「1-A、1-A……広すぎる」
緑谷出久は緊張していた。
今日は待ちに待った雄英の入学日。
広い校内に迷いながらもなんとか教室にたどり着く。
「ドアでか……バリアフリーか」
教室の扉の迫力にビビり、しばらく呆然としていると後ろから声をかけられた。
「入らないのか? 緑谷」
「あ、五十嵐さん。おはよう!」
声をかけたのは緑谷の見知った顔、五十嵐シロであった。
緑谷がオールマイトに認められ、修行をしていた時期に知り合った彼女は、よく修行の合間に差し入れを持って来てくれた。
とはいえオールマイトの養子らしい事以外は詳しい事情は知らない上、緑谷の女子免疫の低さからまともに話せるまでかなり時間がかかった為あまり親しくはなれなかったが。
「ははは。緑谷、緊張しているのか」
「あ、分かる? 実は昨日あんまり眠れなくて」
五十嵐に聞かれ、緑谷は昨日の夜を思い出す。
眠れなくてついついオールマイトの昔のビデオをみてしまった。
「そうか……なぁ緑谷。今日から同じクラスになるのだし、名前で読んでも良いか?」
「うぅぇ!? えぇ、と、その、それは」
「よろしく、デルヒサ」
「イズクだよ!?」
「ふふっ、冗談だ。緑谷、緊張はほぐれたか?」
「あ、うん。ありがとう五十嵐さん」
五十嵐の言葉で大分肩が軽くなった緑谷は笑顔で返す。
「さて、クラスメートはどんな奴らか気になるな」
「う、うん。そうだね……(怖い人達が一緒のクラスじゃなきゃ良いけど)」
白い髪をなびかせながら、五十嵐はドアを開けた。
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」
「思わねぇよ! てめーどこ中だよ端役が!」
「聡明中学の飯田天哉だ!」
「くそエリートじゃねぇか! 潰しがいがあるなぁ!」
なぜか教室でメガネの生徒と不良らしき生徒が言い合いをしていた。
両方とも緑谷には見覚えがある。
というより、不良のほうは見覚えがある所ではない。幼なじみの爆豪勝己であった。現実は非情だ。
(怖い人ツートップ来た!)
心の中で緑谷は叫んでいた。
「か、かっちゃん……」
「あぁ!? 気安く呼んでんじゃねぇぞクソナードが!」
思わず緑谷は幼なじみの名を口にしてしまい、爆発的みみっちい地獄耳でそれに反応する爆豪。
「成る程。貴様がワンチャンダイブの」
納得したように五十嵐が爆豪を見る。
「あぁ!? 何だコラ白髪女! テメェ今何て言った!?」
爆豪が五十嵐の言葉に素早く反応し矛先を変えてくる。
「ワンチャンダイブだよ、爆豪。貴様緑谷に自殺……」
「それ以上言ったら殺す!」
爆豪が掌を爆発させながら五十嵐に詰め寄るが、彼女はそれをヒョイとかわした。
「なんだ、失言をした自覚があるのか? 確かに先生にでもバレたら内申に響くからな」
「くそ女ぁ! チョコマカ、かわしてんじゃ、ねぇ! クソぉ!」
ヒラヒラとかわす五十嵐に爆豪の攻撃は当たらない。
それを唖然とした表情で見る緑谷と飯田。
「あ、あのかっちゃんがからかわれてる……五十嵐さん凄い」
「……なんなんだ君らは! ここは雄英だぞ! 自覚を持ちたまえ!」
そんな騒ぎをドアごしに見る女子が一人。
(こ、怖すぎて中入れへん……)
彼女の名は麗日お茶子。実技試験で緑谷に助けてもらった女子である。
「あの、モサモサ頭の……これなんの騒ぎなん?」
「あ! 入試の時の……いい人!」
ドアから除く麗日に気付いた緑谷が反応する。
「いや、あのその、知り合い同士が喧嘩しててね……」
「なにそれ! ヤバイやん。止めな」
「騒ぎたいなら他所に行け」
「!?」
不意にした声に緑谷と麗日が下を見ると、小汚ない格好の男が寝袋姿でいた。
彼こそは1-Aの担任、イレイザーヘッドこと相澤消太である。
「全く、ここはヒーロー科だぞ。爆豪、いい加減にしとけ。五十嵐もだ」
相澤の声に爆豪は「チッ」と舌打ちをして大人しくなる。
「すみません。猪を煽ると突進してくる事を忘れてました」
「おい」
五十嵐の言葉に思わず突っ込む相澤。
爆豪は目を90度につり上げて五十嵐を睨んでいる。
「あわわ……かっちゃんがブチ切れてる」
「なんやこのクラス……カオスや」
「ここは天下の雄英だぞ! 最高峰である自覚をもとう!」
そんな2人にクラスメート達も困惑気味だ。
「はぁ……まぁいい。お前ら全員体操服着てグラウンドに出ろ」
相澤はため息をついてそう指示を出した。
*************************
「個性把握テストぉ!?」
相澤の説明にクラス中が困惑する。
どうやら今から個性を使った身体測定をするらしい。
「入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間無い」
突っ込む麗日に相澤は冷たく返す。
「雄英は自由が校風だ。教師もまた然り……さて早速だが」
相澤は一瞬五十嵐を見るが、視線をそらし爆豪を見る。
「……お前でいいか。爆豪、ソフトボール投げ──中学の時何メートルだった?」
「67メートル」
「個性使って投げてみろ」
相澤の指示に、爆豪が頷く。
「んじゃまぁ……死ねぇ!!」
ピッ。
機械によって距離が測定され、表示される。
『705.2メートル』
「まず自分の最大限を知る事からだ」
相澤が淡々と告げるが、クラスの反応は彼の意に反するものであった。
「すげぇ『面白そう』!」
「個性思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」
相澤はその反応に呆れたようにため息をつく。
「面白そう……ね。ヒーローになるための3年を、そんな腹積もりで過ごす気か?」
「よし……トータル成績最下位は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」
「「はぁぁ!?」」
相澤の決断にクラスメート達が慌てだす。
「最下位除籍って、入学初日ですよ!? 初日じゃなくても理不尽すぎる! 横暴や!」
「そんな理不尽を乗り越えるのがヒーローだ」
抗議する麗日に相澤が言い放つ。
「プルスウルトラ。全力で乗り越えて来い」
その言葉にクラスの全員が引き締まる中、五十嵐シロは落ち着いていた。
(全力……か。アレを使うかな)
*************************
「どうしよう……まだ調整が出来ないのに……ブツブツ」
「緑谷、大丈夫か?」
不安で独り言が多くなる緑谷に、後ろから五十嵐の声がかかった。
「あ、五十嵐さ……って何その体!?」
振り向いた緑谷の目の前にいたのは、マッチョになった五十嵐シロであった。
もう一度言おう。マッチョになった五十嵐シロであった。
「どどどど、どうしたのその……肉体?」
「ああ、『乱離乱身』という罪の枝でドーピングしたんだ」
「『罪の枝』! 確か五十嵐さんの個性だよね。血を操って色々出来るって聞いたけど」
「まぁ、その応用技と思ってくれ」
何でもないように答える五十嵐。
今は顔だけ可愛い女子のため、余計マッチョの体が目立っていた。
「うおっ。男らしい、男らしいぜあの女子」
「マジかよ……放課後メシ食いに誘う気だったのに。アレはやべぇわ」
「筋肉の化身……闇の訪れ」
「美しくないよね☆」
「お、オイラ目が覚めたよ……女って奴は本性は獣なんだ」
クラスメート達がその姿を見て騒ぎ出すが、五十嵐は全く気にしていない。
彼女はマイペースであった。
*************************
第1種目、50メートル走。
『0.9秒!』
五十嵐のスピードは正に爆速ターボであった。
「ま、負けた! まさかスピードで負けるとは……」
落ち込む飯田。
「水を得た魚ってレベルじゃねぇぞ」
呆れる相澤。
「なんだあの白髪女……あり得ねぇ」
放心する爆豪。
第2種目、握力。
「540キロて! あんたスゲェな!」
タコのような腕の生徒、障子目蔵が好記録を出すその横で。
バキッ。
「ふむ、壊れたか」
五十嵐シロ、握力測定不能。
第3種目、立ち幅跳び。
「ま、マッチョが宙に浮かんでる!?」
「五十嵐、その状態はどのぐらい維持出来る?」
「半日はいけますね」
「∞……と」
罪の枝で宙に浮かぶ五十嵐を見て、相澤が記録を書きこむ。
第4種目、反復横跳び。
「すげぇな!? 竜巻かよ!」
「お、オイラの得意種目が……」
竜巻のごときスピードに自分の記録を超えられ、落ち込む小柄な男子、峰田実。
第5種目、ボール投げ。
「∞が! ∞が2人出たぞ!」
(浮かぶタイプの罪の枝を使って正解だったな)
「まさか並ばれるとは思わんかった……」
トップの記録を出し続ける五十嵐を見て、緑谷の焦りは加速していく。
「凄いや五十嵐さん。……それに比べて僕は、もう後が無いぞ。どうすれば……ダメだ! 力の調整、そんなすぐ出来る話じゃない!」
そして、緑谷は決断した。オールマイトから受け継いだ個性、ワン・フォー・オールを使う事を。
『46メートル』
「なっ!? 今確かに使おうって……」
「個性を消した」
相澤が自らの個性を使い、緑谷の個性を消す。
見ただけで他者の個性を抹消する個性、抹消ヒーロー・イレイザーヘッドの本領発揮である。
「また入試の時みたく行動不能になって、誰かに助けて貰うつもりか?」
相澤は緑谷に言い放つ。
彼の個性はオールマイトから受け継いだ強すぎる力。
一度使用すれば体のどこかが必ず壊れる諸刃の剣なのだ。
「お前じゃヒーローにはなれないよ」
相澤の言葉に、緑谷は下を向く。
(確かに、これまで通りじゃヒーローになんてなれない! でもどうすれば……)
「緑谷」
「何? 五十嵐さん……って気持ち悪っ!?」
五十嵐に呼ばれて振り向いた緑谷は、右腕だけがマッチョ化した状態の彼女を見て思わず吹き出した。
「ななな何やってんの!?」
「いや、力を一点に集中してみた」
平然と答える五十嵐に混乱する緑谷だが、すぐに冷静になり「あること」に気付く。
(待てよ……一点に集中? ……そうか!)
「ありがとう五十嵐さん」
小声で礼を言った緑谷は、思い付いた事を実行する。
「指先の一点に……力を集中して、投げる!」
ボールは凄まじい勢いで飛んでいった。
『705.3メートル』
「先生……まだ動けます!」
「こいつ……」
その様子に相澤は感心する。
少なくとも見込みゼロでは無い。
「どういう事だ!? デクこらぁ!」
爆豪が緑谷の記録に納得がいかないらしく、詰め寄ってくる。
「んぐぇ!?」
「授業中だぞ」
しかし、五十嵐が爆豪の首をつかみ止めた。
筋骨たくましい腕は、爆豪の力でもビクともしない。
「離しやがれっ! 白髪ぁ! ……このヤロ動かねぇ!」
「よくやった五十嵐。爆豪、暴れるなら除籍にするぞ」
「……くっ」
相澤の除籍宣告に押し黙る爆豪は、五十嵐をキッと睨む。
「……てめぇ覚えてろ」
小声でそう呟き、大人しくなる爆豪。
トラブルはあったものの、それからも測定は続き、無事に全種目終了した。
「ちなみに除籍はウソな。合理的虚偽」
「はぁぁぁぁぁ!?」
相澤の爆弾発言に、緑谷含む数名が絶叫する。
「あんなのウソに決まってるじゃない。ちょっと考えれば分かりますわ」
「あながち嘘でもないようだぞ?」
八百万という女子の言葉に、五十嵐が反論する。
「……どういう事ですの?」
「相澤先生とは特別枠入試の時少し話したんだが、去年は一クラス全員除籍したらしい」
「え……?」
「まぁ、2年ヒーロー科はきちんと2クラスあるし、復籍はしたらしいがね」
五十嵐の発言に、八百万含む数名が押し黙った。
*************************
下校時間。
疲れて帰る緑谷に、飯田が話しかける。
「指は治ったのかい?」
「い、飯田君! うんリカバリーガールのおかげで」
「しかし驚いたよ! やはり最高峰の教師は除籍もするのだな」
「う、うん。五十嵐さんに言われなきゃ僕もウソだと信じてた」
飯田を怖がっていた緑谷だが、話すうちに真面目なだけだと分かり打ち解ける。
「お~い、お二人さん。駅まで? 待って~」
「駅前のたこ焼き旨いよな」
後ろから聞こえた声に振り向くと、麗日と五十嵐がいた。
「やや!? ∞女子×2!」
「五十嵐シロだ。よろしく飯田」
「麗日お茶子です! 飯田君に緑谷……デルヒサ君だよね?」
「デルヒサ!?」
麗日の間違いに驚愕する緑谷。
「え? 違うん? さっき五十嵐……シロちゃんが緑谷君はデルヒサだって言ってたんやけど」
「五十嵐さん!? 僕イズクだっていったよね!?」
「ははは。すまない、ついな」
「『でるひさ』とは何だ? 蔑称かね?」
「真面目に考えなくて良いよ飯田。単なる冗談だ」
頭の固い飯田に説明をする五十嵐。
「でも、デルヒサってなんか面白くて好きやな私」
麗日のその言葉に、緑谷の反応は早かった。
「デルヒサです!」
「緑谷君!?」
「即答か緑谷……」
緑谷の様子に呆れながら、五十嵐シロは思う。
(こういうのが、「友人」という関係なんだろうか?)
かつての地獄からは考えられないその光景。
これから忙しくなりそうな学生生活を思い、五十嵐シロは笑みを浮かべた。
マッチョなレチッドエッグ。
キモカワイイってレベルじゃねぇ!歩く放送事故だ!