受験が憎い
「エイイ.....ち?」
「ェあ.....?」
素っ頓狂な声で返事してしまった。
たらふくカレーを食べ、満腹になり、食堂の空気がえらいこと、主にピュリファイアーたちの酒盛りのせいで食堂にいると、暑いうえにいつ飲まされるか分からないもので、少し夜風に当たろうと外に出た。
すると、ぽつーんと人影が突っ立っている。近寄ってみると...
「アンタ誰よ。」
金髪の少女だった。顔立ちや声。見覚えがどこかであるな、と思えばなるほど。
さっき食堂で見た鉄血の人だ。遅れて来ていたほうだ。
「いや、アンタ。何人の顔をじろじろ見て閃いた!みたな顔してるのよ。」
「あっああすまん。俺は、重桜中央母港所属n」
「長いわ。」
「......神奈 蓮。今はここの捕虜だ。」
「そう、レンね。」
ふ~ん、と反応したっきり彼女は何も言わない。
「アンタは......鉄血の人?」
「いいえ、人じゃないわ。鉄血艦、アドミラル・ヒッパーよ。KAN-SENよ。」
そう名乗って胸をはった。
「KANSEN!?」
「そうよ。あの科学の国の最強重巡洋艦ことアドミラル・ヒッパーはこの私。まさか知らないなんてことないでしょうね。」
彼女は続けて名乗る。と同時にこちらを睨みつけてくる。もはや知らねば殺すと言わんばかりである。その凄みは震えるほどだが.....
「ああ、知っている!とくに大きな戦績は200のセイレーンを敵にしながらも孤軍奮闘し、鉄血の援軍が辿りついたころには全ての敵艦を沈めていた....って話は有名だな?」
「そ、そうね。知ってて当然よ!当たり前だけど、まぁ、やるじゃない!?」
ふんっと鼻を鳴らす。静かな海の方を眺めている。
顔は見えないが少なくとも殺気のような、凄みのようなそれは無くなっていた。
静かな凪いだ海に、映る月。彼女の金の髪を煌かせる。
「.....そうじゃあなくって!なんでアイツは来ないのよ、もう!」
「うぉっ?!」
彼女は振り返って俺の肩を掴んで鬼気迫る表情で言う。
「レン!私がここに居たってこと、誰にも言わないでよね!言ったらそのボンクラ頭、艤装に喰わせるから!!」
それから彼女は宿舎の方へ駆けて行ってしまった。
「なに......突然......」
鉄血のKANSEN、アドミラル・ヒッパー。どういう人なのか、何でここに居たのか、誰かを待っていたようだが、誰を待っていたのか。
まるで何も分からないまま行ってしまった。
ただ「誰かを待っていたことを誰にも言うな」とだけ残して行ってしまった。
置いていかれたわけでもないのに、取り残された気分だ。
そういえば、食堂にいた、もう一人の方も同じくKANSENなのだろうか。話しかければどうして人を待っているか分かるだろうか。いや、待ち人本人である英一指揮官から聞くほうが早いだろう.......
「ぁれ?レン~?れ~ん?」
酒を飲んでいたはずが酒に呑まれた輩がたくさん。そんな屍の山を築いた食堂でたった一人目を覚ましたのはピュリファイアーだった。
(あ~......さっきまで何やってたっけ?)
机から顔を剥がし、周囲を見渡す。人間はおおよそほぼ全滅だ。まだかろうじて意識のあるものいるが、虫の息と表現されるやつである。
ではKANSENはというと一緒に酒を飲んでいたはずの伊勢は目の前から姿を消している。日向もいない。
代わりにもたれかかるようにしてピュリファイアーにもたれかかっている者がいた。
「.....むにゃむにゃ、もう飲めない.......」
「コレ誰?」
栗色のような髪。服装も違う。どうやら重桜の人相ではないようである。
そしてその特徴的な髪飾り。金属製の黒に金で縁取りされた十字架。
すぐに思い当たるものだった。
鉄血の国章であった。もちろん、この国章を意匠に汲む髪飾りをするのだ。鉄血人であろう。だからなんだというわけでもないのだけれども。
すやすやと穏やかに寝息を立てている。
「.......」
「.....ぅん、あれ?」
「......はろー?」
「......セイレーン!?!?!?!?」
バッ!っとその鉄血人は飛び起きてピュリファイアーに対して戦闘体性を取る。
が、なんだか身体の軸が揺れている。酒の影響で酔っているのだ。
これでは泥酔拳になりかねない。
「うぅ......」
頭痛まできているようだ。構えている意味が全く無い。
ピュリファイアーは頭痛に堪えている鉄血人に話しかける。
「え~っと、大丈夫!敵意は無いよ!ほら、この通り。」
と言って、白い肌の右手と黒い義手の左手を上げて降参のポーズ。
「というか、どうやらその反応速度と戦闘体勢への移り変わりの早さ、KAN-SENだよね?」
「......そうです。私はZ23。鉄血の駆逐艦のZ23です。」
Z23はそう名乗った。
「ゼーにじゅうさん、いや、面倒だからいいや、ねえ、ニーミ。」
「ちょっと!勝手に人の名前を省略しないで下さい!」
「まあまあ、でさ、レン、って言う男、どこ行ったか知らない?」
「いえ.......というか、酒で潰れていた相手にそれ聞くんですか?」
「見てる可能性もあるかなって。無かったみたいだけど。じゃあ、ワタシはもう行くよ、じゃね。」
聞くだけ聞いてピュリファイアーは食堂をあとにしてしまった。
酒が抜け切らないZ23は冴えきらない目と頭でピュリファイアーを見送るだけだった。
「いや、しまったな、集合時間に遅れてしまうな。」
海に映る月が少し傾いて揺れている頃、英一が岸壁にやってきたのだった。
岸壁には少女が一人、立っている。
「お~い、ヒッパー!すまん、待たせたな、遅れてすま.......」
「あれ?エイイチのオッサン?」
そこにいたのはピュリファイアーだった。
「......良く見ないまま人の名を叫ぶのは止めたほうがいいねえ、こりゃ。」
「オッサン、何しに来たの?」
「おっさん呼びもけっこう来るねえ、」
二人は岸壁に座っているだけだ。細い月明かりに照らされ磯の香りを浴びている。
「オッサン、さっき」
「せめて英一と呼んでくれ。」
「.......エイイチオッサン、さっきさ、ヒッパーって言ってたけどそれは誰?」
「......」
「......」
波が二回ほど、寄せて返っていった。
「......アドミラル・ヒッパー、鉄血の重巡艦だ。」
英一は答えた。
「待ち合わせをしていてね。しかし時間に遅れてしまった。彼女は帰ってしまったかな。」
「ふーん。」
ざざん、ざざん、と、静かに波が、岸壁に着いて、消えて。
「なんで待ち合わせしてたの?」
「ふむ......いや、少し話をね。」
「なんの?」
「世間話だ。本当だ、本当に世間話さ。」
英一はそうやってピュリファイアーに言った。
「君こそ、どうしてここに?」
「ワタシは、レンを探してる。探そうと思って外に出たら、月が綺麗だった。だから見てたんだ。」
「へえ」
ピュリファイアーがそう言う。そう言うから、英一はもう一度空を見上げる。
月は綺麗だ。
それは知っている。知っていたはずだ、昨日も今日も月は見えている。
が、
「改めて月が綺麗だと言われると、いつもより月が綺麗に見える気もするな。不思議な事だ。」
「いや、綺麗じゃん。ワタシは初めてわかったな、月が綺麗だってこと。」
「そうか、セイレーンがよもやそんな事を口にするとは。”実験”とか“データ”とかにしか興味が無いかと思っていた。」
「......前までの、レンと会う前までのワタシなら、なーんにも興味無かったろうね。きっと。」
すくり、とピュリファイアーは岸壁から立ち上がった。
「おや、行くのか。」
「うん。」
「そうか、ちなみにレンはさっき廊下ですれ違った。......さっきと言っても大分経ったが。」
「お、サンキュ、エイイチオッサン!」
「.......うむ。」
何か英一が言い換えそうかと思った頃にはもうピュリファイアーの姿は遠い。
小さい背が建物に入っていくのを見届けてから、もう一度、彼は海と月を見た。
「戦火、月ヨリ、海ヲテラス。か。」
今日の海は凪いでいた。
短いけど許して欲しい。