「いっっってぇぇ〜!何すんだよじいちゃぁん!」
大きなたんこぶが頭に実る。ルフィは涙目で頭を抑えながら、拳を握る自身の祖父──ガープを恨めしげに睨みつけた。
ちなみにナキは怒られるような事は特に何もないので、外に干していた洗濯物を取り込んでいる最中だ。
「何もこうもないわい、バカモンがっ!お前は誰よりも強い海兵になるのだと、あれほど教えたじゃろうが!」
「やだ!俺はシャンクスと約束したんだ!いつか立派な海賊になって、この帽子を返すって!」
「妙ちきりんな約束を…!それもよりによって、あの赤髪のシャンクスとは…!」
鬼の形相でギリギリと歯ぎしりをするガープ。普通の子供なら恐怖で泣き出しそうなものだが、慣れきっているルフィは何の恐怖も抱かない。ナキも怖いとは思うだろうが、泣き出したりはしないだろう。孫二人は強かった。
「とにかく!俺は海賊王になって、シャンクスをこえる立派な海賊になるんだ!」
「海賊王じゃとぉ…!?」
ガープのこめかみに血管の青筋がビキビキと浮かび上がる。海軍中将として、そして祖父として聞き捨てならない言葉だった。
「こんっっの、バッカモンがぁ!!!」
「いっっってぇぇぇぇ!!!」
ドッカーン!と家の中、いや村全体に、ガープの怒声と拳の音が響き渡る。壊れるのではないかというぐらいの勢いで、ルフィが家の壁に叩きつけられる。体がゴムになっていなければ、全身打撲の重傷もいい所だ。
痛がるルフィを尻目にしながら、ガープは必死に思考を巡らせた。
(あの小僧、よくもわしの孫を誑かしおって…!)
知らぬうちにこの村にやって来ていたという海賊“赤髪のシャンクス”の事を、ガープは嫌という程よく知っている。
ガープが同じ時代を生き、この大海賊時代の幕を上げた“海賊王”ゴールド・ロジャーの船に、見習いとして乗船していた小童だ。
今は
あまつさえ己の故郷を一年間も拠点とし、可愛い我が孫を海賊の道に誘惑した。ぶっちゃけ今すぐにでも探し出してコテンパンに叩き潰したい。
どうする。
「あ、ねーちゃん!せんたくもん、終わった?」
「ん…ルフィ、頭…たんこぶあるから…タオル、冷やして持ってくるから…ち、ちょっと、待って…」
「ナキィ!!」
「ひゃいっ!?」
ビクッとナキの肩が跳ね上がる。何かを決心したような表情で、ぐりんっとガープは勢いよく振り向いた。
「出るぞ!準備せい!」
「ど、ど、どどこ、に…」
「コルボ山の山賊ん所じゃ!」
何がどうしてそうなったのか、ナキは物凄くガープに尋ねたかった。
尋ねたかったが、おそらく理解するには常識をとっぱらわねばならない事を察し、大人しく出かける準備をする事にした。
・
そんなこんなでコルボ山をのぼっていく三人。
ガープの肩に軽々と肩車させられているナキと、同じくガープに引っ掴まれながらずるずると引きずられているルフィ。
ナキは心配そうにガープの肩からルフィを見下ろしているが、発言内容があれなのでうまく擁護してやれない。
「山賊のとこなんて行きたくねぇ!俺は海賊王になるんだぁ!」
「何が海賊王じゃ!悪魔の実など食うてしもうた上に、ふざけた口を叩きおって!」
さっきからずっとこれの繰り返しだ。
山賊に関してはつい最近あった事件のせいで、ナキも少なからず苦手意識を持っている。むしろ、何故海軍中将であるガープは山賊の知り合いがいるのだろう。
「ルフィ!お前は将来最強の海兵になるんじゃ!」
「いつもそんな事ばっか言うけどさー!じいちゃんねーちゃんには俺みたいにしつこくそういうの言わねーじゃん!」
「バカタレェ!男と女じゃあ育てかたに多少差が出るのは仕方なかろう!」
多少どころかだいぶ差があるのだが、まぁ一般論ではある。
実の所、ガープはナキにも海軍になって欲しいとは思っている。しかし、虫一匹殺せない本人の性格を考慮すると、とてもじゃないが海兵には向いていない。せいぜい事務仕事が良い所だ。
海軍上層部にとってはその事務仕事こそ人手が欲しい部分なのだが、良く言えば自由、悪く言えば横暴なガープには知ったこっちゃない話だ。
「イデデデ!くっそー俺ゴムなのに何で痛ェんだ!?放してくれよじいちゃん!」
「お前を生温いフーシャ村に置いたのは失敗じゃった!よりによってあの赤髪のシャンクスと馴れ合うとは!海賊ぅ?バカタレが!」
「はーなーせー!」
「………」
そんな平行線の会話をナキが見守る中、古びた山小屋が姿を見せた。ガープは山小屋を見つけるとようやくルフィから手を離し、肩車していたナキを地面に下ろす。
そして、山小屋に近付き力任せに扉を拳でダンダンッ!叩き始めた。ビクッとナキの肩が跳ねる。
「ダダン!おるか!開けんか!」
「うるっさいね一体どこのどいつだい!?」
「わしじゃ」
「…!?ガープ!?あ、いやガープさん!?」
腕を組み堂々と言い放ったガープに、現れた女─ダダンはぎょっと目を見開いた。ダダンの後ろから大柄なマグラと小柄なドグラも血相を変えて姿を見せる。
「ガープさん!もうホントボチボチ勘弁しとくれよ!エースの奴もう十歳だよ!?」
「おぉ、もうそんなになるか…元気にしとるか?」
「これ以上我々じゃ手におえニーよ!引き取ってくりよ!」
「ねーちゃんあいつマキノよりでっけー」
「何だコラクソガキャァ!?」
「ル、ルフィ…ちょっと、黙ってて…」
なんともまぁまとまりのない会話である。
「まぁそんな事より、もう二人頼む」
「…は?」
「…何すかそのガキンチョ」
「わしの孫」
無言。静寂。
「…はぁぁ!!?」
そして、絶叫。
「もう一人増える!?」
「ガープの…あいやガープさんの孫ォ!?」
「ほれ二人共、挨拶せんかい」
「よ!俺ルフィ!」
「…ぁ、えっと…ナキ、です…」
ぴっと軽く挙手するルフィと、ガープの足元に隠れながら小さな声で呟くナキ。対照的な二人にダダンは目を白黒させると、ブンブンと首を大きく横に振る。その様子にまたガープがガハハと豪快に笑う。
「よし、じゃあ選べお前ら。ブタ箱で一生を終えるかこいつらを育てるか。目を瞑ってやってるお前らの罪は星の数だ!」
「そりゃまー捕まるのはやだけど、時々監獄の方がマシじゃないかって程エースに参ってんのに…それに加えてあんたの孫って!」
「ナキは大人しくて聞き分けのええ子じゃぞ。ちと人見知りが激しいがの」
「そんな大人しい人見知りするガキをおり達山賊に預けるのは駄目じゃニーんですか!?しかも女の子って!」
「お前らが言うかそれを」
「つーか肝心なのはもう一人の方!どうせ怪物みたいなんでしょ!?あのガキも!」
無茶振りをかます海兵と常識的思考で話す山賊という不思議な光景がそこにはあったが、その構図に口を挟む者は残念ながらいなかった。
「…?」
ふと、ナキがガープにしがみついたまま首だけを動かして振り向く。同時に、虫を追いかけていたルフィの頬にべちゃっと何かが飛んできた。
「うっ…げーっ!ツバ汚ぇ!おい、誰だお前!」
「おお、エース」
「うおっ…!帰って来てたのか、エース!」
「…エース?」
ぐったりと事切れた野獣と、その上にどっしりと腰掛ける黒髪の少年。片手に赤黒い染みのついた鉄パイプを持ち、視線だけで人を殺せそうな目つきの悪さ。
──この少年が、エース。
「二人共、あいつがエースじゃ。歳はルフィの3つ上でナキの2つ上。今日からこいつらと一緒に暮らすんじゃ、仲良うせい!」
「決定ですか!?」
「………何じゃい」
「お預かりしますっ!!」
ギロ、とガープがひと睨みすれば、ダダンはすぐさま血相を変えてそう答えた。
そもそもガープにとって決定事項だった事なのだから、それが覆される事などまぁある訳がないのだ。
「……っ」
背筋に悪寒が走る程の冷たい視線に、ナキは思わず視線を逸らした。見聞色の覇気のせいで、エースの冷たいその気迫を、誰より強く肌に感じてしまうのだ。
ルフィは負けじとエースを睨んだが、エースはルフィの睨みなど気にするそぶりさえ見せず、ただ黙って野獣の上から飛び降りた。