ポケモンリーグ準優勝者の育て屋ライフ エピソード0 作:九戸政景
シアとのバトルの翌日、イクトは朝食を食べ終えた後、自室の机に向かいながら、机の上に乗ったロイと共にこれから向かう『ロンドジム』でのジム戦へ向けての作戦会議をしていた。
「さてと……昨日のリアさんの話によると、『ロンドジム』は鋼タイプのジムらしい。という事は、相性だけ見るなら一番有利なのは炎タイプのレドだけど、問題はどんな鋼タイプのポケモンを出してくるかなんだよな……」
「ピカ……?」
「簡単に言えば、鋼タイプとは違うタイプも持っているポケモンも出てくるかもしれないって事だ。例えば、俺達の仲間だとフシギダネのリィルは草タイプと毒タイプの二つを持っているだろ? そんな感じで鋼タイプの他に炎タイプの技の威力を抑えるタイプも持っているポケモンが出てきたら、レドでも弱点をつききれないって事になる。だから、そうなっても良いようにしておきたいんだけど、正直何を出してくるかまったく見当がつかないんだよなぁ……」
「ピカ……」
「とりあえず、さっき言った理由からレドは確定で、リィルはどっちのタイプも鋼タイプとは相性が悪いから今回は休み。それで、俺はまだバッチは0だから、出てくるポケモンの数は恐らく二匹。となると、後はロイかオルタなんだけど……ロイ、お前はどうしたい?」
そのイクトの問いかけにロイは「ピカ……」と軽く腕を組みながら考え込む素振りを見せ、しばらくそのままで考え事を始めた。そしてそれから数分後、ロイは腕組みを止めると、やる気に満ちた目でイクトを見ながら「ピカ!」と大きく頷き、その様子にイクトはニッと笑いながら「……わかった」と答え、握り拳をロイの目の前に突き出した。
「それじゃあ頼んだぜ、相棒!」
「ピカ!」
イクトが突き出した拳にロイも同じように握り拳を突き出して軽くコツンとぶつけた後、イクトは机の上に乗せていたレド達のモンスターボールのスイッチを押し、中からレド達を出した。そして、自分を見つめるレド達に対してイクトは再び握り拳を作ると、レド達を見回しながら声をかけた。
「みんな、昨日も話したけど、今日は『ロンドジム』でのジム戦だ。今回のジム戦で戦ってもらうのはレドとロイだけだけど、リィルとオルタは別のジム戦で出番があると思うから、ジム戦の雰囲気がどういう物か感じながらシアやアーサーさん達と一緒に応援していてくれ」
「ダネ!」
「ゼニー!」
リィルとオルタが笑みを浮かべながら揃って頷くと、イクトは満足げに頷いてからレドへ視線を移した。
「そして、レド」
「……カゲ」
「今回の『ロンドジム』は、お前にとって有利な鋼タイプのジムらしいけど、どんなポケモンを出してくるかは正直わからない。だから、有利だからといって油断せず、勝利へ向けて全力で臨むぞ!」
「カゲ!」
レドが拳を固く握りながら答えていたその時、「おーい!」という声が外から聞こえ、イクトは窓へと近付いて静かに開けながら外を見た。すると、そこにはこちらを見上げながら笑みを浮かべるシアとラピス、そしてリアの姿があった。
「シア、ラピス、それにリアさんも」
「えへへ、おはよう!」
『おはよ、イクト』
「おはよう、イクト君。今日は絶好のジム戦日和だね」
「あ、おはようございます。ところで、みんなはどうしてここに?」
「ふふ、せっかくだから『ロンドジム』まで一緒に行こうと思ったんだ」
『まあ、私達だけで先に行っても良かったんだけど、シアがどうしてもって言うから……』
「ちょっと!? 何を言ってるの、ラピス!?」
『えー? 昨日、イクトから言われた事が嬉しい反面、スゴく恥ずかしかったけど、イクトと一緒にいるのは楽しいから、明日は一緒にジムまで行きた──むぐっ!?』
「ラピス! それ以上は言わないで!」
ラピスの口を必死になって塞ぐシアの姿をリアが微笑ましそうに見つめる中、イクトは少々気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻くと、視線を少しだけ空へと逸らしながらシアに話しかけた。
「……あー、今のは聞かなかった事にした方が良いの……かな?」
「……う、うん……そうしてもらえると助かるかな……」
「……わかった。それじゃあそろそろそっちに行くから、少しだけ待っててくれるか?」
「うん!」
嬉しそうな笑みを浮かべながら頷くシアの姿にイクトはクスリと笑ってから窓を静かに閉め、ゆっくりとロイ達の方へ顔を向けた。すると、ロイはニヤニヤと笑いながらイクトの事を見ており、その姿にイクトはジトッとした視線を向けた。
「……何だよ、ロイ」
「ピカ、ピカピカッチュ?」
「え、昨日の俺の言葉をシアが喜んでたのを聞いて実は嬉しかったんじゃないかって?」
「ピカ」
「んー……まあ、そうだな。でも、何度も言うように俺はシアに対して恋愛感情は無いし、シアだってそうだと思うぞ?」
「ピカ、ピカピカピカッチュ」
「それはどうかなって……それじゃあそう言うお前はどうなんだ? 昨日のバトルでラピスから『メロメロ』を受けて、その時の影響でラピスの事を少しは意識し始めたりしてるんじゃないのか?」
「ピカピカチュ。ピカ、ピカピカッチュ」
「ラピスは友達だから、って……それなら俺だって同じだからな? まあ、昨日言ったのは紛れもない本心だけどさ」
「ピカピカチュ」
「それなら良いじゃないって……はあ、まあ良いか……」
イクトは溜息混じりに言うと、部屋の隅に置かれているポールハンガーに掛けられた帽子を手に取ってそのまま頭に被った。そして、帽子を被った事で気持ちがリセットされた事を確認すると、再びロイ達の方を向き、にっと笑いながら声をかけた。
「よし……それじゃあ行こうぜ、みんな!」
「ピカ!」
「カゲ!」
「ダネ!」
「ゼニー!」
イクトの声にロイ達が声を揃えて返事をすると、イクトはそれに頷いてからレド達をモンスターボールへと戻し、ロイを頭の上に乗せた。
そして、部屋の中の戸締まりを軽く確認すると、そのまま部屋を出て、リビングにいた両親に声をかけてから、玄関のドアをゆっくりと開けた。
すると、そこには先に玄関の方へと回ってきていたシア達の姿があり、イクトはそれを見てから嬉しそうな笑みを浮かべた。
「お待たせ、みんな。ちょっと遅くなっちゃったかな?」
「ううん、そんな事無いよ。それよりも……今日のジム戦、勝てる自信はある?」
「うーん……初めてのジム戦っていうのもあるし、正直勝てるかはわからない。でも、ポケモンリーグへの挑戦、そして優勝を目指すからにはここで
「うんうん、その意気だよ。さてと……それじゃあそろそろ行こっか」
「はい!」
「うん!」
『『はーい!』』
リアの言葉にイクト達が頷き、そのまま『ロンドジム』へ歩き出そうとしたその時だった。
『さあ……見せてもらうぞ』
「……え?」
頭の中に突然響いたその声にイクトが疑問の声をあげながら立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回していると、その様子にシアは不思議そうに首を傾げた。
「イクト君、どうかした?」
「あ、いや……今、誰かの声が聞こえた気がして……」
「誰かの声って……私には何も聞こえなかったよ?」
『僕も何も聞こえなかったかな……』
『私も……』
「そっか……うーん、気のせいだったのかな……?」
シア達の返答を聞き、イクトが帽子越しに頭をポリポリと掻いていると、それを聞いていたリアは顎に手を当てながら考え込むような素振りを見せた。
「……あ、もしかして……」
そして、何かを思い付いたような表情を浮かべると、リアはイクトに話しかけた。
「イクト君、その声はどんな風に聞こえた?」
「……強いて言うなら、頭の中に響いてきた感じですかね」
「頭の中に響いてきた……という事は、イクト君が聞いたのはテレパシーによる物かもしれないね」
「テレパシー……」
『……ってなんだっけ?』
シアとラピスが揃って首を傾げていると、リアは笑みを浮かべながらそれに答えた。
「テレパシーっていうのは、今みたいに声を出して伝える物じゃなく、特別な力を使って相手に思いや考えを伝える物かな。ポケモンの特性の中にも同じ名前の物があるけど、もちろんそれとは別だよ。
そして、基本的にはエスパータイプのポケモンやとても知能が高いポケモンが扱える方法なんだけど、イクト君の言う事が正しいなら、この近くにそういうポケモンがいた事になるわね」
「なるほど……」
「まあ……噂によると、そういう力を持っていないポケモンが独学で人間の言葉を話せるようになったっていう例もあるみたいだけどね。それで、イクト君。その声は何て言ってたの?」
「えっと……俺が聞こえたのは、『さあ、見せてもらうぞ』という一言だけでした」
「見せてもらうぞ……か。まるで、イクト君の力を試しているかのような言い方だね」
「俺の力を試す……」
リアの言葉にイクトが少し緊張した面持ちで拳を軽く握っていると、シアはラピスを片腕で抱えながらもう片方の手でイクトの手を優しく握ると、それに驚くイクトに対してニコリと笑いかけた。
「それなら、そのポケモンにイクトの君達の力をしっかりと見せてあげようよ。少なくとも、イクト君に敵意を持っているわけではないみたいだし、もしかしたらイクト君を偶然見かけて仲間になりたいからまずはその力をしっかりと見てみたいのかもしれないしね」
「シア……」
「だから、そんな風に緊張した顔をするのは止めて、まずはリラックスしよう? そうじゃないと、ジム戦でも実力を発揮出来ないからね」
「……そうだな。誰かはわからないけど、俺の力を見てみたいっていう奴もいるわけだし、緊張してぼろ負けして、ソイツから失望されるわけにもいかないよな!」
「そうそう。という事で、シャキッとした感じでジム戦に臨もう!」
「ああ。シア、本当にありがとうな」
「ふふっ、どういたしまして」
イクトとシアが仲良く笑い合う中、それを見ていたリアは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ふふ、シアとイクト君が仲良しなのは本当に嬉しいなぁ。この『ロンドシティ』に住んでるシアと同い年の子達は、シアの事を避けたり変な目で見たりする子ばかりだから、ここまで仲良くなれた子はイクト君が初めてなんだよね」
「そういえば……昨日もこの『ロンドシティ』には頼りになる子なんていないって言ってましたね」
「うん。まあ、自分達と違う子を恐れる気持ちはわからなくもないけど、シアが本当にポケモン達の言葉がわかるのかを確かめない内にシアの事を気味悪がったり、変な奴だなんて言い出したりして……今はまだ良いみたいだけど、私が旅に出てた時はシアも辛かったみたいで、お姉ちゃんとしてすごく申し訳なかったんだよね。自分が望んで旅に出たとはいえ、妹が苦しく辛い時にソバにいてあげられなかったからさ」
「お姉ちゃん……」
「まあ、そんなわけで旅から帰ってきた直後は、シアとも色々な事をして遊んだりポケモンについての勉強をしたりしてたんだけど、やっぱりどこか辛そうな顔をしてて、どうしたら良いかなって考えた時に思いついたのがシアのパートナーになってくれるポケモンの存在だったの。
そして、それを実行するためにすぐにこの『イリス地方』に生息しているポケモンのリストを作って、その中でシアにピッタリのポケモンを探した結果……」
「ラピス──イーブイになったわけですね?」
「その通り。可愛いから良いっていうのもあったんだけど、『しんかポケモン』という分類をされているだけあって、イーブイには現在確認されているだけでも8種類の進化系がいる上、イーブイにしか使えない『Z技』なんてのもあるから、その育成の幅の広さをシアにも楽しんで欲しいと思って、イーブイに決めたんだ」
「『Z技』……たしか、『アローラ地方』に伝わる特別な技ですよね?」
「そう。各タイプの強力な攻撃技、普段とはまた違った効果をもたらす変化技、更には特定のポケモンにしか使えない特殊な技まで存在するとされる物、それが『Z技』なの。
まあ、それを使うには『Zクリスタル』という特別な石と『Zリング』という『Zクリスタル』を填めこむための装飾品が必要な上、トレーナーとポケモン自身にもそれなりの強さが求められるから、今までそれを使ってきたトレーナーとのバトルはあまりした事が無いんだけどね。
まあ、そんなこんなでイーブイに決めた後、旅の時に出来たトレーナー仲間に連絡をしてみたら、その内の一人がちょうど生まれたてのイーブイの里親を探していたみたいだから、すぐにそこに向かって引き取ってきたのがラピスってわけだね。そして、それがシアが8歳の頃だから、もう二年前になるのかな……」
「二年前……あ、それなら俺達と同じですね。俺達も二年前からずっと一緒にいますから」
「あ、そういえばそうなんだっけ。たしかイクト君のお父さん達がロイを近くの森で捕まえてきて、それを8歳の誕生日プレゼントとしてくれたんだったよね?」
シアのその問いかけに対してイクトは頷きながら答えた。
「ああ、そうだ。もっとも、その頃はロイもまだピチューで、満足に電気技も使えなかったんだけどな」
『そうだったねー……まあ、それからいっぱい特訓をして、今では『ボルテッカー』まで使えるようになったし、僕達もスゴく成長したって言えるよね』
「ははっ、そうだな。でも、もっともっと成長していかないといけないよな」
『うん、それがお父さん達との約束でもあるからね』
ロイが少しだけ寂しげな笑みを浮かべると、その姿にシアはラピスと顔を見合わせた後、訊きづらそうな様子でロイに話しかけた。
「……ねえ、そのお父さんってもしかして……」
『うん、僕のお父さんだよ』
「実は……ロイがウチに来た翌日、俺達は一緒にロイの両親に会いに行ったんだ。ロイがウチに来てくれた事や父さん達がロイを俺にプレゼントしてくれた事はもちろん嬉しかったけど、やっぱりいきなりロイがいなくなった事でロイの両親も心配してるんじゃないかってその日の夜に思って、ロイと相談してから翌日の朝一番にロイの故郷である『トキワのもり』に行ったんだ。
そして、『ポケモンの気持ちを感じとる力』と『心を通わせる力』で『トキワのもり』のポケモンと仲良くなりながら、ロイの両親のいる場所を教えてもらって、ロイの両親と実際に会ってみたら、やっぱり心配してたみたいで、ロイの姿を見た途端に二匹とも急いでロイに駆け寄ってきたんだ」
「まあ、ロイの両親からしたらいきなりいなくなった息子が見つかったわけだし、そうするのも当然だよね」
「はい。そして、ロイの両親にわけを話して、もしもロイが俺のポケモンになる事をロイの両親が認めないって言うなら、父さん達には悪いけど、すぐにでもロイを両親の元へ帰す事を話したんです。
そしたら、ロイの両親は少し自分達で話をした後、少し誇らしげな様子でロイが俺のポケモンになる事を認めてくれたんです。
というのも、ロイは活発な上にかなりイタズラ好きなところがあって、両親はロイにはもう少し落ち着きのある行動をして欲しいと思っていたみたいで、俺と一緒に行動をする事で少しは落ち着きのある子になってくれるんじゃないかと思ったみたいなんです」
『ほんと、お父さん達も酷いよね。僕は昔から充分落ち着いてるのに……』
「いや、そうでもないだろ。『トキワのもり』で一緒に遊んでた時、走り回るのに夢中になってうっかりスピアーの巣にぶつかって、軽く追いかけ回された事だってあったし、家の中を駆け回って皿だって何回も割ってたしな」
『うっ……ひ、否定できない……』
「まあ、そんな風にロイとも色々な事を経験して、ロイもピチューからピカチュウに進化して、俺達が出会ってから二年が経った頃、いつものように『トキワのもり』で遊んでいた時、ロイの父親から呼び出されたんです。
そして、何かなと思いながらついていくと、そこにはロイの母親もいて、その事を不思議に思っていると、ロイの父親からもう俺も旅に出られる歳になったから、旅に出るつもりなのかと訊かれて、俺がそうだと答えるとロイの父親が言い始めたのがさっきの約束だったんです」
『旅に出るのはイクトにとっても僕にとってももちろん良い事だけど、旅をするだけなら何も意味はない。だから、旅をするからには今よりももっと成長出来るように色々な事を経験して、誰にでも誇れるような自分になれ。そして、旅を終えた暁には、その姿を自分達に見せに来い。これが僕達がお父さん達と交わした約束なんだ』
「そっか……」
「だから、俺達は旅を通じてもっと成長して、ポケモンリーグに挑戦して、その上で優勝をする。そして、ロイの両親に成長出来た姿を見せに行く。それが俺達の今のところの最終目標かな」
『そして、その時にはお父さんを絶対に倒してやるんだ! こんなに強くなったんだって証明するためにね!』
ロイが拳を軽く握りながら言うと、その姿にシアとラピスは笑みを浮かべた。
「……うん、イクト君達なら絶対に出来るよ」
『うんうん! あそこまでスゴいバトルが出来るんだもんね!』
「シア、ラピス……ああ、ありがとうな」
『その期待を裏切らないように精いっぱい頑張るよ!』
シア達の言葉にイクト達が笑みを浮かべながら答えていると、その様子にリアは嬉しそうに頷き、イクトとシアの肩をポンと叩きながら声をかけた。
「さて……それじゃあその第一歩として、まずは『ロンドジム』へ行こうか。私が予め連絡はしておいたから、ジムリーダーも待ちかねているだろうし」
「はい!」
「うん!」
『『はーい!』』
そして、イクト達が再び歩き始めると同時に、イクトの家の屋根の上に立っていたポケモンはスッと飛び立ち、イクト達の後を追っていった。
歩く事数分、「着いたよ」というリアの声でイクト達は『ロンドジム』の前で足を止めた。すると、「よう、お前さん達」という声が建物の陰から聞こえ、そちらにイクト達が視線を向けると、楽しそうな笑みを浮かべたアーサーとシャロが姿を現した。
「おはようございます、アーサーさん、シャロ」
「おう、おはようさん」
『おはよう、みんな。今日は絶好のジム戦日和だね』
「ふふ……実はさっき、私も同じ事を言ってたよ、シャロ」
『へえ、そうだったんだね。どんな事でも気が合うっていうのはやっぱりとても嬉しい物だね』
「ふふ、そうだね。ところで、アーサーさん達はいつ『ロンドジム』に着いたんですか?」
「ん? ああ、ついさっきだ。正直、俺達の方が後なんじゃないかと思ってたんだが……もしかして何かあったのか?」
「あ、はい。実は……」
そして、イクトが謎のポケモンの存在について話すと、アーサーはとても興味深そうな様子を見せた。
「なるほどな……相棒、そのポケモンがまだ近くにいるか何となくでもわかりそうか?」
『……すまないね、ボス。話を聞きながらやってはみたんだけど、どうやら僕でも気配を感じとる事は出来ないみたいなんだ……』
「そうか……まあ、それなら仕方ねぇさ。シャロでもわからねぇとなると、本当に何らかの機械を使うくらいしねぇとわかりそうもないからな」
申し訳なさそうな様子のシャロの頭をアーサーが撫でていると、イクトは少し不思議そうに小首を傾げながらアーサーに話しかけた。
「アーサーさん、どうしてシャロに気配を感じ取れるかどうか訊いたんですか?」
「……ああ、それか。実はウチのシャロは、結構周囲の気配には敏感で、結構頭も切れる方だから、何か困った事があったり新製品についてのアイデアに詰まったりしたらシャロに頼るようにしてるんだよ。
もっとも、俺はシアのようにシャロの言葉はわからねぇから、表情や声の調子なんかから大体判断してるんだが……イクトみてぇに百発百中とまではいかなくとも俺だって結構当てられるんだぜ?」
『まあ、僕達もこう見えて長い付き合いだからね。ボスが僕の言いたい事を感じ取ってくれてるように、僕だってボスの考えや気持ちはそれなりにわかってるよ。
仕事がうまく行ってないのかなとか何か良い事があったのかなとか後は……まただらしなくソファに寝転がってるなとか』
「そうそ──って、だらしなくってのは余計だし、そんなの誰でもわかるだろ!」
そう言いながらアーサーがシャロのパイプを取ると、シャロは途端に気弱モードへと変わった。
『はうぅ……ボス、ゴメン。だから、早くパイプを返してよぉ……』
「……はあ、まったく……ほらよ」
『う、うん……』
オドオドとしながらパイプを受けとり、ゆっくりと咥えた瞬間、シャロは先程までの様子とは打って変わって、とても落ち着き払った様子を見せた。
『ふう……また情けない姿を見せてしまったね、みんな』
『あ、うん……それは良いんだけど……』
『ほんと、すぐに性格が変わるよね……』
『ふふ、このパイプは僕の性格チェンジのスイッチだからね。ところで……ボス、さっきのイクトの話に出てきたポケモンについてちょっと思い当たるポケモンがいるから、聞いてもらっても良いかな?』
「へえ……それはスゴいが、お前さんが考えてるのはどんなポケモンなんだ?」
『それはね……
その瞬間、イクトとロイを除いた全員の顔に驚きの色が浮かび、その様子にイクトとロイは揃って首を傾げた。
「セレビィって……たしか『ジョウト地方』の幻のポケモンで、『ときわたり』が出来るんだったよな?」
『そうさ。けれど、この『イリス地方』にもセレビィにまつわる伝説が残っていて、昔一人のトレーナーがセレビィを見たという話をした事がきっかけで、一時期そのセレビィを求めて多くのトレーナーが『イリス地方』を訪れたらしいよ』
「へえ、そうだったのか。でも、どうしてそのポケモンがセレビィだって思ったんだ?」
『そうだね……強いて言うなら、そのポケモンはテレパシーが使えるという事、そして『イリス地方』のセレビィは決まったすみかを持っていないと言われている事。この二つが理由だね』
『決まったすみかを持っていない……?』
『うん。昔からセレビィの目撃談は多いみたいだけど、目撃されている場所は結構バラバラで、その事からセレビィは決まったすみかを持たず、各地を飛び回りながら興味を惹かれる物を探していると研究者の間では言われているみたいだよ』
「なるほど……でも、よくそんな事知ってたな?」
イクトが感心した様子で言うと、シャロは胸を張りながらそれに答えた。
『ふふ……ボスには昔から色々な物を読ませてもらっていたからね。この知識もその中の一つというわけさ』
「そっか……」
『まあ、セレビィであると確定したわけでは無いけれど、僕はそのポケモンがセレビィだという説を推すかな。
他のポケモンの可能性ももちろんあるけれど、まるでイクトの力を試そうとするかのような言動をしていた事も考えるなら、それはとても力の強いポケモン──少なくともその辺の野生のポケモンではないポケモンという事になるからね』
『なるほどね……でも、もしセレビィだとしたらどうしてイクトの力を試そうだなんて思ったんだろうね』
『さあ……そこまではわからないけれど、もしかしたら昨日のイクト達のバトルを観て、イクト達の戦い方やあの『能力』に興味を持ったのかもしれないよ。僕達だってあんな風に『メロメロ』が解けたのを見たのは初めてだったから。
そして、今から行うジム戦でイクト達の力を試し、その結果次第ではイクト達と接触を図ろうと考えているのかもしれないね。そうじゃなければ、わざわざ力を試そうとするかのような言動をする必要もないし、そもそももう既にどこかへいなくなっているだろうからね』
シャロの話にその場にいた全員が納得顔で頷いていたその時、「あ、いたいた!」と嬉しそうな声が聞こえ、イクト達は揃ってそちらに視線を向けた。
すると、いつもの白衣姿のロッカ博士がこちらに向けて歩いてくるのが見え、リアは少し驚きながらもロッカ博士に話しかけた。
「おはようございます、ロッカ博士。もしかして、イクト君のジム戦を見にいらしたんですか?」
「ええ。新人トレーナーが初めてのジム戦に挑戦するところを見られる機会なんて滅多に無いし、昨日のバトルみたいに今まで見た事がないような事も起きるかもしれないしね」
「あはは……ご期待に添えるように頑張りますね」
「うふふ……ところで、さっき何か話していたようだったけど、何を話していたの?」
「えっと、それは……」
イクトがセレビィだと思われる謎のポケモンの事について話すと、ロッカ博士は一瞬驚いた様子を見せた後、目をキラキラと輝かせながら興奮気味にイクトに質問を始めた。
「ねえ、そのポケモンのテレパシーの声ってどんな感じだったの!?」
「え、えっと……落ち着いていて静かな感じでしたけど、どこか幼さみたいな物を感じた気がします」
「なるほどなるほど! それで、そのポケモンからのテレパシーでの呼び掛けってそれからは何かあった!?」
「いや、特には……ただ、力を見ると言うからには、たぶんまだこの近くにいるんじゃないかと──」
「ほんと!? どこにいそうとか気配を感じるとかはある!?」
「え、えーと……」
ロッカ博士のあまりの気迫にイクトが押されていると、「博士」とリアは少し呆れた様子でロッカ博士の肩に手を置き、それに対してロッカ博士が振り向くと、リアはその表情のままで首を横に振った。
「ダメですよ、博士。そのポケモンが気になるのはわかりますけど、イクト君は今からジム戦なのであまり質問責めにしないでください」
「あ……そ、そうよね。私ったら、また暴走しちゃってたわ……」
「ほんとですよ、博士。ポケモンの事で気になる点があると、今みたいに暴走しちゃうんですから、少しは気をつけてくださいね」
「……ええ、わかったわ」
リアからの注意にシュンとしながら答えると、ロッカ博士はイクトへと向き直り、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、イクト君。ジム戦前なのにぐいぐいと質問責めにしてしまって……」
「いえ、気にしないでください。ビックリはしましたけど、そのポケモンが気になるのは俺も同じですから」
「イクト君……ありがとう」
「どういたしまして。それにしても……あんなロッカ博士を見たのは初めてだったので、本当にビックリしましたよ」
「あはは……面目無いわ。リアちゃんが言ったように、私はポケモンの事で気になる点があると、今みたいに暴走しちゃうところがあって、一番酷い時は食事や睡眠まで忘れちゃうのよ」
「食事や睡眠までって……」
『そんな事してたら、いつか本当に倒れちゃいますよ?』
ロイが心配そうな表情を浮かべながら言うと、ロッカ博士はため息をつきながら答えた。
「そうなのよね……でも、ポケモンについての謎は常に増えていくし、時間は限られているから、一番良いのはやっぱりイクト君やリアちゃんのようなポケモントレーナーに旅の中で色々な事を報せてもらう事なのよね。
実際、リアちゃんから教えてもらった事で、論文を書く事が出来た事例が幾つもあるわけだし……」
「あー……たしかにありましたね。でも、これからはイクト君やシア、アーサーさんにも手伝ってもらえるわけですし、あまり無理はしないでくださいね?」
「ええ、そうさせてもらうわ。ロイの言う通り、熱中しすぎて倒れてしまったら、色々な人に迷惑や心配をかけてしまうものね」
「その通りです。さてと……それじゃあそろそろ中に入りましょうか」
そのリアの言葉に全員が頷いた後、イクト達は『ロンドジム』の入り口の自動ドアを通って中へと入った。すると、そこには数人の男女の姿があり、その中にいた灰色のシャツに青のジーンズ姿の黒のポニーテールの女性はリアの顔を見ると、顔をぱあっと輝かせた。
「リア、待ってたわ。ずいぶん遅かったけど何かあったの?」
「ううん、ちょっと入り口の前で話をしていただけだよ、ルキア」
「そう……それで、そっちのピカチュウを連れた彼が、今回の挑戦者のイクト君だっけ?」
「あ、はい。『カントー地方』の『マサラタウン』出身のイクトです。それで、こっちは相棒のピカチュウのロイです。今回はよろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
「ええ、こちらこそよろしくね。私はルキア、この『ロンドジム』のジムリーダーで、リアとは小さい頃からの友人なの」
「だから、ルキアはシアの『能力』の事もしっかりとわかってくれてるし、ラピスをプレゼントしようとした時も色々相談に乗ってくれたんだ」
リアが嬉しそうな笑みを浮かべながら言うと、ルキアはシアに視線を向けながら優しい笑みを浮かべた。
「ふふっ……シアちゃんは私にとっても妹みたいな物だし、それくらいは当然でしょ?」
「そっかぁ……ねえ、それならもう一人妹が欲しくない?」
「貴女みたいな妹はお断りよ、リア。一緒に旅をしていた時、色々苦労させられたもの」
「それは残念。さてと……ルキア、貴女の友達として一つ忠告しておくけど、イクト君は貴女が思っているよりも強いよ」
「へえ……貴女がそこまで言うなんてね。何か理由でもあるの?」
興味深そうな様子でルキアが問いかけると、リアはにやりと笑いながらそれに答えた。
「そうだね……強いて言うなら、お互いに強い信頼関係で結ばれているからかな」
「強い信頼関係……」
「そう。ポケモン達の様子に注意を向けたり、その時その時にあった行動を考えたりしながらもポケモン達のポテンシャルや練習で培ってきた技術を信じてそれを戦術に組み込むというスタイル。それがイクト君達の戦い方なんだよ」
「なるほど……」
「昨日も前にそういう特訓をしたからという理由で、特に指示を出さずにラピスの『スピードスター』をギリギリまで引き付けてから避け、それをラピスに当てるなんていうテクニックを見せてもらったし、新人トレーナーだと思って油断していると痛い目に遭うかもよ?」
「ふふ、たしかにそうかもね。でも、私だってこの『ロンドジム』のジムリーダーだもの。そう簡単に負けるつもりはないわ。一応、これでもリアと一緒でポケモンリーグに出場した経験もあるしね」
ウインクをしながらルキアが言うと、イクトはリアを見ながら驚きの表情を浮かべた。
「えっ……リアさんもポケモンリーグに出場していたんですか!?」
「うん、一度だけね。それにしても……あの時は、スゴくレベルが高かったよね」
「まあね。それでも私達はなんとか勝ち上がり、ベスト8までは来たけど、あのトレーナーには敵わなかったのよね。あの仮面を被ったいけすかないトレーナーには……」
「仮面を被ったトレーナー……ですか?」
「ええ。なんでも目立つのがあまり好きじゃないからって、ポケモンリーグの本部に直接話をして、名前まで偽名にして出場したトレーナーがいたのよ。ねえ、リア?」
「あ、あー……たしかにいたね。だから、電光掲示板に映す顔写真すらその仮面のままで、結局優勝しちゃったんだよね、その人」
「そんな人が……でも、その人はどうしてそんな事が出来たんですか?」
そのイクトの問いかけにルキアは少し表情を暗くしながら答えた。
「……実は、そのポケモンリーグがあった年にちょっとした事件が起きてたのよ。その事件は『R事件』と言われていて、君がいた『カントー地方』から流れてきた『ロケット団』という組織の残党が起こした事件なの」
「『ロケット団』が……でも、その事件は解決したんですよね?」
「ええ、もちろん。それで、そのトレーナーが事件の解決に一役買ってたから、ポケモンリーグ本部もその要望を叶えたらしいわ。そうじゃなきゃ、流石に一トレーナーの要望なんて聞いてもらえるわけないもの」
「そうだよね……まあ、結局その人の素顔や本名はポケモンリーグの本部やルキアみたいなジムリーダーくらいしか知らないって事になったし、イクト君達が旅に出た時に出会ってもたぶんその人だってわからないと思うけどね」
「そうね。さてと……それじゃあそろそろジム戦を始めましょうか。このまま話していても時間が過ぎるだけだからね」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくね。それじゃあ貴方はこのまま私についてきて、リア達はジムトレーナーの案内に従って観客席まで行ってちょうだい」
「はい」
「はいはーい」
ルキアの指示にイクトとリアが返事をした後、リア達は近くにいたジムトレーナーの後に続いて観客席へ向けて歩き出し、イクトはルキアと共にバトルフィールドへ向けて歩き出した。
そして、自動ドアをくぐり、薄暗く長い廊下を緊張しながらこつこつと足音を立てて歩いていたその時、「ねえ」とルキアから声をかけられ、イクトがびくりと体を震わせていると、ルキアはクスリと笑ってからイクトに話しかけた。
「ふふっ、そんなに緊張しなくて良いわよ。ところで……さっき、リアがジムの前で話をしていたって言ってたけど、何の話をしていたの?」
「えっと……実は、ここに来る前に謎のポケモンから『力を見せてもらうぞ』ってテレパシーが送られてきて、その正体について少し話し合っていたんです」
「謎のポケモン?」
「はい。因みに、アーサーさんのシャロはそれはセレビィじゃないかって言ってましたよ」
「へえ……それだったら、本当にスゴいわよ。『イリス地方』にはセレビィを見たくて仕方ないっていう人が多いから、もし本当にセレビィなら一緒に見たいっていう人が大勢集まるわよ」
「そんなに……ですか」
「まあね。セレビィにまつわる伝説が『イリス地方』にあるのもそうだし、セレビィ自体が幻のポケモンなのもそうだけど、『イリス地方』のセレビィは色違いだっていう話だからね」
「色違いのセレビィ……」
「そうよ──っと、そろそろ着くわよ。私達がこれから戦う場所、『ロンドジム』のバトルフィールドに」
その言葉を聞き、イクト達が前方に目を向けた瞬間、目の前が光に包まれ、イクト達は顔の前に手を
そして光の中を抜けると、四方を鉄板の壁で囲まれ、岩や鉄塊などの障害物が設置された地面が広がるバトルフィールドの光景が目に入ってきた。
「ここが『ロンドジム』のバトルフィールド……鋼タイプのジムだから、四方を鉄板で囲んでいるんですね」
「そんなところね。さてと……それじゃあそろそろジムバトルを始めましょうか? チャレンジャーのイクト君?」
「はい! ジム戦、よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくね」
ペコリと頭を下げながら言うイクトに対して、ルキアはにこっと笑いながら頷いて答えると、ジムの奥へ向けてゆっくりと歩いていった。
そして、イクト達が自身の立ち位置に着くと、審判役のジムトレーナーは両者をゆっくりと見回しながら声を張り上げた。
「それではこれより、チャレンジャーイクトとジムリーダールキアによるジム戦を始めます。使用ポケモンは二体、どちらかが先に全て戦闘不能になった時点でバトルは終了とします。尚、交代はチャレンジャーにのみ認められます。両者とも準備はよろしいですか?」
「はい!」
「ええ」
「わかりました」
ジムトレーナーは頷きながら答えると、両手に持った旗を上へと勢い良く振り上げながら声を張り上げた。
「それでは……バトル、開始!」
第3話、いかがでしたでしょうか。次回はロンドジムでのジム戦回です。どのような内容にしていくかはまだ未定ですが、皆さんに楽しんで読んで頂けるように頑張っていきます。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。