【 ネコ嬢 ― 憂い、慮る ― 】
さては翌日。
前日に依頼した骨と鉄の武器群ですが、流石に昨日の今日では作成も間に合いません。ですがどうやらベルナ村はその特徴から鉱石製の武器が発達しているらしく、(出来合いではありましたが)石の武器群を即日納品してくれていました。全くもって宜しい。
あなたは早速と働いて下さったベルナの村人さん方にありがたく思いつつ、寝起きの早朝。夜も明けない内から活動を開始します。
村の外れ、オトモ広場へ。
あなたが広場に踏み入ると、昨日よりも静かなオトモ広場の中央やや奥。大きな鞍をかけられたムーファの前。そこに朝もはよから、目的の人物が立ってくれていました。
「おはようございます、ハンターさん!」
との活発で天真爛漫な挨拶をしてくれたネコ嬢、カティ女史です。
彼女は朝早くだと言うのに身だしなみもばっちり(ただし足が地面から離れていて)、あなたに向けてまばゆいばかりの笑顔を向けて下さいます(ムーファに襟首を咥えられているようだ)。
ちりん。むふぉー。ツッコミ待ちのようなので、あなたは額面通りの挨拶を返した後に、カティ女史の有り様について疑問をぶつけてあげます。
浮いていますよ。物理的に。
「……はぁ。何故かこうなると離してくださらないんですよ、このムーファさん」
大きな溜息がひとつ。
その背後。もこもこしたムーファのつぶらな瞳からは、断じて離さぬという気迫がありありと伝わってきます。ネコ嬢の何がしかがムーファの興味を引いているのでしょうか。
とはいえ彼女は仕事には妥協しません。ムーファの背に乗せられていたアイルーが1匹、地面にすとり。その姿は、あなたにとってとても見覚えがある……頼もしさを覚えるものでした。
「はい、貴方の相棒さんの転属手続きはしっかりと済ませておきましたよ。―― ね、イモートさん」
「ニャン! お久しぶり……と言うほど離れては居ませんでしたけれどね、あるじさん!」
白い毛並の、ややジト目の雌アイルー。貴方が最も頼りにするオトモアイルーの「イモート」がそこに居ました。
イモートは貴方が前に属していた……部隊? 集落? ……団? まぁそんな感じの所で出会った、回復サポートに特化したアイルーです。本当は地域を変えたら新しいアイルーを雇用するのが筋なのでしょうけれども、彼女の場合は過保護な姉アイルーから念押しにお願いをされている特例。ハンターに準じた異動をお願いしてみたところ、すんなりと話を通してくれたようで、こうしてベルナ村まで来てくれたのです。ありがたやありがたや。
……多分、ギルド事情に精通しているあの姉アイルーが手を回したのだろうなぁと思いながら、貴方はイモートと握手、喉撫で、しっぽの根元の三段攻撃。
「また宜しくですニャ! んごろごろ……ふゃっ!!!」
「イモートさんの実力は伺っていますから、良いご報告を頂けるのを楽しみにしていますね。……早速今日から活動を始めるんですよね?」
ネコ嬢の言葉に、貴方は頷きます。
昨日の宴会の最中にも情報を仕入れてみたところ、早く動いて損はなさそうです。古代林というフィールドの特徴を早急に掴んでおきたくもありますし。
何より、昨日センパイから古代林が育む独自の生態について根掘り葉掘り聞いていましたから ―― そう、わくわくしているのです!
「……」
そんな風に、イモートとじゃれながら期待に心を躍らせるあなた。
……そのあなたを……ネコ嬢は、どこか訝しむような。観察するような。名状しがたい様子で眺めています。
どうかしたでしょうか。イモートの手続きは終えてくださったようですし。髪やインナーの乱れでもあるのかなと自分の身体を見回してみても、特に異常は無さそうですし。
「あ、いえ、違うんです。……違う……というか。あの」
言葉を選んでいる様子のネコ嬢。あなたは先を促し、反応を待ちます。
しばらく、うーんと悩んでから。その小さな身体を更に申し訳なさそうに縮込めて……上目遣いに。
「……不躾でごめんなさい。あなたは、なんだか不思議な感じがするんです。決して、決して、悪い意味では無く……」
不思議。何がでしょう。
「えーと、モンスターさん達が怖くは……というのはハンターさんには今更でしょうから、ちょっとずれていますが。……すいません。的確な言葉は思い付かないのですけど。……あなたは防具も武器も元のギルドに置いてきていて、何も知らないこの村で、ゼロからハンター生活を再開しなければならないのに……楽しそう? というか」
なるほど。確かに。
装備もリセット。知らない土地。知己もいない。この状況が貴方にとってアウェーであることは、間違いありません。
ですのであなたは答えます。たしかにこのベルナ村という環境はあなたにとって逆境ではありますが、さしたる問題ではないのだと。
近頃はギルド間でも装備を持ちこみできるような場所が増えてきました。あなたが以前に属していた一団……そう、団と呼ぶのが最も相応しい……がドンドルマに籍を置いていた時などが良い例です。これはハンターズギルド間に横たわっていた大きな溝が埋まった事による、大きな大きな前進でありましょう。
この大陸と向こうの大陸を転々としていたあなたですが、あの時には心の底から快哉をあげたものです。勿論ドンドルマでは、それら装備を「持ちこまないと本当に死になさいな方々」を相手にせざるをえなかったのですけれどね。具体的には、危険度が2桁に限りなく近づいたモンスターさんとか。
だとすると今回の例も適用されてよさそうなもの、です、が ―― しかし本来、ハンターの装備品というものは厳重に管理をしなければならないものです。売り払えばそれだけでひと季節は遊んで暮らせるようなモンスターの貴重な素材を、惜しみなくふんだんに(しかし歯を食いしばり血涙を流しながら)消費して作られる、ハンターの命なのです。
……つまりは、「そこに在るだけ」でも盗賊とか強盗とかをおびき寄せる誘蛾灯でもありますので。ああ面倒くさい。
その面倒くささを知っているあなたは、持ちこめるようはからうと言ってくれた大長老に、丁重にお断りを入れていたのでした。ベルナ村にあれらを持ちこんだ場合、管理しなければならないのは結局あなた自身になるでしょうから。
こちらで装備を作成し、管理できる人脈を同時進行に作る。補修に使えそうな素材を手ずから吟味し、防具と武器のあれやこれやを試みる。それもまた、ハンターにとって欠かすことの出来ない能力にして、醍醐味なのであります。
転居については馴れていますあなた。こういったやり取りをしたのは一度や二度ではありません。だからこれは、いつもの事。
つまりは、これ、さしたる問題では無いのことよ。
「?? なんで最期だけ変な
その点については大当たりですけれども……と、逆説。
ムーファの口元でぶらぶらしながらネコ嬢は、精一杯こちらに身を乗り出して。
「でも、それだけならば判ります。逆境にこそ奮い立つ。そういうハンターさんは多く見てきました。だけど貴方は、それら誰とも違います。怖さを悠々と乗り越えているような。余裕を持って怖がっているような。底が見えない……? 深くて深くて、見飽きないというか。そんな、不思議な感じがします。とても、とても……不思議な……」
ネコ嬢はその言葉の通り、心底不思議そうな表情であなたを見つめてきます。
特に避ける理由も嫌がる理由もないので、あなたはネコ嬢の視線を真正面から受け止め。
受け止め。
暇なのであなたもネコ嬢の瞳を覗き込み。
覗き込み……受け止め。
endless battle.
「……不思議に思うのも無理はないですニャ、カティ。私のあるじさんは、そういうお人ですから」
無言空間を切り裂いてくれたイモートは、あなたの横で苦笑していました。
残念ながら、ネコ嬢が不思議に思う、その感じはあなたには判りません。あなたはネコ嬢ではないですからね。ですが見た目の年齢以上の年月を生きている竜人族にそう見えているのであれば、あなたは他のハンターよりも思っている事が表面に出難いとかそういう理由でしょう。多分。
竜人族の人を見る目は、割と信頼感しておりますあなた。ネコ嬢にその旨を伝えておいて。
「そう、なんでしょうか。……あの、ハンターさん。気をつけてくださいね? 私も出来る限りのサポートは、させてもらいますから」
うーん。言葉だけでは謎の不思議さの違和感は拭えないご様子。まぁ、仕方がないでしょう。
いずれにせよあなたを案じてくれているのであれば、ありがたく思うことはあれど、落胆することはありません。ネコ嬢が感じるものが不安に近いとすれば、元より村の皆さんとて同じように感じている筈。
不思議。不安。これら憂慮を払拭し安心感を与えるには、ハンターの活動でもって実力を示すしかありません。
なのであなたは笑顔でネコ嬢にお礼の言葉を告げて、イモートと共に早朝のオトモ広場を後に。古代林へ繰り出すことにするのでした。
――
――――
カティは困惑していました。
理由は色々あるでしょう。村にまだ馴れていないだとか。職に就いたばかりで忙しいだとか。
それら諸々はさておいて……ええ。自分でも判っています。
こうも胸をかき乱されている一番の理由は、あの方。
本日村のまとめハンターから紹介された、新たな村専属ハンター……その人と形が全くもって掴めなかった事に寄ります。
「……なんで、初対面の方にあんな事を言ってしまったんでしょう。わたし……」
不思議な印象を受けると言えばまとめ役の筆頭ハンターを務めているショウさんもそうなのですが、彼はネコ嬢ら組合員とは一線を隔てた付き合いをします。アイルー達は彼にデレデレなので悪い人ではないとカティも思うのですが。それはそれとして「そういう距離感を望む人」には、こちらも相応の対応となります。つまりは深くはすりあわせないという事です。
ですが本日顔を合わせたハンターはというと。
カティとの間に壁はなく。まるで長年寄り添った隣人の様な気配でありながら。
―― だのに、遙か遠くに居るような。
―― 遠くに居ることが、至極当然で在るかのような。
そう言う……そう。危うさを孕んだ只人の印象を受けたのです。
近くて遠い、放っておけない方だと、カティは思ったのです。
「……元よりわたしのお仕事は、ハンターさん達のお手伝いをすること。お手伝いをするためのアイルーちゃんを選んで、紹介すること」
今世。ハンター市場は急激な発展を遂げ、世界に数多くの革新をもたらしてくれました。
堅物な竜人族の長老方ですら口を揃えて「ここ数年の進歩はめざましい」「ハンターという職がその進歩に拍車をかけた」(要約)と、カティに話してくれる程です。
そんな急速に拡大して行くハンター市場において、ハンターの援助体勢における人員不足の解消は急務の課題でありました。
そこで白羽の矢がたったのが、「オトモアイルー」という役職です。
アイルー達の中には元からハンターのお供として活動をしていた者達がおり、俗称を「オトモアイルー」と呼ばれていました。今ではかなり一般的になったそのオトモアイルーの中から、一定以上の実力を持つ者を、さらに上の枠組み……「ニャンター」として認可しようという動きがあるのです。
カティが今回新人でありながらベルナ村へ出向したのは、ネコ婆だけでは明らかにアイルー斡旋の通常業務に支障が出ること。交通の便が良いこと。そしてそのニャンターの運用試験を行う人もここベルナ村に居ること。データ収集に長けた学者方々の協力も得やすいこと。それら、多くの理由が噛み合っての事でした。
カティが幼かった頃に新興したハンターという職業は、自然と人らとの調和を保つための物。
故に危険はつきもの。当たり前のものなのだ。そう言って大声で笑い、酒場を後にし ―― 遂に戻らなかった人々をカティは数多く知っています。
人の世の発展の中心地に居ながらにして、殉職率もそれなりの高さを誇るハンターという職。戻らなかった彼ら彼女らを悼むその度に、自らの力のなさを。彼らを守る術の無かった自分を、とても悔しく思ったものです。
竜人族の多くはハンターに就くもの、裏方に就くものとして社会に貢献しています。種族的には幼年にあたるカティもまた、その中の1人。裏方という立場を選び、今こうしてアイルーの斡旋業などを営んでいるのも、そうしたハンター達の役に立ちたいという想いに端を発するものでありました。
「……うん。頑張りましょう」
自分の仕事は、ハンターの地盤を固め助ける物。放っておけないあの人にも、可能な限りの助力を用意してあげたい。
人知れずそう呟くと、カティは拳を握りしめ。次の段階に向けて、業務を進めて行くのでした。
・ネコ嬢
ベルナ村でアイルーの斡旋業を行う竜人族の少女。猫耳はカチューシャである。
妹がおり、2人で歌手業も手に付けている。
本作ではアイルー斡旋業を営む新人経営者という扱い。独自設定。
・イモート
回復系統のスキルに特化したオトモアイルー。
お供歴はそれなりに長く、あなたは彼女にとって初めてのご主人様にあたる。
ポンチョの様な外套を被り、ジト目で、妹に甘く、これまた自らのご主人大好きな姉が居る。
・アイルー斡旋業
歴史はそれなり。
つい最近になって全国的にも普及し、アイルー族はハンター業の傍らに寄り添う良き隣人となった。