花のうへの露   作:なんじょ

5 / 52


 次の日から約束通り、小十郎は毎日朝顔のところへ来るようになった。そして半刻ほど、他愛のない雑談をしていくだけなのだが、やはり一人でいるよりは楽しくて、動けずくさくさした気分が上向いてくる。それ故に朝顔はいつしか、小十郎の訪問を心待ちにするようになっていた。

「邪魔するぞ、朝顔」

 その日も常と同じく、小十郎がやってきた。風通しに開けた障子から顔を出し、頭を軽く下げてから中に入る。帯に刺繍をしていた朝顔は針を止めて顔を上げた。

「あぁ、いらっしゃい、右目の旦那」

「具合はどうだ」

 腰をおろして開口一番そういうものだから、朝顔はつい笑ってしまう。毎日同じ事を尋ねられても、そうそう違う答えは出来ない。

「昨日の今日で、そうかわりゃしないよ、旦那。まぁ大分楽にはなってきたね」

「そうか、そうだな。今、義直に杖を作らせてる。後少しで出来上がるはずだから、それがあれば自分で出歩けるようになるだろう」

「そりゃありがたいね。そろそろ寝たきりにも飽きちまったよ」

 そう言いながら、朝顔は止めていた針を取り、縫い物を再開した。すっすっ、と迷いなく進む針に視線を注ぎ、小十郎がふっと表情を和らげる。

「しかしいつ見ても、あんたのは見事な細工だな。素人には見えねぇが、お針子でもやってたのか?」

「あぁ、やってた事もあるけど、元々針仕事が好きなんだよ。縫ってる間は頭がからっぽになって、心が落ち着くんだ」

「ほぉ……そういうもんか」

 そうだよ、と一つ頷く。縫い物は昔からの趣味で、暇さえあれば黙々と、誰に頼まれたわけでもなくやっていた。集中していれば時も忘れて熱中してしまうほどだから、今のように身動き叶わない時の暇つぶしにはちょうどいい。

「ここに来る前に、針子をやってたのか?」

「いいや。奥州の前は、三河で路銀稼ぎに、茶屋の手伝いをしてたよ。団子作りなんか教えてもらったりして、なかなか楽しかったね」

 刺し終わりに糸を歯で噛みきり、針山に針を戻す。刺繍の出来を確認した後、朝顔は、刺繍した服を入れた螺鈿(らでん)細工の箱の中にそれを重ね入れて、うーんと伸びをした。

「こいつはこれで仕舞い。今日の分は、もうなくなっちまったよ」

 これで、小十郎が帰った後の無聊を慰めるものが無くなってしまった。浜さんにもっと無いか聞いてみようかねぇ、と呟いたところで、小十郎がそれなら、と軽く身を乗り出す。

「少しばかり考えてみたんだが……あんた、ちょっと外に出てみねぇか?」

「え?」

 外に、と言われて心が動いたが、しかし朝顔の足はいまだ完治せず、自由に出歩けはしない。

「そりゃあ、閉じこもりっきりだし、外の空気も吸いたいけど」

「あんたの怪我の具合も良好なようだし、何だったら俺が里を案内してやろうと思ってな。何しろ、あんたはまだ奥州をほとんど見ちゃいねぇし、少しばかり気分転換にもなるだろう?」

「右目の旦那が、案内してくれるってのかい?」

 朝顔はおやまぁ、と思わず声を漏らした。このお武家様は、ずいぶんと砕けたお方だ。身分を思えば、朝顔の事などうっちゃっておいても構わないというのに、自ら案内役まで買ってでるとは。

(これが伊達の気風なのかね)

 この間来ていた部下四人も、「筆頭」と「片倉様」をたいそう尊敬していたが、お二方と一緒に酒盛りをした、相撲を取っただの、他の藩ではあまり無いような親密ぶりを語っていた。あれが本当なら、左馬助が言っていたように、伊達は身分の上下にさほど拘らない質なのだろう。

「派手な見所があるわけじゃねぇから、無理にとはいわねぇが」

 そういって苦笑する小十郎に、朝顔はいや嬉しいよ、と笑って頷いた。

「それならぜひ頼むよ、右目の旦那。庭の木の芽を数えるのにも飽きちまったからね」

 

 こうと決めれば、小十郎の手配は素早い。ちょっと待ってろ、と席を外してしばし後、なにやら気配がすると思ったら、庭先に馬をひいた文七郎が現れた。

「おや、文七じゃないか」

「どうも、姐さん。お元気そうで」

 へへ、と笑う文七郎。そこへ小十郎が戻ってきて、

「朝顔、あんたは馬に乗ってくれ。俺が手綱を引く。外は寒いから、これをまず着て……さて、御免」

 朝顔に綿入れを着せてしっかり防寒させると、そのままひょいと両腕に抱き上げた。

「あっ、旦那、重くないかい」

 不意の事に驚き、思わず声を上げる朝顔。最近すっかり食っちゃ寝だから、よけいな肉がついて重さが増してるんじゃなかろうか、と危惧したが、小十郎はどこ吹く風だ。

「牛に比べりゃ軽いもんだ、気にするな」

「……ちょいと、牛と女を比べるのはどうかと思うよ、旦那。だいたい、牛を持ち上げた事なんてあるのかい?」

 いくらなんでも、自分と比較するのに牛は極端に重すぎる。妙なたとえに苦笑すると、なくもねぇ、と言いながら小十郎は庭に降りた。砂利を踏みしめながら、

「この間、溝にはまった牛を持ち上げたな」

「えぇ?」

 冗談だろう、と思ったが小十郎の顔は真面目そのもので、嘘の様子は無い。しかし言われてみれば、自分の身体をしっかり支える小十郎の腕は、服越しでも分かるほど太くがっちりしていて、牛の一頭二頭くらいは簡単に持ち上げてしまいそうだ。納得して、朝顔は感嘆の声を漏らした。

「へえぇ、そうかい、そりゃすごい。右目の旦那は金太郎みたいだねぇ」

「金太郎?」

「だって、そんな大層な力持ちなんだ。きっとちいちゃい頃から、お山で熊と相撲の稽古をして鍛えたんだろう?」

「ぶっ」

 朝顔のたとえに、脇で聞いていた文七郎が吹き出した。金太郎と小十郎の取り合わせが余程おかしかったのか、口を押さえながら、ぶるぶる笑いを堪えている。

「……何を笑ってやがる」

 小十郎は朝顔を鞍の上におろしながら、文七郎を軽くにらみつけた。途端、文七郎はすいやせん! と慌てて背筋を伸ばし、

「ど、どうぞ、片倉様、お気をつけて」

 さっと手綱を差し出す。特別怒ったわけでもない小十郎は、それを受け取って鷹揚に頷き、

「そこいらを少し回ってくる。たぶん帰ってくる頃には身体が冷えるだろうから、葛湯の用意を浜殿に伝えておけ」

「はい!」

「よし。……それじゃあ行くか、朝顔」

 そういって静かに手綱を引き、先導し始めたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。