悪役令嬢に転生したけれど、ヒロインが全く攻略しない! 作:ステータスを教えてくれる系サポートキャラ
放課後、校舎の屋上で“あの人”を待っている。
満開だった桜の花びらも、もうまばらになって久しく、眼下では、校庭で大勢の生徒たちが汗を流していた。部活動生の賑やかな掛け声が、どこか遠くに聞こえる。
全くもって平穏そのものの光景だったが、その反面、私の心中は穏やかではなかった。逸る気持ちを抑え、“あの人”が来るのを待つ。
左手首を返し腕時計を確認すると、約束の時間からもう十分が過ぎようとしていた。想定の範囲内だが、“あの人”を呼び出すとなると何時もこうだ。嫌でも苛立ちが積もっていく。
腕を組み、右の人差し指で一定のリズムを刻む。“あの人”が来るであろう屋上の入り口を睨みつけ、もしすっぽかしてくれたらどうしてくれようかと考えていた。
すると丁度その時、バタバタと階段を駆け上がる音が聞こえたかと思うと、次いで、何かが勢いよく扉に衝突する音が響き、暫くしてから入り口のドアが開かれた。
「遅いですわよ! いったい何をしていらっしゃったの!?」
「いやーごめんごめん、担任の山田がさーいちいち話が長くって、ホームルームが終わるのが遅くなっちった!」
悪びれもせず、おでこを擦りながら無邪気に笑い待ち人は言う。私はその姿にすっかり毒気を抜かれ、呆れ返ってしまい溜息をついた。
「それならそうと軽く連絡でもしてくれれば、そんなに慌てて来なくても良かったですのに……」
「あーごめん、ほんとはうっかり学校を出て半分くらい行った所で思い出して急いで戻ってきたので遅れました! すいませんした!」
綺麗に体を直角に折り曲げて待ち人が謝る。そのあまりにもしょうもない理由に、一言二言、小言を言ってやろうかと思ったけれど、先んじてそんな殊勝な態度をされてしまうと、怒る気力さえ削がれてしまう。
「……はぁーあなたの事だからどうせそんなことだろうとは思っていましたけど……わたくし、これでもこの学園の理事の孫娘で、生徒会副会長ですのよ? その娘からの呼び出しを、普通忘れます?」
「いやーほんとうっかり、うっかりさんだったんだよ。ホームルームまではちゃんと覚えてたんだけど、山田の話がすこぶる長くてさー」
「その話はもう良いですわ。それより、さっそく本題に入りましょうか」
そう言って私は改まって“彼女”と向き合った。
薄いピンクブロンドの髪、薄紅色の大きな瞳と筋の通った小さな鼻、細く瑞々しい唇、身長は私より一回りほど小さく、きちんと身だしなみを整えればどこかの箱入り娘のように儚げに見える。だが、彼女の全身から発せられるこの人懐っこそうな雰囲気によって、それは完全に台無しにされていた。
彼女は、この日本全土から名家良家の子息が集う、名門「聖凛学園」ではあまり見かけないタイプの生徒だ。“彼女”の存在はこの学園では「特異」だった。この「姫宮優子」という少女は、まるで世界から愛されているかのように「特別」で「異質」だった。そんな「存在」を、人はなんと呼ぶだろうか?
「それで、“成果”のほどはどうですの? 少しは
私の問いに、さっきまであっけらかんとしていた彼女の顔が、徐々に気まずい表情になり、終いにはぎこちない愛想笑いに変わった。なんだかスゴく嫌な予感がするわ。
「そ、それがさー……春休みって案外始まるまでは長いと思うけど、終わってみればあっという間じゃん? 休み中にやろうやろうと思っていたことも、なんやかんやで先延ばしになって……ほ、ほら! 宿題とかもあったし色々と忙しくてさ!」
「そんな言い訳どうでもいいですから。それで?
「気づいたら春休みが終わってました……」
さもとんでもないことがあったかのように、迫真の表情で優子は言った。
私は目を瞑って大きく深呼吸をした。一回と言わず三回もした。それでも体がワナワナと震えるが、懸命に抑えた。組んでいた腕を握りしめてグッと耐える。
「そ、それから? は、春休みは、まあ仕方なかったとして、新年度になってからももう随分と経ちましたよ? 流石に……流石になにか“成果”があったのではなくて?」
震える声で出た私の言葉は、質問というよりもはや願望だった。お願い! ちょっとでもなんかあったとか、そんなような感じのことを言って! 後生だから言って、姫宮優子!
だが現実は非情だった。
「そ、それが……その……ハイ……なんかスンマセン、なんもねーっす」
大事なことなのでもう一度言うが、現実は非情だった。
「……ど」
「……ど?」
「どうして、どうしてよ!? 春休みよ? 新年度なのよ? 春は出会いの季節だって言うじゃない! うら若き乙女なら素敵な殿方との出会いとか、そういうのを妄想して、ドギマギするものじゃないの!? ましてやあなた、「タイムリミット」までもう一年もないのよ!? なにやってんのよヒロインのくせに!」
「いやーそうは言われましても、なんかこう、あんまし現実味がなくてさ、さりとてこれといって危機感もなく……」
「現実味とか危機感とかどうでもいいのよ! あなたの“攻略”に臨む姿勢とか気概のことを言ってんのよ! このあんぽんたん!」
「麗奈さん、本性出てる! 本性出てるよ!」
「うっさいわね! 私のことはよそよそしく「三秀院さん」と名字で呼べと言ってるでしょう!? 「私」と「あなた」は本来そういう関係ではないのよ!」
そう、私と彼女は本来であれば、こんな校舎の屋上で、人目を忍ぶように密会し、こんな頭痛が痛くなるような頭の悪い話ができるような間柄ではなかったはずだ。それがいつの間にやら、どうしてこうなった?
「だいたい、「クラス替え」はどうしたのよ!? 順当であれば、好感度の高い「攻略対象」と同じクラスになれるはずですわよ!?」
「えっ? あ、そうなの? えっ……と、あー……ならちょっと結果は聞かないほうが良いかもなぁ……」
そう目をそらして憎きあんちくしょうは言った。そんな嘘でしょMyヒロイン!
「ま、まさか一人も……一人も同じクラスにならなかったの? 一定の好感度さえ獲得してれば複数人同じクラスするのも楽勝なはずなのに……むしろ適当プレイで鼻ほじりながら攻略していても、最低一人は必ずなるはずなのに、まさか一人も?」
思わず私は優子に掴みかかって訊いた。お願い神様違うと言って!
「……うん」
ゴットイズデッド!
私は崩れ落ちた。彼女と出会ってからは、何時も何時もこんな感じだ。何時もこの「
「あああああー! このヒロインぜっんぜん攻略しねぇー!」
私の魂の叫びが桜吹雪の空に木霊した。
これは、私こと悪役令嬢「三秀院麗奈」と、ヒロイン「姫宮優子」が送る、奇妙で、下らなく、気づけば私ばかりが苦労している、そんなダメダメすぎるヒロインの、愉快で痛快かもしれない乙女ゲーム攻略物語である。
切っ掛けはいつの頃からだっただろうか。
自分が乙女ゲーム「ハートフル・スクールメモリーズ」の悪役令嬢「三秀院麗奈」に転生したと気づいた時だろうか? その時はこれから来るであろう死亡フラグの数々に、恐れもしたし嘆きもしたが、今思えばそんな程度のことはまだマシな方だった。
私は他の悪役令嬢転生者よろしく、自分が三秀院麗奈に転生したと知ってからというもの、来るべき死亡フラグを回避するため、日々奔走することに決めた。
傲慢で、我儘で、冷徹な性格を見直し、事前に接触できる原作キャラとは友好的な関係を築いて、淑女としての嗜みも身につけ、己を限界まで鍛えて原作開始を待った。要するに悪役令嬢転生者がやりそうなコトを、全部やった。
設定では三秀院麗奈は、ヒロイン「姫宮優子」の一つ歳上であり、先んじて原作舞台である「聖凛学園」に入学できたのも運が良かった。私は丸一年をかけて周囲の地盤を固め、本来であれば所属する必要のない生徒会にも所属し、学園での地位を確固たるモノとした。万が一の時に備え、海外へ逃亡先まで用意した。私の準備は完璧だった。原作ヒロインの付け入る隙など全くないほどに、完璧だった。
だがそれが良くなかった。
昨年の四月、つまりはヒロイン「姫宮優奈」が入学してきた頃は、まだ良かった。彼女は問題なく入学してきたし、その姿容姿も、生前プレイした「ハートフル・スクールメモリーズ」の姫宮優子そのままだった。なんなら私は、事前に入学者リストで彼女の名前と顔写真を確認していたので、別になんの感動もなく、私の鉄壁の精神状況は平静そのものであった。
私は予ねてより、ヒロインとは極力関わらないでいようと心に決めていた。虎穴に入らずんば虎子を得ずなんてことわざがあるが、そんなモノはクソくらえだ。私は触らぬ神に祟りなしを地で行く悪役令嬢だった。悪役令嬢転生者としてそれはどうなの、と思われるかもしれないが、知ったことではない。臭い物には蓋をして、ガラスとステンレスで固体化してから、地下300m以深に埋蔵するのが私のやり方だった。雉も鳴かずば撃たれまい。悪役令嬢もヒロインにちょっかいを出さなければ没落しまい。つまりはそういうことだ。
そんなこんなで私はヒロインと極力縁のないように過ごし、事実、一学期二学期と、文字通り何事もなく平穏無事にやり過ごすことができた。
だが、そうこうしない内に問題が表面化した。そう、何事もなかったのは良かったが、何事も
この「ハートフル・スクールメモリーズ」という乙女ゲームは、ヒロインが二年生の年度末に、一つの節目を迎える。どういった節目なのかは割愛するが、まあ概ね乙女ゲームにありがちなロマンチックな節目である。ヒロインはそれまでに、各種攻略対象の好感度を稼ぎ、己のステータスを向上させ、"その時"に備えるのであるが、このヒロイン、一年生もそろそろ終わりに差し掛かっているというのに、全く攻略する素振りを見せないのである。
ゴールデンウィークも、文化祭も、計四度あったはずの定期試験も、夏休みイベントも、体育祭も、ハロウィンも、クリスマスも、初詣も全部スルー! 終いにはバレンタインイベントで渡す方じゃなくて貰う方に回っていて、お前はなにゲーのヒロインなんだと問い詰めたくなり、本当にどうしようもない。
多分、攻略対象の男の子たちに「姫宮優子」って知ってる? と訊けば、全員が口を揃えて「誰それ?」と答えるであろうぐらいに、攻略対象と関わっていない。実際みんなそう言った。
ここに来て、流石の私も危機感を覚え始めていた。もう一度言うが、このゲームは主人公の二年生の年度末に一つの節目がある。その時期に、誰でもいいので攻略対象の好感度を一定以上稼いでおかないと、「BADEND」──つまりはゲームオーバーになってしまう。
これがテレビゲームの話だったらセーブデータをロードし、また攻略し直せばいいだけだろうが、「この世界」でヒロインが「ゲームオーバー」になったら、どうなるかなんて想像もつかない。下手をすれば突然世界が暗転し、そのまま……なんてことにもなりかねない。そんなの絶対にイヤだ。
だから私は断腸の思いで自らに課した誓約を破り、彼女と接触することに決めた。
そしてそこで私はようやく気付く、ヒロイン「姫宮優子」もまた、私と同じ「転生者」であったことを。それも、乙女ゲーの「お」の字も知らないような、ポンコツヒロインが中身であったことを……。
「とにかく、どこかのダメヒロインのためにも、対策を練りませんと……」
優子からの報告は燦々たるモノであったが、かといって、グチグチ言っていても何も始まらない。悪役令嬢たるもの、現実を受け入れて未来を切り開かなくてはならない。悪役令嬢はうろたえないのだ。
「現状は最悪。最悪ですが、これ以上悪くならないという点に於いては、悪くないと言うべきでしょう」
今が最底辺ということは、これ以上落ちることはなく、後は這い上がるだけ、ということだ。そう考えれば、今の状況もそんなに悪くないと思えてくる。思えてこない?
「そうは言っても、正直あんまりやる気出ないだよね……麗奈さんが言う攻略対象も、別に好みでもなんでもないし。そもそも私、ギャルゲーとか守備範囲外なんだよね……」
「ギャルゲーではなく乙女ゲー! 両者は似ているようで全く異なるものです」
今から彼女に、乙女ゲームの持つ奥深さや面白さ、秘めたるポテンシャルについて、小一時間語っても別にいいが、生憎我々には時間がない。苦渋の選択だが、またの機会にしてやろう。
「でも乙女ゲーって要するにギャルゲーの反対でしょ? そんなに違いはないんじゃないかな?」
ちょっと気が変わった。その乙女ゲーヒロインにあるまじき、FPSとかRPGとかハック&スラッシュに染まりきってそうな腐れ脳みそを、メルヘンほわほわのお花畑に変えてやる!
「そもそも乙女ゲームは……
そして高度に練られたシナリオと……
さらに年頃の女の子のハートに直撃するイケメンたちが……
それらが織りなす心打つストーリーを美麗なグラフィックで表現し……
あまりゲームに馴染みのない乙女でもクリアできるように絶妙なゲームバランスでもって……
それらを併せ持った乙女ゲームは本当に高尚な……」
──以下暫くエンドレス。
……結局、私の誠心誠意のお説教が終わったのは、もう日も傾き夕焼けが眩しくなってくる頃だった。私は精一杯やったが、優子の反応と来たら「へぇーそうなんだ……でもRPGとかのほうが面白くね?」と、正に暖簾に腕押しで全く堪えていないようだった。もうやだこのポンコツヒロイン……。
「ともかく、あなたは乙女ゲーヒロインとして、もっと自覚を持つべきよ。前にも言ったでしょう? あなたの選択次第では、この世界の行く末も決まってしまう」
どんなにポンコツでダメダメでも、彼女こそが「姫宮優子」で、彼女こそがこの世界の「ヒロイン」であるのは揺るぎない。この世界の命運を確定できるのは、彼女しかいないのだ。
「その考えもどうかと思うんだけどなぁ……私が世界の命運を握ってるとか実感ないし、正直正気とは思えない」
「それはわたくしも同感ですが、そうなってしまっている以上、仕方がないではありませんか」
ほんとなんでこんなのがヒロインやってんだろう。
「ああ、いっそ私じゃなくて麗奈さんが「ヒロイン」だったら良かったのに……だって私よりよっぽどヒロインぽいじゃん? なんなら今からでも変わることってできないの?」
「麗奈でなくて三秀院……まあ、わたくしも変われるものなら変わってあげたいですが、わたくしは……ほら、言ったでしょう?」
「悪役令嬢……だっけ? そんな誰が決めたのかも分からない「
そうは言っても「三秀院麗奈」の役どころは「悪役令嬢」であって、彼女のような、「姫宮優子」のような「ヒロイン」には決してなり得ないのだ。それはこの世界の理であり、絶対的な法則である。
「何にせよ、あなたがやらなければ他に代わりはいませんことよ。RPGで言ったらあなたは「勇者」。あなたが世界を救わなくて、誰が救うというの?」
「そりゃあ、ゲームの話だったらそうなんだろうけどさ……」
もう半分ほど沈みきった夕陽を見て、優子は言った。黄昏に隠れて、彼女の表情はよく見えなかった。
「もうそろそろ時間ですわね……というわけで姫宮さん、あなた明日から生徒会室に来て下さいな」
「え"っ……もしかして、次回からの会合はそっちでやるの?」
「いいえ、そうではなくてあなたには、今年度から新たに生徒会役員になって頂きます」
「え"っ……でも生徒会役員って……」
優子の懸念通り、この学園の生徒会役員は、本来であれば正式な手続きを経た後に、全校生徒の投票によって承認され、晴れて決定されるものであるが、そこはほら、私副会長だし、なんなら悪役令嬢の嗜みとして、あまり口では言えないゴニョゴニョな権力も持っていたりするので、結構融通が効くのだ。優子一人を生徒会に捻じ込むことなど造作もない。
「生徒会には攻略対象である「会長」と「書記」がいますわ。なんなら対立組織である「風紀委員」とも接点ができ、そこにも攻略対象はいます。今のあなたには焼け石に水かも知れませんが、何もしないよりは遙かにマシですわね」
というか、これまでの経緯で散々痛感したのであるが、このポンコツヒロインに任せきりにしているのは危険だ。多分このままだったらコイツ、絶対に何もしない。そうであるならば、多少無理矢理にでも攻略対象と関わらせるしかない。
「えーヤダよー! 生徒会とか絶対に面倒臭いじゃん! 自由時間が減る!」
「いいえ問答無用です! これまで散々サボってきた分が、ぶり返してきたと思いなさい! 因果応報よ!」
「そんな……なんて横暴な……これじゃあ悪役じゃなくて鬼畜令嬢じゃないか。麗奈の鬼! 悪魔! 鬼畜令嬢!」
「だから麗奈じゃなくて三・秀・院! 鬼でも悪魔でも好きに言いなさいな! あなたにヒロインらしくなって貰えるなら、わたくしは魔王にだってなるわ!」
そう、何にだってなってやるのだ。私にはそれくらいの「覚悟」がある!
「だからあなたも覚悟しなさい。私は悪役令嬢で、あなたはヒロインなのだから……」
私の言葉に、渋々といった様子で優子は頷いた。
「まあ、結果はどうなるか分からないけど善処はするよ」
優子が右手を差し出してくる。これほど信頼できないヒロインの言葉はなかったが、兎にも角にも私はその手をしっかりと握った。
「善処ではなく、全力を尽くして下さいな。あなたは出遅れどころの話ではないのですから……」
「まあ、任せてよ。私、負けイベントにはとことん逆らう主義なんだ」
いや、それは逆にダメなパターンなんじゃ?
「そう? まあ、成るようになるでしょ。なんでも私は、この世界の「ヒロイン」らしいし」
全く、その自信が何処から湧いてくるのか、でも、握り締めた彼女の手のひらは、思っていた以上に大きくて、頼り甲斐のある力強さを感じた。顔を見れば何時ものポンコツヒロインなはずなのに、なんだかとっても頼もしい。
何はともあれ、こうして
そしてそのまま閉じたのである。