ふかふかのベッドに腰を下ろす。深く息を吐いてベッドに倒れ込むと、柔らかい毛布が体を柔らかく受け止めた。
「……疲れた」
訓練初日は顔合わせだった。大佐が2人と少将が1人、大佐組は能力者でそのうち片方は女性。ナキの知らない間にガープとその同期組、つまり事実上の海軍トップによって行われた
「……はぁ」
精神的疲労でため息がこぼれる。ルフィを経験しているのでだいたいの事はなんとかなるかと思ったが、全然なっていないのが現状だ。
こんな事を言うのは今更だが、ナキは大人に対して苦手意識を持っている部分があった。
それは、前世で実の両親に愛されなかった境遇が原因と言えた。教師や家政婦もナキと一線を引いて接してばかりで、親身になって接してもらった事は一度もなかった。
フーシャ村の村人やダダン一家の彼らは、最初から全力でナキに親しくしてくれたし、傍にはいつもルフィがいた。だからナキは彼らを信頼する事ができたし、ルフィの事で困ったら頼って良い、と安心する事もできたのだ。
しかし、海兵達は自分の事を一線引いて接している。それはナキが英雄ガープの孫である事を一番に、人見知りであるからだとか女の子だからとか色んな理由があった。
そんな風に腫れ物のように自分を扱う大人達に、ナキが前世の大人を思い出してしまうのは仕方のない事だろう。
そんな風にナキが頭の中でぐるぐる考えていた時だった。
───コンコン、と窓の外で音が聞こえた。
「……?」
むくりと起き上がって、音がした窓を見る。
風の音というよりも、何か固い物が当たったような音だった。ここは、二階の部屋なのに。
しかし、ナキは怖いとは思わなかった。山育ち故の弊害なのか、これ以上の不安を感じる隙がないのか。きっと前者である。
普通は山育ちでも謎の音には怖くなる事もあるかもしれないが、悪童三人と一緒に育った時点で普通の山育ちとは程遠かった。
そんな訳で、ナキは特に怖がる事はなく窓に近付いた。パステルピンクのカーテンに手を忍び込ませて横に引く。
窓の外には、人がいた。
「……え?」
素っ頓狂な声がこぼれる。
小石を手の中でコロコロと遊びながら、太めの木の枝に座っているのは───長くて四角い鼻をした、少年だった。
少年はキャスケット帽をつまみながら顔を上げると、愛嬌のある目でジッと固まっているナキを見つめた。数秒見つめた後、ニィ、と口角を上げて笑いながら、けらけらと笑いながら口を開いた。
「はじめまして、じゃな!」
「え、え、っと」
「お前さん、ガープ中将の孫なんじゃろ?みーんな噂しとるぞ!」
にひひと楽しげに笑う姿は、どこかルフィに似ている。
「ワシの名前は“ジラフ”じゃ!お前さんは?」
「え……?えっ、あ、ナ、ナキ……」
「ナキかー!ええ名前じゃのう!」
一方的に話を進める“ジラフ”。
同年代だろうが、見た目から10代半ばかもしれない。そういえば、マリンフォードに来て同年代の子供と話すのは彼が初めてだ。
「なぁ、ナキ!」
持っていた小石を後ろに放り投げて、明るい笑みを浮かべながらジラフは言った。
「ワシと、友達にならんか!」
世界政府には、
五老星が統括する彼らは、世界の秩序を保つ事が全ての目的だった。
そこに性別は関係ない。
・
───海軍本部。
センゴクはまだ自室にいた。特に溜め込んでいる仕事もなく、徹夜しなければならない急用もない。ただ自宅に帰る気が起きないだけだった。
ただ静かに座っていると、ドアが三度、ノックを鳴らした。そして、ドアはセンゴクの言葉を待つ事なく開いた。
「やっぱりいたのか。徹夜か?」
部屋に入ったのは、紫髪の男だった。片手にグリーンのボトルを持っていて、彼を見たセンゴクはこめかみをかきながらため息をついた。
「お前こそ、何故まだ残っているんだ?ゼファー。それも酒を片手に」
「ここ最近、寮を抜け出して勝手に訓練場を使っている奴が何人かいてな。そいつらをこってり絞ってから少々付き合ってやってたんだよ。酒はそいつらから」
ゼファー。
ガープ、センゴク、おつるの同期で、海軍全盛期を支えた元大将。三人の中で一番海賊に被害を与えられたのは彼だったが、同じように一番海賊を捕縛したのもきっと彼だろう。
ガープは一時期ロジャーばっかり追いかけて他の海賊を見逃す事例が多々あったので除外だ。
「真面目なのは結構だが、抜け出して訓練するのは頂けないな」
「おぉ、訓練と言えばだ」
キュポン、と、高い音を鳴らしてボトルをあけながら、ゼファーは問いかける。
「結局どうだったんだ?あの子の……ナキ、だよな?ナキの訓練は。今日からだっただろう?」
純粋な気持ちでこぼれおちたゼファーの疑問に、センゴクは苦々しい表情を見せる。
審査にはゼファーもいた。選ばれた三人は全員ゼファーの教え子で、センゴクにも見覚えがある顔だった。だからこそ選ばれたのだ。
「……今日、少しだけその訓練を覗いたんだ」
「ほう?どうだった?」
「まぁ、初日だからな。ほとんどただの自己紹介だった」
それぐらいは別に良かった。子供を相手にするのだから、慎重になるのは仕方ない。
大人に囲まれて、おろおろしながらもナキは彼らと接していた。ガープがそこにいたならその成長を喜んで影で号泣していた事だろう。連れて行ってないから知らんが。
「……子供が海軍にいる事は、珍しいだろう」
「あぁ、そうだな」
「だから、少し思い出してしまってな」
「……あぁ」
センゴクの言う事は、ゼファーにも覚えがある事だった。
マリンフォードに住んでいても、一般の子供が海軍本部に立ち入る事は基本的にありえない。ナキは単なる例外だ。
しかし、例外は過去にもいた。その事を、この二人は覚えていた。
「子供というものは」
海兵を邪魔して遊び回る子供の姿を思い出しながら、センゴクはぽつりと呟いた。
「なんとも、扱いづらいものだったな」
「……あぁ。その点、ナキは正反対だ」
大人しくて手はかからなくて、子供らしくもない。けれどやはり子供である事に違いはなくて、どうしても甘やかしたいと思ってしまう。守ってやりたいし、支えてやりたいとも。
自分達は、充分にしてやれなかったから。
「……何かガープに腹立ってきた」
「何故だ」
「何であいつ基本的に故郷に放置してるのに子供育てられるんだ?おかしくないか?息子だってグレてるクセに」
「息子がグレたから放置してるんじゃないか?」
「納得した。やっぱりあれだな、俺達全員子育て向いてなかったな」
「気持ちはわかるが悲しくなる事を言うのはやめろ」
別に向いていない訳ではない。ただ運がなかったのだ。