アズールレーンPhilein   作:瀧本さん

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上下分けた意味がなくなりました。泣。


2話「その手はなんの為にある 下」

「はぁ...」

小さく、ため息を付く。ピュリファイアーが倒れていたであろう路地裏は見つけた。が、ここでタイムリミットとなってしまった。市民に不安を与えてはならない。指揮官から機関命令が下され、ピュリファイアー追撃は今日の深夜まで、打ち切りとなった。

今は徒歩で、母港へ帰還しているところだ。

悔しさが胸に残り、歩みも進まない。艤装も、身に付けていないはずなのに、身体が重い。

きっと、疲れたのだろう。そうに違いない、と綾波は、ついこの間、蓮にかけた言葉を自らに言い聞かせ、また歩くのだった。

傘は持ってないので、雨に打たれ白い髪が顔に張り付く。風邪を引いてしまいそうだ。

 

そんなことを考えていると、前方から、低いエンジン音が聞こえてくる。

バイクだ。雨の中をバイクが走ってくる。そのバイクは、こちらに向かうに連れ、スピードを落とす。

「もしや、蓮?蓮技師なのです??」

バシャバシャ、と水溜まりもお構い無しに駆け寄る綾波。

綾波の前で、バイクが止まる。そして、男は、ヘルメットを脱いだ。

蓮だ。蓮はずぶ濡れの綾波に声をかける。

「おいおい、どうしたんだ。そんなずぶ濡れになってよ。普段はこっちにいないだろ?珍しいな?」

「ちょっとしたパトロールです。」

「だとしてもな、お前ずぶ濡れじゃあねェか。」

蓮は、綾波のその頭からつま先にかけてまで、その格好を見て言う。

「...そうだ、これ。」

そうしてから雨合羽を脱ぐ蓮。

「は!?蓮技師!?何をやってるのです!?風邪ひくですよ?!」

「おめェが言うかよ。ほら、持ってけ。俺は休暇中だ。風邪を引いてもノー問題だ。」

そう言って、ついさっきまで来ていた雨合羽を綾波に放る蓮。

戸惑いながらも、それを綾波は受け取った。

「風邪は引かないでください。...そうだ。」

と綾波は切り出して、蓮に問うた。

「セイレーンを見た、とか何か変わった事はなかったですか?」

 

 

俺はその何気ない質問に、背筋の凍る思いだった。

雨に紛れて汗が伝ったのが綾波にバレるんじゃあないかと気が気でならなかった。

セイレーンを見た所の話じゃない。保護して匿っているのだから。

「いや、見てねぇな。何、その様子だとさっきまでずっと探してた?それか、今探してる?」

「探してたんです。ええ。昨日深夜に接敵し、損傷を与えたのですが逃げられたのです...」

損傷、という言葉で、彼女の左腕を連想する。

綾波が、ピュリファイアーの左腕を切ったのか、と。

そうか、なんて無難な言葉しか出なかった。

とにかく、とにかく口に出さないように、目の前の綾波に嘘を吐くしかなかった。

 

 

「...ま、俺に言った言葉そのまま返すぜ。働きすぎだ。今はちゃんと休めよ?」

「わかったのです。」

「ああ...あと。」

蓮は、ゴソゴソと、自分の背負っているリュックを綾波に預け、そのまま雨合羽を脱ぐ。

「これ、着てけ。風邪引くぞ。」

連はそれをそのまま綾波に放る。そしてリュックを綾波から受け取る。

「そんなことしたら蓮技師が風邪引くのです。」

「いいんだよ、すぐ帰るし。そんな濡れねェよ。じゃあな。」

半ば強制的に雨合羽を押し付け、彼は、アクセルを入れる。

綾波は、雨ざらしでバイクに乗る蓮を見送ることしかできなかった。

「...また、アレです。自分の事を後回しにして...仕事やってなくても普段から。」

貰った雨合羽を着る。雨はまだ止みそうにはなかった。

 

 

 

 

「...な。」

雨足が、ほんの少し弱まった頃。

ピュリファイアーは目を覚ました。

 

 

見知らぬ天井。外は、もう明るくない。雨の音。

 

身体は温かい。まだ、思考も記憶もハッキリはしないが、少なくとも、あの「死ぬほど寒い」思いからは、解放されたような気分だ。

というか、身体が温かい、というより、詳しくいえば、腰から下にかけてが温かい。下半身が毛布と机の融合体に呑まれている。

(...ああ、これか、)

これが、コタツだと、わかる。

なんとなく、重桜の国に行く際に見たいものの内の1つ、だったような気がする。

そして、また気がつく。自分の服装が違うと。自分にファッションの趣味などありはしないが、それでもこれはナンセンスな格好だと思える服装だ。男性用の白いシャツだ。サイズも、合っていない。

理解が追いつかない。

何気なく、左手で頭をかく...が、かけない。

「あ〜...そうだった。」

左腕が無い。

確かに、左手の感触はある。握ろうとすることも、動かそうとすることも出来る。しかし、それは幻肢、というやつだろうか。

徐々に記憶を取り戻してゆく...

「綾波に、斬られて。」

昨夜の会敵と戦闘。腕を切られ、なんとか逃げ伸びた。

しかし、なんだか、思考がまとまらない。身体が火照っているように思われる。確か、逃げ延びた後は...

「お、起きてんな。身体の調子は?」

そうだ、男に拾われた。きっと、あのとき手を差し伸べたのは、この男だろう。

「そういえばまだ名乗ってねェな、」と言って両手にぶら下げた荷物を台所に置き、ずぶ濡れた服を脱ぎ捨てて、タンスから真っ黒な部屋着を着る。

そうしてから、ワタシと向かい合うようにコタツに入った。

「俺は重桜第一中央母港所属の艤装調整士、並び、艤装設計、開発部に所属している。神奈 蓮だ。」

「肩書き長いね。」

「俺もそう思う。」

はぁ〜、と、名乗っておきながらレンはため息をついた。

「肩書きを名乗るのは、重桜の人間の悪い癖だな。まァ好きに呼んでくれよ。」

「レン、レンね。」

「そういうお前は...セイレーンで間違いないな?」

そうやって、レンは私に言った。そうだ。と肯定する。

しかし、今の質問でわかったことがある。

「レン。その口ぶりだとワタシがセイレーンだってわかってたみたいだね?ワタシがセイレーンだって知ってて助けたんだ?」

「ああ。」

「何のつもり?何の目的でワタシを助けたの?利点があるから助けたんでしょ?」

そうだ、そうでもしなければ、『人類の敵』であるワタシを助けることなんて、しないだろう。

「懐柔して君の上司にワタシを売りつけるのかな〜?そうすれば君は結構なお手柄物だろうね。ワタシは許そう。だがこの_」

「いや、」

レンの言葉が、ワタシの言葉を遮る。

「お前を差し出すことは無い。断じてない。約束する。」

どうも、嘘はついているような印象は受けない。

なら、尚更、どうして

「どうして助けたの?」

「それは...」

「それは?」

 

「手が届くと思ったからだ。」

 

「はァ?」

 

「や、今のは忘れてくれ、ちょっと自分でも今の恥ずかしくなってきたわ...」

手が届く。その言葉に含まれた意味を測りきれない。まともな返事には程遠い。

「人間ってそんな曖昧な理由で行動したっけ?」

「うるせーうるせー!!」

彼はコタツの机に突っ伏したまま顔を上げなかった。

レン、というこの人間が特別なだけだろうか...

そういえばまだ他に聞いてないことがある。

「レン、ワタシの服は?」

「え?洗濯。」

レンはパッと顔を上げて左後ろを見る。確かによく聞けば、ごうんごうんと洗濯機の回る音が聞こえる。...道理で私の服じゃないんだ、今着てる服が。

「...ってことはワタシから服を脱がせたんだね。」

「あ」

レンはまた机に突っ伏してしまった。今度は耳が赤くなるおまけ付きだが。

数秒、耳が赤くなった理由を考えて、思い当たり尋ねてみた。

「レン、ワタシの裸見た?」

「............はい」

今にも消え入りそうな返事がレンから返ってきた。乙女のようなその反応から見るに確定だろう。

「さてはオメー童貞だな?」

「うるせーうるせー!!」

今度はもう、レンは耐えきれなくなったのだろう。コタツから抜け出して、台所へ行ってしまった。

「今度から童貞君って呼んでいい?」

「やめろ!!好きに呼んでいいとは言ったがな!!やめろ!!」

悲痛な叫びが飛んでくる。データに見るより童貞という存在は悲惨な生き物だった。なんて下らない事を思っていると、

〔ぐううううぅぅぅ....〕

「あ、そうだわ、そりゃあそうだ。忘れてたぜ。」

さっきまでの言動が嘘かのように、レンが台所から戻ってきた。そして、ワタシの額に手をやる、

「あ〜、まぁまぁ熱は引いたな。まだありそうだが。食欲はあるな?腹鳴ったもんな?」

ほぼ一方通行な確認をして、レンは台所に戻り、ガサゴソとさっきの袋を広げている。

「今日は鍋にする。まぁ2人でも食べれるだろう。風邪ひいたら温かいの食べたくなるだろうし、季節だしな。」

「え、いや風邪なんてひかないし」、と言いかけて途中でやめた。

そうだ、この身体はKAN-SEN仕様だった。...不便だな。この体は。

「ま、待ってろよ。すぐにとは言わねぇが鍋は逃げないからな。」

 

 

手際良く、野菜や肉を切ってゆく。休日以外に料理をする暇なんてあったものでもないし、そもそも休日がないのも問題だが、母親仕込みの料理の腕は失われる、ということはなかった。

「ヤバイなー、お腹が空くって機能すごい不便なんだけど〜。あああこの身体不便すぎる〜」

と、後ろからピュリファイアーの悶える声が聞こえる。...セイレーンとはこんなにも感情豊かなのものなのだろうか。

風邪で熱が出てテンションがおかしいのかもしれないし、本人が言ってる通りKAN-SEN仕様の身体だから、なのかもしれない。

何にせよ、元気そうで良かった。

全ての具材を鍋に入れ、ガスコンロの上に置き、つまみを捻った。

「さ、後は待つだけだ。」

「どんくらい?」

「あったまるまで」

「...具体的な時間はないのか。」

と、不満そうに言い、彼女はコタツに入り込んで寝てしまった。

外の雨はまた降り始めたようで、さっきまで小さかった屋根を叩く音はまた大きくなった。

時間は...まぁ、夕飯にしては少し早いくらいか。これ以上待つとピュリファイアーがうるさいだろう。

「っと、そうだ、ピュリファイアー。」

「ん?」

具体的な時間が聞けなかったのが余程不満だったのか、声がえらく不貞腐れている。

「なァ、お前の身体、KAN-SEN仕様なんだって?」

「そうだけど。」

「そうか、なら憂いが無くなった。」

そう言って、台所へ行き、袋から、昼間買い物に行ったついでに母港の開発部からくすね、もとい、拝借してきたある物を持ち出す。

それをコタツで寝入るピュリファイアーの元へもってゆく。

「これ、な〜んだ。」

「...手?」

「正解。義手だ。KAN-SEN用のな。」

そう、昼間バイクに乗り、買い物を済ませた後、そのまま母港へ向かった。もちろん見つからないように、だ。

 

 

この義手、正確には試作型戦闘用単機能義手:左腕だが、名の通り「戦闘用」の義手である。戦闘の際、KAN-SENが腕を負傷し、その腕の代わりとなる戦闘向けの義手をコンセプトに、明石と数名のメカニックにより発案、設計、試作されたものだ。もちろん、蓮もその開発に参加した技術者の1人だ。

ほぼ、遜色なくもとの腕、手のように取り扱うことができる。

だが、あくまでも「日常用」では無い。試作段階なのも相まって、装飾は一切無く、無骨な黒い鉄鋼そのままに、いかにも機械らしい様子だ。

「それをワタシにつけようって?」

「そうだ。セイレーンにも使えるか不安だが、KAN-SENと身体の作りが同じだってなら大丈夫だろう。」

そう言って、蓮は義手を持ってピュリファイアーの腕に近づける。

「少なくとも不便じゃあねェ筈だ。しばらくじっとしてろよ?動くな。」

「お、おお。」

外見は無骨だ、しかし、中身は重桜の技術の結晶が、これでもかと言うほど詰まっている。

「お前の身体とコレを同期させる。微調整は必要だが、ある程度は自動で調整される。」

「へぇ、」

カチ、カチカチ、と義手の小さな駆動音が響く。

「...なぁ、鍋ってまだ?」

「おっと忘れてたわ、火ィ止めてくる。」

蓮は、どたどたと慌ただしく台所へ向かって行ってしまった。

彼女の左腕には、まだ同期しきらない義手がくっついている。ピュリファイアーが、左手を動かそう、とすると少々鈍いながらも、大まかな動作は可能となっていることに感動する。

「おおお!!」

指先の細かな動き、とまではいかないが、肘や手首などの大まかな動きは可能となっていた。

「案外すごいモノ作るじゃん!!」

「まァな。_そら、お待ちどうさま。」

そこへ、鍋を持って蓮が帰ってきた。

がたん、とコタツの机の中心にそれを置く。

フタを取ると、湯気がふわりと舞い、中から茹だった具材達が顔をのぞかせる。

「ちょ〜っとあっため過ぎた気がしないでもないが、まァ味に問題は無ぇだろ。多分な。」

「へぇ〜!!」

ピュリファイアーは無邪気に目を輝かせた。

「何、食べたことないのか?鍋。」

「ないよ?そもそも食べ物を口にしたことはないね。」

「...セイレーンは食べ物食べないんだな。」

蓮は妙に納得する。

が、ピュリファイアーは全くお構い無しだ。

「じゃあ!!」

と言って彼女は、鍋の中の具材へ手を伸ばす。

「待ァて待て待て待て待て待て待て待て!!!」

「ん?」

「アホか!?火傷するわ!!マジで食べたことないんだな!?ほら!!」

「何これ。」

「箸だよ!!」

「あ〜これが音に聞く噂の重桜の民が使うっていう...」

「こうやって使うんだ。」

と言うと、蓮は、鍋からいくつかの具材を、箸で小皿に取り分けて、ピュリファイアーに渡す。

「熱いからな。気ィつけろよ。」

「は〜い、」

彼女は、ふるふると狙いの定まらない箸でどうにか一つの肉団子を掴むと、それを口に放り込んだ。

はふ、はふ、とどうやら肉団子が熱かった様子がうかがえる。が、ようやく噛み締めたのだろう。ゆっくりと、噛んで、噛んで、噛み締めて、十分に味わってから飲み込んだ。

「美味い!!」

「よかったなァ人生最初に食べたモンが上手くてよ。」

「これが...人の作り出した『味』か...!!」

今度は、白菜を口に入れる。

「味が違う!!味が違うけどこれも美味しい!!」

「そりゃあ全部同じじゃあないからな。...お前、左手、問題なく使ってるな?」

「確かに。問題ないね。」

もきゅもきゅと白菜を頬張りながら彼女は答える。

問題なく左手で支える小皿に、鍋からまた具材を取る。

「後で微調整だけだな。」

蓮もその様子を見て安心し、箸を取る。

「ふえっくし!!」

と、ひとつ大きなくしゃみが出る。

蓮は鼻をすすってなんでもない。とピュリファイアーに言う。

「昼間にな、ちょっと雨に濡れてたんだ。まぁ風邪なんて引かんだろ。」

と言って、手元にあった、缶をあおる。

「何その飲み物?」

「ん?酒だ。知ってるだろ?寒かったんでな。」

酒を飲めば身体は暖まる!と自信げに言う蓮。

「...ダメだからな。飲ませないからな。」

「ちぇー」

 

 

すっかり、夜になったころ。鍋の中身の具材は無くなった。

「ふぅ〜、ごちそうさまでした。」

「何それ。」

「食材に感謝する重桜のしきたりだな。ま、言わなくたって誰も何も言いやしないけどな。」

ふーん、と不思議なものを見た、という顔をするピュリファイアー。

「ごちそうさまでした。」

見まねで、彼女も手を合わせた。

 

こたつに呑まれながら、蓮はピュリファイアーの義手の微調整をする

「どうだ?ラグは無くなったろ?」

「...すごいね。調整士、て言うだけあるね。」

左手を触り、指を1本1本動かす。カチカチ、と無骨な義手がきちんと動く。

そんな指を見て、彼女はボソリ、と言うのだった。

「...ねぇ、レン。」

「なんだ、不具合か?」

「いや、その....KAN-SENって眠くなるの?」

「は?」

ピュリファイアーが、彼女自身の左手を見て、そして、蓮の顔を見る。

「まぁ...眠くなるんじゃあないか?少なくとも、重桜の母港にいる奴らは睡眠を取る。」

蓮は、ピュリファイアーの質問に、驚きながらも、およそ一般的な回答を述べた。

対して、ピュリファイアーは目を右手で擦っている。

「...これ、眠たいのかな?」

「ああ、そうだろうな。セイレーンも眠るんだな。」

セイレーンは、ほぼ日夜関係ない攻撃、行動をとる。また、鏡面海域に、夜や昼はあるのか?とか、そもそも超越技術で造られたセイレーンは睡眠を必要としないだろう...というのが通常の考え方だが...

「KAN-SEN仕様の...身体だって...言ってるじゃん...」

目の前のピュリファイアーはうつらうつら、と今にも眠ってしまいそうな顔だ。

「いや...心配で寝れないんだ....。」

心配?と右肩を上げる蓮。

今にも倒れそうな雰囲気の彼女は言う。

怖いんだ、と。

「今まで...寝たことないんだ。お前に担がれてた時は、ワタシは...気を失ってたろ....」

 

「それは、いいんだ。でも、そうなる直前までは、怖かった。だから抗っていたんだ。意識が途絶えないように、抗っていた。意識がだんだん消えてゆくってのは...すごく怖いんだ...。」

と、今にも消え入りそうに言う。

「だって、死ぬみたいじゃあないか...。」

「ほォ....なるほど一理ある。」

「笑うなよ...こっちは...真剣なんだ。」

しかし、ピュリファイアーの声はだんだん消えてゆく。

そして、ゆっくりと寝息を立て始めたようであった。

「...ピュリファイアー?おーい?寝たのか?」

 

 

「ここは...?どこだろうか。」

真っ暗な...何もない空間に。

足元は、さざ波だ。小さい波が繰り返す海の上だ。

すると、突然、全身に悪寒が走った。鋭く、首筋から背中にかけて恐怖が駆け巡る。

「恐怖」を発するそれは、前方からやってくる。

黒い、正気を纏った凄まじき、「何か」

「や、やめろ........くるな....!!」

拒否する。できない。

その何者かは、ゆっくりと、こちらへ歩んでくる。

拒絶する。できない。

何者かの足が、海水に触れる度にじり、ジリ、と電光が飛ぶ。

刀を抜き放ち、迷いなく、こちらへ向かってくる。

ついに、口すら聞けない。恐怖が、口と、足と手を縛る。

その何者かが、両手で、大きく刀を持ち上げる。

そして___

 

現実に引き戻された。

「はァっ、はァ、はァっ...」

二回目の天井。下半身は同じく温かい。コタツに呑まれている。

違うのは。

息が、乱れていること。汗がかいてるいること。

「おい?どうしてピュリファイアー。」

台所には、皿を洗っているエプロンの蓮の姿が見える。

「まだ寝てから5分しか経ってねェぞ。」

そう言って、一端その洗い物の手を止め、エプロンのままこちらへやってくる。

「....ワタシでも、夢って見るんだな。」

「表情と汗から察するに初めての夢見心地は最悪そうだがな。」

「...」

黙り込む。彼女は下を向いて、何を言うでもなく、座っている。頭が前後に揺れて、また、意識を手放しそうになるピュリファイアーだが、ふるふる、と頭を振り、睡魔に抵抗する。

「...さっきは笑ったがどうやら深刻な問題らしいな。5分ごとに悪夢を見て目覚めてちゃあ、まさに死活問題だ。」

「...?」

そう言って、彼はピュリファイアーの近くへ、正座した。

「あ?何をぼけーっとしてんだ、ヒザだよヒザ。」

ポンポン、と自分の膝を叩く蓮。ピュリファイアーはそれを見つめる。

「膝枕だ。知らない?頭をこっちにしな。」

「あ、ああ....」

言われたとおり、彼女ははその頭を蓮の膝の上に移動させる。

「...おい、ずっとこっちみてんなよ恥ずかしいな。目ェ閉じろ。」

蓮は優しく、ピュリファイアーの頭を撫でる。

「安心しろ。...大丈夫だ。大丈夫。死にゃあしねぇよ。寝たくらいじゃあな。」

 

「大丈夫。大丈夫だ。」

 

____ああ。生きてるんだ。

 

温もりがある。優しさがある。

恐怖はここにはない。寒さも、もちろん。

 

「ねんねんころりよ おころりと 坊や はいいこだ...」

 

柔らかく、柔らかく、言葉が耳に蕩けこんでゆく。

 

____ああ。生きているんだ。

 

 

彼女は膝の上で眠っている。

驚くほど静かに寝息を立てる。悪夢を見ている...ということは無さそうだ。

「見てりゃあ可愛いもんだぜ。....っくしゅ。」

突然くしゃみが出てきて、手で抑える。同時に少し悪寒。

風邪を引いてしまっただろうか。やはり、昼間に綾波に合羽を押し付けてきたのが良くなかった。

...いや、綾波に合羽を貸したのは悪いことじゃないし、風邪もきっと引いてない、と不安と一緒に飲み込むようにして、缶の酒をあおる。

「あぁ、しまった。」

このまま、膝にピュリファイアーを置いておいては、皿を洗うことができない。

...いつまでピュリファイアーを見ていれば良いだろう。

面倒、とかじゃあない。頭を撫でていると、どうしようもなくずっとこうしていたくなるのだ。

 

どうか、「眠れる」ことは「安息」だと覚えて欲しい。




神奈 蓮:今回、料理も出来ることがわかり、さらに膝枕ムーヴを見せ、完全にママポジションを獲得した。料理は母親仕込み。母親はもっと料理が上手い。
ピュリファイアー:今日初めて寝た。風邪引いているので、まともな思考回路ではない。アニメの生首状態可愛かったですね。
綾波:風邪引くくせに、傘もささずに帰ろうとしていた。ちなみに、時期的には秋なので、雨に濡れたら余裕で風邪引く。つまり...?
黒き者:ピュリファイアーの夢に出てきた。元ネタは「仮面ライダークウガ」に出てくる文献。わかる人いるのだろうか...まぁ、気にせずに。
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