エースからサボの手紙を渡されて、ルフィとナキはまた泣いた。
泣いて、泣いて、これでもかと泣きまくって、たった一つの形見となってしまった手紙を握り締めた。思わずシワシワにしてしまうくらいには。
ルフィは言った。
「もっと、強くなりたい……!!もっともっと!!もっともっともっともっともっともっともっと!!強くなって!!そしたら……何でも守れる……誰もいなくならないで済む……!!」
エースは言った。
「俺は死なねェ!!絶対“くい”のないように生きるんだ!!いつか必ず海へ出て!!思いのままに生きよう!!誰よりも自由に!!」
夢は、決意に。意思は、覚悟に。
強く堅い希望を抱く少年2人は、いずれ時代に影響を与える大海賊として名を馳せる事となる。
そして、その大物となる予定のきょうだい達の紅一点、ナキは───。
「「はぁぁぁぁぁぁ!!!??」」
森中に響いたその大声に、鳥は飛び立ち虎や熊は跳ね上がった。
「「海軍!!?」」
「う、うん……」
気持ち抑えめ(声の大きさはそのまま)の叫び声にナキは頷く。ここでこの大声に引いたりしないあたり、熟練されたナキの慣れ具合を感じられる。
「…お、おじいちゃんに…あ、悪魔の、実の事、話したんだ、けど…海軍本部で、つ、使い、こなせるように、た、鍛錬する、事に、なって……」
「ナキお前騙されてないか!?あのジジィに騙されて無理矢理本部に連れて行かれようとしてないか!?」
「爺ちゃんになんちゅう事を言うんじゃエース!」
「出たな妖怪ゲンコツジジィ!」
次の瞬間、本当にエースの頭にゲンコツが振り下ろされた。
痛みで蹲るエースにふんっと胸を張りながら、突然現れたガープが言う。
「ナキの能力は悪魔の実の中でも危ないモンなんじゃ。ルフィみたいに放っといて問題ないやつとは一味違うからのう」
「じゃあこの島で使いこなせるよう鍛錬すりゃいいだろ!」
「悪魔の実に精通した者のおらんこの島でできるかい」
では何故ルフィはこの山に放り投げたのかとエースは言いたくなったが、またゲンコツが降ってくる事を案じて言葉を飲み込んだ。
「ねーちゃん海兵になんのか?」
「バッカモン!姉ちゃんだけじゃなく、お前さんも立派な海兵になるんじゃぞ、ルフィ!」
「え、ま、まだ、ちゃんとは、き、決めて、ない……」
ナキの性根は優しさと臆病さで構成されていると言っても過言ではない。
守る事が仕事とはいえ、海賊と戦う事も当然起こり得る海兵という職は、正直やりたくないというのがナキの本音だった。
それでも、制御もできずに放置しておくにはあまりに能力が強すぎるのだ。
毒性を持つ水銀。液体にも固体にも変貌し、簡単に人を殺す事のできる凶器。
思い出すのは、銀にまみれてもがくポルシェーミの姿。
ぞっと背筋が凍りつく。自分の能力によって生み出された景色が“アレ”なのだ。やはりどうなっても、制御だけはできるようになっておかなくてはならない。
けれどその事をどれだけ説明しても、エースは納得しようとしなかった。きっと「妹が取られる」と思っているのだろう。
ガープは外面だけは困ったような顔をしたが、内心ではエースがそんな事で不貞腐れているのが可愛くて仕方なかった。
孫の仲が良くて爺ちゃんとっても嬉しい。
「え、エース……す、拗ねないで、ね?」
「……拗ねてねぇし」
めっちゃ拗ねている。ぶすりと頬を膨らませてそっぽを向きながら拗ねている。
可愛いなぁとガープはでれっとだらしない顔になったが、この数年後にエースが過激派シスブラコンと化す事はまだ知らない。
「ねーちゃん海軍に行ったら、もう会えなくなんのか?」
拗ねたエースを見て何かを察したらしいルフィが、少ししょんぼりしながらナキに尋ねる。ナキは少し考えてからガープを見て、ガープはため息をつきながらルフィの頭をわしわしと撫で回した。
「ちょっと先に海軍で過ごすだけじゃ。ルフィだって今はコルボ山で暮らしとるが、先にここで暮らしとったのはエースじゃろ?そんなもんじゃ」
「そうなのか?」
「そうじゃそうじゃ。なんじゃったら、お前さんも一緒に来たらずっと一緒じゃぞー」
「おいジジィ、ルフィをたらしこもうとすんな!ルフィもジジィの言う事なんさ無視しろ!」
「なんじゃとエース!?爺ちゃんを無視するようそそのかすとは何事じゃー!」
「こっち来んな!ゲンコツやめろ!」
「……いつまで遊んでいるつもりですか、ガープ中将」
いつものテンションのままギャーギャー騒ぎ始めたガープを見て、彼の副官である海兵ボガードは心底呆れていると言わんばかりの声でそう呟いた。
「何じゃボガード、お前いつからおったんじゃ」
「さっきからずっとここにいましたよ」
何なら最初のルフィ達が大声で叫んでいた時からずっといた。ガープと一緒に。
海軍中将という、本来なら重責を背負って慎重に行動すべき立場でいる筈のガープだが、彼はそんな重責まるで見えていかのように勝手しまくっていた。
いつかの海賊王ほどではないが、自由気ままな海軍の英雄殿に上層部は胃薬を飲みながら思案し、ダメ元のストッパーとして直属の副官を用意。
そうして(運悪く)選ばれたのがこの男、ボガードである。
何事にも臨機応変に対応できる所を買われて宛てがわれ、今なお上層部の期待に応えて副官としてガープを補佐し続ける仕事のできる男だった。
幸いボガードはガープの事を心から尊敬しており、ガープもまたボガードの事を信頼しているので、多少の軽口や気安さは笑い流せるぐらいの良好な関係を築く事ができていた。
「もう出発間近ですよ、早くしてくださらないと仕事に差し支えます」
「わかっとるわい!ほれナキ、行くぞ」
「は!?ちょっと待て、まさか海軍行くのって今日なのかよ!?」
新事実にエースが驚愕しきった顔で叫んだ。決定事項な気はしていたが、流石に当日報告だとは思ってもみなかったのだ。
ルフィも目を見開きながら「えっ、ねーちゃん今日行っちまうのか!?」とわたわたと慌てふためいている。
「ほ、ほんとは、もっと早く、言おうと、お、思ってたんだ、けど……お、おじいちゃんが……ぜ、『絶対うるさいから当日まで秘密』って……」
「ジジィ、テメェーッ!」
「ふははは!寂しかったらお前さんも海軍本部に来るんじゃな、エース!」
飛び上がりながら噛みつくエース。高笑いしながら噛みついてくるエースに応戦するガープ。2人の事は全く気にせず、涙目になりながらどうにかしてナキを引き留めようと思っているルフィ。そして、ただおろおろしてとりあえずルフィを慰めるナキ。
阿鼻叫喚しているモンキー家を見ながら、ボガードは肺を目一杯使って深いため息を吐き出した。
・
ついに出航時間となったので、カオス家族喧嘩はとりあえず終了となった。
エースはルフィとは別で複雑な事情があるので、船の前までは行かずに森の中で別れる事になった。傍にはきちんと事前報告を受けていたダダン一家も一緒にいる。
「何で俺達に言わなかったんだよ!?」
「じゃあお前ガープの野郎に口止めされて情報漏洩できんのかい!?」
絶対無理。
エースならワンチャンあるかもしれないが、少なくともガープに弱味を握られているダダン達には到底無理な話だった。
「ねーちゃん、ほんとに行っちまうのかよー」
「う、うん……ご、めんね、ルフィ……」
「寂しくなるわねぇ」
「船の上は島の上より潮風がキツイから、風邪を引かんよう気を付けるんじゃぞ」
そんなエースやダダン達を置いてけぼりにして、マイペースに別れの挨拶を済ませるフーシャ村の面々。
伊達にルフィとナキを育て、ガープの無茶振りを見てきた訳ではない。受け入れなければ何も話が進まない事を、彼らはよく理解していた。
何より今回の件はガープの暴走ではなく、ナキが自分の意思で海軍本部に行くと決めた事だ。
何事にも消極的だったナキが自分で決めた事を、ナキを赤ん坊の時から知っている村長やマキノが応援しない訳がなかった。
「もう少しで出航しますよ」
「わーかっとるわい!ナキ、そろそろ行くぞーい!」
「う、うん……」
手を引かれながらナキはエースの方を見た。ぶすっと頬を大きく膨らませて完全に拗ねており、船の方には見向きもしない。
たたっ、とガープの手から抜け出してナキはエースの方に駆け寄ると、そっぽを向いているエースの手をきゅっと握り返す。
「エ、エース」
「………何だよ。さっさと行っちまえばいいだろ」
「ま、またね」
ぴくりと、エースの肩が微かに揺れる。
「や、やく、そく。また、あ、会おう…ね」
ナキは微笑んで、エースにそう言った。
「……ウルセー。そんなの、当たり前だろうが」
ぎゅ、とエースもまた、ナキの手を握り返した。
幼い子供達の運命が、世界の歯車と共に動き出そうとしていた。
・
────
とある一室には、書類を整理しながらお茶を啜る、黄色いスーツにサングラスをかけた男───海軍大将“黄猿”ことボルサリーノの姿があった。
黙々と手を進めているボルサリーノだったが、ふと手を止めて目の前のドアを一瞥する。かと思えば視線を下ろし、また黙々と書類整理に取り掛かる。
そしてその次の瞬間、先程ボルサリーノが一瞥した扉がノックもなしにガチャリと開いた。
「どーも、ちょいと邪魔するぜ」
と、軽い口調で部屋の中に足を踏み入れたのは、ボルサリーノと同じく海軍大将の地位にある“青雉”ことクザンだ。
「ノックぐらいしなよォ〜……」
「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないの」
適当な返事をして、クザンはロングソファに寝転がった。長い脚がソファの端からはみ出して、膝を組んでぷらぷらと揺れている。
「ていうかさァ、聞いた?ガープさんが孫を一人、ここに連れて来るんだってよ」
「あァ…そう言えば言われたねェー…」
書類からは目を離さず、ボルサリーノはそう答えた。
英雄と謳われるガープに孫がいる事は、二人共よく知っている。
ガープ直々に嫌というほど聞かされる可愛い可愛い孫自慢と、元帥であり同期であるセンゴクが頭を抱えた野性味溢れすぎる教育方針についての愚痴。どちらの話も記憶に新しい。
「……確かァ、こっちに来るお孫さんって言うとさァ〜」
「マキマキの実を食っちまった“女の子”だってさ」
テーブルの上に置いてある茶菓子に手を伸ばしながら、クザンは言う。
「ホンッット、嫌ンなるよなぁ」
「オー……まァ、確かにねェ〜……」
海軍の最高戦力である二人は、まだ見た事もない少女の事を考え、腹の底から絞り出した声をこぼす。
窓から入り込んだ風が、ボルサリーノの正義のコートをなびかせていた。
どちゃくそ難産でした。語彙力が来い。
次から新章が始まります。できる限り更新スピードは上げたいですが、多分ムリなので諦めてください。