アズールレーンPhilein   作:瀧本さん

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受験勉強つらい.......つらくない?


6話「語り部」

むかしむかし、と言っても、それほど昔ではありません。一人の若い若い男が居ました。

ただの男です。怪力があるわけでも、特別賢いわけでもありませんでした。

本当に、ただの人でした。

それでも男は、白い指揮官服に身を包み、日々戦果を見て、戦う戦友を見て、戦術を見て、戦場を見守り続けました。

来る日も来る日も、異形と戦っている仲間を見ていることしか出来ませんでした。

永遠に仲間が傷つく日々が続くと思われましたが、止まない雨は無い、と言いますね。

異形との戦いはついに終わりを迎えました。

「お、終わったのか...?三笠、セイレーンが退いた、と。本当...なのか?」

「ああ、終わったんだ、英一。セイレーンの大規模侵攻はついに、終わったんだ。」

 

執務室で、二人はこの戦争の終わりを祝いました。その祝福に国の違いはありませんでした。ヴォッカを飲むものもビールを飲むものも居ました。もちろん日本酒を飲むものだってワインを飲むものだって居ます。それぞれの酒を酌みあいながら、祝いながら夜を明かしたのでした。

 

ですが、そんな祝いの日は長く続きませんでした。

異形との戦いで、確かに世界は一つになって戦っていました。確かに結束していました。確かに、つい先まで酒を酌み交わしたのです。

ですが、世界は分裂してしまいました。

いや、必然だったかもしれません。世界は大きな一つの敵と戦っているからこそ団結していました。

一つの大きな「敵」を失った世界はばらばらに分裂してしまいました。

「なぁ、三笠。俺らは、これから一体どうなるんだ?」

「...おそらく、各国と争うことになるだろう。」

若い若い男は、若い男になりました。

軍神は変わらない顔で執務室の窓の外を見ています。

若い男は、ふと思ったのでした。確信を得たのでした。

止まない雨は無い。雨は止む。その言葉に確かに間違いは無いだろう、ただその言葉の続きはこうだ。

止んでも別の雲から、別の雨がまた降り始めるのだ。

 

 

 

 

 

______________________________________

 

「...ふむ、それが、お前ら一緒にいる理由か。」

俺とピュリファイアーは、英一指揮官に、どうして一緒にいるかを話した。

といっても、まともなことを言えたものではない。助けた理由は形を持つものではないし、ピュリファイアーが俺に付いて来た理由も生き延びるため、だ。

(ねぇ、レン、なんだかこのおっさんにちゃんと聞いてもらえた気がしないんだけど、これワタシたち大丈夫?普通に今すぐにも中央母港に送られるんじゃない?)

確かに、話は聞いてくれた。ユニオンへ行くという理由を伏せて、国外に出たいと申し出たものの、普通に考えればそのままユニオンへ行くだろうことは容易に推理できることだ。

(いざとなったら逃げ出そう...ってのはとっても難しいことだ。多分そこのミカサにぶった斬られるだろうね。攻撃を避けながらどうやって逃げるよ?)

ピュリファイアーが耳打ちしてくる。次に、英一指揮官が口を開いたときにはそこの三笠へ俺らの斬首を命じるかもしれない。

そう思うと身構えずにはいられない。首筋に冷や汗が伝う。

と、おもむろに、英一指揮官は口を開いた。

「今日はもう遅いな。解散だ解散。」

「!?!?!?!?」

「はっ!?!?!?」

「何を驚いた顔をしているんだ?三笠、二人を食堂のほうへ案内してやってくれ。」

「良いだろう。」

なんと、斬首どころか中央母港への連絡もしないのか。しかも、食堂?捕虜は普通、牢屋じゃないか?

「何をしているのだ、二人とも。縄は我が切ったろう、行くぞ?」

あんまり状況が飲み込めずにいると三笠がもう執務室のドアを開けかけている。

まさか本当に今日はこの扱いのままなのだろうか。仮にも人類の敵を連れているのに。ピュリファイアーだけひっとらえられてもおかしくないのに、間違いなく英一指揮官は「二人を」と言っている。

「さ、行け。もう皆は夕食を取るころだろう、合流して一緒に飯食ってろ。」

英一指揮官はそれだけ言って懐から取り出したタバコに火を付けて、もう興味なさそうにしていた。いや、別の思考に移ったのだろうか?

ひとまずは、言われたとおりに三笠のあとをついていくことにした。

 

「もうこの母港には歩き慣れたかな?」

「は、はあ。」

大御所の後ろを歩くことになってしまった。この母港はなかなか入り組んでいて歩きにくい...が、食堂まではどうやら迷うことはなさそうだ。この夕食の時間はKANSENと職員でごったがえすようで、その音がする方へ歩めばたどり着くことは出来そうだ

「しばらくはこの母港にいることになるだろう、君らがどのような扱いになるかはわからないが、我は君たちの来訪を歓迎するぞ。」

と、先頭を歩きながら三笠は俺らに話しかける。が、それに疑問に思ったピュリファイアーは三笠に質問をした。

「あのさ、どうしてワタシたちを歓迎するんだ?」

単純な疑問だろう。セイレーンがその質問をするのはもっともだ。

「この母港ではな、捕らえたものは皆、決して殺さずに捕虜とするのだ。捕虜、といってもその扱いは客人に近い。つまり君らは一応捕虜、ということになる。」

「もしや、英一指揮官は明日も聴衆を行うと言ってたけど明日にはもう何も無い...?」

「そうかもしれんな。客人にずっと聴衆を行うようなことはないであろうし、そもそも君らの話は、あの執務室で話した話以上でも以下でもないだろう。」

それは認める。たかだか四日しか一緒に過ごしていない。話すべきことがあるならピュリファイアーの方だろうが、執務室で英一指揮官に「ワタシは見たいものを見て食べたいものを食べる!その目的のためにレンに付いて来た!」なんて言うのでとてもセイレーンらしい情報も行動目的も喋らないし、言ったことにウソはない。

と、どこにも行き着かない思考をめぐらせていると、食堂へ着いた。

たくさんの人でごった返している。和気藹々と話して、夕食を食べている。

「では、我は戻る。良い夕食をな。」

「あっ?」

と、食堂に着いた途端に三笠はきびすを返して元の道へ返っていってしまった。

「食べないのかな?」

「まァ、英一指揮官と何かしら話があるのかもしれん。」

多分、案内はしたから、ここで適当に夕食を取ってくれ、ということなんだろう。

もう一度食堂を見回してみる。

いまから夕食を食べようとするもの、注文するもの、食べ終わって食器を返すもの...そして、

「おっ!蓮!!蓮~!」

「姉さん!!口に食べ物含めながら叫ばないで!!」

こちらに手を振っているのは俺らを連行していた伊勢と日向だ。

あれだけ叫んでいるが、人で賑わっている食堂では些細なことなのかあまり周囲の人から目立つ様子はない。

「お前ら、あっちにカレーあるあるから、取ってからこっちこいよな~!」

と左のほうを指差す。

「ねえ、レン、あっちからすごいいい匂いする~」

「お前本当に食に対して敏感になったねェ...」

ふらふら~っとその匂いがする方へ、ピュリファイアーが歩んでゆく。その後ろをついてゆく。

大きな鍋に作られたカレーと、また大きな容器に入った白米。そしてわきに皿。

「今日の献立」のところに「カレー」と書いてあるのでたまたま今日がカレーだったのだろう。

「レン~、これどうやってとるんだ?」

「ああ~、まずこうやって先に、皿に自分の食べる分のご飯をこのしゃもじをつかって盛り付ける。そしたら盛り付けた半分を覆うくらいの量のカレーをおたまですくって盛り付ける。...こんな風にな。」

というふうに自分のカレーを盛り付けながらピュリファイアーに教える。

彼女はコクリ、と頷いて皿を持つ。

「じゃあ俺は先に伊勢たちのところに行ってるからな。」

やり方はわかっていたようだしおそらく大丈夫だろう。自分のカレーの皿を持って伊勢たちのところへ戻る。

 

 

「おう、そんだけでいいのか?カレーは。」

「いや、伊勢が食べすぎなんじゃねェか...?」

ことん、とカレーの皿を置く。

席に戻り目の前の伊勢を見ると、まだカレーを食していた。この時点でまだ俺の倍近くはある。と予想できる。えらい大食いのようだ。

となりの日向は普通の女性並みの量に見える。対象的、とまではいかないがあまりに伊勢が大食いなので日向が小食に見えてしまう。

「お前、蓮だったな。蓮。驚いただろ。ここの母港は捕虜の扱いに対して寛容なのさ。」

「そうだな。まるで客人だ。」

「だろ?」

「もう、食べるか喋るかにしてってさっきから...」

「はいは~い」

「なっ...!?」

行儀の悪い姉を注意する日向だが、彼女の注意はあんまり伊勢の耳には届いていないようだ。

「この...馬鹿姉...!!」

彼女の怒りまでも、やはり届かないようだ。

「お~騒がしいテーブルだね、レン。」

と目の前の小さな喧嘩を眺めていると、後ろから声がかかった。ピュリファイアーだ。おそらくカレーを盛り付け終わったのだろう。

「おっピュリ...ピュリファイアー、何だそれは。」

ごとり、とカレーの皿が机に置かれる。

ふりかえってピュリファイアーの方を見やると、そこには信じられない量のカレーを持った彼女の姿があった。

「なんだそれは。にほんむかしばなし盛り?」

「ニホンムカシバナシモリがなんなのかわかんないから答えられないね。」

山のようにも見える。とにかく大盛りだ。本当に食べ切れるのか?

すると、そんな疑念の目を見たのかピュリファイアーは、「大ジョブ大ジョブ!食べれるっての!」と胸をはった。そして、スプーンで一山から一山を取り、それを口の中へ運ぶ。

「ん゛!?んん゛~?!」

とても食べ物を口に運んだとは思えない声で身悶えるピュリファイアー。しかしそのあと、満面の笑みで彼女は言った。

「おいっし~!!!!ウマイなあ!?」

そのままもっしゃもっしゃと咀嚼してゆく。

 

「お前もそろそろ食べろよ。見てるだけじゃあなくってよ。」

「あ、ああ。そうだな。」

伊勢に急かされ、俺もカレーを食べる。

「...甘いな。」

甘さ。それが旨さの中に入っている。りんごか、はちみつか、何かわからないが確かに甘いのだ。お子様の口にあうという評価がいかにもそれらしい。

「甘いだろう。軍港にあるカレーにそういう印象はあまりなかったんじゃあないか?甘さの秘訣は、たまねぎだ。」

「たまねぎ?」

入ってないが?どうスプーンでかき混ぜてもたまねぎらしきものは出てこない。

「そりゃ入ってないさ、とけるまで煮込むんだ。そうすると自然な甘さが出る。バクバク食えるってワケさ。」

伊勢がそういって彼女もまたカレーを口に運ぶ。

なるほど.....甘い。納得の甘さだ。だが、何故こんなに甘くする特別な理由があるのだろうか?

「ああ...何か理由があるのか?」

「なんでも、三笠様がそうしろって食堂に命令したらしい。そんな真剣に聞く理由じゃないと思うが?」

...確かに。

しかし、あの向かうところ敵なしの軍神三笠が、辛いものが苦手だと聞いて少し自分の中にあるイメージが揺らぐ。そんな揺らいだ三笠像を頭の中に浮かべながらまたカレーを食べる。

二口目からは甘さに慣れ、次の三口目、四口目を誘うスパイスが入っていることに気がつく。甘いだけでは食べるものを飽きさせてしまう。その配慮が成されているようだ。飽きさせない工夫だ。

その味を目一杯堪能する。そして、次と、その次と、味わってゆく。

「良い食べっぷりだな。」

今度は日向が話しかけてきた。

話かけてきてところでようやく気がついた。自分のカレーはもう最初の三割程度しか残っていない。もう大分食べていたようだ。

「いかにも良いご身分だ。」

「言われれば確かに。」

隣のピュリファイアーを見やる。思いっきりカレーにがっつき、当初山のようにあったカレーはもう残すところ少なくなっている。

「本当に捕虜とは考えられないような待遇だ。三笠も、ほぼ客人として扱うと言っていたが...」

「ああ。その通りだ。酒だって飲めるぞ。得に止めはしない。」

「...何か、裏がある?」

としか思えなくなってくる。あまりに自由だ。あまりに優しい環境過ぎる。ここまで甘いと何か疑いたくもなってくる。しかし目の前の日向はその疑問に対して首を横に振った。

「それはな。お前たちを執務室に連行するときに話していた「この母港は増築改築を繰り返している」という話題にも繋がる。」

確かに、執務室に連行されるとき、ピュリファイアーが「使いづらそうな母港だ」と評したのをきっかけにその話が始まった気がする。

「馬鹿姉が『まだあたしはあいつらに母港の話をしてない!私はここであいつらにさっきの話をするまで待つぞ!』なんて言うから私も待ってたんだ。」

と、日向はため息を吐きながら言った。

「...すまん、待たせたんだな?」

「いいんだ。馬鹿姉が悪い。幾らでも話す機会などあろうに、どうしてもすぐにと言うんだ。」

そしてその件の伊勢はと言うと...

「はっはっは!!!酒も飲めるのか!!見かけによらねえなあ!!」

「うわ~、すごいな~あははははは、アハハ!!」

なんと山カレーを食べ終えたピュリファイアーと日本酒を酌み交わして飲んでいた。

「うぉォオイ!!未成年!!!」

ピュリファイアーが飲んでいるのを腕を掴んで止めるが、

「はぇ?アハハ、ハハハハハ!そっかあレンも飲みたいんだな~この欲しがり屋さんめ~」

こちらに向けた顔は紅潮し、息は酒臭かった。...様子を見るに笑い上戸らしい。

「そもそもセイレーンのワタシに年齢のハナシが出来ると思ってんの~?誰が観測して誰が未成年って決めるんだよ~なぁ~?」

「い、いや確かに言われてみりゃァそうかもしれんけど...」

セリフではこう言ってるが、セイレーン艤装がアルコールに作用するわけもなく、身体に回ったアルコールは制御できてないらしくもう出来上がっていた。

KAN-SENと同じ身体を有するとこんなことになるのか。

そしてその向かいに座ってピュリファイアーの飲みを煽る伊勢。彼女もまた一言で「出来上がっている」と表現できる状態だった。

「これ話できんのかァ...?」

「無理。」

ばっさりと伊勢の正気の可能性を切り捨てる日向。腕組をしてため息を吐いている。俺もそうしたい気分だ。

「母港が何で増改築されてるのか、捕虜がどうしてこんな扱いなのか、やっぱり興味がある。どうにか聞けないか?」

「...私から話すか。出来上がった姉の口から正しい順序の言葉が出るとは思えん。」

日向は渋々と、そしてゆっくりと話し始めた。

____________________________________________

「おや、指揮官。勲章を貰ったのか?」

それほど若くない男に、黒い軍服の女性が話しかけました。

「ああ。だがこんな飾り、なんの役にも立たない。誇りではあるが、それ以上にはならない。」

話しかけられた男は、指揮官帽を深く被りなおし、灰皿にまだ熱のある灰を落としました。

「勲章は誉れだ。もっと付けている身らしくしろ。指揮官。」

「...ああ、そうかも知れねえ。だけど、あの日以上の思い出にもならねえんだよ、この胸の鈍い輝きはな。」

そういって勲章を撫でることも無く、胸から取って外してしまいます。

男はただ勲章を見つめるだけでした。窓から入ってくる日が鬱陶しいくらいまぶしいです。外に見える海は無駄なくらい澄んだ青でした。稀に見る、いい天気でした。

それでも男を振るわせるほどの気持ちは起こさせることは出来ないのでした。

「それでも指揮官。我々は戦わねばならない。」

「...わかってら。鉄血と、ロイヤルと、ユニオンと...セイレーンも、倒さにゃいかん。」

黒い軍服の女の言葉は、指揮官に重く突き刺さりました。

優しい声音でしたが、男には深く突き刺さりました。

 

それからしばらくして、重桜の科学技術は急激に発展し始めました。10年や20年で、およそ40年以上の進歩を遂げました。技術の発展に伴い、対セイレーンの主拠点であり、対外国の役割を全て担っていたこの母港も、ここより優れた技術を持つ母港が各地に建設され、役割が分担されていきます。

人員と、設備と。次々に、一個一個剥がされるように一つ一つ消えてゆきました。

古びた旧時代の母港には、いつしか指揮官と三笠のたった二人になっていました。

 

 

「指揮官、ついに来てしまったな。」

「ああ...」

静かな執務室に、本当にふたりっきり。互いの呼吸とウミネコの鳴き声と、波の音と。

たったそれだけ聞こえてくるのでした。

「そろそろ長門様がお見えになる。直々に労いに来てくださるとは。」

「......ああ、クビってワケだ。三笠、それわかってて言ってるか?」

戦艦長門。重桜を束ねる巫女様。普段は新しく出来た中央母港に鎮座しています。

そんな御人がわざわざこの遠くの地まで出向き、人の仕事を労う、というのは重桜の人にとってこの上ない名誉でした。何せカミの巫女ですからね。

それなのに、指揮官の顔はとても険しいものでした。

これまでにたくさんの敵艦とセイレーンを殲滅海戦を指揮してきました。戦果は十分に挙げているのです。

長く戦って来ました。英一はもう十分に戦ったと言えます。

やっと戦場から身を引ける、という気持ちでもおかしくない。

それなのに英一自身にもわからないまま顔の険しさは抜けないままでした。

 

 

 

「英一。これまでの戦いの成果、聞いておるぞ。ただ人の身で、ご苦労であった。」

「...もったいないお言葉です。」

長門の言葉にウソはない。目の前の英一というただの人に対し敬意を払い、その戦果を賞賛している。

三笠はそれを見つめるだけで、何もしません。

一拍の静寂が訪れて、また長門が口を開きました。

「...わかっておろう。英一よ。余がここまで来た理由。これまでの戦果を称えるのももちろんそうだが、ッそれ以外の用事があってここに来た。これは余の口から伝えなくてはと思ってな。」

ああやはりか、と。英一たちにとっては予想していた展開だ。きっとクビを告げられる。と。

とはいったものの、英一にはどうすることもできません。きっと、悶々とした気持ちのままその『御言葉』を受け取って、明日にはもうこの母港にはいないだろう。

そんなふうに英一は、他人事のように考えていました。

英一はその言葉を待ちます。

「英一よ。この母港はな。取り壊されることになった。」

「...はい?」

「取り壊すのじゃ。建て替えじゃな。ここは今までこの重桜を支えてきた母港じゃが、やはり技術や機能は劣る。いくら建て替えて増築しても、当たらしく別に新設するほうが費用がかからない。よってここを取り壊すことに決めたのだ。」

長門は、ゆっくりと言いました。

"取り壊す"

その言葉を聞いたとき、英一は心の中で何かが動いたような心地がしました。

ぴたりとパズルのピースがはまったような、なくしていた消しゴムが見つかったような、探していた人に会えたような。そんな感覚でした。

(俺は...なるほど、ようやくわかった。嫌だったんだな。そして夢見ていた。)

 

ずっと心はあの日から時を進めていませんでした。身体と周りが時を進めていくばかりでした。

あの日。酒を飲み交わした日。その夜。

べろべろに酔って馬鹿になったプリンツオイゲン。そんな彼女にもたれかかられるウォースパイト。日本酒を水と勘違いして勢い良く2、3杯行ってしまったヨークタウン。それを介錯する三笠。

国境はありませんでした。そこに国境はありませんでした。笑顔に国境はありませんでした。

 

 

 

「止まない雨は無い。ただ、止んでも違う雲から雨が降ってくるだけ...」

「...?」

ぽつり、と英一は呟きました。もちろん、その言葉の意味は長門にはわからずきょとん、とした顔で英一を見ます。

「長門様。」

英一は、次の瞬間には強い光に満ちた目で長門に見つめていました。

「なんじゃ。申したそうな顔をして。申してみよ。」

「...長門様、私は、この場所に思い入れがあります。」

 

「長門様はご存知でないかもしれませんが、この母港には思い出が染み付いているのです。私はその思い出に心を捕らわれながら、今まで戦って来ました。」

「ほう。」

「長門様の取り壊す、という言葉を聞いて決心しました。私は...私は、諦めたくないのです。この場所で待ちたいのです。この執務室には、かつて国境はなかった。かつての仲間たちをここで待ちたいのです。生憎ですが、私は指揮官を辞めることもこの母港を壊させることもさせない。」

強い覚悟で、そう言ったのでした。

長門はそれを受け、

「ただ人の身でそのような我儘を言うか。これは既に決まっていることだ...と言ったら?」

と、少し声音を鋭くして英一に返したのでした。

緊張が両者の間に流れます。

 

ピアノ線でくくりつけられたような時間を先に断ち切ったのは、長門の声でした。

「お主...中々頑固じゃな。私から一度も目線を外さぬとはな。まるで抜け殻のような日々を送っていると三笠の報告に受けたが、どうもそんな男には見えぬな。のう、三笠?」

「なっ...!?三笠..!?」

長門はそう言って今の今まで何も喋らなかった三笠に目をやる。

「あはは...本来はこういう人間です、長門様。」

三笠は普段からは考えられないような軽い謝罪で長門に謝ったのでした。

「むう...職務の怠慢だな...」

長門は、はあ、とため息を吐きながらまた英一のほうに向き直りました。

「実はな、今回のこの母港を建て直すという案には元々反対だったのだ。そも、元々そこに居た人たちの気持ちを考慮せずに人事異動など失礼にもほどがあろうに...赤城は全く急ぎすぎる。」

「えっ...はい..?」

「...まぁ、つまり、何じゃ。」

 

 

「余の意思で、お主の母港の再建を手伝う、ということじゃ。」

 

 

 

_______________________________________________________________________________________

「こうして母港は少しずつ人員を取り戻し、技術に追い付くように母港は無茶苦茶な増築を重ね、いつか来る四大国での酒飲みを実現するために捕虜は最大限丁重に扱い、今や外交を結んだ鉄血との交流港になっている...というワケだ。」

「中々壮大だったな...」

英一指揮官が、思い出の場所を守りたかった...と一文で要約できるもののそこに行き着くまでに様々なことを経ている。

「まぁ、伝説さ。本当にそうなのかはわからない。もしかしたら、もっと単純かもしれない。もしかしたらもっと複雑かもしれない。連れ戻された従業員(スタッフ)たちから聞いて寄せ集めた話だ。わたしたちはそれを新しい従業員(スタッフ)たちに語り継ぐ。...KANSENならではの、"語り部"だな。誰かが語り継がないと、またこの母港が取り壊されてしまうかもしれない。指揮官はそれを望まない。しかしあの英一が自ら語るわけがない。だからこうして私と、馬鹿伊勢で語り継ぐんだ。」

そういって、また伊勢の方を見やる。

もうべろべろだ。ピュリファイアーも調子に乗ってあのあとにまた何杯かいったのだろう。顔が真っ赤だ。

へらへらと笑い倒している。何がそんなに彼女を笑わせるのか知らないが彼女にとって今はどうしようもなく愉快な時間なんだろう。まわりの人も、その空気に釣られて酒盛りを始めてしまっていた。

本当に我々が捕虜だということを、ましてやピュリファイアーにいたってはセイレーンだということを理解しているのだろうか。

なんてくだらなくて、なんて国境の無い景色。

「...語り部、効果あるみてェだな。」

「ああ。少なくとも、ここの皆は『国境の無い平和』をわかってくれている。それに向かって戦ってくれている。」

その言葉は満足感に満ちたものだった。

「...しかしあの馬鹿(いせ)は止めなくてはな...明日の任務に支障がでる。」

だがすぐに声音を変え、「こら馬鹿姉ぇ!!!」と酒酔いにつっかかって行った。

確かにあの飲みっぷりはどう考えても明日に響く。ピュリファイアーのほうは初飲酒なので酔いが二日で済まないかもしれない。心配だが...

......伊勢と意気投合して飲み明かしているようだ。あれは止めろと言っても飲むのを止めやしないだろう。

もういっそそれを風景として楽しみながら残ったカレーに手をつける。

残り三割のカレーはあっという間に平らげられた。すんなり入ってくる味付けで飽きない。これは二杯目のおかわりも検討すべきだ。うん、おかわりしよう。

もう一度カレーを食べるために立ち上がって、鍋の置いてある方へ向かった。

 

ふと、カレーを入れてるところからピュリファイアーたちのほうを見る。少し距離を置いてみると、なるほど。これはもうお祭り騒ぎだ。さっき、周りの人も空気に釣られて酒盛りを始めてしまったと言ったがその集会はばらばらなものから伊勢とピュリファイアーを中心とする大きな輪の飲み会に変わっていた。もう既にピュリファイアーはこの母港の一員として馴染んでいる。

......きっと、追っ手さえ来なければ、この母港で一生を過ごしても良かっただろう。何より彼女は楽しそうだ。

 

「あっ、ヒッパーさん!」

「わ、わるいわねニーミ。遅くなって。」

考えがひと段落したところで後ろの方からそんな声が聞こえた。

ちらりと見やると、周りと明らかに違う服装。先の日向の声が蘇る。

『今や外交を結んだ鉄血との交流港.....』

ああなるほど、と合点がいく。きっとあれは鉄血から来た人たちだろう。

後で話しかけてみようか、などと考える。とりあえずはまた、もう一度盛り付けたカレーを食べよう、二杯目はただ味を楽しむより少しでも美味しさの秘訣を探って自分の料理に活かせないか探ってみるとするか......

 

 

 

 

 

 

 

 

ここの凪いだ海に写った夜空を見るのは何度目だろう。数えなくなったのは果たしていつからだろう。

ざざん、ざざん、と静かに繰り返す音に、何かを見出すわけでもなく、耳の右から左へ流れてゆく。ただ、そんな時間をすごして誰かを待っている。

「アイツ.....おっそいわね....」

悪態を吐いても、一人。

余計に孤独に感じられる。金の髪が夜風に吹かれてなびく。

 

半刻ほど経った。すると誰かが近づいてくる足音がした。

やっと、待ち人が来た、と笑顔が自然に出そうになる。しかしそんな表情ではバカにされる。すぐに口の端の角度を平坦にする。そうしてからその方へ振り返る。

「おっそいわよ!!やっときたのね、エイイ.....ち?」

「ェあ.....?」

 

 

 

誰よ、この男。

 




人物紹介
:お酒はそんなに飲めません 神奈 蓮
お前エンジニアじゃなくて料理人だっけ?主人公ですが今回の話は今のところ振り回されて周りの人の話を聞いてるだけですね。

:笑い上戸 ピュリファイアー
未成年の見た目でお酒を飲みましたがKANSENの見た目は年齢と比例しないからね!セーフセーフ!大人になったら一緒にお酒呑みたいなあ。

:普通に酔う 弱くはない 上城 英一
数々の対セイレーン戦を見てきた。それ相応の恨みをピュリファイアーに募らせてもおかしくないがそのあたりは尋問で判断した様子。良いおっさんですね。

:お酒に強い 辛さに弱い 三笠
めっちゃ軍神呼ばわりされてるが唯一辛いカレーには打ち勝てないとされるKANSEN。英一と長い付き合いで、親友以上の何かの関係である。

:酒弱いわけじゃない 伊勢
喧嘩っ早く、いつも任務をさぼろうとするが流石に三笠に見張られてるなかサボるわけにいかないので渋々パトロールしてる。語り部の一人。酒に弱いんじゃなくて酒の呑みすぎ。

:酔ったら姉より暴れる 日向
姉の手綱を握る妹。よき妹であり、よき伊勢の相棒でもある。語り部の一人。基本的にいつも日向が語るはめになる。酔ったら姉より暴れるが自覚してるため酒を飲むことをセーブしている。

:「しきかぁ~ん、飲んでるぅ~?」 プリンツ・オイゲン
語り部の話で出てきた。大分飲む、そして勝手に出来上がって他人にだる絡みする。

:「このロイヤルの騎士がそんな酒一本に屈するわけないだろう!」 ウォースパイト
語り部の話で出てきた。プリンツにのまされた。そして屈した。やっぱり酒には勝てなかったよ......

:「あら、このお水おいしいわね~。...え?日本酒?」ヨークタウン
語り部の話に出てきた。透明だから水!ヨシ!の勢いで二、三杯いったのでもれなく潰れた。
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