すみません、一味ありませんか? 作:アナタ
sprite様がまた再結成されたということで少しでも皆様に「あおかな」に興味を持って貰えたらなと思います。
「すみません、一味ありませんか?」
お昼時を少し過ぎて忙しさが幾分かましてパタパタとお客さんが返った後そんな声を掛けられた。
「一味ですか?七味じゃなくて」
「そです。七味じゃなくて一味です」
人の良さそうな笑顔でそう言うお客さん。
あれ、何処かで見た事があるような。
むむむ、と脳内で検索を掛ける事2秒。
頼りなさげに垂れた目にぽわぽわと気の抜けた雰囲気。
間違いない。
クラスメイトの唐津 空くんだ。
店員さん?と心配そうに私を見上げる唐津くんに、ハッとなって思考の海から現実に帰ってくる。
「あぁ.......えぇと、ちょっとあるか聞いてきますね!」
突然のクラスメイトの襲来に気恥しさ半分混乱半分。
取り敢えず戦略的撤退を選択した。
唐津 空くん。
私のクラスメイトだけど特に絡みはない。
挨拶ぐらいはすれどそれ以上の会話はした事はなくぼーっとしている所や友達とニコニコとお喋りしている所しか見た事がない。
本当にそれぐらいしか彼の事は知らなかった。
ただいつもぽやぽやしてるなーとか、ニコニコしてるなーとかそれぐらいの印象しかない。
幸いな事に彼は私がクラスメイトだと気が付いてない様子。
まだクラスメイトに覚えられていないのを悲しく思えばいいのかバレなかったのをラッキーと思えばいいのやら。
「すみません、お待たせしました。あったのでお渡ししますね」
「無理言ってすみません。ありがとうございます」
ぱぁ、と笑顔の質というか雰囲気が一気に明るくなったような気がする。
私から受け取った一味の蓋を空けて振り掛ける。
しかしうどんに一味とは珍しい。
一味は七味に比べて辛みが強く単に辛さを増したい時に使う事が多い。
なのでうどんには本来の風味を増してくれる七味を使うのが一般的だ。
もちろん辛い材料を使ったうどんには一味でもいいのだけれど、彼の食べているのはきつねうどん。
自慢の出汁に癖のない油揚げ、そして我が家のウリでありお父さんが作る麺。
うどん本来の美味しさ、風味が全面に出てくるきつねうどんに一味はその良さを殺してしまいかねない。
ホクホクと嬉しそうに一味を振りかけ終えた唐津くんはお箸をと、らずに七味を振りかけ始めた。
「ええっ!?」
「うん?どうかしましたか可愛い定員さん」
「か、かわっ!?」
心底不思議そうにそう聞いてくる唐津くんに内心穏やかじゃない私はあわあわと視線を右往左往させてパクパクと口を開いたり閉じたり。
お世辞じゃない事は良くわかる。
唐津くんは心の底から本心でそう言ってくれている。
それが分かったから一味や七味の驚きなんて吹っ飛ぶぐらいに自分が動揺しているんだと思う。
「あのあの、えぇと.......どうして一味と七味両方使うのかなぁって」
自分は今顔が真っ赤なんだろうなと自覚しながらも振り絞れたのはこんな言葉。
「あぁーこの八味の事?」
八味。
一味と七味だからか。
コクコクと頷く。
「ごめんね。麺も出汁も凄く美味しいし、麺なんて四島特有の細麺なのに物足りないなんて事はないし何よりコシがある。これの良さを潰してるのはやっぱり失礼だったよねごめんなさい」
「あ、いえそんな.......」
そこまで褒められると怒る気にもなれない。
心なしかいつも垂れている目がいつもより垂れているような気がする。
もう恥ずかしさは引いていた単純な疑問だけが私の中に残っていた。
じゃあ何故そんな使い方をするんだろう。
彼は照れくさそうに頭をかきながら答えてくれた。
「良くこうやって食べてる人が知り合いにいて、無理矢理される間に僕も好きになっちゃってたんだ。こうすれば美味しさ2倍だーって。別にそんなことないのに笑っちゃうよね」
あははは、と苦笑いする。
きっと恥ずかしいとか変だとか思っているんだと思う。
けど
「いえ.......確かに突拍子もなくて普通はしないですけど誰かの好きなものを好きになれるのは素敵な事だと思います」
きっとそれは素敵な事だ。
誰かの好きなものを好きになる。
簡単なようで簡単でない、でも好きなものを共有出来れば笑顔だって楽しさだって2倍になる。
うん、やっぱり素敵だな。
そう言うと唐津くんは驚いた顔をして固まった。
「そう言われたのは初めてだよ。ありがとう店員さん」
「えっと.......どういたしまして、です」
気恥ずかしくなって頭を下げてからその場を離れていく。
何だか、不思議な人だなぁ。
それが唐津くんと私の初めてのまともな会話だったと思う。
「こんにちは、店員さん」
「あ、どうも」
1週間もしないウチに唐津くんはまた店にやって来た。
ニコニコとメニュー片手に私に会釈する彼に条件反射のようなもので私もそれを返す。
「またいらしたんですね」
「うん。あれで味をしめちゃってね、気に入っちゃった」
「それはお店の娘としても、とても嬉しいです」
実際にとてもありがたいことだと思う。
けして都会とは言えないここで気に入ってくれて繰り返しお店を利用して貰えるというのはありがたい。
「それで今日のオーダーは決まりましたか?」
「んー、そうだね。うん決めた。今日はカレーうどんにしよう」
カレーうどん。
シンプルかつ王道にして定番。
取り敢えずうどん屋さんに来て何にするか迷った時にカレーうどんにしておけばハズレはないと言っていい。
カレーうどんは確かに王道にして定番だがそれでいて正解がない。
家庭でカレーの味や具材が違うように同じようにカレーうどんにもバリュエーション、と言うより店や家の個性が良く出る。
「お待ちしました、カレーうどんです」
「ありがとう。店員さん。あとまた良ければ一味頂けませんか?」
「あー.......すぐお持ちしますね」
そう言って店員さんは一旦厨房に帰っていく。
暫くして店員さんは長いツインテールを揺らしながら帰ってきた。
あれ?
「何だか顔が赤いよ?」
「な、なんでもありません」
「え、いや.......」
「なんでもありませんから!」
「あ、うん」
どんっ、と机の上に一味を置かれる。
小さい身体の何処からそんな言い様がない迫力が出ているのか。
それに店員さんの目がもうこれ以上語るな聞くな殺すぞ、とそう言っている。
その迫力に押されつつ僕は苦笑い。
ふと厨房の方を見ると、とてもいい笑顔でニコニコと此方を見詰める女性が1人。
あ、手を振られた。
?が大量に頭から出て来ていたけど首を傾げながらも僕は手を振り返しておく。
「お客様?さっさとうどん食べやがれ下さい、伸びちゃいますよ?」
「あの.......店員さん?顔近い、あと目が怖いです」
取り敢えず早く食べないと何だか危なそうだ。
一味、それから七味を振り掛けて.......よしっ完成っと。
一見普通に見えるカレーうどん。
具材は最低限でこれはカレーの残り物を使った訳ではなくカレーうどんにする為に作られたカレーだということ。
立ち込める湯気と共に香ってくるカレー独特の匂いにごくりと喉が鳴る。
「では、いただきます」
軽く掻き混ぜるようにカレーとうどんを馴染ませながら先ずは一口。
「うん、辛過ぎずそれでいてピリッとくる絶妙なバランス。カレーの味に負けがちになる麺もしっかりと存在感があってとても美味しいよ」
これは予想以上に美味しい。
カレーとうどんという組み合わせの都合上、どうしても味で目立つのはカレーの方。
正直カレーの味が相当変でなければカレーうどんという料理は成立してしまう。
その中で細麺でありながらここまでの存在感を出して馴染んでいるうどんには驚きだ。
そこで適当にならずカレーの味とうどんのバランスをしっかりと調整しているのはさすがだと言いざるおえない。
「ありがとうございます。でもそんなに一味と七味を掛けているのに良く味が分かりますね」
「そりゃ分かるよ。少し味に風味や辛みを追加する事になるけどそこにある味自体がコレで変わる訳じゃないからね。なんなら少し食べてみる?」
「え」
ぴしり、と店員さんの顔が固まる。
なんか向こうの厨房のほうから、あらあらという声が聞こえた気がする。
箸にうどんを掴んで持ち上げた状態ってのも中々厳しいんだけども。
何だかぐるんぐるんと目を回し両手をバタバタさせながら店員さんは言った。
「にゃ、にゃに言ってるんですかっ!?それに私店員ですしそんなのダメですよ.......」
「でもほら向こうの美人な店員さんはOKって言ってるよ?」
ほらだってめちゃくちゃ良い笑顔で頭上に手で大きくまるサイン出てるし。
ばばばばっ、と物凄い勢いで厨房に掛けていくツインテールの小さな店員さん。
お、お母さんっ!だとかあらあら、だとか聞こえないでもないけれど麺が伸び切ってしまうまでにこの美味しいカレーうどんを食べる事にしよう。
唐津 空
本作の主人公。
久奈浜の1年生でずっと窓の外を見ているような常にボーッとしていて何処が抜けていてぽやぽやしている系男子。
一味、七味を愛している。
最近行き始めたうどん屋の小さな店員さんがクラスメイトだと気が付いてない。
有坂真白
飲食店「ましろうどん」の一人娘。
主人公に一味を要求されそれから何かと喋る間柄。
クラスメイトとバレていないのを喜べばいいのか悲しめばいいのか分からない。
最近の悩みは彼がクラスメイトだと親に漏らしてしまってそれから関係を探ってくること。
大体赤面するのは母親のせい。
因みに自分が1番好きなルートはみさきルートです。