カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
深更の山中。
北米大陸にも関わらず、そこには純和風の庵があった。
その一室、24畳はあろうかという大広間。
西側に設けられた床の間には、墨痕鮮やかに『道法自然』とショドーされたカケジクが飾られ、その手前には生け花が飾られている。大き目の平皿は中心の青が淵の純白まで鮮やかにグラデーションを施された涼しげなもので、そこに生けられているのは中心に背のスラリと高い高砂百合。その手前には目に鮮やかな赤の姫檜扇と紫の竜胆、間には葉物として太藺が空疎とはならない程度に加えられていて、華美に流れず、かと言って貧相ではない絶妙のバランスを以て纏まっており、花器とも合わさって清々しさを感じさせた。
藺草の匂いも香しい畳の上には、二人の男が直角の位置で正座していた。
二人はしわぶき一つ立てず、室内に響くのは茶釜の湯が蒸発するシュンシュンという音と、床の間と正対の位置にいる男が竹の
そう、二人の男はここで茶道を嗜んでいた。
茶席を供する側、亭主と呼ばれる役を務めているのはリキシオン・コーガ・パラケルスス。
力士であり、ニンジャであり、錬金術師でもある彼こそは、日本に流れた錬金術士の血筋がニンジャ一族と混ざり合い、現代にサイバー漢方として開花した錬金術を用いて自己強化する力士ニンジャ錬金術ヒーローなのだ。
そしてただ一人、正客として茶を供されている者こそ、ギャラクセウスによって山中に飛ばされたカースドプリズンであった。彼は天測にて己の位置を割り出した後、事前にMs.プレイ・ディスプレイが調べてくれていたヒーロー・ヴィランの現在地と照らし合わせ、リキシオンが居るこの庵を
「ドーゾ」
そのカースドプリズンに対して、リキシオンは己が点てたチャを、絹で出来た布と共に差し出した。
「お相伴いたします」
するとカースドプリズンは、普段の粗暴な振る舞いが嘘のように、静かな口調で答えるとともに差し出された布で茶碗を押し包むように持ち上げると、時計回りに小さく二度回す。しかる後に、頭を覆う鎧の顎部がガシャリ、と展開すると、そこから一度、二度、三度と三回に分けて茶碗の中身を飲み、全てを飲まず僅かに抹茶の緑が腕内に残る程度を残しながら茶碗を置いた。
すると再びリキシオンが口を開く。
「お加減は如何でしょうか?」
「結構なお
この恐ろしく厳密に定められた
読者の中にニンジャ神話に詳しい方がいれば、茶道とは太古のニンジャが操った伝説の暗殺拳「チャド―」に由来することは既にご承知のことであろう。後に暗黒の江戸時代において禁止令が出されたため失伝したチャド―であるが、その最大の特徴は驚異的な回復能力にあった。チャド―を操るニンジャはイクサの最中にあっても、チャド―呼吸と呼ばれる特殊な呼吸法によって一瞬にして疲労と怪我を癒し、致命の毒にさえ抗うことが出来たという。この優れた回復能力に目を付けた千利休が精神修養法・回復法として、カフェインによるブーストを用いて儀礼術式として再現したものこそ、現代にまで伝わる茶道であることは多くの日本人が知っている事実である。
だからこそカースドプリズンは普段の彼には似合わぬ礼容を示していたのだ。ギャラクセウスによって返された必殺技の消耗と損傷とを、直ちに回復させねばならないが故に。
そうして一連の儀式めいたやり取りが一段落した所で、リキシオンが感嘆の意を述べる。
「大したものだ、オヌシほど茶の湯に精通している者はこの現代アメリカに数える程しかおるまいて」
「伊達に長生きしてる訳じゃ無えってだけだ。第一、俺様のァ何百年か前に覚えたっきりの
「謙遜謙遜。クラシックとは本来『超一流』の意味だ。かつては一流のものとは古典しか存在しなかった故、それ即ち一流と同義であったということよ……しかし実際助かった、オヌシが茶道に詳しくなければ、ワシはオヌシと
安堵の息を吐くリキシオンは、先程カースドプリズンが訪ねて来た時のことを思い出す。
カースドプリズンの姿を見た瞬間、
「助かったのはコッチの方だって。これからやろうとしている事をやる為にはカフェインレベル5以上が必要だからな……それに茶道にしろ華道にしろ神道にしろ、
「意外な答えだな、茶道も華道も極めてシステマティックなドグマで成り立っている。礼儀というのはオヌシにしてみれば窮屈なのでは?」
言ってリキシオンは己が生けた花を見やる。中央の高砂百合の手前に生けられた太藺は、本来ならば高砂百合より背が高いものがその半ばほどで手前へと手折られている。これは決して失敗して折れたわけではなく、自然の風で折れた樹木をあらわす「風折れ」と呼ばれる華道の技法なのである。これによって自然の風情を花器の上に再現しつつ、中央の高砂百合が余計に目を惹くようになるのだ。他にも華道の技法はいくつもあるが、そのいずれもが「自然に在るべき姿をより生かす形で花を扱う」という原則のもとに決められており、それに外れた花の扱いをした時点で、それは華道として成立し得ないものになってしまうのだ。この点、ただひたすらに美しく華やかであれば良いというフラワーアレンジメントに比べても、大変に自由度の低いものと言わざるを得ない。
茶道もまた先に見てきた通り、厳密にして緻密なプロトコルから成り立っている。先に茶器と共にリキシオンが差し出した絹の布は
しかしカースドプリズンは鼻で嗤う。
「こちらこそ意外だぜ
「真理……成る程」
リキシオンは感じ入った風で、視線をショウジ戸の向こうへと投げる。
夜間ゆえ閉じられているその向こうには、ゼンに基づいて整えられた枯山水の庭が広がっている。ゼンとはすなわち能動的な調和、
己は宇宙の一部でしかない。だからこそヒト一人の力には限界があり、一人では出来ないことは必ずある。しかし己もまた一つの宇宙であり、それは宇宙の円環から切り離された孤独では無いのだという、錬金術の原則にして真理。
「一は全、全は一か」
「色即是空、空即是色……何て呼ぶかは好きにすりゃいい」
「見識だな」
「いんや、何千年か前にアジアのどんづまりで出会ったチビの受け売りだけどな。ソイツがわけわかんねえぐらいスゲエ奴でな……器が大きいっつうの?それで気になって聞いてみたんだよ。『オマエどうしてそんななんだ?』って」
「それが『礼』だと?」
「ああ。『この世界と相争わず調和すること』とか何とか」
「成る程。そういった経験の厚みこそがオヌシの強さの源泉なのだな……であれば、ここは争わないという選択肢もあるのではないか?」
言って、リキシオンは湖面のごとき凪いだ視線をカースドプリズンへ向ける。
その意味をカースドプリズンは正しく理解していた。リキシオンはこう言いたいのだ、『ギャラクセウスに挑む必要は無いのでは?』と。そうと理解した上で、カースドプリズンは激しい怒りを蘇らせて決然と答える。
「そいつは聞けねえ相談だ。あのクソヤロウは俺様を激しくムカつかせてくれたからな……ぶっ飛ばす」
「逃げることは恥ではないぞ」
「覚えとけ……降参は敗北より賢く、敗北より悔いるべき行いだ」
「敗けるとわかって挑むと?わかっておるのか、かつて予言されていたオヌシが死ぬ未来とは恐らく此処だぞ」
かつて、未来から来たというヴィランが告げたことがあった、「未来ではカースドプリズンは既に殺されていた」と。その事件から既に少なくない時が経過している。リキシオンは言っているのだ、今がカースドプリズンが殺されたという未来、その時であると。
「先程ワシにされていたオヌシと敵対するという思考操作……恐らくは同じことが他のヒーローだけでなくヴィランにもされていると見るべきだ。オヌシは強い。しかし何人ものヒーロー・ヴィランを同時に敵に回せば、ギャラクセウスにたどり着くことすら出来ずに犬死にするだけだ」
リキシオンは半ば無駄だと思っても言わずにはいられなかった。ここで己が止めたとてカースドプリズンは行くのだろう。それでも此処が世界の分岐点と考えれば止めずには居られなかったし、カースドプリズンは単なるヴィランというわけでもない。彼の手で助けられた少女も居るのは事実なのだ。むざむざと無駄死にさせることが出来るほどリキシオンは情の無い男ではない。
しかしカースドプリズンは悲壮感など微塵も無い、フルフェイスの兜に隔てられてさえ不敵に笑っているのを確信させる声音で答える。
「逆だ。
「む?」
「俺様だって馬鹿じゃ無え、こんなこともあろうかと、ここしばらくはずっと
カースドプリズンとて無為無策で時を過ごしていたわけではない。
「つまりコイツは詰将棋だ」
「成る程、
「今のやりとりだけで、そこまで読み切れるの、マジ狸親父だな……」
うさんくさいものを見る視線を向けることで、カースドプリズンはリキシオンの推測を肯定してみせる。
そんな白眼視を無視して、莞爾としてリキリオンは微笑む。
「その物言い、
「おいやめろ馬鹿、滅多なことを言うもんじゃねえ」
「照れずともよかろうに」
「いや……万一
「……愛が重いな」
「受け止めるのが男の甲斐性だ」
「……まあ、当人同士が納得しておるのなら良い。それより目下の問題は、この茶席を解いた後よ」
今でこそ、茶道という一種の魔術儀式でギャラクセウスによる思考操作自体を遮断しているものの、これが終わればたちまちリキシオンはカースドプリズンに敵対してしまう。
「だったらよ」
やおら立ち上がったカースドプリズンが、ピシャリと己の尻を左手ではたきながら一言
「相撲しようぜ」
「なるほどそうか!!」
その手があったか!と言わんばかりにリキシオンが応じると同時、二人の居た大広間がガシャガシャと変形を始める。床の間は収納され、壁は外側へと倒れていき、四方の柱だけが残された。床を覆っていた畳もそれぞれ縦に持ちあがると、そのまま下へと収納されていく。
そうして露わになった畳の下から現れたのは、何とドヒョウリングであった!
「オイオイ、用意がいいな」
「ワシとてニンジャであり錬金術師である前に一人の力士だからな。何より相撲は
「そういやオマエと初対面の時もストリートでスモウを取ったんだったか」
「左様、あの時は勝負がつかなんだが……ドヒョウの上で力士に勝てるかな?」
そう言ってソンキョするリキシオンは、恐ろしいまでの荘厳なアトモスフィアを放っていた。
ヨコヅナはその神がかった強さゆえに極めてありがたいものであり、まさに神人そのものだ。その神人が己の居るべきホームたるドヒョウで構えたならば、常人であれば相対しただけで気絶、あるいは心停止すらしかねない!
しかし、強烈なプレッシャーを叩きつけられるカースドプリズンとて只者では無い。不敵に笑みすら浮かべてシコを踏む。
「面白え」
これより神殺しに挑もうというのだ。模擬戦としてこれ以上は無い。
「俺様が勝ったら、いくつか頼まれ事を聞いてもらうぜ?」
「ではワシが勝ったら、オヌシには
「ハぁ?」
「ワシもこの時の対策は考えておったのよ。死の運命が変えられないのであれば、オヌシには死んだことになってもらう。かつて賢者の石でオヌシのイレギュラーたる力と魂が抜き取られた時と同じくしてしまえば、オヌシは死んだと世界に認識させられる。そうして肉体は保存しておき、解決のメドが立った段階で戻せばよい。どうだ?」
「なるほど完璧な作戦だな―――俺様が行かなかった時点で
「……愛が重いな」
「受け止めに行くのが男の甲斐性だ」
「……」
「……」
「……
「「
もはや言葉は不要とばかりに、力士とヴィランは激突する。
しばし真夜中の山中に、男と男の鍛え抜かれた肉体同士がぶつかり合う音だけが響き渡るのであった。
取り組み描写はユザパ
後書きは割烹に移植しました