「ゴミ山を燃やす!?何でそんな事すんだよ!!」
ブルージャムのアジトに響く、困惑したエースの叫び声。空は夕焼けから夜へ姿を変えようとしており、陽は既に半分を水平線の彼方に隠している。
「馬鹿野郎大きな声出すんじゃねぇ…ゴミ山の連中に聞こえちまうだろ」
「大変だゴミ山のおっさん達に知らせねぇと!!コイツやっぱ悪ィ奴だ!!」
「あーうるせぇな、騒ぐなと言ったろう…オイ押さえろ!」
咄嗟に抵抗しようともがくが、流石に大の大人には勝てず簡単に押さえつけられた。
キッ、と鋭く睨みつけてくるエースを、ブルージャムは鼻で笑う。
「流石のガキ共も腰が引けたか…まぁ安心しろ。お前らは燃やしたりしねぇさ」
「!……なんだって?」
「ンなもん当たり前だ!ばーか!」
あっかんべーで噛み付くルフィとは裏腹に、エースはブルージャムの言う事に疑問を抱く。その疑問を肯定するように、ブルージャムはにやりと口角を上げて不敵に笑った。
「お前らはまだちょいと、俺の役に立ってもらう」
「…どういう事だ」
エースがそう問いかけると、ブルージャムは近くの部下にめくばせする。部下は軽く頷くと、持っていた袋からごそごそと何かを取り出した。
あっ、とルフィが声をこぼす。
「こいつはお前らのモンだろう。…いいや正確にはお前らの“爺ちゃん”のモンだ」
掲げられたトラバサミの罠に彫られた、古ぼけた“MARIN”のロゴ。
初めてルフィが祖父にジャングルに放り込まれた時、ナキがもらっていたサバイバル道具の一つだ。コルボ山に来た時だって、ナキはそれを持ってきていたが、いつの間にかなくしてしまっていた。
まさか、ブルージャム達が拾っていたとは。
「覚えてるか?エース。お前が俺の部下を襲って、うちの海賊団の財宝を奪った時の事…」
「……!」
「あぁ先に言っとくが、あれは別に恨んじゃいねェ。むしろ強ェ奴は好きだ…まぁその時、その部下がおめおめと帰ってきた時に持っていたのがこの罠だ。『ガキ共の手がかりです』っつって、俺に渡して来たんだよ」
まぁそいつは殺したが、とぽつりと呟くブルージャム。
「だがこいつが手がかりだっつうんなら仕方ねェ。財宝をみすみす奪われたままにしとくのは、うちの海賊団の沽券に関わるからな。それでこいつが何なのか調べてみたら…」
一旦区切り、ロゴの片隅に小さく彫られた傷跡を二人の目の前に掲げてみせる。
傷は文字を形作っており、その名前は予想通りか、二人がよく見知った人物。
「“モンキー・D・ガープ”。海賊やっててこの名前を知らねぇ奴は居ねぇ。驚いて調べてみたら更に驚愕だ。その麦わら帽子のチビとあの嬢ちゃんは、正真正銘英雄ガープの孫らしいじゃねェか」
くつくつと笑いエース達を見下ろす姿は、まさしく悪党の笑みと言うに相応しい。
「俺とねーちゃんだけじゃねェ!エースもサボも、じいちゃんの孫だ!」
「へェ?つくづくお前らは面白ェな。あの英雄ガープの孫って事も、全員血が繋がってねェのも、その中にこの国の貴族のガキが混ざってる事も」
くつくつと喉を鳴らし、ブルージャムは悪どい笑みを浮かべる。
「だがまぁ、お前らがガープと血が繋がっていなくとも、祖父と孫っつー関係性だけで、十分利用価値がある」
「何が言いてェ!」
「俺はな、もう海賊なんて辞めてェのさ。生きる為にこうなったが、できる事なら貴族にでも生まれて、のんびり穏やかに暮らしたかったんだぜ?」
だが、ブルージャムの生まれは輝かしい貴族ではなく、貧しい平民の下の下の生まれ。
いくら平穏を望もうと、簡単には手に入らない。むしろ、貧しさの中では生きる事すら危ういのだ。悪さを働く事で何とか生き延び、気付けばこうして海に出ていた。
手に入らない平穏を心のどこかで望みながら、何度も悪事を働いてきた。
そして、やっとブルージャムはチャンスを掴んだ。
『燃やすというが、ゴミ山ったってね…俺達にゃいい隠れ家なんだ、“国王”』
『承知の上だ、ブルージャム……この件が済んだら、もう隠れ住む事もない…私の権限で』
『お前達を、貴族にしてやろう』
やっと、掴む事ができたチャンス。
それを手放すような真似を、ブルージャムは絶対にしない。
「………お前らは、俺がガープと取引する為の“人質”だ」
「は…!?」
「俺はこれから海賊業から足を洗う。その為にゃ、俺の手配書は邪魔なんだよ」
例え貴族の称号を手にしても、手配書があり続けては犯罪者のレッテルは剥がれない。それでは、せっかく手に入れられる平穏が脅かされる。
だから、ブルージャムは“取引”をするのだ。英雄と称されるガープを相手に。
要求するのは、“手配書の撤回”たった一つ。
「…あァ、お前らホント、よく都合良く俺の前に居てくれたもんだぜ」
ブルージャムはニィ、と口角を上げて薄ら笑った。
・
そうして、時間は過ぎていく。
何も知らない者達を、刻一刻と地獄に叩き落とす為に。
炎の悪夢が始まったのは、空が闇色に染まった深夜の時だった。
あらかじめ設置していた火薬は、一度引火するとすぐにゴミ山全体に燃え広がった。このゴミ山が年中どれだけジメジメしていようが、一度燃えれば後は簡単に火が回る。ここはあまりに、火の餌となる物が多すぎた。
数十分も経てば、“
地獄だった。
「ギャハハハ!こりゃ最高のゲームだ!」
「“人間狩り”ってか!?あァいや、ここにあるのは全部ゴミなんだから“ゴミ狩り”かァ!」
「違いねェ!ギャッハハハハ!」
「ゴミは全て燃やしちまえ野郎共!!この仕事が完了すりゃあ俺の長年の夢が叶う!!俺達は国王から称号を受け貴族となって“高町”に住めるんだァ!!!」
欲に満ちた叫び声が一帯に響く。燃え盛る地獄を楽しんで、これから先の自分の未来に喜びを見出している悪魔の喧騒。
まさしくこの地獄絵図に相応しい男の、歓喜に満ちた笑い声が声高らかに響き渡る。
しかし、男は忘れていたのだ。
世の中がそう甘くない事も。
約束は、強者にとっては何の意味も成さないのだという事も。
「…おい、何の冗談だ」
先程とは打って変わって、焦りでぶるぶると震えた声。
「おい!!てめェらどういうつもりだ!?門を開けろォ軍隊!!!ここから俺達は避難できる筈だろ!!?」
怒声を浴びせながら門を叩いても、強靭なそれはびくともしない。
「約束はどうした!?国王!!この仕事を終えたら…俺達を貴族に…!!」
ブルージャムは忘れていたのだ。あまりに全てが順調であったが故に。あまりにこの“
「……てめェら………ハメやがったのかァァァァァ!!!!!????」
正当な権力を持つ者が、はぐれ者の自分達に、希望など与える筈がなかったのだという事を。
彼らにとっては自分達もまた、この炎で燃えるべき“ゴミ”だったという事に、全く気付けなかったのだ。
・
「よし切れたぞ!急げルフィ!泣き言言う奴は置いてくぞ!」
「あっ、あちっ!ウッあつくねぇ!」
「外はもう火の海だ…!とにかくすぐに森に戻るぞ!ナキをこれ以上一人にできねェ!」
「ウゥッ…息、苦しい…苦しくねェっ…!」
燃え盛る“ブルージャムのアジト”から、エースとルフィは逃げ出した。
・
痛い。
軋むような痛みが体を苦しめる。けれど何故か、体よりも心の方が、ずっと苦しくて痛い気がした。
ごうごう、ぱちぱち。焚き火の時によく聞いた音が、もっと大きな音になって耳に届く。遠い場所で燃えている筈なのに、壁を隔てて燃えている筈なのに、まるですぐ隣で燃えているように感じてしまう。
昨日の夜、サボがステリーに聞かされた“この国がゴミ山を燃やす”という事実。
たくさんの人が生きている場所が燃え、たくさんの人が“一緒に燃やされる事になる”という事実を知って、サボは居てもたってもいられなかった。
けれど、そんな感情を塵にするように、高町の貴族達は、義憤にかられるサボの心に、冷水のような言葉をもたらした。
『ゴミ山で今夜火事が?……そんな事知っているが、それがどうしたのかね?』
男は、そんな風にサボに問い返した。
穏やかな陽射しを浴びて、悠々と紅茶を片手に、心底不思議そうに首を傾げて。
人が大勢死ぬかもしれない事実を聞いて。
『そんな事』と、この国の人間はわらうのだ。
「……どうした、少年」
——突然、気配もなく頭上から声が聞こえた。痛む体を無理矢理動かして見上げれば、真っ黒なコートの男がこちらを見下ろしている。
「……おっさん……この、火事の犯人、は……“王族”と、“貴族”、なんだ……!ハァ…本当、なんだ…!」
「………」
男は無言で膝をつき、身を屈めてサボに触れた。ついさっき、この国の軍にボロボロにされたせいで、額からべっとりと血が垂れている。
「…この町はゴミ山よりもイヤな臭いがする…!人間の腐ったイヤな臭いがする!ここにいても、俺は自由になれない…!俺は…!」
——貴族に生まれて、恥ずかしい。
「…!」
その言葉を聞いて、男はようやく顔色を変えた。幼い子供の悲しさと悔しさに溢れた慟哭に目を伏せる。
「……わかるとも。俺もこの国に生まれた。しかしまだ俺には、この国を変えられるほどの力がない」
(とうとう子供にコレを言わせるのか…ゴア王国!)
本来ならまだ純粋無垢であるべき子供が、大人の闇に打ちのめされて涙を流している。
まだ幼い子供が、自分の出生を嘆かねばならないほどに苦しんでいる。
「おっさん…おれの話…聞いて、くれる、のか…」
「…あぁ……忘れない」
忘れはしない。忘れられる訳がない。
壁を隔てた、中と外。
それぞれの悲痛な叫びは、それでもなお、天の権力には届かない。