サボが新たな住人として、勝手にダダンの山小屋に居候し始めてから数日。
「エース、いい加減に機嫌直せよ」
「そうだぞエース!一緒に遊ぼう!」
「………」
眉間に深い皺を刻み込み、森の中を早足でぐんぐん進んでいくエースの後を、サボ、ルフィ、ナキの三人が追いかける。
突然ガープが連れてきた姉弟は、初日早々エースの相棒であるサボとすっかり仲良くなっていた。
唯一の友人をこうもあっさり“取られた”事は、エースのルフィとナキに対する敵意をより過激にさせた。
まぁ、早い話が拗ねているのだ。
「どこに行くつもりだよ、エース」
「いつも通りだ!海賊貯金を貯めに行く!」
「おいおい、今日はブルージャムの一味が表に来てる筈だぞ?行かない方が…」
「来たくないならお前は来なきゃ良いだろ!」
すっかり不貞腐れてしまったエースは、イライラしながらそう言い放つと、そのまま三人の前から走り去っていった。
あまりに素早く追いかける事も叶わなかったので、サボはガシガシと自分の頭をかきながら追いかけるのをすぐに諦めた。こういう拗ねて怒った時のエースは、基本的に何を言っても聞き入れない。
「なーサボ、海賊貯金って何だ?」
「ん?…あぁ、俺達、将来立派な海賊になる為の金を貯めてるんだよ。お前と一緒だな」
「サボ達も海賊になりてーのか!」
「おう!でも、他のヤツらには絶対内緒だぞ?」
「わかった!絶対言わねぇ!」
そう言ってにししと笑い合った二人だが、サボはルフィの「絶対言わない」をそこまで信じていない。
まだ年齢一桁の子供が、そう簡単に約束を守れるとは到底思えない。だからサボは海賊貯金の存在は教えても、それの隠し場所までは教えるつもりは少しもなかった。
「あ、ナキも言うなよ!面倒になりそうだし」
「…う、うん…」
おずおずと頷くナキの姿を見ると、何故かそれだけで不思議と信用できてしまう。性格が違うだけで信憑性にこうも差が出るものなのかと、まだ幼いサボ少年はしみじみ思った。
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ゴミ山までやってきたエースは、後ろを軽く一瞥しながら不機嫌そうに息を吐いた。
「ったく、何でサボの奴、あんな奴らなんかと…」
ガシガシと乱暴に自分の頭をかきながら、苛立ち気味にそう言うエース。
乱暴さと人見知りが混ざってしまっているような性格のエースは、サボやルフィのようにフレンドリーとは言い難い。そのせいだろうか、サボ以外の友人はおらず、共に暮らしているダダン達との関係も良好とは言い難い。
それらは全て、ひとえにエースの出自が大きく関わってはいるのだが、それはエースに変えられる事ではなかった。
「…ふん、どうせあいつらだって、本当の事を知ったら俺の事……」
そこまで呟いて、ふと数人のゴロツキの姿がエースの目に止まった。
手にはそれなりの重さがありそうな分厚い袋を持っていて、エースは直感的にそれが「財宝」であるとすぐに察する。
鉄パイプを握り締め、無駄な考えを捨てる為に首をぶんぶん横に振る。
胸のうちにふつふつと湧いている気分の悪い感情を取っ払うべく、エースはたった一人、ゴロツキ達に襲いかかった。
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エースを追うサボと別れ、ルフィと二人だけになったナキは、ジャングルの中で食材になりそうなものを探していた。
主に山菜やキノコを採って、罠を作り小動物も狙った。悲しいかな、ジャングルに容赦なく投げ込まれた時の経験が、こんな所で活きてくる。
「ねーちゃん、キノコ見つけた!」
「そ、それは、毒、キノコ、だから…た、食べられない、よ…」
そしてサバイバル能力はあってもサバイバル知識はないルフィ。
言う事を素直に聞いてくれるのだから問題がある訳ではないが、毒か否かは見分けがつくようになって欲しいとは思ってしまう。
手に入った食材は、キノコが数種類といくつかのハーブや山菜だった。罠はまだ確認していないが、上手くいっていれば野ウサギの一匹ぐらいは捕まっているかもしれない。
「ねーちゃん、これで何作れる?」
「う、うーん……の、野ウサギとかが、つ、捕まえられ、てたら、す、スープ、とか…」
ルフィの食べる量を考えればそれでも少ない方だが、二人だけで猛獣を狙うのはまず無理だ。返り討ちに合うのが目に見えている。
川には鰐が住み着いていたし、近くには猛獣の巣もあった。無闇に近付くのは危険だろう。
採った山菜やキノコを草むらの茂みに隠して、別の場所に仕掛けた罠を確認しに向かうと、ナキは知っている二つの気配を感じ取った。
「…あ!ねーちゃんあそこ!エースとサボだ!」
「えっ…あ、ル、ルフィ…!」
言うなりルフィはナキと繋いでいた手を離して、サボ達がいる大木の方に走っていく。
「おーい、エース、サボ!」
「!?」
「えっ、ルフィ!?」
「今、海賊船って言ったか?お前ら海賊になるのか!?」
笑顔でルフィが聞いたその言葉に、エースとサボの顔面が一気に青くなる。
それを見たナキは、瞬時に『聞いてはいけない事を聞いてしまった』事を察して、同じように顔を青ざめた。
「俺も同じだよ〜!」
「ル、ルフィ、待って…!」
「あー悪いナキ、ちょっと捕まってくれ」
すたんっ、と木の上から飛び降りた二人にがしっと腕を掴まれ、あれよあれよという間に縄で縛られるナキとルフィ。
ナキは泣きそうな顔で怖がっているが、対するルフィは縛られながらエースとサボにやたら楽しそうに話しかけた。ひくひくとエースのこめかみが細かく痙攣している。
「サボとエースが言ってた海賊貯金って、船買う為の金だったのか〜」
「なっ…!サボ、お前こいつに教えたのか!?」
「いやお前がルフィの目の前で海賊貯金貯めに行くって言ったんじゃねぇか…」
呆れたように告げたサボの言葉に、ぐっとエースが口ごもる。確かに勢いに任せて言ったものの、まさかその隠し場所にまでやって来るとは誰も思わない。
さてどうする、とエースとサボは思考する。この時点でナキはヤバいと思った。明らかに二人の雰囲気が深刻そうだからである。見聞色の覇気で感じる二人の感情がやけに黒く恐ろしい。
「ナキはまぁ、口止めすれば問題ないかと思うけど…問題はルフィだな」
「あぁ、こいつは絶対に言うだろうな。何せガキだ」
自分達もまだガキだと言うのに、それを棚に上げてこの態度。
「…殺そう」
「!!?!?」
「待て待て待て」
さらっとエースが物騒な言葉をこぼしたのを、落ち着いた声でサボが止めた。実際にはサボは、 落ち着いてなどおらず、突然親友がぶちかました殺害予告で思考が停止しかけた。
「止めるなよサボ、お前だってわかるだろ?ここを話されちまったら、俺らの今までの努力が無駄になるんだぞ」
「それはわかる、わかるけど何でこの二人を殺そうとするんだよ」
「口封じだ!決まってんだろ!」
「そうか、でも俺やりたくねぇぞ。人なんて殺した事ねぇし、全く知らねぇ奴ならまだしも、仲良くなっちまった奴らを殺すなんて目覚めわりぃし。お前、人殺せるのか?」
「でっ……きるに決まってんだろ!」
無理だな、と一瞬口ごもったエースを見てサボがそう思った瞬間、ナキの涙腺が限界を迎えた。
「っ……ぅ、うぁ……っ」
「「えっ」」
聞こえた嗚咽に少年二人が首を回した。視線をナキに定めると、浮かんでいた涙の膜が目の端から流れ落ちている。途端に、何故か二人の顔色がさぁっと青ざめた。
「ねーちゃんどうしたんだ!?どっかいてーのか!?」
「ぅっ……ち、がゔっ…」
別にどこも痛くはない。ただエースから感じる敵意があまりにも恐ろしすぎて我慢できなくなっただけである。だけって事もないけれど。
一度限界を迎えた涙腺は留まる事はなく、ボロボロと滝のようにナキの頬を涙が伝う。殺すだなんて言っていたエースも、流石に目の前で号泣されるとどうすればいいかわからない。しかも相手は、自分より年下の女の子なのだ。
どうしたものかと慌てていると、遠くの方から厳つい男の声が聞こえた。エースとサボの顔色がまた変わり、忙しない手つきでルフィとナキを縄から解放する。
「ほらナキ泣くなって、ごめんな?」
「ゔぅっ…ひっ、く、ぅぁ…」
「ねーちゃん大丈夫?」
「おいサボ、早くそいつ泣き止ませろ!お前もこっち来い!」
いやお前が原因でこんなに泣いてるんだよ。サボはそう言いそうになるのをぐっと我慢して、ナキの手を引いて近くの茂みに隠れた。涙を拭ってやりながら背中をそっとさする。
やっと嗚咽が落ち着いた頃、大柄の男達数人が茂みから姿を見せた。
その男達を目にすると、途端にエースが思いっきり顔をしかめた。
「あいつら、俺が今日襲ったチンピラじゃねぇか…ブルージャムんとこの運び屋だったのか」
「だから俺さっき言ったじゃねぇか、今日はやめとけって。なのにお前が一人で勝手に…」
「うるせぇ!仕方ねぇだろ!」
「あーわかったから静かにしろって…とりあえずここから離れようぜ。海賊貯金はまた後で見に…」
「おい!なんか今そこから声しなかったか!?」
「!?」
そして秒でバレる。
次の瞬間、サボがルフィの手を、エースがナキの手をそれぞれ反射的に掴んで立ち上がった。
「え、っ」
「走れ!グズグズすんな!」
原因はエースが声を抑えなかったせいなのだが、すぐそこに海賊がいるのだからそれどころではない。
さっきまでのいがみ合いは何だったのか。ぽかんとするナキの手をエースはしっかり握って、全力疾走で駆け出した。
忘れられた(というか忘れてた)野ウサギの罠。
この後手がかりだっつってチンピラ達が多分持って帰った。