四人がチンピラ達から逃げ切った頃には、空は既に夕焼け色に染まっていた。
走り慣れた山とはいえ、人一人を引っ張っていたのが辛かったのか、エースとサボの息は少し荒い。ナキも若干乱暴なエースの腕に引かれていたせいで、立ち止まった時に深く咳き込んだ。
唯一咳き込まず息も乱れていないのは、サボに腕を引かれていた、幼いながら既に体力が化け物並みのルフィだけだった。
「にししっ!あーいっぱい走った!」
「てめっ、サボに引っ張られてた分際で余裕かましてんじゃ、ねぇっ…!」
「はー…ナキはこんな咳き込んでんのに、お前は元気だなぁ…」
キッ!とルフィを睨むエースと、呆れたように笑うサボ。ルフィはそれでもにししっと笑っていた。
「なぁ、俺達も明日から仲間に入れてくれよ!海賊になりてぇんだ!一緒に手伝うから!な!?」
「うるせぇ!お前の言う事なんか誰が信用するかってんだ!」
「えー何でだよ!?俺、絶対に場所言わねぇぞ!友達の嫌がる事はやっちゃ駄目なんだ!だから言わねぇ!」
「ガキみてぇな考え方だな!つーか、俺とお前は友達じゃねぇだろうが!何馴れ馴れしく話してんだよ!?」
そんなエースの怒鳴り声に、ルフィはきょとんと目を丸くして首を傾げた。
「何言ってんだ?俺達、友達だろ?」
「はぁ!?馬鹿な事言ってんじゃねぇよ、友達じゃねぇ!」
「いーや友達だ!俺とねーちゃんとサボはもう友達だから、サボと友達のエースも友達なんだ!だから俺達は友達だ!」
「意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇ!!ぶん殴られてぇのか!!」
段々エースの感情がヒートアップしていく。ルフィもそれに負けじと(特に何も考えず)声を荒らげ始めるので、二人の大声でナキは泣きそうになった。さっき泣いたばかりの事を考えれば、すぐに泣き出してもおかしくはない。
「…っぷ」
突然、黙っていたサボが俯いて、ぷるぷると肩を震わせ始めた。
どうかしたのだろうかとナキが涙目で顔を覗き込んだその瞬間、勢いよく顔を上げ、また同時に勢いよく笑い出した。
「あっはっはっはっはっは!!お前、ほんとおもしれーなぁルフィ!!」
「サ、サボ…!?」
突然笑い出した親友に、エースは驚愕で目を見開いている。
サボは涙が滲むほど大笑いすると、楽しそうな笑顔でエースに言った。
「エース、いいじゃねぇか。二人を仲間に入れてやっても」
「な…!何言ってんだよサボ!血迷ったか!」
ぱあっ、とエースの隣でルフィが明るい笑みを浮かべたが、エースの表情はその真逆。腹の底から湧いてくる沸騰しそうな感情を、そのまま大声にしてサボに叩きつける。
しかしサボは特に気にする様子もなく、むしろそんなエースをなだめるように続けた。
「ルフィは確かに嘘がつけねぇけど、だからって簡単に居場所を話す奴じゃねぇよ。ナキもそうだが、二人共俺達の秘密は絶対に誰にも話さない。な?」
「おう!当たり前だ!」
「…う、うん…」
「それでも俺は信用ならねぇぞ!こんな奴ら知るかってんだ!」
ナキとルフィがハッキリ頷いた傍から、エースは再び怒鳴り声を上げる。納得がいかないと鉄パイプを握り締め、これでもかと声を荒らげる。
「命の危機になったら話すに決まってる!所詮どいつもこいつもろくでもないんだ!お前だって、腹ん中では俺が嫌いなんだろ!!お前を谷底に落としたのは俺だぞ!!何でいちいち俺に構うんだ!!」
「だって、他に頼りがねェ」
静かにルフィが告げた言葉に、エースがぐっと喉を詰まらせた。
「フーシャ村には帰れねェ。ねーちゃんは一緒だし大好きだけど、山賊は嫌いだから、ねーちゃんと山賊が一緒にいんのはやだ。危ねぇもん」
「…ルフィ」
ナキがそっと話しかけると、ルフィはてくてくとナキの方に歩いていって、ナキの手をぎゅっと握った。たまらずナキもその手を握り返す。
「…お前ら、親は?」
「…おじいちゃん、だけ…で、わ、私も、ルフィも…親は、し、知らない…わ、私達、血、つ、繋がってない、し…おじいちゃんも、お、教えて…くれなかった、から…」
途切れ途切れのナキの言葉を、エースとサボは神妙になって聞いていた。
「…俺がいねェと困るのか、お前ら」
「うん!」
「俺が頼りなのか」
「そうだ!頼りだ!」
「…お前らは俺に、生きていて欲しいのか?」
「…?当たり前だ!」
「…い、生きてちゃ、ダメな人は…い、いないと、思う…」
心底から不思議そうな顔をして、揃って二人はそう呟く。
そうかよ、と小さく呟きながらエースは二人から視線を逸らした。
ちなみにこの大人しくなったエースを見て再び爆笑し始めたサボは、後でエースに思いきりひっぱたかれていた。
・
───森のはずれにある“海賊の入り江”と呼ばれる海岸。
そこにはある海賊船がここ最近ずっと停泊している。船長の名前はブルージャムと言い、この国の国王に金を払う事で海軍に通報されずに済んでいるのだ。
そんなブルージャムの船から──何故か今夜は、やけに悲鳴が聞こえてきていた。
すぐ傍の
「ぐあぁっっ!ぐぅっ…!」
「…何でこうなってるか、わからねぇ訳じゃねぇよな?お前」
ぽつりと呟いたこの男こそ、この海賊団の船長であるブルージャム。
その視線の先には、四肢の至る所をナイフで刺される形で床に固定された“部下だった”男。
これは公開処刑だった。それも、仕事に失敗した部下の処刑。悲鳴を上げていたのは、ブルージャムの船の船員だったのだ。
「せっかくの財宝を換金する前にガキに奪われるなんざ、笑い話にもなりゃしねぇぜ。街のチンピラを使ってるのは何もお前だけじゃねぇが、他の奴らはお前みてぇに無様なミスはしちゃいねぇぞ」
「ぐっ…!け、けど船ちょ…!」
男が何かを話しかけたその瞬間、ブルージャムは男に刺さったナイフを踏みつけた。
ぐりっと押し付けられるナイフが、男の体の肉を抉る。男がまた絶叫を上げたのを、他の船員達はにやついた顔で見据えている。
「言い訳なんざ聞きたかねぇよ。おまけに何だ?そのクソガキもまだ見つけちゃねぇと来た。えぇ?俺は呆れて仕方ねぇよ…!」
「っ…!か、必ず!必ずガキを見つけます…!だから、だから俺にチャンスを…!」
───ドンッ!
発砲音が鳴り響いた直後、床に一気に広がっていく鮮血。慣れ親しんだ火薬の香りが、煙になってブルージャムの鼻をくすぐる。
「片しとけ」
「ハイ」
すぐに反応して動き出した部下の横を通り、ブルージャムは部屋を出た。扉の向こうには別の部下がおり、その手に何かを持っている。
「船長、アイツが持ってきた手がかりとやらです」
「…何だそりゃ。罠か?」
「えぇ、何でも声がした方にあったんで、そのガキ共のモンだろうと」
ブルージャムは部下の持っている罠を手に取ると、様々な角度でその罠を観察した。
逆さにして、頭上に上げて、そうして繰り返し眺めていると、あるロゴが目に入った。途端にブルージャムは顔をしかめる。
「こいつは海軍のモンだぞ」
「…は?」
「馬鹿野郎、ここの裏を見てみろ。こいつは海軍の彫り方だ。それも随分昔のだな」
そう言ってブルージャムが部下に見せた部分には《MARIN》のロゴがある。部下の目には見慣れないフォントだったが、それこそ昔のやり方なら幾分か納得がいった。
「考えられんのは、例のガキが海兵の親族って所だろうが…ハッ、そんなガキがチンピラとはいえ他人様の財宝を奪うんじゃ世も末だな」
ブルージャムはそう言って薄く笑うと、その罠を部下の手に投げて戻した。
「…確か、ガキは一人じゃなかったな。声だけなら他にも数人分あったとか言ってやがったか」
「えぇ。それが?」
「そいつらの事、全員分よく調べとけ。時間はかかっても構わねェし、手ェ出す必要もねェ。もしもの時の為の用心ってヤツだな」
「はぁ…わかりました」
「おう。頼んだぞ、ポルシェーミ」
ブルージャムは部下…ポルシェーミの肩に軽く手を置くと、そのまま自分の部屋へと歩を進めた。