テンペストの夏も終わりを迎える頃……。
リムルは執務室で、ある記録を書き留める作業に没頭していた。
カリカリカリ、紙にペンを走らせる音だけが静まり返った執務室響く。
俺達の準備もモモカの協力の元ほぼ終わり、後はモモカの予知夢が告げる日を待つだけであった、が。
そんな時ソウエイがネコマタの潜伏している国を突き止め、ジラと言う眷属と交戦。
ソーカを伴ったソウエイはジラとの戦いで、並列分身体を一体葬られるも、カヤとモモカが駆け付け事無きを得た。
しかし、ネコマタの世界を壊し作り変えると言う術が、最終段階に向けてその姿を夢幻化し、し、し……
「うーん。駄目だ、書き直すか」
ソウエイからの報告を自ら報告書に纏めていたリムルは、書き掛けの報告書をクシャクシャと丸くまとめると、執務机の横にあるゴミ箱に頬り込んだ。
椅子に深く体を預け天井を眺め軽く息を吐く動作をしていると、シエルさんが言葉を挟んで来た。
《
『あぁ……でも、この記録は俺の手で残しておきたいんだ』
《わかりました。
『すまないな、シエルさん』
《いえ。いつもの事ですから》
『お、おう(あれ? 怒ってるのか? ま、まさかな)』
リムルは少し訝し気に首を傾げるも、また記録の全容を書き留め始める。
(モモカの予知夢が示した期日が、後二ヶ月と少々か……モミジの一族達もラミリスの迷宮に一時避難が終わり、残すところはテンペスト周辺の村や里などの住人の迷宮避難かあ。そこらへんはリグルド達が上手くやってくれてるみたいだし心配はないな。モモカが言ったあの言葉……「全ては救えない、わたし達は手の届く範囲でなら助けるけども、それ以外は諦めて頂戴」か……。まぁ、ラミリスがこっそり教えてくれたけど、かなりの負担が二人に掛かると言ってたな。魔国の同盟国と魔王達の国と居城を守護だから、贅沢は言えないな。極・超魔力縮退炉術式かぁ……あいつらほんとに戦国時代の生まれなのか? まさか俺のいた時代のSFの中での設定を呪符術で再現とか、呆れるなあの発想と戦闘センスには。はははっ)
ぶつぶつ呟きながら報告された内容とソウエイが録画用水晶球に納めて来た戦闘記録を纏めていると、シュナが冷めたお茶が入ったカップを取り変えながら「リムル様。少し休憩されてはいかがですか?」微笑みながら言葉をそっと投げかける。
「う~ん。そうだな、少し休憩するか」
「はい。それでは、ニューヨークチーズケーキをどうぞ」
テキパキとワゴンに乗せて来たニューヨークチーズケーキを切り分け、ケーキ皿に乗せリムルに差し出す。
「おぉー これこれ。このしっとりとして、他のチーズケーキより濃厚なチーズの味わい。そして芳醇なチーズの香りがいいんだよなぁ……うん、うまい!」
湯煎焼きでじっくりと優しく加熱されたニューヨークチーズケーキにリムルは舌鼓を打ちつつ、ダージリンに似た味わいの紅茶をグッと半分程飲み、ホッと一息を付く。
しばし窓から見える雲を眺め、「よし」と一声上げるとペンを持ち、また紙と格闘を始める。
それから一時間ほど掛けて記録の纏めを書き上げ、二度程推敲し修正点を直すと紙の束の両脇を掴みトントンと揃え執務机に置き直す。
御代わりのお茶を入れてもらいながら、書類袋に纏めた記録用紙の束を入れ、椅子から立ち上がろうとすると、コンコン、執務室のドアをノックする音が響いた。
シュナがドアに行きカチャリと開けると、小袖の両袂に両手を入れたカヤが入って来た。
(ん? いつもはミリムみたいにドアを蹴破らんばかりに入ってくるのに、なんか悪いもんでも食ったのか?)
えらく礼儀正しく入って来たカヤにリムルは、少し訝し気に声を掛ける。
「どうしたんだ? えらく大人しく入ってくるもんだな、カヤ」
「あーぁあ、うん。今、ちょっといいかな? えーーと。二人だけで話がしたいんだけど、だめ?」
「ああ、構わないぞ。今報告された内容の纏めを書き上げたところだからな」
カヤはシュナの方に袂に両手を入れたまま両袂を合わせ「シュナごめん! ちょっとだけいいかな?」と済まなそうに言う。
それにシュナは。
「フフッ、いいですよ。それでは、少し席を外しますね」
そう言いながら執務机の書類袋を大事そうに胸に抱えると「リムル様、この纏めた記録を作戦室の戦闘記録保管棚に入れてきますね」と、にこりと微笑み言い、それにリムルが「済まないな、頼む」と返す。
シュナが執務室を後にすると再びカヤが口を開く。
「ちょっとさ……あぁなんだ……直に一度話したいんだそうで、あぁ~とね、出来れば結界をさぁ、でね――」
「ククッ。わかったわかった、いいぞ」
カヤの申し訳なそうな物言いにリムルは察し、執務室の空間を遮断する。
それではカヤ 少し寝ていてくださいね
はあぁ? おい ちょっとまて って ヤエェェェ
ねんねらっぱのおさとには~♪
ヤエが子守唄を呪歌に変換し、カヤを強制
ふにゃあぁぁぁぁ おにょれ~ なら あの一件は 内緒だからなぁぁぁ ふわあぁ……。
はいはい、わかってますよ 少しの間だけお姉ちゃんの 我がままを許してね
………………スピィ~~~~~ ニク~~~ サケ~~~~
カヤの言うあの一件。
悪さの罪状が多いカヤのあの一件をヤエは即座に判別し、約束を了承する。
カヤは、完全に寝てしまった。
それを確認するやカヤの目が猫目から人の瞳に変化し、心なしか雰囲気が変わった。
両袂から手を出し、しばらく何かを確かめる様に両手をにぎにぎし、自分の着ている小袖をまじまじと眺め、尻尾を前に持って来て手で撫でながら「綺麗な尻尾」小声で言い、両手を猫耳に当てピコピコ動かし嬉しそうに笑顔を浮かべる。
それからリムルに向き直ると両手を前に揃え、深々と腰を折り挨拶を始めた。
「初めましてではないですが、この姿ではお初にお目に掛かります。ヤエで御座います。リムル陛下」
綺麗な日本式のお辞儀をカヤの姿で見るリムルは思わず「ほおぉ」と声を上げてしまう。
思わず出た言葉にリムルはすぐに椅子に座ったまま姿勢を正すと、「コホン」と一つ咳払いをして。
「ヤエか。そうだな、よく来てくれた。とりあずこちらに」
と、奥の応接室を手で刺し、リムルも席を立つと応接室に向かって歩き出す。
長いソファーに座るように勧め、リムルはいつもの自分用の椅子に座る。
それを確認したカヤの体を使ってるヤエがもう一度軽くお辞儀をして、ソファーに腰を下ろす。
そして、つかの間の二人だけの話が始まる。
「しかし……ほんとにヤエなのか? 明らかにカヤと立ち振る舞いが違うけども」
「はい、今はまごう事無きヤエでございます。リムル陛下」
「あぁ、ヤエ。カヤとモモカは俺の友人だから、お前も気軽に呼び捨てで構わないぞ」
「ありがとうございます。リムル陛下。私はカヤとモモカの姉ですが、それは元姉なのです。今は〝
そこまで言うとヤエは少し憂いた目をして下に視線を落とす。
そこにリムルが優しくほわりとした言葉を、カヤの体を借りてるヤエにそっと投げる。
「二人の姉なんだろう? 遠慮なく二人と同じように接してくれて構わないさ」
その言葉にしばし考え込むような仕草で、何事かを話してる様に唇だけが動く。
それが終わると嬉しそうに笑みを浮かべ、口を開いた。
「わかりました、リムル陛下。それでは、リムルさんとお呼びしても宜しいでしょうか? お友達も「さんでなら、了」と言ってくれましたので」
「ああ、いいぞ」
ここで言うヤエのお友達とは、シエルのことである。
リムルは「クククッ」笑いを堪えながら、「二人で何話してんだかと」と優しい眼差しでありながらも魔王たる威厳を放つリムルにヤエは(二人が出会ったのが、この御方で本当によかった)と、心の底から思う。
「それでヤエ、用件を聞く前に聞くが」
「はい、なんでしょう?」
「カヤの意識はどうしてるんだ?」
「うーん。そうですね、今は
「え? 寝てるのか?」
「はい、寝てます。と言うか起きていると煩いので、寝かし付けました。クスッ」
「ええ!? 寝かし付けたって……プッ、クククク」
二人で顔を合わせ軽く笑い合うと、ヤエが改めて話を始めていく。
「用件と言った程では無いんです、リムルさん。一度直にお礼が言いたかったのです。カヤとモモカによくして頂き、本当にありがとうございます」
「いや俺は何もしてないよ。こっちこそ感謝してるんだ。サイファーの一件とか、影獣の対処の仕方とかさ」
「そう言って頂けると、二人も喜ぶと思います……それに、ここの住人の証を貰ったと、とても喜んでましたよ、カヤとモモカ」
「そっか。そんなに喜んでくれたなら、あげた甲斐があると言うものだな」
ニカッーと笑顔を浮かべ、椅子から立つとシュナが置いていった温かいお茶を二人分入れようとすると、ヤエが慌ててソファーから立ちワゴンの所へ行くのを手で止めて、「そうだな。今のヤエは俺の客だ。だから俺に入れさせてくれ」そう言いながら「シュナの入れたお茶は絶品だぞ。まあ、自称第一秘書の入れたお茶も、中々に美味くなったんだがな」と笑いながら応接室のテーブルにお茶を二つ置いていく。
出されたお茶をヤエは一口飲むと……「おいしい」そう呟くとまた一口飲む。
ほんの少し静寂な時間が流れ、ヤエが静かに口を開いていく。
「直にリムルさんにあってわかりました。二人が絶対的な信頼を、リムルさんに置いてるのは。あの子たちは、戦乱の世を生きて来たせいで、ほとんど他者を信用しません。でないと、即死に繋がることになりますから」
「戦乱の世……戦国時代か、俺はその日ノ本が日本となり、幾多の戦争を経て平和な時代を得た日本の生まれだからなあ……。でもな、ヤエ」
「はい?」
「この世界に転生して、戦乱の世という言葉に――実感が湧くようにはなったんだよ。なにせ、俺も戦争中だからな」
「はい。それは二人からも、シエルからも聞いています。生き返ったとはいえテンペストで死者が出たと……。それも卑劣な手で」
最後の言葉を言うとヤエはリムルから視線を外し、殺気の籠った目付きになる。
リムルはそんなヤエを見ながら「もう済んだことなのに、怒ってくれてありがとうな」と答える。
ヤエはハッとして、漏れ出た殺気を押さえ話を続けていく。
自分が生まれた平安時代の事、父ナハトや母サラの事、モモカが生まれた時の事、カヤが生まれた時の事。
それから……ネコマタが現れた時の事、『思念伝達』で見せた記憶以外のこと、など。
そして――リムルがいた日本とヤエたちのいた日ノ本が違う事を。
「そうですね、並行世界というよりも、分岐した無数の未来軸の一つではと考えてます」
「俺のいた日本と、ヤエのいた日ノ本が元は同じ時間軸の世界だと?」
「はい。どこからか、異分子が紛れ、分かたれてしまった。リムルさんの日本には、
「じゃあ、俺のいた日本は、その異分子が紛れなかった、もう一つの世界だと?」
「はい、仮説ですけど概ねその通りです。実際に文化形態はほぼ同じですもの。しかし――私達の日ノ本では、織田信長が天下統一を果たしています。その手助けをし、裏から暗躍したのが伊賀ノ者と乱破ノ者なのです」
「ああ、それをモモカから聞いた時は、びっくりしたけどな。俺のいた世界では、織田と伊賀は戦争をしてるし。本能寺の変で死んだとされてるからな。俺が転生する前は、新たな死亡説とかも出てたんだよ」
「私のいた日ノ本では、伊賀は完全に織田家召し抱えの里でしたからね。伊賀と乱破は織田家に仕える、二大諜報機関みたいなものでしたが。覇権争いに負け、伊賀に直近召し抱えの座を奪われたのです。それで、織田家家臣、伊勢家のお抱えとなったのです」
「それなんだよなぁ。織田の家臣で伊勢家とか、俺の世界では無かったからな。なんにしろ、並行世界、分岐した未来軸の世界――どちらも似たような存在ではあるけど、どうなんだろうなあ。ミカエルとの戦争が終わったら、ゆっくり研究してみるのもいいかもな。ハハッ」
そこまで言いリムルは軽く笑い、お茶の入ったティーカップを取り、残りを飲み干す。
ヤエはそんなリムルを見ながら、同じくティーカップを手に取り、上品に一口、二口と飲んでいく。
ホッと軽く息を吐く仕草をすると、ヤエは話しを続けて行った。
それは、カヤの人間が嫌いになる切っ掛けと、あの戦乱の世で二人が、望み交わした思い。
もう終わりにしたい、何者でもない、存在事消えてしまいたいと……。
「カヤは……あの戦乱の世でも大好きなモモカと、一緒にいたかったんです。ただ、それだけなのに……あの時代は、それさえも許してくれはしませんでした。里抜けは重罪、どこに逃げようと必ず追手が来ます。そんな時、あの子たちは死んでも冥界で、お互いの魂を見つけられるようにと
///わたし達は ここにいるけど ここにはいない。
でもあなたとは ここにいる。
たとえ輪廻の輪を外れようと あなたとわたしは共にいる。
幾千幾万越えようとも共に居たい そしてここにいたい///
「この
「……なあ、ヤエ。もしかして、二人の魂を繋げたのがネコマタへの対抗手段になる布石なのか?」
「偶然なのか、仕組まれた運命なのか……。それは、わかりませんが……結果的にはそうなりました。聞いてるとは思いますけど、カヤとモモカには、憎しみの感情はありません。それだけがすっぽり、欠け落ちているんです」
このヤエの言葉にリムルは頷くものがあった。
一度リムルはカヤに問うたことがある。
「人間が憎いか?」と。
返って来た言葉は「いや、嫌いなだけ」と、即答であった。
リムルはこの時に妙な違和感を感じていたのである。
何故なら、嫌いになる理由には多少なりとも憎しみが籠ってる事が多々あると。
しかし、二人にはそれが――全く無かった。
いつからかリムルはこの二人に憎しみの感情は、無いのだろうと気付いていた。
爆発的な殺意と怒り、しかしそれはカヤとモモカに敵対した者にだけ向けられる。
二人が語り見せてくれた記憶は、激しい怒りの感情はあったが――相手を憎む言葉は一切無かった。
(やっぱりな……。恐らく、それが乱破ノ者を育成する事に繋がり、ネコマタの対抗手段にする、か)
ヤエの話を聞きながらリムルは自分の推測が当たったことに腕を組み静かに目を
瞑った目を開け話を続けるヤエの目を見据える、リムル。
「リムルさん、もうご存じかと思いますけど。カヤとモモカは、当時の主の命により……様々な者達を
カヤの体を借りているヤエは、しっかりとした声で言葉を綴っていくが、少しずつ辛そうな顔付を見せ始める。
「ネコマタの凄まじいまでの憎しみに対抗するには、憎しみを持たない精神を作らなければ、ネコマタを倒せないと考えます。憎しみは憎しみを呼び、やがて強大な憎しみに呑み込まれてしまう。……私と桃華は、カヤとモモカをネコマタと戦う道具にしてしまったのかも、知れませんね」
辛そうなカヤの顔は、カヤの顔なのにリムルにはヤエの素顔の様にも見えていた。
「カヤとモモカに闇夜家の宿命を背負わせるのは、私の業でもあるんです。いずれこの業の付けは、闇夜家の長として支払おうと思ってい――」
そこまで言い掛けた時にリムルが少し大きめの声で、ヤエの名を呼ぶ。
「ヤエ! それは違うと思うぞ。もしお前がそんな事をあいつらの前と言うか、中で言ったら、ガチで怒ると思うし、カヤなんかは確実に怒り狂うぞ? それが正しいか間違ってるかなんて、俺にもわからない。でもな、今のカヤとモモカを見てると、それが答えなんじゃないかなと、思うんだがな」
リムルは最初は少し語気を強めに、徐々に語気を弱めヤエを諭すように語りかけた。
ヤエは口を両手で覆い、目に溜まった涙を落とすまいと堪え、「ありがとう」そう小さく言った。
それに笑顔で返すリムル。
それからもあれやこれやと話し、ほんのひと時の楽しい時間が終わりの時を告げる。
おおいぃ~ いつまで寝てればいいんだよ~ ふあぁーー まーた秘密の話しなのか~
あら 起きたのね ごめんなさいね もう少しだから 大人しくしてね
うーい あの一件は秘密だぞ~ 約束したかんな~ ヤエ~~ ふあぁぁ~ それとなぁ
よけいな 気をまわすんじゃねえよ 次さっきみたいなこと言ったら ぶっとばすかんなぁ~
はいはい わかってますよ カヤ ありがとうね こんなお姉ちゃんを好きでいてくれて
「リムルさん」
「ん? どうした?」
「カヤが起き始めたので、これで失礼することにしますね」
「ああ、わかったよ。流石のヤエも、完全に寝かし付けられなかったか。クククッ」
「ええ、あの子らしいと言うか、やんちゃな妹です。ふふふ」
お互いに堪え切れなくなって笑いだし、「あははは」と二人の笑い声が応接室に響き渡る。
ヤエが席を立ち、ドアの所でリムルに向き直り軽く会釈をしようとするとこへ、リムルが尋ねた。
「ヤエ」
「はい?」
「カヤとモモカと、また姉妹に戻れてよかったな。どうだった? 久しぶりの体は」
「そうですね……
「
「それではリムルさん。楽しい時間を、ありがとうございました」
「ああ。こっちも楽しかった。ありがとう」
微笑みながら会釈をしてヤエは執務室を後にした。
リムルはカヤとモモカが自ら掛けた術の代償を回避する方法が見つかったかを聞こうとしたが。
それが言い出せず、ついカヤの体を借りた感想は? と聞いていた。
執務室に戻ったリムルは、椅子に深々座ると天井を見上げ。
ポツリと呟く。
「なんとか、したいよなぁ」
その声をシエルは黙って聞いていた。
何を考えていたかは、リムルにもわからない。
同じ〝
この出会いが何を生むのか。
その答えが分かるのは……。
間話を読んで頂き、ありがとうございます!
次回の更新も呼んで頂ければ幸いです。