カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
先進波が過去へと収束するまでの、刹那より短い一瞬、阿頼耶の間を永遠に等しく認識する。
Ms.プレイ・ディスプレイは魂を燃料と燃やして過去の自分へと合一する時を迎える度に、この永劫に等しい一瞬を味わうのだが、何万何千と過去への旅路を繰り返した今となっても、この現象が何であるのかはわからないまま。
此処の何処かに、ディメンジョン・リッパーで次元の彼方へと消えてしまったカースドプリズンが居るのではと思ってしまうのは、自分に都合のいい甘えた夢だ。
例え此処に彼が居たとして、自分の肉体は未来に置き去りで、魂は燃料とくべてしまった。精神だけを電気信号と変換した状態で探しに行けようハズも無い。そもそも、確たる実体を以て同じ真似をしたなら『狩人』に排除されるのがオチだ。
ならば、今感じている熱の余韻は、抱き締められた腕の感触は、電気信号の生み出す幻想に過ぎないのだろう。
此処で出来るのはとりとめもない思考だけ。その行き着く先はいつも同じ疑問だ。
『愛』とは、何であるのか?
この身を焦がす、世界の全て以上に、自分自身以上に彼を大切に想うこの気持ちが『愛』であるという確信はある。
ただ、わからないのは―――この『愛』は、果たして
私は、カースドプリズンを愛している。愛している、と思う。
だが、ソレは過去の私の残響なのではないのか?
かつてカースドプリズンを救えなかった私の、妄執が、怨念が、私に彼を
その疑いは、常に消えない。けれど
(――――それでも、好き)
何度やり直したって同じ結論に達するだろう。例え彼に見捨てられたとて、拒まれたとて、絶対に同じ結論に達すると確信出来る。彼のためならば、宇宙の次元構造そのものだって破壊してみせるし、自分の命なんて何度燃やし尽くしても惜しくは無い。世界の一部でしかない己の、世界の全てよりもなお大きい、認識という宇宙の全てを埋め尽くす、この愛。
これだけが、たった一つの大切なこと、私という
己の内が余す所なく彼への愛で満たされていることを再認識した時、意識が肉体に統合されていく、再びの始まりを感じる。何万何千と繰り返した今となっては、特に何の感慨も無い。かつてクラッキングマシンへと繋がれた直後、研究所の天井が視界へと戻って来たら、次の私の始まりだ。今までの繰り返しと違い、ギャラクセウスとの直接接触で判明した事実もある。
(この際、D・リッパーの構築が完了した時点で私と次元ごとギャラクセウスを消滅させてしまおうかしら)
剣呑な思考と共に意識が覚醒すると、鼻と耳に届くのは、枯草の切なげな匂いと、さらさらと風が草木を揺らす音のみ。目に映る太陽の光が眩しくて、逃げるように背けた顔を、冷たい風が撫でるのを感じて。およそ人為を感じさせる物が何一つとして無い五感に戸惑いを覚える。
(私がクラッキングマシンに融合した直後は室内だったハズ。意識を送った時間がズレた?)
無数の繰り返しの果て、初めて遭遇する事態で一瞬気づくのが遅れた。
「私が頬に風を感じる?」
あり得ない。先進波を受信できるのはクラッキングマシンに接続された後の自分のみ。頭部が生身であった感触なぞ主観時間では何千年と昔の話。思わず発した声も、スピーカーから流れる不協和音のような機械音声ではなく生身のソレで。
嗚呼、ならば。幻肢痛のように感じていた熱は、抱き締められた腕の感触は。風に代わって、そっと頬を撫でる指の温もりは。
「いよう、ようやくお目覚めかな
己を覗き込む緋色に輝く面貌。幾千幾万の時を隔てても見間違いようもない、愛した男の、鎧の下に隠されていた顔。
「嘘……どうして」
「過去の自分への思考操作として、先進波
「じゃ、じゃあこの体は?」
「全部リキシオンが一晩でやってくれたぜ」
かつての過去で、カースドプリズンがリキシオンに相撲で勝利した時に要求したモノは5つ。
回復手段としてのライブスタイドサーモン。
ティンクルパウダーを密閉しておける容器。
ミーティアスの星の力を移し取る賢者の石。
オブジェクト吸収するためのサイバネ義体。
そして、Ms.プレイ・ディスプレイの肉体の保存。
元々リキシオンは世界剪定対策として、カースドプリズンのイレギュラーたる力と魂を賢者の石に移し替え、死亡したことにして肉体は保存しておくというプランを用意していた。その肉体保存手段を用いて、Ms.プレイ・ディスプレイが魂と精神を犠牲に過去へと先進波を送った後の死した体を保存しておいたのだ。後は遅延波の収束により彼女の意識が戻るまで肉体の無事を観測し続けていればいい。
「えぇと、つまり今は私が死んだ後の未来ってことね……世界の剪定は回避できたみたいだけど、それにしては」
人の気配が無い。
陽光が照らすのは一面の枯れ野原、遠く朽ちた人工物が見えるが、およそ人が暮らしている跡が見られない。
「ああ、もうこの
ギャラクセウスによる未来の果てからの思考操作という枷が外れた人類は、抑圧から解き放たれたように文化・技術を爛熟させ、そして最終戦争を始めた。発展した文明は、自身を焼く武器となって牙を剥き、地球はもはや人類の存在すら許されない星となってしまった。そうして生き残った人類は、星の大地を削り取って作った恒星間移民船で母なる地球から去って行った。
「じゃあ、人類の絶滅する未来は回避出来たのね」
「いや、結局滅んだ」
「はぁ?!」
「なんか移民先の星にもタチの悪ィ神様が居たみたいでな、それに全滅させられた……んだけどよ、最後の最後に生き残ったヤツがその星に適合した新人類を創って、それが今は繁栄してる。今度こそ人類は
「嬉しそうね」
「応よ。ああやって『やりたいことをやりきる』ヤツが出てくるから人間ってヤツは面白いよなあ!」
「……ソイツ女ね」
「何だそのピンポイントな嗅覚?!」
「へー、私が死んでる間、他の女を
「そう心配するなって。俺様がこの世界での実体を取り戻してからはずっと、こうしてオマエの寝顔を見てたんだから」
そう言ってMs.プレイ・ディスプレイだった彼女の体をぐっと抱き寄せる。
素顔で抱き締められるのは初めての体験で、どうにも照れくさくなってしまう。
「そ、そそそそそう言えば、私の頭!」
「おう、オマエが嫌ってた
「私のこと『クソテレビ』って呼んでたのって……」
「それにこうでもしないと、オマエの方からキスして貰えないだろ?」
「……馬鹿」
もはや言葉無く、彼の首へと腕を回す。
これまでは、カースドプリズンが鎧の顎部開閉機構を使って一方的にキスするばかりだった。
しかしようやく、何万というやり直し、何千という時間の果てに、唇の薄い皮だけを隔てて二人の体温が溶け合う。
長年の想いの丈を反映したように、長く重なり合った二人の影がようやく離れる。
「折角だし、その新人類が居るっていう星に行ってたいわ、新婚旅行に」
「おいおい、タチの悪い神様が居るっつったろ?ハネムーンにしちゃ物騒過ぎる」
「二人っきりも嬉しいけど、こんな寂れたところで過ごすほど枯れてないわよ……第一、何があってもアナタが守ってくれるでしょう?」
「おう――――」
遥かな昔、「
今や、かつて与えられた呪いを克服し、神をも殺して彼女の元へと戻ってきた男の名は
「――――俺様は、