花のうへの露   作:なんじょ

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 書状が届いて二日後、伊達屋敷は新たな客人を迎え、緊張の空気に包まれていた。

 やってきたのは、徳川家康その人。かつては織田、豊臣の配下となり忍耐を強いられ続けた若き少年であったが、今政宗の前に座したその姿は、見違えるほど立派な青年武将であった。

「久しいな、独眼竜! 会見の申し出を受けてくれて、感謝するぞ」

 はきはきと語る家康は背が伸び、がっしりと鍛えた体つきに変わり、兜を脱いで槍も手にしていない。

「あぁ、そうだな。まさか本人がわざわざ出向いてくるとは思わなかったぜ」

 上座に腰を下ろした政宗は常と変わらぬ口調で答えながら、目は絶えず家康の変化を読みとろうと見据えている。

(いったい、どんな心境の変化があったんだ?)

 外見の成長もさることながら、迷いのない眼差しは、以前戦場(いくさば)でまみえた時よりも強く、揺るぎがない。他国の武将のもとへ大将がのこのこ一人でやってくるというのも、以前の家康には無い剛胆さが見える。

 もっとも、脇に控える小十郎から聞いた話では、家康は腹心、本多忠勝の背に乗って奥州に来たという。全身鎧に包み込み、その圧倒的な力で戦国最強の名をほしいままにする本多が居れば、一軍率いずとも臆することなし、ということなのかもしれないが。

(まぁ良い。どんな腹積もりか、聞いてみようじゃねぇか)

「さっそく本題に入らせてもらうが……アンタ、同盟を結びたいって?」

 政宗が水を向けると、家康はしっかりと頷く。

「あぁ。奥州を束ねる独眼竜の協力を得る事が出来れば、こんなに心強い事はない」

「オレを同盟相手に選んだワケを聞こうか」

 これまで親しく行き来した事はなく、むしろ戦場で刃を合わせるだけの相手なのに何故だ。その疑問を発すると、家康はニッ、と精悍な笑みで答える。

「独眼竜、お前は以前言っていただろう。自分が目指すのは、民の一人一人が笑って暮らせる国を作る事だと」

「あぁ……」

 何かの戦の折りに家康から信念を問われ、そう答えた覚えがある。

「その考え、ワシも同じだ」

 家康はぐっと拳を握りしめ、力強く輝く目でまっすぐ政宗を見返す。

「ワシは、長く続く戦の日々をもう終わりにしたい。明日を願う者達の明日が奪われ、絆を失い悲しむのは、もうやめにしたいんだ」

「フン」

 やめにしたいと思うだけで戦をとめられるなら、誰も苦労はしない。今更何の世迷い事かと鼻を鳴らすと、家康は身を乗り出して、言葉により力を込める。

「独眼竜、お前にもあるだろう。何かを大切に思い、守りたいという絆が」

 その眼差しがちらり、と控えの小十郎を見る。それに気づいた小十郎は一瞬、家康と視線を交わす。

「民を思い、仲間を思い、国を思う。それは誰しも持っている絆だ。お互いを思い合う大切な絆を、他の者達とも結ぶ事が出来れば、天下太平の世は夢ではなくなる。もう誰も苦しまなくていい、そんな世が作れるはずだ」

 家康は政宗に視線を戻し、清々しく思いを語る。

「独眼竜、そのためにワシはお前に会いに来たんだ。願う未来は同じはず。ならば共に手を取り合い、皆のために明日を勝ち取ろう」

「…………」

 家康の熱弁に政宗は唇を真一文字に結んだ。そして一つ息を吐き出し、脇息に肘をおくと、低い声で語り始める。

「黙って聞いてりゃ、まるで夢みてぇな事を言ってるが、絆ってのはそんなに大事なもんなのか」

「それはワシが語らずとも、お前自身が知っているはず……」

「ならあんたはなぜ、豊臣を抜けた?」

「!」

 ハッ、と息をのむ音がここまで聞こえてくる。目を瞠る家康に、政宗はさらに言葉を重ねた。

「それほど絆が大事だと言うなら、あんたは豊臣にいる間も当然、その周囲の奴らと絆を結んで和したはずだ。だが、現実はどうだ? あんたは豊臣が崩壊した途端、あっさり見切りをつけ、天下取りに名をあげた。我こそが天下に相応しいとばかりにな」

「…………」

「自分達だけじゃなく、他の連中とも絆を結べば、天下太平の世になる? That's ridiculous! テメェで出来もしねぇことを他人に説いたところで、てんで説得力がねぇぜ」

「政宗様!」

 語気鋭く言い放った政宗は、その勢いで立ち上がった。そして小十郎の諫めを聞かずに愛刀の鞘を払い、空気を裂いて、家康の眼前に切っ先を突きつける。

「おきれいな建前でどうにか出来るほど、世の中は甘くねぇ。あんたがオレと手を組みたいと本気で思ってるのなら、まず口先だけじゃねぇ、あんたの力を見せてみろ。話はそれからだ」

「……独眼竜」

 眼に触れそうなほど間近に迫った刃に目を細め、家康は小さく呟いた。その声は先より弱く、悔いがにじむ。

「……お前の言うとおりだ、独眼竜。力のみ尊び、戦をもって全てを平らげようとする秀吉公を、ワシは止められなかった。もっと早く心を決め、秀吉公と向き合っていれば……公にも違う未来があったかもしれない」

「は、たいそうな自信だな。あんたにあのBoss猿を改心させる力があったってのか?」

「独眼竜、秀吉公は決して、魔王信長のように心なき人ではなかった。むしろ人としての心があるからこそ、それを堅く鎧い、守ろうとしていたのではないかとワシは思っている。秀吉公を止められなかったのは、ワシの罪だ。ワシの悔いだ」

 続く言葉は、力強さを取り戻す。その目に刃を写しながら、家康は政宗を見上げた。

「だから今度こそ、ワシは迷わない。諦めない。命がつなぐ明日を信じて、皆に呼びかける事を止めない。絆の力をもって天下を統一する決意を忽(ゆるが)せはしない」

 そこで不意に家康が動いた。正座の足を素早く立ち上げて後ろにとびしさり、

「!」

 咄嗟のことに刀を構えた政宗と小十郎の前で、再度畳を蹴って障子を開け放ち、縁側に飛び出す。

「徳川家康!」

「お前とむやみに事を構えるつもりはない、今日のところはこれで失礼する!」

 庭に飛び出した家康を追って小十郎がいち早く続いたが、しかし不意に突風と耳を破るような爆音が鳴り響き、目の前に黒い固まり……本多忠勝が飛来する。急降下してきた本多が巻き起こす風に庭木が激しく揺さぶられる。風の壁に阻まれ、たたらを踏む政宗達の前で、家康は忠勝の背に飛び乗り、

「ワシは一度や二度で諦めたりはしない。いずれまた会おう、独眼竜!」

 快活に言い放つと、そのまま空のかなたへと、飛んでいってしまった。

「……ちっ。相変わらずCrazyな連中だ」

 本多達の消えた方角を見上げ舌打ちし、政宗は刀を鞘に納めた。庭から縁側に戻る小十郎を見、どう思う、と問いかける。

 小十郎もまた刀をしまいながら、

「徳川は元豊臣の家臣、加藤清正や福島正則らを引き込み、日々勢力を拡大している模様。今はまだ周囲の様子をうかがって身を潜めているようですが、いずれ油断ならぬ相手となりましょう」

「ふん……手を結んだ方がいいと思うか?」

 庭を見据えながら問うと、竜の右目は今はまだはかりかねまする、と首を横に振った。

「今少し、徳川とその周辺に関する情報を集めて参りましょう。あのような理想を語るにつけ、徳川は少々危うい。そもそも徳川はただでさえ、武田と上杉進軍の折りに一兵も動かさず、豊臣の裏切り者と呼ばれております。下手に手を結べば、奥州もまた卑怯者のそしりを受けかねません。ここはこの小十郎にお任せ下さい」

 そうか、と頷きながらふと思い出した事があり、政宗は小十郎へ顔を向けた。

「小十郎、そういや一つ確認したいんだが」

「は、何でございましょう」

「あの女、朝顔。あいつぁ徳川と何か繋がりがあるのか」

「……は?」

 思いがけない問いだったのか、小十郎は間の抜けた声を漏らした。

「どうなんだ、あの女の素性は聞いてるのか」

「……いえ、そう詳しくは聞いておりませんが……政宗さま、何故そのような事をお聞きになられるのです」

 小十郎にしては珍しい。この用心深い男は、常と異なる事態にあたってはそれが政宗の害にならぬよう、少し過剰とも言えるほどに反応するというのに、あの女に関してはそれが無かったらしい。

「いや……」

 もしや、政宗が考える以上に、小十郎は朝顔に心を寄せているのだろうか。そう思うと政宗は珍しく言葉が詰まった。しかし小十郎の次を促す眼差しに、ただな、と渋々口を開く。

「……あの女、徳川家康の文を見た時、ほんの一瞬だが、驚いた顔を見せてたんでな。ただの旅人なら徳川の名を聞いただけで、そう過敏に反応することもねぇだろうと……まぁ、それだけなんだが」

「それは……気づきませんでした」

 小十郎は背を向けていたので、あのときの朝顔の反応を知らずとも無理はない。しばし沈黙を挟んだ後、

「……それは私の手落ちでございました。朝顔に関しても早急に調査を致しましょう。では御前、失礼を」

 事務的な口調で言うと、一礼し、政宗の前から辞した。

 背を向け廊下を歩いていく小十郎の背中を見送った政宗は、雲が低く広がる空を見上げて目を細め、

「……ちっ。嫌な天気になりそうだ」

 忌々しげにそう呟いたのだった。

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