カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
未明の地下駐車場。
まだ朝というには早すぎる時間、人気のないハズのそこには焼け焦げた肉の臭いと、子供のすすり泣く声がしていた。
拉致されて此処に連れてこられた子供たちは
何故なら、右端の子供から他の子供達と同じだけの間隔が離れた場所には、爆発の跡と共にさっきまで子供
女性らしい曲線のシルエットを包むのは紺色の燕尾服にシルクハットという奇妙な恰好、だが最も奇妙なのは、彼女の左眼に収まって赤く輝く紅玉の義眼であった。普通、義眼というのは出来るだけ本物の眼球に近づけるデザインとなる。だと言うのに人工物であることを隠そうともしない、さりとてサイボーグの義眼のごとく機能性を重視しているとも思えないソレは珍奇な衣装とも相まって尋常ならざるアトモスフィアを彼女に付与している。
むべなるかな、彼女こそクロックファイア、ヴィランの中でも屈指の凶悪さを誇る爆弾魔である。
「いや~綺麗に吹っ飛んだねぇ。これなら痛みを感じる暇も無かっただろうし、なんて慈悲深いのかしら私」
たった今、ヒト二人を殺しておいて、満面の笑みで自画自賛するクロックファイアを前に、子供達も母親達も恐怖に顔をひきつらせる。しかしクロックファイアは一人上機嫌に喋り続ける。
「さあて、ルールはわかってもらえたと思うけど親切な私はキチンと説明してあげちゃう!子供に張り付けられた爆弾はその子の母親なら簡単に取り外せるから、子供までたどり着きさえすればアナタたちの勝ち。た・だ・し、今見てもらったように子供たちまでの間の地面には地雷が仕掛けられているから、踏んづけちゃったらドカン!でも私は優しいからね、親子離れ離れになったら可哀そうだから、母親が死んだら子供も一緒にドカン!後、ここから逃げ出そうとしたなら自動的に子供がドカンだけど、別に見捨ててもいいんだったら逃げてもいいよぉ」
凍りついた母親たち子供たちを余所に、笑顔を振りまきながらクロックファイアはペラペラとまくし立てる。が、そもそもこのルール説明自体が真っ赤なウソ。クロックファイアの設置した爆弾を取り外せるのはクロックファイア自身だけであるし、設置された爆弾は彼女の視界内に収められてさえいれば、いつでも任意爆破することが出来るのである。つまり母親達はどれだけ慎重に歩みを進めようとも、実際にはクロックファイアの気まぐれ一つでいつでも爆殺できてしまう。
では何故そんな嘘をつく必要があるのか?それは単にクロックファイアが
悲しい理由があって悪の道へと堕ちた者、悪の道を歩みながらも確固たる信念を抱く者、ただ己の望むままに暴れる者……ヒーローに正義があるようにヴィランにも揺るぎない行動原理がある。ではクロックファイアは?
クロックファイアの行動理念はただ一つ。自作の爆弾で平穏が破壊されるのが何よりも大好き、という快楽殺人者なのである。彼女は最初っから親子を誰一人として生きて帰すつもりは無かった。
(んー、でも一人ぐらいは残して、後からハイドロハンズのクソ野郎に対して「何で助けに来てくれなかった?!」ってなじらせるのも面白いかな?それには時間をかけてじっくりいたぶりながら、助けに来てくれないヒーローへの憎しみをうまく誘導しないと。最後に残した母親の足だけうまく吹っ飛ばしてそれ以上進めなくしたら、時間経過のペナルティとして目の前で子供の手足を一本ずつ弾き飛ばして……フフフ)
恐る恐る子供の元へと向かおうとする母親達を眺めながら、クロックファイアは頭の中で邪悪な企みを転がしては愉悦に笑み崩れていたのだが、ふと空気が変わったのに気づく。恐怖に顔を曇らせていた母親達が、こちらを見て恐怖とは別の、驚いた視線を向けている。
何が……とクロックファイアが視線を巡らせるより早く、彼女の背後から男の声が聞こえてくる。
「おうおう、いい空気吸ってんな
「なっ……カースドプリズン?!」
クロックファイアが振り返ると、そこでは真っ黒な異形の全身鎧を着用したカースドプリズンが、子供達に張り付けられていたハズの爆弾人形3つでジャグリングをしていた。
「どうした
「……どうした、は私のセリフかな。多分私の体内感覚が狂ってないのならば今は夜中だよ? もしかして夜行性?」
「俺様は俺様のやる気が燃え上がる時間が活動時間なんだ、昼夜関係ナッシングってな」
会話に応じつつ、クロックファイアは高速で思考を巡らせる。
カースドプリズンの見た目はデフォルトの鎧ではない。既になにがしかのオブジェクトを吸収した後だろう。全身に黒色の鏡面のような光沢のある素材、両腕はそれぞれ
と、クロックファイアは自分としては自然な流れのつもりで、カースドプリズンへの敵愾心をみなぎらせ臨戦態勢を整える。実際には、ギャラクセウスによってカースドプリズンへと敵対するよう思考を操作されているのだが、平時から意識しているのでもなければ思考操作に気づくことなど不可能である。
そんな様子にカースドプリズンは気づきつつも、さりげなく子供達が爆風を浴びないよう位置取りをしながら、全く関係の無い話を始める。
「なあ、『わらしべ長者』って知ってるか?」
「はぁ?
「すげえナチュラルに煽りやがる……てか『オズの魔法使い』じゃねえよ。東洋の
「で、それが何か関係あるの?」
「お前が最初の藁だって言ってんだよ」
既にポジショニングを完了したカースドプリズンは、一瞬にしてそのアトモスフィアを剣呑なものへと変える。ここから先は醜い共食いだ。ヴィランの相手をするのはヒーロー?否、この時に限っては違う。
「
「オーケー喧嘩売ってんだね。お望み通り
即応したクロックファイアは紅玉の義眼を起動、カースドプリズンが手元で弄ぶ爆弾人形を起爆すると、背中を見せて地雷原へと駆けだした。
爆風を背に受けながら、クロックファイアの顔色は優れない。大前提として、クロックファイアとカースドプリズンは相性が悪い。クロックファイアのフィジカルのスペックは低い。カースドプリズンに接近された時点で詰みだ。しかし、それ以上に爆弾とカースドプリズンとの相性が悪すぎる。
爆弾のダメージソースは大きく分けて三つ。爆風による衝撃、爆炎による高熱、高速で飛び散る破片だ。人は軽く、脆い。爆風で容易く吹き飛ばされ、爆炎で肺や皮膚を焼かれ、破片を浴びれば肉体を切り裂かれる。
しかしカースドプリズンは重く、硬い。全身を鎧に包まれている以上、生半な爆風では吹き飛ばされず、爆炎も破片も堅牢な鎧に遮られて有効打たり得ない。爆弾でカースドプリズンを直接仕留めるには相応の数を零距離起爆させる以外に方法はない。
(まあ、直接でなければ方法なんていくらでもある……けど)
彼女のプランとしては、まずカースドプリズンの手元の爆弾を起爆、その後は地雷原を走り抜けて追ってきたカースドプリズンを義眼による直接照準起爆で
(爆弾の数に対して、爆風の規模が
幾ら威力を絞った爆弾とは言え、先の爆発は明らかに威力が減衰していた。地雷原を走破したクロックファイアは、反対側にいて悲鳴をあげて自分から逃げ出す生き残りの母親達を無視して振り返る。爆煙で視界ははっきりとしないものの、義眼に返ってくる爆弾の反応は地面の下に埋めたものだけ。先の三つの反応が無くなっている以上は、確実に起爆はしたのだ。
(爆弾の威力を抑えるカラクリ……空気伝播自体を抑えている?まさかティンクルパウダー?それとも他に未知の手段が?)
思案している間に撒き散らされた塵が治まっていく。その向こうに姿を現したのは、爆発におびえてうずくまる子供たち
(カースドプリズンが……居ない?!逃げた?ならば追わなければ……何故?追う必要が……)
ギャラクセウスに思考を操作されているせいで纏まらない思考の中で視線をさまよわせていたクロックファイアは、肉眼である右目には写らない、左眼のみに写るノイズのようなものを感じる。
咄嗟、電撃のごとくカラクリを理解したクロックファイアは、手元に新たな爆炎による熱量重視の爆弾を生み出すと天井に向かって投擲、地面の爆弾を視界に入れないようにしながら起爆させた。彼女が生み出す爆弾は、基本的に視界内にあるものは設置順に爆発してしまう。推測が正しければ、地面の爆弾は今はまだ使うわけにはいかない。そして新たな爆弾が起爆すれば、その推測は確信に変わるだろう。
爆炎が辺りを埋め尽くす。しかし、クロックファイアの目的はその後だ。爆炎によって熱せられた天井のスプリンクラーが作動し、地下駐車場を細かな水のカーテンが覆い尽くす。すると、何もないハズの場所に水滴が張り付いて
「黒い鎧の正体は高精細度モニター。周囲の景色を表面に投影して、鎧自体を光学迷彩にしていたワケね」
「あらま、バレちゃった」
そう、カースドプリズンが破壊吸収していたのは高精細度対応の超小型カメラとモニターだった。カメラで周囲の風景を撮影、体の反対側の鎧に映し出すことで風景と同化し姿を消していたのだ。
「まったく、コイツはミーティアスを不意打ちで驚かせるためのとっておきだったってのに、あっさり見破られちまったなあ……やっぱり、その義眼の力だな?」
「余裕ぶっこいてる場合かなぁ……吸収しているのが電子機器だけなら、防御能力はそこまで高くないってことでしょ!」
言って、クロックファイアは手元に指向性の爆発効果を持つエリマキトカゲ人形を四つ呼び出す。彼女が選択したのは、天井を崩落させてカースドプリズンを押し潰すことだった。爆弾での直接攻撃は効果が薄くとも、大質量に押し潰されればいかなカースドプリズンとて一たまりもあるまい。地面の下の爆弾も同時に一斉起爆すれば爆発による殺傷には威力は足りずとも、その場に釘付けには出来る。これぞ必勝の態勢。
しかし、本来クロックファイアが選択すべきは、地面の爆弾を一斉起爆させてカースドプリズンをその場に釘付けにした後、一目散に逃走することだったのだ。クロックファイアの目的は自己の快楽のための破壊であって、カースドプリズンを倒すことではないのだ。だが思考操作によって優先順位を歪められたクロックファイアは判断を間違ってしまい、カースドプリズンにとって彼女が判断を間違うだろうことは想定内だった。
「喰ら、えっ!」
四つの爆弾を天井向かって投擲する体制に入りながら、視界内の爆弾へ起動信号を送信したクロックファイアに対しカースドプリズンは一言
「テメエが喰らえ」
一言呟くと、
「なっ……!」
クロックファイアの爆弾は、視界内に収まるものは全て生成順に起爆する。最初に地面の爆弾を起爆させてカースドプリズンの動きを封じた後、天井を砕いて押し潰そうとしていたクロックファイアは既に起爆信号を送信している。その眼前に、電波遮断によって隠されていた爆弾が投げつけられれば
KABOOM!
「ぐぅ……っ」
一斉起爆による大爆発、それも想定より間近で起こった爆風をまともに浴びたクロックファイアは地面を転がる。何とか身を起こそうとするもダメージは大きく、もたついている間に爆煙の中から伸びて来た鎧の腕に正面から首根っこを掴まれて強制的に立たせられてしまう。
「テメエの義眼による起爆は視界依存……視界ってのは光情報、光ってのはしょせん
カースドプリズンが破壊吸収していたのはカメラとモニタだけではなかった。両腕部分に電波遮断物質を傘状に吸収し、その丸みの中に爆弾3つのうち2つを左右ひとつずつ隠していたのだ。よって最初に起爆した爆弾は一つだけであり、その後もクロックファイアの視界からは爆弾の反応自体が隠されていたため、彼女は三つが起爆して失われたのに、何らかの方法でカースドプリズンが爆発の威力を抑える手段を講じていたと誤認した。冷静に考えていれば別の可能性にも気づけたかも知れないが、カースドプリズンはそこで光学迷彩という手札を
「さて、ムカつく女には俺様は容赦しないぜ」
「かはっ……私が、女子供をいたぶるから、かな?」
「んなのどうでもいい、それがテメエのやりたいことだってんならな。だが、前々から思ってたんだ。テメエが義眼の能力を最大限引き出していれば、どんなヒーロー・ヴィランと直接対決したって勝てるハズだってな。
「何を、言って……」
困惑するフリをして、視界を巡らせて新たな爆弾を生成しようとしていたクロックファイアは気づけなかった。カースドプリズンが彼女を掴んでいるのとは反対側の手が、彼女の義眼へ照準を向けるがごとく構えられていたことに。
「だから、俺様がちゃあんと活用してやる」
言って、カースドプリズンは躊躇なくクロックファイアの左の眼窩へ指を突き入れると、その義眼をブチブチと音を立てながら力ずくで引き抜いた。
「ぐ、ガアアアアアアアアアアアァアアァァァアアアアアアァ!」
クロックファイアの義眼はただ眼窩にはめ込まれているわけではない。脳と信号の送受信を行うために視神経に接続されているものだ。ソレを麻酔も無しで力ずくで引きずり出された激痛は、痛みの中でも最大級。
「やれやれ、ようやく最初のわらしべが手に入った。お次は……
もはやカースドプリズンはクロックファイアに興味を無くしていた。
ここでわざわざ手を下さずとも、義眼を無くした彼女の先は長くはないだろう。
ヒーローに断罪されるか、司法に断罪されるか、彼女が殺した者たちの家族に復讐されるか、それともその全てから逃げ隠れて暮らすか……いずれの結果にせよ、ここで殺されるより辛く惨めな未来がもたらされるだろうことは確かだからだ。
激痛にうずくまるクロックファイアを一顧だにせず、カースドプリズンは次なる戦場へと去って行った。