首がすわったばかりだろう赤ん坊を抱いた男を前にして、二人の海兵——センゴクとガープは、眉間に深い皺を刻み込んだ。
真っ黒なロングコートと、雨に打たれて崩れたオールバック。右手にはリボルバーを握り締め、左腕には布で包まれた赤ん坊を抱いている。
男が傘のように体を丸めているおかげで、赤ん坊はほとんど濡れていない。
「……お前、その赤子…」
センゴクが絞り出すような声で呟くと、男は亡霊のような目でセンゴクの方を向いた。
冷たい視線に悪寒が走るが、臨戦態勢に入る気は不思議と起きず、二人はただ男を見た。
男はゆらりと歩き出すと、力ない足取りでガープの方に向かっていく。
目の前までやってくると、布を整えてから赤ん坊をずいっとガープに押し付けた。
「お、おい。何じゃお前、急に」
「…育てろ」
「は?」
「お前が、こいつを、育てろ。ガープ」
男の言葉に、ガープは瞠目して男と赤ん坊を交互に見た。横からセンゴクがぎょっと目を見開いて「早まるな馬鹿!」などと叫んでいる。
それも全て、ガープという男の性格やら現状を知っているからこそなのだが、そんなものは男にとってはどうでも良い事だった。
「ロジャーのガキも預かってんだろ。じゃあこいつも面倒見ろよ」
「なっ…!お前、何故それを!」
「でも村でだぞ。後々で山に連れていくのは良いが、最初は静かな村で暮らさせろ。初っ端から命の危険になんて晒すんじゃねぇ」
「おいちょっと待て!というか何故山だとかそんな事まで知って」
「もし死なせかけたら殺す」
「話を聞け!」
「おい、本当にガープに赤ん坊を任せるつもりか!?赤子を殺す気か!?」
「何じゃとセンゴク!?」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ海兵二人と、それを右から左へ聞き流しながら赤ん坊をジッと見つめる男。騒がしい声をものともせず、気持ち良さそうにすやすやと眠っている。
「…あいつが死んだ」
掠れるような男の呟きに、ピタリとガープ達は言い争うのを止めた。ガープに渡した赤ん坊の頬を撫でる男の表情は、悔しげな悲痛さで満ちていた。
「俺は無理だ。育てられない。俺一人で育てた所で、ろくな奴にしてやれねぇ。だから、ガープ。お前が育てろ」
頼む。
男がたった一言呟くのと同時に、男はリボルバーの引き金を引いた。音と共に真っ黒な煙がたちこめて、その隙に男がその場から飛び退く。
雨のおかげで煙はすぐに消えたが、ガープとセンゴクの視界が完全に戻った頃には、男は既にいなくなっていた。
「くそっ…!相変わらず逃げ足の早い奴だ!おまけに赤子を押し付けていくとは…!」
「…おい」
「ガープ!お前もさっさと来い!あいつには聞きたい事が山ほどあるんだ、船に戻って追っ手の手配を…」
「おい、ちと静かにせい。赤ん坊が起きちまう」
そう言ってガープは赤ん坊を抱え直すと、赤ん坊を包む布に挟まっていた一枚の紙を見つけ、起こさぬようそっとつまみ取った。
薄いピンク色の紙の上に、さらさらと綴られた文字。柔らかな印象を感じるその文字は、きっと女性が…この赤ん坊の母親が書いたものだろう。
『
「…ナキ、か。お前さん、良い名前をもらっとるのう」
眠る赤ん坊にそう語りかけながら、ガープは穏やかに微笑んだ。