カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
郊外の採掘現場へと向かう道路。
両側が崖となっている道の、その中央にただ一人たたずむ人影。
各所に金色のアーマーをあしらわれた全身にぴったりとした白いボディスーツに、頭部にはフルフェイスの覆面と五芒星のゴーグルをした彼こそミーティアス。自他ともに認めるところのカースドプリズンの「宿敵」である。
ジークンドーをやっていた以外は、ごく普通のサラリーマンだった彼は、ギャラクセウスから流星の力を与えられたことでヒーローとなった。その瞬間から、ミーティアスとカースドプリズンの宿命は始まっていた。ミーティアスに与えられた力は、かつて星すら破壊しかねないとして封印されたカースドプリズンの元々の力を模倣したもの。故にカースドプリズンが己にかけられた封印を解くため、ミーティアスに襲い掛かるのは当然のことであった。その結果として
それまでは、力を与えられた者の責務として、人々を虐げるヴィランと戦うだけのヒーローだったミーティアスは、強烈に思ったのだ。
それからはひたすらに努力の日々だった。
それまで修めてきたジークンドー以外にも、八極拳、形意拳、少林寺拳法、ブラジリアン柔道、空手、ムエタイ、カポエイラなどあらゆる格闘技を学んだ。カースドプリズンが吸収するオブジェクトのパターンを研究した。そして何より、己の上位互換たるプリズンブレイカーへの対抗手段。
今日、目覚めた瞬間、その集大成を見せる日が来たのだと感じた。
だからこそ、この場所で待ち構えている。他のヒーローやヴィランもギャラクセウスの思考操作でカースドプリズンと戦っているのだろう。しかし、ミーティアスは確信していた。カースドプリズンはその全てを打ち破って来る。
果たして、その予感どおり。
轟く重低音が、こちらへ向けて一直線に迫ってくる。
現れたのは、予想に違わずカースドプリズン。鎧に融合している大型バイクはボロボロで、それでもミーティアスの前まで来るとダメージを感じさせない動きで悠然と立ち止まる。
「いようヒーロー、居るとは思ってたぜ」
「僕もさ。来ると思ってた……ここから先は通行止めだよ」
「てこたぁ……やっぱこの先に居るんだな、
この崖を抜けた先にある採掘現場は、かつてミーティアスとカースドプリズンが戦ったこともある場所。そのさらに先、坑道を抜けた場所には、かつて二人が協力して立ち向かったヴィランとの決戦の場である頓挫した
「あの場所に
「地球自体の力を使って、ディメンジョン・リッパーを処分するのだとか……彼女には、気の毒だけど」
かつて彼ら二人と争った未来から来たヴィランは、宇宙から最も離れた地球の中心核に近い場所でディメンジョン・リッパーを使うことで時空改変を行い、ギャラクセウスの存在自体を消滅させようとしていた。その場所のもつ
そのことに疑問が無いではないが、しかし翻ってみればディメンジョン・リッパーは使い方次第ではこの次元自体を破壊することも、ギャラクセウスを殺すことも出来るものだ。それはすなわち世界の終り。今この瞬間、この世界に生きている全ての命を奪うことに繋がる。それを許すわけにはいかない。とは言え、いかなヴィランであるMs.プレイ・ディスプレイでも、処刑するような形でその命を奪うことに哀切を見せるミーティアスとは対照的に、カースドプリズンはニヤリと笑う。
「そいつぁいいニュースだ」
「何?」
「一つは、まだ
「残念ながらそれは不可能かな。キミはここで僕に敗れるんだから」
「言うじゃねえか」
言ってカースドプリズンが取り出して見せたのは小さな石。
「コイツにはロックピッカーのカオス因子が移し取ってある。これさえあればいつでも
「へぇ、それは……でも意外だね。オブジェクト吸収で意表をついてくるかと思ったけど」
「まあ、オマエにただ勝つならその方が楽かもだがな」
ミーティアス最大の弱点、それは初見殺しに弱いことだ。事前調査して対策を練るのが本領のミーティアスに対して最も有効なのは、カースドプリズンが今まで見せたことのない組み合わせの吸収オブジェクトで戦うこと。
「だが、俺様が勝ってもオマエが勝っても、今日が最後だ。だったら後腐れ無く、白黒はっきりさせようぜ」
「いいね。キミのそういう所だけは嫌いじゃない。まあ勝つのは僕だけど」
「ぬかしやがる。勝つのは俺様だ……
対峙した
「今日、僕は君に勝つ!」
「お前との
鏡合わせの如く、崖の頂点を蹴って、お互い目がけて繰り出す技は共に同じく。
「「
蒼緋の残光が描く歪な相似形は、二人の関係性そのものだ。
(届かない……さすがはプリズンブレイカー!)
最初から分かっていたことだ。ミーティアスではプリズンブレイカーには勝てない。
ミーティアスへと与えられた力はプリズンブレイカーを参考にしたものとは言え、はっきり言って下位互換に過ぎない。プリズンブレイカーが空中で二回ジャンプできるのに対して、ミーティアスは一回しか出来ない。そればかりでなく、力でも、スピードでも、戦闘経験でも、ミーティアスが勝っているものは何一つとして無い。
相手は遥かな太古から、現在に至るまで、ここで止まらないのであれば遥かな未来までも戦い続けるであろう
(だからって――――手を伸ばさない理由にはならないだろうが!)
ヒーローとしての力を与えられ、自由に空を駆け回り、ヴィランを倒して、人々から感謝されて、かつての自分は全能感に酔い始めていた。そんな時、初めて目にしたプリズンブレイカーは、育ちかけていた己のちっぽけなプライドを容易く打ち砕いてしまう程に、速く、強く、憧れるほどに美しかった。
自分が理想とした完璧な自分の、さらに上を行く緋色の閃光に、心奪われ、羨望し、嫉妬し、憎みすらした。そういったドロドロしたもの、ヒーローとしての自分、全てないまぜにして最後に残ったものはたった一つの感情。
(こいつに勝ちたい)
だからこそ必死の努力と工夫で喰らいつく。
一度しか許されていない空中ジャンプを、空中に道を作る能力・
そんな必死のミーティアスに、プリズンブレイカーは本気で殺すつもりの蹴りを放ちつつ一言。
「―――-今、楽しいか?!」
「ッッッ、見りゃあ、わかるだろ!!」
世界の平和も、正義も、義務も、全て置き去りにして、ひたすらに全力を出し尽くすこの一瞬が、
(楽しくないわけ、無いだろうが!)
嗚呼、出会い方さえ違ったならば、心服の友となったとさえ思える程に。
今この瞬間だけは、プリズンブレイカーは
この
(いややっぱ必要無いな、これはコイツ自身の努力の産物だ)
数千年前、かつて
いまだ世界に神秘が満ち、神話級ニンジャが地上に留まっていた当時、己と互角以上に戦う戦士が居ないわけでは無かった。だが、それは敵の土俵に引き込まれた場合のみで、己の全力を真正面から受け止めて、必殺の二十連撃を受けきった者は皆無だった。だからこそ、もっとやれるはずだろうと、己に匹敵する者を探し求めて暴れ続けた挙句が、
ここ百年ぐらいこそ、破壊吸収できる外付けの動力源となるエンジンやバッテリーが発展し、倒すべきヒーローも増えたことで
鎧に囚われた状態での戦闘でも、手に汗握る、心沸き立つ戦いは確かにあった。
聖人、魔女、天使、悪魔憑き、鬼、ドラゴン、吸血鬼、ゴーレム、獣人、地球外生命、拳法家、暗殺者、海賊、詩人、探偵、武将、ニンジャ。ありとあらゆる強敵に見えて、闘争の喜悦を嘗め尽くした。それでも、自分から望んだのでもない強制された縛りプレイでは、どうにも不完全燃焼の心地が抜けなかった。
その果てに巡り合ったのが、ミーティアスだった。
最初は単に、
しかし、とある格闘家が言っていた。「戦いはSEX以上のコミュニケーションだ」と。
百万の夜をシルクの褥で共にするより、ただ一度でも拳と拳をぶつけ合い、命を奪い合った相手の方が、その全存在が自分の内にすとんと落ちて来る。その意味でミーティアスは最高だった。
プリズンブレイカーに比して、あくまで劣るその能力にも関わらず、幾度倒されようとも決して諦めず、努力と研鑽を積み上げて追いすがって来る。己の二十連撃も、かつての切れ味には程遠いとは言え、ボロボロになりながらも我武者羅に受け切って見せる、このような敵を求め続けていたのだ。
肉を裂き、骨を砕き、この最強の敵の返り血を全身に浴び、その恍惚の中で死にたいと願う程に。
数多存在するヒーローの中で、ミーティアスのみ、ミーティアスだけを「ヒーロー」と呼ぶ程に。
お互いがお互いを、羨み、求め、敵意、法悦、それらあらゆる感情以上に
こいつに勝ちたい。
白黒はっきりつけたい。
それだけを求めた純粋な時間も、もはや終わりの時だ。
空中でぶつかった攻撃はミーティアスが18撃目、プリズンブレイカーが17撃目。互いの攻撃の反動で反対の崖へ着地するも、もはや地上は目前。
「「ブッ殺!!」」
ミーティアスの19撃目の飛び蹴りと、プリズンブレイカーの18撃目の後ろ回し蹴りがぶつかり合い、相殺され
(違う!)
まだプリズンブレイカーのムーブは終わっていない。体をねじり、蹴り足とは反対の足で時間差の蹴りを放つ。
「カポエイラも使うっつったハズだぜ!」
これぞカポエイラ奥義、
しかしミーティアスとてタダではやられはしない。空中で無理矢理上体を反らしてプリズンブレイカーの
余人ならば絶対に躱すことの出来ない必殺の蹴り。しかし相手は天下に並ぶ者無きプリズンブレイカー。ミーティアスに出来ることならプリズンブレイカーにも出来る。
もはや一回きりの空中ジャンプを使い切っているミーティアスに回避の術は残されていない。胴体への蹴りを喰らったミーティアスの体は地面に向かって落下していき、その上空ではプリズンブレイカーが二回目の空中ジャンプを使って最期の20撃目、
己へと迫る処刑の一撃を眺めながら、アドレナリン過剰分泌による鈍化した時間の世界の中でミーティアスが抱いたのは諦め、ではなく
(――――
と言うより、疑わなかった。カースドプリズンなら、自分との決着はプリズンブレイカーでつけにくると。はっきり言ってアドリブに弱い自分では、カースドプリズンの繰り出す変則的なオブジェクト吸収に対応しきれない。ヘリを吸収した時の対処を、バイクを吸収した時の対処をそれぞれ覚えても、バイクとヘリを同時吸収されたらもう対処しきれない。しかもカースドプリズンが同時に吸収できる上限は別に二つでは無いのだ。その無尽蔵の組み合わせ全てに対応するのは、無理だ。
だから信じた。最後の最期には相手はプリズンブレイカーだと想定して、その対処だけを考える。
そして、カースドプリズンから習ったことだ。
(対人戦の要諦は、初見殺しだ……!)
プリズンブレイカーに出来ることなら、たとえ劣化してでも自分にも出来る、ハズだ!
地面に落下する、プリズンブレイカーの20撃目が命中する直前、最後の力を振り絞って足元に一瞬だけ
勝利を確信したミーティアスの21撃目は――――
「――――
プリズンブレイカーの両手で、しっかと受け止められていた。
プリズンブレイカーもまた信じていたのだ、ミーティアスならば限界を超えた21撃目を放ってくれると。故に20撃目はまったく威力の乗らないフェイントの一撃、もしミーティアスがカウンターを取らずにそのまま蹴りが入っていたならトドメを刺すには威力が足りず、そこで脱獄時間が切れてプリズンブレイカーの敗けだっただろう。
それでも信じた。ヒーローとヴィランという絶対的敵対関係であっても「こいつならやってくれる」と。ミーティアスの下からの蹴り足を受けることで、既にゼロマイナスのハズの滞空時間がほんの僅か引き延ばされる。その時間が生む、神話の時代にすら為し得なかった21撃目。
相手がミーティアスでなければ成立し得ない絶後の技、手向けの一撃に名づけるならば――――
「
もはや言葉を交わす時間もない刹那六徳の間に、それでも交わした視線が互いの想いを伝えていた。
「ゴホッ……僕の、敗けか」
「ああ、俺様の、勝ちだ」
闘争の高揚も過ぎて、倒れ伏すミーティアスと、見下ろすカースドプリズン。
「これで、キミがギャラクセウスに勝ったら世界は終わり、か」
「どうだか。まぁ英雄になるのも世界の敵になるのも慣れてるがな……どちらにせよ、もうオマエには関係無え」
言ってカースドプリズンが先に取り出して見せたのと同じ賢者の石を、ミーティアスの血を流した傷口に付ける。するとミーティアスの体を、戦闘の疲労とは違う、力が全身から抜けていく感覚が襲う。
「ギャラクセウスがオマエに与えた星の力は全部、俺様が貰っていく……あばよ、ダチ公」
そしてカースドプリズンは立ち去った、ギャラクセウスの待ち受ける決戦の地へと。
「なんだよ……まるで、キミが死にに行くみたいじゃないか」
ようやく体を起こしたミーティアスの―――ーミーティアスだった、ごく普通のサラリーマンの呟きは、誰も聞く者は無かった。