───盃を交わしてからしばらくした、ある日の事。
「ばっっっかもーーーん!!!」
ドカァンッ!大きな音が森の中に響き渡る。
強烈な音と大きな怒鳴り声の主はルフィ達の祖父、ガープ。既に老人と言っても差し支えない年齢なのだが、未だに現役として前線で活躍する
「いってぇな!何すんだよジジィ!」
「爺ちゃんと呼ばんかァエース!何もこうもあるか!相変わらず、海賊になりたいなどと腑抜けた事を言いおって!」
「エースを殴るな!」
「お前もじゃバカタレめ!」
ボカンッ!
「いってぇ〜!くっそぉ俺ゴムなのに!本当は痛くないのに!」
「愛ある拳に防ぐ術なんぞないわい、バカタレ!」
本当は“覇気”という力の一旦なのだが、それを幼いルフィが知る筈がない。
ガープと初の顔合わせである筈のサボも容赦なく殴られ、ナキは早々にドグラが部屋の隅に避難させていた。ガープは女の子であり、海賊になりたいなど一言も言わないナキを殴るつもりなんて毛頭ないのだが、何しろそのパンチは風圧さえもが凄まじい。近くに置いておくには少し、いやかなり危ないのだ。
そんなパンチを幼子目掛けて放つのは良い事なのかと聞かれれば絶対にそんな訳ないのだが、そこはこの祖父にしてこの孫ありとでも言うべきか。謎の耐久力で耐えてしまうので、これみよがしにガープもゲンコツを振り下ろす。
「ば、化け物だろこの爺さん…流石ルフィの祖父…」
サボがぼそりとルフィに失礼な事を言ったが、言われた当人は気にしていないのでスルーしておく。
「まーったく…童が1人増えたかと思えば、全員揃って海賊になりたいなど抜かしおって…」
「俺達は自由に海に出るんだ!邪魔すんな爺ちゃん!」
「ルフィ、お前さんまだ殴られたりんようじゃのう?」
「うわーねーちゃーん!」
咄嗟に姉を頼ったが、すぐに首根っこを掴まれてゲンコツが振り下ろされる。「イッテェェェ!畜生、俺は立派な海賊になるのにぃ!」と叫びながら蹲るルフィは本当に学ばない。更にゲンコツが振り下ろされ、更に絶叫が山に轟く。
ナキは珍しくおろおろする様子はなく、ジッとしてゲンコツ祭りが終わるのを待っていた。フーシャ村の頃から、ルフィが鉄拳制裁されている事に慣れているせいかもしれない。慣れって怖いなぁ、と一緒に隅に避難しているドグラはしみじみ思った。
クソジジィ、とエースは心の中で吐き捨てる。こんな事口に出したら更にゲンコツを食らうのが目に見えている。
エースは失敗からきちんと学べる。学ばないのはルフィだけだ。
男3人に一通りのゲンコツをし終えたガープは、踵を返して隅のナキの方に近付いた。エースとサボは思わず血相変えてそっちを向いたが、ナキが自分から駆け寄ったのを見て目を丸くする。
「ナキ〜久しぶりじゃなぁ。元気にしとったか〜?」
「……うん」
控えめに俯いたナキに「そうかァ〜〜」と緩みきった声をしながら頭を撫でるガープ。
見よ、この全開のデレを。英雄ガープも孫娘を前にしてはただのジジバカでしかない。
あまりの変わりように、エースとサボはあんぐりと口を開いて目を見開く。ルフィはこの変わりようにも慣れているので気にしていない。
「…あ、あのね、おじい、ちゃん…」
「ん?何じゃ、エースにいじめられでもしたんか?もしそうなら爺ちゃんがとっちめてやろう!」
「してねーよ変な言いがかりすんな!」
「…そ、そうじゃ、ない…エースは、や、優しい、よ…」
「ほんじゃどうした?」
小首を傾げて問いかけたガープに、ナキはもじもじしながら口を開いた。
「……わ、罠」
「罠?」
「ま、前、ジャングルに、い、った、時…く、くれた、やつ…」
はて、とガープは自分の記憶を辿ってみた。孫達をジャングルに解き放った時の事を思い出す。そう言えば、自分が若かりし頃に軍から支給品された小動物用の罠を、念の為にと渡していたような気がする。
まぁ、小動物よりデカい猛獣を自力で獲る事の方が格段に多かったので、ほとんど使っていなかったが。
それが一体どうしたのかと思えば、ナキは申し訳なさそうな表情をして続きを話した。
「…あ、あれ、なくした…」
「罠をか?」
頷く。ごめんなさい、とか細い声で謝罪するナキだったが、ガープはそんな事をいちいち気にするほど浅慮ではない。しかし、ナキの事だ。貰い物とはいえ祖父の物をなくしたという事を気にしているのだろう。
可愛い孫の頭をわしゃわしゃと撫でながら、ガープはどうすれば元気を出してくれるかと思考を走らせる。
「…良し!今日の晩飯調達は爺ちゃんも手伝ってやる!」
「げっ」
「えっ」
「え〜!?ホントか爺ちゃん!」
思いついた案は少年組にはいささか不評であったが、ガープは気にせずナキを抱えて小屋から出る。
ちなみにその日の夕飯は、いつも以上に豪快な肉料理や果物が大量に並ぶ事になった。
・
ふと、サボは目を覚ました。
起き上がって自身の周囲を見渡すと、まだ皆ぐっくり眠っている。外を見ればまだ暗い。しかしどうした事かサボの目はすっかり冴えていて、このまま二度寝しても寝れる気はしなかった。はぁ、とため息をつきながら立ち上がる。
「何じゃ、散歩か?」
かけられた声に条件反射で振り返ると、寝ていた筈のガープが身を起こしてこちらを向いていた。ふあぁ、と大きな欠伸をするガープに呆然としながら、サボは答えた。
「あ、あぁ。何か目が冴えちまったから、夜風にでも当たろうかと…」
「ほう。なら、わしも行くかの」
「えっ、っわ!」
ぐいっとサボを引き寄せると、ガープは自分の肩にサボを乗せ、雑魚寝する山賊達を器用に避けながら小屋を出た。そして肩車はそのままに、静かな森を大股でのしのしと歩く。
「………」
「お前さん、サボと言ったか」
「えっ!?おう!?あ、いやはい!」
「確か、3人と盃を交わしたとか言うとったな。あれは本当か?」
「あ…」
サボは一瞬口ごもった。頭の上からガープを見下ろす形になり、灰色に染まったつむじが目の前に映っている。
何を言われるのだろう。大事な孫をそそのかしたと貶されるだろうか。充分ありえる。あの中で山賊達を含めて全員がガープの庇護下であり知り合いだが、そうでないのは自分だけだ。自分だけが他人なのだ。
「…サボ」
「…!」
ぎゅ、と目を瞑り、続きの言葉を待つ。どんな風に悪く言われても、耐えられるように覚悟を決めて。
「…盃交わすんはええが、だからと言って海賊になると抜かすとは何事じゃ!」
「…へ?」
しかし、ガープが言い放った言葉は、想像とは全く違う物だった。
ぽかんと目を丸めるサボをよそに、ガープはぷんすこ怒りながら更に続ける。
「全くルフィもエースも、揃いも揃って海賊など志おって…!」
「え、あの、」
「良いかサボ!!」
「ハイっ!?」
「お前達は最強の立派な海兵になるんじゃ!ナキはあの性格じゃから難しいかもしれんが、お前達ならできる!海軍史上最強の海兵に!きっと!」
うぉぉぉぉぉ!!と野太い声を上げるガープ。今の大声で森がざわついた気がしたがこの際置いておこう。
その後も、ガープは歩きながら海兵の何たるかをサボに話し続けた。しかしサボは内心それ所ではなく、あれやこれやとつらつら話される内容も、右から左へとするするすり抜けていく。
立派な海兵。
それはサボにとって、海賊と同じくらいなれないと思っていた職業だ。航海術なんて勉強しても無駄だと、散々な程言われてきた事を思い出す。
…良いのだろうか。そんなにあっさり。しかも孫ではない自分まで、なれると。
サボがそう思ったその瞬間、ガープは大声でこう言った。
「お前さん達『わしの孫4人』は、将来立派な人間になるんじゃ!」
きらり、視界が光った気がした。
(……4人?今、この爺さん4人って言ったのか?)
いつも1人だった。生家は嫌いだった。生まれた場所は息苦しくて仕方なかった。
(エースと、ルフィと、ナキと……俺?俺も?)
初めてできた友人はひねくれていて、けれどそのおかげでようやく楽しくなれて。
(………俺も、孫?俺も、)
そして、少し前。
「俺も、家族?」
盃を交わして、自分達は「きょうだい」になった。
「…何じゃ、変な事を聞くのう」
ガープは肩車の状態でサボを見上げると、白い歯を見せてニカッと笑った。
「あったりまえじゃろう!」
あぁ、とサボは唇を噛み締めながら、強く思う。
───やっぱりこの人は、あの3人の祖父に相応しい人だ。
だって、こんなにも、優しいから。
「まぁ、でも俺やっぱり海賊が良い」
「よォしバッキバキにしごいてやろうクソ坊主」
その後、サボは朝になるまで徹底的にガープにしごかれた。