ポケモンリーグ準優勝者の育て屋ライフ エピソード0 作:九戸政景
それでは、第1話を始めていきます。
第1話 到着、ロンドシティ! 幾つもの新たなる出会い
古き街並みや花々が咲き乱れる街、そして広大な大地や険しい山々などの自然に溢れ、数多くのポケモン達が棲まう地方、『イリス地方』。
そんな『イリス地方』の中心に位置する『ロンドシティ』に向けて、複数のトラックが走っていく中、その後に続いて走る一台の乗用車の中で運転席に座る男性が少し疲れた様子で小さく溜息をついた。
「……ふぅ、ようやく『ロンドシティ』が見えてきたな。それにしても……まさか『カントー地方』からこの遠く離れた『イリス地方』に引っ越す事になるなんて夢にも思わなかったな」
「ふふ、そうね。けれど、それは貴方の仕事の都合による物だし、もう決めてしまった事なのだから、仕方ないと思うしか無いわよね」
「そうだな。ところで……イクトとロイはまだ寝ているのか?」
男性の言葉に助手席に座る女性が後部座席に視線を向けると、そこではあどけない寝顔を浮かべて短い黒髪の少年と『ねずみポケモン』のピカチュウがまるで兄弟のように仲良く体を寄せ合いながらスヤスヤと眠っていた。そしてその様子に女性はクスリと笑うと、視線を前方へと戻しながら運転を続ける男性に話し掛けた。
「まだ仲良く眠っているわ。イクトもロイも進んで準備を手伝ってくれていたし、やっぱり疲れていたのかもしれないわね」
「そうだな……まあ、今はそのまま寝かせておこう。起こすのは着いてからでも良いからな」
「ふふ、そうね」
男性の言葉に女性が微笑みながら答えていたその時、後部座席から「……んぅ?」と眠そうな声が上がると、女性は再び後部座席に視線を向けてからニコリと笑った。
「おはよう、イクト」
「……うん、おはよう、母さん。あれ……もしかしてもう着いた?」
「いいえ、まだよ。だから、まだ寝ててもいいわよ?」
「……ううん、いいや。それにしても……本当に来たんだね、『イリス地方』に」
「ふふ……まだ実感が湧かない?」
「うん……まあね。けど、これからこの『イリス地方』でロイと一緒に旅をするわけだし、少しずつでもこの地方の雰囲気や空気に慣れていくつもりだよ」
イクトがニカッと笑いながら答える中、運転席に座る男性は少し申し訳なさそうな表情でイクトに話し掛けた。
「イクト……本当にゴメンな。
「……ううん、別に良いよ、父さん。たしかに『カントー地方』で旅を出来ないのは残念だけど、それならこの『イリス地方』でリーグ優勝をした後に『カントー地方』でもう一度旅を始めれば良いだけだしさ」
「イクト……」
「それに、この『イリス地方』には『カントー地方』にはいないポケモンも多く棲息しているって聞くし、そんなポケモン達と出会うって考えるだけでワクワクするよ」
「……そうか。イクト、旅を楽しむ事も忘れるなよ?」
「うん、もちろん!」
父親の言葉にイクトが大きく頷きながら答えていたその時、その振動でロイは静かに目を覚まし、「ピカ……?」と眠そうに周囲を見回した。そして、その様子にイクトはクスリと笑うと、隣に座るパートナーポケモンに微笑みかけた。
「おはよう、ロイ。よく眠れたか?」
「ピカ……ピカ、ピカピカチュ?」
「ううん、まだ着いてないってさ。けど、もう少しで着くんじゃないかな?」
「ピカ……ピカピカッチュ!」
「ははっ、そうだな。まだどんな街なのか分からないけど、『マサラタウン』みたいに良い所だと良いよな」
「ピカッチュ!」
イクトとロイが楽しそうに『会話』をする中、その光景に母親はクスクスと笑いながらイクトに話し掛けた。
「ほんと、イクトのその『力』は不思議よね。イクト、一応会話は成立しているけど、ロイの言葉が分かっているわけでは無いんでしょう?」
「うん。あくまでもロイの気持ちが分かったり、言っている事が理解できたりするだけ。まあ、ここまでしっかりと分かるのはロイだけだし、他のポケモンの気持ちを感じ取るにはどこかに触れてないといけないけどさ」
「それでもそれが出来ない俺達からすれば、スゴく不思議で羨ましい物だけどな。それに、どんなポケモンとも心を通わせられるのもやっぱりスゴいと思うぞ?」
「あはは……自分でも何でそんな事が出来るのかはサッパリなんだけどね。けど、せっかくそんな特技があるわけだし、この特技は一生大切にしていきたいかな」
「そうだな。いつか旅の中でその特技に助けられる事もあるだろうし、大事にしていかないとな」
「うん、そうだね」
父親の言葉にイクトはニッと笑いながら答えた後、隣に座るロイの頭を静かに撫でた。そして、気持ち良さそうな笑みを浮かべるロイから前方へ視線を移したその時、歴史を感じさせるような古い街並みが見え始め、イクトはぱあっと顔を輝かせた。
「父さん、母さん、もしかしてここが……!」
「……ああ、そうだ」
「ふふ、ようやく着いたわね。私達がこれから住む街、『ロンドシティ』に」
「うん……!」
「ピカァ……!」
母親の言葉に答えながらイクトとロイは窓の向こうに流れる『ロンドシティ』の景色を眺め、街中を歩く『カントー地方』には棲息していないポケモン達の姿に目を輝かせた。
「わぁ……やっぱり色々なポケモン達がいるなぁ。ねえ、父さん、新しい家に着いたら少し街の中を歩いてきても良いかな?」
「ああ、良いぞ。家の片付けや家具の搬入は父さん達でやっておくから、存分に探険してこい」
「うん、ありがとう!」
「ピカ、ピカッチュ!」
「どういたしまして……っと、そろそろ着くから下りる準備をしておけよ」
「うん!」
「ピッカ!」
そしてそれから数分後、イクト達が乗った車は一件の家の前で停まると、イクトはリュックサックを背負いながらロイを頭に乗せ、ワクワクした様子で車を降りた。そして、家を見上げると、とても嬉しそうな声を上げた。
「うわぁ……思っていたよりも大っきぃなぁ……!」
「チャア……!」
「前の家も大きかったけど、今度の家もかなり大きいみたいだし、家の中を探険するのが楽しみだな。なっ、ロイ!」
「ピカ!」
イクトの言葉にイクトの頭の上に乗ったロイが大きく頷きながら答えていたその時、「イクト、ロイ」と後ろから声を掛けられ、イクト達は揃って後ろを振り返った。すると、イクトの視界が突然赤一色になり、それに対して思わず「わっ!?」と声を上げながら顔に掛かっている物を離すと、それはイクトが愛用しているツバの付いた赤い帽子だった。
「帽子……そういえば、寝る前に脱いでたんだっけ」
「ああ、後部座席に置きっぱなしになってたぞ」
「そっか……ありがとう、父さん」
「どういたしまして。ほら、街の中を探険するなら早く行ってこい。モタモタしてると日が暮れるぞ」
「うん、分かった。よし……それじゃあ行こうぜ、ロイ!」
「ピッピカチュウ!」
ロイが元気よく返事をした後、イクトは一度ロイを肩へと移動させ、受け取った帽子をしっかりと被った。そして、引っ越し業者と共に家具の搬入をする両親に対して元気よく「行ってきます!」と声を掛け、それに対して両親が答えた後、イクトはロイを再び頭に乗せて『ロンドシティ』の街中へ向けて勢い良く走り出した。
「さて……ロイ、まずはどこから行こうか?」
「ピカ……ピカ、ピカチュ?」
「ん、俺か? そうだな……俺ならまずはこの街にいるっていうポケモン博士のところに行ってみたいかな」
「ピカチュ……?」
「ああ。オーキド博士から聞いた話だと、この『ロンドシティ』にはロッカ博士っていう女性のポケモン博士がいるらしいんだ。だから、まずはその人の所に行ってみれば、この『イリス地方』に棲息してるポケモンの事も何か分かるかなと思ってさ」
「ピカチュ……」
「それに、『マサラタウン』を出発する時、オーキド博士が餞別としてポケモンを贈る予定だったが、まだ届いていないから届き次第そのロッカ博士の研究所に送るって言ってたから、その確認もしに行く必要があったしな」
「ピカ……ピカ、ピカッチュ!」
「ああ、どんなポケモンと出会えるのか本当に楽しみだな。後は……その研究所がどこにあるかだけど……」
そう言いながらキョロキョロと辺りを見回していたその時、『しんかポケモン』のイーブイを抱き抱えたブロンドのポニーテールの少女が目に入った。
「ん……あそこにいるのは地元の子かな?」
「ピカ……ピカ、ピカピカチュ?」
「そうだな。地元の子ならたぶんロッカ博士の研究所の場所も知ってるだろうし、とりあえず訊いてみるだけ訊いてみるか!」
「ピッピカチュウ!」
ロイが右手を高く上げながら答えた後、笑みを浮かべながらイクトがブロンド髪の少女の方へ走り出したその時、少女のイーブイの耳がピクリと動くと、イーブイは「ブイ……?」と不思議そうに声を上げながらイクト達の方へ顔を向けた。そして、そのイーブイの様子にブロンド髪の少女は不思議そうに小首を傾げた。
「ラピス、どうかしたの……?」
「ブイ、ブイブイ」
「え……こっちに向かって誰か走ってくるって──あ、本当だ」
ラピスが前足で指す方を見ながらブロンド髪の少女は納得顔で頷くと、イクト達を待つように静かにその場で立ち止まり、イクトが自分の目の前で足を止めると、不思議そうな表情を浮かべながらイクトに声を掛けた。
「君達、この辺では見掛けない顔だけど、私達に何か用?」
「……あ、うん。ちょっとロッカ博士の研究所の場所について訊きたかったんだけど……どこにあるか分かる?」
「ロッカ博士の研究所……うん、もちろん知ってるよ。私達もちょうど今からこの子の事で博士に相談するために行くところだったから案内してあげるよ」
「ああ、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。あ、そういえば自己紹介がまだだったよね。私はシア、そしてこの子は私のパートナーでラピスだよ」
「ブイ、ブイブイ!」
「シアにラピスだな。俺はイクト、そしてコイツは俺のパートナーでロイだ。」
「ピカッチュ!」
「イクト君とロイだね。これからよろしくね、二人とも」
「ああ、こちらこそよろしく。さて……それじゃあ案内よろしくな、シア」
「うん!」
シアが元気よく返事をした後、イクト達はシアの後に続いて再び歩き始めた。そして歩き始めてから数分後、「あ、そうだ」とシアは何かを思い出した様子で声を上げると、クルリとイクト達の方へ顔を向けながら話し掛けた。
「さっきも思ったんだけど、イクト達ってこの辺の子じゃないよね?」
「ん……まあな。俺達、ちょうどさっき『カントー地方』からここに引っ越してきたばかりだったんだ」
「『カントー地方』……へえ、ずいぶん遠くから来たんだね。引っ越しって事は、お父さんかお母さんの仕事の都合で?」
「ああ。それで、父さん達から街の中を歩いてきても良いって言われたから、まずはロッカ博士の研究所に行って、この『イリス地方』に棲息してるポケモンの事を教えてもらおうと思ったんだ」
「なるほどね……たしかにロッカ博士ならそういう事には詳しいし、良い判断だったかも。ねっ、ラピス」
「ブイ、ブイブイ!」
「ふふっ、だよね! ラピスも同じ事考えてたみたいで良かったよ」
シアが嬉しそうな笑みを浮かべながらラピスに頬ずりする中、イクトは先程のシアの言葉に『ある違和感』を覚えていた。そして、頭の上に乗ったロイと頷き会った後、イクトはその違和感について確かめるためにシアに問い掛けた。
「……なあ、シア?」
「うん、何?」
「もしかしたらなんだけどさ……シアってポケモンの言葉が分かるのか?」
「……え、どうして分かったの……?」
「いや、どうしてって……今、ラピスも同じ事を考えてたみたいで良かったって言ってただろ? 普通に考えたら、ラピスが言っている事が分からなかったら、そんな言葉なんて出ないと思うんだけど……」
「……あ、たしかに……」
「もしかして、全然気付いてなかったのか?」
「うん……まったく。でも……そっかぁ、いつもは言わないようにしてたのに、つい言っちゃってたのかぁ……」
シアがどこか哀しそうな目をしながらポツリと言うと、その様子にイクトは恐る恐るといった様子で話し掛けた。
「あ、あのさ……ポケモンの言葉が分かる事って、もしかしてあまり触れちゃいけない事だったか……?」
「……ううん、そういうわけじゃないよ。ただ、周囲からはあまり信じてもらえないから、普段はその事を言わないようにお母さん達と決めてただけ」
「……あまり信じてもらえない、か……」
「うん……だから、ラピスと話をするのは、家の中かある人の前くらいにしてたんだけど……まさか初めて会う君の前でうっかりラピスと話しちゃうなんてね」
「シア……」
「あはは……まあ、信じなくてもいいよ。自分で言うのもアレだけど、こうして実際に話せないと中々信じてはもらえない事ではあるし……」
シアが哀しそうな笑みを浮かべながら言う中、イクトはポンとシアの肩に手を置くと、少し驚いた様子で見つめてくるシアに対してニッと笑いながら首を横に振った。
「……いや、信じるよ。だって、実際に目の前でラピスと会話してるところを見たし、シアが嘘をつく理由も無いからな」
「イクト君……」
「それに、この際だから正直に話すけど、俺もロイ限定なら同じような事が出来るんだよ」
「同じような事って……まさかイクト君もロイの言っている事が分かるの!?」
「うーん……まあ、正確に言うならロイの言いたい事なら鳴き声から判断できる、かな? だから、シアみたいにロイが言っている事が今俺達が話をしてるように聞こえるわけじゃないけど、ロイ限定なら何を言いたいのか正確に当てる事が出来るし、他のポケモンでも体の一部に触れてさえいれば、どういう気持ちなのかを感じ取る事が出来るんだ」
「わあ、そうなんだ……! ねえ、他には何か出来るの?」
「そうだな……これは能力って程じゃ無いけど、どんなポケモンとも心を通わせる事が出来るかな」
「どんなポケモンともって、本当にどんなポケモンとも?」
「ん、まあな。実際、怒りで我を忘れたポケモンや心を閉ざしたポケモンとも今まで心を通わせる事が出来たからな」
「そっかぁ……イクト君って本当にスゴいんだね」
「いや、そうでもないよ。それに、俺からすればシアの方がスゴいと思うし」
「……え?」
イクトの言葉にシアが驚いた様子を見せると、イクトは微笑みながら言葉を続けた。
「だってそうだろ? ポケモンの言葉が分かるなんて誰にでも出来る事じゃないし、ポケモントレーナーだったら誰だって欲しい能力だと思うぜ?」
「イクト君……」
「だから、その能力には自信を持って良いと思う。今はあまり信じてもらえないかもしれないけど、さっきも言ったように俺はその能力の事を信じてるし、その能力で助かる人だって絶対にいるはずだからさ」
「……うん、ありがとう。そう言ってもらえて少しだけ自信が湧いてきたよ」
「ふふ、それなら良かったよ」
「うん。それにしても……イクト君と話してるとなんだか落ち着くなぁ」
「ん、そうか?」
「うん! イクト君の話し方もそうだけど、なんだか声を聞いてると心が穏やかになってくるというか……スゴく落ち着くし安心するんだ」
「……そっか。もしかしたら、話してる内にシアとも自然に心が通い合っていたのかもしれないな」
「ふふ、そうかもね。まあ、イクト君とはこれからも仲良くしていきたいし、今の内から心が通い合っているのはとても嬉しいかな」
「そうだな。さて……それじゃあそろそろまた歩き始め──」
その時、近くのビルの電光掲示板の画面に四角い機械を手に持った黒いオールバックの男性の姿が映ると、イクト達や街中を歩いていた『ロンドシティ』の住人の視線が電光掲示板に集まる中、陽気な音楽と共に男性は手に持った機械をもう片方の手で指し示しながら話を始めた。
『皆さん、こんにちは。本日は私達『ベイカー・コーポレーション』の新製品であるこの『ポケフォン』の紹介を致します。この『ポケフォン』はトレーナー間での交流や手持ちポケモンとの連携力向上を目的とした物になっており、『ジョウト地方』で普及している『ポケギア』のような通話機能に加えて、メールの送受信機能にインターネットへの接続機能などを初期段階で内蔵しており、その他にも『ポケフォン』を持っているトレーナーが近くにいればそのトレーナーの名前を教えてくれる『
さて……ここまで聞いてこの『ポケフォン』に興味を持った方もいるかと思われますが、ここで朗報です。なんと、現在『ベイカー・コーポレーション』ではこの『ポケフォン』のモニターを募集しており、それに応募をして頂いた方全員にこの『ポケフォン』のプロトタイプをお渡ししております。ですが、残念な事に数量には限りが有りますので、ご応募はお早めにして頂くようお願い致します。以上で、『ベイカー・コーポレーション』からのお知らせは終了致します。ご静聴ありがとうございました』
そして、画面上で男性が静かに頭を下げると、画面は『ベイカー・コーポレーション』のロゴマークへと変わり、映像を見ていた住人達の中では早速『ポケフォン』についての話が始まり、その光景をイクトとロイは物珍しそうに眺め始めた。
「……皆、さっきの『ポケフォン』っていうのに興味津々みたいだな」
「ピカ……」
「ふふ、そうだね。それにしても……今度の新製品も中々画期的な物みたいだね。流石は『ベイカー・コーポレーション』ってところかな」
「『ベイカー・コーポレーション』……そういえば、中々有名な会社みたいだけど、どんな会社なんだ?」
「ピカチュ……?」
「あ、そういえばイクト君達は知らなかったよね。『ベイカー・コーポレーション』はさっき映っていたアーサーさんが社長を務めているこの『イリス地方』では知らない人がいない程の大企業で、新型のモンスターボールとか『きずぐすり』とかの道具やポケモンの体調や筋力みたいなデータを測れる機械を開発していて、新製品が作られたらすぐにさっきみたいにアーサーさんが会社の電光掲示板を使って紹介をしているんだ」
「へえ……そうなのか」
「それに、支社も『イリス地方』全土にある分、何か製品に不都合があったら、すぐに対応をしてくれるのも人気の一つなんだよ」
「なるほどな……ところで、シアはさっきの『ポケフォン』のモニターには応募するのか?」
「うーん……興味はあるけど、少し考えてみたいかな。イクト君は?」
「俺も保留かな。ああいうのがあればたしかに便利だと思うけど、判断をするにはまだ情報が足りない気はするからな」
「そうだね。さてと、『ポケフォン』の話はまた後にしてそろそろ行こっか」
「ああ」
「ピッピカチュウ!」
「ブッブイ!」
シアの言葉にイクト達が揃って返事をした後、イクト達はロッカ博士の研究所へ向けて話をしながら再び歩き始めた。そして、イクト達が『ベイカー・コーポレーション』本社の入り口の前を通り過ぎたその時、入り口の自動ドアが静かに開いた。すると、中から社長のアーサーとワインレッドのスーツ姿の女性が姿を現し、アーサー達は話をしながらゆっくりと外に出て来た。そして、「ん……?」とアーサーが何かに気付いたようにイクト達の方へ視線を向けると、スーツ姿の女性は不思議そうにアーサーに話し掛けた。
「社長、いかがされました?」
「……あの二人のトレーナー、スゴく興味あるな。クリス、この後の予定は?」
「この後は……一時間後に会議室にて『ポケフォン』についての会議があります」
「……そうか。となれば、少しだけ時間はあるな。よし……それならあの二人を少し追ってみよう。あの二人から何か光る物を感じるからな」
「かしこまりました」
クリスと呼ばれた女性が恭しく一礼をすると、アーサーはスーツのポケットからモンスターボールを一つ取り出すと、静かにボールのスイッチを押した。
「さあ、出番だぜ。シャロ」
そして、その声と同時にモンスターボールが開くと、中から現れたのはパイプのような物を咥えた
「ピカ……」
「シャロ、ちょっと鑑定してもらいたいトレーナー達がいるんだが、頼まれてもらえるか?」
「ピカ……ピカ、ピカピカチュ……」
「ははっ、その返事は肯定だと取らせてもらうぜ。うっし、それじゃあ早速追うとするか」
「はい」
「ピカ……」
クリスとシャロが返事した後、アーサーはシャロを肩に乗せ、イクト達が歩いていった方向へ向けて静かに歩き始めた。
『ベイカー・コーポレーション』の本社を出発してから数分後、イクト達の前方に大きな建物が見え始めると、シアは笑みを浮かべながらその建物を指差した。
「あっ、見えてきた! あそこがロッカ博士の研究所だよ!」
「へえ……やっぱりポケモン博士の研究所っていうだけあって大っきいんだな」
「ふふ、そうだね。ロッカ博士は『イリス地方』のポケモンの生息地を主に研究してるみたいで、よくフィールドワークにも行くんだけど、その時に出会ったポケモンを捕まえたり、怪我をしていたり群れからはぐれたりしたポケモンを保護するためにここでお世話したりもしてるんだよ」
「なるほど……だから、さっきロッカ博士の研究所へ行くのは良い判断かもって言ってたのか」
「そういう事。さてと、そろそろ研究所に──」
そう言いながらシアが前方に視線を戻したその時、研究所の自動ドアがゆっくりと開き、中から一匹のポケモンが勢い良く出てくるのが目に入り、イクトは歩きながら小首を傾げた。
「あれ……なんかポケモンが出てきたけど、アイツも研究所で保護してるポケモンなのか?」
「うーん、そうだと思うけど……ちょっと遠いからどんなポケモンなのかはまだ分からないかな……」
「そうだな──って、アイツこっちに向かってきてないか?」
「……え?」
その言葉通り、研究所を飛び出したポケモンはまっすぐにイクト達の方へ走ってきており、程なくしてその正体が明らかになったが、その姿にイクト達は不思議そうに首を傾げた。
「……アレはヒトカゲ、だよな……?」
「うん……でも、なんだか知ってる色と違うような……?」
「ああ、ヒトカゲってたしかオレンジ色のはずなのに、アイツはどう見ても
ヒトカゲの体色にイクト達が疑問を抱く中、ヒトカゲは焦りの色が浮かんだ顔で走り続けていたが、目の前にイクト達がいるのに気付くと、ゆっくりと足を止めながらイクト達を警戒した様子で見つめ始めた。
「カゲ……!」
「ヒトカゲ、俺達は敵じゃない。だから、警戒なんてしなくても良いぞ?」
「そうだよ。私達はロッカ博士に用事があって来ただけだから」
「カゲ、カゲカ……?」
「うん、私達は貴方を捕まえる気なんて無い。だから、イクト君の言う通り、警戒なんてしなくても良いんだよ。私達は貴方がどうして研究所から逃げてきたのかは知りたいけど、無理矢理捕まえたり、怖い目に遭わせたりするつもりなんてこれっぽっちも無いからさ」
「カゲ……」
イクト達の説得によりヒトカゲの表情から徐々に警戒心が消え、ヒトカゲがイクト達に一歩ずつ歩み寄っていったその時、「そこにいる人達、その子を捕まえてー!」という声が研究所の方から聞こえ、イクト達がそちらに顔を向けると、ヒトカゲの遥か後方から白衣姿の茶色いポニーテールの女性が急いで走ってくるのが目に入り、その姿にシアは少し驚いた様子を見せた。
「ロッカ博士……!? 博士ー、もしかしてこのヒトカゲって博士のポケモンなんですかー!?」
「ううん、違うわ! でも、その子はウチの研究所で保護してるポケモンだから、逃げないようにしてほしいのよー!」
「逃げないようにって言われても……ちょうど今コイツに俺達は敵じゃないって言ってたところだったから、今さらそんな事をしたらコイツの心は閉じちゃうよな……」
「う、うん……でも、ロッカ博士のお願いを無視するわけにもいかないし……」
焦った様子でロッカ博士が近づいてくるのを見ながらイクト達がどうしたら良いか迷っていたその時、「……カゲ」とヒトカゲは静かに呟くと、そのままイクトへと歩み寄り、イクトの足元で歩みを止めた。
「ヒトカゲ……?」
「カゲ、カゲカゲカ」
「……どうやらヒトカゲは、イクト君なら信頼出来るって思ってくれたみたいだよ」
「俺を……でも、どうして……?」
『……お前からは他の人間とは違う何かを感じるし、さっきの言葉からは嘘を付こうという気持ちが感じられなかったからな』
「ヒトカゲ……」
「……ふふ、トレーナーとしてはこう言ってもらえるのはスゴく嬉しいよね」
「……そうだな」
シアが翻訳したヒトカゲの言葉にイクトが嬉しそうな笑みを浮かべていると、ヒトカゲを追い掛けてきていたロッカ博士がようやく追いつき、苦しそうに息を切らしながらヒトカゲに声を掛けた。
「はあ……はあ……もう、どうして貴方はいつも研究所から逃げだそうとするのよ……?」
『……ロッカ博士、俺にはやりたい事がある。だが、ここではそれが出来ないんだ……』
「やりたい事……? ヒトカゲ、それって一体何なの?」
「……カゲ、カゲカゲカ、カゲカゲカゲカ」
「……群れを追い出したアイツらに打ち勝ち、追いだした事を後悔させるのが俺のやりたい事だ、って……ロッカ博士、このヒトカゲって群れから追い出された子なんですか?」
「ええ……見て分かると思うけど、このヒトカゲは通常の色とは違う色違いという個体で、そのせいで群れから追い出されたみたいなのよ」
「色違い……あの、色違いが群れから追い出される事って良くある事なんですか?」
「うーん……群れによりけりね。実際、色違いの個体が群れのリーダーをしているところも見た事はあるから──って、そういえば貴方は?」
「あ、初めまして。今日『カントー地方』から引っ越してきたイクトといいます。そして、こっちは相棒のロイです」
「ピカ、ピカピカッチュ!」
「イクト君にロイ……ああ、オーキド博士が言っていたのは貴方達の事だったのね」
イクト達の自己紹介を聞いたロッカ博士が納得顔で頷いていると、イクトはロイと不思議そうに顔を見合わせてからロッカ博士に話し掛けた。
「あの……オーキド博士が言っていたって、どういう事ですか?」
「あ、うん。実は、昨日オーキド博士から『マサラタウン』出身のトレーナーが『ロンドシティ』に引っ越してくるから、もし会う事があったらよくしてやってほしいと言われていたのよ」
「オーキド博士が……」
「ええ、だからどんな子達なのかなって思っていたんだけど、まさか連絡を受けた翌日に早速出会うとは思ってなかったわ」
「あはは……まあ、そうですよね。ところで、このヒトカゲはこれからどうするんですか?」
「そうね……シアちゃんのおかげでヒトカゲの気持ちは分かったわけだし、この子の思いを尊重してあげたいところだけど、今のままだと確実にその思いは遂げられないだろうし、誰か良いトレーナーさんにでも預けようかしらね。そうすれば、この子もいつかは群れの仲間達とも会えるだろうし……」
ヒトカゲを見ながらロッカ博士が笑みを浮かべてそう言ったその時、ヒトカゲはイクトをジッと見つめながら静かに頷いた。その瞬間、イクトの中で闘志が静かに燃え始めると、その事に驚きながらもその闘志に突き動かされる形でイクトはヒトカゲに話し掛けた。
「ヒトカゲ、もしかして俺達とバトルがしたいのか?」
『……ああ。さっきも言ったように、お前からは他の人間とは違う何かを感じるからな』
「他の人間とは違う何か……」
「うん、もしかしたらヒトカゲはイクト君達とのバトルを通して、それが何なのかを突き止めたいのかもしれないよ」
「そっか……俺自身はあまり思い当たらないけど、せっかくヒトカゲがバトルをしたいって言ってくれているなら、俺はそれに応えたいかな」
『……決まりだな。イクト、お前の実力を見せてもらうぜ』
「ふふ……イクト君、だいぶヒトカゲから気に入られているみたいだね」
「そうみたいだな。だけど、俺達は負けるつもりなんて一切ないぜ。な、ロイ」
「ピカ、ピカピカッチュ!」
イクトの言葉にロイが頬の電気袋から軽く放電させながらやる気に満ちた表情で答えると、イクトはそれに対して静かに頷いた後、ロッカ博士の方へ視線を向けた。
「ロッカ博士、研究所にバトルフィールドってありますか?」
「ええ、もちろんあるわ。せっかくのヒトカゲの願いなんだもの、存分に使ってちょうだい。それに、『カントー地方』から来た新人トレーナー君の力も見てみたいしね」
「ありがとうございます。よし……やるぞ、ロイ!」
「ピカッ!」
イクトの声にロイが大きく頷きながら答えた後、イクト達はバトルをするためにロッカ研究所のバトルフィールドへ向けて歩き始めた。それから数分後、バトルフィールドに着いたイクト達はそれぞれの位置に着き、バトルが始まる時を静かに待った。そして、ロッカ博士は審判の位置に立ちながら軽くイクト達を見回し、イクト達の準備が整った事を確認すると、一度頷いてから大声でイクト達に呼び掛けた。
「では、これからイクト君達とヒトカゲのポケモンバトルを始めます。ルールはそれぞれ一体ずつのシングルバトル。どちらかが先に戦闘不能になった時点でバトルを終了にします。イクト君、ヒトカゲ、準備は良いかしら?」
「はい、大丈夫です!」
「ピッカ!」
『良いぜ……!』
「分かったわ……それでは、バトル……始め!」
そのロッカ博士の声と同時に、イクトはロイに技の指示を出した。
「先手必勝だ! ロイ、『ねこだまし』!」
「ピッカ!」
ロイは返事をしながら瞬時にヒトカゲとの距離を詰めると、ヒトカゲの目の前で両手を力強く打ち鳴らした。そして、ロイがヒトカゲとの距離を取る中、ヒトカゲは「カゲ……!?」と驚いた様子で鳴き声を上げながら後ろへ一歩下がると、すぐさま攻撃の態勢を取ろうとした。しかし、そのままガクッと地面に膝をつき、その事に対して「カゲ……?」と不思議そうに鳴き声を上げながらイクトへ視線を向けると、イクトは少し安心した様子でニッと笑った。
「どうやら、『ねこだまし』の怯み効果はしっかりと発動したみたいだな」
「カゲカ……?」
「『ねこだまし』は、出てきた直後にしか成功しないし、『まもる』なんかの技を使う相手やゴーストタイプ相手には効かない技だけど、その分、今みたいに先制攻撃が出来る上、当たれば『せいしんりょく』の特性を持っている相手以外を確実に怯ませられる技なんだ」
「カゲ……」
「さて、アドバンテージを無駄にしないためにも解説はここまでにするか。ロイ、ヒトカゲに『アイアンテール』!」
「ピカ!」
その指示に従い、ロイが尻尾を銀色に変えながらヒトカゲへ向けて走り出すと、ヒトカゲはゆっくりと立ち上がりながらロイの動きに注目をした。そしてロイが跳躍をし、ヒトカゲへ向けて『アイアンテール』を振り下ろしながら落下を始めたその時、ヒトカゲはロイから目を逸らさずに右手を軽く放電させながらゆっくりと腕を後ろへ引き、『アイアンテール』が眼前まで迫った瞬間、「カゲ……!」と気合のこもった鳴き声を上げながら雷を纏った拳を振るった。『アイアンテール』とヒトカゲの拳がぶつかり合いながら激しく火花を散らした後、ロイとヒトカゲは同時にお互いから距離を取り、再び動き出せるように体勢を整え、その様子を見ながらイクトは楽しそうにニッと笑った。
「今のは良い『かみなりパンチ』だったぜ……! だけど、これはどうだ! ロイ、ヒトカゲに『ボルテッカー』!」
「ピカ!」
イクトの指示にロイは大きく頷きながら答えると、強い電気を体に纏いながら再びヒトカゲに向かって走り出した。しかし、ヒトカゲはそれを軽々と跳び越えて躱すと、ロイの動きに注目をしながら軽やかな動きの舞いを始めた。すると、ヒトカゲの体は徐々に赤いオーラに包まれ始め、その光景にイクトは警戒した様子を見せた。
「くっ……『りゅうのまい』をされたのはかなりキツいな。でも、だからと言って俺達は決して負けない! ロイ、もう一度『ボルテッカー』だ!」
「ピッカ!」
イクトの指示でロイは再び『ボルテッカー』を使いながらヒトカゲへ向かって走り出したが、ヒトカゲはそれをなんて事無い様子で横に跳んで避けると、口を大きく開けながら牙に炎を纏わせてロイへ向けて突進した。そして、それに対してイクトはしまったといった表情を浮かべながらも落ち着いてロイへ指示を出した。
「ロイ、『アイアンテール』で『ほのおのキバ』を受け止めてくれ!」
「ピカ!」
ロイは返事をしながら『アイアンテール』でヒトカゲの『ほのおのキバ』を受け止めた。しかし、「カゲ……!」と気合の籠もった声を上げながらヒトカゲが『ほのおのキバ』のパワーを上げた瞬間、ヒトカゲの『ほのおのキバ』は『アイアンテール』を打ち消し、ロイに対して痛恨の一撃を食らわせた。
「ピカァッ……!」
「ロイ!」
攻撃を受けた衝撃でロイが吹き飛ばされ、それを見たイクトが焦った様子で声を上げていると、ヒトカゲは少しだけ息を切らしながらもどうだと言わんばかりの顔でイクト達の事を見ており、それに対してイクトは悔しさを感じると同時にヒトカゲのポテンシャルの高さにワクワク感を覚えていた。
「アイツ……やっぱり強いな。でも、俺達だってポケモンリーグでの優勝を目指して頑張ってきたんだ!」
「カゲ……カゲ、カゲカゲカゲ」
「……そうか……だったら、俺に勝ってみせろ、って言ってるよ!」
「勝ってみせろ、か……そんなの当然だ! そうだよな、ロイ!」
「ピカ……!」
『ほのおのキバ』によるダメージで辛そうな表情を浮かべながら大きく頷きながらしたロイの返事にイクトはニッと笑いながら頷くと、闘志に満ちた目で技の指示を出した。
「ロイ、まずは回復だ。ヒトカゲと距離を取ってから『ねがいごと』!」
「ピカ!」
イクトの指示を聞くと、ロイは足のバネを上手く使って後ろに跳ぶ事で距離を取ると、後ろ足だけで立ちながらまるで祈りを捧げるかのように両前足を固く握り合った。すると、ロイの体は徐々に白い光に包まれ始め、その様子にイクトは少し安心したような笑みを浮かべた。
「……よし、それじゃあ今度は……ロイ、ヒトカゲに向かって走り出せ!」
「ピッカ!」
イクトの指示に対してロイが迷う事無く頷きながら走り出すと、その姿にヒトカゲは疑問を抱いた様子で「カゲ……?」と小首を傾げた。しかし、すぐに気持ちを切り替えると、ヒトカゲは向かってくるロイの動きに注意をしながら再び『ほのおのキバ』を使う準備を始めた。そして、ヒトカゲとロイとの距離があと少しの所まで迫り、ヒトカゲがロイに『ほのおのキバ』で噛みつこうとしたその時、イクトはニッと笑いながら上空を指差した。
「ロイ! 地面に向けて『アイアンテール』!」 「ピカ!」
ロイはイクトの指示に大声で返事をすると、瞬時に『アイアンテール』で地面を叩き、砂煙を上げながらその衝撃で上へ高く跳び上がると、ヒトカゲの『ほのおのキバ』をすんでの所で躱した。
「カゲ……!?」
突然の出来事と『アイアンテール』の衝撃で生じた砂煙にヒトカゲは驚きの声を上げた後、ロイの気配を探りながら砂煙が消えるまでジッとその場に立ち止まった。そして、砂煙が少しずつ消え始めたその時、「ロイ、そのまま『アイアンテール』!」というイクトの声が聞こえ、ヒトカゲは「カゲ……!?」と焦った様子でロイの姿を必死に探し始めた。すると、頭上から風を切るような音が聞こえ、ヒトカゲが弾かれたように上を見上げると、そこには『ねがいごと』によって体力を回復し、『アイアンテール』をしながら落下してくるロイの姿があったが、ヒトカゲはその突然の出来事に反応できず、そのままロイの『アイアンテール』を諸に受けてしまった。
「カゲ……!」
「よし! ロイ、よくやったぞ!」
「ピッカァ!」
嬉しそうなイクトの声にロイが胸を張りながら答えていると、ヒトカゲは『アイアンテール』で受けたダメージと衝撃で足元をふらつかせながらわけが分からないといった様子でイクトとロイへ視線を向けた。すると、その姿を見たイクトはニッと笑いながらヒトカゲに話し掛けた。
「ヒトカゲ、どうして俺が砂煙が立つ中で迷う事無くロイに指示を出せたのか、そしてどうしてロイが自分の位置を当てる事が出来たのかって思ってるだろ?」
「……カゲ」
「そんなの簡単だよ。それは俺達がこういう特訓を今まで何度も繰り返してきたから、そしてロイなら指示を出すだけで絶対にやってくれると俺が信じてたからだよ」
「カゲ……?」
「まあ、ここまで出来るようになるまで色々試行錯誤したし、お互いに怪我をしたり苦労もしたりしてきたけど、俺は絶対にロイなら出来るようになるって信じてずっとその特訓を続けてきた。そしてその結果、今みたいな事が出来るようになったんだ。な、ロイ」
「ピカ!」
嬉しそうに笑い合うイクトとロイの姿をヒトカゲが真剣な表情を浮かべながら見つめる中、イクトはヒトカゲに対して優しげな笑みを浮かべた。
「まあ、他のトレーナーでもここまでの事は出来るだろうから、これがお前の言う他の人間とは違う何かとは違うかもしれないけどな」
「…………」
「ただ、俺はさっき言ったようにロイの事を信頼してる。今みたいに言葉でしっかりとした指示が出来ない時でもロイなら俺の考えを理解し、その通りに頑張ってくれるってな。そして、俺もロイの鳴き声を聞けばどんな事を言いたいのかは分かるし、体の一部に触れていれば今どんな気持ちなのかは分かるけど、もしそういう事が出来ない時になっても良いようにロイの気持ちには常に敏感であるようにしてる。それはロイが俺の信頼に応えてくれようとしているのと同じように俺もロイの信頼に応えたいと思っているからだ。人間とポケモン、それぞれ違う生き物ではあるけど、お互いがお互いを思いやり、尊重し合える関係性。それが俺達の求める関係性なんだ」
笑みを浮かべながら語るイクトの話をヒトカゲが一言も発さずに聞いていたその時、イクトはヒトカゲの様子をジッと見つめてから、安心したようにニッと笑った。
「さて……それじゃあそろそろバトルを再開しようか。ちょうどヒトカゲも『アイアンテール』を受けた衝撃でくらくらしてたのが治ったみたいだしな」
「……カゲカ?」
「あ、勘違いはするなよ? お前がくらくらしてるところを治した状態で戦いたいと思って、さっきのロイとの連携の解説のついでに話はしたけど、今話したのは俺の正直な気持ちだからさ」
「カゲ……」
「ジム戦とか出会ったトレーナーとのバトルとかみたいな時なら、さっきのチャンスを活かして攻めていくみたいな感じもありだろうけど、俺はお前とお互いの気持ちをぶつけ合うようなバトルをしたいんだ。お互いがしっかりと力や心をぶつけ合い、終わった後にお互いの気持ちが通じ合うようなそんなバトルを、な」
「……カゲ」
ニコリと笑いながら言うイクトの言葉にヒトカゲは少し考えるような仕草を見せたかと思うと、小さく溜息をついてから「カゲ……」と言いながら右手の掌を上に向けつつ指を自分の方へ二度程動かした。そして、その仕草にイクトとロイが揃ってキョトンとした表情を浮かべていると、その姿にシアはクスクスと笑いながらイクト達に声を掛けた。
「かかってこい、って言ってるみたいだよ」
「かかってこい……?」
「カゲ、カゲカゲカゲカ……」
「どうせだ、お互いの最高の技をぶつけ合って決着にしよう、だってさ」
「お互いの最高の技……」
「カゲカゲ、カゲカゲカゲカ」
「お互いに体力を消費しているなら、お前の言うそれぞれの力と心をぶつけ合うような決着の方法を取るのがベストだからな、だって!」
「ヒトカゲ……!」
イクトが嬉しそうな笑みを浮かべながらヒトカゲに視線を向けると、ヒトカゲはニッと笑いながらイクト達へ向けてもう一度かかってこいというハンドサインを出した。そして、イクトはロイと共にそれを見て更に嬉しそうな笑みを浮かべながら頷き合うと、被っていた帽子を被り直しながらロイに声を掛けた。
「よーし、そういう事なら全力でやってやろうぜ、ロイ!」
「ピカッ!」
「そしてヒトカゲ、お前の全力も見せてもらうぜ!」
「カゲ!」
イクトの言葉にヒトカゲが拳を硬く握りながら答えると、イクトはニッと笑いながら頷き、大声でロイに指示を出した。
「ロイ、最大パワーでヒトカゲに『ボルテッカー』だ!」
「ピカ!」
イクトの指示に従い、ロイが『ボルテッカー』を使いながらヒトカゲに向けて走り出すと、ヒトカゲは向かってくるロイを真正面から見つめながら、『ほのおのキバ』で迎え撃つ用意を始めた。そして、バトルフィールドの中心で『ボルテッカー』と『ほのおのキバ』が真正面からぶつかり合うと、その衝撃でバトルフィールド上に砂煙が立ちこめた。そして、イクトが砂から目を守るべく手で軽く目を覆いながらバトルフィールドの中心を見つめていると、砂煙は徐々に晴れていき、砂煙が完全に晴れた瞬間、しっかりと地面に足をつきながら立っているロイの姿とバトルフィールドに倒れ込んでいるヒトカゲの姿を見ると、ロッカ博士はコクンと頷いてからイクトの方へ手を高く上げた。
「ヒトカゲ、戦闘不能。よって、この勝負はイクト君達の勝ちよ」
その声を聞くと、イクトは勝利による嬉しさを表すこと無く、急いで二体のところへと駆け寄っていった。
「ロイ! ヒトカゲ!」
「……ピカ。ピカ、ピカピカッチュ……!」
「ああ、早くヒトカゲの体力も回復させてやらないといけないけど、お前だってさっき『ねがいごと』で回復していたとはいえ、『ボルテッカー』でかなりダメージを受けてるだろ?」
「ピ……ピカチュ……」
ヒトカゲの事を心配そうにチラリと見るロイに対して、イクトはニッと笑いながら頭を軽く撫でた後、リュックサックの中から『オボンのみ』を二つ取り出し、その内の一つをロイに手渡した。
「だから、とりあえずお前もこれを食べといてくれ。大丈夫、ヒトカゲもこれを食べればすぐに元気になるからさ」
「ピカ……」
ロイは再び心配そうにヒトカゲの事を見たが、そのまま手の中にある『オボンのみ』に視線を移すと、ゆっくりと『オボンのみ』を齧り始めた。そして、そのロイの姿にイクトは優しい笑みを浮かべながらもう一度頭を軽く撫でると、もう一つの『オボンのみ』を差し出しながらヒトカゲに声を掛けた。
「ヒトカゲ、お前にもこれをやるよ。お前も今のバトルでスゴく疲れて、ダメージを負ってるだろうからさ」
「カゲ……」
ヒトカゲはゆっくりと立ち上がってから『オボンのみ』をイクトから受け取ると、美味しそうに『オボンのみ』を食べているロイに視線を向け、「カゲ……」と小さく溜息をついた。そして、そんなヒトカゲの姿にイクトはクスリと笑うと、同じようにロイを見ながらヒトカゲの頭にポンと手を置きつつ静かに口を開いた。
「……ロイって、普段は悪戯とか誰かにちょっかいを掛けたりするのが好きなんだけど、何だかんだで面倒見だけはいいんだ。だから、さっきも今の今まで自分と戦っていたお前の事もかなり心配して、自分よりも先にお前の傷を治してやってほしいって顔をしてたよ」
「カゲ……」
「まあ、お前からしたらとんだお人好しみたいに思うかもしれないけど、それがロイの性質みたいなもんだし、俺はロイのそんなところが本当に好きなんだ」
「カゲ、カゲカゲカ……」
「……ん、トレーナーのお前も似たようなもんだろって?」
「カゲ」
「まあ、そうかもな。でも、そうやって俺達は故郷である『マサラタウン』や他の街にいったときなんかに敵意を剥き出しにして襲ってきたりした奴や怒り狂って他の人が手をつけられなくなった奴とも心を通わせ、ゲットこそしてないけど、一緒に特訓に励んだり、時には一緒に遊んだりするようにはなった。だから、このやり方は間違ってないって思ってるし、これからもそうやって仲の良い奴を増やしていきたいと思ってる。それが俺達らしいやり方だからさ」
「カゲ……」
イクトの言葉を聞きながらヒトカゲが真剣な表情を浮かべていたその時、「おーい、イクト君ー!」とシアが大声で呼び掛けながらロッカ博士と共にイクト達の元へと走り寄ってくると、イクトはそれに対してニッと笑いながら手を振った。
「シア、俺達のバトルはどうだった?」
「うん! スッゴくワクワクしたし、楽しかったよ! ねっ、ラピス!」
『うん! まあ、ロイが『ほのおのキバ』を受けた時はスゴくヒヤッとしたけどね』
「ふふっ、そうだよね! たしかにヒヤッとしたところもあったけど、イクト君とロイの連携による反撃、そして心を通わせたヒトカゲとの熱い技と技のぶつかり合い……うん、スゴく見ていて胸が熱くなったよ!」
「……そっか。まあ、今回のバトルではまだまだ改善点があるのが分かったし、次に見せる時はもっと胸が熱くなるバトルに出来ると思うぜ」
「ふふっ、そっか。それなら、楽しみにさせてもらおうかな?」
「ああ、楽しみにしといてくれ」
ニコリと笑いながら言うシアに対して笑い返しながら答えた後、イクトはシアの隣に立つロッカ博士へ向けてゆっくりと頭を下げた。
「ロッカ博士、バトルフィールドを使わせて頂き本当にありがとうございました」
「ふふっ、どういたしまして。私も貴方達のバトルはとても楽しませてもらったし、スゴく勉強になったわ。お互いを信頼し、それを軸に戦略を組み立てるトレーナーとポケモン。そういう形もあるんだって分かったのは、私にとってとても良い収穫だったもの」
「……そう言ってもらえて良かったです。でも、さっきもシアに言ったようにまだまだ改善点はありましたから、今度は見ている人にもっと楽しんでもらえるように頑張っていくつもりです」
「……そう、それなら私も楽しみにさせてもらうわね」
「はい!」
微笑むロッカ博士の言葉にイクトは大きく頷きながら答えると、ロッカ博士はそれに対して満足げに頷いた後、静かに『オボンのみ』を食べ続けているヒトカゲと同じ目線になるようにしゃがみ込みながら声を掛けた。
「ねえ、ヒトカゲ。貴方にとって、イクト君はあそこまで心を開いても良いと思えるトレーナーなのよね?」
『そうだな……イクト達とのバトルを通じて、イクト達なら信頼してもいいと感じたな』
「そう……ここの研究員やポケモン達の誰にも心を開かなかった貴方が、そこまで言えるようなトレーナーに出会えて、私は本当に嬉しいわ。このままだと、貴方は自分だけで強くなろうとして、どこかで行き詰まってしまうといつも思っていたから、貴方がそう言っているのを聞いて本当に安心したわ」
心から安心したように微笑むロッカ博士の姿に、ヒトカゲは「カゲ……」と小さく呟くと、何かを考え込むような仕草を見せた。そして、「……カゲ」と決意を固めたような表情を浮かべながらコクンと頷くと、持っていた『オボンのみ』を口へと含み、ゴクンと飲み込んでからイクトの方へ顔を向けた。
「カゲ、カゲカゲカゲ?」
「えーと……シア、通訳を頼む」
「あ、うん……イクト、頼みがあるんだが良いか? だって」
「頼み……まあ、俺に出来る事なら良いけど、一体何なんだ?」
『俺を……お前達の仲間に加えてくれないか?』
「仲間って……つまり、俺にお前をゲットして欲しいって事だよな?」
『ああ、そうだ』
「まあ、さっきまで戦ってて、お前が本当に強いのは分かったし、お前となら仲良くやっていけそうだから、とても嬉しい申し出だけど……本当に良いのか?」
『もちろんだ。それに……俺がお前から感じた何かの答え合わせもしていきたいからな』
「……そういえば、そんな事を言ってたけど、それが何なのかは分かったのか?」
『ああ。俺が感じた物、それは人間やポケモンの垣根を越えて、全ての奴と心を通わせようとする気持ちだと思っている。だから、お互いを盲目的にじゃなく、しっかりと力量を理解した上で信頼し合い、それを武器にポケモンリーグでの優勝を目指しているお前達となら、俺は自分の目標を超え、更に強くなれると感じたんだ』
「自分の目標……たしか、お前を追い出した群れの仲間達にお前の強さを証明して、追いだした事を後悔させる。それがお前の目標だったよな?」
『ああ。アイツらは色が違うというだけで、生まれて間もない俺を群れから追い出した。だから、俺はもうあの群れに戻るつもりは無いが、せめて俺が群れのリーダーの元息子として、その強さを受け継いでいた事を証明し、何も考えずに俺を追いだした事を後悔させたい。そうじゃなければ、こうして生まれてきた意味が無いからな』
「…………」
『だから、頼む。俺をお前達の仲間に加えてくれ……!』
頭を深々と下げながら頼み込むヒトカゲの姿にイクトはロイと顔を見合わせた後、どちらともなく笑みを浮かべると、同時にヒトカゲに手を差しだした。
「ああ、もちろんだぜ、ヒトカゲ」
「ピカ、ピカピカッチュ!」
『イクト……ロイ……ああ、ありがとうな』
「どういたしまして。まあ、俺もロイもまだまだ未熟ではあるし、これからは俺達三人で──」
その時、「ロッカ博士ー!」とロッカ博士の事を呼ぶ声が聞こえ、イクト達は揃ってそちらに視線を向けた。すると、そこには小さな箱を持って走り寄ってくる研究員の姿があり、研究員が息を切らしながらイクト達の目の前で足を止めると、ロッカ博士は小首を傾げながらその研究員に声を掛けた。
「そんなに息を切らして……一体どうしたの?」
「実は……先程、『カントー地方』のオーキド博士からこの小包が届いたので、急いで報せに来たんです」
「オーキド博士から……あ、そういえばイクト君達の話を聞いた時、元々渡す事にしていたポケモンが間に合いそうに無いから、届き次第こっちに送るので、出会ったら渡して欲しいって言われてたわね」
「あ……そういえば、俺達もそれの確認も兼ねてロッカ博士の研究所に行こうとしてたんだっけ……」
「ピカ……」
イクトとロイが揃って苦笑いを浮かべると、ヒトカゲはやれやれといった様子で首を横に振った。
『お前達……俺のせいでここまでの事になっていたとはいえ、それはあまりにも暢気すぎないか?』
「あはは、そうかもな。それで……ロッカ博士、中には一体どんなポケモンが入っているんですか?」
「あ、うん……ちょっと待っててね」
そして、ロッカ博士は研究員から小包を受け取ると、研究員が急いで研究所へ戻っていく中、丁寧にそれを開けていき、中から二つのモンスターボールと一枚の手紙を取りだした。
「中に入っているのはこの二つのモンスターボールと手紙だけみたいね。とりあえず、モンスターボールは渡しちゃうから、まずは手紙から読んでみましょうか」
「あ、はい」
イクトがモンスターボールを受け取ると、ロッカ博士は手紙を丁寧に開き、ゆっくりと内容を読み上げ始めた。
「『君に渡す予定だったポケモンが、ようやく研究所に届いたので、君達が出発する時に話した通り、この手紙と一緒にロッカ博士の研究所へポケモンを送っておいたぞ。ピカチュウのロイを相棒にしている君なら、このポケモン達はきっと助けになってくれると思う。新しい場所で色々と戸惑う事もあると思うが、ロイ達やそこで出来た新しい仲間と一緒にポケモンリーグの優勝を目指して頑張ってくれ。『イリス地方』から遠く離れた『カントー地方』から応援しておるぞ』
……って書いてるわね」
「俺の助けになるポケモン……一体何だろう?」
「うーん……それは分かんないけど、とにかくモンスターボールから出してみてあげようよ」
「そうだな。よーし……それじゃあ出てこい!」
そう言いながらイクトはモンスターボールのスイッチを押し、上へ勢い良く投げ上げると、モンスターボールは空中でパカッと開き、中から青い光と共に二匹のポケモンが姿を現した。
「……ダネ?」
「ゼニ……?」
「コイツらは……フシギダネにゼニガメか!」
「フシギダネとゼニガメ……たしかヒトカゲと同じで『カントー地方』の初心者用ポケモンなんだっけ?」
「ああ。フシギダネは草/毒タイプで、ゼニガメは水タイプのポケモンだ。たしかにこの二匹なら地面タイプが弱点の電気タイプのロイとは相性が良いし、偶然ではあるけど同じく地面タイプが弱点の炎タイプのヒトカゲとも相性が良いんだ」
「なるほどね」
イクトの説明にシアが納得顔で頷くと、イクトはキョトンとした表情を浮かべながらキョロキョロと周囲を見回すフシギダネとゼニガメの体の一部に手を触れながら声を掛けた。
「フシギダネ、ゼニガメ。俺の名前はイクト、これからお前達のトレーナーになる人間だ。そしてこっちが俺の相棒でピカチュウのロイと新しく仲間になったヒトカゲだ」
「ピカ、ピカッチュ」
「カゲ、カゲカ」
「ダネ……」
「ゼニ……」
「俺はまだまだトレーナーとして未熟だし、色々と拙いところもあるから、何かと不満を抱く事もあると思う。でも、それでもお前達が毎日を楽しく過ごせるように努力するつもりだし、何か希望があれば出来る限り叶えていこうって思ってる。だから、何かそういう事があったら遠慮無く言ってくれ。全てを叶えられるわけではないと思うけど、出来る限り叶えられるように頑張っていくからさ」
微笑みながら言うイクトの姿にフシギダネとゼニガメは顔を見合わせると、やがてニコッと笑いながら頷き合い、イクトの方へ視線を向けながら同時に頷いた。そして、その姿にイクトは安心したように小さく息をつくと、笑みを浮かべながらフシギダネとゼニガメの頭にポンと手を置き、ゆっくりと撫でながら話し掛けた。
「……フシギダネ、ゼニガメ、これからよろしくな」
「ダネ!」
「ゼニ!」
フシギダネとゼニガメがニコリと笑いながら揃って返事をし、それに対してイクトが嬉しそうに頷いていたその時、その様子を見ていたシアは「……あ、そうだ!」と何かを思いついた様子で両手をポンと打ち鳴らした。そして、それに対してイクト達が不思議そうな顔で首を傾げていると、シアはニコニコと笑いながらイクトに話し掛けた。
「ねえ、せっかくだからヒトカゲ達にもニックネームをつけてあげるのはどうかな?」
「ニックネームか……うん、たしかに良いかもしれないけど、3匹分となると結構大変だな……」
「ふふっ、そうかもしれないけど、そこは自分のポケモン達への愛情で何とかカバーしよ♪」
「ポケモン達への愛情か……ああ、そうだな」
シアの言葉にクスリと笑った後、イクトはヒトカゲ達を見ながらどんなニックネームが良いか真剣な表情で考え始めた。そして考える事数分、「……よし、これで良いな」と満足げに頷くと、イクトはヒトカゲの頭に手を置き、静かに口を開いた。
「まず、ヒトカゲ。お前のニックネームは、レドにしようと思うんだ」
『レド、か……何か理由でもあるのか?』
「ああ、まあな。炎のイメージの色が
『……なるほどな。まあ、俺もそのレドというニックネームの響きは結構気に入っているし、俺はそのニックネームで文句は無いぜ? サンキューな、イクト』
「どういたしまして。それじゃあ次は……フシギダネ、お前だな」
『うん。それで、ボクにはどんなニックネームをつけてくれるのかな?』
フシギダネがワクワクした様子で問い掛けると、イクトはフシギダネの背中の種に手を置きながらニコリと笑いかけた。
「フシギダネ、お前のニックネームはリイルだ」
『リイル……うん、ボクは良いと思うけど、もしかしてこの名前もタイプの色のイメージからつけたのかな?』
「まあ、そうだな。草タイプのイメージは
『なるほど……ふふ、考えた過程を聞いたら、なんだかもっと気に入ったような気がするよ。イクト、本当にありがとう』
「ああ、どういたしまして。そして最後は……ゼニガメ、お前だな」
『うん。さてさて……イクトはどんなニックネームをつけてくれるのかな?』
フシギダネと同じようにゼニガメがワクワクした様子でイクトを見つめる中、イクトはゼニガメの甲羅に手を置きながら笑みを浮かべつつゼニガメのニックネームを口にした。
「ゼニガメ、お前のニックネームは……オルタだ」
『オルタ……このニックネームもタイプの色のイメージからつけたの?』
「それもあるけど、後は
『オルタ……うん、僕もスゴく気に入ったよ。ありがとうね、イクト』
「どういたしまして。さて……それじゃあお前達、改めてこれからよろしくな」
『よろしくね、みんな!』
『ああ、こちらこそよろしくな』
『 こちらこそよろしくね』
『こちらこそよろしく!』
イクト達、そしてレド達が言葉を交わしながら握手をしていたその時、どこからかぱちぱちぱちという拍手の音が聞こえだし、イクト達は揃ってそちらに視線を向けた。そして、シャロを肩に載せながら拍手をするアーサーとクリスが歩いてくるのを見ると、イクト達は驚きを隠しきれない様子で口をぽっかりと開けた。
「あ、あそこにいるのって……」
「うん……『ベイカー・コーポレーション』の社長のアーサーさんだけど、どうしてアーサーさんがここに……?」
イクトとシアが不思議そうな顔で会話を交わす中、アーサーはイクト達の目の前でピタリと足を止めると、イクトの足元で小首を傾げながらアーサーをジッと見つめているロイへ視線を向け、そのままニッと笑いながらイクトに話しかけた。
「このピカチュウ、さっきのバトルでスゴく活躍していたようだが、このピカチュウとは付き合いは長いのか?」
「あ、はい。ロイとは8歳の時に初めて会ってからなので……って、もしかしてレドとのバトルを見ていたんですか?」
「ああ。会社から出た時に、お前さん達が歩いていくのを見かけたんだよ。こっそりついて行くのは悪いとは思ったんだが、お前さん達に興味が湧いたので、ここにいるクリス達と一緒についてきたというわけだ。そうだよな、クリス?」
「はい、その通りです」
アーサーからの問い掛けにクリスが淡々と答えると、アーサーはイクト達を軽く見回してからにいっと笑った。
「さて……恐らくもう名前は知られていると思うが、改めて自己紹介をさせてもらおう。私はアーサー、この『イリス地方』全土に支社を置く『ベイカー・コーポレーション』の社長だ。皆、これからよろしく頼むぜ」
「そして、私はアーサー社長の秘書を務めているクリスと申します。皆様、どうぞよろしくお願い致します」
クリスが恭しく一礼をした後、イクト達もアーサー達に対して軽く自己紹介をした。そして、最後のロッカ博士まで自己紹介を終えると、イクトはアーサーの肩の上でパイプを咥えながらイクト達を興味深そうに見つめるシャロに視線を向けた。
「ところで、アーサーの肩に乗っているのは、アーサーさんのピカチュウなんですか?」
「ああ、そうさ。このシャロは俺の相棒で、見ての通り色違いのピカチュウだ。そして、困った時にはいつもこのイカしたパイプを咥えながら手助けをしてくれるとてもクールな奴なんだ。シャロ、お前も挨拶しな」
「……ピカ、ピカピカチュ……」
パイプを咥えながらシャロがイクト達に挨拶をすると、イクトはシャロのパイプに視線を向けながら不思議そうな表情を浮かべた。
「アーサーさん、シャロは何故パイプを咥えているんですか?」
「ああ、それか。実はな……シャロはコイツがないとまともに話す事すら出来ないんだよ」
「……え、それって……?」
「……そうだな。せっかくだ、ちょっと見せてやるとしよう」
アーサーは悪戯っ子のような笑みを浮かべると、「相棒、ちょっと失礼するぜ」と言いながらシャロが咥えているパイプをそっと外した。すると、シャロの耳は力無くペタンと倒れ、シャロは目を潤ませながらアーサーの手の中にあるパイプを見つめつつ涙交じりの鳴き声を上げた。
「ピカ……ピカピカピカチュ……」
「あの、ボス……早くそのパイプを返してよ……って言ってるみたいですし、そろそろ返してあげても良いんじゃないですか……?」
「ん、それじゃあそろそろ返してやるとするか」
そして、シャロにパイプを咥えさせると、シャロの耳は再びピンと立ち上がり、それと同時にその表情もとても落ち着いた物へと変わった。
「ピカ……ピカチュピカッチュ……」
「ふう……嬢ちゃん達には情けねぇ姿を見せちまったな……って言ってますね」
「ははっ、たしかに今のはちょっと情けなかったな。ところで……お前さん、さっきからシャロが何を言ってるのか分かってる風に話してるが、もしかして本当にポケモンの言葉が分かってるのか?」
「あ、はい。私、生まれつきポケモンの言葉が分かるみたいなんですけど、この事を話してもあまり信じてもらえないので、普段は隠すようにしてるんです」
「なるほど……だが、俺からしたら本当に羨ましい限りだな。ポケモンの言葉が分かるなら、人間だけじゃなくポケモン達からも新製品の感想を貰えるわけだしな」
「あ、なるほど……」
「まあ、これはあくまで俺ならそうするっていうだけだけどな。だから、お前さんはお前さんなりにその能力の良さってのを見つけると良いさ。その能力は滅多に手に入るような物じゃないし、その能力で助かる奴だってどっかにはいるだろうからな」
アーサーがウインクをしながら言った瞬間、イクトとシアは顔を見合わせると、同時にクスリと笑い、その様子にアーサーは不思議そうな表情を浮かべた。
「ん、どうかしたか?」
「あ、いえ……実は同じような事を彼──イクト君からも言われてたんです。なので、ちょっと可笑しくなっちゃって……」
「はは、なるほどな。そのピカチュウ達の懐きようといい、そういう風に言ってくれる事といい、お前さんのボーイフレンド、人間としてもポケモントレーナーとしても結構良い奴じゃねえか?」
「ボーイフレンドって……もう、イクト君は今日初めて出会ったばかりのただの友達ですよ。ねっ、イクト君」
「そうだな。まあ、そういう意味じゃなく、男友達という意味なら間違っては無いけどな」
「ははっ、そうかい。まあ、それならそれでお互いの事を大切にしてやると良い。お互いの事を理解し合える友人というのが子供の頃からいるのはとてもありがたい事だからな」
「「はい!」」
アーサーの言葉にイクトとシアが声を揃えて返事をすると、アーサーは満足顔で頷き、左腕につけている腕時計をチラリと見た。そして、「……そろそろ時間か」と呟くと、シャロの頭を軽く撫でてからイクト達に話しかけた。
「非常に残念だが、そろそろ会議の時間になりそうだから、俺達はこれで失礼させてもらうぜ。個人的にはお前さん達ともっと話したいところだが、流石にそれで会議に遅れるような事があったら、部下達に示しがつかないからな」
「はい、分かりました」
「アーサーさん、お仕事頑張って下さいね」
「おう、もちろんだ。それじゃあな、お前さん達」
「失礼いたします」
「ピカチュ……」
そして、アーサー達が去っていく姿を見送った後、イクトは再びレド達の方へ視線を向けた。
「さてと、それじゃあそろそろレド達には一度ボールに戻ってもらいたいところだけど……ロッカ博士、レドのボールってありますか?」
「ううん、この子を保護した時はボールに入れずに抱き抱えてきたからまだ無いわね。でも、空のモンスターボールなら今あるから、レドにはそれを使ってあげて」
「分かりました」
ロッカ博士の言葉に頷いてから空のモンスターボールを受け取ると、イクトはモンスターボールをレドの目の前に翳した。そして、レドがそれに対してコクンと頷いてからモンスターボールのスイッチに触れると、レドはモンスターボールの中へと吸い込まれていき、モンスターボールはスイッチの部分を赤く点滅させながらイクトの手の中でカタッカタッカタッと三度揺れ、スイッチの点滅が消えると同時にモンスターボールはピタリと動きを止めた。
「……よーし、ヒトカゲ……ゲットだぜ!」
『ゲットだぜー!』
『ゲットだよ!』
『ゲットだー!』
イクト達が声を揃えて嬉しさを表していると、その様子を見ていたロッカ博士はクスクスと笑い始めた。
「出会ってまだ間もないのにここまで仲良くなれてるなら、旅に出た後はもっと仲良くなっているかもしれないわね」
「え……イクト君、これから旅に出る予定なの?」
「うーん……準備とか『イリス地方』の簡単な下調べもあるから、すぐにってわけじゃないけど、だいたい一週間後くらいには旅に出るつもりだ」
「……そっか。せっかく友達になれたのに、なんだか寂しくなるね……」
「まあな。でも、一生の別れになるわけじゃないし、何かあったらたぶん『ロンドシティ』には戻ってくるから、その時にはまた話せば良いさ」
「……うん、そうだよね。たしかに必ずまた会う事にはなるし、その時に話せば良いよね」
「……ん、それってどういう事だ?」
「……ふふ、内緒。でも、それは間違いないし、その時までの楽しみにしておいてよ」
「あ、ああ……分かった」
シアの意味深な微笑みにイクトが不思議そうな表情を浮かべながら頷くと、シアは満足げな様子でニコリと笑い、そのままイクトの手を取った。
「シ、シア……?」
「さあ、これからしばらく会えなくなるんだし、今の内に色々話をしよ? 私、イクト君とロイが『カントー地方』でどんなポケモン達と出会ってきたのかスゴく興味があるんだ」
「……ああ、良いぜ。せっかくだし、色々話してやるよ!」
「うん!」
そして、イクトとシアは楽しそうに笑い合うと、ロイ達やロッカ博士を含めて『カントー地方』や『イリス地方』、それぞれのポケモン達の事について話を始めた。
「……ふあ、今日は本当に色々な事があったなぁ……」
その日の夜、イクトは自室の机に向かいながら日課の日記を書きながら小さな欠伸を漏らすと、日中の出来事を想起しながらクスリと笑った。
「『ロンドシティ』ヘの引っ越しにシア達との出会い、『イリス地方』での初めてのバトルに初めてのポケモンゲット……ほんと、初日から盛り沢山だったなぁ」
そんな事を独り言ちていた時、イクトはふとある出来事を思い出し、一人で小首を傾げた。
「……それにしても、シアが言ってた必ずまた会えるってどういう意味だったのかな……。『ロンドシティ』に住んでるって言ってたから、旅の最中にどこかの街で会うっていう事とは違う気がするし、 まさかこの『ロンドシティ』のジムリーダーだからなんて事も無いだろうしなぁ……」
シアの言葉の意味について考えながらイクトが背もたれにゆっくりと体重を預けていたその時、「ピカ……?」とベッドの上でスヤスヤと寝ていたロイが眠そうな声を上げ、その姿にイクトはクスリと笑いながらロイに話しかけた。
「ロイ、起こしちゃってゴメンな」
「……ピカ、ピカチュ。ピカ、ピカピカチュウ……?」
「ん? ああ、日記をつけながら今日一日の事を思い出してたんだよ。今日は本当に色々な事があったからさ」
「ピカ……ピカ、ピカピカッチュ」
「ああ、旅を始めたらもっと色々な出会いが待っているだろうし、これからが楽しみだな」
「ピッピカチュ!」
微笑みながら言うイクトの言葉にロイが大きく頷きながら答えていたその時、「……ふあぁ」とイクトは再び眠そうに欠伸を漏らし、苦笑いを浮かべながら目を軽く擦った。
「今日のバトルで結構疲れたし、俺もそろそろ寝ようかな。日記もさっき書き終わってるから、その点も問題ないしな」
「ピカ、ピカピカチュ!」
「ははっ、そうだな。明日からは旅に出る準備をしないといけないし、早めに休んだ方が良いもんな」
「ピカッチュ!」
「よし……それじゃあ寝ようか」
「ピカ!」
そして、机の上の日記帳を閉じ、スタンドライトの明かりと部屋の灯りを消した後、イクトはベッドへと入り、もう一度欠伸をしてから隣にいるロイへ声を掛けた。
「それじゃあおやすみ、ロイ」
「ピカ……ピカピ」
挨拶を交わし終えた後、イクトとロイは同時に目を閉じ、程なくして眠りの渦の中へと飲み込まれていった。
「……なるほど。それなら俺も一週間後に動き始めた方が良さそうだな」
深夜、『ロンドシティ』のとある豪邸の一室で、アーサーは机の上にある二つの小さな虫型の機械にイヤホンを繋ぎ、録音していた音声を聞いていた。そして、そこから必要な情報だけをメモ用紙へと纏めると、満足げな様子で小さく息をついた。
「……それにしても、このレディバ型盗聴器が全然バレねぇとはな。まあ、バレねぇように服に貼り付く時の違和感を最大限まで無くし、カクレオンの能力からヒントを得た取り付いた服の色を瞬時に読み取ってその色に自分を変える擬態機能までつけたわけだし、これくらい出来なきゃ話にはならねぇか」
そんな事を独り言ちながら座っている椅子の背もたれにゆっくりと体重を預けていると、部屋の隅でパイプを咥えながらアーサーの作業を静かに見守っていたシャロが「ピカ……」と小さな鳴き声を上げ、それに対してアーサーはニッと笑いながら小さく頷いた。
「安心しろ、油断なんかする気はねぇさ。お前の鑑定結果から、アイツらがこれから本当に強いトレーナーになるのは分かってるし、そうなってもらわないとこっちが困るからな」
「ピカ……ピカピカチュ……」
「だから、ここからはお前にもかなり色々な仕事をしてもらう事になるぜ? もっとも、お前の実力があれば、一切の問題は無いって分かってるけどな」
「ピカ……」
ウインクをしながら言うアーサーの言葉にシャロが少し難しい顔をしながら返事をしていると、アーサーはそのシャロの姿をジッと見つめた後、どこか挑戦的な表情を浮かべながらシャロに話しかけた。
「さて……シャロ、お前のトレーナー兼依頼人からのこの依頼、受けてくれるか?」
「……ピカ。ピカ、ピカチュウ」
「ははっ、ありがとよ。さて……俺達もそろそろ寝るとしようかね。明日からの一週間でいつもの数倍の仕事をこなさねぇといけないからな」
「ピカ」
そして、シャロがトコトコと自分の寝床へ向けて歩き出す中、アーサーは椅子から立ち上がると、そのまま窓際へと歩いていき、空に浮かぶ満月を見ながら楽しげにニッと笑った。
「初対面のポケモンともすぐに心を通わせるイクトとポケモンの言葉を理解できるシア、アイツらがこれからどんなトレーナーに成長していくのか楽しみにさせてもらおうか」
満月に照らされながらイクトとシアの姿を思い浮かべると、アーサーは夜空を見上げながらどこか意味深な微笑みを浮かべた。
第1話、いかがでしたでしょうか。話の展開上、まだ旅には出ませんが、次回もポケモンバトル回にはなる予定です。
そして最後に、今作についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。