Auf Regen folgt Sonnenschein.   作:炸裂プリン

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Auf Regen folgt Sonnenschein.

「・・・・・・わらわを受け入れられぬ、と?」

 

 熱量を孕んだ小さな声が、二人きりの部屋に寒々しく木霊した。

 果たして、頬を艶やかな桜色に染めた彼女。黒十字帝国学連(シュバルツクロスライヒ)に籍を置くDOLLS《VIII号戦車 マウス試作A0型》――通称〝マウス〟の顔色は、意味の擦り変わった〝赤色〟へと変化した。

 先程までの桜色――春の彩りで飾った頬が表していたのは、新たな始まりの予感。その小さな体躯に積んだ大きな想いを以て、この始まりの桜花を芽吹かせようとした彼女は、彼女の恋という名の蕾は、花弁のひとつすら開くこと叶わず。()()()と落とされてしまった。

 きっと受け入れられると思っていた。

 己の矮躯を、童子のような――実際、童子そのものなのだが――舌足らずな言動を知って尚、侮ること無く。尊大で不遜で厚顔な振る舞いも、自身の使役者で現想い人たる代理人(エージェント)はなんでもない様に受け入れた。

 共に戦場を駆ける戦友。一人の戦士であると認め、数多の災獣(リセッター)を撃滅した。

 

(そう。そうだ。あの時だって、否、あの時からわらわの胸中は、お前を視界に入れる度に熱く苦しく、けれど心地良い鼓動を打つようになったのだ)

 

 黒鉄の轍、火砲の流星、死の芳香が支配する死線(せんじょう)のただ中で、武装たるARMSが破壊されたあの日。一週間と二八時間五二分十一秒もの時を身を寄せあって過ごした。この時間は、マウスの胸の奥底で眠り疼いていた〝熱〟を自覚させるには十分過ぎた。

 自分のことなど捨て置けと、代理人さえ生きていれば自分が破壊されようと、また同じ記憶を持った自分(マウス)が再配備されるからと、そのように訴えても代理人は聞きやしなかった。

 それ所か、頑なに踏みとどまった。

 

『ここでそれを許したら、今日のこの日まで、ボクと歩んでくれたマウスは、もう二度と戻ってこない。ボクが隣を歩みたいと、この命を預けたいと思ったマウス(キミ)が消えるというのなら、そして、例え今のキミの記憶を継いだマウスが配備されたというのなら、それは不出来なスワンプマンでしかないんだ。マウス、ボクはここで、この死線で血塗れになりながら、泥を啜りながら、鉄クズに埋もれて隠れながら共に生きようとする、今僕の目の前にいるマウス(キミ)じゃなきゃ嫌なんだ』

 

 煤に血に汚れた顔のまま、無理やり作った笑みで捲し立て、思考回路の一遍まで溶けてしまいそうな、災獣の凶悪な火線よりも熱い抱擁がマウスを包む。体の芯まで届くその温もりに、彼女は己の心中で燻る〝何か〟に火が灯されたのを感じた。

 無事に救出されてから数週間と少しの時が経つ間、胸の中で脈動する〝疼き〟を知るためにマウスは只管(ひたすら)にライブラリ内の情報を漁った。恋だの愛だのムズ痒い単語が出てくる度に、何故か身体の熱量が上がる事だけは判明した。

 システム異常を疑ってメンテナンスも行った。結果は正常どころか、むしろ好調を指し示し、戦場で上げる戦果は以前に増してより圧倒的なものとなった。戦闘中、後方で指揮を執る代理人を想うだけで身体が軽くなる感覚と、戦闘後に、痛みも疲労も代理人と顔を合わせるだけで薄らぐ感覚がマウスをより一層混乱させた。

 

『それ、恋じゃないですか・・・・・・?』

 

 〝それ〟を自覚する切っ掛けは、唐突に訪れた。いやあるいは、既に気付いていた想いに、第三者からの発言で漸く己の感情を認めることが出来たのかもしれない。

 Cityへ帰還する装甲車両の中で、常に同じ部隊で背中を任せている中戦車型DOLLS《III号戦車F型》――III号からの『最近とっても調子いいですね!』という賞賛の声に意気揚々と理由を語り、返ってきた反応がこれだった。

 

『――は?』

 

 素っ頓狂な声を上げるマウスは、マウスの隣で――マウスの心中は遠心分離機にかけられたニトログリセリン並だと言うのに――静かな寝息を立てる代理人と、何か素敵なものを見付けたように目をキラキラさせるIII号を交互に視線に入れると、きっかり三秒経過させた後、顔を真っ赤に染めた。

 なるほど。普段の彼女からは考えられないほどの小さな声は、出撃部隊の雑談の声で騒がしいはずの車内で、驚くほどよく響いた。

 それからマウスは、信頼するIII号戦車に恋の相談を半狂乱になりながらも敢行し、何故か以前までの接し方が分からなくなってしまった代理人と同室で挑む執務に四苦八苦し、気付いたら大量に隠し撮ってしまった代理人の記録データの処理に困り――そして、メシアと仲睦まじげに笑みを浮かべて語り合う代理人を、そんなメシアと代理人に仄暗い感情を抱く自分を知り、彼女は、マウスには代理人の〝特別〟になりたいと言う想いが芽生えた。

 そこからの彼女は早かった。

 代理人と今日に至るまで築き上げてきた信頼関係と、代理人が見せる穏やかで柔らかな表情が、自分以外では恐らく――少し忌々しいが――メシアくらいにしか見せないであろう表情を幾つも見てきたからこその自負。

 プライベートの時間を共に過ごした回数は星の数。

 

『代理人、わらわはおまえが好きだ。指揮者としてのおまえではなく、代理人としてのおまえでもない。おまえという一人の人間を愛している』

 

 故に恋の成就を確信し、想いを告げるに至ったのだが――。

 

 〝・・・・・・ごめんなさい。ボクはキミの想いに応えられない。ボクは、キミを恋愛対象として見られない〟

『――は?』

 

 玉砕。そして冒頭に戻り、場面は今に切り替わる。

 

 ――熱くアツくあつく、射撃直後の一二八ミリ砲が如く赤熱する頬と、好意を拒否されたという事実を認識したくない思考が、代理人と送った愛しい日々を走馬灯のように脳裏に映写していく。

 

「・・・・・・否だ」

 

 重戦車DOLLS〝マウス〟は、脳内でスパークする苛烈な恋心の止め方が分からない。

 

「断じて否だ!!」

 

 故に、彼女の発展途上の感情(初めての恋心)は彼女の持つ最も信頼出来る方法で、この不測の事態を解決させようと暴走する。

 ――マウスの声に応じて鋼鉄の躯体が起動する。

 代理人から心の底より信頼されている彼女には、一部の権限の行使が許可されている。

 すなわち、代理人不在時の一部指揮権の行使。緊急時のARMS起動の許可。代理人の承認無しにARMSを動かせる、この要塞都市(City)で唯一の存在が彼女だ。

 ――鋼鉄の躯体が疾走する。

 格納庫のハンガーで拘束された怪物のような四脚の重戦車が、障害物(壁という壁)を破砕してマウスの背後に辿り着く。

 

「なぜだ。なぜ、わらわの想いに応えてくれない。わらわの期待に、応えてくれない。言ってくれたでは無いか、わらわが良いと。おまえの目の前に立つわらわが、わらわだからこそ傍にいて欲しいのだと」

 

 舞い散る粉塵にむせながら、無機質なバイザーゴーグルが映し出す鋼の巨獣を視認する代理人。

 最初に上がった声は、助けを呼ぶ声でなく、彼女を叱責する声でもなく、只々優しく、泣きたくなるほどに穏やかな彼女(マウス)の名を呼ぶ声だった。

 

「〜っ。うるさい! うるさい、うるさい、うるさいっ!!」

 

 ――鋼鉄の躯体は咆哮する。

 

「わらわを拒絶した声で、わらわの想いを否定した声で、わらわを呼ぶなっ。この――」

 

 小さな彼女が大きな武装に溺れるように乗り込めば、雄叫び――大型の獣にも似た起動音――を上げて超重戦車が目を覚ます。

 大口径の砲塔は、上を向いた(安全装置を外さぬ)まま動かない。動いたのは脚部だ。

 ただの人である代理人にとっては――否、大抵の存在にとって驚異でしかない巨躯が、凶悪にして強靭な履帯の着いた二本の前脚が、猛獣の爪牙が如く襲い掛かる。

 その暴挙に、代理人はバイザーの下で目を見開き、しかしこの場を収めるためには、受け入れる他なかった。

 

「――痴れ者がっ!!」

 

 ガギン!

 

 脚部先端に着いたクローアームが、容易く壊れてしまう代理人(にんげん)の両腕を捉え、簡素な床を砕きながら押さえ付ける。

 骨が悲鳴をあげ、鋼の爪に締め上げられた柔肌は破け、白い制服を赤く染めていく。

 逃げ場を失った痛覚が、代理人の口から呻き声となって溢れ出た。

 ARMSが要塞内を無遠慮に駆け抜けた代償に鳴り響いた警報が、二人の耳には嫌に遠くから聴こえていた。

 

「代理人、何度も言ったはずだ。わらわの前に障害などありえんと。わらわの意思を捻じ曲げる存在など、圧倒的な力をもって排除すると」

 

 マウスの心中で(せめ)ぎ合う理性と感情が、彼女の思考を鈍化さていく。

 ゆっくりと傾けた機体の上、代理人に顔を近付けるマウス。熱に浮かされた視線で、妖しく危うげに揺らめく眼で、血の匂いと嗅ぎなれた愛しい人の香りに酔う瞳で、今も抑えの効かない暴力的なまでの恋愛感情が生み出す涙で、次第に荒れていく息遣いで、飛び出してしまいそうな心臓を押さえる胸元に添えた小さな左手で、苦悶に歪む代理人の頬を柔らかく愛おしげに撫でる右手で、全身全霊で、代理人に向けた己の中で吠え立てる想いを示そうと、受け入れてもらおうと、マウスは倒錯する。

 

「代理人、もう一度言う。もう一度だけ告げる。返答はひとつ以外ありえない。それを間違えれば、代理人――おまえの命と()()()()()の存在は消える。良いな。・・・・・・よいな?」

 

 ゆっくりと頬を撫でる右手が、苦痛に滲む汗で張り付いた前髪をゆるりと払い除ける。

 

「好きだ、愛している。この先、幾度の戦場を焼き払い、死線を蹂躙し、常勝することを約束しよう。絶対の安全と必然の恋慕を与え続けよう。望むのなら、望んだだけのものをわらわは勝ち取ってこよう。故に、わらわを、わらわだけを必要としろ(愛してくれ)

 

 万感の想いを込めた言の葉は、露になった代理人の額に唇とともに落ちてきた。

 ぼんやりと、いつの日か共に見た恋愛映画のワンシーンにこんなのあったな、と。痛みで気をやることも叶わない代理人は、額に感じる温かな感触にマウスの恋情が本物であると改めて理解した。

 ――それでもと、代理人はかぶりを振り、否と告げる。

 その想いに応える訳にはいかないと、努めて穏やかに。熱く煮えたぎる感情のマグマに溶けてしまいそうなマウスを、信頼する大切な仲間(かぞく)を傷付けないよう、固く握った拳を、その指の一本一本を解きほぐすように優しく語りかける。

 どのような切っ掛けがあって、マウスの感情が爆発したのかは代理人には分からない。なぜ自分に恋心を抱いたのかも。しかし、その初めて自覚した強すぎる想いを制御しきれず苦しんでいることは理解出来た。

 故にこそ、代理人は真剣に向き合い、応えるのだ。

 同情や、この場を諌めるために告げる口先だけの愛ではなく、またCityの規則に縛られる代理人としてでもなく、一人の人間として、マウスが望んでやまないたった一人の存在として答えを示した。

 

「――」

 

 それを見たマウスは、それを聞いたマウスは、先程までの苛烈さが夢であったかのように治まり、はらはらと涙を――恋に喘ぐ涙ではない。悲しみにくれる涙だ――代理人の顔に降らせた。

 雫のひとつが、マウスの唇が触れた額に()()()と痕を残す。

 

「・・・・・・な、ぜ。なぜだ」

 

 僅かに軋むマウスの感情に反応したARMSの前脚が、代理人の両腕へ問い掛けるように力を込める。

 より深く食い込んだ鋼鉄の爪によって押し出された血が、赤黒く染まった制服の袖へ新たな色を足した。しかし、もはやどこからが古い血の色なのか判別はできない。少々血の匂いが濃くなった程度であるが、それすらも今の二人にはどうでも良い事だった。

 苦痛の声を噛み殺した代理人は、これを不可抗力と判断し、防衛本能が上げようとした悲鳴を黙殺した。

 

「わらわの、わらわは、わら、わが・・・・・・な、んで――どうして、だめなのだ。わっ、わらわが、どーるだか、だから。か? おまえとおなじ、っ。同じニンゲンじゃないから・・・・・・兵器だから?」

 

 温かく寂しい雨に降られながら、代理人はマウスに告げる。

 それは違う。と。

 もしも真にそう思っていたのなら、自分は君を、君たちDOLLSを、最初に配属されたボクにとってのたった一人(オリジナル)を、今日まで大切に守ってこなかっただろう。早々に戦場で使い潰し、同一個体の量産を繰り返し、災獣との戦いに君たちだけを送り続けただろう。

 君たちを仲間(かぞく)とは呼ばず、DOLLSなんて言う無機質で味気ない呼び名を使い続けただろう。

 君たちは、少なくともボクにとっては人間と変わらない。泣いて笑って怒ってまた笑って――笑い合える隣人。だから、君の想いを受け取れない理由にはならない。

 雲間から差し込む陽光のような声音で、代理人はマウスへ言葉を紡いだ。

 

「では、ではわらわが、っぐす。わらわが子供のカタチをしているからか。おまえに相応しい姿でないか、っ。ないからっ」

 

 それも違う。代理人は告げる。

 そもそもボクに相応しい姿なんてありはしないし、君の姿は、その愛らしさをボクは好いている。小さな体で一生懸命ボクの手伝いをする姿も、怠慢を許さず手を抜こうとする僕を許さない厳しさも、戦場で見せる苛烈な顔も、プライベートで見せてくれた穏やかな表情も、何一つボクの隣で相応しくない要素はない。

 だから君という存在は、無敵の超重戦車“マウス“は、胸を張ってボクの隣にいて欲しい。

 優しく撫でつける柔らかな風のような声が、マウスの心に吹き抜ける。

 

「ではなんなのだ。なぜ、わらわはダメだったのだ・・・・・・!」

 

 荒れ狂う心が穏やかな波を打ち始め、涙で頬を濡らしながら問い掛けるマウスに、代理人はひとつ息を吸い込むと、凛と張り詰めた空気を纏い、口を開いた。

 マウスは、とうとう好意を否定された理由が来ると、聞きたくないと叫ぶ心中をどうにかこうにか押し止めて、未だ愛おしさの収まらないその人の声を待った。

 

 それはね、マウス。

 

「っ」

 

 ボクが女だからだよ。

 

「――・・・・・・?」

 

 ボクが、君と同性の女だから。

 

「・・・・・・は?」

 

 うん。ごめんねマウス。ボク、こんな一人称してて男みたいに真っ平らな体で男性用の制服着てるけれど、れっきとした女で、レズビアンでもバイセクシャルでもないから、君の想いには応えられないん

 

 マウスはARMSの脚部へ拘束する力の保持指令を出した。

 

 

「だダダダダダダ!?」

 

 眼下で代理人(愛しい人)が情けない悲鳴を上げる。

 たしか、ライブラリで見かけた大昔の拷問器具にこんな様な物があった気がする。

 

「なんでえ! なんで急に出力上げるのマウスちゃーん!」

 

 さっきまでの気丈で凛とした声音はどこへ隠してしまったのか、情けない悲鳴を上げて困惑する最愛の人。

 そんなサマを見ているのに、相変わらず胸の中でざわめく恋愛感情に、いやむしろそんな情けない姿もイイと思ってしまっているわらわは、脳内で乱舞する疑問符と胸の底から込み上げてくる名状し難い感情に身を震わせた。

 

「マウスちゃん! ねえちょっとマウスちゃん!? 腕、ボクの腕が出しちゃいけない音出してる! ギリギリギリぶしゃーぐちゃぐちゃっていってるよお!」

 

 知らん。そも、もう痛みが発生する様な力は込めておらんわ痴れ者め。

 

「ぐわあー! 掴むのならもちょっと下! 左腕の肘から下の義手部分だけにしてぇ! なくなっちゃう! このままだと左肘の下だけじゃなく両腕の肩から下が機械化されちゃうー!?」

 

 いっそパイルバンカーでも作動してやろうか。この脳みそマウス(スナネズミ)サイズが。

 

「ひぎぃ、無理無理ムリむり! バッツンってしちゃうっ。両腕がパージされて受動的ロケットパンチしちゃう!?」

 

 おまえ、わざとやっているな?

 

「うん。だってマウスちゃんが本当にそんなことしないって信じてる(分かってる)し。さっきまでの混乱したマウスちゃんなら万に一つの可能性でやっちゃうかもだけど――今のマウスは、〝ボクの良く知るいつものマウス(キミ)〟にしか見えないから」

 

 ――。なんだ、それは。

 意味が分からない。さっきまでのわらわと、今のわらわで何が違うと言うのか。

 わらわは変わらずおまえが好きで、愛おしくて、触れたくて、触れて欲しくて、独り占めしたくて、独り占めされたいと思っているのだぞ。

 

「うん、ありがとう。そう想ってくれてるのは素直に嬉しいよ」

 

 微笑む彼女を、アームの拘束から解放する。

 見慣れた鋼鉄の爪は、見慣れない愛しい人の血で鉄錆色に染まっていた。

 

「よっこいせっ、と」

 

 立ち上がる想い人は、両腕から流れ続ける鮮血をそのままに、血が不足した青い顔のままヨタヨタと倒れそうになる。

 危ない!

 

「おっとっとぉ。へへっ支えてくれてありがとー。流石はボクの無敵の副官。マウスのARMSは頼りになるね」

 

 支えるために咄嗟に突き出した左前脚(アーム)を労わるように撫でる。そのアームは、つい先程までおまえを苦しめていたというのに。クローの先には、酸化し凝固しかけているおまえの血が着いているのだぞ。

 見てみれば、負傷した両腕からはチラチラと白いものが見えていた。

 ・・・・・・。わらわは、今まで何を。

 自分の仕出かしたことの重大さに今さら恐怖する。

 ああ、ダメだ。わらわは何をしてしまったんだ。大切な人なのに、護りたい人なのに、そばにいたいひとなのに、なのにわらわは己のよっきゅうを満たしたいがために自分勝手におもいをぶつけてあまつさえこのひとをふかくきずつけたダメだこんな欠陥品がこのひとを護れるハズがないこの人が隣を歩みたいと言ってくれたわらわじゃないならこんな酷いやつは消してしまおうそうだ愛しい人を傷つける奴はわらわが消し飛ばしてやらなきゃ――こいなんてするんじゃなかった。

 火器管制システムを起動。安全装置解除。砲塔を起動。長砲身をパージ、回頭。同時に脚部アームクローを再起動。攻撃目標、〝マウス〟に設定――

 

「ねえ、マウス」

 

 頬に温かなものが添えられる。

 いつの間にか落ちていた視線はその温もりに引き上げられ、自分自身に向けて動こうとしていた砲塔は、間に割り込んだ愛する人によって可動を阻まれた。

 

「人を好きになるのって凄いよね」

 

 ゆっくりと、それこそ幼子にそうするようにわらわの頬を撫でる大切な人。

 震えるほどに冷えきり、自己嫌悪で圧壊してしまいそうな胸の中が、じんわりと温められていく。

 

「本気の本気で好きだーってなると、それが分かっちゃうとなりふり構っていられなくなっちゃうよね」

 

 諦めの悪い砲身が、未だに背後で発射する機会を伺っているというのに、彼女はわらわに向けて笑いかけた。

 美しい、愛らしい、愛おしい笑顔だった。

 わらわが好きな、慈愛と親しみを込めた穏やかな笑みだった。

 

「ボクも経験あるから分かるよ。初めての恋って、どうしたらそれが叶うのか分からなくて、分からないけど何とか想いを伝えたくて、だけどやっぱり伝え方が分からなくて――好きな人に好きになって欲しくって、ちょっぴり暴走しちゃうんだよね」

 

 語りかけながら、ARMSとの接続をひとつひとつ解除していくわらわの大事な人。

 血まみれの手が最初に切り離したのは、火器管制システムだった。

 砲塔が力なく下がっていき、この矮躯(わらわ)を、彼女にしたように締め砕こうと思案していた脚部クローユニットとパイルバンカーが、糸を切られた人形のようにへたり込む。

 

「マウスの想いには応えられないけど、ボクはマウスが、最初に仲良くなった大切な家族が、またひとつ成長してくれたことがとても嬉しいんだ」

 

 とうとうARMSの制御システムが全て彼女の手中に収まった。

 一つ息を吐いた彼女は、わらわを固定するリニアシートに手を差し入れ、ゆっくりと抱き上げてくる。

 

「だから、自分を嫌いにならないで。自分を要らないと、ボクのそばに居る資格がないと貶めないで」

 

 ぎゅうと痛々しい両腕で抱きしめられれば、濃い血の匂いに混ざって大好きな優しい匂いが鼻腔をくすぐる。どういう訳か、視界が歪んで滲んでいく。

 

「恋を悪いものだと決めつけないで」

 

 より強く、しかし弱々しく抱き寄せられた頭が、愛しい人の胸元に埋まる。

 止め方が分からない涙が、血の滲んだ彼女の服へ透明な染みを作っていく。

 

「ボクはどんなマウスでも、マウスにどんなことをされても、絶対に嫌いになんてならないから」

 

 うるさい。うるさいうるさいうるさい。

 それ以上喋るな痴れ者め。戯け者め。もっと好きになってしまうだろう。この気持ちを胸の奥底に封ずることがデキなくなってしまうであろう。

 

「無責任で酷いことを言うけど、ボクを好きなことを諦められないなら、そのままでも良いよ」

 

 まったくだ。まったくもって酷い話だ。

 この女は、わらわにずっと報われない恋をし続けろと言っている。

 もう無理だ。わらわはおまえを好きで居続けるぞ。愛おしいと想い続けるぞ!

 

「ボクの〝好き〟は、きっとマウスの〝好き〟とは違うものだけど、でも傍にいて欲しいって気持ちに嘘はないから。護りたいって気持ちは、マウスと同じだと思うから。人を好きになった人は、強くなれることを知っているから。だから強くなれるマウスが隣で笑ってくれるように、強くなったマウスが誰にも倒されないように、ボクの傍にいて欲しい」

 

 同じなものか阿呆め。おまえの好きよりわらわの好きの方が圧倒的に強いに決まっている。

 

「でもまさか同性に、それもマウスみたいな可愛い子に惚れられるなんて思ってなかったなあ・・・・・・」

 

 急に褒めるな照れる。

 ・・・・・・おまえが女であるなんて、出会った時から知っておったわ。

 わらわを何だと思っている。DOLLSだぞ。視覚情報のみならずCityのライブラリに自由に接続できる。おまえの情報なんぞ好きに覗けるわ戯け。

 ――それでも、わらわは好きになったのだ。同性であっても、どうしようもなく愛おしく想ってしまったのだ。

 自覚してから今日に到るまで、そして明日からも、わらわはこの想いを捨てられない。

 捨てる気もない。

 言われるまでもなく、おまえの傍でいつまでも何処でも笑ってやる。

 そのかわり、

 

「・・・・・・」

 

 おまえは何時か、わらわに惚れろ。

 

「・・・・・・!?」

 

 わらわはおまえに惚れ込んだ。心の底から愛している。

 きっとこれが、あー、なんだっけ。ライブラリに載っていた昔の言葉・・・・・・ああ、そうだ。〝ゾッコン〟と言うヤツなのだ。

 

「え、へ!?」

 

 故にわらわに惚れろ。

 わらわの隣に居続けるおまえは、わらわの力に酔いしれ、わらわの凛々しい姿に陶酔し、わらわを褒め称え――そして惚れるのだ。

 

「なにそれ、ちょっと理不尽というか、意味不明というか」

 

 おまえの過去も調べて知っている故、深くは言わんし強制もせん。

 せんが、わらわの片想いを放置して傍に置くのだ。それくらいのリスク・・・・・・否、報酬を期待させてもらわねばやってられん。

 それに、

 

「・・・・・・それに?」

 

 惚れた弱みという言葉が示す通り、惚れさせてしまえばこっちのモノだからな。ふたつの意味で。ふははっ!

 

「わーお、凄い子に惚れられちゃったなボク」

 

 何を今更。

 さて、童子のように騒いで傷付けて、蹂躙して、何だかすっかりスッキリしてしまった。

 

「それは良かった。今のマウス、すっごい良い顔してるよ」

 

 当然。全てを受け入れたわらわは、最強にして最高の超重戦車〝マウス〟であるからな!

 

「ははは、さっきは死ぬほど落ち込んでたくせに、立ち直り早すぎでしょ」

 

 ええい、やめろ! 気安くわらわの頭を撫でるな!

 

「えー?」

 

 と言った先からやめるな痴れ者め! もっと撫でろ!

 

「えぇー・・・・・・?」

 

 こら、腕を無理に動かすな! 怪我をしているんだぞおまえは!

 

「えぇ、どうすれば良いのさ・・・・・・」

 

 ・・・・・・痕に残りそうだな。すまん。

 

「いいよ。どうせ元から左腕も左眼もどっかいっちゃってるし。傷跡の一つや二つ、増えたところでって感じだよ」

 

 ・・・・・・すまん。

 

「んー、ボクは気にしてないんだけどな・・・・・・。ならさ」

 

 ん。

 

「ちょっと激しいキスマークってことで良いんじゃないかな」

 

 キッ・・・・・・!?

 

「こう、傷痕の文字にルビ振って傷痕(キスマーク)みたいな。ボクはマウスちゃんに予約されてますよー的な? まあボクはノーマルだから〝そうなる〟か分からないし、こんな文字通りのキズモノ事故物件、欲しがる輩はいないと思うけど」

 

 おまえは本当に・・・・・・。

 

「ンん。なになにどうしたのマウスちゃん。ボクの平たい胸に顔埋めちゃって」

 

 絶対にわらわに惚れさせる。

 

「えぇ、どうしたのそんな改まって」

 

 おまえはわらわのモノにする。そしてわらわもおまえのモノにしてもらう。

 絶対。絶対にだ。今決めた。

 

「・・・・・・ボク、一途で諦め悪いからマウスの事は家族以上に思えないかもしれないよ」

 

 くくっ。望むところだ。

 わらわを誰だと思っている。

 

 わらわこそ超重戦車、VIII号戦車マウスだ。

 過去の恋など、わらわの想いへ発破をかける舞台装置でしかないわ! ふはははははっ!!

 

 ・・・・・・愛する人よ、わらわの大切なそなたよ、わらわの恋路を存分に見るが良い!

 そして、そしてきっと、わらわの想いに、応えさせてみせるからね。








Auf Regen folgt Sonnenschein.(雨の後、太陽の光が照らす)



 損害及び代理人(エージェント)への攻撃的行動は、外部に漏れないようメシアさんがなんとかした(握り潰した)ようです。
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