その後ガープは帰り、4人の生活はいつもの日常に戻った。
森の猛獣を狩り、日課の試合をして、町の不良と喧嘩をする事もあった。
ダダン一家から『どくりつ』して、森の中に家を作った。獲物がいなくなる冬でも、4人で力を合わせて乗り越えた。お互いの事ももっと沢山知った。エースの“親”についても知った。わざわざフーシャ村から村長やマキノがやって来てくれた事もあった。時に喧嘩をする事もあったけれど、それでも仲良くやっていた。
そして、その日は突然訪れた。
・
「サボを返せよ!!ブルージャム!!」
ルフィの絶叫がゴミ山一帯に響き渡る。すぐ近くでエースがナキを庇うように覆い被さって頭から血を流し、ナキはその下でガタガタと震えながら泣いていた。
離れた場所にあの海賊ブルージャムが、サボを抱えて立っている。サボは必死に抵抗しているが、大人の男に押さえつけられてろくに動けていなかった。
この中で唯一質の高いスーツに身を包んだ男──かつて中心街で遭遇したサボの父は、ルフィの絶叫を鼻で笑った。
「『返せ』とは意味のわからない事を。サボはうちの子だ!子供が生んで貰った親の言いなりに生きるのは当然の義務!よくも貴様らサボをそそのかし家出させたな!」
「…そそのかされてなんかねェよ!俺は自分の意思で家を出たんだ!!」
「お前は黙っていなさい!」
息子の言葉に聞く耳も持たず、サボの父は怒声を上げた。平静を取り繕ってはいるが、その表情からは確かに苛立ちが見てとれる。
「では後は頼んだぞ、海賊共」
「勿論ですダンナ。もう料金は貰ってるんでね。こいつらが坊ちゃんに近付けねェよう、しっかり“始末”しときます」
息をするようにブルージャムの話した内容に、ぞっとサボの背筋が凍りついた。父はその恐ろしい話に、なんて事ないような顔をして頷いている。それが更に恐怖をかきたてる。
父親だったのだ。かつては純粋に慕っていたし、自分をこの世界に産み落としてくれた恩は確かにあった。
けれどだからこそ、自分の大切なきょうだいを、ただの子供を簡単に傷付けようとしている父が、今は恐ろしくて仕方なかった。
「…ッちょっと待てブルージャム!お父さんもういいよわかった!わかったから…!」
今、きょうだい達を助けられるのは、自分しかいない。
抵抗をやめてそう叫ぶと、エースが目を見開いてこちらを見た。耐えきれずに目を逸らす。
「何がわかったんだ、サボ」
この状況でその意味がわからないほど馬鹿ではないクセに、わざわざ確認を取る父がとても憎たらしい。
「何でも言う通りにするよ…!言う通りに生きるから!この3人を傷付けるのだけは…やめてくれ!」
視線が痛い。ブルージャムがサボの拘束を解いて地面に下ろす。すかさずエースが逃げろと叫ぶが、言う通りにはできなかった。
「お願いします……大切な…きょうだいなんだ!」
例え夢を捨てたとしても、家族には生きていて欲しかった。
「いか、ないで、さぼ」
最後に聞こえたかすれた声に、サボは唇をこれでもかと噛みながら、振り向かず呟いた。
「約束、破って、ごめんな」
その言葉は、精一杯の虚勢か、それとも。
・
「貴族に生まれるなんて事は頑張ってできる事じゃねェ。幸福の星の下に生まれるって事だ」
「……!」
あの後、3人はブルージャムの船に連れていかれた。
サボは父親と王国の兵士と共に行ってしまい、海賊に囲まれた状態では、3人に打つ手はなかった。
「まさかあの悪ガキ4人組…あァいや、1人は巻き込まれただけか?なァ嬢ちゃん」
「っ……」
「ま、その1人が貴族だったとは誰も思わねェよな。お前らもうあのガキに近付くなよ?もしそうする気なら今ここでお前らを殺さなきゃならねェ」
咄嗟にエースとルフィがナキを庇うと、ブルージャムはけらけらと声を上げて笑った。
「安心しろ、今お前らに手は出さねェよ…俺は筋さえ通ってりゃ話がわかる男だ」
「うるせェ!サボをあのオッサンに引き渡した奴の言う事なんか信用できるか!サボは高町を嫌ってたのに!」
「あァ…あいつの事は忘れてやりな。それが優しさってモンだ、大人になりゃわかる」
「でも!」
「待てルフィ!」
ルフィの叫びを同じように叫んで制すると、エースはブルージャムを睨みつけながら問いかけた。
「…俺達をここに連れてきた理由はなんだ?ただ連れてきたって訳じゃねぇんだろ」
「…フフ、何、たいした話じゃねェんだが…」
そう言うと、ブルージャムは懐から1枚の紙切れを取り出し、近くのテーブルの上に置く。
3人がお互いの顔を見合ってからその紙を覗くと、それは所々に印のついた地図だった。
「これはこの
「…これを俺達に手伝えってか?」
「話が早くて助かるぜ」
そう言って、笑みを浮かべたまま3人を見下ろすブルージャム。
エースは少し考えてから、警戒は解かずただ一言「わかった」とだけ呟いた。
この時ナキだけが、ブルージャムから感じる悪意を、1人静かに感じ取っていた。
・
その日の夜、サボは久しぶりとなる高町の実家に戻ってきた。
煌びやかな豪邸、たくさんの使用人。そのどれもが懐かしく、けれど同時に不快だった。
案内された部屋はかつての自室で、家出した時から何も変わっていなかった。両親なりに情があってそのままにしたのか、それともただ客間にでもしていたのか。いずれにしろどうでも良い。本当なら、もう帰ってこない筈だった部屋だ。
とりあえずソファに座って適当な本を読んでいると、ドアがノックを鳴らしてゆっくり開いた。幼い茶髪の頭が、ドアの隙間からひょっこりと姿を見せる。
「おい、“お兄様”。おめェ馬鹿なんだって?ふふ…お父様とお母様が陰で散々言ってたよ」
部屋に入ってきたのは、自分の知らない間に義弟となっていた少年、ステリーだった。父曰く、貴族の出だが事情があり我が家で引き取ったのだとか。それもサボにはどうでも良い事だ。
子供らしくないニヤついた笑みを浮かべて、ステリーは部屋のベッドに腰掛けた。
「しかし悪運は強いね。明日の夜は“可燃ゴミの日”だ…ゴミ山にいたら間違いなく死んでただろうな」
「…何だって?」
「ん?あぁ、ゴミ山にいたんだから知らねェよな。ふふふ…」
ステリーは嘲笑すると、まるで世間話をするかのような軽い口調で言った。
「明日の夜、
「………は?」
思わず硬直する。想像すらしていなかった事を言われて、頭の中が困惑で溢れる。
数秒の時間が経ってようやく言葉の意味を理解すると、サボの両手はステリーの胸ぐらの服を掴みあげていた。
「ひっ…!ななっ何すんだよゴミ人!臭ェ!近寄るな!!」
「どういう事だ…全部説明しろ!グレイ・ターミナルが火事だと!?」
あまりの剣幕にステリーは一瞬たじろぐと、忌々しげに舌を打って続きを話し出した。
「もう何ヶ月も前から決まってる事だ…!世界政府の“視察団”が
「それだけで…!」
「それだけじゃねェよ馬鹿め!今回はその視察団の艦に世界貴族が乗ってるんだ!」
サボの眉間に皺が寄る。世界貴族なら、サボでもよく知っていた。
世界政府という巨大組織を設立した創設者達の末裔が世界貴族。通称を“天竜人”。
普段は偉大なる航路の海から出る事もほとんどない天竜人が、視察とは言えこんな東の海の王国にやって来るのだ。確かに大騒ぎもするだろう。
しかし、それで出した結論が最悪だったのだ。
「王族達は少しでも気に入られようと、この国の汚点を全部焼き尽くす事にしたんだ!あのゴミ山さえなければこの国は綺麗な国だ!」
「……!お前ら何言ってるんだ!?そんな事できる訳がない!!」
ゴミ山にだって人はいる。捨てられたゴミで家を建て、雨風を凌ぎ、生活資源をゴミの中から見つけて暮らしている。けれど、それをサボが話してもステリーは疑問符を頭に浮かべていた。サボの手をなんとか振り払い、ステリーは告げる。
「…お前、話を聞いてなかったのか?」
この国の
「……人もか……!?」
ニヤついたステリーの笑みは、その問いかけの答えとしては充分だった。
その後の事を、サボはあまり覚えていない。
ただ、気付けばいつもの動きやすい服に身を包み、扱い慣れた鉄パイプを手に握っていた。
軍の作戦会議を盗み聞き、ステリーの言葉が冗談ではなく真実だと理解して、どうしようもない程に嫌悪した。貴族も、自分も、この国も。
「…エース、ルフィ………ナキ……」
縋るように呟いたきょうだい達の名前は、誰にも届かず夜闇に消える。
運命の時は悪意と共に、すぐそこまでやって来ていた。