浮かんでこなく、皆一歩を踏み出せずにいた。 

 

 そこへ、ダゴンが声を張り上げ騎士団員に活を入れる。

 

「バカ者が! たかだか二匹の者に後れを取るなど、栄えあるハルモア王国騎士団員の名折れぞ! この汚らしい魔物を斬れい!」

 

 自分も剣を抜き、その剣で二人を指しながら言うも、騎士団員は誰も動こうとしなかった。

 

 二十万の兵、ノベスキー団長、それに本国の騎士団員がいる中で、気を大きくしたダゴンは声の限りに騎士団員に命令するが、だれも動かない事に業を煮やし、自らカヤに斬りかかっていく。

 

「この臆病者どもめが! 見てるがいい。私が見事、こ奴等を斬り捨てる所を! 死ぬがよい、薄汚い魔物め覚悟せよ! ちぇりゃああああああああ!」

 

 カヤの脳天目掛けブロードソードを振り降ろす。

 

 ガッ!

 振り降ろされた刃を右手で無造作に掴み、めんどくさそうに吐き捨てるカヤ。

 

「バカか? おっさん」

「なんだと!? 我が剣は〝伝説級(レジェンド)〟なのだぞ! 鎧すらも容易く、斬り裂くのだぞ……」

「へえー 剣が泣いてるぞ。技量も無い奴に持たれて」

 

 言うやカヤは、刃を握る右手に軽く力を入れ容易く刃を砕いた。

 

「なに……。馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な」

 

 剣の刃を砕かれたダゴンは、馬鹿な、馬鹿なと繰り返し後ずさっていく。

 

「さてと、ノベスキー、団長さん? でいいのかしら」

「いかにも」

「そこのダゴンから聞いてると思うのだけど、軍を引く気は無いのかしら?」

「我らは王の(めい)により動いておる。いかな者でも我らに指図は出来ぬ。王の(めい)無く、軍を引く事など出来ぬ」

「そう。じゃあ少しここの兵士達を減らすけども、いいかしら?」

「減らす? おかしなことを言う魔物だ。どう減らすと言うのだ?」

「ノベスキー団長、魔物の言葉に惑わされてはいけませぬぞ! どうせヴァサルティス国軍の大規模殲滅軍団魔法が用意されているのです。反撃を! すぐに外にいる魔法兵と魔導師が、ここに張られた結界を解除するでしょう。反撃の号令を!」

「ねえ、あなた。少し黙っててくれないかしら。わたしは、ノベスキー団長さんと話しているのだけれど?」

「黙れだと!? 誰にものを言っておるのだ。私はハルモア王国騎士団副団長ダゴンである! 陽動でここへ来て、大規模殲滅軍団魔法が準備出来るまで時間を稼ぐ気であろうが! もう騙されはせんぞ!」

「もう、バカは黙れ。口を閉じてなさいな。それで――」

「お前こそ黙るのだ! そこそこに力のある魔物みたいだが、魔王ですらないお前達など、何匹いようとハルモア王国騎士団の敵ではないわ! 暴風竜の伝説も知らぬであろう田舎魔物めが。ふはははは――」

「ヴェルドラのことか? それとも太古の魔王ギィか? ミリムか?」

「「「「「「「「ふあっ!?」」」」」」」」

 

 ダゴンの高笑いにカヤがいきなりヴェルドラと魔王ギィ、ミリムの名を呼び捨てで呼び、その事にその場にいるノベスキーを含む全員が気の抜けた声を出し、石造の様に固まる。

 

 一介の魔物がヴェルドラの名を軽々しく口にする事は絶対に無く、ましてや魔王の名を呼び捨てにするなど即、死に直結するのであり、カヤの行為は有り得ないことなのだ。

 

 そこでノベスキーは目の前にいる魔物が何かしらの形で魔王や暴風竜に関わる者だと理解し、最初にダゴンから聞いた事は真実であり、目の前にいる魔物は〝天災級(カタストロフ)〟なのではと悟る。

 

(魔王ですら無い魔物が魔王級など、ありえるのか……? 決して手を出してはいけない、魔物だったのか……)

 

 だが、既にそれは遅かった。

 

「もういい、あんたら皆消えてもらうわ。ノベスキー、あんたは見届け人として、殺さないであげる」

「バカどもが。モモカが優しく言ってる内に引けばよかったのに。相手の力量も計れないバカは、長生き出来ないぞ?」

 

 モモカの感情の一切籠ってない冷たく突き刺さる言葉と、カヤの凄まじい殺気が籠った言葉にノベスキーは口を開こうとするも言葉が出ず、ダゴンに至っては入り口の結界に突進を繰り返しては弾かれるを繰り返していた。

 

「残る約三十万の兵士が殲滅されるところを、よく見ておくのね。ノベスキー」

 

 凍り付くほどの殺気を放ちながらモモカは、二つの〝黒炎核(アビスコア)〟を作り出す。

 

 野球ボール大の〝黒炎核〟はノベスキーですらも感じ取れる程の膨大な魔力を秘めていて、その場にいる全員が入り口に殺到し結界に弾き飛ばされていく。

 

「あんたら、塵も残さず分解消滅させてあげるわ。ピンポイントに兵士だけを、ね。ウフフフ、アハハハハハ」

 

 暴虐の嗤いを発しながらモモカは、左右の手に持った〝黒炎核〟を眼前で合わせ、握りつぶした。

 

 まばゆい光と同時に漆黒の闇が広がっていく。

 

 光と闇、両方の性質を持ち合わせたモモカのオリジナル〝核撃魔法〟

 

「――聖暴冥爆(スーパーノヴァ)――」

 

 思考制御された霊子の波動は野営地のテントや装備、兵士の鎧、肉体を破壊消滅させ、闇の光は的確に星幽体(アストラルボディ)を砕き魂を露わにする。

 

 巨大な黒い半球状のドームが指揮所を中心に広がって行き、二十万の兵を覆い尽くす。

 

 半球状の黒いドームの表面には、無数に光る白色の光る線が蛇の様にうねりながら動いていた。

 

 肉体も星幽体も破壊され魂だけになった二十万の兵。

 

 宙に淡い青白い光を放ちながら漂い、ある一点を目掛け集まっていく。

 

 モモカは胸の前に両手の平を上に向け、そこに二十万に及ぶ魂が集められていった。

 

 心核がそのまま残っている魂は、様々な呻き声を上げモモカの手の平の上で漂う。

 

 ノベスキーはその光景をまざまざと見せつけられ、あまりの恐怖に地面に打ちひしがれる。

 

 二十万の魂を回収し終えたモモカは『空間転移』していき、第二砦と第三砦の兵士も同じように消滅させ、十万の魂を狩り集めた。

 

 本隊のあった地点に、ぽつんと一つ立つ指揮所を兼ねたテント。

 そこにモモカが帰ってくると、ノベスキーの前に黒いビー玉くらいの玉を投げる。

 

 カツンと小気味酔い音を立て転がって行った。

 その玉をノベスキーは恐る恐る手に取ると。

 

 黒い玉から微かに聞き覚えのある声が、聞こえて来た。

 

 ゴメンナサイ タスケテクダサイ ワタシガワルカッタ オジヒヲ アアアアア ヤメテクレ キョウフニクワレル イヤダアアアア タスケテタスケテ ダレカアアアアア

 

 それは魂だけの姿になったダゴンであり、黒玉に魂を封じられた哀れな姿であった。

 

 モモカの精神すらも汚染する殺意に常時晒され、それでいて気が狂うことも出来ない、永劫の牢獄。

 

 ノベスキーは「ひぃっ」と声を上げ黒玉を投げ捨て、黒玉はモモカの足元に転がって行き、それをモモカが無造作に拾う。

 

「ノベスキー。これはわたし特製の魂の牢獄。無限に襲い来る殺意と恐怖の波動に、苛まれるのよ。フフッフフフ」

「わかった、わかったから、助けてくれ! 何でもする! 頼む!」

「フフッ、いい子ね。それじゃあ、国王に合わせてもらおうかしら?」

「本国に行くだと……」

「本国には、虎の子の騎士団五万の兵が防衛してるんでしょ?」

「なぜ、それを……」

「造作も無いわよ。このバカの記憶を、覗いただけだもの」

 

 冷めた笑みを浮かべモモカは、左手に摘まんだ黒玉をこれ見よがしに見せる。

 

「そ、そん、なことが……。あり得ない、こんな事が、無理だ、私には……。わかりまし、た。あなた様に、絶対の、服従を誓います」

 

 ノベスキーの心が折れ、砕けた。

 

 魔王にも匹敵するモモカとカヤに頭を垂れ、絶対服従を誓うノベスキー。

 二人はスキルでも術でもなく、絶体的な暴力と殺意でノベスキーを従えたのだ。

 

 カヤはノベスキーの腰のベルトを掴むと「暴れるなよ。落ちると死ぬぞ」一言だけ言うとグッと軽く膝を曲げ全身に力を込め、それを一気に解放して真上に跳躍する。

 

「えっ? まって!? ぎゃあああああぁぁ」

 

 ドンッと重い衝撃波の音が響き、瞬時に音速を突破してカクンと直角に曲がり、ボッボッと水蒸気の輪を作りながらハルモア王国に向けて加速していく。

 

 その後にモモカも続き、ノベスキーの悲鳴だけが木霊していった。

 

 

 強固な城壁で囲まれた巨大都市、ハルモア王国。

 その一際大きな正門の前に位置する平原に、五万の騎士団が都市防衛に当たっていた。

 

 ヒィーーンッと耳を裂く甲高い音を立て、カヤとモモカが五万の騎士団の前に落下するように降り立つ。

 

 轟音と共に地響きを起こし巨大なクレーターを作り、着地の衝撃と熱で雪は瞬時に蒸発し巻き上げられたと土砂が豪雨のように降り注ぐ。

 

 いきなりの衝撃音と、もうもうと沸き立つ土煙。

 

 防衛に当たる騎士団員は、何事かと皆が何かが落ちて来た方へ目を向ける。

 うっすらと土煙が晴れていく中、魔物二人とその後ろに付き従う鎧を着た人間の姿が現れる。

 

 前衛に当たる騎士団の大部隊が目にしたのは、悠然と歩きながらこちらを目指す魔物と、王国騎士団団長ノベスキーの姿に驚き口々に「おい、何で団長が魔物の後ろを歩いているんだ?」「魔物? 獣か? いや亜人か?」「どうしたのだ、団長は……」など、その有り得ない光景に戸惑い、団長の姿を確認した何人かがそこへ走り近寄ろうとしたらボンッと爆発音が鳴り、火球に包まれ一瞬にして灰になったのを見て各部隊の指揮官は攻撃命令を発し、全騎士団員が剣や槍を構え、魔法部隊は魔法攻撃の準備に入る。

 

 先頭を歩くカヤが、前衛部隊五十メートル前まで来て歩を止めると。

 

 グルリと平原に広がる騎士団を見渡し、フッと軽く嗤うや黒から金色に変わった瞳が輝きを増す。

 

 周りから生き物の気配が完全に消え、ふわふわと振っていた雪が止んだ。

 周辺一帯の大気が凪ぎ、キーンと耳鳴りにも似た音が五万の騎士団員の耳に響く。

 

 そして。

 

 風が鳴いた。

 

 雪の平原をヒュゴウッと風が唸りながら吹き抜けていく。

 

 その風は――

 

 魔王覇気だった。

 

 

 カヤが放った魔王覇気は五万の騎士団員の間を吹き抜け、城塞都市全域を包み込む様に吹き荒れた。

 

 覇気で人が死なぬよう制御し、赤子、子供は避けるように魔王覇気は吹き抜けていった。

 

 妖気、殺気、魔王覇気、それらを完全思考制御して放つことが出来る、カヤの技能。

 

 固有能力・『気動制御』

 ここに隠されたカヤの能力がまた一つ表れ、それはモモカにも表れた。

 

 魔王覇気に晒された王室は完全に混乱状態に陥り、玉座に座るネスター・バン・カバノス国王は頭を抱え震えながら「魔王じゃ、魔王じゃ、魔王が来たぞ」と繰り返すばかりであり、周りも同様だった。

 

 側近の大臣や貴族たちも、右往左往するばかりで、正常な判断を出来る者は皆無であった。

 

 雪の平原を黒く埋め尽くした五万の騎士団員が、カヤのどけと手を振る動作に合わせてザーッと人並が割れ、大正門前まで一直線の道が出来る。

 

 大正門が軋む音を響かせ開き、中央に位置する城まで魔王覇気に触れた人々がその通りを挟む様に並び跪き、カヤとモモカはその間を優雅に歩き城を目指す。

 

 城に着いた二人はノベスキーを先頭にし、国王がいる謁見の間まで行く。

 

 謁見の間に着いた二人は玉座を見るが国王はおらず、しばらくして王室から側近二人に抱えられて玉座に座った。

 

 それを見るやカヤが口を開く。

 

「あんたが、国王なのか?」

「い、いかにも。余が国王、ネスター・バン・カバノスである」

「ぐだぐだ言うのも面倒だし、単刀直入に言うね。降伏しろ。あんたのとこの四十万の軍は、あたしとモモカが殲滅した。そこの五万の騎士団も、もうあたしらに歯向かえないよ。一度しか言わない。よく考えて、答えるんだな。降伏しないなら、即この国の民ごと国は無くなるよ」

 

 淡々と話すカヤの横で、モモカが両手に〝黒炎核(アビスコア)〟を作り出す。

 

 「ひっ!」と声を上げ玉座で身を捩る国王にカヤは、ノベスキーに見た事を話してこいと言わんばかりに顎をクイッとし、ノベスキーは即座に王の所へ駆けより事の顛末を話し出していく。

 

 側に集まった大臣や側近、貴族たちは一応にノベスキーの話を黙って聞き、聞き終わると誰もがこの世の終わりみたいな顔付になっていた。

 

 ノベスキーが話をしてる間に、魔王覇気の影響が薄れた貴族達の何人かが「下賤な魔物風情が、我らに指図など」と宣い、モモカに頭を吹き飛ばされていた。

 

 それで更に謁見の間に恐怖が重く王達を、包み上げていく。

 

 国王、ノベスキー、大臣などが意見を交わしながら王が出した答えは。

 

「そ、そこの魔物よ。一つお聞きしたいが、よろしいか?」

「なんだ?」

「貴殿は、魔王なのか?」

「魔王じゃない、が。太古の魔王ギィ・クリムゾンから、魔王級でありながら自由にやっていいと、お墨付きは貰っている。やり過ぎるなと言う、条件は付いてるけどね」

「なっ……。何と言う事なのだ……」

 

 カヤが出した名、魔王ギィ・クリムゾン。

 

 これで謁見の間にいる王を含め皆が絶句し、完全に心が折れ絶望する。

 ノベスキーだけは、先に魔王ギィの名を聞いていたので、何とか平静を保てていた。

 

 王はうな垂れたまま「降伏しよう。我が民を巻き添えには、出来ぬ」そう告げると、両手で顔を覆いボロボロと涙を流し始めた。

 

「わかった。じゃあこの黒玉を今から千年この国で管理する事。これには元副団長ダゴンの魂が封じてあり、今も永劫の苦しみを味わっているよ」

 

 ダゴンの呻き声がする黒玉をノベスキーに渡す。

 

「それを教訓とし、今後二度とヴァサルティス国と争わない事。次またヴァサルティス国にちょっかいを出したら、あんたら全員――黒玉にするよ。いいね」

 

 カヤの言葉に、大臣、側近、貴族たちは皆一応に顔を強張らせて頷く。

 

「まあ、詳しい交渉や取り決めなどは、ヴァサルティス国の使者とやってくれ。で、わたしに対する賠償金として金貨五万、モモカにも金貨五万を出す事。わかった? 散々下賤とか魔物風情とか言ったことに対する賠償金ね。少しは相手の力量を見て、もの言えよな」

 

 何と理不尽なとかこそこそ話す声に、モモカがその声がした方に首を向けると、その言葉を言った貴族は怯えた様に跪き、許しを請う様に頭を垂れる。

 

 金貨十万枚を受け取った二人は、今後の戦後処理をノベスキーが先頭に立ってやるように指示し、二度とヴァサルティス国に侵攻しようなど考えを起こさない様に、徹底しろと告げる。

 

 ノベスキーは二人に跪き、「二度とこのような過ちを起こさぬよう、教育致します。そして、感情ある魔物を蔑むことも禁じる事に致します」

「でも、人間にもいい人間悪い人間がいる様に、魔物も同じなのよ。だから、その目を養うよう努力しなさいな」

「はっ! モモカ様」

「後はヴァサルティス国の使者と、上手くやるようにね。次は無いわよ」

「はっ! 肝に命じて置きます!」

 

 モモカの言葉にノベスキーは深く頭を垂れ、モモカは「後はよしなに」と『空間転移』して行き、カヤもそれに続いた。

 

 一旦ヴァサルティス国へ戻り、国王へ戦後処理の事を話し報酬の金鉱石を受け取ると、近い内にテンペストの使者が来るからと、転移魔法陣の設置を許可してもらい、城が立つ敷地の一角に設置する。

 

 使者来訪の打ち合わせは、渡した指輪を介して『思念伝達』でやり取りできるのでそれでと王に話し、カヤとモモはテンペストへ向かって帰還していった。

 

 

《取り戻しましたね、あの頃のあなた達を》

 

 うん 何か 懐かしい戦場(いくさば)の匂いだった

 

 そうね 何者も 恐れない 狙った者は 必ず 仕留める あの頃のあたし達

 

 リムル達に いい御土産も出来たしね

 

《後は、ネコマタを討つのみ》 

 

 次は 必ず 倒す

 

 これで 終わりに しましょう

 

《ええ。私たち姉妹で、終わらせましょう》

 

 

 底知れぬ殺気を湛え、カヤとモモカはテンペストの帰路に着く。

 

 

 

 

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※カヤの新たな力が判明したので、ステータスを表記します。

 モモカの呪符術も古式黒呪符術へと進化しました。

 

カヤ 

EP: 8340万(8340万+千鳥300万)

 

種族: 妖霊獣(スペクター)(物理体を有した、精神生命体)

 

加護: 姉の加護

 

称号: 乱破ノ者

 

魔法:極・超魔力縮退炉術式(ハイパーマジックジェネレーター)

 

神智核(マナス):ヤエ

 

固有能力: 万能感知 思念伝達 変化(へんげ) 神速再生 魔王覇気 多次元結界 思考加速 

      気動制御

 

アルティメットスキル:狂乱之王(フレンジー)

          

 空間支配 重力支配 一隻眼(相手の能力を見抜く)

 時空間操作 並列演算 並列起動

     

 予測演算妨害 未来予知妨害 確率操作妨害 法則操作妨害

 時間操作妨害 並列演算妨害 解析鑑定妨害 

 時空間操作妨害  

                 

 真狂乱舞・時間限定、全能力ハイブースト<リミット120秒>

        

 闇鏡静水・特定条件でのみ、森羅万象切断が使用可能

<厳重封印状態により使用不可>

           

 

隠蔽特化型・究極能力(シークレット・アルティメットスキル):『化カシ之王(ネコダマシ)

 

 自身の能力だけでなく、魂の回廊に連なった者までの能力を偽装し隠蔽する

 世界の言葉すら騙すことが出来、隠すことも可能

 

※〝絶対暴力〟 EP値と、真の攻撃力を偽装するために生み出された権能で、偽装が解除されたので消失。

 

 ???

 

耐性: 物理攻撃無効 状態異常無効 精神攻撃無効 自然影響無効         

    聖魔攻撃耐性 痛覚無効

 

 

 

モモカ 

EP: 8340万(8430万+鈴蘭280万)

 

種族: 妖霊獣(スペクター)(物理体を有した、精神生命体)

 

加護: 妹の加護

 

称号: 乱破ノ者

 

魔法: 元素魔法 古式黒呪符術 暗黒魔法 極・超魔力縮退炉術式(ハイパーマジックジェネレーター) 

 

固有スキル: 万能感知 思念伝達 変化(へんげ) 神速再生 魔王覇気   

       思考加速 気動制御

 

アルティメットスキル: 乱破之王(ブレイク・デストロイヤー)

            

 森羅万象 呪符多次元結界 詠唱破棄 黒炎核支配 重力支配 空間支配 時空間操作

            

 物質変換・改変 融合・分離

          

 解析鑑定 法則操作・改変 審美眼(相手の持ってる本性を見抜く) 

 並列演算 並列起動

 

耐性: 物理攻撃無効 状態異常無効 精神攻撃無効 自然影響無効         

    聖魔攻撃耐性 痛覚無効

 

 

 

 




 七十三話を読んで頂きありがとうございます!

 次回の更新も読んで頂ければ幸いです。


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