カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
薄暗い室内に、チィン、チィンと甲高い音が断続的に響いている。
音の源はワイングラスだ。それが、
通常ならば確実に割れてしまうであろうグラスを、落下してくるグラスと拳銃との運動方向と速度とを合わせることで割らずに受け止め、あまつさえグラスの重心と
ソレを為した男は、目と鼻の部分だけが開いた目出し帽のごとき覆面を被り、その身にはロングコートを纏っている。そしてグラスを受け止めた右手の拳銃とは反対の左腕にも、右手のものと対となるデザインの拳銃を握っていた。彼の名はダスト。地獄から遣わされた断罪の悪魔が憑依したヒーロー……否、
ただし、この善悪入り混じった行動は何もダスト自身の決断的な非情さばかりに起因するものではなく、彼の操る二丁拳銃によるものでもある。地獄の悪魔から与えられし双銃は、その弾丸もまた
そして、その断罪を可能ならしむるものこそ、ダストの正確無比な
右手の拳銃上にグラスを乗せた態勢だったダストは、突如として身を翻す。直後、彼の体が存在した場所を、ゴウっと空気を唸らせながら、天井からワイヤーで吊り下げられたアンカーのごとき巨大なギロチンの刃が通り過ぎる。それは振り子となって吊り下げられており、ダストのいる位置を繰り返し繰り返し襲って来る。そしてそれは一つではなかった。三方向からの振り子が、決して振り子同士が当たらぬタイミングで交互にダストへと襲い掛かる。そんな刃の殺到をダストは躱しつつ、左の拳銃を構えた。直後、その上へと落ちてきたのは先に右の拳銃へと載せられていたワイングラスだ。ダストが身を躱す動きによってクルクルと回転しながら跳ね上げられ、重力に引かれて再び落下してきたソレを、ダストの拳銃が再び速さと重心の絶妙なコントロールを以て
地面にしたたり落ちた汗が水たまりを作っても、ダストはトレーニングを止めるつもりは無かった……しかし、
「いいなぁオマエ。俺様は面白いから、ついガトリングとかシャッガンとか、派手めのやつばっか使っちまうんだが、拳銃ってのも趣深いもんだな」
素直に称賛の言葉を贈るカースドプリズンに、ダストは両の拳銃を腰のホルスターに戻すと、何故か片手を顔の前にかざして、指の間からカースドプリズンへと視線を送りながら答える。
「止めておけ。我が双銃は死神の
「お、おう……てかオマエって俺様を見ても何ともないのか?」
「時の果てから降り注ぎし雷霆の誘いのことか?フッ、我が身は人なれど断罪の
「あー……思考操作は作用してるけど、オマエに取りついてる悪魔は『この宇宙』の存在じゃないから無効化されてるってことでいいのか?」
「……卑俗な物言いでは、そのようにも言うのやも知れんな」
そう、ダストは徹底した鍛錬による確かな実力を備えたダークヒーローだ。しかしその身は不治の病に侵されている。死に至る病、その名は厨二病。あと10年ぐらいしたら恥ずか死ぬ奴である。
しかし、コレは単なる厨二病では無いとカースドプリズンは確信する。一番厄介な
「『
「この目は悪しき心を見抜き、悪人の悪しき心を暴く……たとえ時空間の彼方であろうとも、我が断罪の
「スゲエな悪魔。何千年と生きてても流石に地獄へは行ったことねえが、ちょっと興味出てきたんだけど……そこまで事情をわかってんなら、その銃貸してくれない?無利子で」
「だが断る。悪の誘いが在ろうと無かろうと、貴様もまた我が裁くべき罪人に変わりは無いのだ」
言って、ダストは再び双銃を抜き放つと、剣呑なアトモスフィアを放つ。応えてカースドプリズンもまた両腰から二刀をシャランと抜いて構える。
「いいのか?オマエ疲れてんだろ?」
「環境に文句を言う奴に晴れ舞台は一生来ない。貴様とて手負い、ならば五分だ」
ダストはトレーニングで疲労している、しかしカースドプリズンもまた先の自爆戦法で鎧は損傷しており、応急修理を施したらしき継ぎ接ぎはあるものの、見た目からしてボロボロになっている。
「……野暮だったか。言葉は不要か」
「然り。ただ武で語れ」
対峙する両者の闘気がその場の空気を澱ます。
言うまでもないことだが、銃対剣、圧倒的に不利なのは剣の方だ、本来ならば。
しかしカースドプリズンにとって拳銃などという小口径銃はなにほどの事も無い、本来ならば。
今この場でダストが銃から放つのは地獄の弾丸。装甲の強弱など関係無く、罪の重さが威力となる。故にカースドプリズンとて、直撃を受ければただでは済まない。
ぶつかり合う闘気が極点に達した瞬間、ダストの二丁拳銃が轟音と共に火を噴き、推進を得た断罪の鉄礫が明確な殺意を帯びてカースドプリズンへと向かう。しかし、最強の銃士に相対するカースドプリズンもまた尋常ならざる修羅である。
ギギィン!と金属のぶつかる音が響く。
カースドプリズンが二刀を弾丸の軌道へと割り込ませたのだ。
「……狙って?」
「銃なんてここ数百年の流行りモノだろう?こちとら数千年は長物ふりまわしてるからなぁ、よぉく馴染むとも」
時間で言えば銃弾を放ったのとほぼ同タイミングであらかじめ来るであろう場所に、弾自身が当たりに来るよう剣を無理矢理割り込ませる……所謂「置き斬撃」を放ったのだ。
(成る程、経験と本能のキメラか……厄介な)
拳銃の技を型として極めたダストから見るに、カースドプリズンの剣は流派と呼べるような型のあるものではない。
その剣は流動的で不安定、しかし過程の差異は結果にまで影響を及ぼさない。行き着く先は相手への暴力だ。であればカースドプリズンの剣はまさに殺人剣、綺麗な道場剣術でなく、徹底して実践の中で培われた剣。どこまでが計算づくで、どこからが直感的な行動なのか、本人にすらわからない程の日々を戦場で過ごした果てにのみたどり着き得る境地。チマチマと攻撃しても、消耗戦に持ち込まれれば弾丸の数に制約のあるダストが不利。
「ならば……覗くか、我が深淵の一端を!」
ダストが叫ぶと、両手の拳銃がブレる。錯覚……では、無い。実際に拳銃が四丁に増えている。
これぞダストの奥の手、倍に増やした拳銃の弾丸を一瞬で撃ちつくし弾幕を形成する
「
カースドプリズンへとほぼ同時に拳銃二丁では形成し得ない20を超える弾丸が殺到する。驚くべきことにダストは二丁を撃ち尽くすと同時にもう二丁へと拳銃を持ち替えた高速射撃を、明確な意図を以て繰り出していた。弾丸のうちいくつかは直撃軌道ではなく、ワザと外すように撃たれている。回避しようとしても、その余地を全て潰し尽くす弾幕。物理的に絶対回避不能の攻撃を前に、カースドプリズンは
「ティンキー☆」
声を裏返らせて、
「何っ?!」
ティンクルパウダーは一定以上の運動量の物質の動きを止める。故に粉と接触した瞬間、ダストの弾丸は善悪の区別なく全て中空にてピタリとその動きを止めてしまった。
「確かに便利だなコレ……今の俺様も広義の意味では魔法少女か……」
「……現代に生きてて耳にしていい言葉では無い」
「んー、負け犬語とか俺様ちょっとわかんないなあ。てか『一定以上の運動量』だから、ゆっくりとならくぐれるんだよなコレ」
言葉通り、カースドプリズンはゆっくりとティンクルパウダーの中を、中空に張り付けられた弾をゆったりとした動きでコンコンとはたき落しながらダストへと近づいていく。
「俺様がこの粉を通り過ぎるまでがリミットだぜ?オマエは俺様の敵ってわけじゃないから、銃さえ貰えればここで手打ちでもいい」
「侮るな。呪われたこの身の宿命に比ぶれば、この程度は窮地のうちにも数えられぬ」
「そうかい?御自慢の特製弾丸、あと何発かなダスト君」
「能書きはいい。ただ武で語れと、言ったハズだ」
既に二丁に戻った拳銃を手に、壁を背にして油断無く構えるダスト。およそ諦めた男の目ではない、勝利を追求する戦士の眼だ。それを見てカースドプリズンは破顔する。久々にミーティアス以外で骨のある戦士と
「素敵だ、やはり人間は素晴らしい……いざ尋常に、天誅!!」
ティンクルパウダーの有効圏を抜けた瞬間、カースドプリズンは二刀を手にすると両足のタイヤを全力回転させてダスト目がけて突っ込んで、速度を乗せた右の斬撃を放つ。ダストは剣閃に右の拳銃を割り込ませることで何とか斬撃を防ぐことには成功するが、膂力の差は如何ともしがたく拳銃は手から離れて床を転がり離れてしまう。
「終わり、だ!」
カースドプリズンは右の斬撃を振りぬく動きそのままに、右足のタイヤだけを急ブレーキを掛けることで信地旋回、その勢いを乗せた左の斬撃を放つ。しかし
「否!この瞬間を待っていた!」
ダストは背後の壁を蹴って跳躍、走り高跳びのごとくカースドプリズンの左の斬撃を飛び越えようとする。しかし常人に毛の生えた程度のダストのフィジカルでは到底間に合わない―――ハズだった。
「天ちゅ……ガアッ?!」
左の剣に、何か細いものを断ち切る感触を覚えたカースドプリズンは違和感を覚えたものの、そのまま剣を振りぬき滞空中のダストを斬り裂こうとして、突如転倒する。それによって剣閃の下がった剣の上を飛び越えたダストは必勝の技を唱える。
「
これぞダストの
この瞬間、ダストの二丁拳銃からは他の全ての弾丸が消滅し、一発ずつ装填された弾丸を両方とも命中させることでいかなる相手もその技の名の通り塵へと化す。斬撃を飛び越した空中で身を捩ったダストは左の拳銃から一発目の弾丸を転倒したカスプリの胴体へと発射、その鎧に命中させる。しかし、右の拳銃が先の斬撃で弾き飛ばされた状況では、もう一つの弾丸は弾きとばされた拳銃の方に装填されているので、この技は成立し得ないハズ。だというのに、何故?
否。転倒したカースドプリズンの背後に着地したダストがカースドプリズンの左足へと手を伸ばすと、そこには弾き飛ばされてしまったハズの右の拳銃があるではないか。
「テメェ……狙ってやがったか!」
悪態を吐きつつ立ち上がったカースドプリズンはようやくダストの目論見、その全貌を理解する。ダストがたった今拾いあげた拳銃の
つまり右の拳銃を弾き飛ばされた時点からダストの罠。その後端にワイヤーを、おそらくは先の訓練でギロチンを吊り下げるのに使っていたであろうモノを繋げてあったのだ。そうして二撃目の斬撃を飛び越すまでにカースドプリズンのタイヤに巻き取られるように位置を調整、そうすればワイヤーがからまったタイヤは動きを止めてカースドプリズンの動きは封じられ、同時に銃へと繋がったワイヤーが巻き取られることにより離れていった銃も少し手を伸ばせば拾い上げられる位置まで戻ってくる。このまま右の弾丸を撃ち込まれればカースドプリズンは死ぬ。絶対絶命の状況で、切るべき切り札はいつだってピン刺し一枚!
「
カースドプリズン本来の姿を取り戻す
飛び散る鎧の破片で牽制、さらにはミーティアスすら上回る機動力であれば弾丸を躱すことさえ不可能ではない。まさに起死回生の必殺技である――――が。
(この瞬間こそ待っていたんだ!)
ダストの視界が泥めいて鈍化する。アドレナリン過剰分泌で認識時間をスローモーションにする方法は、一流のアスリートでも見られることであるし、ニンジャであれば忍法を使って自在に認識時間を操ることも出来る。そしてダストは、極限の集中を意図的に起こすことでこの時間鈍化を任意に発現可能であった。先に行っていたような危険な訓練も、これを意識的に使いこなすためのものである。
ゆっくりと飛び散るカースドプリズンの鎧、その向こうではプリズンブレイカーが左回りで振り向きつつあった。既にその左眼はダストを捉えている。間違い無くプリズンブレイカーもまた己と同じ時間鈍化を使いこなしているのであろう。それでもダストは冷静に、繊細な照準で
ダストの視界で、ゆっくりと飛翔した必滅の弾丸は、しかし鎧の破片に衝突、跳ね上げられてプリズンブレイカーの頭の位置まで上昇し、そこにあった別の破片に当たって再度跳弾、プリズンブレイカーの頭部めがけて飛翔する。
これぞダストの奥の手、
先にカースドプリズンが刀で銃弾を弾いたように、ある程度以上の使い手であれば銃弾を躱したり防いだりすることが出来る。しかしそれらはほとんどの場合、銃が発射される前の銃身の向きから弾丸の軌道を予測することで防御を可能にしているのだ。そのような使い手に遭遇した時、銃のみしか使えないダストが勝利するために血のにじむ努力で完成させた超超精密鋭角偏差射撃技。
重ねて、頭部を狙うのも相手の裏を掻くためだ。通常、拳銃弾で頭部を狙うような
「審判の刻だ、神に祈るか? 悪魔に縋るか?
この技を以て断罪する相手へと贈る最期のセリフを口にするダスト。
時間の流れが戻る。必滅の弾丸が発光すると、光が柱の如く立ち登り、光の十字架を生み出して弾け……なかった。
変わりに響き渡ったのは、ガッチィイイイイイン!という、硬いもの同士が衝突した音と
「
左ほほの肉をごっそりと削がれてまともに喋れなくなったプリズンブレイカーが、左の奥歯でダストの必殺の弾丸を噛んで止めている光景だった。
「なっ……ありえない!先の弾丸が命中した以上、頬に二発目を喰らった時点でオマエは死んでいなければおかしい!」
「
ふにゃふにゃした喋りのまま、ツッコミをいれつつプリズンブレイカーは飛び散った鎧の破片……にしては妙に纏まって箱型になっている一つを拾い上げる。そこには弾痕が刻まれており、すなわち先にダストの必滅の弾丸の一撃目を受けた場所に他ならない。
「
カースドプリズンは、あらかじめリキシオンに頼んでティンクルパウダーを充填しておくためのケースを作っておいてもらっていたのだ。コレをティンクルピクシーと戦った時に自爆戦法で失われた鎧の代わりに、破壊吸収ではないく鎧を補修するように外付けで取り付けていた。そしてダストの必殺の弾丸をあえて吸収した鎧の一部ではない場所で受けることで必殺技の発動を封じつつ、ティンクルパウダーの運動量停止効果を以てヘルゼブルの力が込められた弾丸を発動させることなく
「イ、イかれてる……」
「
プリズンブレイカーは、引き裂かれた頬からダラダラと血を流す凄惨な姿に、とびきりの笑顔を浮かべてダストに語りかける。
「
◆
既に日が中天を過ぎた街を、金髪を振り乱した少女が、右手に
彼女の名はロックピッカー。全能存在ギャラクセウスの力すら及ばぬ謎の存在「カオス」によって作り出された
そのイレギュラーな経緯故、彼女はギャラクセウスの思考操作を受け付けない。
しかし何者かの邪な気配を察知した彼女は、先程リキシオンを訪ねて彼女の恩人たる「おじ様」が死地に挑もうとしていることを聞いたのであった。
彼女もまた畑違いとはいえ銃を操るヒーロー。ダストの恐るべき
不安と焦燥に駆られて、ダストの潜伏先とおぼしき建物へと駆けこんだ彼女が見たものは
「……」
部屋の隅で膝を抱えて壁に向かって体育座りしているダストと、
「
えぐれた頬肉から白い歯を覗かせつつ、流れた血で全身真っ赤に染め上げたスプラッタな姿で御頭付きの鮭をバリバリと機嫌良くむさぼる
「えぇ……」
次回投稿は年明け、あと三話で完結予定