カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
「……で、これはどういう状況なの?おじ様」
問いつつ、ロックピッカーは思い出していた。プリズンブレイカーが食べているのは恐らくリキシオンが使うライブスタイドサーモン。ニンジャピル以外では最も回復効果の高いアイテムではあるが、生でかじる必要があるとか……アーサー王の聖杯がどうとか生命の円環がどうとかも言っていたが、そのあたりはよく覚えてはいない。由来はともかく実際回復効果が高いのは事実なのだろう、見る間に抉られていた頬肉が盛り上がって回復したプリズンブレイカーは、そこで脱獄時間が終わりだったらしく、再び
「いようガキンチョ。サーモンって白身魚なんだってな」
「え、マジ?今度友達と話す時に自慢しよ」
「……友達、ちゃんと居るんだな」
カースドプリズンは、目の前の少女が自我すら作り物の贋造物だった頃から知っている。それがヒーローとなって、こうして確かな人間関係をも築けているのを見るに及べば、さすがに感慨を抱かざるを得ない。
しかし親の心子知らず。
「そりゃ友達くらいいるわよ。おじ様じゃないんだから」
「おいどういう意味だ、俺様が友達が居ないように見えるってのか」
「日頃の行い」
「どストレートな正論やめろや!俺様が言い返せない……居るだろ、ミーティアスとか」
「おじ様……多分向こうは友達だとは思ってないと思うのだけど」
「えっ」
「えっ」
「……我が友達になってやろうか?」
「うるせえ
「いやホント何やってたのよ……」
「何って……わらしべ長者」
ギャラクセウスの思考操作でヒーロー・ヴィランが敵対してくるならばどうするか?カースドプリズンの答えは「戦利品でガンメタしつつ各個撃破」だった。Ms.プレイ・ディスプレイによる
それら六人に一斉攻撃されればカースドプリズンに勝ち目はない。かつて予言された「ミーティアスに殺される未来」というのは、恐らくはミーティアスとの一対一ではなく、ギャラクセウスに思考操作された他の敵をも含めた多対一の状況を強いられたが故の敗死だったのだろう。
ならば状況を逆手に取る。倒さなければならない敵に先んじて攻撃を仕掛け、倒すと同時に次なる敵へと有利になる戦利品を奪っていくことで確実な勝利をもぎ取る。
最初に爆弾に対して相性有利なクロックファイアを倒して、爆弾を生成する義眼を奪う。動きを止められても爆弾を使える義眼でティンクルピクシーを倒して、ティンクルパウダーを奪う。装甲を無視してダメージを与えてくる善悪の弾丸を止められるティンクルパウダーを使ってダストを倒し、双銃を奪う。徹底的にメタを取って、最小限の損害で勝利をもぎ取り、次に繋げていく。
「じゃあ、その銃でミーティアスを倒すの?」
「いや、アイツともこれで
「最期って……おじ様、死ぬ気なの?」
「勝つさ。敗けるつもりで戦いやしねえ……でよ、リキシオンから貰ったこの賢者の石にオマエのカオス因子を――――」
「誤魔化さないで!」
涙目でロックピッカーは怒鳴る。カースドプリズンは「勝つつもり」とは言っても、死ぬ気なのかという問いを否定はしなかった。それはつまり―――
「おじ様は死なせない!私の命だって救ってくれたんだから、今度は私がおじ様を助ける!例えおじ様と戦ってでも止めて―――」
「ほう」
「っ」
激情のままに言葉を続けていたロックピッカーだったが、「
「ガキンチョ……オマエとはじゃれあったことはあっても、本気の俺様の前に敵として立ったことは無いハズだ」
「うっ……」
カースドプリズンの言う通り、ロックピッカーはこれまでカースドプリズンを敵に回して戦ったことはあったが、カースドプリズンは常に本気を出してはいなかった。また共通の強敵を相手するためにカースドプリズンと共闘し死力を尽くして戦ったこともあった。ロックピッカーにとって何時だって「おじ様」は敬愛する相手であって、本気で敵対したことはなかったのだ。
無論、ロックピッカーとてヒーローの端くれ。幾多のヴィランと戦い、時には同じヒーローと矛を交えた事もある。しかし、自分のことをいつも守ってくれたいた「おじ様」から向けられた本気の殺意は、彼女を竦ませるに十分だった。
眼が乾く。
手が震える。
喉がヒリつく。
足が笑っている。
心臓が止まりそうだ。
(それでも―――おじ様を助けるためなら)
震える足に力を込めて踏ん張る。ニッと強いて笑顔を作ってみせる。
「あらおじ様。逆に訊くけど、おじ様こそ私の―――乙女の本気と向き合ったことは無いハズよ」
「いいだろう……おい、約束どおり貰うぞ
「……好きにしろ。敗者は勝者を煩わすべからずぅ」
ロックピッカーの強がりに、応じてカースドプリズンは部屋の隅でいまだ膝を抱えてうずくまっているダストに声をかけと、室内に置かれていたダストの物と思しき大型バイクに躊躇なく拳を叩きこむ。
「オレのバイクーッ!」
「おい厨二、ロールプレイ崩れてんぞ……さて、俺様はこれで準備万端だぜ。どうするガキンチョ」
事前に約束
「ヒーローとヴィランが対峙したなら、あとは決まってるでしょ?」
それを合図に、鳴り響く砲声は三つ。
ロックピッカーの放ったドア抜き用のスラッグ弾を、カースドプリズンは僅かに体を斜めにするだけで躱そうともしない。低速軟弾頭系の弾では、よほど近接して発射しない限りは彼の鎧に対して有効打たり得ない。距離があるなら入射角を多少ズラしてやるだけで事足りる。だからこそロックピッカーが己の放った善悪の弾丸をどう捌くかをしっかりと観察できたカースドプリズンは、しかし意外な光景に眉を顰める。
ロックピッカーは己に効果的な悪の弾丸を触れずに躱し、残った善の弾丸を右手の朱斧で
そこで、ロックピッカーの
「まさか……」
「
「やっぱ……ぐっ!」
ロックピッカーの斧が、何もない空を切る。途端、カースドプリズンは背中にまるで
以前、別な次元からやって来た「コーガ忍法を操るもうひとりの自分」と出会ったロックピッカーは、リキシオンに教えを請い、己もまたコーガ忍法のいくつかを習得していたのだ。たった今使った【水鏡の月】は攻撃を相手の後ろに発生させる忍法、そして
その青く輝く瞳がとらえるスローモーションの世界を、ロックピッカーはおじ様目がけて駆ける。カースドプリズンの防御力に対しては、ショットガンにせよ非常用斧にせよ、近接しなければ防御を突破できない。態勢を崩した今が距離を詰める好機。鈍化した時間の中で、カースドプリズンが態勢を崩しつつも右の蹴りを放って来ているのが見えている。牽制の打撃か?
(それにしては、間合いには遠い。タイミングが早すぎ…っ?!)
違う。右足の外側、大型バイクの排気管が足先に伸びている。本来ならば排ガスが噴き出るその奥に、チロチロと赤くゆらめく炎の舌を認めた瞬間、ロックピッカーは自分の足をわざと引っかける
「秘技、自前転倒!!」
咄嗟に自分から地面へと倒れ込んだロックピッカーの頭上、さっきまで彼女の体があった場所をゴウっっと灼熱の炎の舌が舐め取る。排気ガスにエンジン内で未燃焼のガスが混じることで燃焼する
転倒することで爆炎の初撃を回避したロックピッカー。須臾を見るその眼前では、カースドプリズンが右足の爆発の反動を利用して、左足を軸に回転している。そのまま身を回すと左の拳銃がロックピッカーへと照準を向け……
「やっば!」
立ち上がる時間ももどかしく、地面を転がって弾丸を逃れる。しかしカースドプリズンは回転の軸を引いた右足へと変更、今度は左足での
もはや接近どころの話ではない。【
「うおおおお頑張れ私の三半規管んんん!!」
「良く動く……やるなぁガキンチョ」
「出来損ないの天誅に価値はないわ……!てかおじ様はそんなに回って平気なの?」
「こういう回転はな、敵から視線を逸らさないよう首の位置を固定して動かさないのがコツだぜ?」
ロックピッカーとの会話に応じつつも、回転を止めたカースドプリズンは油断なく銃を構えて残心する。四足全てを使い、両足の爆炎と両手の双銃を用いて、四つの砲口が生み出す連撃はまるで
「貴様……偸盗したな、我が
「
部屋の隅からダストがうなるように呟く。四つの砲口による連撃を以て敵を圧する術理は、両手での四丁拳銃と四足という違いはあれど結果としては同じもの。
「信じ難し……
「オマエの四丁拳銃見てて思い出したんだがよ、何百年か前のヨーロッパで戦った魔女だか尼さんだかが、こんな感じで両手と両足に魔術を発射する銃つけて似たようなことやっててな。それも参考にした感じだな、流石に両手で四丁扱うのは俺様には無理だし」
ダストとの会話を聞きつつ、ロックピッカーは思う。カースドプリズンの強さの源泉は、この戦闘経験だ。ギャラクセウスによって封印されて以来、かつてはギャラクセウスによって力を与えられたヒーロー自体が存在しなかった頃には、脱獄すら満足に使えなかった。プリズンブレイカーが元の姿であるというのなら、本来得手であった高機動戦法を封じられて、鈍重な鎧に封じ込められ、それでも世界中を回り戦い続けた。あらゆることを知り、あらゆることを忘却し、そして経験により鍛えられた精神と術理だけが残った結果が眼前の
おじ様の前では初めて見せた忍法という手札、初見で意表をつきたかったが、それも即座に対処されてしまった。恐らくはニンジャとも、今の自分よりはるかに巧みな忍法を操る者とも戦ってきたのだろう。そんな相手にどう対処するか?結論は既に出している。
「さぁてガキンチョ、
「だったら
一声叫んだロックピッカーは、斧もショットガンも放り捨てると、むんずと己の胸元に手を差し入れる。
「
「えぇ……」
「えぇ……」
困惑の声は二つ分。
明らかに胸元に収まるハズの無い
膨らみって言うほど胸ないじゃん、とロックピッカーの平坦な胸を眺めるカースドプリズン。
無論、ありもしない胸の谷間に物をしまうことなど出来ない。ロックピッカーを作り出したイレギュラー存在「カオス」は、かつてヒーロー・ヴィランを閉じ込める世界「ケイオース・シティ」を創造した。そのカオスの因子を持つロックピッカーは、リキリオンより譲り受けた賢者の石にその因子を封入することで、重さや大きさを無視して物体を収納できる異空間としたのだ……無論、賢者の石さえあれば胸元である必要性は全く無い。
「いや、
「甘いわねおじ様、ジャパニーズ
「あれ実際には言わないらしいぞ……で、なんじゃそりゃ」
二重の意味で呆れつつ、カースドプリズンはロックピッカーが取り出した鉄塊を眺める。
見た目はまるで
「……
「いいえ、違うわおじ様――――」
ロックピッカーは「鍵をこじ開ける者」だ。
近未来ピッキングツールやハッキングで鍵を開ける。
それでも開かなければ
では、それでも開けられない扉だったら?
斧でもショットガンでも歯が立たない、巨大で、重厚な、城門のごとき扉をこじ開けるために必要なモノ。
「――――
これこそが、ロックピッカーの用意した対カースドプリズンの最終回答。
硬くて強い相手なら、ソレを上回る暴力で、
その答えを突きつけられたカースドプリズンは、兜の上からでも呆然としたことが分かる間をはさんで、そして
「うはははははは! 馬鹿じゃねーの?バカじゃねーの!? バッカじゃねーの!!?」
満腔から喜びの感情を爆発させて、同時に圧倒的なまでの闘気を解放する。
「来い!」
「天誅つかまつる!」
【
一撃目の杭。右腕の拳銃、弾倉全て撃ち尽くしての連打で杭が折られる。
二撃目の杭。左腕の拳銃、弾倉全て撃ち尽くしての連打で杭が折られる。
三撃目の杭。左足で体を支えつつ、倒れ込みながらの右足の
四撃目の杭。左足を地面から放しての
既にカースドプリズンに攻め手は無い。足での砲撃を間に合わせるために体も後ろに倒れ込む形で宙に浮いてしまっている。ここからの回避の手段は存在しない。
(獲った!)
確信とともに五撃目の杭を打ち込もうとして、カースドプリズンの次の動きが瞬間を刻む眼に飛び込んでくる。右手の銃を手放したカースドプリズンは、倒れ込む上体から右手を地面に着く。体を回すような動き。
(これは―――ー)
地面についた右手を軸に、下半身を回すように左足で蹴りを繰り出す。手を地面につけて軸とし、回転からの足技。この動きはカポエイラのメイア・ルーア・ジ・コンパッソ。奴隷として手枷に繋がれた人間が、自由となる足で圧制者と戦うための技。逃れ得ぬ
五撃目の杭に、左足の蹴りを合わせる。無論、携行式とは言え蹴りだけで防げるほど破城槌の撃力は甘くない。しかしカースドプリズンは、ワザと左足の、マフラー破壊と共に損傷したのとは反対の内側の装甲を縦に割らせるような形で蹴り足を合わせる。長身のカースドプリズンであれば、膝下だけでも装甲の縦の長さは70センチを超える。旧日本軍の戦艦大和の装甲版で最も厚い部分でも65センチ。その厚さを突破できる破城槌なぞ存在しない、ならば防げる。カースドプリズンは左足の肉ごとえぐり取られながらも、五撃目の杭を完全に受け止め、からめ捕る。
続く六撃目も、右足内側の装甲と肉とを犠牲に受け止めてしまえば、二本の破城槌が完全にカースドプリズンの足に食い込んだ状態になってしまう。そのままカースドプリズンが倒れこめば、その体重をロックピッカーに支える術は無い。そのままカースドプリズンの足に絡め捕られて、破城槌はロックピッカーの手から奪い取られてしまった。
「……さあ、これでオマエの
「……っ」
ロックピッカーは、涙がこぼれそうなのを寸でのところで堪える。新たに身に着けた技も通じず、必殺を期した奥の手も破られた。そんな彼女に、カースドプリズンは、勝利を誇るでも、侮るでもない、ただ静かな口調で尋ねる。
「で、
「え……」
「答えてみせろ、
「おじ様……初めて私の名前……」
今まで「ガキンチョ」としか呼ばれなかったのに、初めて名前を呼ばれた。
まるで一人前と認められたようで、だって今、何もかも通じず敗けた所なのに……
(違う)
さっき確認したばかりではないか。カースドプリズンの根底を支えるのは経験だと。
自分の手元から、武器も、切り札も、何もかもが失われても残るものは、これまでに積み重ねてきた努力、その経験。それがあれば、それさえあれば
「何でもあるし、何だって出来るわ」
「そうだ。それでいい。それだけでいいんだ」
宇宙にとって、その一部でしかないヒトは、自分ではどうにもできないことに直面せざるを得ない場面は必ず来る。その時に、何もかもうまくいかなくて、全てを失ったとしても、最後まで自分を捨てなければ可能性は常に残り続ける。一部でしかない己もまた間違いなく宇宙を形成するものであることに変わりなく、認識こそが宇宙の全てを決定づける。
『礼』というものの本質、錬金術で言う「一は全、全は一」、仏教で言う「色即是空、空即是色」、そんな世界の真理の一端。
「自分さえ残ってれば何とだって戦えるんだ。
自分の中に世界の全てがあると思って戦ってみろ、そしたらな――――楽しいぞ?」
「……あはっ」
嗚呼、とロックピッカーは今度こそ諦念からでなく、温かな涙を流す。
本来、カースドプリズンは自分と戦うのならばもっと簡単な方法などいくらでもあったのだ。それを目的から遠回りするような真似をしてまで、真正面から受け止めてくれている。こんなにも大切にしてもらっている。
ここまでして貰って、応えないようなダサい女のつもりはない。
放り捨ててしまった斧だけを拾い上げると、ニッと笑みを浮かべて一言。
「
渾身の愛の告白と共に、最後の一撃を放つ。
そうして、少女の初恋は、受け止められて、そして終わった。