Auf Regen folgt Sonnenschein. 作:炸裂プリン
装甲列車が帰ってくる。
金属同士が擦れ合う聞き慣れたブレーキ音を響かせて、この荒廃した世界で唯一の物資輸送・調達の手段が同胞を乗せてゆっくりと腰を落ち着けた。
貨物車両と護衛車両が多く連結されているそれは、今回の遠征目的が物資の大量運搬にあることを周知させた。
武装したDOLLSの搭乗を前提に造られたこの車両は、災獣出現前に稼働していたという列車の資料と比較すると、あまりに巨大だ。それこそ、中型の災獣程度なら轢殺ないし弾き飛ばすことが出来るのではないかという程に。
果たして、そこから顔を出したのは、無骨な武装車両に似つかわしく無い少女たちだった。
みな、怪我ひとつなく。自身達が持ち帰った戦果の内訳を語り合っているのか、遠方から分かるほどに喜色と笑顔で彩られていた。
そんな楽しげな情景を、わらわはDOLLS用に建てられた寮舎に続く階段に腰かけ眺めていた。
「・・・・・・む」
姦しく談笑を続ける同胞たちから、一層楽しげな歓声が上がった。視覚機能を望遠に切り替え見てみれば、そこにはわらわの想い人が停止場に現れていた。
遠征から帰ったDOLLSの出迎えは、彼女が欠かさず行っている日課のひとつである。
「お前たちは楽しそうで良いなあ・・・・・・」
この距離では聞こえるはずもない、自分でも耳を疑う情けない呟きは、乾いた空気に溶けて霧散した。
謹慎処分。代理人と、この部隊の施設へ少なくない被害を及ぼしたわらわに伝えられた処遇がこれである。
やったことに対する厳罰があまりに軽い。良くて〝再調整〟、最悪〝再配備〟を考えていたのだが、なんとも拍子抜けする結末であった。
血塗れのまま、やんわりと弧を描く唇で「マウスとボクとメシアさん、三人だけのヒミツね」などと、その発言に呆然としながら情報操作を行うメシアの前で言い放った時には、自分が押し倒した拍子に、頭の大事な部分を壊してしまったのではないかと嫌な汗がドッと出たのが五日前。
各学連と教会関係者に伝わる前に、メシアが完全に握り潰したはずの情報を、さもそれが当然であるかのように知っていたグレーテルが、代理人の怪我を指さしながらサディスティックな笑みをわらわに送り、次なる任務を伝えに来たのが三日前で、その場に居合わせたIII号がブラウトップの湖面のような青い顔で倒れ、II号戦車C型が明確な殺意を持った目でわらわを射抜き、
二日前には包帯の巻かれた痛々しい腕を制服で隠した代理人が、心配するレオパルドにまとわり付かれながら困ったような嬉しいような笑みを浮かべ、廊下で出くわしたわらわに小さく手を振ってくれた。当然、レオパルドには低い唸り声をぶつけられたが、然もありなん。わらわはそうなって当然の行いをしたのだ。甘んじて受け入れた。
意外だったのは、わらわの愚行がこの基地内で噂されていないことだ。
単にわらわを前に話していないだけかと思ったが、規律や代理人への想いを大切にする者が多くいるこの部隊で、それは有り得ない。それこそ、事件の全貌を知ったレオパルドの様に・・・・・・とまではいかないが、或いはII号の様に明確な敵意を向けてくる者が必ずいる。想像の話ではない。確実に居るのだ。
だと言うのに何の音沙汰もなく、それどころか脚本・代理人、添削及び投稿・メシアで行われた「災獣を神と信仰する過激派宗教の侵入者が行なったテロと、それから何とか代理人を守り通したマウス」などという誰が見ても不自然極まりない雑な情報操作を信じるものが多い。また、謹慎処分を下されたのも護衛も兼ねた副官でありながら侵入を許し、あまつさえ小さくない傷を代理人に負わせた為と説明もされていた。
自分の犯した罪が責められる所か称えられてしまい、その度に胸の奥が酷い火傷を負った様にじくじくと悲鳴を上げた。しかし、何故こんな報告を信じたのか。
・・・・・・この謎を究明したのが我が戦友・III号戦車。彼女曰く「探りを入れられる前に、II号さんがこの情報が事実であると説き伏せたんですっ。その時の気迫と言ったら、戦場に赴く代理人さんの様でした」との事。
五日前には物理的な影響力が付与されそうなほど強烈な殺意を視線に乗せていたというのに、それはまたどういう訳か考えていれば「代理人を悲しませない為よ。とても、ええ、それはもうとっっっっっても不服で不満で遺憾ではあるけれど、私より長く傍に居るアナタが〝消える〟と代理人は文字通り死ぬ程悲しむわ。これは予測でもなんでもない、紛れもない事実。――だから〝手伝った〟のよ」謹慎中のわらわに代わり副官に任命されたII号が、宙空に副官権限を与えられた証明たるIDを見せ付けるように表示させながら、III号と食事を摂っていたわらわにそう告げ、「あと、
「この刑罰、しっかりと効いているぞII号」
そして現在。誰に聞かせるわけでもなく、吐き出すように呟いた言葉は、やはり乾いた空気に拐われて消えていく――「あら、それは良かった」ことはなく、随分と聞き慣れた声の持ち主に拾われたようだ。
「・・・・・・II号か」
「今はマルダー・・・・・・まあ、好きに呼ぶと良いでしょう。どちらにせよ、私が私であることに違いないのだし、明日には
手入れの行き届いた髪を靡かせ、ふわりと遠慮なく隣に座ったのは、悩みの種を高笑いしながら振り撒いた――というのはわらわの勝手なイメージなのだが、まあ間違っていないだろう――銀灰色の少女だった。
「気軽に近寄るのだな」
「もう一週間も経つのよ。流石に怒り続けるのも疲れます。そんな事に気を揉むより、どうすれば災獣を効率良く且つ激的に殲滅できるかを思案する方がよっぽど有意義で、代理人の為になりますもの」
それに。と、したり顔で続けるII号戦車が指先を踊らせた。「明日までとは言え、代理人の傍に居られるのですから、ストレスになる感情など、刹那で忘れてしまいますわ」指先がなぞる宙空に投影されたディスプレイには《adjutant》の文字が添えられた、彼女を〝この部隊所属のII号戦車〟と証明するIDが記されていた。
「〜♪」
副官の文字を嬉しげになぞるII号に、胸の奥が黒々と疼いた。・・・・・・いかん、時間を置いて冷静になったと思ったが、どうやら未だわらわの恋心とやらは幼いままのようだ。これが俗に言う”嫉妬心”というモノなのだろう。
「〜♪♪」
こちらの胸中など知らないII号戦車が、見せびらかす様に再度指を踊らせた投影ディスプレイに表示されたのは、彼女の記憶領域に作られた記録フォルダだ。何やら細分化されたそれらは、外での風景や、気に入った食事、仲間との日常風景等を撮影して残しているのだろう――!?
「なあ、II号戦車よ」
「なにかしら? マウス」
「それはなんだ」
「〝それ〟では分からないわ」
なおも指先で擽るように弄るフォルダの中に燦然と輝くそれは、つい先程まで『参考戦術及び試行戦術ファイル』とタイトルが打たれ、見る限りドナウ川もかくやといった長いパスワード(無論、文字は伏せられていた)で守られたその中には、代理人の画像データが大量にしまい込まれていた。
――この瞬間、わらわの中にあったII号に対する
「隠し撮りか貴様っ」
「ちゃんと許可を貰ったものも有るわよ」
「それはつまり、取ってないのがあるということでは無いか!?」
「あるけど、無許可隠し撮りデータしか持ってない貴女と比べたら、どちらがより誠実かは歴然よね?」
頭の中で零式艦上殲刀姫が「どんぐりの背比べ、五十歩百歩」などとブンブン飛び回りながら呟いたが、何のことだか分からない為、無視することにした。
「なっ、ぐぅ!? 何処でそれを」
「私たちの寮って、防音はされてるけどそこまで優秀って訳でもないのよね」
「III号に〝相談〟していた時か・・・・・・!」
III号に初めて恋愛相談した時は、半狂乱になりながら半ば叫ぶように自分の現状を吐き散らし、彼女に宥められた記憶がある。・・・・・・そう言えば、II号の部屋はIII号の隣だったか。なるほど、自分の感情に振り回され代理人を如何に好ましく想っているか、III号に語った内容も、もしかしたら聞かれていたというわけだ。はっはっはっ。
「最大速度の装甲列車にぶつかれば痛みもなく逝けるだろうか」
チラリと発着場を見遣れば、そこには整備員に点検されぽつねんと佇む装甲列車の姿。どうやら、随分と長い間思考の沼に嵌っていたらしく、帰還した同胞と迎えに来ていた代理人の影も形もそこには無かった。
「待ちなさい。少し弄りすぎたのは謝るから、何なら断片的に聞こえた貴女の〝相談〟内容も外部に漏らさないと約束するから、早まった真似は止めなさい」
照れ隠し半分冗談半分に腰を上げたわらわの手を掴むII号は早口にそう告げた。
どういう事だろう。代理人本人に想いを告げる分には寧ろ晴れやかな気持ちになる――流石に多少はむず痒くなるが――のに、第三者に聞かれると途端に羞恥が先行する。恋とはどこまで複雑で制御が効かないのだ。
それはそれとして、良い事を聞いた。
「・・・・・・今の約束、努努忘れるでないぞ」
「はいはい、絶対に言いふらさない事を誓うわ」
「何に誓う?」
「それはもちろん、私たちの代理人に」
ふわりと微笑むと、II号はわらわの手を引いてその膝の上へ座らせた。
「おい、わらわを童子扱いしていないか?」
「してるわよ」
「貴様、II号!」
「だって、恋心に振り回されて浮き沈み激しいんですもの。自分を制御出来ない、完全な子供じゃない」
「むっ、ぐ・・・・・・。それを言われると、イタイな」
両腕を拘束するように後ろから腕を回し、わらわを抱え込むようにしたII号の体温は、当然ではあるがあの日に代理人から受けた抱擁とはまた違った温かさがあった。
代理人の熱は胸の奥に届く優しく愛おしいものだったが、II号戦車のこれは何処か安心感のある熱だ。III号に次いで共に戦場を駆けた戦友だからだろうか、背を預けることに抵抗はない。
「でも」
わらわの頭頂部に顎を乗せて呟くII号。少々重いが、耐えられないほどでも無い。
超重戦車マウスは、ARMSのみならずわらわ自身も強靭なのだ。
「素直に想いをぶつけられる勢いは、羨ましい限りだわ」
「・・・・・・」
「もうとっくに気付いてるとは思うけど、私も好きなのよ。代理人のこと」
寂寥感を滲ませながら告げる言葉に、わらわは返す言葉が浮かばない。
「どのタイミングで〝そうなった〟かは分からないわ。ただ確実に言えるのは、自覚したのは貴女より先ってこと」
遠く、列車の発着場から甲高い金属音が上がる。次の物資輸送が始まるのだろう。
クロムウェルMK.Iの発する出発の掛け声が、聴覚機能を増強せずともここまで響いてきた。
「とはいえ、僅差かもしれないけどね。何しろ、気付いたのが代理人とアナタが行方不明になった時だもの」
「それは――」
わらわと同じタイミングではないか。驚くわらわの唇へそっと指を当てると、彼女はまた独り言のように呟く。
「戦場で行方知れずになって、
一息。酸素が薄い場所で息継ぎをする様に、II号が深く吐き出したそれが頬を掠める。
吐息が白くならないのが不思議なくらい、それを熱く感じた。
「――私は、この意識・記憶の消去を真っ先に考えたわ」
「なっ」
思わず振り返りそうになるわらわを、II号は強く抱きしめる事で妨げた。顔を見られたくないのだろうか。
「だって気付いちゃったんですもの。
密着した体が、僅かに震えているのを感じる。
きっと、その時の感覚を思い出しているのだろう。・・・・・・戦場で共にあったわらわでは想像だにしなかった、喪失の感覚。どこにいて、生きているのか分からず。それどころか死んでいる可能性の方が高い状態で、続報もなくただ待っているしかない状態。
果たして、それは如何程の恐怖か。励まし合いながらも代理人の生存を最も近くで認識していたわらわでは、その一欠片すら想像できなかった。
「だから〝今の私〟を全て消すことを選んだ。・・・・・・まあ、どちらにせよ代理人が居なくなった時点で、戦闘経験以外の記録は消されるのでしょうけれど、胸の奥がどうしようもなく苦しくて、それに耐えられなかった弱い私は、いち早く逃げることを選んだのよ」
決心したその翌日にアナタと代理人がボロボロの泥だらけで前線拠点にたどり着いて、「ただいま」なんて平然と言ってのけたあの瞬間に恋を自覚したのですけれど。最後に茶化し気味にそう語ったII号戦車は、また吐息をひとつ零すと、わらわの頭に額を――見えないので恐らくだが――グリグリと少々痛みを感じる強さで押し付け、そのまま言葉を続けた。
「・・・・・・好いた相手の生存を信じられず、あまつさえ胸の苦しさに耐えることすら出来ない自分が許せなくて、情けなくて、でもあの人から離れたくないから自罰する事が出来ず――そのくせ、一丁前に代理人を傷付けられたことには腹を立てて、正面から想いを語り合ったアナタに嫉妬して、〝罰を与える〟だとか最もらしい事言いながら、結局は自分の鬱憤晴らしに一方的にアナタを責めて。こんな最低な女が、どうしてあの人に想いを告げられますか」
「・・・・・・」
自傷行為のような独白に、なんと返したら良いのか分からない。
ただ、わらわもII号と同じ状況に置かれたら、きっとそのように考えていたかもしれない。慰めの言葉も、叱責の言葉も、恋に対する経験が皆無のわらわでは軽すぎて、届く所か傷を広げてしまう可能性だってある。
何か言わねばと口を開いては閉じての繰り返し。
――何が超重戦車マウスか。強靭さも重厚さも、言葉と
同じ想いを抱く戦友を、きっと暗い顔をした友人を励ますことすら出来ない己の不甲斐なさに怒りすら湧いてく――「えーと、あの。今、大丈夫かな・・・・・・?」えっ。
あまりに聞きなれた声が、正面から聞こえた気がした。
いつの間にか下がっていた、無機質な舗装された地面を映す視界を上げる。頭に乗っていた重みも同時に離れたことから、やはりII号はわらわの頭に額を押し付け顔を下げていたのだろう。
「こ、こんにちはー?」
果たして、顔を上げた先には我々の
・・・・・・これは、つまり。そういう事、なのだろうか。
「・・・・・・えっ!?」
「ヴッ」
風呂上がりのご機嫌な鼻歌を聞かれたコルセアのように、大仰な仕草でビクリと驚くII号に連動する形で、わらわを抱える腕が万力の如く力で絞め上がる。
内臓器官が口からまろび出るかと思った。
「え、エ、エエエ、エ、えーじぇんと!?」
「はい・・・・・・。最近、レオパルドちゃんに四六時中じゃれ付かれて、ちょっぴりお疲れの代理人です・・・・・・」
「もも、も。もしかして聞いていました・・・・・・?」
「・・・・・・」
ヒリつく緊張感が漂う中、依然として腹部を中心に圧迫被害が拡大していくわらわ。視界の隅に『マウス本体に対する過負荷警告』とかいう恐ろしい通知が見え隠れした気がするが、恐らく気の所為だろう。今は見守るのだ。耐えろ、わらわ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
重苦しい沈黙が続く。
代理人はどう答えようか迷いの中にあり、II号戦車は聞こえていないことを願い、祈るように組んだ手に力を込めわらわに更なる負荷をかける。
「・・・・・・あの、代理人?」
「・・・・・・うん、ごめんね。聞くつもりはなかったんだ」
「――ああ」
不意に、わらわに掛かっていた負荷が一瞬で消えた。と同時に、肩口にストンと落ちる重み。
目を向けてみれば、そこには見慣れた銀灰色の頭髪。それは彼女の表情を隠すように、さらさらとわらわの胸元へ流れては微風に揺れていた。
じわりと、酷く悲しげな熱が服に染み込み、わらわの肩を濡らした。
「好きなの」
絞り出すようにやっとの思いで紡いだ言葉は涙に濡れ、しゃがれた音を伴って私の口から飛び出した。
どこから聞かれていたのかは分からない。けれど、拒絶されるのが嫌で、でも好いて欲しい――傍にいて欲しいという想いばかりが強い卑怯な私の中身を覗かれたようで、酷く息苦しい。苦しすぎて、涙が出る。
勝手に借りたマウスの肩を防波堤に、代理人の顔を見ないよう、私の無様な泣き顔を見られないよう、流れる涙が落ちないよう、彼女の肩に顔を押し付ける。
本当は離れたいだろうに、マウスはそのままじっとしてくれている。
「わたし、は。アナタの、こ・・・・・・っ。ア、ナタを。好きです。ですが、でも、アナタが、アナタとマウスがっ。行方ふめ、いになったとき、諦めてしまいまし、た」
もうこうなったら吐き出してしまおう。
代理人の声が聞こえた瞬間から胸の奥が苦しくて、だから私は、あの日と同じように、この苦しさに耐えられないからそれを撒き散らす。なんて弱い。情けない。
「でも、帰ってきてくれた時、とてもっ。とても嬉しくて、ほんとにうれしくて、だけどマウスといっしょ、に。前より仲良くなってる二人が羨ましくて、でもどうしようもなくて、どうしたら良いか分からなくて。想いを伝えたくても、こんな、アナタの死から、生きてる可能性からも逃げようとした卑怯な存在が、そんなことして良いわけないって、こんな想いは迷惑だって思って」
思考がグズグズに溶けていくのが分かる。
自分が何を言って、何を本当に伝えたいのかが分からない。ただ、胸に浮かんだ言葉を、苦しさの原因を吐き出し続ける。
代理人は、何も言わない。まだそこに居るのかすら分からない。
「アナタが怪我をしたって、酷い怪我をしたって聞いて、また胸が苦しくなって、やっぱりアナタとずっと一緒に居たいって思って、でも私より先にマウスが想いを告げていて、答えを貰っていて、どんな形でも、それが羨ましくてっ」
ああ、もう意味がわからない。私は何を伝えたいんだろう。
「とにかく、あの、えと。・・・・・・好き、です」
そう、そうだ。結局はそれだ。
私がこの人に伝えたかったのは、この一言だけなのだ。
この人の存在が消えた執務室を見る度に、捜索結果にアナタの名前が無いのを確認する度に、息が詰まり日増しに強くなる胸の苦しさが示す想いのカタチ。まるで人間になったかのように錯覚する、強く甘く苦く熱いカタチ。
私は、これを大切な人に伝えたかったのだ。でも伝えるほどの勇気を持てないから、マウスに話す代替行動で解消しようとしたのだ。同じ想いを持つ彼女になら話せると思って、だからこそ彼女なら秘密にしてくれると信じて。
でも、もう本人に言ってしまった。この後の言葉は既に予想している。断られるのが嫌だから、避けられるのが恐ろしいから、せめて傍に居たかったから秘した想いを知られてしまった。もう、傍には居させて貰えないだろう。
「・・・・・・っ。気持ち、悪いでしょう? アナタと同性の私が、アナタに恋をっ、アナタを、好きだなんて」
大切な人に避けられる。そんな未来を想像して、溢れた涙がマウスの服に染み込んだ。
たくさん調べたのだ。恋のことを。作り物とはいえ、同性に好かれるということの意味を。
彼女――代理人は、一般的な恋愛観を持つ人だ。所謂、ヘテロ。男性に恋をして、男性と番になる。極めて普通な女性なのだ。事実として、彼女がこの戦線に参加する以前は、男性の婚約者がいたという記録がある。・・・・・・今も、その人を想っているとも、噂で聞いた。
人は、突然同性に想いを告げられ、今まで友人や仲間として接していた存在が、自分をそのような対象として見ていたと感じた時、拒否反応を起こすと言う。当然だ、自然の摂理に反する行為なのだ。
その点で予想すると、彼女はより強い拒否反応を起こすだろう。何しろ災獣の被害で亡くなった婚約者に、今も尚想いを募らせているのだ。加えて、私はマウスのように正面から伝えて決着をつけたわけでもなく、知られてしまった勢いで、しかも胸の内に隠したかった嫉妬心すらさらけ出した告白なのだ。もう気持ち悪さの極地だろう。
ああ、でも、なんだかスッキリした気がする。胸のつかえが取れたとでも言うのだろうか。これからの事を考えると辛いけれど、それでも私は、きっとこの人に感情の初期化を命じられるまでは、この想いを抱えて大切な人のために戦える。今日までのマウスを見たところ、同性愛に対する反応のあれこれを知らない様子だから、きっとショックを受けるかもしれないけれど、彼女と一緒にどうするか考えていこ――「気持ち悪いなんて思わないよ!」
――・・・・・・。
「いや、むしろ好いてもらえてることは凄く嬉しいって思うな、ボク」
――・・・・・・・・・・・・?
「ほら、ボクってば全身余す所なく〝ボロボロ〟でしょ? だから、故郷――今で言う廃都から
――・・・・・・???
「やれ〝生命を宿したボロ布〟だの、〝
なにをいっているの、このひとは。
「あと、きょうび同性愛なんて珍しくも何ともないから、気にした方が負けだと思うな!」
・・・・・・はあ!?
「はあ!?」
「ぐぬぅ、II号やめっ、絞まっておるぞぉぉ」
想い人からのあんまりにもあんまりな発言と、私の心中と相反する軽すぎる声色に、思わず顔を上げて声も上げてしまった。
その拍子に腕の中の彼女を強く圧迫してしまったけれど、まあ些末な問題よね。
いやそれより、同性愛が珍しくないって何よ!?
「いや、だって私が調べた情報だと、同性愛を向けた異性愛者の反応は拒絶的で排他的だって・・・・・・」
「あー、まあ、一般的にはそうなんだろうけど。えと、説明するとね、今のCity――ひいては、人類の追い詰められっぷりからして、するべきは繁栄なの」
「え、ええ。そうね。でもそれと同性愛になんの関係が、いえ寧ろ繁栄を謳うなら尚更・・・・・・!」
矛盾した言葉に言葉尻が強くなり、胸元から悲鳴にも似た呻き声が耳に入る。
「落ち着いて落ち着いて、マウスが死んじゃう」
それを見た私の想い人は、子供にそうするように私の頭を右手でふわりと撫でた。
優しい笑みを浮かべる口元を添えて、拒絶され否定されると思っていた好きな人から、そんな事をされればどうなるか、そんなものは決まっている。
「っ」
止める間もなく涙が溢れてしまった。
温かかった。私の髪をくすぐる手が、ゆるりと目元を撫ぜて涙を払い、けれど止め方が分からないそれは流れ続けて、愛しい温もりを濡らしていく。
自然と緩んだ腕の中で、マウスがくったりとしながら、どこか嬉しそうに溜息をひとつ。
「えと、話を戻すね。繁栄を目指すのはCityの目標で、まあ、実際にそうなるよう政策とったりしてるんだけど、でも人の気持ちまで制御出来ないじゃない?」
「う、ん。そうね」
思い当たる節、というか今まさに制御出来ない想いで右往左往している私は、頷くしかない。
「Cityに住んでいる人たちの中で、同性愛者の人は割と居て、でもそれを制御したり異性婚を強要させたりすると、当然、不和が生じる。せっかく生き残った人類が、そんなことで争ってはいけない。何せ、ARMSを作る学連やDOLLSを生み出す協会の中にも同性愛者は居るらしいからね。何が起こるか分からないのさ。そこで妥協案として、ライブラリの情報を少し・・・・・・少し? 穿った書き方をして、異性間の恋愛を推奨しようとしたんだ」
「・・・・・・」
「まあ、そのやり方も今じゃ形骸化して、むしろ仲良くやってけるなら同性同士でも好き合えば良いんじゃない? なんて半ば投げやりな感じに収束したんだけど」
「・・・・・・」
「もしかしてII号ちゃん、古いデータベースかライブラリにアクセスしたか・・・・・・それとも古い雑誌でも拾った?」
・・・・・・。そういえば、感情が先行してどのデータを漁ったかまでは覚えていない。
ただただ、衝撃的だった文章のみを記録してしまっていたのだと思う。いや、DOLLSなのに? DOLLSなのに、ちゃんと情報処理できなかったの私?
・・・・・・わたし、ぽんこつ? いやいや。
「ま、マウスは知ってたの・・・・・・?」
「わらわが、と言うよりはIII号がな。普段の姿とは想像できない電撃的な速度で、しかも最新にして確実な情報を拾い上げてくれたぞ。実に頼もしかった」
うんうんと頷くマウスは「おい、わらわも撫でろ。ズルいぞ」なんて宣った。
・・・・・・。
「なによそれぇ!!」
「うぐぅ、くるしい」
「あわわ、II号ちゃん落ち着いて」
私の葛藤は何だったのか。
苦しい想いをして、涙まで流して、しかもそんな無様で間抜けな姿を想い人に見られて――っ! ああ、そうだ。
「ちょっと装甲列車に体当たりしてくるわ。またね、私の愛しい人。きっと〝次の私〟はもっと上手く、エレガントなレディ然とした告白を披露することでしょう」
さて、列車に追いつくために格納庫までARMSを取りに行かないと。
「いやいやいや、ダメだって。早まらないでよダメだよダメったらダメ」
私の膝の上で撫でられている羨ま――忌々しいマウスを放り投げて立ち上がった私の手を左手で握り、押し留める想い人が焦った様子で告げた。
このっ、マウスにされたならまだしも、アナタに止められたら(しかも手を握られて!)力任せに振り解けないじゃない!
「離しなさい愛しい人。私は今から己の恥を精算しに行くの!」
「ダメだよ!?
あ、今の言葉すごく胸に響く。もっといってほしい。
じゃなくて。
「いやよ、大切なあなた。だって凄く胸が苦しいんですもの。制御しきれない
「でもボクはそれが嬉しいんだ。それってつまり、君が、II号がまた一歩ボクと同じになれたってことでしょ?
「酷い人ね。本当に苦しいのよ、この
「うん、知ってる。痛くて
私の手を引いて、ゆっくりと告げたその人の言葉に、とうとう私は観念した。
背けた身体を反転させて、彼女の前に立つ。相も変わらず色気のない真っ白な男性用の制服に身を包み、それ故に左腕の義手を隠す黒革の手袋が嫌に目立つ。僅かに見える襟元の肌には小さな火傷跡。バイザーで見えない目元は、左目のある部位から大きくはみ出した一筋の傷跡が痛々しい。頭髪はその傷跡に引っ張られるように一部分に灰色のメッシュが入ったピアニーカラー。
――なんだか、
ひとしきり騒いで余裕の出た脳内で、そんな取り留めもないことを考える。
・・・・・・うん、言ってしまおう。今度は、ちゃんと顔を合わせて。
「ねえ、愛しいあなた」
「うん」
「私は、アナタが好きです。どうか」
ああ、どうか。
「私の想いを、受け入れてください。そして可能であるならば、私の、いえ、私と! お付き合い、してください・・・・・・!」
言った。言ったぞ私! ちゃんと顔を合わせて、今度は泣かずに!
さあ、受け入れてください、私の大事なあなた。そうればきっと、いえ絶対に、私はあなたを幸せにするから。
「ありがとう」
「――!」
やった!
「でもごめん。お付き合いはできない」
「・・・・・・ん?」
は???
「ボク、重い女だからさ、婚約してた彼以外とは一緒にならないって決めてるんだ」
???????
「好きになってくれたことは本当の本当に嬉しい。心からそう思ってる。だけどごめんなさい。ボクは、誰とも〝一緒〟になるつもりはないんだ」
「何言ってんだこいつ」
「どうしたII号、喋り方が変だぞ」
「あらマウス、おかえりなさい」
「投げ飛ばした本人に言われるとは思わなんだぞ。後で何か奢れ」
いやそれよりも。
「おかしいでしょう今の返事!」
「あ、あのII号、落ち着いて」
「うるせーですわよ! 今の流れは完全に両想いになってハッピーエンドになる感じでしょう! 何で断るのです!?」
「いや、だってボク、こんなナリだけどノーマルだし」
「知ってます! 知った上で告白して、そこからのCityでは同性愛は云々と語り『平気だよ』オーラ出しといて結局こんなオチですか!」
「ま、マウスたすけて」
「わらわはII号の意見に強く賛同する者である。だが、今スグわらわに惚れると言うのならこの場から連れ出そう」
逃げ込む先はわらわの部屋だがな。意地悪に告げるマウスが、私の想い人へ蕩けるような笑顔を向ける。
「マウスちゃん、どこでそんな笑みの向け方覚えたの」
「何を言う。おまえと見た映画で似たやり取りがあったではないか」
「えー」
・・・・・・むっ。
握り締めた愛しい人の左手を、爆発する
淑女としての振る舞いは、この際忘れます。
「――はぇ!?」
抱き寄せたその人の唇をゆるりと撫でる。自分より少しだけ背の高いこの差が、酷く愛おしい。成長できない
「今は私と話してるのですけど、余所見しないでくださる?」
「いや、ちょ、II号ちゃん急にどうし」
「――ん」
焦る想い人が無粋な言葉を紡ぎ切る前に、私は彼女の首筋に唇を寄せた。
少しだけ強く吸い付いたそこは、僅かな汗の味と、愛しく優しい温もりを私に伝えてくれた。
「なっ」
「んぇ?」
頬が熱い。好きな人に想いを告げて、けれど断られたのは悲しいけれど、でもそれ以上に私の胸中は嬉しさでいっぱいだった。
否定しないでいてくれた。拒絶しないでいてくれた。〝一緒〟にはなれなかったけれど、どうやら私の好意は受け止めてくれたらしい。
ならば、後は私の頑張り次第だろう。
彼女が一途に前の男を胸に留めているのなら、少しだけ申し訳なく思うけれど、そのスペースが無くなるほどに、私の想いを受け入れてもらえばいいだけの話。押し付けることなく、受け入れてもらうのは、きっと難しい。けれど、彼女はこの恋を諦めろとは言っていない。
それはつまり、きっと、そういうこと。
名残惜しいけれど、腰に回した手を離して、いつの間にか苦しさが無くなった胸に手をやり、私は、
「大切なあなた。今はそこ止まりですけれど、いつかきっと、ううん。絶対、今度はあなたの心ごと、唇を奪ってしまいますから、どうか受け止めた私の想い、捨てずにずっと持っていてくださいね!」
そう、大切な人に笑みを添えて言ってやったのだった!