アズールレーンPhilein   作:瀧本さん

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ようやく1話が始まります。


1話「セイレーン拾った」

重桜の国。この国をまとめる者は人にあらず。

カミと、その言葉を聞く、KAN-SENと指揮官。

カミは、ヒトに人ならざる力を授けた。

 

猫の耳が生えたり、狐の尻尾が生えたり、鷹の翼が生えたり、と....

身体の至る所に変化があった。それは生まれ持ってのカミからの授かりもの。剛力を発揮する者、叡智をふるう者....多種多様な能力の持ち主が、今日も個々の能力を活かして____

 

「____って、なァにが神様だクソッタレが!能力も平等に寄越さないような奴がよ!えぇ!?」

カコーン!!と蹴っ飛ばした空き缶が高く弧を描きながら夜の暗闇に飛んでいく。

徐々に遠ざかってゆく空き缶だが、その缶の色はおろか、記されている細やかな文字の、1文字1文字すら、男にははっきりと見て取れた。

これこそが、この男が、神奈 蓮が、カミから授かったチカラであった。

その名も、「梟の眼」である。視力を強化するというもので、ズームだけではなく、暗視もお手のものだ。

.....そう、それだけである。たったそれだけ。膂力が強化されているとか、賢人の如しの頭脳を手に入れた、とか、炎を自在に操れる、とか、空を飛べる、とか、全くそういうのではない。

いわゆる、超人的なものでは無い。

クソッタレが、ともう一度、神奈 蓮はこぼした。

すっかり肩を落とした彼の身体に、角や翼や尻尾は、特にこれといって見られない。はたから見れば、全く重桜の国の人間には見えないのであった。

不意に、背後から少女の声がした。

「蓮、どうしたのです。何か叫んでいましたが、大丈夫なのです?」

「ああ、綾波か。」

少女は心配そうに、蓮の顔を覗き込んだ。

「...見てたか?」

「何か叫んで海に缶を蹴っ飛ばすのは見てたのです。」

「そうか...」

そのまま、地面に座り込む蓮。隣に綾波が座って、心配そうに彼の顔を覗き込む。

「!?」

いきなり顔を覗き込まれた蓮は、綾波の顔の近さに、少し驚く。

「...大丈夫なのです?少し、顔色が照ってないです?熱は?少し綾波に見せるのです。」

蓮の顔に、小さな手を伸ばす綾波。

「いや大丈夫だって、大丈夫だっての。」

蓮は恥ずかしそうに、その手を避ける。

そのまま、暗い海の方を見つめる。

「蓮...蓮は、上手くやってると思うのです。いつも他の人からバカにされて、何か言われても、いつも笑って、綾波たちと話して、みんなの艤装を直したり調整したりして...この母港にいる仲間は、みんな感謝しているのです。」

優しい言葉をかける綾波。

言葉の咀嚼に時間のかかってしまう蓮。ひとときの空白が生まれ、波打つ音だけが合間を縫う。

「....そうか?綾波は優しいなァ。誰にでも優しいな。いつも街の人達もよく話してるみたいだしな。うん。いい子いい子だわ。」

「そ、そんなことは...まぁ、綾波は、優しい、かも、しれないですけど...」

ほんの少しうろたえるようにして、目を逸らしたが、すぐに

「そうなのです。きっと、今日は疲れてるのです。いつも働きすぎなのです。」と言った。

「ああ、それなら。もう休暇を貰ってるんだ。ここから2日間休みさ。」

どうにか、これで一息つけるよ、と、蓮は言った。

綾波はそれを聞いて、安心したようで、彼女は、「そうなのですか、」と。一言だけ、そこに置いてゆくようにして、そこから立ち上った。

「…蓮、お休みなのです。良く休むといいのです。」

「おう、綾波も。おやすみ。」

そうやって去り際の会話はそこそこに、2人別れた。

 

 

「蓮は、いつもああなのです。ああやって、いつも頑張りすぎて...」

1人になったあと、綾波は一人で寮舎に向かっていた。

蓮は、いつもああなのです、とは言うものの、実際のところはその処遇はあまりにも可哀想なものだ、と前々からに感じ取っていた。

ここにいつからか配属されて、技師として働き始めてからずっと、すっと、何かに追い立てられるように仕事をしている。

何故なのか、それは綾波の預かり知らぬところではあったが、誰の目から見てもそれは自明の理であった。

誰も、心配をするものはいなかったが。

率直に言えば、彼は人間の友達がいないように見えたのだった。

 

 

 

 

それと同時刻。

こんな夜も更けた港に人影はない。定期的な波の音が聞こえ、ちらちらと舞う雪だけが見える寂れた

はたして、誰がこんな場所に居ようか。

音もなく、するり、と着地する。

「...存外、人のカラダって不便だな。寒いわ。」

自然と腕をさする。

すらり、と立ち上がった彼女の灰銀の髪は、立ち上がっても地に着くほど長い。しかし、彼女がそれを気にする様子はない。

むしろ、笑顔を作るのだった。

「ああ...!やっと、やっと重桜に来れた!!貧乏くじを引かされまくってきたけど、ようやく...!」

『ピュリファイアー?聞いているの?』

「聞いてる聞いてる。何?」

すると、彼女はどこでもない場所に向けて、話し始めた。無論、話し相手は見えないが。

『あまり、逸脱した行為を取らないようにね。』

「いいじゃないか、何事にも少しの刺激がないといけないと思うんだよね〜」

『...もし、万が一に情報が抜き取られそうになったときは...』

「自爆」

『じゃ、気をつけてね。』

会話は、そこで終わった。

「さってと...重桜のKAN-SENって、あんな仰々しい服を着てるから、文明レベルがどうなってるか心配だったけど...」

ピュリファイアーは、目の前の街を眺める。

見たところ、電灯、アスファルト、車、電線、等々が重桜の伝統的な木造の街並みの中に見受けられる。

予想される文明レベルにまでは発展しているようだ。年数にするとおよそ80年ほど前倒し、ということになるだろうか。

「さァ、重桜の国観光、とでも行くか!」

少女はまだ明るい、街の中心の方へ向かって足を進めるのだった。

 

 

 

 

夢だとわかる。何故なら、それはなし得なかった過去だから。

蓮は、夢を見ている。と自覚できた。明晰夢というやつだ。大概それは自らの思い通りに夢を操作できる、と言うがこれはその例に沿わなかった。

明晰夢ではないか、正しく表現するのならば、それは、トラウマのリプレイだった。

 

自分に何か「力」があったのなら。

今までの人生で、自分に「力」が無いことを、悔やんだことは無かった。

不便ではなかった。困ることはなかった。蔑まれもした。お陰で友達もできなかった。空を飛んだり、何か物を触らずに動かせたり...そんなもの、別に、無くて良かったんだ____

 

炎の手が迫る。建物が倒壊し、ガレキに挟まれ、動けずに泣いている女の子に手を伸ばす。

届かない。決定的に届かない。伸ばした手は、目の前の女の子一人を救うことすら叶わない。まだ、女の子は、泣いているというのに。

何の力も持たないこの手は、何も掴むことは無い。

「くそっ!!くそッ!!」

どうして、この手は届かないのか。

無力だ。無力だからだ。俺に何も力がないから。

まだ、泣いている。皮肉なほどに、泣き顔や、涙、火傷の一つ一つの光景はくっきりと目に映る。

お前には、それしかないと。

目の前の炎が、物語っている。

 

「...!!はっ、はぁ、はぁ、...はぁ。」

呼吸は乱れている。穏やかな目覚めではない。もう何度目だろうか、あの夢を見るのは。

しかし、迫る炎も、叫びも、涙も、ここにはない。

蓮は、ようやく悪夢から醒めた。

あるのは温かい布団。

外から射し込む朝日は薄く、まだ日が昇りきっている様子ではないことがうかがえる。

今ここにあるのは、変わらぬ朝を迎えようとしている平和だった。

体を布団から引きずり出し、外の景色を見やる。

どうやら、朝日が昇っていないのではなく、雨が降っていた。洗濯物を干すのは難しそうだ。

「っ....」

頭痛が酷い。昨夜、綾波と別れて、家に帰って、何をどうしてから布団に就いたか、まるで思い出せない。思い出せなくとも、床に転がる空き缶と、頭痛が物語っている。

「コンビニ行くか。」

途端に、空腹が襲ってくる。今日は休暇日だ。悪夢を見る程疲れていたのだ。

素早くこの空腹を満たし、ゆっくりと体の疲れを癒すことにしよう。

 

 

そして、それよりも5時間前。

 

「なんか、思ったより発展してるなァ。」

言っておきながらも、それはそうか、と合点がいく。何故ならワタシたちセイレーンが技術を与えたのだから。そして、ワタシたちに対抗するため技術を進化させてきたのだから。そして、国ごとの技術を提供しあったのだから。

しかし、この技術の発展は、実に面白い。と言えるだろう。全ての技術を80年前倒しに習得しながらも、文化は当時の面影を残している。

特に、重桜のKAN-SENには顕著に見られる。

技術を得ながらも、昔ながらの文化に基づいた姿格好をしているのは神への信仰心を示すため、とも取れるが...

「まぁそんな疑問も含めて、今回の旅で見つけられればいっかな〜」

データにアクセスし、情報を引き出せば答えは得られるだろう。

しかし、それは面白くない。せっかくの自我もKAN-SEN仕様の身体も手に入れた。この全てを使い倒して、答えを得たい。新しいモノを見たい。

 

目の前の信号へ足を進める。信号は赤なので、大人しく青に変わるのを待つ。

何人かの重桜の人々も、そうしている。手持ちぶたさのピュリファイアーと違うのは、彼らは手元の端末を見て、信号が変わるまでの暇を潰している。

(変なの。全員が全員、着物着てるかと思っていたけどそうじゃないのか。条件を変えても住民の衣食住を割かし同じ場所に行き着くのかな。)

おそらく、この光景はユニオンでも、ロイヤルでも、鉄血でも。

技術の発展と共に、人々はこの衣食住を手に入れるだろう。

と、突然。人混みの後ろから、幼い声が聞こえた。

「待って〜、待ってよ〜!!」

「はやくおうちに帰らないとおこられちゃうよ〜!!」

ピュリファイアーが声のした方へ目をやると、どこからかの路地から大人たちの足の隙間を縫って走ってきている。そして。

「あっ」

小さな声が、それを見ていたピュリファイアーから、無意識に発せられた。

「まってぇ!睦月ちゃん!」

後ろの、遅れ気味のピンクの髪の子が叫ぶ。

「赤信号だって!!」

この声は確かに届いた。睦月ちゃん、と呼ばれた幼い少女は自らの足にブレーキをかける。しかし、それがいけなかった。

「わっ、わわっ!?」

少女は足をもつれさせ、車道へ転んでしまった。

けたたましい車のクラクションが、鳴り響く。

 

周りの人間は、それ見ている。見ているが動けない。

動けるのはたったひとり。

 

「...は?」

身体は既に動き出していた。既に、1歩を踏み出していた。私はセイレーンなのに。目の前の数多ほどいるたかが人間の子1人を救う道理はない。

 

「あああああああ!?」

両腕で子供を抱き、彼女は飛んだ。まさに間一髪。

どうにか少女を救い出し、反対側の歩道まで行くことができた。

 

「おおおおお」「睦月ちゃ〜ん!!」「すごいなねぇちゃん!!」「ケガはない〜!?」「うぉおおおおぉぉぉぉすげええええええ!!」

と、対岸の声が聞こえる。

(違う。私はこういう称賛が欲しかったワケじゃない。考えるより先に身体が動いた。システムのバグ?性格プログラムの特異性長の表れ?)

ピュリファイアーは自らの起こした行動について思考する。

が、そんな思考も浅いところで切られてしまう。

「お、お姉ちゃん、助けてくれてありが...」

「ん、ああどういたしまして....ん??」

目の前の少女のお礼もそこそこに、また思考に入ろうとするピュリファイアー。しかし、彼女は、その思考に入るよりも前に目の前の少女の変化に気付いた。

わなわな、と青ざめた顔、怯えた目でピュリファイアーを見ている。

「....え?」

そして、震える手に、握られているのは小さな黄色い機械。

「せ、せ、セイレーンさんです!?!?」

ピ ィ ィ ィ ィ ィ ィ イ イ イ イ イ イ イ イ イ !!!!!と、その小さな機械からは想像できない程、けたたましい音が鳴る。そして、少女は一目散に逃げて行ってしまった。

「なッ...!?まさかっ...!!」

ピュリファイアーは目の前の少女が何をしたか、理解した。そしてそれと同時に、

(高速接近反応....!!17時方向っ!!)

彼女の黄色眼が、その方向を見やる。それと同時に、宙からの高速の斬撃。

(チィッ!!)

とっさに、セイレーン艤装を起動し、それを防御する。威力が瞬く間に火花と轟音に変換される。

「乱っ暴だなァ...!!ワタシ何かしたっけね?」

「...指揮官、指示通りの場所に綾波、現着したです。これよりセイレーンと交戦するです。」

白い髪の少女が、ピュリファイアーへ、紅い機械刀を突きつける。

「うぉおおおおぉぉぉぉ綾波様だ!!」「アイツセイレーンだったのか!?」「綾波様が助けに来て下さったぞ!!」「やっちまえ!!」「セイレーンを殺せ!!」

つい先程までの称賛の声は何だったのか、と問いたくなるほどの手のひら返し。セイレーンを憎み、重桜駆逐艦綾波を応援する喝采が、夜の交差点を包む。

「今から、アナタを斬る。です。」

「.........」

 

ぽつぽつと、戦いの幕開けを告るかのように、雨が降り始めた。

 

 

 

 

 

 

「うーん、こりゃァもう少しましな格好で出るべきだったかな。」

傘をさして街を歩く蓮。雨がざあざあと降り続き、中々冷え込んでいる。

秋初旬でも、雨に降られると、寒いな。と白い息で傘を持つ手を温める。

母港に向かう度に、いつも目にする風景。母港とはまるで違う。そもそも目的が違う。

あの大樹の下に広がる港町は、入り込めば、時代を間違えたのではないか、と思うほど、先時代的で、より華やかな生活が見て取れる。そもそも、あの区画は、KAN-SEN居住区並びに観光街、ということになっているので、普通の街ではないのは確かだが。

それと、対称的な、それ以外の街、この街。

コンクリートに、アスファルト、古来の文化からは遠く乖離したそれらが作り上げる街。実に機能的で、困ることなど1つもない。店も24時間営業しているところも少なくない。

しかし何故だか、時折。帰りたくなる。実家に。実家のような心の拠り所を求めるのだ。

張り詰めた都市で生きていると、どこかに緩み弛みを求めるもの、だからこそ、観光街として母港が儲かるのニャ!!!

...と、メカニック緑猫が言っていた。

まぁ、聞いた話だ。自分はいつも母港に勤めている身だ。だから詳しいことはわからないし、少しも、帰りたいと思ったことはない。

早朝。人はまだ活動していない。車両もない。世界にたった1人しかいないような気分になる。雨と雲に覆われて、朝日など見る影もない。

雨の音と、自分の足音しか聞こえない、冷えた街をぽつぽつと歩いてゆく。

 

歩いていると、運悪く、赤信号に当たってしまった。

「ふ〜...。」

そして、信号を待つ。ついに雨音しか聞こえなくなった。

 

 

「ぅ...ぁ...」

「あ?」

しかし、雨の音に乗って別の音が聞こえた。

今にも消えてしまいそうな、小さな声。

「...っ、」

デジャヴだ、夢の中のあの声。あの声が重なる。

今なら、この手は届くだろうか。声は、後ろの暗い路地から聞こえる。

傘は、ギリギリ入らなそうな横幅だ...。

 

 

 

 

 

「ぅ...ぁ...」

寒い、寒い。ヒトに近いカラダは、こんなにも不便なのか。

左手の感触は...ない。寒さを感じることも、握ることも、伸ばすことも、叶わない。左手が、ない。

(何も思考できない...)

身体が少し、発熱しているように思える。原因すら思考することは不可能だが...

「ぁ...?」

 

 

 

しばらく行けば、声の少女はいとも簡単に見つかった。

濡れたセーラー服。左の方は血の赤に染まり、袖から先に腕がない。

そして、長い髪を巻き込むようにして、どうにか壁を背にして、座っている状態だった。

そして、ようやく。そうやって座り込んでいる少女の正体がわかった。

「...セイレーン。」

その名を口にした。

 

(あ...殺...しに...来たのか....)

虚ろにしか、視界が映らない。ようやく、ピントが合うと、そこにいる男の顔が、ようやくわかった。

...今までにない孤独感。自我があるからだろうか。それともこの身体がKAN-SEN仕様に近いからだろうか。

「......?」

 

 

 

セイレーン。あの災害を引き起こした張本人達。

それが今。目の前に居る。

あの助けられなかった子の、奪われたたくさんの人々の仇を取ることなんて、容易いことだ。

 

でも、それでも。

 

今なら、この手は届くだろうか。

 

「大丈夫か、立てるか?」

 

目の前の少女に、手を差し伸べる。

 

運命の歯車は、動き始めた。




神奈 蓮:主人公。幼い頃からの能力いざこざで友達が居ない。メカニックをやっている関係でKAN-SENの友達は多い。
綾波:蓮をめっちゃ心配している。戦闘能力が非常に高い。街の人からの人望も厚い(基本的にKAN-SEN全員は人望が厚い)
睦月ちゃんと愉快な仲間たち:街にお散歩しに行ってたら街の人達に甘やかされすぎて帰るのがすっかり遅くなってしまった。いつもは門限までに帰ってくるいい子達。
ピュリファイアー:わざわざKAN-SENに近い身体(痛覚や味覚その他人間に近い生理作用等)にチューンナップして重桜の国に乗り込んできたヒロイン。セイレーン艤装はナノマシン。
オブザーバー:「まぁピュリファイアーは爆発するし技術漏洩は大丈夫か」

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