嘘とハッタリと道具と人に頼りなんとか最強を演じています! 作:コンソメチーズ
「ねぇ———力を持たない人間が天才たちと渡り合うには何が必要だと思う?」
そんなことは単純だ—————————答えは———————
ある日の昼下がり。帝都は、嘘のように静まり返っていた。己の身体と共に周囲の空気が瞬時にして凍り付く、異様な感触を帝都の住民たちは味わっていた。先ほどまでの活気は嘘のように掻き消え、笑い声も誰かが一時停止の合図をしたかのようにピタリと止まっている
あるものは震え、あるものは泡を吹いている。一番マシな者でさえ、立ちすくんで顔を青ざめさせていた。
帝都の大門から、城までの道のりは失神した住人であふれている。まさに地獄絵図。血だまりの一つでもあれば戦場と錯覚してしまうであろう光景だ。
その原因は、街の中を悠然と歩くある少年だ。黒い髪に蒼灰色の瞳。身長は、少し低めで黒いローブを羽織っている。一見すれば、少しだけ目立つだけの目つきが鋭いただの少年だ。ただ、その少年は圧倒的なまでに異質だった。
住人は少年の姿を見る見ないにかかわらず、等しくあるものを感じ取っていた。それは——恐怖だ。帝都の住民、否、帝都にいるすべての生物が等しく感じている。絶対的な恐怖を感じていた。
「やっと戻ったのか。今回は随分と遅かったね?」
城門の前に立つと一人でに扉が開き一人の少女が少年を出迎えた。
「国の皇女がわざわざ出迎えにくるとはな。随分と暇なようだ」
「随分とつれない反応だな。私がこんなことをするのは君にだけだぞ?」
太陽のもとに煌めく金糸雀色の髪が揺れ動く。世の男性の大半が視れば、恋に落ちてしまいそうなセリフにもまるで動じることなく、少年は皇女の横を通り過ぎた。
「君、腐っても皇女である私を無視していくとかどんだけ鋼の心臓なんだい?」
若干呆れ気味に皇女は振り返る。
「逆に聞くが皇女ごときのために何故俺が足を止めなければならない?」
「…世界で君だけが言えるセリフだな」
「戻ったか…随分と早かったな。して、戦果のほどは?」
「フンッ、誰にものを言っている?キチンと片付けてきたに決まっているだろう」
今しがた帝都に帰ってきた彼の口の利き方は皇帝に対してはあまりにも不遜だ。本来なら打ち首にされても文句は言えないほどの不遜な態度。しかし、その場にいる臣下の誰一人として口をはさむ者はいない。
皇帝本人でさえ気にした様子はない。というより、口を挟めるほど余裕のある人間がいないのだ。顔色一つ変えずに、会話をしているのは皇帝陛下と彼と同じ地位にいる『七帝剣』だけだ。彼と相対すればだれもが感じる、濃密な死を———本能が怖がっているのだ。かくいう私も立っているのがやっとだ。そもそも、彼と敵対するということは一国の軍隊を相手にするのに等しい。元文官である私にはそんな度胸も自信もなかった。
いつもなら食って掛かる男が一人いるのだが、現在彼は帝都にはいない。ほんっと肝心な時にいないんだよなあの人…。まあ、あの人だけではなく、あの人を含んだ『七帝剣』のメンバーの半数は現在帝都にはいない。現在帝都にいるのは、目の前で立ちながら居眠りを始めている主と皇帝の傍で腕組をしているオルテース将軍だけだ。
「北東部の魔物の群れ約3000体、肉片に至るまでもうこの世には存在していない。どいつもこいつも骨のない雑魚ばかりだった」
「流石だ…して、他に気になったことはあるか?」
「そうだな、しいて言うなら妙に統率力のある行動をしているように思えた」
「………ビービリ!ルノアに現在分かっていることを説明してやれ」
「は、ひゃい!」
いきなり指名が来て、声が上ずってしまった。
「…ひ、東、西、南、各方面で魔物の大量発生が起こっているとの報告が上がってきています。……これは推測になりますが、200年前の出来事が再来しようとしているのかもしれません」
「魔王の復活か?」
「はい…確証はありませんし、証拠もありませんが隣国のアストロメリア王国では勇者の召還準備をしているという話もあります」
彼は、しばらく考えるように口に手を当て、おもむろに皇帝陛下の方に向き直った。
「しばらく独自に捜査をする。問題あるか?」
「…構わぬ」
皇帝との謁見を終えて、馬車に乗り込んだ俺を迎えたのは見知った少女だった。
「やあやあ~、三か月ぶりですね~。私がいなくて寂しくありませんでしたか?」
「……何で馬車の中にいるんだよ」
「あは~、分かってることをわざわざ聞くものじゃないですよ?心配性で臆病な共犯者の顔を見るために決まってるじゃないですかぁ~」
「帰れ」
「え~、こんな美少女にそんなに冷たくするなんて人間だとは思えないんですけど~」
自分で自分を美少女だと宣う我が共犯者は、確かに外見においては美少女だ。ウェーブのかかった長い銀髪に宝石のごとき美しさを持つ琥珀色の瞳。肌は透けるように白く少し上気した頬は男の情欲を誘う。一部の髪を編んで後ろの方で黒色のリボンで結えている。魔法学院の制服を着こんでおりその上からローブを身に着けている。
彼女の名はルーシア・スノードロップ……この世界で俺の…『ルノア・ルピナス』の真実を知る数少ない人間である。
「今回の魔物退治、正直なところどうだったんですか?」
「二つ使った。後は近くにいた冒険者を言いくるめて何とかした」
「あちゃ~、二つも使っちゃいましたか~」
「俺だって不本意だった」
さて、俺らはいったい何を話しているのか。それを理解するにはある程度『ルノア・ルピナス』という人物の真実を知っておかなければならない。
まず、俺こと『ルノア・ルピナス』は帝国や他の国で恐れられている。具体的には、この大陸で、俺は最強の魔法師だの人の皮を被った悪魔だの、様々な呼ばれ方をしている。しかし、出回っている噂や国や人々が俺に抱いている印象や評価の八割方は真実ではない。とんでもなく間違った認識だ。まあ、俺がそういう風にしたのだから当たり前の話ではあるのだけれども。
俺に、そんなたいそうな魔法の才能はない。徒手も剣術も才能がなかった。しかし、とある目的を果たすためには俺は強くならなければいけなかった。力も地位も必要だった。ではどうしたのか?
俺は理想の自分、すなわち最強の魔法師である『
何が言いたいかと言えば、つまり、帝国最強にして『絶望の体現者』と恐れられる男は俺が作り出し演じている偽物というわけだ。数年前の魔女との契約以来、俺は…俺という存在を殺し、『
そうはいっても、どうやって演じているんだという感じだろう?それを説明するには『
砕くことによって魔法が発動される。しかもただの魔法ではない。今までの経験上、最低でも王級魔法に匹敵するものだ。その威力と種類は解放の瞬間で不明なのを除けばトップクラスに強力な『
この世界で、『
俺はこれらの『
ちなみに、ルノア・ルピナスの武勇伝のうち最初の一つを除けばすべて、他人の情報や戦果を利用したり、『
「残りの魔法結晶は3つですか?」
「ああ、天然ものは残り3つだ。シアが作った劣化版はあと5つ残ってる」
「劣化版の方使えました?」
「まあ、格段に落ちるが上級魔法程度の威力は出ていたぞ」
「あは~……王級魔法を込めた筈なんですけどね~」
表情は差して動いていないので、普通の人は分からないかもしれないが、ちょっとした付き合いのある人間なら彼女がかなり拗ねているのが分かるだろう
「そう簡単に再現できるなら、神の忘れものだなんて呼ばれないだろ?」
「まあ、そうですけどね」
「本題に入ろう。何かあったんだろ?」
「いや~、せっかちですね~。短気な男は嫌われますよ?そんなんだから童貞なんですよ」
「茶化すな。俺も疲れてるんだ。あと、お前も処女だろ?」
「…私が放っておいた密偵からの情報なんですけどね」
うわぁー、スルーしやがったよ。
「やっぱり、魔王が復活するらしいですよ」
「あっそ」
「あれ?もっと驚くかと思ったんですけど?」
「予想はしてた。だけど、俺の目的は変わらないし、行動指針も変わらない。立ちふさがるなら、あらゆる方法を用いて殺す。利用できるなら、利用する。それだけだ」
「ブレませんね、相変わらず」
馬車の揺れが収まる。どうやら、宿に着いたようだ。
「とりあえず、今後の行動方針は明日考える」
「なんかダメ人間のセリフみたいですね」
「うるさい。極度の疲弊状態で考え事をしようってのが間違っている」
ただでさえ、本来の自分を殺して存在しない誰かを演じているのだ。泣き言を言うつもりはないが身体と精神にかかってくる負荷は尋常なものではない。
「続きは明日にしよう。いつもの場所で待ってる」
俺はそう言い残して、疲れ切った体に鞭を打ち馬車から降りた。、空の色は、群青色から赤褐色に変貌していた。