転生したらネコムスメなんだけどの件   作:にゃんころ缶

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 お待たせしました七十六話です。







七十六話 ちょっとした闇の日常

 

 

 モモカの見た予知夢の最終期日から、三月(みつき)を切った頃のテンペスト。

 

 未だミカエルの足取りは掴めず、また何の行動も起こさない不気味さに警戒しつつ、目前の脅威――

 

 ネコマタに注力するリムル達。

 

 魔国連邦に属する友好国にはモモカが考案した対黒霧・広域呪符障壁を敷設していき、起動には膨大な魔素量を有するが魔王がいる国は問題なく、起動に必要な魔素量を持たない国ドワルゴンにはメイム、ブルムンド王国にはイリア、ファルメナス王国にはラコル、イングラシア王国にはテスタロッサの配下モスが赴き起動することになっていた。

 

 刻々と近づきつつあるネコマタとの決戦。

 

 そんな中カヤとモモカはいつもと変わらない生活を続けており、ラコル達の修行、ネコマンマ商会の管理、ネコマタの潜伏先を探すといった、忙しい日々を送っていた二人。

 

 そんなちょっとした、カヤとモモカの闇の日常。

 

 

 日が沈み、あちこちの家々に明かりが灯る夜の時間。

 

 夜の繁華街に人の行き来が賑わう時間帯。

 

 一件の娼館から男の怒号が漏れ響いていた。

 

イングラシア王国にある娼館の中で今やTOPにある、娼館アンソルスラン。

 その受付の所から、でっぷりと太った男の怒号が聞こえて来ていた。

 

「ワシを誰だと心得ておる! イングラシア王国の貴族、カラシガル男爵であるぞ! ここの経営者グラブゲ殿から娼婦ナディは、ワシ専属に買い上げておるのだ! 何故に呼ばぬのだ! 無礼にも程があるぞ! お前では話にならん。グラブゲ殿を即刻呼ぶのだ!」

「いえ、だからですね。もうそのグラブゲはここのオーナーでは、ないのですよ。カラシガル男爵様」

 

 夜も賑わいを見せる時間にカラシガル男爵は久しぶりにアンソルスランを訪れ、自分専用にグラブゲからナディと言う娼婦を買っていて、密かに女遊びをする為にナディをこの店に置き暇を見てはアンソルスランに来ていたのだが。 

 

 そのナディは既に娼婦を辞めていて、今はテンペストでゴブリナ達とシュナの工房で働いていた。

 

 ここ最近はなにかと忙しくアンソルスランに来れなく久しぶりに訪れたら、店の雰囲気もガラリと変わっていて、店に入りいつもの如くナディを呼べと応対に出たイサカに言うや。

 

「どなたですか?」

 

 と、問われ。

 

「どなただと? 何を言っておる。ナディはワシの所有物だぞ!」

 

 男爵は顔を真っ赤にして激怒し、今に到る。

 

 その説明にイサカが、懇切丁寧に今のアンソルスランの現状とナディはもう店にはいないと説明するも、聞く耳を持たないのであった。

 

「高い金を支払いナディを買ったのだぞ! 出せぬと言うのならば、賠償金を支払え!」

「だからですね、もう全オーナーはいないのです。経営方針も変わりましたので、ナディを買った同額の金貨をお支払いしましょう。この店でのトラブルはご法度なので、それでご勘弁を」

 

 イサカは深々と腰を折りカラシガル男爵に告げ、手下の男に金貨を持って来るように目配せする。

 

「うむうむ。そこまで言うなら、仕方ないのう。何、安い物だ。たかが金貨二百枚だぞ。ぐわっははは」

 

 豪快に笑いながらでっぷりと突き出た腹を、パンパンと叩く。

 その後ろで護衛の騎士五人が、下卑た嗤いを浮かべていた。

 

(チッ。金貨二百枚だと! 散々値切って、金貨二十枚で買ったくせに。はあぁ、相変わらずせこい男爵様だな。しかし、流石に金貨二百も払ったら、モモカ姉さんはさて置き、カヤ姉さんは確実に怒るよなぁ……。あいつら、皆殺しになりかねないぞ。やれやれだぜ、まったく)

 

 イサカは内でぼやきながらも、はっきりとカラシガル男爵に告げる。

 

「カラシガル男爵様。私は、男爵様がナディを買う時にその場にいましたが、金貨二十枚、でしたよね? 今回は、男爵様もしばらくお店に来られなくて現状を知らなかったと、言う事で。お買い上げした金貨二十枚に、ご迷惑をおかけしたと言う事で更に金貨二十枚を合わせ。計、金貨四十枚でお怒りをお納めして頂きたくございます」

 

 カラシガル男爵の前に頭を下げ両手で金貨四十枚の入った皮袋を差し出すや、カラシガル男爵は左手でパンと皮袋を横から叩き、皮袋はジャリッと音を立て床に落ちた。

 

「はて? ワシは金貨二百枚と言ったのだが。下賤の者には理解出来なかったのか? 計算も出来ぬとは、いやはや困ったものだ。ふはははは」

「いえ、男爵様。どうか、これ――がはっ!」

 

 そのような仕打ちを受けても笑顔でカラシガル男爵に言うと、後ろにいた護衛騎士の一人がイサカの胸倉をつかむや、そのまま壁に向かって打ち付けた。

 

 イサカは壁に派手に激突し、床に崩れ落ちた、が。

 

 そこは元暗殺者、派手にぶつかりながら怪我を負わない様に身を捻じり、床に崩れ落ちる時も気付かれないよう受け身を取っていたのだ。

 

 そう、やられたふりである。

 

「あまりワシを困らせると、このように押さえの利かない者が、暴れる事になるのだぞ? さあさあ、よく考えて口を開くのだ。よいな?」

 

 カラシガル男爵はいつものように護衛の騎士に少し乱暴を働かせ、格下には暴力と恐怖で屈服させ自分の思い通りにしてきたのだ。

 

 しかし、ここアンソルスランでは通じない事を知ることになる。

 

 周りにいる娼館の女達、ひと時の秘め事を終え帰る男客を見送る女がその光景を見ても一言も声を上げていない事に、カラシガル男爵と護衛騎士達は気付きもしなかった。

 

 もし、それに気付いていれば――

 

 ここアンソルスランが只の娼館とは違う事に、気付けたかもしれない。

 

 

 ガチャリッ。

 

 アンソルスラン入り口の扉を開け、一人の少女が入って来る。

 

 栗毛の髪に尻尾を揺らし猫耳の少女が扉を開け、その後に黒髪で同じく猫耳、尻尾がある亜人らしき少女が入って来た。

 

 常連客を見送るフォンテーヌが、その入って来た二人のネコムスメに挨拶をする。

 

「あら、ラコルちゃん。お仕事ご苦労様。カヤ姉さん、ご苦労様です」  

「フォンテーヌさんも、おつかれさまです」

「おおー フォンテーヌ。おつかれさん」

 

 すれ違い様にフォンテーヌとラコルは軽い会釈を交わし、カヤは左手を軽く上げ答える。

 

「ん? フォンテーヌ。あの少女達は誰だ?」

「ふふ。そうですねぇ……。サジクール伯爵様には特別にお教えしましょう。栗毛の子はここのボスの眷属なのです。そして、黒髪の御方はネコマンマ商会のボスの一人、カヤ姉様ですのよ」

「なんと!? あの御仁がネコマンマ商会のボスとな……。人は、いや魔物は見かけによらないか。ならば、カラシガル男爵の奴め、なんと運のないことだな。くくっ(いやはや、ここでボスを明かすとは……。私が裏切る、又は口封じに出る事が無いよう釘を刺しに来たか。一介の娼婦の癖に、何と抜け目のないことよ。まぁよい。あの噂が本当なら、口封じどころか手を出す事も無理であろうな。国が吹き飛びかねんわ。まあ、これからも持ちつ持たれつで、やらせてもらおう。良い女には棘がある、か。誠であったな。くくっ)」

「まったくですわね。ふふふ(いいタイミングでしたわね。もうこれで、完全に逃げる事は出来なくてよ。サジクール伯爵様。ふふふ)」

 

 サジクール伯爵、ここアンソルスランにはつどつど訪れており、フォンテーヌの上得意の客であり情報源でありながら、サジクール伯爵もこのフォンテーヌから情報を貰っていて、持ちつ持たれつの関係に見えるが、フォンテーヌがさりげなく流す情報にサジクール伯爵が喰いつくと言った、完全にフォンテーヌに情報操作をされていたのだ。

 

 有意義な情報を小出しに、時には確信に触れる情報を流し更なる情報を引き出す。

 

 このやり方は、モモカが娼館の女性達全員に教え込んでいた。

 そのやり方を一番上手くやってるのが、フォンテーヌであった。

 

 

 正面入り口を出ると黒塗りの送迎馬車が止まっていて、サジクール伯爵は馬車に乗り込んでいく。

 

 乗り込み間際サジクール伯爵は、フォンテーヌの腰にそっと右手を回し軽く引き寄せると、耳元で囁く様に言う。

 

「今日も良い話が聞けた。楽しいひと時であったぞ、フォンテーヌ」

「いえ、サジクール伯爵様。私も良いお話を聞けて、楽しいひと時でした。フフッ」

「それでは、またな」

「はい。またのご来店を、お待ちしております」

 

 深々とお辞儀をするフォンテーヌに金貨二枚のチップを渡し、サジクール伯爵は馬車に乗り帰路につく。

 

 アンソルスランがVIP専用に出してる送迎馬車、モモカ特製の結界が仕込まれている特別使用である。

 

 乗り降りする者の認識阻害をし、誰が乗ってるのわからない仕様で、お忍びで夜の遊びに出る貴族達に大変好評を得ていた。

 

 貴族、富豪向けの営業をしながら、小金持ちの平民なども視野に入れた営業も行うアンソルスラン。

 

 そう、情報は上から下まで幅広く収集するのが鉄則とモモカから厳命されていたのだ。

 

 今では、ここに来るために小金を貯めた庶民も、来るようになっていた。

 

 一方、床に倒れ呻くイサカ。

 そこへラコルを伴った、カヤが来た。

 

「んや? なに遊んでるの? イサカ」

「あ!? これはカヤ姉さん。お見苦しいところをお見せしました」

 

 今まで呻きながら倒れていたイサカがスクッと立ち上がり、服に着いた埃を何事も無くパンパンと払いカヤに頭を下げる姿に、イサカを壁に叩き付けた騎士が、「え?」っというようにイサカを見ていた。

 

 カヤはカラシガル男爵と周りにいる護衛騎士五人を見て、『思念伝達』と『思考加速』でイサカから事情を聞き、「しょうもな」と吐き捨てる。

 

 その言葉にカラシガル男爵が、更に顔を真っ赤にして噛みついた。

 

「なんだこの魔物の小娘は! 下賤な魔物風情が無礼極まりないわ! 控えろ! ワシはカラシガル男爵であるぞ!」

 

 この一言に、店にいる女達とイサカ、その手下達の目がスーッと細くなるのに、護衛騎士だけが気付き、腰に差してる剣の柄に右手を掛ける。

 

 その刹那――

 

 ガシャガシャーンと派手な音を立て三本の剣が床に転がっていた。

 

 いつの間にか護衛騎士達の前に来たラコルが、目の前にいる三人の騎士が下げてる剣の柄頭を前蹴りで蹴り飛ばしたのだ。

 

 蹴られた剣はその勢いで腰のベルトごと引きちぎり、後ろの床に飛び落ちたのであった。

 

 残る二人が慌てて剣を抜こうとすると。

 

「ダメです。店でのトラブルは、ご法度です。大人しくしていて、くださいね」

 

 にこやかに告げるラコルだが、その笑顔からは強烈な殺気が五人の騎士に放たれていて、今まで体験したことの無い殺気に戦意を完全に奪われ、五人の護衛はカクカクと頷くだけであった。

 

しかし、一人鈍感なカラシガル男爵だけが、怒気を込めた言葉を振り撒いていく。 

 

「何だこの店は、こんな子供を店に入れるのか? これは、由々しき問題であるぞ! いかんなあ、実にいかん。これは上に報告せねばなあ。さあてさあて、イサカとやらこの問題をどうするのだ? 答えよ!!」

 

 的外れでいて、もう持論をぶちまけるだけのカラシガル男爵にイサカは、苦笑い気味に言い放った。

 

「はあ……カラシガル男爵様。その目の前にいる御方が、当店のオーナーの御一人で御座います」

「なんと! この魔物の子供が、オーナーとな!? 冗談にも程があるぞ、貴様! どこまでワシを愚弄するか! もうよい。お前達、即刻この者達を斬り捨ててしまえ。ワシの(めい)である。斬り捨ててしまうのだ。やれ!!」

 

 大声で護衛騎士に言うも、ラコルが腰に差した打刀の柄に右手を添えていて、半歩でも動けば斬り殺されるのは自分達だと分かっていた。

 

 曲りなりにも訓練を積んだ騎士、目の前のラコルが自分達より遥かに強いとわかってしまったのだ。

 

 カラシガル男爵がどんなに怒鳴ろうとも、五人が動くことはなかった。

 

 そんなカラシガル男爵をめんどくさそうに見ていたカヤの尻尾が、左右にピッピッと勢いよく振られていて、イサカが心の内で(まずいな)と呟く。

 

 見るからにカヤが激オコ寸前なのは明らかで、皆モモカから渡されている個人用呪符結界をポーチやポケットから出し、不測の事態に備えていく。

 

 一人の女は急いで二階に上がって行き、客を取ってる同僚達に「カヤ姉さんが、激オコよ!」と告げて周り、部屋にいる女達は慌ててポーチから呪符結界を取り出し、いつでも客ごと結界で包めるよう準備する。

 

 常連の客などは「また、店長を怒らせたバカな客がいるのか」と笑い、それを知らない客は何事かとポカーンとするだけであった。

 

(店長じゃなく、今日はカヤ姉さんなんだけどね)と、告げに来た女が去り際に心の中で呟く。

 

「何をしておるのだ、はよう斬り捨てるのだ!」

「あー おっさん。もういいから、その煩い口閉じろ」

「なんだとおおおおおおおお! この魔物のガキめが、無礼千万! ワシ自ら成敗してくれるわ!」

 

 カラシガル男爵は懐から短剣を取り出し鞘から抜き、そのままカヤに振り降ろした。

 

 それを見たその場にいる者達は、皆。

 

((((((((あ、底なしの馬鹿だ))))))))

 

 心の内で呟いた。

 

 パギュッ。

 

 骨の砕ける音と肉の潰れる音が響き渡る。

 短剣を振り降ろしたカラシガル男爵の右手が、短剣を弾かれ潰れた音だった。

 カヤがほんの軽く左手を振っただけで弾かれ、右手を潰されたのだ。

 

「ほわぎゃっああああああああああああ!! 右手が、ワシの、右手があああああああああ」

 

 潰れた右手から吹き出す鮮血に悲鳴を上げるカラシガル男爵にカヤは、爆炎符を飛ばし潰れた右手ごと焼き止血した。

 

「ぐぎゃぎゃあああ、右手がああああ右手があああああああああ――もぎゃっ!」

 

 潰れた右手の激痛に火傷と、初めて体験する本当の恐怖にカラシガル男爵は絶叫を上げていると、「だまれ」カヤが言いながらほんの軽くカラシガル男爵の右頬に触れるや、グシャッと右頬がへこみ口から数本の歯が飛び散り、乾いた音を響かせながら床で跳ね転がる。

 

「おごぎゃぎゃああ。おもぎゃごぎぎいい」

 

 勢いでその太った巨体が床に倒れ込み鈍い音を響かせ、血の泡を吹きながら左手で口を押さえ、もはや何を言ってるか判らない言葉を吐いていた。

 

 それをカヤがしゃがみ込み、倒れてるカラシガル男爵の右耳を引っ張りながら、ゆっくりと告げる。

 

「いいから、だまれ。次、口開いたら、殺すよ」

「あ゛ぁ、あ゛い゛」

 

 凄まじい殺意の籠るカヤの言葉に、左手で口を押さえ涙を流しながらプルプルと首を上下に振る。

 

「おい、よく聞け。一度しか言わないよ。グラブゲの組織はもう無い、あたし達が潰した。あんた情報が古すぎるよ。仮にも男爵を名乗るなら、情報収集をきちんとやれよ。何でも人任せでふんぞり返ってるから、こんな目に合うんだよ。なぁ、情弱はこの先生き残れないぞ? いいか、この店では男爵だろうが、公爵だろうが、はては王様だろうが、トラブルを起こせば――躊躇なく、殺す」

「はひ、はひひぃ」

 

 一切の表情の無い顔でカラシガル男爵に言うカヤに、カラシガル男爵は底知れぬ恐怖以上の物と、カヤの瞳が細い縦長から丸く黒い瞳になるのを見ながら、その漆黒の闇の様な黒い瞳に飲み込まれる感覚に、とうとう「ぷぎゃっ」と、か細い声を上げ白目を剥き意識が完全に飛んだ。

 

 そうしてる所へモモカが『空間転移』で店に来て、倒れ気絶してるカラシガル男爵と、ラコルの前で小さくなってる五人の騎士を見て、カヤに尋ねる。

 

「なんなの、これ?」

「ん? ただのあほんだら」

「はあ~ 店でのトラブルはご法度って、言ってあるわよね?」

「いや、こいつらグラブゲの馴染みらしいんだけど。どうもしばらくここに来てなくてさ、あたしらが仕切ってるの知らなくて騒いでたんだよ」

「そう……。なら、仕方ないわね。きっちりケジメを取りなさいな。イサカ」

 

 モモカはそう言いイサカの名を呼ぶと、イサカは受付のカウンターから完全回復薬(フルポーション)を一本取り出し、カラシガル男爵の元へ行くとおもむろに振り掛けた。

 

 潰れ焼かれた右手と折れ飛んだ歯が瞬時に再生するも、カラシガル男爵は白目を剥いたまま意識だけは戻らなかった。

 

「どうしますか? モモカ姉さん」

「そうね……。奥でゆっくりと弁明でも聞きなさいな。フフフ」

 

 軽やかに笑いながら言い、そこへカヤが口を入れて来る。

 

「モモカ。そいつ、男爵らしいぞ」

 

 カヤの一言にモモカの目が一瞬鋭くなり、次の言葉を吐く。

 

「イサカ。わたしも行くわ」

「それじゃ、(手駒)にするんですね?」

「ええ、忠実な(手駒)にね。ラコル、そいつらも一緒に奥へ」

「はい、モモカお姉ちゃん」

 

 モモカの言葉にラコルは五人の騎士に奥へ行くように促すと、逃げるのも敵わぬと観念した五人は大人しく奥へと歩き出し、その後ろにラコルが付く。

 

 イサカの手下四人がカラシガル男爵を抱えて、同じく奥の部屋と入っていく。

 

 キイィッ。

 

 軋む音を立て奥の部屋の扉が開き、重い音と共に閉まり、〝幻隠〟が部屋全体に掛けられる。

 

 モモカの狂気と漆黒の闇より深い純然たる殺気に、苛まれるだろうカラシガル男爵達はいとも容易く落ちるだろう。

 

 ネコマンマ商会の、忠実な(手駒)となって。

 

 こうしてネコマンマ商会は情報網を広げつつ、裏社会のもっとも深い所まで掌握していき、その情報はネコマンマ商会を通じて、〝三賢酔(リエガ)〟、テンペストの暗部へと渡り。

 

 そして――

 エルメシア皇帝個人へと流れて行く。

 

 

 この情報網は後に、リムルが考案した魔導ネットワークで管理され、必要に応じて同盟各国に流されていく。

 

 しかし。

 

 常にその情報網の中心にはテンペストがあり、その裏でネコマンマ商会が暗躍しているのを知るのは――ほんの一部の者だけであった。

 

 この魔導情報ネットワークが構築されるのは、ミカエルとの決着が着いた後であり、まだ先の話であるのだが……。

 

 その時にカヤとモモカがいるのか……?

 今は何もわからない。

 

 

 そしてもう一つ、これはその先駆けとなったネコマンマ商会の、ちょっとしたお話。

 

 

 闇がもっとも色濃く染まる、丑三つ時。

 

 とある豪邸に、七つの影が忍び寄る。

 

 音も無く深夜の警備に付いていた百二十人いる手下達を次々と始末する、七つの影。

 

 豪邸の主人、バザジカンの部屋まで幾人もの死体と血溜まりが月下に照らされ、鈍い光を放っていた。

  

 二階の寝室で寝ている屋敷の主人と、その夫人。

 

 ここの主人は〝三賢酔〟傘下の一組織のボスで、奴隷売買専門に大きくなった組織だった。

 

 特に夫人は獣人やエルフの男が大変好きで、何人もの獣人やエルフを呪印で縛り(はべ)らせていた。

 

 主人は主人で若い女の奴隷を十数人も所有する、無類の女好きであったのだ。

 

 この奴隷売買をやめるようミョルマイルが、グレンダを通じて奴隷売買から手を引く様に通達していた。

 

 だが、ひとの性癖はそう簡単には変えられず、まして趣味と実益を兼ねた商売から手を引く事など、この二人からすれば論外であり、表向きは手を引いたように見せかけ、巧妙に隠蔽しながら密かに奴隷売買を続けていたのだ。

 

 そこをネコマンマ商会に嗅ぎ付けられ、その情報がある者へと流れた。

 

 バザジカンに恨みを持つ男から依頼を受け、ネコマンマ商会はそれを受諾し、暗殺者を差し向けたのだが……。

 

 もう一人――

 直にネコマンマ商会ボスに、バザジカンの組織を潰す依頼を出した者がいた。

 

 寝室の窓から入る穏やかな風が、ピタリと止まる。

 

 寝室入り口前に立つ、一人の剣士。

 

 かなり腕の立つ剣士で、大気に乗って微かに漂う血の匂いに腰の剣を抜き、廊下の先にある階段降り口に剣を向け構え立つ。

 

 ちゃり ちゃり ちゃり

 

 一つの影が、一階から上がって来て窓から差す月光に照らされその姿を露わにする。

 

「少女? 獣人? 亜人? 違うな、暗殺者か!」

 

 剣士の発した言葉にカヤは。

 

「ご名答~。ここのボス、バザジカンの命を、貰いに来た」

 

 ほわりと微笑みながらスタスタと歩み寄り、刹那カヤの姿が揺らめき、剣士の右横を通り抜けて行く。

 

 チンッ 軽やかな金属音が心地よく鳴り響いた。

 

 その無防備な姿にほんの一瞬気を抜かれ、すぐに剣を振り上げようとするも、鍔鳴りの音と共に両腕と首は、既に斬られた後だった。

 

 ボトリと剣を握ったまま両腕が床に落ち切り口から夥しい血を吹き出しながら、目を見開いたまま剣士は最後の言葉を口にする。

 

「ば、かな。殺気が、まったく、感じられ、ん…………」

 

 振り向こうとする首がクルリと一回転し、ゴトリと床に転げ落ち勢いよく鮮血が吹き舞う。

 

 カヤが三枚の呪符を投げ、両腕と首の切り口を焼く。

 

 〝闇夜影千流 口伝最終奥義・血華落葉(けっからくよう) 完成形〟

 

 殺気を親しみの感情に偽装し相手を斬る、闇夜影千流の口伝奥義。

 

 これが、殺気を持ちながら殺気を隠し相手を斬る、の正体である。

 

 相手に親しみの感情をぶつけ、まるで知人や信頼する者がの如く近づき斬る――斬られた相手は殺気が全く読めず、いつ斬られたかもわからず死んでいく。

 

 

 止んでいた風が緩やかに吹き始め、寝ている主人の顔を撫でていき仄かに漂う血の匂いに主人は寝ぼけ眼で目を覚ます。

 

 半身を起こし豪華な天幕付きベッドの横にある、サイドテーブルに乗せた水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干し一息つくとまた眠りに入ろうと体を横に向けようとした時。

 

 風に揺らめく窓のカーテンに映る人影に気付き、枕の下に忍ばせてある自動拳銃を手にする。

 

 帝国からの横流し品、コルト45SPを模した自動拳銃、帝国製一七式魔銃であった。

 弾丸は火炎大魔球が込められている、魔導カートリッジ。

 そこいらの魔物なら、一撃で殺せる代物である。

 

 魔銃をその影に向けながら、何者か問うた。

 

「誰だ? お前……いるのか? 誰だ!?」

 

 声を荒げる主人の声に、隣で寝ている夫人も目を覚ます。

 

「うっ……う~ん……どうしたのさ? あんた」

「誰か、窓の所に居る!」

「えっ!?」

 

 主人の言葉に夫人も枕の下から魔銃を取り出し、銃口を窓の影に向ける。

 雲に隠れた月が差す淡い月光が、雲が流れ行きほんわりと明るく影を照らしていく。

 

「「獣人?」」

 

 見慣れぬ衣服を着たその影に夫婦は、訝し気に言葉を吐いた。

 紺色の薄羽織を着て、中には朱色の膝上丈の小袖を着て立つ魔物は、モモカであった。

 

「ボス、バザジカンとその妻。あんたらの、命を貰いに来たわよ」

「ちっ! 暗殺者か! どこの差し金だ!?」

「誰に、雇われたのかしらね?」

「ある、人間からあんたらに復讐をして欲しいと、依頼を受けたのよ」

「なぁにぃぃい! 幾らだ? その金額は!? 倍払う! だから依頼者を殺せ!!」

「そうよ! 言い値でその倍の金額を払うわ。そのバカな依頼をした者を逆に、始末してちょうだい!」

「フフフ……ウフフフフ、アハハハハハ」

「「はあ!?」」

 

 いきなり大声で笑いだしたモモカに二人は首を傾げつつ銃口を向けたまま、言葉を吐く。

 

「これはな、東の帝国から流れて来たご禁制の品だ。お前ら魔物くらい、一発で殺せる代物だぞ。見た事も無いだろう? こんな武器は。今日だけは見逃してやる、帰って依頼人に伝えろ。依頼は破棄しますとな」

 

 ゆっくり静かに威圧を込めてバザジカンは言い、早く出て行けとばかりに銃口を窓の方へ振る。

 

「あんたら、あほ? どこに依頼を受けて無理でしたと、のこのこ帰る馬鹿がいると思うの?」

「そうか、なら――死ね!!」

 

 タンッタンッタンッ 軽い発射音が暗い部屋に響き渡る。

 

 バザジカンとその夫人が持つ魔銃がモモカに向かって、火を噴いた。

 

 装弾数7+1の、計十六発が撃ち尽くされ、二人の魔銃は上部スライドが後退し最後の薬莢を吐き出し、カシーンと音を立て後ろに引かれたままロックされた。

 

 撃ち尽くした魔銃を構えたままバザジカンはにやりと笑うも、何時迄経っても弾頭に仕込まれた火炎大魔球が発動しない事に首を傾げベッドから降りて、魔銃を構えたままモモカの前に来ると、モモカが眼前に握った右拳を突き出したまま、無機質な顔でバザジカンを見ていた。

 

 モモカがゆっくりと握った右拳を開くと、二人から発射された十六発の弾頭がカッンカツンと音を鳴らしながら、石床で跳ね回る。

 

 弾頭に仕込まれた火炎大魔球はモモカに無効化され、弾頭から細い煙を吐いていた。

 

「はああああ!? なんだそれ、は? お前一体何者なん、だ?」

「あ、あんた……。ヤバいよ、これは……」

 

 バザジカンは変な声を上げて後ずさり、夫人もベッドから降り、緊急招集水晶球を手に取ると「お前ら、暗殺者だよ! すぐに二階に上がって来な!!」声もあらん限りに叫ぶと、モモカに向かい不敵な顔で言い放つ。

 

「馬鹿な魔物だよ。この豪邸にはね、常時手練れの配下百二十人を常駐させてるのさ。嬲り殺しに合うといい!!」

 

 そう吐き捨てバザジカンの横へ並び立ち、逆転の音が鳴り響くのを待つ。

 

 だが、何時まで待っても手下達の声は聞こえず、二階に走り上がる音さえも聞こえなかった。

 

 特に寝室のドアの外で警備している、組織一番の使い手の剣士が入って来ないのも有り得ない事だった。

 

「おい! フランコ! 何してる、暗殺者だ! 早く来ないかぁああああ!!」

 

 ドアの外にいる剣士の名を大声で叫ぶも返事すらなく、バザジカンは妻と顔を合わせ、嫌な汗が二人の頬を伝いポタリと落ちていく。

 

 キィッとドアが開き、人影が部屋に入って来るや、バザジカンは「遅い!! すぐそいつを殺せえ!!」勝ち誇ったように叫ぶ。

 

 だがしかし、入って来た影がバザジカンの方へ丸い物体を投げて、足元に転がって来たそれを見て二人は固まってしまう。

 

「なっ……フランコ、の首だと……」

「ひっ、ひいぃぃぃっ。あんた、皆、殺されたんじゃあ……」

 

 また月が雲に隠れていき、薄い月下の下でモモカとカヤの目が妖しく光る。

 

「もう、この豪邸で生きてるのは、あんたら二人だけだよ」

 

 カヤが低く闇に引きずり込むような声で、バザジカンとその妻に言い放つ。

 

 言い知れぬ何かに妻は完全に腰が砕け、激しく震えながら四つん這いで寝室のドアに向かおうとするが、意識は前に進もうとするのに、手足が全く動こうとはしなかった。

 

「誰、の差し金、だ?」

「半年前、あんたらが誘拐し、貴族に売り払った娘の、父親からの依頼よ。その娘は、散々凌辱されて最後には、魔獣の餌になっていたわ」

「はんっ! そんなこと、この界隈じゃ日常茶飯事だろうがよぉ! 裏社会じゃ、当たり前の事じゃないか。何を今更――てめえらも暗殺者なら、そのくらい知ってるだろうが!」

「ええ。よく、知ってるわよ。あんたから言われなくても、そんな事散々見て来たもの。それこそ、今更だわよ」

「だいたい悪党が、何でその父親の依頼で俺達を殺しに来るんだ? ああっ!? 正義の味方のつもりか? 暗殺者ごときが、偽善を振り撒くんじゃねえよ!」

「正義? 偽善? まさか。お金を貰って、代わりに復讐をするんだもの。そこに正義はないわよ。まごう事無き悪党よ。わたし達は」

「達? まだ仲間がいるのか? てめら、どんだけの大人数で来たんだ?」

「馬鹿じゃないの? あんたら如き始末するのに、大人数で来るわけ無いじゃない。たかが数人よ」

「数人って……お前ら、どこの組織に属するか知らんが、こんな事して、裏社会じゃもう、生きてはいけねえぞ。俺はな、〝三賢酔(リエガ)〟に属する組織のボスなんだぞ。〝三賢酔〟に牙を剥いたら、骨すら残らねえからな。終わったな。くっくく」

 

 バザジカンは自分が〝三賢酔(リエガ)〟の組織に属する者だと言い、モモカとカヤにプレッシャーを与えたつもりだが、それは次に起こることで覆されることになる。

 

「あんたら、〝三賢酔〟なら、アジトに乗り込んだ亜神の事知ってるわよね? もっとも、もう亜神ではないのだけど」

「はあっ? まさか……お前……あの時の奴、なのか?……」

 

 〝三賢酔〟上位組織の会合で話に上がった、絶対に手を出してはいけない魔物、ネコムスメ姉妹。

 

 そう、こちらから手を出さなければ、配下同士の争いごとには出てこない、そう聞かされていた。

 

 しかし、今そのネコムスメ姉妹が、自分の命を取りに来てる事に「なんでだ??」と疑問に頭をフル回転させても、一向に答えが出てこなかった。

 

「おい、おいおいおいおい。お前ら、自らは裏社会に関わらないって、言ったんじゃねえのかよ!?」

「配下同士の争いごとには関わらない、と、言っただけよ。何、勝手な解釈をしてるのかしらねぇ。ボスをやってるのに、関わらないなんてあるわけないじゃない」

「はっ、はははははは。お笑いだな。そのボスが、ちんけな小金で暗殺を受けるとはな!」

「フッ、フフフフフ」

「あああ!? 何がおかしい?」

「いえね、あんたの妻。その女の性癖だけは諫めるべきだったわねぇ。獣人ならいざ知らず、エルフを奴隷にしてるんだもの。どこに怒りを買ったかくらい、わ・か・る・わ・よ・ね?」

「え?……。何で、それを、知ってるんだ? 地下三階の、厳重に結界を張った場所を、何で、はっ!!」

「わたし達の情報網を、甘く見ては困るわね。今や、闇より深い所まで掌握しつつあるのよ、わたし達の情報網は、ね」

「む、無理だ!! 昔から長い年月をかけて構築した、裏社会の情報網を掌握とか、不可能だ! 〝三賢酔〟のボスですら、まだそこまでは至ってないんだぞ!!」

「それが、出来てるのよ。既に一部、〝三賢酔〟に情報は売ってるから、わたしが、あんたを殺しても、何も問題は起きないわよ。それに、エルフを奴隷にしてたことで、さる御方が激怒してねぇ。あんたらの始末をわたし達に、依頼してきたのよ。だから、今回の――依頼人は二人なの」

「二人? さる御方……はっ……まさか、な……まさか、まさかまさかまさかまさか、サリオンかあああああああああああああ!!」

 

 ゴトリと右手に持った魔銃が石床に落ち、フラフラよろめきながらベッド横の壁にドンと背を付く。

 

「バザジカン。あんたの命は、魂ごと喰らわせてもらうわ。転生も無い、永劫の無に帰しなさいな」

「ちょっ! まて! 待ってくれ、なっ! 金、金ならいくらで――がはっ」

 

 みっともなく命乞いするバザジカンの胸に、モモカの右手刀が深く刺さり込む。

 

 何かを掴む仕草をし、右手を引き抜くとその手の中には、淡く紫色に光る小さな光の球が握られていた。

 

星幽体(アストラルボディ)を貫き、直に魂を抜き取りそのままパクリとバザジカンの魂を喰らうモモカ。

 

 コクリと飲み込み、短い息を吐く仕草をする。

 

「あぁ。少し、恐怖が足りなかったかしらねぇ。薄味だわ」

 

 気怠そうに言い放ち、床に丸まり伏せてる夫人の方へ目を落とすと、その視線に気づいた夫人はいきなり立ち上がると、脱兎の如く寝室のドアに向かって走り出す。

 

 だが、入り口のドアの前にはカヤが立っていた。

 

 カヤを見るや、ありとあらゆる言葉を使い、カヤの右手を両手で掴み激しく振りながら、命だけは取らないでと(すが)っていく。

 

「お願い! 地下の奴隷たちは皆解放するから、命だけは取らないで! もう裏社会からは、手を引くわ。これ、これをあなたにあげるわ。魔法の鍵、そこの壁に金庫があるの。この鍵で開くから! 金庫には今まで貯めて来た来た金貨が三万枚あるの。全部、全部あなたにあげる。だから、私だけは、見逃して! ねっ! お願い!」

 

 カヤの右手に鍵を握らせて、「ねっ! ねっ!」とカヤの右手を揺さぶるもカヤは、つまらなそうに夫人に告げた。

 

「あんたさ、旦那死んだのに、自分は助かりたいんだ。悪党なら、悪党らしく、最後まで悪党やれよ」

「ちっ! 自分の命が惜しいのは、当たり前じゃないか! 誰が好き好んで、魂を差し出すって言うんだい! さっきから、言ってるだろう。もう、奴隷商売からは足を洗う! 二度とやらないって言ってるだろうが! 裏社会から手を引くって! だいたい、エルフの一人や二人、奴隷にしたからって何だって言うんだい!? はんっ! 奴隷売買なんて、どこもやってるだろうがよ! 奴隷も解放、財産も皆くれてやるってのに、何が不満なんだい!? 一人くらい見逃せってんだよ! 旦那が死んだ? あいつとは、利害の一致で夫婦をやってあげてただけだよ。私はね、自分が一番可愛いのさ! 悪党はみんなそうだろうが!!」

 

 どんない命乞いしても見逃してくれそうにないカヤに夫人は、段々と声を荒げ本性丸出しで逆切れを始めて行った。

 

 怒りにまかせ夫人は、罵倒しながら勢いよくカヤの右手をブンブンと上下に振っていると。

 

 ブンッ――

 

 瞬間、カヤの右腕がしなるように右手を握っていた夫人の両手を斜め下に引き抜く様に振り引く。

 

 カヤの右腕が発した波動が夫人の両手から腕に伝わり頸椎に達すると、ゴギッと木を砕くような音と共に夫人の首を折り砕いた。

 

〝闇夜影千流 柔術・殺技 蛇崩掌(じゃほうしょう)

 

「げぶっ……」

 

 波動の衝撃で首が上を向いたまま目をカッと見開き、口を大きく開けたまま夫人は絶命していた。

 

 ドサッ、鈍い音を上げ床に倒れた夫人の体から、ふわりと紫に光る小さい光球が出て来た。

 

 それは夫人の魂で、それをカヤは無造作に手で掴むとポイと口に放り込む。

 

「うーん。こっちも薄味だわ。さあて、金庫金庫っと」

 

 ベッド横の壁を探りながら壁の一角を叩くと、壁の一部が引っ込み鍵穴が現れ、そこに魔法の鍵を差し込み回すと、ガチンと何かが外れる音がし、壁にドアが現れ開く。

 

 現れた部屋には金貨三万枚が入ってる、大きな箱があった。

 

 懐から黒塗りの道中財布を取り出し、真ん中を巻いてる紐を緩め財布の口を開き、『重力支配』で金貨を浮かせ、そのまま空間収納になってる道中財布に放り込んでいく。

 

 その間モモカは袂から〝携帯〟を取り出し、どこかへと掛ける。

 

『すみません、夜分遅くに…………。ええ、はい。サリオンの者では、なかったです……はい、そうです。ジュラの大森林に住んでいた、エルフの者かと…………はい?……きっちり、魂ごと喰らってやりましたよ……。フフッ。わかりました、エル姉さん……では、報酬はいつものように……はい、失礼します』

 

 〝携帯〟を切り袂に入れると、金庫室からカヤが出来た。

 

「エル姉さん、なんだって?」

「きっちり始末したかと聞かれたから、魂ごと喰らってやったと、言ったわよ」

「びっくりしたんじゃない? エル姉さん」

「笑ってたわよ。フフッ」

「流石皇帝陛下、肝の据わり方が半端ないねぇ。ククッ」

 

 二人は話しながら一階に降り玄関に出ると、カヤが一緒に来た者の名を呼ぶ。

 

「ベゼット、フロッティ、アネーロ、ディーナ、フォスベリー」

 

 名前を呼ばれた順にカヤとモモカの後に音も無く現われ、付き従っていく。

 

「アネーロ。奪った金貨三万枚だ、管理よろしく」

「了解しました、カヤ姉さん」

 

 カヤが黒塗りの道中財布をアネーロにポンと投げ渡し、モモカが最後を締める。

 

「それじゃあ、みんな。帰るわよ」

 

 そう言うとゆらりと揺れる七つの影が、闇に溶け込んでいく。

 

 

 カヤとモモカ達が去った後にベゼットが出した使いの者が、ミョルマイルの所へ行き、程なくしてソウエイ配下のソーカ達が奴隷達の救出に来た。

 

 ソウエイ達が引き揚げた後にグレンダ配下の者達が、死体を始末する掃除屋を伴い後始末に来ていた。

 

 バザジカン豪邸に転がる無数の死体に掃除屋は、口々に「なんだ? 戦争でもやったのか?」「どこの誰がこんな大それたこと、やったんだ?」「魔王でも来たのか?」など動揺を隠せなかった。

 

 掃除屋がバザジカンの寝室に来て壁を見ると。

 

 猫が片目をつむり、あっかんべーをしてる紋章が血で描かれているのを見て、息を呑む。

 

 そして誰かが呟く、「ネコマンマ商会の、紋章……縁起でもねぇ。あいつらの、仕業かこれは」

 

 裏社会、恐怖を司るネコマンマ商会の紋章の逸話は、ここから始まって行った。

 

 

 

 




 七十六話を読んで頂き、ありがとうございます!

 次回の更新も読んで頂けたら幸いです。



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