とある漫画と超電磁砲   作:ツボツボ

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仕事忙しいんでぼちぼち亀更新します


始まり

桜吹雪く四月の初め、白井黒子は緊張しながらウォルナットの長椅子に腰掛けていた。

学園都市の数多ある学校の中でも厳格と実績で名高い常盤台女子中学校に入学し、糊の利いた制服を身に纏う。

これだけでも浮かれる要素であるのに、白井は輪をかけてある人に期待して高揚してしまっていた。

そのぎこちなさに隣は気になったのか、静かに囁いてくれた。

 

 

「飴玉あげましょうか」

「お気持ちだけで。もう大丈夫ですの」

 

 

気恥ずかしく白井はお断りする。

人に気を遣われるとははしたない、と赤面してしまう。

 

 

(それでも、あの人にまた会えるなら)

 

 

頭を僅かに振り、まだ誰もいない壇上を見上げる。

 

入学式が粛々と始まり、気品ある理事長のありがたい挨拶から新入生挨拶まで淀みなく流れると、ついに彼女がやって来た。

 

 

「在校生祝辞。二年生、御坂美琴」

 

 

背筋に文字通り電流が走る。

新入生の誰もが驚きざわめいた。

誰かの椅子が軋みを上げた。

講堂の空気が瞬時に張り詰め、壇上に上る硬性の靴音を八百の眼が追っている。

均整の取れた中肉中背、すっきりと茶髪を肩で切りそろえ、瞳には鋭い眼光が灯っている。

全身から覇気が漲り、青白い恒星を目の当たりにしているような戦慄が新入生の間を轟いた。

白井はぞわりと身を震わせながらも、喜びに心臓を高鳴らせて彼女を見つめる。

 

 

(あの人こそ常盤台の双璧。女王と対を成す常盤台の覇王……)

 

 

稟とした佇まいに思わず背筋を正させる、肩書き以前に敬服してしまう力強いカリスマを感じた。

一礼の後、彼女は朗々と口火を切った。

 

 

「新入生の皆様。在校生を代表してご入学お祝い申し上げます」

 

 

最強の電撃姫。異能を科学で開発する学園都市が誇る最強の七人、超能力者(レベル5)が第三位、常盤台の『超電磁砲』。

何よりも未熟な己の転機そのものとなった人間。

白井はすっと目を細めた。

その内側から溢れる輝きはこの場にいる全員に眩しく思えた。

 

 

「長く厳しい冬を乗り越え、あなた達はようやく希望の春を迎えられました。

重たい雪を払いのけ、あなた達は新芽を芽吹かせたのです。

しかし、その芽を活かすも枯らすもあなた達次第です。

大樹に育てるにはさらなる努力が必要でしょう。

時には果てなく険しい道のりに挫けてしまうかもしれません。

ですが、あなた達は努力ができる人です。

そして、ここ常盤台中学校は向上心のある生徒を最大限に支援し、育成してくれます。

互いに助け合い、切磋琢磨する友達も得られるでしょう。

実りある生活を送り、大きく羽ばたけるよう心から願います。

四月六日、御坂美琴」

 

 

短いながらも説得力のある演説だった。

彼女が語るからこそ重みが増すのだろう。

御坂美琴の艱難辛苦のエピソードはあまりにも有名だ。

最初の能力検査は平均的なレベル1、しかも珍しくもない電気使い。

学力検査はむしろ平均よりも下回っていた。

大方の学生は十年かけてもレベル3の敷居を跨ぐ事は叶わず、レベル4ともなると才能の世界だと認識されている。

統計的にレベル4に到達する確率は低く見積もらざるを得ない。

そう担任から白く判定されていた彼女は後に周囲を驚かせる位に負けず嫌いだった。

計算テストで負ければ次のテストからは首位を独占し、かけっこで負ければ翌年には男子を悠々と追い抜き、勝負で負ければ勝てるまで己を磨いた。

不屈の精神力と不断の努力が彼女を際限なく高め、いつの間にかレベル5になっていた。

彼女にとってレベルとは指標に過ぎず、能力の頂点に立ってもまだ向上すると言い切っている。

 

 

『一昔前、オリンピックでウルトラCが出来たとしても半世紀も立てば誰でもできるようになったでしょ?比肩する人がいないからレベル5に収まっているだけです』

 

 

あるテレビ番組で美琴は苦笑まじりに答えた。

 

 

『私はたまたま黎明期に少し目立っている人間です。

自慢に思う程ではありません。

大切なのは人と人との絆ですから』

 

 

学園都市は能力者の街だ。

それが進学に最も影響を与えるのだから、ある種、能力至上主義が街全体を支配している。

その街の中で公然と最上級の価値を否定する彼女の思想には良くも悪くも大きな反響を呼んだ。

白井が小学校にいた頃は、正直に言って傲慢な発言だと思っていた。

それは勝利者の言葉であり、能力が低い人からは決して出るはずがない。

どうせ優越感に浸って酔狂な言葉が漏れたのだろう。

 

 

――だいたいアナタが能力の価値を切り捨てるんでしたら、ワタクシには何がのこるんですの?

 

 

今の白井が思い出したら憤死しそうな幼稚な考えだったが、当時は確かにそう思ったのだ。

それでも心に凝りが残り、一体何なのかよくわからず、赴くままに風紀委員の門戸を叩いたのは覚えている。

能力こそが力だ。

能力を弱者を守るために使う事こそ能力者ができる社会への最高の貢献だ。

彼女の思想を否定してみせる。

そう意気込んで、自分をなかなか使ってくれない低能力者の担当の先輩に刃向かい、手痛いしっぺ返しを喰らった。

銀行強盗の立てこもりに遭遇し、自分の判断ミスで先輩と友人を危機に曝したのだ。

ショックだった。

 

先輩が倒れ、かろうじて友人を逃がした後、犯人の一味が凶弾を自分に向けて放った。

 

 

――嗚呼、ワタクシはここで終わるの?

 

 

瞬間、閉じていたシャッターが破断してオレンジ色の閃光が凶弾を飲み込んだのだ。

何が起こったのか白井にも犯人にもわからなかった。

膠着した状況で、引き裂かれたシャッターから一瞬で犯人と白井の間に飛び込んできた茶髪の少女が犯人を見定めるや否や、険しい表情で冷酷に宣言した。

 

 

――神速(カンムル)

 

 

少女の全身がうっすらと帯電する。

途端に少女が纏う空気が一変して重たくなる。

目の前で落雷に遭遇したような重圧。

電気魚を素手で掴んでしまったかのような恐怖。

男は尋常ではないプレッシャーに押し潰され、体をガチガチに硬直させてしまった。

 

 

刹那。

 

 

ニシキヘビよりも一回り太い迅雷が肉袋を抉り、稲光を走らせ壁に叩きつけた。

声を出す猶予も与えられない。

少女は正拳突きの構えをしていた。

 

 

迅速不可避の物理攻撃。

絶縁対策すら意味を成さない強烈な一撃だ。

白井も高位の能力者だからわかってしまう。

どういう能力がどの程度できるか位、おおよそ理解している。

中には能力を応用して別系統の能力を擬似的に再現できる人間がいると聞いた事がある。

だからこそ、彼女はそこらのレベル4とは一線を画していると見破った。

茶髪の少女が繰り出した正拳突きは電気系統で肉体強化を極めていた。

そこに洗練された体術を加えた拳圧は学園都市最新型の駆動鎧に匹敵する。

レベル2程度の能力と不摂生な肉体しか取り柄がない男に耐えきれる道理はなかった。

白井は舌を巻きながらも、銀行の奥にヘルメットの男が茶髪の少女に銃を向けているのに気づいてぞっとした。

不幸な事に男は少女の死角に隠れていたのだ。

 

 

「危ない!!!」

 

 

複数の弾丸が発射された。

恐るべき事にどれも少女の急所を狙った物だった。

少女は振り向きもしない。

 

 

刹那。

 

 

暴力的な青白い電撃の鞭が銃弾を強引に昇華させた。

その余波で空気が焼け焦げ、ラジカル反応がドラスティックに伝播する。

アレが生身に当たったら。

その場にいた全員が凄絶な恐怖に身を縮めた。

ギロリと少女に睨まれたヘルメットの男はガタガタ拳銃を振動させている。

誰が見ても明らかに怯えていた。

奇妙な事に白井は犯人に微粒子レベルで同情する。

 

 

これは戦闘ではない。蹂躙だ。

 

 

「く、クソ。化け物め」

「そりゃどうも。じゃあ、寝ときなさい」

 

 

返す刀で男に雷撃が殺到し、男は糸が切れたようにぷっつりと床に伸びた。

白井はあまりに圧倒的な少女の能力に感嘆を禁じ得なかった。

一般的な銃弾は初速が音速を超える。

至近から奇襲されて反応できる訳がない。

一体どんな演算をしたら死角からの銃弾に対応できるのか。

 

 

茶髪の少女が周囲を念入りに見回した後、緊張と共に全身の帯電を解いた。

白井を無視して俯せに倒れている女学生に歩み寄ると、しゃがんで首筋と鼻に軽く触れた。

 

 

「バイタルは大丈夫だけど、念のために医者で検査した方がいいわね。この人、アンタの同僚よね」

「え、ええ。そうですの」

 

 

徐に話しかけられて、白井はどぎまぎしてしまった。

元より自分のせいで傷ついてしまった先輩である。

白井はどうしても決まり悪い罪悪感にかられてしまう。

 

 

「背中に破片が刺さってるから、動かしちゃダメよ。救命士が来るまでそっとしておきなさい。それじゃ」

 

 

聴取に時間を取られたくないのだろう、言うべき事を言って少女は裏口から立ち去ろうとする。

白井は慌てた。

まだお礼も何も言っていないのだ。

 

 

「あの!!」

「何かしら」

「その、助けて頂いてありがとうございます」

「礼を言うならアナタの友達に言いなさい。アタシは一般人のくせに風紀委員の仕事に割り込んだ慮外者よ。感謝される筋合いじゃないわ」

 

 

ちっとも偉ぶった素振りを見せず、白井の友人に気を遣ってすらいる。

自分が先入観でテレビに映っていた少女を悪し様にしていたか、途端に気恥ずかしくなった。

 

 

「えっとその、あの御坂さんでいらっしゃいますよね」

「ええ、まあ、そうよ。御坂に『あの』なんて使われると自分が二万人いるみたいな気分になるわね」

「ごめんなさい。ワタクシ、御坂さんを感じ悪い人だと決めつけていて、その、ワタクシも能力を振りかざして風紀委員に泥を塗る真似をしてしまって、人の事を言えないと言うか」

 

 

めまぐるしい救出劇にパニックになり、頭の中を上手く整理できない。

しばらく上擦った謝罪を黙って聞いていた美琴は段々イラついてきて、スッと手をかざした。

 

 

「ストップ、ストップ。アタシ、アンタに何かした?」

「い、いえ」

「なら、それはアンタの心の問題よ。能力を心の置き所にするのは間違ってるのかって」

「違うのですの?」

「少なくともアタシはレベルの為に生きてはいないわ」

 

 

シャッターの向こう側からサイレンが聞こえてくる。

今度こそ美琴は白井に背を向けてゆっくりと歩み去る。

 

 

「あまり難しく考えて生きるもんじゃないわ。感じるままに突き進みなさい」

 

 

去り際の一言を白井は今も鮮やかに思い出せる。

心の奥に刻まれた戒めがぼんやりと生きてきた白井を突き動かし、常盤台を受験する為に本格的に勉強に励み、能力開発に血道を上げた。

一体自分は何をやっていたのだ。

こんなにやるべき事があるじゃないか。

文句を言う時間すら勿体無い程白井は無知だった。

それを教えてくれたのは、皮肉な事に美琴だったのだ。

 

 

「そう。それでアンタは常盤台に。でも結構合格ギリギリだったんじゃないの」

「一年も猶予がありませんでしたから苦労しましたわ。死ぬ気で勉強して漸くボーダーラインでしたの。語学には参りましたわね」

「ここぐらいよ。入試にラテン語がある中学なんて」

 

 

歓迎会も終わって、寮の部屋割が抽選で決められる。

厳正な公平性の下で行われるが、それはそれ、二年間生活を共にする重要な問題だ。

ギスギスしたプライベートなどお互いに御免である。

派閥や性格、交友関係などが本人の同意を得ずに記された裏リストが口伝やメモで新入生に拡散され、それを基準に高度な政治的駆け引きと静かな能力戦の末に真の部屋割りを仮登録するのである。

必然、今年の争奪戦は波乱であった。

レベル5の二年生が二人もいるのである。

一人は精神系能力者で最凶を誇る第五位『心理掌握(メンタルアウト)』の食蜂操祈。

もう一人は電気系能力者で無双に轟く第三位『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴。

白井と向かい合っている茶髪の少女である。

既に暗黙の協定を締結している食蜂の女王派閥と異なり、美琴はどこの派閥にも属さず、誰にも距離を置き、性格は悪くない。

自由競争がここに勃発し、レベル4十八名、レベル3六名、内原石二名

の仁義無き闘争の果てに、白井は見事に権利を勝ち取った。

女子中学生の取り合いとは言え、透視・錯覚・念動・空力・氷結・偏光・火炎・水流、その他珍しい能力を相手取ったのだ。

白井の上達と執念に美琴は内心感心していた。

 

 

――やればできるじゃない。

 

 

それをお首にも出さずに美琴は白井と談笑する。

 

 

「ところで、せっかく同室の先輩後輩になったのですから、これからはワタクシの事を黒子と呼んでくださいな」

「それもそうね。じゃあ、黒子。アタシの事は」

「御坂お・姉・さ・ま、と」

「ちょっ。キモいって。背筋に鳥肌立ったじゃないの」

「いえいえ、ご遠慮なさらず。ワタクシの親愛と敬愛の証、否、崇拝の証を受け取っ、ぶべあ」

 

 

口を思いっきり掴み、頭髪からバチリと放電が迸る。

美琴の頬が真っ赤に色づいていた。

 

 

「アンタが良くてもアタシが恥ずかしいわ!!」

「ひゃかいまひひゃ。ひんでよひひまふろ(わかりました。死んでも言いますの)」

 

 

しばらく取っ組み合いに興じていた美琴と白井だが、美琴が唐突に怒りを沈めた。

全くもって不穏である。

 

 

「そう。そうよね。黒子はアタシと一蓮托生。アタシを誰よりも慕っていると自負してる。そうよね」

「ええ、勿論」

 

 

ガシッと両肩を固定される。

白井は身動きができず、美琴を直視した。

笑っている。

ただし、鬼や悪魔が描く類の笑いだ。

美琴の背中から『ゴゴゴゴ』とどす黒い幻聴が鳴っている。

 

 

――もしかして地雷だった?

 

 

「一緒に地獄に堕ちる覚悟があるのね」

「えっ」

「そっかそっかぁ。じゃあ、呼び名は免じてあげる」

「話がよく見えないのですが」

 

 

そして、後に白井はなぜ御坂美琴に誰もが距離を置いていたのか朧気に理解した。

 

 

「アタシの鍛錬に毎日付き合ってもらうわよ」

 

 

はっきり言ってコイツは修行バカなのだ、と。

 

 

☆☆☆☆

 

 

御坂美琴の朝は早い。

食堂が六時に開き、寮のロックが五時に解除される。

それよりも更に早い、まだ夜明け前の四時半に彼女は起きる。

消灯時間にはとっくに眠り、早寝早起きの習慣をつけている理由は健康ではなく、トレーニングのためだ。

洗顔歯磨き、サーバーからミネラルウォーターを取り出し、動きやすいスポーツウェアに着替える。

春先の気温はまだまだ低い。

これから行う激しい運動の前に準備体操を入念にする。

柔軟体操をした後に腕立て、腹筋、背筋、懸垂を二百回ずつしている。

いずれもただの女子中学生がする内容てはないだろう。

 

 

――お姉さま。右手の指二本だけで逆立ちしながら腕立てをするのは非常識だと思いますの。

 

 

のそのそベッドから起きた白井は、人外の域に達した美琴のトレーニングに呆れて言葉が出なかった。

全身に雷を纏わせて美琴は黙々とカウントしている。

奇跡的な重心バランスを抜きにしても、どこからそんな力を得ているのか、白井は強盗事件の過去を重ね合わせて尋ねた。

 

 

「何かそのトレーニングに秘訣でもあるのですか」

「……情報の入力から……行動を実行するまで……ラグが出る。だから……電磁フィールドで……直接脳で感知して……シビアな状況を……予め設定した反射で……対応するのよ。神経にバイパスも構築した……だけど……肉体が追いつかない。……基礎体力を底上げ……するしかない」

 

 

とある暗殺少年の技に感化されて築き上げた美琴の超絶技巧――神速(カンムル)は、実現するまでに途方もない体力と知識と開発力が必要だった。

知識と開発力は、さすがはレベル5の第三位を冠するだけはあって、比較的容易に克服した。

残りの体力もどうにかなるだろう。

作成当初の美琴は体力面をどこかで侮っていた。

神速の主旨は相手の攻撃に自動対応した高速迎撃。

考える前に動く。

考える隙を与えない。

近接戦闘の理想を叶えるこの妙技には、しかし致命的なデメリットがあった。

とにかく燃費が悪いのだ。

ただでさえ常時繊細な神経制御を処理しているのに、筋肉や腱など肉体の随所を適宜補強しているのだ。

完成直後は三分で電池切れ。

ウルトラマンの持続時間並みに頼りなかった。

これを解消する王道は、地道に処理を最適化してスペックを上げるのみ。

実用化にこぎつけるまで二年かけ、ついでに美琴は余分な栄養の胸への再配分に成功した。

具体的には二階級特進である。

 

 

「次は走り込みをするわ。アンタもついてきなさい」

 

 

腕立てを終えて、神速を解いた美琴はうんと体を仰け反らせる。

 

 

「ですが、このトレーニングにワタクシが随伴せずともよいのでは」

「何言ってんの。黒子も明日から同じメニューをこなすのよ?」

 

 

「……えっ?」

 

 

「一時間半で第七学区を三周してから朝ご飯食って学校に行くのが日課よ」

「で、ですが寮監に言わずに抜け出してはマズいのでは」

「許可取ってるから大丈夫よ。さ、行きましょう」

 

 

有無を言わさず外に連れ出され、白井はやむなく瞬間移動(テレポート)で美琴を追いかける事になった。

空間を十一次元で演算する瞬間移動は、所謂点から点への移動であり、いかなる障害物もすり抜ける強力な能力だ。

心理状態や時空間の状況に能力が左右されやすいデメリットを補って余りある物体移動を、高位能力者ともなると自らも転移させられる。

白井の場合、ノンストップなら時速二百キロに達し、しかも重力を無視して空を飛ぶのだ。

仮に風紀委員の白井に捕捉されたとして、彼女から正面切って逃げ切るのは不可能に近い。

実際、白井の追尾能力を侮った無数のスキルアウトが御用となっている。

風紀委員の経歴はもう一人前で、人を追跡する事には彼女なりの自負があった。

それがレベル5(非常識)の前には脆いガラスだったなど、白井はこの時まで知る由がなかった。

 

 

「黒子。アンタが追いつかれてどうするのよ」

「で、ですが頭が、ィタタタ」

「言わんこっちゃないわね」

 

 

暁が上り、街がほんのりと朝の気配を漂わす頃、能力の長時間連続使用に白井はへばってしまった。

初めは美琴を先導できていたものの、時に磁力で加速し、時に空気を放電で爆発させて推進する美琴にあっという間に距離を詰められ、転移した先にもう美琴がいる始末。

空間把握に多大な集中力を要する演算処理に頭が疲弊して、白井はダウンしてしまった。

 

 

「五十も百も移動したら、体が保ちませんの。お姉さまのトレーニングはワタクシには厳しいですわね」

「元々その為の訓練だって言ってるじゃない。……まあ、どうしても嫌ならしなくてもいいわ。いざって時に後悔するのは黒子だけだし」

「うぐっ」

 

 

鋭く痛い指摘に白井は歯を食いしばった。

風紀委員をしていたからこそ、能力には持久力が足りないと常々感じていた。

能力検査は大抵火力と精度でレベルを測定する。

時間がかかりすぎて生徒を捌けないという現実的な理由もあるのだろうが、能力検査は安定した出力を長時間維持する項目を含めてはいない。

白井にしたって一時間弱の連続使用に耐えきれず、その事実は他の高位能力者にもかなり当てはまる。

ならば、それに甘んじてていいか。

白井はノーと即答できる。

もし未曽有の災害が起きた時に身動きの取れない数百人を救助したいのに「自分はたかだか五十回、百人しか運べません」なんて口が裂けても言いたくない。

 

 

「絶対後悔したくありませんわ」

「その意気よ。遅れた分、急ぐわね」

 

 

朝焼けに照らされた不敵な笑顔は燦然と輝いていた。

だから彼女は眩しく、手を伸ばしたくなるのか。

 

 

――本当に真っ直ぐで強い先輩ですわね。

頼りにしてます。お姉さま。

 

 

夜明けの空を疾駆する美琴に白井は静かに想いを募らせたのだった。

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