あの日の和解後から、ルフィとナキは毎日エースとサボと行動するようになっていた。
しかし一緒に行動しているとはいえ、ナキはルフィ達3人とは勝手が違う事が多かった。当然といえば当然かもしれない、ナキは3人とはただ1人、性別も性格も異なっていたのだから。
例えば、エース達は毎日手合わせをする。
一人一日100戦まで。ルフィはいつも全敗するが、それでもめげずにエース達に向かっていく。エースもサボもそれをしっかり受け止め、またお互いに接戦を繰り広げる。
ナキはそれをしない、というか出来ない。泣き虫で気弱な少女には、手合わせとはいえ喧嘩はできなかった。
例えば、エース達は毎日狩りをする。
彼らの夕飯調達は恐ろしい。狙うのは常に肉、それも獰猛な猛獣の肉ばかりだ。やれワニ、熊、猪、時には食べられない毒蛇まで。3人で協力して狩りをするのだが、酷い時はワニに丸呑みまでされる。それで何故無事でいられるのか、とは考えては行けない。この子供達に常識は通用しないのだ。
ナキはその間、山菜やキノコ、木の実を探して採取する。かつて使っていた罠はもうないので、野ウサギやネズミは狙えない。まぁ、その気になればエース達が捕って来そうではあるが。
他にも異なる事は色々あるが、この時点で既にナキと悪童三人組がかけ離れている事は察するに容易い。
むしろこの3人とずっと一緒にいて、少しも野生児に進化しないナキは奇跡の存在と言っても良いのではないか。少なくとも、彼らの育て親であるダダンは心からそう思っている。
・
──ゴア王国“中心街”。
パリィン!と窓ガラスの割れる音と共に、空中に浮かぶ四つの影。その正体は無論、ルフィ、エース、サボ、そしてナキの四人である。
「食い逃げだァ!!」
「常習犯だ、なぜ店に入れた!?」
飲食店の店主と駆けつけた警官が四人の姿を見てそう騒ぐ。
彼らは現在、“悪童四人組”のレッテルを貼られている。原因は主に食い逃げやチンピラへの襲撃、また絡まれた時に反撃して怪我をさせたり。大概理由はいつも同じだ。
しかし、本当の悪童はナキ以外の3人であり、ナキはどちらかと言うと巻き込まれた被害者だった。一緒に行動しているせいで悪童の一人とされているが、ナキからすれば実に遺憾な事だろう。
食い逃げだって、反対しても結局丸め込まれて押しに負けて共犯になってしまっているだけだ。金を払っていいならむしろ払いたい。ナキはいつも思っている。
「よーし落ちるぞーナキ」
「ひぇぇ…!」
ぎゅっとサボにおんぶのような形でしがみつきながら落下していく。やれ着地やら物に捕まったりやらしている3人は本当に野生児だ。ナキにはそんな事できっこないので、脱走する時はいつもエースかサボにしがみついている。
サボが地面に着地すると、震える足を頑張って地面に下ろす。そのまま手を引っ張られて走り出すのだが、何故2人分の体重で着地してサボは平気なのだろう。答えは勿論「考えても無駄」である。何度も言うが、この子供達に常識は通じない。色んな意味で。
「?…サボ!?サボじゃないか!待ちなさい!」
「!?」
「お前生きていたのか!」
突然、1人の男がサボの名を呼びかけた。整った身なりと高級感のある服装は、その男が“貴族”なのだと主張しているようなものだった。
「サボ、あ、あの人…」
「知らねぇ…!」
「え…?」
「おいサボ!お前の事呼んでるぞ!」
「誰だアレ…!?」
「知らねぇって…!人違いだろ、早く行くぞ!」
サボはそれ以上何も言わず、ナキ達も、とにかくその場から逃げる事を優先する事にした。
・
「…それで?」
コルボ山に戻って来てすぐ、エースはサボに詰め寄った。内容は、あの貴族について。
「…何がだよ」
「あのオッサンの事に決まってるだろ。何隠してんだよ」
「べ、別に隠してなんかねぇよ」
「え、そうなのか?」
「そんな訳ねェだろルフィ!騙されんな!」
「だから!別に何もないって…!」
「俺達の間に秘密があっても良いのか?話せ!」
まるで睨みつけるような鋭い目でそう言ったエースに、サボは一瞬肩を跳ね、やがて観念したように目を伏せた。
何か考え込むように俯いていたかと思えば、意を決したような硬い表情で顔を上げ、重い口をゆっくりと、開く。
「…さっきのは、俺の父親だ」
ぽつり、とサボの口からこぼれ出た言葉。
「俺は、本当は親が2人共いる。孤児でもゴミ山で生まれた訳でもねぇ。…でも俺は、両親と一緒にいてもずっと“1人”だった」
サボの両親は、いわば典型的な貴族主義者だった。
貴族という高い地位。生まれた子供はその地位と財産を守る大切な“跡取り”。けれど王族とのトラブルは絶対に起こしたくない。だからその大切な“跡取り”が怪我を負わされても、そういう時だけは見て見ぬふりをする。
「王族の女と結婚できなきゃ俺はクズ。その為に毎日勉強と習い事。俺の出来の悪さに両親は毎日喧嘩…」
「…サボ…」
「俺はあの家には邪魔なんだ。はっ、こっちだって、あの息が詰まりそうになる家には居たくない。だから俺は家を出たんだ」
「……」
サボの話を聞きながら、ナキはぎゅっと自分の服の裾を掴んで、悲痛な表情で俯いていた。ズキ、と頭の片隅で、小さな痛みと共にかつての記憶が思い起こされる。
それは、ナキが転生する前の記憶。ナキの前世の記憶だった。
ほとんど薄れてしまっていても、数十年と育ててもらった記憶はある。この記憶の中でのナキは、両親に可愛がられた記憶が全くと言って良い程になかった。
薄れた記憶を思い返してみれば、ナキの元両親は良くも悪くも厳しい人柄だった。サボの両親が貴族主義者なら、ナキの元両親は完璧主義者、それも子供を甘やかす事もできないような。
二人に共通しているのは“孤独”。両親共に健在で同じ家に住んでいても、二人はずっと心が一人だったのだ。ナキがサボの話に既視感を覚えるのも無理はない。
「…!皆!俺達は必ず海へ出よう!この国を飛び出して自由になろう!!」
サボは勢いよく顔を上げると、さっきまでの暗い表情を一変させて満面の笑みを見せた。
「広い世界を見て、俺はそれを伝える本を書きたい!航海の勉強なら何の苦でもないんだ!もっと強くなって海賊になろう!」
「…ひひ。そんなもん、お前に言われなくてもわかってるさ!」
続くようにエースも笑みを浮かべて、視界いっぱいに広がる海に向かって強く叫んだ。
「俺は海賊になって!勝って勝って勝ちまくって!最高の“名声”を手に入れる!!それだけが俺の生きた証になる!!」
その叫びは、幼いながらの決意の宣言だった。
「世界中の奴らが俺の存在を認めなくても、どれ程嫌われても!!大海賊になって見返してやんのさ!!俺は誰からも逃げねェ!!誰にも敗けねェ!!恐怖でもなんでもいい、俺の名を世界に知らしめてやるんだ!!」
「にっしし!俺はなぁー!!」
更に続いて、ルフィが満面の笑みで、深く息を吸った。
・
「「は?」」
「……!?」
「なっはっはっはっはっ」
ルフィの言い放った宣言に3人は揃って目を見開いて驚愕した。ただ1人、宣言した本人だけが楽しそうに笑っていて、しばらくすればサボと吹き出して笑い出し、エースは呆れたようにため息をついた。ナキは終始おろおろしっぱなしで、笑っているサボに責めるように詰め寄った。
「わ、笑い事じゃ、ない…!こ、こんな事、話したの、も、もし、他の人に、バレたりしたら…!」
「その時はその時だよ。ほとんどの大人は、子供の戯言だって聞き流すだろうしな」
「で、でも、お、おじいちゃんは、怒るし…」
「ナキ。俺達がジジィを怖がって、海賊になるのをやめると思うか?」
エースの言葉にナキは口を閉ざした。そんな訳がない。さっきの彼らの宣言は、真剣な決意の表れだ。反論の言葉が見つからず俯いてしまったナキに、軽いトーンでルフィが尋ねた。
「そんな事よりさぁ、ねーちゃんはどうしたいんだ?」
「……え?」
「ねーちゃんも将来、海賊になんのか?」
それは純粋な問いかけだった。海賊になりたいと決意を胸に抱く少年が、大好きな義姉に抱いた単純な疑問。しかし、ナキはその疑問に答える事ができなかった。
「………」
「ねーちゃん?」
こてん、と首を傾げるルフィ。サボとエースは横目に互いを見合いながら、ナキの言葉を待っている。たっぷり10秒数えるぐらいの沈黙の中、ようやっと唇が開く。
「………わ、からな、い」
ナキは、頭は悪くない。むしろ前世の時から優秀だ。ただ、孤独な幼少期がその気弱な性格を作り、学校での救いのないいじめが彼女の自尊心を傷付けた。だから自分の事を考える時、彼女の頭の回転はとことん遅い。
自己肯定感が低くて自信もない、それがこのナキという少女だった。
「…わ、たし、は…み、皆みたいに、あ、明るく、ない、し…か、海賊に、なりたいって…お、思った事、ない…で、でも…お、おじいちゃんの、言ってる、か、海軍、も…ち、ちょっと…怖い…」
「にししっ、ねーちゃん怖がりだもんなぁ」
「お前黙ってろ」
余計な事を言う可愛い弟の口は、すかさずエースによって塞がれた。
「……で、でも、ね」
ゆっくりと、たどたどしく、それでもナキは言葉を紡ぐ。
「…皆と、3人、と、…い、一緒、が…良い…」
──まず唖然、次に驚愕、そして歓喜。
順番にルフィ達3人の胸に感情が巡り、ぱぁっと花が咲いたような明るい笑みが浮かんだ。
自己主張を全くしないあのナキが、一緒にいたいと言ったのだ。これほど嬉しい事はまたとないだろう。
「にっしし…!俺はねーちゃんとずっと一緒だー!」
「…ま、そういう訳だ。将来の事は将来決めよう」
「お、ダダンの酒!エース、お前盗んできたな?」
「一本なくなったぐらいどーって事ねェよ」
ドン、と近くの平らな切り株に酒瓶を置き、四つのお猪口を並べる。それを囲むように、4人は切り株の周りに立った。
キュ、と小さな音が瓶の栓から響いた。
エースはニヤリと微笑むと、四つのお猪口にゆっくりと酒を注いでいく。その笑みはどこか不敵で、しかし楽しそうで、まさに“悪童”と呼ばれるに相応しい笑みだった。
「お前ら、知ってるか?盃を交わすと、“兄弟”になれるんだ」
「兄弟!?ホントかよー!」
「海賊になる時、同じ船の仲間にはなれねェかもしれねェけど…俺達4人の絆は“兄弟”として繋ぐ!どこで何をやろうと、この絆は切れねェ!」
「へへ…兄、姉、弟の“
トクトクと注がれていくお猪口一つ一つに、全員が視線を集める。最後の一つ——ナキのお猪口に酒を注ぎながら、エースは更に続けた。
「将来の事なんてわからねェ。本当にずっと一緒にいられるかなんて、誰にもわかりっこねェ…でも、この絆がある限り、俺達はどこにいても家族だ!世界のどんな凄い奴を敵に回しても、俺達だけは味方同士だ!」
「……味方……」
小さくナキが呟いた言葉。
味方で、家族。そして、きょうだい。
あァ。
その響きの、なんと甘美な事だろうか。
「これで俺達は、今日から“きょうだい”だ!!!」
────赤いお猪口で乾杯し、“きょうだい”の絆を交わした、4人の小さな少年少女。
その4人のうち3人が、それぞれ世界に大きな影響を与えている人物の子供であるなどと、一体どうして知り得よう。
そしてこのきょうだい達が、後に世界を揺るがす巨大な存在になるという事も───幼い子供である彼らには、知り得ない事である。
・
「…………」
ある方向の地平線を、男の視線が見つめている。近くの崖から風に揺れて、色とりどりの花弁が空を舞う。
動く気配のない男の傍に、金髪の男が静かに近付いた。肩には小さな“小人”がちょこんと乗っている。小人は男の後ろ姿を見て、こてりと首を傾げた。
「何をしているの?」
「………何の用だ」
「質問をしているのは僕だよ。貴方は何をしているの?貴方がどこか寂しそうに海を眺めているなんて、珍しい」
「………俺は、寂しそうか」
「とっても」
即答した小人に、金髪の男はクスクスと笑った。フン、と男は気に入らないとでも言いたげに鼻を鳴らした。
「………時期的に今頃だったかと思っただけだ」
「…?何の事?」
「お前が気にする事じゃねェ」
今は、まだ。
小人と金髪の男の耳には届かない程の小さな声で呟くと、男は黒いロングコートを翻した。