ポケモンリーグ準優勝者の育て屋ライフ エピソード0   作:片倉政実

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どうも、一番好きな鋼タイプのポケモンはルカリオの片倉政実です。それでは、第4話をどうぞ。


第4話 VSロンドジム! 固き鋼鉄の意志

 ジムトレーナーの声を聞いた後、ルキアは落ち着いた様子でモンスターボールを一つ手に取った。

 

「さあ、行ってきなさい! ギアル!」

 

 そう言うと同時にモンスターボールを投げ上げると、モンスターボールの中から顔の付いた歯車が二つ組み合わさったような姿のポケモンが現れ、その姿を見ながらイクトはベルトに付けていたモンスターボールを一つ手に取った。

 

「最初はギアルか……だったら、こっちは! 頼んだぞ、レド!」

 

 そう言いながら放り上げられたモンスターボールからレドが姿を現すと、ルキアは「へえ」と少し驚いた様子で声を上げた。

 

「そのヒトカゲ……たしかロッカ博士が保護していた色違いの子よね?」

「はい、そうです」

「……やっぱりね。その子、ロッカ博士が保護したって聞いた時にすぐに会いに行って、それからも何度かわかり合おうとしてみたんだけど、全然無理だったのよね。でも、どうやら良いトレーナーに出会えたみたいで本当に良かったわ」

「ルキアさん……ありがとうございます」

「どういたしまして。さあ、先攻は譲るから、どこからでもかかってきなさい」

「はい! よし……レド、まずは『りゅうのまい』だ!」

「カゲ!」

 

 イクトの指示に従って、レドが神秘的な舞いを始めると、その様子にルキアは「へえ……」と感心したように声を上げた。

 

「その子、中々良い技を持ってるじゃない。けど、舞ってる余裕なんてあるかしらね? ギアル、ヒトカゲに『チャージビーム』!」

「ギア」

 

 ギアルは静かに答えると、体を黄色に光らせながらレドへ向けて電撃を撃ちだし、イクトはそれを見ながら落ち着いた様子でレドに指示を出した。

 

「レド、『かみなりパンチ』で迎えうて!」

「カゲ!」

 

 イクトからの指示に返事をすると、レドは拳に雷を纏わせながら向かってくる『チャージビーム』を注視し、目の前まで近付いた瞬間に拳を力強く振り抜いた。

 そして、『かみなりパンチ』が『チャージビーム』を消し去ると、ルキアは「あら……」と少し驚いたような声を上げた。

 

「『りゅうのまい』で威力を上げているとはいえ、私のギアルの『チャージビーム』をいとも簡単に消し去るとは……その子、だいぶ鍛えられているのね」

「はい! こいつの、レドの掲げる目標のために精一杯努力を重ねてきましたから!」

「なるほどね。でも、これはどうかしら? ギアル、『ギアチェンジ』!」

「ギア!」

 

 すると、ギアルは赤いオーラを纏いながら自身の歯車を勢い良く回しだし、イクトはその様子を見ながら歯をギリッと鳴らした。

 

「『ギアチェンジ』……! 自分の素早さを上げる上に物理的な攻撃力まで上げる技か……!」

「その通りよ。そして、さっきの『チャージビーム』の効果で私のギアルは特殊的な攻撃力も上がってる状態。本来、ギアルはかなりスピードが遅いポケモンだけれど、この子は『ようき』な性格な上にこの『ギアチェンジ』を覚えている。つまり、その欠点すらも乗り越えているわけ」

「くっ……けど、タイプ相性的な有利不利は変わらな──」

「ええ、そうね。だからこそこの技もあるのよ。『かげぶんしん』!」

「ギア!」

 

 返事をすると同時に、ギアルの横に同じ姿をした分身が幾つも現れると、その光景にレドは困惑した様子を見せた。

 

「カ、カゲ……!?」

「惑わされるな、レド! 分身に注意しながら本体を見つけるんだ!」

「カ、カゲ……!」

 

 困惑しながらもイクトの指示に返事をし、レドがギアルの本体を探ろうとしたその時、ルキアはニヤリと笑いながら指をパチッと鳴らした。

 すると、ギアル達は『ギアチェンジ』で上がったスピードを活かしながらバトルフィールド中を縦横無尽に動き回り始めた。

 

「カゲ!?」

「何!?」

「ふふっ、驚いた? ギアルには『かげぶんしん』を使った後に指を鳴らしたらこうやって動き回るように予め指示を出してあるのよ。さあ、どれが本物かわかるかしら?」

「くっ……!」

 

 バトルフィールド中を飛び回る複数のギアルの姿にイクトとレドが目を向ける中、ルキアはニヤリと笑いながらギアルに指示を出した。

 

「ギアル、もう一度『ギアチェンジ』!」

「アル!」

 

 その指示に返事をすると同時に、ギアル達は再び自身の歯車を勢い良く回転させ、更にステータスを上昇させると、その状況にイクトは焦った様子を見せた。

 

「このままじゃまずい……! でも、いったいどうしたら……!?」

 

 焦りと困惑、二つの感情がイクトの中でぐるぐると回り出す中、ルキアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「悩んでいる暇は無いわよ、チャレンジャー。ギアル、『ギアソーサー』!」

「ギア!」

 

 大声で返事をすると同時に、ギアル達は、自分と噛み合っているもう一つの体である歯車をレドへと投げた。

 そして、それに対してイクトはレドに避けるように指示を出そうとしたが、指示を出すよりも先に歯車がレドに命中し、レドは苦しそうな声を上げた。

 

「カゲ……!」

「レド!」

 

 レドの体が傷つき、静かに膝をつく中、歯車はブーメランのようにギアルへ戻ると、再びギアル自身と噛み合い、静かに回り出した。

 そして、ギアル達が四方八方からイクトとレドを見つめる中、ルキアは余裕綽々といった様子でイクトに話しかけた。

 

「ふふっ、どう? これがジムリーダーとそのポケモンの実力。貴方達が越えなければならない壁の高さよ」

「くっ……!」

「まあ、今のは効果が今一つの技だったから、まだダメージは少ないでしょうけど、このままじゃその子だけじゃなく、もう一匹のポケモンすらも簡単に倒れる事になるわね」

 

 クスクスと笑いながら言うルキアの姿に、イクトは悔しさを覚えながら必死になって現状の打開策を考え始めた。

 そして、先程の()()()()()を思い出したその時、「……そうか!」とイクトは何かを思いついた様子で声を上げ、闘志に満ちた視線をレドに向けた。

 

「レド、まずは『りゅうのまい』!」

「カゲ!」

 

 イクトの指示に従ってレドが再び『りゅうのまい』を行う中、ルキアは(いぶか)しげな視線をイクトに向けた。

 

「何を考えているのかわからないけど、いくら攻撃力と素早さを上げても、当たらないと意味は無いわよ?」

「ええ、もちろんわかってます」

「……そう。それじゃあギアル、もう一度『ギアチェンジ』!」

「ギア!」

 

 ルキアの指示に従ってギアルが再び『ギアチェンジ』を行う姿を見ながらイクトはニヤリと笑った後、『りゅうのまい』を終えたレドに指示を出した。

 

「レド、目を瞑っておいてくれるか?」

「カゲ!?」

「……はっ?」

「ええっ!?」

 

 イクトの言葉にレドやルキア、そして観客席にいるシアが驚きの声を上げる中、イクトはニッと笑いながら再びレドに話しかけた。

 

「大丈夫だ、レド。俺を信じてくれ」

「カゲ……」

 

 レドは少し不安そうな様子を見せたものの、すぐに覚悟を決めたような表情で力強く頷くと、静かに目を閉じた。

 そして、それに対してイクトが嬉しそうに「……ありがとう」と呟いていると、ルキアはわけがわからないといった様子でイクトに声をかけた。

 

「……リアが認めるトレーナーである貴方の事だから、やけっぱちになってそんな事を言ったとは思えないけど、本当に何を考えてるのかさっぱりだわ」

「……ふふ、そうだと思います。でも、これが俺の思いついたギアル攻略の秘策です!」

「……なら、それがどのようなものか見せてもらおうじゃない! ギアル、『ギアソーサー』!」

「アル!」

 

 ルキアの指示に従ってギアルが『ギアソーサー』を放つ中、イクトはレド同様に静かに目を瞑りながら指示を出した。

 

「レド、そのまま上にジャンプだ!」

「カゲ!」

 

 その指示と同時にレドは真上に跳び上がると、『ギアソーサー』はレドがいた場所の地面を抉り、そのままギアルの元へと戻り、ガチリと噛み合った。

 そして、レドが着地する音を聞くと同時にイクトは目を開けると、『ギアソーサー』が当たった箇所を見て、「やっぱりな」と言いながらニヤリと笑い、レドに声をかけた。

 

「レド、目を瞑ったまま聞いてほしいんだけど、今の『ギアソーサー』で何か気付いた事はないか?」

「カゲ……?」

 

 イクトからの問いかけにレドが目を瞑ったまま首を傾げていたその時、「……カゲ」と何かに気付いた様子で声を上げると、イクトはニヤリと笑った。

 

「流石だ、レド。となれば……後はもうわかるな?」

「カゲ!」

「よし……それなら、ここから反撃していくぞ、レド!」

「カゲカ!」

 

 目を瞑りながらレドが大きく頷く中、ルキアはますますわけがわからないといった様子を見せた。

 

「さっきの『ギアソーサー』で何かを掴んだようだけど、さっき言っていた秘策はどうしたのかしら?」

「それは今からお見せしますよ、ルキアさん!」

「そう……なら、今度こそ見せてもらおうじゃない! ギアル、『ギアソーサー』!」

「ギア!」

 

 ルキアの指示に従って再びギアルが『ギアソーサー』を放ち、歯車がレドまであと少しという距離まで迫った瞬間、イクトは自信満々な様子でレドに指示を出した。

 

「レド、『かみなりパンチ』で歯車を受け止めろ!」

「カゲ!」

 

 その指示と同時に、レドは目を閉じたままで『かみなりパンチ』で歯車を受け止めると、レドは歯車をガッチリと掴みながら静かに目を開け、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 そして、続けて飛んできた分身達の歯車を上に跳んで避けると、ギアルは次第に苦しそうな表情を浮かべ、それと同時に分身達は次々と消えていった。

 

「ギアル!」

「よし……レド、歯車を掴んだままギアルへ向かって走るんだ!」

「カゲ!」

 

 イクトの指示に従ってレドが苦しそうな表情を浮かべるギアルへ向けて走り出すと、ルキアは焦った様子でギアルに指示を出した。

 

「ギアル! その場から待避!」

「させませんよ! レド、ギアルに『ほのおのキバ』!」

「カゲ!」

 

 そして、ギアルが逃げるより先にレドはギアルの真下へと辿り着き、そのまま真上に跳び上がると、炎を纏った牙をギアルへと突き立て、そのダメージでギアルは更に苦しそうな表情を浮かべた。

 

「ギア……!」

「ギアル!」

 

 バトルフィールド上にルキアの声が響き渡る中、レドがギアルから牙を離すと、ギアルはフラフラとしながらゆっくりと落ちだし、完全にバトルフィールド上に落ちたのを確認すると、レドは持っていた歯車をギアルに噛み合わせた。

 そして、レドがゆっくりと離れていくのを見送ると、審判役のジムトレーナーは急いでギアルへと近付き、ギアルが目を回して瀕死状態になっているのを確認すると、イクト達の方へ旗を大きく振り上げた。

 

「ギアル、戦闘不能! ヒトカゲの勝ち!」

「よし……! よくやったぞ、レド!」

「ピカピッカ!」

「カゲ!」

 

 イクト達の嬉しそうな声にレドが親指を立てて応える中、ルキアは顔に悔しさを滲ませながらギアルのモンスターボールを手に取り、ギアルをモンスターボールへと戻した。

 

「お疲れ、ゆっくり休みなさい」

 

 そう声をかけてから、モンスターボールをしまい終えると、ルキアは真剣な表情でイクトに話しかけた。

 

「イクト君、あの状況でどうやって本物を見極めたの?」

「それは……」

 

 ルキアからの問いかけにイクトは自分の体の()()()()をトントンと叩きながら答えた。

 

「音、そして地面ですよ」

「音と地面……?」

「はい。最初はしっかり気付けていなかったんですが、『ギアソーサー』を使われた時の事を思い出した時、分身達が一斉に歯車を投げてくるのに対して、本物だけはワンテンポ早く歯車を投げているのに気付いたんです。

 実際、二回目の『ギアソーサー』をレドに避けてもらった時、しっかりとそれを確認出来ましたし、地面の抉れ方にもそれが表れていましたしね」

「なるほど……だから、レドにも目を瞑らせたのね。目を瞑らせて視覚を遮断する事で、他の五感を鋭敏にするため、そして分身に惑わされないようにするため」

「その通りです。まあ、これはレドが俺の事を信じてくれなかったら成功しなかった作戦なので、本当にレドには感謝しています。次のギアルの放ってきた『ギアソーサー』を受け止めてくれた件も含めて」

「『ギアソーサー』……つまり、あれは『かげぶんしん』を消すだけじゃなく、確実にギアルに技を当てたかったから取った行動で間違いなかったのね」

 

 ルキアが静かに目を閉じながら言うと、イクトは頷きながら答えた。

 

「はい。他の地方の図鑑には、ギアルは二つの体が噛み合って回転する事で、生きるためのエネルギーを作り出すと書いています。となれば、その歯車の片方を取ってしまえば、ギアルは普段の力を発揮出来ない上、分身を維持する事も出来ず、技を避ける事も出来ないと思ったんです。

 もっとも、これはポケモン固有の弱点を突いた事になるので、ギアルにはとても申し訳ない事をしたと思っていますけどね……」

「ふふ……いいえ、それも立派な戦術よ。まあ、中にはそれを好まないトレーナーもいると思うけど、私は別にどうも思わないから安心しなさい」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして。さて……それじゃあ最後のポケモンを出しましょうか」

 

 ルキアはベルトに付けていたモンスターボールを一つ手に取ると、それを天高く放った。

 

「行きなさい、クチート!」

「クチ!」

 

 後頭部に大顎を持つ小型のポケモン、クチートがモンスターボールから飛び出すと、ルキアは自信満々な様子を見せた。

 

「ギアルは倒されてしまったけれど、この子、クチートはそう簡単に倒されないわよ」

「はい、わかってます。けれど、俺達だって簡単には負けません!」

「カゲ!」

「ふふ、そうでしょうね。さあ……バトルを再開しましょうか! クチート、『つるぎのまい』!」

「クチ!」

 

 すると、クチートの周囲には青い光の剣が幾つも出現し、それが消えると同時にクチートは赤いオーラを纏い始めた。

 

「『つるぎのまい』……!」

「ふふ、その様子だと『つるぎのまい』の効果は知ってるようね。さあ、手負いのその子で『つるぎのまい』で攻撃力が上がったクチートの攻撃を受けたら流石に倒れちゃうんじゃない?」

「……たしかにそうかもしれませんが、それなら攻撃を受けないように立ち回るだけです!」

「……まあ、たしかにね。でも、この子の前でそんな事が出来るかしら? クチート、『あまいかおり』」

「クチ!」

 

 クチートは大声で返事をすると、大顎を大きく開けながらレドへと向けた。すると、大顎から甘い香りが漏れだし、それがレドに届くと、レドの目はとろんとした物に変わった。

 

「レド……!」

「ふふ、この香りに魅了されて棒立ちになってるわね。『あまいかおり』は野生のポケモンを引き寄せるために使われる事が多いけれど、ちゃんとバトルで使おうとしたら結構有用な技なのよ。

 さて、このまま攻めさせてもらおうかしら。クチート、『かみくだく』!」

「クチ!」

 

 そして、クチートがレドへ向かって走り出す中、イクトは焦った様子でレドに指示を出した。

 

「避けづらくなったなら受け止めるだけだ! レド、『かみなりパンチ』で迎えうて!」

「……カ、カゲ!」

 

 イクトの指示を聞き、レドは慌てて首を横に振りながら気持ちを切り替えると、向かってくるクチートを見ながら『かみなりパンチ』の準備を始めた。

 そして、振り返りながら大顎を大きく開け、レドへ向けて大顎を勢い良く閉じようとした時、『かみなりパンチ』でそれを阻止した。

 

「カゲ……!」

「クチ……!」

「よし……なんとか受け止め──」

「ふふ、それはどうかしら?」

 

 そのルキアの言葉が聞こえた瞬間、クチートの大顎は徐々に動き出すと、そのまま勢い良く閉まり、その衝撃でレドは背後に大きく吹き飛ばされた。

 

「カゲ……!」

「レド!」

「ピカッ!」

 

 レドが吹き飛ばされた方へ視線を向けながらイクトとロイが声を上げ、上がっていた砂煙が消えていくと、そこには瀕死状態になっているレドの姿があり、審判役のジムトレーナーはそれを確認してからルキア達の方へ旗を大きく振り上げた。

 

「ヒトカゲ、戦闘不能。クチートの勝ち!」

「ふふ、お疲れ様、クチート」

「クチ!」

 

 ルキアの声にクチートが嬉しそうに返事をする中、イクトはレドへと近付くと、モンスターボールを手にしながらスイッチを押した。

 

「……お疲れ、レド。後は任せてくれ」

 

 そして、レドがモンスターボールの中に戻ると、ルキアは笑みを浮かべながらイクトに声をかけた。

 

「イクト君、私の言葉の意味、わかったかしら?」

「……『ちからづく』ですよね?」

「ええ、大正解。このクチートの特性は『ちからづく』。攻撃技の追加効果の恩恵を受けられない代わりに威力を高める特性よ。それ故に戦略の幅は少し狭まっちゃうけど、相手の体力を一気に削りたい時や相手を押しきりたい時にはスゴく助かるのよね」

「くっ……!」

「さあ、そろそろ最後のポケモンを出してもらいましょうか。といっても、出てくるのはその子でしょうけどね」

 

 そう言いながらルキアがロイに視線を向ける中、ロイはイクトを見ながら拳を軽く握った。

 

「ピカッ!」

「ロイ……ああ、そうだよな。この先、今みたいな状況なんていくらでもあるんだ。だったら、乗り越えるまでだ!」

「ピカ、ピカッチュ!」

「よし……やるぞ、ロイ!」

「ピカ!」

 

 そして、ロイがバトルフィールドへ進み出ると、ルキアは楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「やっぱりそうだったわね。さて、その子がどんな戦いを見せてくれるのか楽しみにさせてもらおうかしら」

「ご期待には応えてみせますよ。ロイ、先手必勝だ! 『ねこだまし』!」

「ピカ!」

 

 イクトの指示に従い、ロイがクチートとの距離を瞬時に詰め、クチートの目の前でパンっと両手を打ち鳴らすと、クチートはガクッと膝を突いた。

 

「クチ……!」

「『ねこだまし』……なるほど、中々良い技を持ってるじゃない。でも、貴方もわかっている通り、『ねこだまし』はもう使えない。そんな状態で勝てるのかしら?」

「たしかに不利かもしれませんが、それは承知の上です! ロイ、続けて『アイアンテール』!」

「ピカ!」

 

 ロイは返事をした後、尻尾を銀色に変化させながら上へと跳躍し、落ちてくる速さを利用しながら『アイアンテール』をクチートに叩きつけた。

 

「ピッカ!」

「クチッ……!」

「クチート!」

 

『アイアンテール』を受けた衝撃でクチートが地面に叩きつけられると、ルキアの表情に少しだけ焦りの色が浮かんだ。

 

「『アイアンテール』……相手の防御力を下げられる鋼タイプの技。鋼/フェアリータイプのクチートの弱点ではないけど、受け続けて防御力を下げ続けられるのは厄介ね。おおよそ、その状況を活かす何か強力な技でも隠し持っているんでしょうし」

「……さあ、それはどうでしょうね」

「……まあ、良いわ。大体の予想はついているから。クチート、もう一度『つるぎのまい』」

「クチ!」

 

 クチートが『つるぎのまい』を使い、更に攻撃力を上げると、イクトの顔に焦りの色が浮かんだ。

 

「マズイな……ただでさえ『ちからづく』があるのに、二回の『つるぎのまい』で攻撃力をかなり上げられてるから、攻撃を一回でもくらったらロイは倒されかねない……」

「それだけじゃなく、私のクチートにはまだ使っていない技もあるわよ。さあ、この状況を貴方達はどう乗り越える?」

「くっ……でも、このまま何もしないわけにはいかない! ロイ、目の前に『アイアンテール』!」

「ピカ!」

 

 ロイが頷きながら目の前の地面に向かって『アイアンテール』をすると、その衝撃で濃い砂煙が上がり、砂煙の向こうからルキアの声が聞こえてきた。

 

「なるほど……砂煙に隠れて攻撃を仕掛けてくるつもりね。けど、それくらいじゃあ妨害にはならないわ! クチート、顎を振り回して砂煙を消しちゃいなさい!」

「クチ!」

 

 ルキアの指示に対して頷き、クチートが大顎を大きく振り回すと、周囲に立ち込める砂煙はゆっくりと消えていった。そして、砂煙が完全に消えたその時、イクトの目の前にロイがいない事に気付くと、ルキアとクチートは驚いた様子を見せた。

 

「なっ……ピカチュウがいない!?」

「クチ!?」

「……ロイはここですよ。ロイ、クチートに『アイアンテール』!」

「ピカ!」

 

 いつの間にか上空まで跳び上がっていたロイが、先程と同じように降下の勢いを利用しながらクチートに向かって『アイアンテール』を繰り出そうとしたその時、ルキアはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほどね……でも、それならこれをお見舞いしてあげるわ。クチート、『メタルバースト』!」

「クチっ!」

 

 降りてくるロイを見上げながらクチートが声を上げると、その体は徐々に銀色に染まっていった。そして、降下してきたロイの『アイアンテール』が命中した瞬間、ロイの体はイクトがいる方へ大きく飛ばされ、背後にある壁に強く激突した。

 

「ロイ! 大丈夫か!?」

「ピ……ピカ……」

「……なんとか大丈夫みたいだな。けど、まさか『メタルバースト』まで持ってるなんて……!」

「あら、その様子だと『メタルバースト』がどんな技か知ってるみたいね」

「……『メタルバースト』は『カウンター』や『ミラーコート』のように相手の攻撃に対して反撃をする技。でも、『カウンター』と『ミラーコート』と違って、『メタルバースト』には種類による制限は無い……」

「そうね。物理技に対応する『カウンター』、特殊技に対応する『ミラーコート』とは違い、『メタルバースト』はその二つよりは与えられるダメージは少なくなるけど、物理でも特殊でも対応できるし、鋼タイプの技だからタイプ相性の影響で無効にされる事もない。

 こうしてジム戦をやっていると、たまに攻撃技ではあまりダメージを与えられない時やさっきみたいに視界を奪ってからの攻撃をされる事があるの。だから、その時用にこの子には『メタルバースト』を覚えさせた。多くの相手に対して優位に立てるようにね」

「くっ……!」

「この状況を確実に打開出来るポケモンはいるでしょうけど、そのピカチュウはどうかしらね? このままだと『メタルバースト』の反射で倒れるか大人しく『かみくだく』で倒されるかの二択になるわよ」

 

 ルキアがクスクスと笑いながら言い、それに対してイクトが悔しそうな表情を浮かべていたその時、ロイはイクトの隣まで歩いてくると、やる気に満ちた視線をイクトに向けた。

 

「ロイ……」

「ピカ! ピカピカッチュ!」

「……そうだな。こんなピンチくらいこれからいくらでもあるんだ。ここで諦めるわけにはいかないよな!」

「ピカッ!」

「よし……やるぞ、ロイ!」

「ピカッチュ!」

 

 イクトとロイが頷き合う中、それを見ていたルキアは少し驚いたような表情を浮かべた。

 

「……驚いたわ。今までの挑戦者達はこの時点で結構諦めた様子を見せるのに、貴方達はまったく諦めるつもりがないのね」

「はい。ポケモンリーグでの優勝を目指す以上、これくらいのピンチは乗り越えられるようにするべきですし、ロイにも諦めるなって言われましたから」

「ロイにも……? イクト君、貴方もポケモンの言葉がわかるの?」

「いえ、俺にはポケモン達の言葉はわからないです。でも、ロイの気持ちなら鳴き声を聞くだけでバッチリわかります!」

「……なるほど。貴方とその子は本当に信頼しあっているのね。なら、その信頼関係で私達を倒せるか見せてもらおうかしら! クチート、『あまいかおり』!」

「クチ!」

 

 クチートが返事をし、再び大顎を大きく開けてロイへ向けて『あまいかおり』を放ち始めると、イクトは周囲に目を向けながらロイに指示を出した。

 

「ロイ、今は回避に専念するぞ。クチートの動きに注意しながらバトルフィールド中を走り回れ!」

「ピカ!」

 

 イクトの指示に従ってロイがバトルフィールドを駆け回り始めると、ルキアは落ち着き払った様子でロイの動きに視線を向け始めた。

 

「スピードで撹乱しながら隙を窺うつもりね。でも、そんなのは想定内よ。クチート、バトルフィールド中に『あまいかおり』を漂わせなさい!」

「クチ!」

 

 クチートは返事をすると、大顎を大きく開けながらその場で回りだし、程なくバトルフィールドには大顎から放たれた『あまいかおり』が充満した。そして、ルキアとクチートがその中でロイの姿を見つけるために辺りを注意深く見回していたその時、岩と岩の間を移動しようするも『あまいかおり』の影響で動きが鈍っているロイを見つけ、ルキアはニヤリと笑った。

 

「見つけた。クチート、仕留めなさい。『かみくだく』!」

「クチ!」

 

 ルキアの指示でクチートはロイに向かって走りだすと、勝負に終止符を打つべく大顎を大きく開けながら後ろを向いた。その瞬間、イクトは大声でロイに指示を出した。

 

「ロイ! 横に避けろ!」

「ピカ!」

 

 イクトの指示通りにロイが横に避けると、クチートの大顎は空を切り、ルキアは一瞬悔しそうな表情を浮かべた。

 

「回避率を下げたはずなのに避けられたか……でも、今から距離を取るなんて出来ないし、このまま私達のか──」

 

 その時、ルキアは目の前の光景に驚いた表情を浮かべた。

 

「なっ……ピカチュウがまた消えてる!?」

 

 その場にいるはずのロイの姿が無い事にルキアが驚き、顔に焦りの色が浮かび始める中、クチートも消えたロイを見つけるべく周囲を見回し始めた。そして、ルキアもロイを見つけるべく周囲を見回していたその時、クチートの大顎の下部から()()()()()()がヒョコっと出ているのが見え、ルキアはハッとした様子を見せた。

 

「まず……! クチート、大顎から──」

「やらせませんよ! ロイ、そのままクチートに『アイアンテール』!」

「ピカッ!」

 

 クチートの背後──大顎の下から返事をすると、ロイは『アイアンテール』をクチートに何度も振るうと、そのダメージでクチートはその場に膝をついた。

 

「クチート!」

「これで終わりです。ロイ、『ボルテッカー』!」

「ピッカァ!」

 

 そして、大顎から飛び降りたロイが『ボルテッカー』でクチートにぶつかると、クチートは途中に置かれていた岩を砕きながら壁に向かって飛ばされ、そのまま激しく壁と激突すると、力なく地面へと落下した。

 

「クチート……!」

 

 ルキアがクチートに声をかけるもクチートは項垂れながら目を回しており、審判役のジムトレーナーはその様子を確認すると、イクトの方へ旗を高く振り上げた。

 

「クチート、戦闘不能! ピカチュウの勝ち! よって勝者、『マサラタウン』のイクト!」

 

 その声を聞くと、イクトは信じられないといった表情を浮かべながらぽかーんと口を開けていた。

 

「勝った……俺達、勝てたんだな……!」

 

 初のジムバトルでの勝利という事実にイクトが嬉しさを感じていると、笑顔を浮かべたロイがイクトに向かって走ってくるのが見え、イクトはロイに向かって両手を差し出した。そして、ロイがイクトの両手に向かって飛び込むと、イクトはロイを優しく抱き締めながら微笑みかけた。

 

「ロイ、お疲れ! よく頑張ってくれたな!」

「ピカ! ピカ、ピカピカッチュ!」

「ははっ、ありがとうな。でも、この結果に満足せずにこれからも色々工夫しながら頑張っていこうぜ!」

「ピカッ!」

 

 イクトの言葉にロイが拳を軽く握りながら答えていると、アーサー達と共に観客席から降りてきていたシアがイクト達に近付き、にこりと笑いながら声をかけた。

 

「お疲れ様、二人とも! すっごく良いバトルだったよ!」

「うん、ありがとう。けど、結構ギリギリではあったし、戦い方や技の組み合わせとかをロイやレド達と一緒にまだまだ考えていかないと」

「くく、その気持ちはわかるが、今は素直に喜んでおいて良いと思うぜ?」

「そうだよ、イクト君。それと、頑張ってくれたポケモン達を労うのも忘れずにね」

「はい!」

 

 アーサーとリアの言葉にイクトが返事をしていると、クチートをモンスターボールにしまい終えたルキアがゆっくりと近付いてくるのが見え、イクトはルキアに向かってペコリと頭を下げた。

 

「ルキアさん、ジム戦ありがとうございました」

「こちらこそ良いバトルをありがとう。まさかクチートの大顎にロイが隠れてるとは思わなかったけど、いつの間にそんな指示を出していたの?」

「指示は出してないですよ。あれはロイが自分で考えてやってくれたんです」

「ロイが?」

「はい。さっきのように俺があまり指示を出せなそうな時には、相手や状況を見て自分で判断をするように頼んであるんです。なので、俺はロイがクチートの大顎に隠れてるのを見つけて、それに合わせた指示を出しただけです」

「なるほど……図鑑のテキストを参考にしたりポケモンが自分の考えで行動したり、貴方達の戦い方は本当に面白いわね。ジムリーダーとしてすごく勉強になったわ。さて……それじゃあそろそろあれを渡しましょうか」

 

 そう言うと、ルキアはポケットから銀色に輝く四角いバッジと紺色のケースを取り出し、それをイクトに手渡した。

 

「はい、このジムを突破した証。メタルバッジとバッジケースよ」

「ありがとうございます、ルキアさん」

「どういたしまして。他のジムリーダー達も強いけれど、貴方達ならきっと勝てると思ってるわ。頑張ってね」

「はい!」

 

 イクトは元気よく返事をすると、腰のベルトからレド達のボールを外し、次々とスイッチを押した。そして、レド達がモンスターボールから出てくると、その光景にシアは首を傾げた。

 

「レド達を出してどうしたの?」

「せっかくだから、みんなで喜びを分かち合いたくてさ」

「くく、なるほど。お前さんらしい考え方で良いと思うぜ?」

「ありがとうございます。でもまずは……ロイ、レド、本当にお疲れ様。二人のおかげでバッジをゲット出来たよ。本当にありがとうな」

「ピカッ!」

「カゲ」

「そしてリィル、オルタ、今回はジム戦には参加させられなかったけど、次からはお前達にも頑張ってもらうかもしれないから、その時はよろしくな」

「ダネ」

「ゼニ!」

 

 ロイとレド、そしてリィルとオルタがそれぞれ返事をした後、イクトは嬉しそうに頷いてから手の中にあるメタルバッジを指で掴み、天高く掲げた。

 

「よし……メタルバッジ、ゲットだぜ!」

「ピッピカチュウ!」

「カゲ!」

「ダネ!」

「ゼニゼニー!」

 

 イクトの声に合わせてロイ達も喜びの声を上げた後、イクトがバッジケースにメタルバッジをしまっていると、ルキアは不思議そうな様子で辺りを見回した。

 

「それにしても……イクト君の力を見たいっていうポケモンはどこから見てるのかしらね?」

「たしかに……相棒、それらしい気配は感じるか?」

『……うん、入り口の方から強い気配を感じる。たぶんだけど、今こっちに向かって向かってきてるのがそのポケモンだよ』

「こっちに向かってきてるって……え、それじゃあ──」

 

 リアが驚いた顔をしながらバトルフィールドの入り口へ視線を向けたその時、自動ドアがゆっくりと開き、一匹のポケモンが静かに入ってきた。

 

「あれが……気配の主……」

「でも、あのポケモンはセレビィじゃないよね……?」

「うん。イクト君、君はあのポケモンが何かわかるんじゃないかな?」

「……はい。実際に見るのは初めてですけど、姿と名前は聞いた事があります。あのポケモンは──」

 

 ポケモンがイクト達に視線を向けてくるのを見ながらイクトはその名前を口にした。

 

「いでんしポケモン、ミュウツー」




第4話、いかがでしたでしょうか。ミュウツーがイクト達の前に姿を現したのは何故か。それは次回明かされるので予想をしながら待っていて頂けるとありがたいです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくおねがいします。
それでは、また次回。

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