とある漫画と超電磁砲   作:ツボツボ

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第2話

 学生でいる限り、試験は靴底について回るガムのように厄介で体力気力を消耗させられる。

受験を終えたばかりの新入生も例外ではない。

約二日間の学力検査を終えて白井はカフェテラスの机につっぷした。

全くこの常盤台は異常に試験が難しいと悪名高いのだ。

 能力開発で必須技能とも呼べる記録術。

学園都市では従来の記憶術を膨大な演算式のインストールに利用する目的で、日々新たな方法が研究されている。

色覚など他の五感を関連させる記録術は世界規模で有名だ。

 どこよりも記録術を発展させている学園都市で単なる暗記を課する科目はタダで得点をプレゼントするようなもの。

それ故に、難関中学校の社会は論述が中心になる。

 今年の常盤台の試験はひたすら分量が多く、八百字の解答用紙に撃沈した受験生が数知れず。

奇々怪々な十五世紀末のイタリア周辺の政治情勢とルネサンス衰退を絡めた内容を制限時間で書き終えられなかった学生が続出したようで、試験後に泣き崩れた人間が出る程だった。

予備校の講評も巧言百色を以てエグいと叩くのは毎年恒例である。

 小学生にそこまで求めるのか、と白井は内心首を傾げるも言葉には出さない。

一応教科書に付属しているマニアックな補足資料に記述されていたのだから、書けない奴が悪いと言われてしまえばそこまでなのだが、試験が大人げないのだ。

科学が尊ばれ、それ以外が蔑ろにされがちな学問界。

そのまま研究者の身の振り方に影響を及ぼし、どうしても最先端を突っ走る能力研究者と比較して肩身が狭い思いをしている。

教育の歪みが試験に表出したのかもしれない。

白井はうつぶせになりながらそう推論だてて、三秒後に消去した。

とりあえず入試よりは幾分楽な学力試験が終わって安堵してどうでもよかったし、自分の隣に立つ面倒臭そうな人間に対処せざるを得なかったのである。

 

 

「どうなさいましたの。ご気分が優れないようでしたら保健室へ連れて行って差し上げますわ」

 

 

 あまりに見事な言葉遣いに白井は顔をごろんと横に転がした。

モデルにいてもおかしくないスタイルに、日ノ本古風ゆかしき髪型。

口元を意味もなく扇で隠し、上から遠慮なく睥睨する視線にうぬぼれに近い自信を感じる。

白井があらゆる意味で慕っている美琴の裏打ちされた輝きの前に霞む程度だ。

一瞥してコイツは小物だ、と確信した。

適当に流してやろう。

 

 

「別になんでもありませんわ。大きなお世話ですの。試験に一息ついただけです」

「あらあら、ごめんあそばせ。(わたくし)婚后(こんごう)光子と言いますの。あの試験で苦労していたらこの先思いやられますわよ」

 

 

 ファーストコンタクトに挑発を息を吐くように実行するこの女は何様なんだ。

白井はがたっと立ち上がり、そばに置いていた鞄を取り上げた。

 

 

「いらぬお節介ですわ。見た所上級生のようですが、不躾が過ぎるのではございません?」

「まだここの空気に馴染んでおりませんの。進学先が私の身の丈に合っていなかったのでここに転入した次第ですわ」

「そうでしたか(会話がかみ合っていない気がしますわね)。では失礼しますわね」

「私の能力は空力使いでレベルは……、ちょっとお待ちなさって。どこに行くのです」

呼び止めても無駄無駄無駄。

午睡を楽しんでいた一時を邪魔した罪は重い。

このまま風紀委員の仕事場、一七七支部に寄るつもりだ。

なんとかかわした。

そう油断した背中に爆弾発言を投げつけられた。

 

 

「白井さん。私、自分の派閥を作ろうと思いますの。私の派閥に入ってもよろしくってよ」

 

 

振り返ると婚后は扇をパチンとこちらに向けて不遜に言い放った。

あの人はこんな上から目線でしゃべらない。

あの人はこんな馬鹿げた考えを口にしない。

度を越して夢見がちな宣言に白井は呆れて感心していた。

 

 

 

「はぁ。まあ、無理だと思いますわよ」

「な、何を根拠におっしゃって」

「ワタクシに声を掛ける時点で間違っていますの。今日まで誰にも袖にされてきたのでは?」

「くうぅ。なぜその事を」

 

 

表情がころころ豊かに変化して面白い。

顔立ちも良いのに性格が勿体無いと白井は残念に思った。

 

 

「簡単な話ですわ。

今、常盤台の派閥を牛耳っているのは第五位を中心とする女王派で、大小様々な派閥も全て親女王派か中立に属していますの。

そこに万一婚后さんが派閥を興そうとしてごらんなさい。

女王の粛清を防ぐために、間違いなく覇王が二分で婚后さんを潰しに来ますわよ。

ああ、あくまで婚后さんに派閥を組める実力がある仮定ですわよ。

女王派から警告がない時点で全ての観点から危険視されていないのでしょうけど」

 

 

白井も常盤台に合格してから内情を詳しく調べたのだが、常盤台はお嬢様学校とは裏腹に、実態は魑魅魍魎の魔窟と化していると知って少なからず衝撃を受けた。

第五位『心理掌握』の詳細はわからないが、精神系のあらゆる方向性を持っていると推定している。

派閥内の常軌を逸した統率力、コネだけでは説明できない財界・政界への不自然な人脈力、日本銀行並みの市場操作を可能とする巨大な金融力。

女王派とは単なる女子中学生の集まりなんて生易しい代物ではなく、女王を中心とするある種の危険な国際組織なのだ。

彼女の箱庭を不逞の輩が荒らせば、女王は腕の一振りでそいつを抹殺するだろう。

去年の夏、実際に女王派に不和をもたらした常盤台の学生が親共々社会的に消されかけた。

そこをギリギリで止めたのが第三位の覇王だった。

美琴は学生の政争ごっこに関わるつもりもなく、しがらみが嫌いだったのもあってどこの派閥にも所属していなかったのだが、不穏な空気を察知して第五位にカチコミを仕掛けたらしい。

レベル5同士の尋常の勝負があわや火蓋を切る間際、女王派が第三位によって派閥を強制解体されるリスクを危惧して女王を諫め、双方和解で決着。

以後は派閥や個人を問わず揉め事を起こした際、美琴はあらゆる圧力を無視できる仲裁人に派閥代表総会全員一致で任命され、しぶしぶ依頼を受けているようだ。

本人が竹を割ったごときからっとした性格だったおかげで、仲裁は公平公正。

それをどこぞの女王様に讃えられて『雷奉行』と渾名を広められてしまい、美琴がげんなりしたのはまた別のお話。

第三位が目を光らせている以上、十中八九派閥の平和を乱す不穏分子は即座に炙り出されて鎮圧される。

婚后派閥の運命は既に滅亡の既定路線に乗っている。

寧ろ美琴に止めてもらった方がおイタで済む。

女王は敵に対して手加減を知らないのだから。

 

 

「レベル5がなんだと言うのです。私の噴射で超電磁砲位弾いてみせますわ」

「言質は取りましたわよ。明日の能力検査でも同じ口を聞けるか……、ん、失礼」

 

 

場違いな電子音がスカートのポケットから鳴り、携帯電話を取り出す。

声の主は白井がよく知る友人、初春飾利だった。

 

 

『白井さん、白井さん。緊急事態です』

「何事ですの!」

『第七区銀前のピッツァハットで今日新発売があるんです。犯人はモッツァレラチーズ入り何たらピザ。白井さんは今すぐ現地に急行して私の分を買ってきてください』

 

 

「……初春さん」

『はい』

「お花畑の頭にピザを被る準備をしておきなさいな」

 

 

そのままブツリと通話を切る。

成り行きでパシリを買ってしまったが、丁度昼食を調達するつもりだったのでついでに初春の分も買ってあげるつもりだ。

 

 

「明日、啖呵切った威勢が身の丈に合っているか確かめてあげますの。ではご機嫌ようですわ」

「白井さんにおっしゃられずとも――」

 

 

婚后が言い終わらない内に、白井は瞬間移動で忽然と消えていた。

婚后は一人残されて、寂しい自分の小さな影を見つめる。

 

 

「派閥を率いてみせましてよ」

 

 

その独り言も風に浚われて誰の耳にも届かなかった。

 

 

☆☆☆☆

 

 

「――という事がありましたの」

「なんだか面白そうですね。

はあ、いいなぁ。

お嬢様同士が火花を散らす展開ってドキドキしますよね」

 

 

一七七支部で当番である初春は白井と軽食を取っていた。

食べれる内に食べておくのは風紀委員の鉄則だ。

変に昼食を遅くして良い方に転がりはしない。

 

 

「初春は少女マンガの読み過ぎですわよ。派閥が荒れたら責められるのはお姉さまですの。

ここぞとばかりに嫌味をねじ込んできますわね。

初春さんに矢面に立つ勇気はお有りで?」

「いやぁ、隅っこで「喧嘩はダメですよ〜」と呟くのが関の山かも」

「あり得そうですわね」

 

 

新発売のピザは二人とも好評だった。

箱をダストボックスに処理させて、初春は早速コンピューターに向かう。

初春は能力こそ触れた物の熱量を逃がさないという地味なレベルだが、情報処理にかけては恐るべき才能を開花させている。

学校の予算がサイバーセキュリティーに回ってこない事態を鑑みて、勝手に一七七支部のセキュリティーを構築し、今では知る人ぞ知る「守護神(ゲートキーパー)」「イゼルローン要塞一七七支部」「不敗の魔術師(サイバー・ウィザード)」と罵り敬われている。

初春自身は卓越した才能をひけらかそうともしなかった上に、そうするとかえって自分の能力の低さを自嘲する事になりそうだと思っていた。

結果、顔を知るほとんどは初春をちょっと機械が強い子と認識しており、顔を知らないハッカー達が初春の本質を見抜いている奇妙な現状が出来上がっていた。

 

 

「ここ最近傷害事件が増えていますね」

「パターンとかどんな感じですの?」

「被害者は主に14歳から17歳。中学生から高校生ですね。

特にレベル1以下に集中しています。

逮捕した加害者はいずれもレベル2以上で複数の共犯が確認されていますね」

「典型的な『無能力者狩り』のようですわね」

 

 

白井はしかめっ面を隠さずにいた。

高位能力者がレベル0や1を物陰で暴行する『無能力者狩り』が後を絶たない。

期待に背いてレベルが伸びない劣等感や焦燥感。

自分達こそ選ばれたエリートで凡俗をとことん踏みにじっても許されると勘違いしている優越感。

虐げられる立場を考えてもみないエゴ剥き出しの弁明に白井は幾度も腹が煮えくり返る気持ちになった。

 

 

「では事件の発生分布から予測ポイントを立てて待ち伏せで行きましょう」

「その作戦も最近お勧めできませんよ」

 

 

僅かに溜め息を吐いてコンソールを動かす。

先に出ていた『無能力者狩り』のグラフとは別の事案が右肩上がりで描かれた。

 

 

「それは何ですの?」

「スキルアウトによる『能力者狩り』ですよ。

調書を見る限り、いくらレベルが高くてもベースは人間ですから、対策を取られてコテンパンに逆襲されてしまうらしいんです」

「自業自得ですわね。用心せずとも不意打ちを喰らわない学生なんてお姉さまぐらいですの」

「あの話、私も好きですよ。御坂さんの背中、格好良かったなぁ。後ろの銃弾を焼き潰す所、見たかったです」

 

 

初春の机に置かれた『能力者狩り・無能力者狩り』の詳細なレポートを読みながら、白井は溜め息をついた。

 

 

「こんな事態もお姉さまなら五秒で解決するでしょうに。問答無用で制圧して争いを止めますわね」

「ですがこれは御坂さんの問題ではなく、歪な学園都市の社会問題ですからね。

できる事は私達でやっていきましょう」

 

 

――確かに。お姉さまの手を煩わせるまでもありませんの。

 

 

初春も良い事を言うと白井は感心し。

 

 

わさわさ。

 

 

花飾りが盛り上がった。

 

 

「その花飾り。お取りになったらどうで「冗談言わないでくださいよ」……。成長してますわよ」

 

 

初春はキョトンと頭に触れ、やはり。

 

 

「冗談言わないでくださいよ」

 

 

自覚していなかった。

白井もよくわからなかったので、それ以上突き詰めずに巡回に出たのだった。

 

 

一方、件の御坂美琴はと言うと、運動公園で困った事になっていた。

 

 

「なあ、姉ちゃん。もっかい見せてよ」

「見せて見せて」

「え〜っと」

 

 

児童に囲まれる事に美琴はあまり慣れていない。

原因は、札を飲み込むと悪名高い自販機の缶ジュースを飲み干した後、このままゴミに入れるのも面白くないと思い、ポケットからパチンコ玉を十粒あまり手に握った。

磁力投射砲、つまりコイルガンの試射をしてみたかったのだ。

神速や砂鉄の槍は中近距離にかけては絶大な威力を発揮する面、遠距離に関しては雷撃とレールガンのみと心許ない。

雷撃は能力の相性次第では無効化されやすく、レールガンは威力が強すぎる。

しかもレールガンには強力な電圧が必要で、全力で神速と併用すると過剰負荷に耐えられずに熱を出して学校を休んでしまった恥ずかしい失敗談がある。

そこから自分の電力の振り分けを見直し、より省エネで取り扱いやすいコイルガンを編み出した。

殺傷力も低く電力も大幅にカットできたので、精度さえ高ければ問題ない。

目をつぶって空き缶を宙に放り投げ、第一射。

芯を捉え、大きく打ち上がる。

レールガンで馴染んだ次弾の装填は一切無駄がない。

第二射。

ハートヒット。さらに高く。

第三射。

ヘッドヒット。回転しながらもっと高く。

第四射。

真上にある缶はゴマ粒に見えるが、まだまだ電磁ソナーの圏内。

美琴の耳に甲高い金属音が届く。

第五射。

そろそろ風の影響を無視できない。

即興で大気を双極子の流体とみなして風力を測定し、演算を組み直して狙い撃つ。

亜音速の弾丸が高度五百米の缶に食らいつく。

六射、七射、八射。

続けざまに的の中心を射抜いていく。

第九射。

肉眼では捉えられない極小の的を美琴の研ぎ澄まされた心眼が逃がさない。

居合い抜きの要領と同じく、多層を吹き抜ける風がぴたりと止んだ一瞬を先んじて。

 

 

撃。

 

 

弾丸はコリエリと音の壁を飛び越えて吸い込まれるように的に接近し、貫いた。

第十射。

ソナーの感度がぼやけてきたが、缶の運動は既に5mmの精度で予測してある。

電圧を引き上げて呼吸を止めて、直感に従って。

 

 

今!!

 

 

弾丸が右に左にフラフラ寄りつつ、点となった缶に鋼の牙を向ける。

まだ二秒も残っている。

ソナーは流線型を描く弾道が的の軌道に重なるのを感知し、そして、ギリギリ缶を掠めた。

 

 

「よっしゃあ!!!」

 

 

海抜九三七米。

美琴が新たに打ち立てた記録の第一歩。

十分に精度を確認できた美琴はガッツポーズを立てて。

 

 

「じぇじぇ〜」

 

 

先程までサッカーをしていた男子が、口をあんぐり開けたまま呆けていた。

しばらくして重力に引っ張られた空き缶が終端速度で落下し、美琴の手に引き寄せられた。

鉄球も回収済みだ。

丈夫なスチールに幾つも風穴ができ、べこべこにへこんでいる。

人間なら一溜まりもないだろう。

 

 

そして今に至る。

「姉ちゃん、もしかして常盤台のれーるがん?」

「あ、それ見てえ」

「なあ、あれどうやったん?」

 

 

――ぴーちくぱーちく喋る幼児のリクエストにどう応えよう。無碍にはできないし。

 

竹を割ったようにすっきり考える美琴にしては珍しく時間を要した。

無難に放電でも見せてとんずらしよう。

天秤が安楽の方向に傾きかけた時、ストイックの神がそれを許すはずがなかった。

 

 

「久し振りだな、御坂」

 

 

入り口から堂々とやって来た男は、無駄に暑苦しそうな出で立ちだった。

鉢巻きを巻いて大漁旗のようなシャツを着て、白い詰め襟の制服を肩から羽織っている。

鼈甲色の肌に逞しい上腕、ちらりと見える腹筋は鋼のように引き締まっている。

美琴の心臓が上擦る。

己と同格で強敵と認めざるを得ない数少ない能力者。

レベル5が第七位。

学園都市最大の天然能力者。

 

 

「削板!!」

「おう。今日も清々しい根性日和だな。御坂の愛もビシバシ伝わってくるぜ」

 

 

削板は自分の胸をバシッと拳で叩く。

美琴は頭を抱えたくなった。

コイツは根が善いのだが、如何せん、愛と根性の脳筋だ。

世間一般の男女の愛を指しているのではなく、博愛とか友愛とかプラトニックなラブに熱血というガソリンを注いで引火させた何かを愛と言っているのだ。

周囲は絶対に勘違いするに決まっている。

案の定、子供達はやれそれと彼氏だの恋愛だのイセイフジュンコウイだの騒いでいる。

美琴の額にピキリと青筋が立った。

 

 

「あっ、ちょっとどいてね。……そう、フフフ。ここで会ったが百年目。殺し愛を望んでるのね」

「いいぜ。根性のある漢女の全力、俺が受け止めてやる」

「一々ミスリード振り撒くなああああああああ!!」

 

 

先制にして不可避の雷撃。

最大十億ボルトに至る紫電が削板を焼き焦がそうと迫るが。

 

 

――磁力戦線!!!

 

 

全身から正体不明の虹色の光が溢れ、直撃するはずだった先行放電をあらぬ方向へ反らしてしまった。

 

 

「……相変わらず訳わかんない力ね。でも今までの戦いからアンタが感覚だけで理解してるのはわかってる」

「理論がなくったって根性はなくならねえ」

「御しきれない力を災害と呼ぶのよ」

 

 

修行バカと根性バカ。

この二人が出会えばやる事は一つしかない。

好奇心と恐さから子供が隅に引いて空っぽになったグラウンドの真ん中で対峙する。

御坂の足下から黒い靄が立ち上り、鋭い砂鉄の鞭を形成した。

彼女の意志一つで自由自在に変化する砂鉄の鞭は、かすっただけで人体を鉋のように削り取る高周波ブレードだ。

鍛錬の邪魔をする大抵のレベル4を瞬時に沈黙させる便利な技で御坂は重宝している。

少ない消費電力で応用に強く、先読みされにくい利点もある。

が、そんな小手先が通じない相手である事も美琴は知っていた。

美琴が採れる最良の選択は遠距離から巨大な質量で押し潰す戦術だ。

それも今回は衆人環視の中、自販機や清掃ロボットは投げられない。

有効な足止め手段がない勝負ては美琴が不利だった。

 

 

「アンタには色々感謝してるわ」

 

 

美琴は静かに語りかけた。

 

 

「初めはアンタが気に入らなかったわ。私が必死こいて努力して勉強してやっと届いたレベル5を、アンタはたまたま生まれ持って身についた能力だけで軽々と飛び越えた。路地裏で遭って負けた時、正直プライドがズタズタだったのよ。わかるかしら、この気持ち」

 

 

神速が発動し、常盤台の覇王が鎌首を上げる。

茶髪の明るい少女から一変して刻一刻と重圧が烈しくなる。

気迫に呑まれてボールを落とす子供すらいた。

 

 

「だが御坂。お前はそんな小せえ根性じゃねー。お前の根性は生まれとか立場とかとっくに飛び越えちまってる」

「アンタの根性論は理不尽に筋を通すからタチが悪いわね。その口を溶接するわよ?」

 

 

 たった一人で軍に匹敵する七雄の二人の衝突は災害そのものと言っていい。

不穏な気配を放つ覇王に、それでも根性一代男はびくともせずに挑発を突っぱねた。

 

 

「断る。それよりも御坂。この勝負にお前が負けたら俺に協力してくれないか」

「アンタが死ななかったらね。勝利条件はどうする?」

 

 

 削板は両腕から真っ赤なオーラを現出させ、超常の力がみなぎっていく。

拳を振るえば山が崩れ、足を鳴らせば大地が割れる。

ヘラクレスの再来が見よう見まねの我流で型を構えた。

 

 

「俺を五分以内に根性で倒してみせろ」

「いいわ。私が負けたらアンタの頼みごとを聞いてあげる。だから」

 

 

 対する覇王のボルテージも最高潮に達した。

掃討用の生ぬるい雷撃ではない、原子をプラズマにする桁違いの電力が美琴に集束する。

不吉な放電音が際限ない死を予感させている。

 

 

「死ぬんじゃないわよ、第七位」

 

 

 誰も動かない。動けなかった。

火蓋を切ったのは一枚の葉。

二人の間を風に乗って割り込んだ刹那。

 

 

 美琴が動いた。

 

 

 左手に隠していたパチンコ玉で目、顎、額、鼻梁、爪を狙撃する。

貫通力を限界まで高めた変幻自在の砂鉄の槍が足下から一気に飛び出し、人体の急所を残らず断ち切らんと四方八方から削板に殺到した。

能力特化の常盤台という外見だからこそ忍術まがいの暗器は心理的な死角となりうる。

電撃の対策ばかりに気を取られている相手はここで死ぬ。

先手必勝、完全封殺。

認識不可能な物量を瞬間的に現出させ、演算処理をさせない、できても飽和させる美琴の第一定跡だ。

削板がそこらの能力者なら無残なひき肉に成り果てるだろう。

 だが削板は違った。

直感でヤバいと感じたと同時に筋肉を引き締め、両腕をクロスさせて顔を守る。

如何なる力なのか、こうなると削板の肉体は文字通り鋼の強度になる。

指弾は皮膚を傷つけずに運動量を失い、槍も服に穴を開けるに留まった。

 物理的な強襲を筋肉だけで防ぎきる削板は、間違いなく学園都市でトップクラスの耐久力を誇っている。

それも美琴は織り込み済みだ。

この定跡も視界を一瞬塞ぐための囮でしかないのだ。

生理学上顔をとっさに守ってしまうのは仕方がない。

美琴は削板の超人的な反射神経を利用して次の攻撃に進む。

 全身をリラックスさせていた美琴がすうっと消え、『気が付けば』削板の懐に潜っていた。

どこぞの天草式の聖人ならば「見事な縮地ですね。入りと抜きが完璧です」と評する特殊な歩行を美琴は完成させていた。

 人間の反応速度の限界まで突き詰める神速、神経伝達速度を高める電撃使い、千里を目前に狭める縮地が調和された三位一体の妙技。

 

 

これ即ち、電光石火。

 

 

 閃光の踏込と重心の捻りを上乗せしたブローが削板の鳩尾に直撃する。

 

 

「ぐおッ!!?」

 

 

 内臓を撹拌する衝撃までは削板でも阻みきれない。

体内で地震が起こったかのようだ。

それでも削板の根性には折れない。

 一方、美琴も全く油断してはいなかった。

殴った感触に違和感を感じる。

スポンジ越しに殴ったような。

前回よりますますパンチが洗練されたからこそ予測値との明確なズレに意識できた。

だが、それもどうでもいい。

これも次への前座なのだから。

 殺れるうちにとことん殺っておく。

鳩尾に埋まった右手から青白い轟雷が、今、解放された。

 

 

――徐林烈火

 

 

 林のごとき静けさから山火事のごとく敵の体内を蹂躙する。

十億ボルトの高圧電流が直接体内器官を無差別に攻撃し、隅々残さず炭化させる。

美琴が対削板用に開発した必殺技だ。

 当たれば死ぬ。

どれだけ人間離れした能力を持とうが、直に落雷を流し込まれれば死は免れられない。

美琴はイかれた外道ばかりのレベル5の中では最も常識人であり、たとえ毛嫌いしている食蜂にも過剰な能力行使は控えていた。

人間は脆い。刺せば死ぬ。毒で死ぬ。病気で死ぬ。火傷で死ぬ。感電しても死ぬ。

 その常識が第七位には当てはまらない。

銃弾に撃たれようが雷に撃たれようが「痛ってえ」で済んでしまう正真正銘の怪物。

 よく今まで捻くれなかったものだ。

美琴は削板のまっすぐな人格に感心していた。

そして全力を尽くして闘える削板に感謝もしていた。

だから手加減しない。

殺す気で挑戦する。

 

 

「グガガッガガガガガガガガアgッガガアアアアアアアア!!?????」

 

 

 削板は残存する力積を真横に吹っ飛ぶことで消費し、公園の縁に植わっていた樹木に次々と衝突し、へし折っていった。

どさっと倒れた削板は白目を剥き出しにしてピクリとも動かない。

 

 

「姉ちゃん……」

 

 

 ギャラリーは一瞬の攻防についていけず、青年が少女に殴り飛ばされた結果だけ理解できた。

跳弾が自分たちに当たらないよう角度を調整されていた配慮にも気づかなかった。

 

 

「もう終わったの?」

「あっけなかったね。やっぱり常盤台の勝ちじゃん」

「第三位だもん。第七位より強いって」

「あの人大丈夫かしら」

 

 

 見る人が見れば総毛立つ決闘を呑気に語る児童達に耳を貸さず、美琴は依然険しい表情で様子を窺った。

 

 

――あの程度で倒せるなら苦労しないわ。

 

 

 下手に近づいてカウンターを喰らったら美琴は一発でミンチになるだろう。

神速を解除してポケットからゲームセンターでよくあるコインを取り出す。

無慈悲の過剰殺傷。

第三位の代名詞。

攻撃後の対応ができる程度に残量を残して、可能な限り強力な電力でコインを加速させる。

初速が音速の三倍に達したコインは、艦載砲クラスの脅威を一点に凝縮させて

 

 

 放たれた。

 

 

 オレンジ色の極光がうなだれた削板の顔を破砕せんと食らいつく。

人間だろうが象だろうが戦車だろうがまとめてぶち抜く超電磁砲が削板を粉砕するのは自然であり、道理であり、当然だ。

 

 

 だが、レベル5の第七位はそんなつまらない摂理を根性で突破する。

 

 

ガギン!!!

 

 

 無意識に覚醒した削板は、あろう事か、コインを歯で挟み込んで防いだのだ。

ゆらりと立ち上がり、ぐらぐら震える脚を叱咤して屹立した。

意識が朦朧としていても、誰にも負けない熱い魂が削板を突き動かす。

シャチを裕に超える顎の力でぐちゃぐちゃに丸まったコインを吐き捨て、肺一杯に空気を吸って天高く咆哮を上げた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 削板の雄叫びはそれだけで攻撃になる。

地面を揺らし、空気に衝撃を走らせ、本能の銅鑼を打ち鳴らした。

 

 

――悪い。ここで不完全燃焼で倒れちまったら御坂の根性に申し訳ねえ。

 

 

 しっかと大地を踏みしめ、世界最大の原石は美琴に再び立ちふさがった。

煤けながらも目立った外傷はない。

もしかしたら内臓にダメージがいっているかもしれないが、美琴は全く期待していなかった。

 

 

 もう一度強調する。コイツに軟な攻撃は通らない。

 

 

「さっきの根性はすごかった。マジで死ぬかと思った」

「アンタはどうせ殺しても死なないわよ」

「いや、日頃から根性鍛えてなかったらヤバかった」

「それじゃあ、私の勝ちでいいの?」

 

 

 目測で五メートル。

お互い瞬時に対応できる間合いだ。

公園の大気は緊張と熱気が狂い舞い上がっている。

苛烈な火力で攻撃した電撃姫とすべて防ぎ切ったナンバーズセブン。

子供たちは高揚と恐怖の板挟みで身動きが取れない。

 

 

「いや、まだ終わっちゃいねえ。だからよ」

 

 

 この度し難い根性男は再び構えて清々しい笑みを浮かべた。

美琴は涼しげに澄ましているが、内心冷や汗が噴き出てくる。

 

 

本当の地獄はここからだ。

 

 

「俺の根性、耐えて見せろよ。御坂美琴!!」

 

 

 怪物同士の攻防が再び始まりを告げるのか…。

 

 

「んー、無理。さっきので倒せなかった私の負けよ、負け。参りました」

「何いいい⁈撃つだけ撃って逃げるのか!」

 

 

御坂美琴は勝てない勝負にはこだわらない人間だ。むしろさっさと負けた方が周囲に被害は出ないし風紀委員が飛んでこないし削板の頼みも聞くこともでき、自身も適度に汗を流した運動で終わらせられる。あらゆる意味で負けた方が美琴にとって勝ちなのだ。

 

 

「アンタを潰すのに公園と人を更地にする訳にもいかないのよ」

「ぬぬぅ。だがこのままだと俺たちの根性が不完全燃焼にはなるだろ!」

「だからアンタのお願い聞いてやるわよ。とりあえずファミレスに行きましょ?」

 

 

行き場のない男のボルテージは次の戦いに向けて貯め込まれたのだった。

 

 

 

第七学区の繁華街をずんずん歩いている婚后は苛立ちを隠さずに散歩をしていた。

残念な事に婚后はこの時点で自分の派閥どころか友達すら作れていなかった。

新学期早々、ぽっと出の余所者が手当たり次第に怪しげな勧誘をしているのだ。

肝心の派閥理念も「わたくしに相応しい方と切磋琢磨に交流しましょう」という極めてあやふやな類いで、カルトサークル並みに胡散臭い。

気味が悪くて警戒するか、無知も大概にしろとぞんざいに追い払って口元を隠すか。

まともに応対してくれる生徒はごく少数で、その彼女たちでさえ白井と同様の論理でやんわり断った。

自分の学生生命を賭ける程彼女たちは無謀ではない。

 

 

「お願いだから関わらないで」

 

 

明け透けな本音に婚后は胸をナイフで刺された気分になった。

おまけにその姿を面白おかしくブログや掲示板に写真付きで書き込む人がいたために、今や婚后は学び舎の園でも悪い意味で有名人になってしまった。

いつもどっかから嫌な視線を感じる。

インターネットに疎い婚后でも自分の醜態が拡散したのだと感づいてはいた。

それでも諦めないメンタリティーは評価されるべきなのだが、如何せん、ぼっち路線まっしぐらである。

 

 

――あの白井さんって子、何としてでもギャフンと言わせてやりますわ。

この婚后光子の力を以てすれば……。

 

 

「できない事などありませんのに……」

 

 

婚后のポジティブ思考にも暗雲が垂れつつあった。

そもそも婚后が派閥を率いようとしている理由は、幼い頃から敬愛している父の訓戒を実践しようとしていたからだ。

 

 

桃李言わざれども下自ら蹊を成す

 

 

桃李は何も言わないでも美しい花や実へと人が集まって道ができる。

己の徳を高めれば人は自然と慕い寄り集まると父は諭した。

それをあどけなかった婚后は、自分が偉くなれば友達が増えると勘違いしてしまい、ここに至ってもまだ治らないでいる。

愚直にも偉ぶり続けた結果、常盤台に転校しても孤独の撫子だった。

なんとなく自分が悪いのだと気づいている。

大好きな父の言い付けが間違っているはずがないから、自分には偉くなる素質もなく、従って誰にも慕われる事もない。

 

 

――私なんて誰からも必要とされない小人。友達を作る器すらありませんわね。

 

 

自虐的になりつつ、婚后は溜め息混じりに何やら騒がしい路地裏の方を向いた。

 

 

「や、やめてください」

「そう言わずによ、俺達と遊ぼーぜ」

「常盤台か。お嬢ちゃんには激しすぎて病み付きになるかもな」

 

 

スキルアウトと総称されるチンピラ七人に常盤台の学生が一人囲まれている。

か弱い女子が獣性剥き出しの男に攻め寄られたら、怖くて怖くて能力行使もままならないだろう。

そんな心理状況をスキルアウトは最大限に利用する。

無能と社会にレッテルを貼られて能力舎に反発を抱いているスキルアウトでは、高みに留まる能力者を堕落させ、或いは叩き潰してせせら笑う人間性が芽生えてくる。

さあ、どうしてやろうか。

男達が舌なめずりして調理法を思案していると、横合いから同じ制服を着た女子学生が大音声に啖呵を切ってきたではないか。

 

 

「そこな下郎ども!!白昼堂々天下の往来にて不埒な振る舞い、例い御天道様が許せども、この婚后光子が赦しませぬ!!!」

 

 

扇をビシリと向ける闖入者にスキルアウトは苛立ちと決まり悪さを隠せない。

耳目の焦点が確実に敵意に満ち、強引な手法はもう取れない段階になっていた。

おどおどしていた少女も希望の火を灯している。

せめてあの邪魔者に一発泡をふかせよう。

スキルアウトが意思を一致させた時、婚后も内心ただならなかった。

妙に堂が入った佇まいと台詞は日舞や能で培った上辺だけだ。

お稽古の先生みたいな「心の花」には到底届かないし、山本常朝のような「刀の生き様」を身に着けてもいない。

自分は友達一人作れない卑小な人間だ。

それでもあの方は助けたい。

太ももが内股気味になっても、実は大人数にびびっていても、婚后は勇気を振り絞って立ち向かった。

 

 

「疾くと去ね!!不当者!!」

「んだと、テメエ」

「テメエら、やっちまえ」

見張り役の巨漢が婚后に詰め寄るも、婚后は両手で巨漢に触れており。

「退きなさいませ」

ゴッ!!と。

旋風が巨漢の腹を串刺しにする。

木の葉のように巨漢がスキルアウト達に押し戻され、路地裏の換気扇ごと奥のT字路に叩きつけられた。

壁にヒビが入っており、相当の力を受けたはずだ。

巻き添えを喰らった三人も当たりどころが悪く伸びてしまっている。

かろうじて避けた男が酷く狼狽する。

「バカな。なんつー出力だ」

「わたくしの『空力使い』は視認した物体に噴射点を設置する能力。6000トン級電波塔を成層圏まで飛ばせますわ。今は手加減しました。次は全力であなた方の顎に当てます」

次はない。

婚后の眼がほの暗く光る。

異様な威圧感に気圧されて、本能が勝てないとスキルアウト達に告げている。

「くッ……。覚えてろよ。おい、ずらかるぞ」

ぶっ倒れた仲間を肩に担いでスキルアウトは立ち去った。

婚后はとりあえず安堵して、立ちすくんでいた女子に近づいた。

「もう大丈夫ですわよ」

「あ、あの、助けて頂いてありがとうございます。私、湾内と言います」

「婚后光子と申しますわ」

よほど緊張していたのだろう。

涙を溜めてぎゅっと両手で婚后の右腕を掴み、顔を肩にうずめている。

しばらく背中をさすり、湾内の為すがままに任せていた。

落ち着いた湾内は同輩とは言え接近し過ぎた恥ずかしさにわたわた慌てふためいた。「取り乱してすみません。どうやってお礼をしたらいいか」

「礼をなさらずともよろしくって。人として当たり前の事でしてよ」

「でも、何かさせて下さい」

赤らめて懇願する湾内に婚后は何をお願いしようか迷った。

派閥に入れ、とは言いづらかった。

じゃあ、何を。

とっさに出てきた言葉は、ある意味婚后らしかった。

「か、買い物に付き合って下さる?」

湾内は喜んで、と頷いた。

 

 

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