ネコマタから少し離れた所で影とも何とも言えない物体が、周りの空間を捻じ曲げながら実体化を始めていた。
それを見ながらネコマタは、問う。
「お前は、何者だ?」
しかし。
その影は何も答えず、徐々に人の形みたいな物になり。
更に、空間の捻じれが収まり。
その、姿が現れる。
「!? お前ら、カヤとモモカなのか!?」
ネコマタは、驚愕した。
確かに二人の魂を喰らった。
仄暗く、怨念と〝憎念〟が渦巻く己の体内空間に、取り込んだはず、だと。
人の姿からその影は、猫耳が頭の上辺りにピョコンと飛び出し。
お尻の少し上からスッと、尻尾が伸びて来る。
カヤとモモカが実体化した姿が、ネコマタの目に飛び込んでくる。
「お前ら……何をしたのだえ?」
ネコマタが、軽く右手を振り。
凄まじい衝撃波を飛ばす。
だが、それは。
ギィーンッ
二人の前に張られた不可視の壁に遮られ、後方の樹々や大地を巻き込みながら吹き抜けていった。
カヤとモモカは、ネコマタの問いには答えず。
二人が
カヤの言霊が、響く。
「あんたは あたし」
モモカの言霊が、駆ける。
「あなたは わたし」
二人の言霊が輪唱するかの如く、聴こえ広がる。
「「幾重も重なる、我らの思いと記憶」」
「「何者でもない我らは、個にして全。全にして個」」
「「我は、我らは――万物を統べる者なり」」
パンパンッ!
澄み渡るような短拍手が二回、鳴り響く。
ヤエの術式が、展開される。
《魂を縛る拘束呪帯を解除します……成功しました》
《二つの魂を高次元へと昇華します……成功しました》
《二つの精神生命体を
《星を覆う魔素粒子網をネットワーク化……成功しました》
次々に構築される術式と共に、カヤとモモカは――
精神生命体と言う器を捨てた。
星を覆う魔素粒子を粒子ネットワーク化し、自分達を何者でもない、存在に昇華させた。
この術式はシエルの教えてくれたことをヒントに、ヤエが考案した究極術式。
シエルはヤエと談義を交わすうちに、ある事を教えた。
精神生命体は全ての物質を〝情報子〟へと変質させることが出来るのでは、と。
そしてヤエは、その情報に歓喜した。
シエルは時間停止を体験して、クロエ、ギィの時以来研鑽を重ねていたと話す。
もしも認識可能空間に存在する〝情報子〟なら、時間差をゼロに出来るのではと、考えた。
ヤエは考えた。もし時間差をゼロに出来るならば、時空間をも超越出来る存在になれば……。
ネコマタの『因果律操作』に対する、対抗手段になる。そう確信した。
実験的に途方もない数の術式を試し、ヤエはその糸口を見つけた。
そこでヤエは、カヤとモモカが魂に掛けてある術式を利用することでそれが、出来ると。
その事をシエルに話すと――
シエルは猛反対した。
二度と帰れぬ、完全喪失型の術式になると、ヤエを止めた。
シエルの説得に一度は断念したヤエだが……カヤとモモカにこの事を話し、幾度も議論した。
姉妹の出した答えは。
ネコマタの究極進化を確認し、迷うことなく、この術式を発動させたのだ。
これは本体ごと、魔素粒子網に自分達を転写させたことになり――
保存されない魔素粒子網の消滅と共に、カヤとモモカのあらゆる存在が完全に、消滅する事になる、諸刃の術式。
そう、バックアップはないのである。
余談だが。シエルはこのヤエの情報を元に、完璧な術式を構築し、ミカエルとの戦いにこの理論を使う事になる。
姉妹の、究極最終術式。
今この時点で二人は、ネコマタに匹敵する力を得ていた。
二人は星ごと時空間を、掌握していたのだ。
ネコマタの破幻ノ理が星を飲み込むか、カヤとモモカがそれを阻止するか――
最後の戦いが始まろうとしていた。
ネコマタが次なる攻撃に入ろうとするや、カヤとモモカの姿が幾重にもブレ始め。
「なんじゃと!?」
最終術式が――
最後の鍵言霊を発動する。
「「我らは、どこにでもいて、どこにもいない」」
「「でも、ここに、いる!」」
「「我らは、一つ!!」」
〝究極魂縛呪術
パンッ!!
一際高い短拍手が世界に鳴り響く。
モモカの姿が何重にも重なり、やがて……。
カヤの姿と、重なり合う。
クワ―ッと眩い光がカヤを覆い、少しづつ輝きが収まっていく。
そこには。
灰色の髪を揺らす――カヤが佇んでいた。
それは、カヤであり、モモカでもある存在。
そして、どこにでもいるが、どこにいない。
だが、そこにいる者。
カヤ=モモカ+ヤエ
カヤの体に存在するモモカの〝情報子〟
これにより、カヤはモモカであり。
モモカはカヤと言う、存在になったのだ。
《カヤ、モモカの究極能力と権能全ての統合開始……成功しました》
《『
《『
ここに超強化された、究極能力が誕生した。
カヤとモモカが究極進化した影響は、ラコル達には表れなかった。
そう、カヤとモモカはラコル達を眷属ではなく。
独立した〝
その進化でイリアとメイムは猛烈な眠気に襲われ、黒繭化し――
進化の眠りについた。
ただ、ラコルだけは耐えていた。
襲い来る強烈な眠気に耐え、意識を握りしめ手放さなかった。
耐え忍ぶところへカヤの声が、聞こえて来る。
『ラコル……ごめんな。みんなを、頼む』
『はい、カヤお姉ちゃん。帰って来るまで――みんなで、待ってます!!』
『ラコル……じゃあね。さよなら、大好きな、ラコル』
ラコルはわかっていた……もう、カヤとモモカが帰れぬ道に踏み込んだこと、を。
それでもラコルは、希望を捨てなかった。
万に一つ、いや億に一つでも可能性が残されていれば……。
何百年、何千年掛かろうとも、イリア達と一緒にカヤとモモカを探しに行くと。
例えそこが時空の果てだろうと、異界の果てだろうと……。
存在の欠片を必ず探し出すと、心に決め。
それが完全消滅だろうと、自分は絶対にカヤとモモカの思いを、記憶を消させやしないと、呪いに打ち勝って見せる――それが自分の戦いだと決意を固めた。
『ラコル、あなたが〝
『はい、モモカお姉ちゃん。大丈夫、アタしが必ず――存在の欠片を見つけだすからね! だから、さよならは……言わないよ!』
姉さんではなく、お姉ちゃんと呼ぶラコルの声は。
初めて会ったあの日の様に無邪気で、明るい声であった。
『念話』が途絶えた後も意識を保ち続け、少しふらつくラコルをヨウムやミュウが心配する中、「大丈夫です」と明るく答えた。
ただならぬ力を感じたネコマタは、何故か嬉しそうに歓喜の声を上げた。
「クク……クカカ……クカカカカッ! そうかそうか、お前らも高次元の頂きに辿り着いたかえ! よいぞ、よいぞよいぞ、よいぞ! 我ら神への頂きに辿り着いた者同士、盛大に殺し合おうぞ!」
右手の小指で唇をゆっくりと横に撫で、薄く紅を引くとネコマタは。
指をパチンと鳴らした。
すると、星を囲んでいた空の境界面が掻き消えた。
境界面が消えた事で一見普通の景色を取り戻したかに見える、地表だが。
昼下がりの午後の明るさがあるにも関わらず、薄暗くなったり、明るくなったりを。
ゆっくり繰り返していた。
その度に星全体が、霞んだようにブレて見え。
それを繰り返していた。
〝破幻ノ理〟がリムル達のいる星の表層を、侵食し飲み込んでいたのだ。
だがしかし、これだけではネコマタの想い描く兇想の世界は完成しない。
星の内部を侵食し、書き換えてこそネコマタの兇想が成就するのだ。
〝憎念〟が支配する世界。
最終段階に突入したのをカヤとモモカ、ヤエは感じ取った。
ネコマタが大地に突き立てていた夜叉を右手で引き抜き、ブンと一度振りそのまま右肩に担いだ。
「いくぞえ」
低く声を発すると、カヤ(モモカ)に斬りかかっていく。
真上に振り上げカヤ(モモカ)の頭へと刃を振り降ろす。
カヤ(モモカ)は千鳥を抜き、折れ残った刃でそれを受ける。
轟音と、斬り走る斬撃の衝撃波。
受けた斬撃は大地を割り、何処までも続く深い裂け目を作った。
カヤ(モモカ)は受けたと同時に、左の縦拳をネコマタの腹部に叩き込んだ。
ドッパアァン! けたたましい打撃音が鳴り。
ネコマタが音速を超えた速度で吹き飛んでいき、パパパパパンッと衝撃波の連続した輪を形成した。
西の不毛の大地を超え、その先にある海岸線を越え、海に激突した。
まるで海底火山が爆発したかのように水柱を上げ。
海の底へと沈んで行った。
しかし、すぐに態勢を整え、海底から凄まじい勢いで海面に飛び上がり。
そのまま、極超音速でカヤ(モモカ)の所へあっという間に到達し。
再び刃を振り降ろす。
斬撃の衝撃波で出来た大地の裂け目の底にいる、カヤ(モモカ)は。
頭上から襲い来るネコマタを見るや。
スーッと右足を上げ、ドンッと震脚を踏んだ。
その衝撃で地殻が割れ、真っ赤に燃え
「こざかしいいわぁああ!」
怒号を上げ、吹き上がるマグマを受けながら夜叉を振り降ろす。
ガギッイィン 鈍く重々しい轟音が大気を揺らした。
「うるせえよ。ネコマタ!」
夜叉を受け止めたままカヤ(モモカ)は、ネコマタを蹴り上げ。
ネコマタに向かって口を開け、既に形成していた次元魔力球から光線を放つ。
双発になった極・超魔力縮退炉術式がシンクロし、唸りを上げる。
〝次元魔導砲〟《ディメンション・マジックカノン》
深く避けた大地の底から唸りを上げ、極太の次元魔力粒子光線が立ち昇る。
それは成層圏を貫き、宇宙空間にまで達しても勢いが衰えず。
月にまで達し、月表面に着弾し凄まじい火球と爆炎を上げた。
それは、リムルたちがいる星からも目視できるほどに巨大な火球であった。
〝魔核〟ごと蒸発させられたネコマタが『因果律操作』で復活し。
裂けた大地の底にいるカヤ(モモカ)に極大魔力弾を放つ。
〝破丈激殺〟
カヤ(モモカ)に直撃した極大魔力弾は、底にあるマグマと一緒にカヤ(モモカ)を巻き込み、暴虐な魔力爆発を起こし、巨大な炎の柱を一万メートルまで立ち昇らせた。
燃え盛る岩石が降り注ぐ中、大地の裂け目に目を落とし、ネコマタはにたりと笑う。
そんなネコマタの隣に、同じように大地の裂け目の底を覗く者がいた。
「あらあら。塵も残さずに蒸発させられたわね。酷いことを。フフッ フフフフ」
いつからいたのか……。
気配も、妖気も感じさせずに――
それは、いた。
いきなり隣に現れたその者にネコマタは、一瞬我を忘れ。
その者を、凝視し……声を出した。
「お前は、モモカなのかえ!?」
「何を、いまさら。わからないの? フフッ」
その突き刺すような笑みと、冷気が漂うような嗤い声がネコマタの耳を撫で上げる。
モモカ(カヤ)は。
手の甲をネコマタに向け、右手を横にしたまま額から首元迄、ゆっくりと下ろした。
横になった手の平が、顔を通り過ぎたと同時に――
カヤ(モモカ)の顔になり。
今度は手の平をネコマタに向け。
首元から額迄ゆっくりと上げ。
額の前から手を離すと。モモカ(カヤ)になっていた。
ネコマタの二本の尻尾が、ブワッと毛が逆立ち――
最大限の危険を知らせる。
初めて味わう、自分以外の者による恐怖に似た感情。
(なんじゃ、あ奴は……一つの体に二人がいるのかえ? ありえぬ。意識体が通常、一つの体に同居すればどちらかが同化され、飲み込まれてしまうはず、じゃ。一体何が、あ奴らに……起こったのじゃ)
得体の知れない何かに、嫌悪感を露わにし。
己に芽生えつつあった恐怖を、〝憎念〟でねじ伏せた。
「ふむ。どうせ『時空間操作』辺りで強引に我の隣に、空間を繋げ出て来たのであろう?」
〝憎念〟で冷静さを取り戻したネコマタは、自分の推測をモモカ(カヤ)にぶつけて来た。
「さあ、どうかしらね。あ、一つ言っておくけど。『時空間操作』は、『時空間支配』に進化しているから。あしからず」
「ふん。そんなもので我に抗うか、モモカ」
「まさか。こんな物はただの進化の過程における、副産物よ。そうでしょう? ネコマタ」
「クッ……クククッ。そうだな……確かにな、モモカよ。だが、既に〝破幻ノ理・
術の侵食を止める術はない。
そう確信しているネコマタは、モモカ(カヤ)の「そう」と言った後の、口端を上げて薄く笑ったのを見て、(何か、策があるのか?)と勘繰るも。
己の術に絶対の自信を持つネコマタは、それを軽く受け流してしまった。
この薄い笑いの意味を、ネコマタは――
これから知ることになる。
モモカ(カヤ)の仕掛けた、最後の一手を。
八十九話を読んで頂きありがとうございます!
次回の更新も読んで頂けたら、幸いです。